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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


赤い男を追え!

□伝説の男
「お早うございます……」
 いつも通り元気の無い声をもらしながら、三下忠雄はゆっくりと編集部の扉を開いた。
「おはよう三下くん。2分の遅刻ね」
 ちらりと時計を見ながら、碇麗香はさり気なく注意の言葉を告げた。昨日、終電ぎりぎりまで編集作業におわれていたのは知っていたが、それはそれ。社会人として時間は守らなくてはならない。
「罰として、例の取材……行ってもらうわよ」
「例の……? もしかして、あの伝説の大食い王のですか?」
 そうよ、と麗香は頷き、バインダーで束ねた書類を手渡す。
「東京都と埼玉近辺のあらゆる大食い、早食いチャレンジを制覇(せいは)し、今もなおその記録を更新し続けている……赤い野球帽に長髪、赤いTシャツ姿の細身の男性。通称『赤い男』。好きな物はキムチをはじめとする香辛料の強い料理……その書類に今まで制覇してきた店舗と料理の内容が記されてるわ。あなたには次のターゲットとなっている店にいって、彼をなんとか捕まえてインタビューをしてきてもらいたいの」
「あの……確かこの人、自分より弱い者は相手にしないんじゃなかったですか……?」
「ええそうよ。頑張って参加してらっしゃい」
 麗香は楽しげににっこりと微笑みかける。
「あ、あの……助っ人頼んでよいですか……?」
 顔を青ざめさせながら、忠雄はおそるおそる問いかけた。
 仕方ない、と麗香は取材の同伴と協力者を求めるため、編集部にいた者達に声をかけた。
「ちょっと皆、聞いてくれる? お願いがあるんだけど……」

■精鋭達
 数日後。
 決戦の地「中華料理専門店・翠嵐(すいらん)」に集められたメンバー一同は、互いに軽く挨拶を皮した後、自動扉の向こうにある戦場へとゆっくりと歩みを進めた。
「いらしゃいマセー」
 少し甲高く不思議な発音をした挨拶をかけてくる女性店員に導かれ、彼らは店の一番奥へと到着した。
「早く準備してくれよ、ペットが俺の帰りを待っているんでな」
 天音神・孝(あまねがみ・こう)はさり気なく、持って来たかばんからタッパーを取り出しながら言った。どうやら食べきれなかった料理の残りをお土産として持って帰るつもりらしい。
 広い円型テーブルには入り口から向かって左側に女性陣が、右側に男性陣が座るよう案内された。別に好きに座れば良いのでは、と上がった意見に、店員の代わりに四方峰・恵(よもみね・めぐむ)が答えた。
「この店も男性と女性はメニューを変えてるんじゃないかな。目標の量とか、食べるものの内容とか違うっていう店、結構多いじゃない」
「でも、このテーブルに一緒に座るのなら差をつける意味はないわね。この机なら、こうやって……反対の料理もとれるもの」
 巳主神・冴那(みすがみ・さえな)は中央に設置されている回転テーブルを軽く回した。回転テーブルに載せられている小皿とソース達がくるくると彼らの目の前で回り始める。
 回転テーブルに、調味料と一緒に置かれていた食前酒に手を伸ばそうとしていた真名神・慶悟(まながみ・けいご)がじろりと冴那を横目で見たが、彼女は気にしてないそぶりで何度もテーブルを回していた。
 程なくして、1人の客が店に入って来た。
 赤い野球帽に真っ赤なダウンジャケットを羽織った背の高い男性だ。平均よりは背は高いほうで、かなりやせている。
 彼は店員に案内されるより早く店の奥へと進み、一番手前の席に腰かけた。帽子のつばごしにじろりと一同を見渡すと薄くほほ笑んだような表情を浮かべる。
「ええと……飲茶コースデラックスご予約5名様そろわれましたね。それでは料理をお持ち致します」
 席の傍らに立っていたチャイナドレスの女性が従業員に目配せをする。
 既に準備していたのであろう、少しの間を置かずに料理を満載したカートが滑り込んで来た。従業員は慣れた手つきで次々と料理を回転テーブルに置いていく。あっという間にテーブルは料理で一杯になった。
「さーって、と。ようやく食べれるねっ!」
 腕まくりをし、まずはどれから食べようかと恵は物色をはじめる。
「……そういや、これどうやって順位決めるんだい?」
「はい、ご説明させて頂きます。皆様には回転テーブルに置かれている料理を皿ごととって頂き、皿に盛られた料理を食べてもらいます。料理が残っている間は他の皿をとる事は禁止です。制限時間内にどれだけの皿をとられたかで勝負を決めさせて頂きます」
「料理の内容は関係ないの?」
「はい、特にございません……が、女性であるお二方のほうの皿は量を少なめにさせて頂いております。ですので、あまりテーブルは回さないようお願いします」
 料理は皿をとった先から新しいものを置いていくらしい、全て違う料理を出すと言うあたりにこの店の意気込みが感じられる。
「それではどうぞ食べはじめてください」
 ゴ〜ン、とドラの音が鳴り響く。その音を合図に、彼らは一斉に皿へ手を伸ばした。
 
