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ブルーマフラーと乙女心
◆
青の毛糸。
モヘヤの柔らかな細い糸。
毛玉がころんと転がると、さざなみをうつように、青の綺麗な糸が絨毯にこぼれていくの。
……うっとり。
ヴィヴィアン・マッカランは揺り椅子に腰掛けながら夢を見るようにうっとりと目を細めた。
銀色の細く柔らかそうな長い髪、鮮やかな紅の水晶のような瞳をした、うら若き女性である。
実年齢は……ごしょごしょごしょ……っていうのは、まああまり関係ないとして。
「……やっぱり、セレ様に似合うのは……青よね……海のような青い色」
そのとろんとした目元とは違って、白い指先だけはてきぱきと、細い編み棒を動かしていた。
編んでいるのは、ずばり、マフラー。
本当は、セーターを編んであげたかった。
でも、時間もかかるし、サイズもわからないし。
「どうして世の女の子が、みんなマフラーを編むのか、わかった気がするわ」
ヴィヴィアンは編みあがった部分をそっと頬にあててみる。……暖かい。柔らかい。
思わず幸せになっちゃうほど。
「……♪」
きっと喜んでくれるに違いない。
……大丈夫だよね?よね?
『ヴィヴィ。なんて君は家庭的なのでしょう。とても温くて素晴らしいマフラーです』
海の青のマフラーをそっと首にまいて、微笑むセレ様。
シルバーの絹糸のような流れる長い髪、穏やかな青空を映した海のような綺麗な瞳。
その眼差しで見つめらちゃうと、ヴィヴィアンはもう照れちゃって、舞い上がっちゃって。
『え、えへっ、いえっ、そんなこと、全然ないのですよう……マフラーなんてぇ、女の子ならすぐ編めちゃうんですからぁ』
……独り言にしては、ちょっと大きかった?
でも、仕方ないの。
編み物の魔法。
音楽を導くのがタクトなら、毛糸を愛情に変えるのが編み棒だから。
貴方の為に編むマフラー。貴方の事だけ思って編むマフラー。
「……喜んでもらえるかなぁ」
好きだから不安にもなるけど、少しでも早く渡してあげたくて。
ヴィヴィアンはついつい夜更かししちゃったりしながらも、毎日頑張って編んだのである。
◆
そして。
「……あ」
完成の日。それは、呟きの言葉から始まった。
切なくて。嬉しくて。つい頑張って。夢中になって。楽しくて。ちょっと心配で。でも一所懸命編み続けて。
だけど……。
「これは……」
ヴィヴィアンは、最後の毛糸玉を使い果たしたマフラーを、そっと持ち上げてみた。
お店の人が、毛糸玉は失敗した時のことを考えて少し多めに買っておいたほうがいい、って言ってた。例え同じ色の同じ種類の毛糸玉だとしても、染付けの具合で色が変化しちゃうことがある。
でもお店の軒先に並んだ毛糸は、同じ染付けで仕上がったものが並んでいることが多いので、後で買い足して「なんだか色が違わない?」って事にならずにはすむのだ。
だから、多めに購入した。
多めってどれくらいをさすのかわからなかったから、ついつい、もう一着セーターを編めちゃうくらいに買ってみた。
だって、ほら、マフラーをプレゼントした後、また編み物したくなっちゃうかもしれないし。
「セレ様のセーター、編ませてもらえないかな〜」
なんてマフラー編み呟いたのは、一度きりじゃなかったし。
身ごろを編んで、セレスティ……セレ様の背中にそっと当てて、
「もう少し大きい方がよかったかしら」
なんて言ったら、
『すみません、ヴィヴィの作ってくれたセーターの大きさに縮まないといけませんね』
だなんて皮肉をいってみたりしちゃったり。
「うーん、セレ様は多分、そういうことは言わないかな?」
ヴィヴィは腕組をする。
それなら、それなら。
セレ様の長い指が、そっとヴィヴィの指先に触れる。編み棒を持つ手に重なった指が、そっと音楽を奏でるように動き出す。
『ここは、こうして目を増やせばいいのですよ』
なんて教えてくれちゃったり、なんちゃったりして!
