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クリムゾン・キングの塔 【３】復活する門番
■序■
真鍮の鍵を持った訪問者を、エピタフはいつも以上に温かく迎え入れた。
真鍮の『塔』は未だに在り続けた。クリスマスと新年の東京を見下ろし、今なお成長を続けている。すでに『塔』の頂きは、雲とスモッグの中に隠れてしまっていた。どれだけ高くなろうとも、『塔』は風に揺らぎもしなかった。
ネットや雑誌にて、『塔』の噂話が再び盛り上がってきている。
『塔』が現れてから時間も経つと、さすがは日本人、すでに関心は別のものへと移っていた。真鍮色のニュースにも、人々は慣れてしまっている。テレビからは『塔』関連の報道が消え、ネットでも観察記録が飽きられてきていた。
そしていま、真鍮の鍵を拾う人間が現れ始めた。
鍵は何の脈略もなく、人間たちの手の中に入ってくるのだった。
その真鍮の、あまりにも鍵らしい鍵を手にした人間は、どういうわけか一瞬で、その鍵を使える場所を悟るのだ――間違いない、あの、東京タワーを殺した真鍮の『塔』で使うものなのだと。
『塔』の扉は無数にある。減り続け、増え続けている。
真鍮の鍵を持った訪問者を、エピタフはいつも以上に温かく迎え入れた。
「好きな扉を開けてごらん」
彼の瞳は、そのとき、穏やかな琥珀色をしていた。
「きみたちなら、門番を説得出来るだろうって、僕らは信じているんだよ――」
真鍮の歯車の回転が、少し速くなった。
■墓碑銘との対話■
ぷしゅう、がたん、がとん、きいいいっ、ぷしゅう――
新年が明けてから初めて『塔』に入り、石神月弥が出会ったのは、エピタフではなく月の子だった。相変わらず、月の子は無のように白かった。会えたのは恐らく、お互いが会いたいと望んだからだ。
「あけましておめでとう。いい年になるといいね」
「いつだってあいことばはおなじよ」
「うん、今年もよろしく」
「ボールを転がさなくちゃ。もうだめだわ」
「……え？」
月の子の言葉に、月弥は振り返る。
いつか見たことのある男が、ゆらりと立っていた。確か――志賀哲生。＜鬼鮫＞にふらふらとついていっていた、くたびれた男だ。
「あ、こんにちは」
「おう」
哲生は短く、一応の挨拶を返した。
「おまえら、今の、会話か？」
哲生はぼんやりと、呆れた口調で月弥と月の子に尋ねた。月の子は白い髪をいじるばかりで何も答えなかったが、月弥は肩をすくめた。
「そうだよ。会話って言うのは、フィーリングだから」
「俺には無理問答にしか聞こえなかったぞ」
「……哲生さんさ、何しに来たの？」
「ストレートに聞いてくるんだな」
哲生は疲れた笑みをこぼして、よれたポケットに手を突っ込んだ。程なくして取り出したのは、真鍮の鍵だ。彼は天使から受け取っていなかったが、街中でつい最近、鍵を拾ったのだった。
「こいつらは俺を放っておいてくれないらしい……」
「きいいいいぃぃぃぃいいいーっ！！」
「あ？！」
「わっ！」
哲生がぼやくと同時に、月の子が凄まじい金切り声を上げた。白い目は皿のように丸くして、白い歯を食いしばり、手の指を突っ張らせて――
がらがらと『塔』の入口が崩れた。どうやら、出るには他の出入り口を探すしかなさそうだ。
月弥の手が空しく虚空を掴んだ。月の子は、悲鳴を上げた後に、振り返りもせず走り去ってしまったからだ。
「……哲生さんのせいだ」
「俺のせいかよ」
「間違いないね」
「あぁあぁわかったよ、また会えたら謝るさ。もう道具にされるのはごめんだからな」
崩れた真鍮のパイプをどけて、哲生はのろのろと歩き出した。
■扉が……■
逃げ出してしまった月の子を探しながら、月弥は扉を探していた。哲生はひょこひょこと月弥について歩いている。何でついて来るのさ、と月弥が問えば、こっちに進みたいからだ、と哲生は答えた。月弥はべつに哲生をまこうとは思わなかったし、哲生も実際、月弥が行く方向に興味があるだけにすぎなかった。とりあえず哲生は、自分がこの『塔』に気に入られているとは微塵も考えていなかった。月弥は、ほぼ正反対の印象を『塔』に持っている。自分は少なくとも敵視されていない、と。
「ねえ、哲生さんは扉を開けたい？」
壁を伝う真鍮のパイプに触れつつ歩きながら、月弥は沈黙を破った。すでにギミックと歯車の稼動音は、静寂を助長させているだけのものだった。
「俺か？ 俺は放っておいてほしいんだ」
うなじを掻きながら、哲生は顔をしかめた。
「扉を開けてそれで終わるなら――と思うのさ。それであの天使とか、この『塔』そのものとおさらば出来るなら……俺は扉を開ける」