■見守る者
「ああ、どうしよう……何を話せばいいんだろう……」
 大食い大会が展開されているテーブルより少し離れた席に、忠雄は小さくなって座っていた。
 ちゃっかりと自分も飲茶を頼み、暖かいウーロン茶を口に運んでいる。
 経費にちゃんと追記しているあたり、彼もずいぶんと賢くなってきたようだ。
「で、でもそれよりは……みんな大丈夫かな……」
 忠雄の席からは状況が良く見られない。それぞれ黙々と食べている様子は伺えるのだが、誰が一番有利なのか判断できずに、忠雄は歯がゆい想いをかき立てられた。
 今回の取材に協力を申し出てくれた仲間達は食べることに覚えのある精鋭達ばかりだ。
 とりわけ恵は大食い大会のシード選手でもあり、過去に何回か赤い男と対戦しているらしい。
 ただ少々問題があり、恵は大皿に盛った料理を食べきる形ならば得意なのだが、こういった小さな皿に盛られた料理を食べて行く形は苦手らしい。それを乗り越えられるかが彼女の頑張り所だろう。
 忠雄は気晴らしをしようと、インタビューの内容をまとめた紙を広げた。
 そこには事細かな質問内容が書かれている。全部聞く事は出来ないだろう、そのうちの半分ぐらい答えてくれたのなら充分特集を組む事が出来る。少しでもいい、なんとかしてインタビューを答えをもらわなくてはならない。
「が、がんばれ皆っ」
 ぐいっとウーロン茶を飲み干して、忠雄をぎゅっと紙を握りしめた。

●飲茶の宝石
 お酒は美味しいし、料理もきちんとしたものばかり。
「たくさん食べられるのも魅力的だけど、やはり味も良くなくてはいけないわね」
 冴那はひとつひとつ丁寧に口へ運ぶも、その早さは尋常のものではなかった。巧みな箸使いと殆ど丸のみ状態で食べられる胃袋を持ち合わせている彼女ならではの技だろう。
 その様子を呆然とみていた従業員を冴那はちらりと見つめた。視線に気付き、彼はすぐさま皿を並べる作業に再びとりかかる。
「ねえ、この料理は食べ放題のメニュー限定かしら?」
「え……? あ、いいえ、普通のお食事でも食べられますよ。でも、この水餃子は……コースメニュー限定の料理ですが」
 そういって従業員は手にもっていたせいろを冴那の目の前に置いた。
 中にはちょうどせいろにすっぽり入るぐらいの小さな器がいれてあり、その上に半透明に輝く餃子達が並んでいた。
 まるで宝石のような透明感のある輝きに、冴那は小さくため息を吐く。
「綺麗、ね……」
「別名宝石餃子とも呼ばれていて、うちじゃちょっとした名物なんですよ。でもあまり数が作れないもんだから、こういった注文の少ないメニューにしか出てこない料理なんですがね」
 試しに1つ食べてみると、思いのほか抵抗もなくするりと喉をとおり、心地よい食感と柔らかで甘い後味が口中に広がる。
「なかなか美味しいわね」
 冴那はここぞとばかりに水餃子を集中的に食べはじめた。それを不満に思ったのか、恵が箸の進行を妨げる。
「コースメニューなんだから、同じのばかり食べてないで、ちゃんと他のも食べないとだめだよ!」
「あら……食べ放題なんだし、他にも頂いても構わないでしょ?」
 女の視線がぶつかり、今にも火花が飛んできそうだ。
 2人の様子を眺めながら孝がぼつりと慶悟に話しかけた。
「女ってこわいな……」
「ああ……」
 