「……」
ヴィヴィアンは、はあ……と大きくため息をついた。
セーターについては、とりあえずおいといて……。
問題はこのマフラーなのです。
……セーターの為に余分に買っておいた毛糸玉。全部マフラーにしちゃったなんて、……笑えない。
ちなみに端から端まではかってみたの。毛糸玉20玉を消費して作られたマフラー、なんと全長3メートル45センチ。製作時間1週間。
「……どうして途中で気付かなかったかな……」
自分への当然な突っ込みはともかく、ヴィヴィは大きなため息をついた。
こんな大きなマフラーを見たら、セレ様は何て言うだろう。
『こ、これは……どうつけても引きずりますね……』
首に五重巻き。苦しげに真っ赤な顔のセレスティ。それでも前後にたらしたマフラーは地面を引きずっている。
「う、うーん……」
想像の中のセレ様にひた謝るヴィヴィアン。
な、何かいい方法はないかしら。
『この長さ……』
形よい顎に手をあてて、フム、と唸るセレスティ。
彼は視線を光らせて、ずばり、言った。
『この長さといいこの幅といい、……あれにぴったりです』
『あ、あれって何ですかぁ……? セレ様』
『……わかりませんか? つまり……フンドシです!!』
『!!!』
はーけよい、のこったのこった、のこったぁぁぁぁっ!!
……自分の想像に、ヴィヴィアン自爆。その場に崩れ落ちた。
「ぜ、絶対だめなの〜!!ほどかなきゃっ!!」
顔色は真っ青。
セレ様にふんどしマフラーなんて上げるわけにいかないの!!
泣きながら、マフラーの毛糸の端に指をかけた時、ヴィヴィアンの頭の中に『待って!』と声が響いた。
『早まることはありません、ヴィヴィ!』
『だって、こんなに長くて、みっともないマフラー、セレ様に差し上げられないもん〜。ふぇぇぇんっ』
『そんなことありませんよ、ほらこうすれば』
『えっ』
顔にこぼれる涙を隠した両手をおろし、恐る恐るヴィヴィアンはセレスティを見上げた。
セレスティはいつもの優しい微笑みを浮かべて、マフラーの端を自分の首にまいていた。彼の左側はちょうどいい長さに余らせて。
でも右側はだらしなく長く引きずって。
『……いっぱい引きずってますぅ』
『こちら側は、ヴィヴィの為なのですよ。ほら、いらっしゃい』
『ふぇ?』
招かれるまま、そっとセレスティの隣に並ぶヴィヴィアン。
セレスティは天使のような極上の笑みで、ヴィヴィを見つめ、そっと彼女の首に同じ青いマフラーを巻いてくれた。
『ほら、ぴったりでしょう』
『!!』
ちょうど二人で一つ分。
柔らかなモヘヤ毛糸のマフラーは、まるではかったみたいにぴったりだった。
『これで……どんな時でも、ヴィヴィと一緒にいられますね』
『……セレ様、大好きっ!!』
飛び込んだ胸の中。
そこは天国みたいに暖かい。
あなたと繋ぐ赤い糸みたいに、あなたの鼓動すら聞こえてきそうな距離にずっといられる青いマフラー。
「……」
はっ!
気付くと、ヴィヴィアンはお部屋でひとり、マフラーと一緒に自分を抱きしめていた。
……ちょっぴり恥ずかしいね。
でも、でも。
最後の空想はかなりよかったよね。点数つけるとしたら10点満点で12点くらい?
ううん、きっと空想なんかじゃない。
ヴィヴィアンは強く頷いた。
……本当にそれをしたら、なかなか恥ずかしくて外を歩けないかもしれない……とかそういうことはまあ置いといて。
恋する乙女は無敵なんだから。
……敵は世間の常識なのか? なんて突っ込むのも禁止よ?
◆
かわいらしくビニールでラッピング。色とりどりのリボンで飾りつけて。ピンクのハートのシールでコーティング。
それを優しく抱きしめると、乙女は冬の街に飛び出した。
もちろん、向かう先は、愛するセレ様の住む街へ。
ツーステップで、心も軽やか。
冬の寒さも気にならないの。
だってこれから貴方に会える。
それだけで胸は温かくなるから。
扉を開いた貴方は、私を優しく見つめて、『ちょうどヴィヴィに会いたかったのですよ』って微笑んでくれないかな?
ブルー・マフラーと乙女心・了
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