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いちご牛乳〜君想う故に〜
「またそれ飲んでいるの? おばあちゃんはいつも同じなのね」
このフルーツパーラーのオーナーである孫娘が、カウンター越しに笑っている。
六花の手にはいちご牛乳。「そう、これがいいんじゃ」と返しつつ、手の平に力を注いだ。
会話に夢中で少し温くなったパック。その周囲に雪の結晶が舞う。ほどよく冷やされたいちご牛乳を、六花はまた口に運んだ。
その様子を、愛すべきダンナ様である氷女杜静和が見つめていた。妻である六花は、現在幼子の姿をしている。そして、静和もまた24歳である娘の祖父とは思えない若い姿。
静和をコーヒーカップを弄びつつ、己が妻のちぐはぐな可愛らしさに、ことさら穏やかな黒い瞳を向けているのだった。
六花は雪女郎。
真の名は柳絮。
過去、北陸では名の知れた雪を操る能力者。その強い力から恐れられ、彼女に近づく者はなかった。
しかし、ただひとりは違っていた。それが静和だった。
彼と出逢い、巡る時間と新鮮な喜びを感じていた六花。だが、運命はふたりの「これから」を激変させてしまった。
取り戻せない昔。
今更悔いても仕方ないというのに、六花は思わずにはいられなかったのだ。
そう――あの時も。
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「わぁ〜、これが『東京』なのか!? すごいぞ、なんと華やかなことじゃ」
「気に入りましたか? ……ずっと貴方に見せたかったんですよ」
六花は大きく頷いた。見る物すべてが新鮮で目が廻る。
開発が盛んに始まっていた頃の『東京』。
街を飾る色彩の鮮やかさ、行き交う人の多さ、白と灰色に包まれた北陸とは天地を逆にしたような賑やかさ。
小躍りするように視線を巡らせている六花を静和は、満足げに見つめた。白い肌にしなやかな動き。二十歳過ぎの柔らかな印象は、出会った頃には考えられなかったものだ。
静和は、走っている自動車にしきりに目を凝らしている六花の手を握った。
「あ……あの、静和なに? 六花は騒ぎ過ぎたか?」
「いいえ、そろそろ喉が乾いたんではないです? すごくたくさんお喋りされてましたから」
「子供扱いしないで……うう、やっぱり喉が乾いた――あ! あそこは何の店じゃ?」
六花は頬を軽く膨らませた。そして指差したのは、東京で初めて完成した『喫茶店』だった。
透明な板に囲まれたケースには、色とりどりの飲み物が美しく飾れている。
目を輝かせ、六花は鼻を擦りつけんばかりに見入った。
「ここに入りますか? 六花さんは好きそうですね」
店員に誘導され窓際のテーブルにつく。
ふたり、対面に座って見詰め合った。先ほど見た自動車について談笑する。注文をする段になり、六花は淡い桃色の飲み物を頼むことにした。
静和に牛乳が入っていると聞き、ますます楽しみになった。
ふと、硝子越しに外の風景に目をやった。
行き交う人の中に、仲睦まじい夫婦の姿を捉えた。
六花の胸が強く痛む。
――六花は雪女郎。静和は半妖体質。いづれは別れがくる。
いつも頭の片隅から離れない不安。忘れようとしても、事あるごとに蘇ってくる。
静和は退魔士として出会った頃、六花を助けるために戦い瀕死の傷を負った。それを助けんがため、六花はあらん限りの妖力を彼に与えたのだった。結果、静和は助かった。
しかし、大量の妖力を得てしまった彼は人間であるにも関わらず、半妖体質を持つことになってしまった。
「これで、あなたと生きて行けますね」
そう言って笑ってくれた静和を思うと、自責の念に駆られてしまうのだ。
硝子に映る自分と彼の姿を眺めた。一見同じ年頃に見えるが、ふたりの上で確実に『時間』過ぎていく。六花は妖力で現在の姿を保つことが可能だが、半妖体質の彼は次第に年老いていくしかない。普通の人間よりも長寿であることには変わりはないのだけれど。
永久に。
永久に一緒に過ごしたい。
願望が頭をもたげ、いっそ彼がただの人間であったならよかったのか――とも考えた。
ならば自分のしたことは、静和を助けたことは彼にとって不要だったのではないだろうか。
店員がいちご牛乳を六花の前に置いた。
幸せそうな色の飲み物。そっと口をつけた。
甘くて、切ない味。
安心できる静和の腕の中のような心地良さ。
それが、今は不安を底上げする。込み上げてくる焦燥。
六花は押し黙った。
「……どうかしましたか? 疲れたかな?」
心配そうに静和が覗き込んだ。小さく丸い眼鏡の下で、黒い瞳が優しさをめいっぱい放っている。
六花の心は破裂寸前。
もう耐えられなかった――未来への不安に。
「六花のしたことは間違っていたのか!? 静和は老いる、六花は老いない。同じ時間を生きられないのならば、そのまま人間のままでいた方が、静和はよかったんではないのか?」
「六花さん……?」
突然のことに、静和は目を丸くしている。
「傍にいたい。静和は恐ろしくないのか……六花は恐い。静和を失うのが恐いのじゃ」
「――私は恐くありませんよ、六花さん」
震える両手。静和の大きな手が包み込んだ。
六花は顔を上げた。涙が零れて、頬を濡らしている。
「貴方がそんな不安を抱えていたなんて、気づいて上げられなくてすみません……。私は貴方の傍にいられることだけで幸福なんです。どんな姿になろうと、貴方の『想い』が変わらないなら、私は恐くないのですよ」
「静和……六花は――」
そっと手が握られた。暖かな体温が伝わる。
「うん……。六花はずっと静和の傍にいるから……」
喉の奥に残る甘い味。
互いの心が永久に寄り添っていくと知った日。
その記憶。
その想い出につながる味。
いちご牛乳は六花の好物になった。
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「六花さん、いちご牛乳美味しいですか?」
「分かったことを訊くな……ふふふ、美味いに決まってるんだから」
静和と六花。人間と雪女郎。
いつまでも変わらない『想い』で結ばれた夫婦。
互いが何者であっても揺らがない。
より添ってより添って、天上へと続く長い階段をゆるりと昇っていくのだろう。
永久なる想いは心色。
甘き喉越し、願いを馳せん。
「お代わり!!」
「ええーっ! おばあちゃんまだ飲むの!?」
「ははは、六花さんの必需品ですからね」
今日もまた、店内に和やかな時間が過ぎていくのだった。
□END□
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こんにちは! いつもありがとうございます♪ 杜野天音です。
やや〜素敵なダンナ様ですね!!
こんな大切な話を書かせて頂けて、とても光栄ですvv
六花さんの若い頃の絵姿を見てみたいものです。静和さんのあの落ちついた物腰は、
私の好みだったりします(*^-^*)
しかし、六花さんがいつもいちご牛乳を飲んでいたのには、素晴らしい想い出があった
からなんですね。いつでも幸せを確認できるなんてイイですよね。
これからも素敵な夫婦であり続けて欲しいと願います! ありがとうございました。
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