■女の強さ
 戦局はあまり良くはなかった。
 恵は次から次へと料理が運ばれるタイプのものは苦手であったし、冴那も一皿の量が少ないことに不満を持っていた。黙々と食べている慶悟は、苦手なものが料理の中に混じっているのか、時折眉をしかめて水で流し込むようにしている。
 唯一、開始からずっとハイペースを保っているのは孝だった。片端から料理を口に運び、皿を空にさせていく。彼の隣には塔のように積み重ねられた皿達が並んでいた。
「あと10分」
 冷静な従業員の声が響く。
 一行のペースは衰えるどころか残り時間を惜しむかのように一層スピードが上がった。
 その様子に焦りを感じたのか、ずっとマイペースを保っていた赤い男は急に食べる速度を速めた。
 それに気付き、孝は笑みをもらす。ここで相手のペースに流されては負けを意味する。こういった戦いはどれだけ冷静さを保てるかが勝利の鍵を握るのだから。
「ねえ、このせいろに、あるだけ積み重ねてくれないかしら?」
 冴那は少し大きめのせいろを従業員に突き出す。
「え、でも皿の数で勝敗を決めますので……」
「あけたお皿は私の食べた分に加えれば問題ないでしょう?」
 にこりと有無を言わさぬ笑顔を見せる冴那。仕方なく、従業員はシュウマイやまんじゅうをせいろに流し込んでいく。
「あ。私もお願いー」
 恵も同じようにせいろを差し出してきた。一瞬顔を見合わせるも、従業員は恵のせいろにも料理を流し込んだ。
「うん、やっぱりこうやって見た目からもボリュームがないとねっ!」
 恵は楽しげに数個まとめてシュウマイを口に放り込んだ。隣に座る冴那は目に見えない早さで巧みに箸を使い、せいろに出来た水餃子の山を崩していった。
 その早さに男性陣は思わず呆気にとられて眺めていた。
 仕上げにと、ごま団子をほお張りつつ、恵は不思議そうに首を傾げる。
「ん? どうかしたの?」
「……いや……」
 2人がせいろの中身を全部食べきった時、制限時間終了を告げるドラが鳴り響いた。
「そこまでです。皆様箸を置いてください」
 従業員達がすぐさまそれぞれの隣に置かれている皿を数を数えはじめる。
「残った料理、このタッパーに詰めてもらえないかな」
「……余った分は後でお土産として包んでお渡し致しますので、もうしばらくお待ち下さい」
 孝からタッパーを受け取りつつも、従業員は素早い動作で食器を片付けていく。
 あっという間に何もない最初の状態に戻されたテーブルに、食後の口直しとして紹興酒が用意された。
「このお酒……結構強いんじゃなかったっけ」
 グラスに注がれた茶色の酒を眺めて、恵はちょっとだけ口に含む。長い間熟成された香りと味が溶けるように口中に広がった。
「日本酒と同じ位かしら。でも美味しいわ」
 冴那はわずかに表情を崩して、中国伝統の古い酒を楽しんでいた。
 ただひとり、赤い男だけがグラスを見つめたまま触れようとしなかった。それに気付いた慶悟がさり気なく問いかける。
「酒は苦手か……?」
「……食事の後は水しか飲まないことにしてるんだ……」
「酒は適量ならば、消化を助ける薬にもなる。それにこれもメニューのひとつなのだろう? 残しては負けとなるのではないか?」
 もちろん、これは参加してくれた記念にと店長が好意で出してくれたものなのだが、慶悟は知っていながらも、あえて彼にプレッシャーをかけるべくそう告げたのだった。
「……飲めというのか……?」
「無理はしなくてもいい、苦しんで飲まれては酒が可哀想だからな」
 少し肩をすくめながら慶悟は挑発するような口調で言う。それに腹を立てたのか、男は一気に酒を飲み干し……ぱたりと椅子から倒れた。
 