「そっか。その先に進みたいとは思わないんだ」
哲生が足を止め、月弥も足を止めた。
「……それは良くないことか？」
「そうは言ってないじゃないか。俺は勿体無いって思ってるだけ」
「先に進むってことは、変わるってことだろう」
鍵を弄りながら、哲生は俯き、しかめっ面のままで続けた。
「俺は何も変わらなくていい。この真っ黒な世界が――気に入ってるってわけじゃないが――もう、当たり前なんだ。すっかり慣れ親しんでる。急に環境が変わるのは、もう俺にとっちゃ、つらいことだ」
「……哲生さんが変わればいいのに」
月弥も哲生に習って、顔をしかめた。彼の無邪気な輝きの瞳が、壁や天井を縦横無尽に駆け抜ける真鍮のパイプを追う。鍵穴のない扉を見る。錆びた床に落ちる。
「こんなに面白いところ、他にないよ。俺はどんどん先に行きたいな。変わってく俺と世界が楽しみなんだ。俺はもっと勉強しなくちゃいけないから」
「若いからだろ」
「何言うんだよ。俺、哲生さんよりずっと長生き――」
言いかけてから、月弥ははっと苦笑して、俯いた。それ以上言葉を続ける気にはならなかった。この『塔』の中では、月弥は哲生と同じくらいの時間しか生きていない。未知の空間においては、経験も年齢も意味を為すはずがない。
「……そうだね、俺、子供だ」
月弥はまた歩き出した。
だが、哲生がその後を歩くことは、もうなかった。
哲生のすぐ横に、パイプが絡みついた扉があったのだ。鍵穴があり――閉ざされていた。哲生は、弄んでいた鍵を扉に向ける。
「俺はもう、成長なんかしない老人さ」
■門番の復活■
死体。
哲生は後ずさる。
出来れば入ってきた扉から、胸がちくちくする『塔』の中へと取って返したい気分だった。彼が愛してやまない『死』がそこにあった。
「どうしても俺を放っておかない気だな」
陰鬱な声で哲生は毒づいた。もう、何か道具に変えられてしまうことも恐れていなかった。エピタフを前にしていたら、きっと思いつく限りの罵倒を浴びせていただろう。
「今更こんなものを見せられたって――俺はもう、慣れちまってるんだ」
「それが俺の世界だからな」
「俺の世界は、これでいい。俺にとっての世界に、死体と殺意は必要なんだ」
「俺はこの切っ掛けと今の俺を否定することは出来ない」
「だから、俺を放っておいてくれ！」
「俺が望むなら、俺はこの門の前に陣取ってやる！」
無色透明の闇の中、哲生が聞いたような気がするのは、門番の声。
聞こえず、見えない門番がいる。
「＜アーカイブ＞。誰が入ることも出来ないが、誰でも入れる＜アカシック・レコード＞の中の六畳一間だ。人間のことなら、何でもここに詰まってるってわけだ。俺は＜アーカイブ＞の門を護ってる」
「――どうしておまえが、門番なんだ。おまえは……」
「そうだ、志賀哲生。ただの門番さ」
死んでしまったあの日の恋人。
冷たいつめたい死体と過ごしたあの夜は、ひどくきれいで、最高だった。
誰にも邪魔されない世界だった。
「ああ、俺は、この世界にいたい！ いさせてくれ！ これが間違った世界なら、俺はここにいることで、罪を償ってやれるから！」
「それなら、ようこそ、＜アーカイブ＞へ」
迷い込んでしまっていた。
月の子の姿はない。
月弥は大きな扉に阻まれて、ためらわずに鍵を使った。
彼はただ、先に進みたいだけだったのだ。
「……あれ」
しかしながら、扉の先は『塔』である。鍵はただ、月弥が進むことを手助けしただけだった。
「なんだ……何にも変わりないじゃないか……」
むう、と月弥は年甲斐もなく口を尖らせた。
声が、降ってくる。
遠い遠い頂きから降ってくるのだ。
＜アーカイブ＞へは、人間だけが行ける。
揺れ動いているんだろ。
自分がどっちなのかもわかってない。
それは、俺も同じことさ。
「……誰？」
月弥は青月長石の目を細め、見えぬ頂きを仰ぎながら、唸るようにして問い質した。
＜アーカイブ＞には行けなくても、そうだな、月弥は俺と話が出来た。
すべては眠って、目覚めるまでの僅かな間さ。
俺が誰だか、わかるだろ？
「門番」
そう。俺は石神月弥。ただの門番さ。
だから月弥を通すわけにはいかない。
「……もっと、聞きたいことがあったのに……」
月弥は苦笑した。
「歩いていたら、忘れちゃったよ。答えなんか、もう知ってるからなのかな」
『石ちゃん』
「――！」
月弥は確かに聞こえたその声に振り返る。
そこに、求める姿がなくとも。
■詠唱■
「＜アーカイブ＞が開いた。
僕らは束の間目を閉じよう。
そしてきみらは、束の間眠れ。
すべては＜深紅の王＞と伴侶が交わるまでのわずかな時間。
感情と秘密が交わされ、
きみらは進化を遂げる。
それは１０００年ごとに訪れるひとつの機会。
きみらは＜深紅の王＞に抱かれよ、
すべては深い眠りのうちに。」
「月の子！ 唄え！！」
キャ―――――――――――――――――――――――――ッッ！！！！
■真鍮の街と国、そして星■
それは、音もなく。
見えず。
感じない。
ただ一陣の風が吹いただけなのだ。港区の、東京タワーがあったその場所から、追い風が吹いただけなのだ。
真鍮色の映像が凍り――いや、固まって、動かなくなった。同時に多くのものが、錆びたような金色をまとい、静止した。
東京が一瞬にして真鍮色に染め上げられた。空までもが、錆びた金に覆われた。
そして東京は眠りにつくのだ、
『塔』が目を閉ざしているその間。
都庁が、歌舞伎町が、山手線が、東京というものが、真鍮色に凍りついている。動くものはただ、人間のみ。
それも、真鍮の鍵を持った人間だけだった。
『おいで、＜アーカイブ＞へ』
凍ったはずのラジオやテレビが、真鍮天使の声で誘う。
『＜アーカイブ＞は開いた。今度は、きみたちが知る番だ。＜深紅の王＞は気長に待っている――まずは、＜アーカイブ＞を覗きに来てごらん』
「どうしたらいい？ 俺はどうすることが出来る？」
志賀哲生は跪く。見えるのは真鍮色の、眠った東京だ。あの街に戻ったところで死臭はなく、悪意や殺意も凍っているだろう。
世界が変わろうとしているのかと、
哲生は絶望した。
「月の子――！！」
月弥はあちこちに引っ掛かり、ときには転びながら、『唄』が唄われたその場所を探し続けた。真鍮の塔は止まっていた。歯車が、仕掛けが、何もかもが目を閉ざしている。
「月の子、唄わないで！」
だが唄は、続いている。
真鍮の塔は、そのとき、成長を止めたのだ。
志賀哲生は、扉の向こうに消えたままだった。
開け放たれたままの扉を閉めたのは、軍人姿の真鍮天使。
「自分は、目覚めたままなのだ。朝が来ても、自分は死んでいる」
呟くと、彼はブリキの拳銃で自殺した。
崩れ落ちる身体の向こうに、エピタフが立っていた。
＜了＞
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登場人物（この物語に登場した人物の一覧）
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【0332／九尾・桐伯／男／27／バーテンダー】
【0086／シュライン・エマ／女／26／翻訳家＆幽霊作家＋時々草間興信所でバイト】
【1282／光月・羽澄／女／18／高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員】
【2151／志賀・哲生／男／30／私立探偵（元・刑事）】
【2269／石神・月弥／男？／100／付喪神】
【2322／宇奈月・慎一郎／男／26／召喚師】
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ライター通信
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モロクっちです。大変お待たせしました。クリムゾン・キングの塔第３話をお届けします。今回は皆様のプレイングを考慮した結果、３本に分割し、ほぼ単独行動という形になりました。
さて、次回はこの第３話直後から続く予定です。
ＰＣさまと東京の状況を説明します。
石神月弥様以外の５名様は、＜アーカイブ＞内です。一応、望めば出ることも出来ます。
東京は何もかも（水も食料も）が真鍮と化して凍結状態です。真鍮の鍵を持った人間を除き、動物も真鍮化しています。東京を出ればそこは通常通りの世界ですので、『塔』及び東京から脱出したら、問題なく生活出来ます。
東京の街と、＜アーカイブ＞に入った人間たちはどうなるのか……
お話はまだまだ続きそうです。
嬉しいご報告を最後に。
モロクっちの東京怪談個室『クリムゾン・キングの塔』にメインイラスト（イラスト：加藤大介氏）がつきました。やりました（笑）。『塔』の形は千差万別、このイラストの姿も『塔』のひとつの姿です。皆さんは、どう思われましたか？
わたしは、感激です（笑）。
それでは、この辺で。
また次回お会いしましょう！
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