■戦の結果
「これで話が聞けなかったら慶悟さんのせいですからね」
 倒れた男を介抱する手を休め、恵はじろりと慶悟を見た。
「奴が勝手に倒れたんだ。自業自得というものだ。そこまで俺のせいにしないでもらいたいな」
 やれやれと慶悟は軽く息を吐き出す。
「そういえば……結果はどうなったのかしら」
 ねえ、と視線で問いかけるように冴那は従業員を見やる。待ってましたとばかりに、従業員はそそくさと彼らの元へ近寄って来た。
「ええと、集計結果を報告します。ヨモミネ様296皿。ミスガミ様263皿。アマネガミ様305皿。マナガミ様288皿。コジマ様277皿。よって、今大会の優勝者はアマネガミコウ様に決定いたします」
「おっ、俺か。結構食ったんだなぁ」
「おめでとう、孝さん」
 ぽん、と恵は軽く孝の背中を叩く。
「さて……あとは麗香さんからの任務遂行というわけだが……」
 ようやく起き上がったはいいものの、男はまだ酒が抜けてないのか、かなり具合が悪そうだ。
「大丈夫? あまり無理しなくてもいいのよ」
「……へい、きだ……」
 力なく立ち上がり、男はまっすぐに忠雄の元へと歩いて行く。
「さあ……約束だ。何でも話してやるよ」
 
■結果報告
「結構。三下くんにしてはなかなかの出来映えね」
 プリントアウトされたラフ稿を一通り眺め、麗香はそう告げた。
 ほっと胸を撫で下ろす忠雄を、麗香はじろりと横目で睨んだ。
「でも……あの領収書の金額はどういうことかしら? たしか……同行してくれた参加者は4人だったわよね? なのになんで5人分もあって……お酒やらお茶やら余分なものが混ざっているのかしら?」
 忠雄は顔面蒼白になりながら数歩後ずさりをした。
 ……まずい、ばれてる。
 領収書は単に合計金額だけ表示されるものだと判断し、大会が終わった後、インタビューも兼ねて小さなお茶会をしたのだ。ここぞとばかりに普段では頼めない高額の酒や茶を頼んだため、合計金額が予定の倍以上になってしまったのだ。その合計金額の高さに、不審に思った麗香が明細を料理店に問い合わせて……ばれてしまったようだ。
「ええと、それは……あの……インタビューの時のお茶代で……」
「そう……お茶ね……食べ放題コースと同額のお茶なんて、あまり聞かないわよ?」
「うっ……」
「ちゃんと原稿も仕上がったことだし、残りのお金を今度の給料に還元してあげようとおもったけど……これでは払うことは出来ないわね」
「えええっ! でででもこれは!」
「言い訳無用。他の仕事がたまってるでしょ、さっさとやりなさい!」
 麗香はバンっと強く拳を机に叩き付ける。半分泣いているような悲鳴をあげて、忠雄はそそくさと自分の机へと戻っていった。
 やれやれ、と深く息を吐き出し、麗香は再び原稿へ目を通す。
「それにしても……基本的な質問の……名前と顔写真の撮影を忘れるあたり……三下くんね……」
 記事のTOPには参加者全員で撮ったのであろう、集合写真が飾られている。雑誌に載せるには載っている全員と確認をとり、顔を隠すなどの多少の加工が必要だろう。
 これぐらいならしてやってもよいか、と麗香は受話器をとり、外線のボタンを押した。
 
おわり

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/  PC名 /性別/ 年齢/   職業  】
 0376/巳主神・冴那/女性/600/ペットショップオーナー
 0389/真名神・慶悟/男性/ 20/陰陽師
 1990/天音神・ 孝/男性/ 36/フリーの運び屋・フリーター
                   異世界監視員
 2170/四方峰・ 恵/女性/ 22/大学生
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■         ライター通信          ■
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 大変お待たせしました。
「赤い男を追え!」をお届けします。
 候補の結果、戦場の場所は中華料理店となりました。ほんの1票だけの差だったりしますが。
 
 相変わらず敵方のNPCが弱いですね……まあ、設定がなにげに一般人ですので、人外な人達の参加者様に勝てるはずもありません(汗)その中でも最弱ぶりを誇る三下くんっていったい……
 
巳主神様:ご参加有難うございました。幾ら食べてもそのナイスバディは変わらない……かなりうらやましい限りな体質ですね。実は身体の中にも蛇を飼っていて、過剰摂取した栄養は彼らが吸い取るとかだったりとか(謎)

 今回、成年の方々ばかりでしたので食後はお茶でなくお酒にしてみました。
 紹興酒は最近置いてあるお店も多いので、お酒が飲める年齢の方はぜひとも一度味わってみてください。
 
 それではまた次のお話でお会いしましょう。
 
 谷口舞拝