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降りた山神
●オープニング
年が明け、多少スッキリとした興信所。
「いや〜、やっぱ綺麗ってのはいいもんだな」
うんうん、と頷きながら、草間は部屋を見渡す。
いつもは書類だの本だのが散らかっているのだが、今はそれらがキチっと整理されている。
「お兄さんは私が纏めた新聞を捨てただけでしたけれどね」
言ったのは草間の妹、零。
ちなみに言われた草間はと言えば、さっきまで浮かべていた笑みが多少引きつっている。
「それに――」
更に零が言い募ろうとした時、電話のベルが鳴る。
「はい、こちら草間興信所」
これ幸い、と草間は受話器を取り、その顔が、しかめられる。
「あのな、あんたが誰だか知らんが――何?」
何か気にかかる事でも言われたのか、草間の顔つきが急に真面目になる。一度受話器を離し、
「零、ちょっと新聞持ってきてくれるか?」
「あ、はい」
言われ、パタパタと走り、新聞を手にして戻ってくる。
草間はそれを受け取り、ざっと一面を見てから、再び電話に出る。
「なるほど……責任はこっちでとれってか? ……ち、わかったよ」
舌打ちして、受話器を戻す。
「お仕事ですか?」
「い〜や、報酬なしだ。けどま、やらなくちゃいけないくさいな」
言って、草間は先程自分が見ていた記事を零に見せる。
「乱開発……と、異常気象?」
「先方の話だと、環境破壊に怒って人間に罰を与えようと天狗様が来てるんだと。実力行使でも話し合いでも……とにかく追い返さないとまずいだろ」
「そうですわね……それじゃ、皆様に連絡をいれておきます」
「ああ、頼む。俺はとりあえずその天狗様の場所を調べておく」
言って、草間は煙草に火をつけた。
●資料集め
「さて、集まったかな」
そう言う草間の前には、3人の人物がいた。
武神・一樹 (たけがみ・かずき)、香坂・丹 (こうさか・まこと)、理生芽・藍川 (ことおめ・あいかわ)。皆どうにかして天狗を止めるために集まったらしい。
「とりあえず、聞きたいのだけれど」
声をあげたのはそこにいる四人――ではなく、たった今台所から人数分のお茶を持ってきたシュライン・エマ (しゅらいん・えま)。
「うん?」
「何故、うちが責任を取る事になったわけ?」
言われてみれば、怪奇嫌いの草間がわざわざそういった依頼を受けるのはおかしい。
「先方がな、こういう事を扱ってるのって俺くらいしか知らなかったんだと。いやはや、うちも有名になったもんだな、無駄に」
どことなく遠い目をする。
「で、どうせ他の業者に頼むなら、俺が知り合いに頼んでも大して変わらないだろ。今んとこ、それほど大問題ってのも起きてないが、時間が無限ってわけでもないしな」
「ふむ……それで、早速だが、資料などはあるのか? その開発を行ってる業者と、それを頼んでいる者を知りたい」
「あ、それは俺も欲しいかな」
一樹、藍川がそれぞれ声をあげる。
「ああ、そっちの方も一応当たっておいた」
言って、がさごそと机の中を漁り、
「これだな。え〜っと、業者はまぁ、いろいろ。多分こっちでも掴めてないのがまだ幾つかあるな。んで、最近それっぽい事を一番多くやってるのが、Nって会社の重役共だな。
なんでも、最近ゴルフにはまったらしい」
「どうしようも無い人達ですね」
丹の言葉に、皆が頷く。
「まぁ、お偉いさんが皆こう、って事じゃないんだろうけどな、こういう奴らもまだいるって事さ」
言いつつ、皆に資料を配る。
「あ、それとできれば、地域住民の声、とか、そういうのってあるかな?」
「そっちの方は――」
「これね。配っとくわね」
藍川の質問に答える前に、シュラインが資料を整理し、皆に配る。
この様子を見ると、どこからどう見ても草間より優秀に見える。
「そういえば、私ここには初めて来たんですけど、草間さんはいつもこんな感じなんですか?」
そう言う丹に、
「世の中には、聞いていい事と悪い事がある。悪い事を言った場合は、ああなるので気をつけろ」
一樹の指差した所には、いつの間に移動したのか、一人体育座りをした草間がいた。
●遭遇
その後草間を宥めすかし、一向は天狗が潜んでいるという山中に到着する。
そこは今時珍しく、人の手が全く入っていない山だった。辺りの木々も自然のままで残され、人によって踏み固められた道もない。
軽く観察しただけで、野生の動物や鳥が、人を恐れる事無く、平気で一向の視界内に入ってくる。
「こういう場所も、あるんですね」
丹は物珍しそうに辺りを見回す。
「昔はこういう場所も少なくなかったんだけれどね。まぁ、天狗の気持ちもわからないではないかな」
藍川も目を細めて木々や動物達を見る。
「さて……ここのはずなんだが……」
草間の言葉に、皆が視線を一方に向ける。
そこには、天然の洞窟があった。
「……天狗って洞窟の中に住んでいるものなの?」
普通は――と言っても、民間伝承やら、資料やらによれば、だが――天狗杉や天狗松などが住処と言われているらしい。
「我々人間も、全員が全員マンションやアパートに済んでいるわけではない。恐らく、天狗も同じなのではないかな?」
一樹が顎に手をやりながら答える。
「ま、その辺りは俺にはわからないが……とりあえず、中を見てみるか」
草間が珍しく手際よく持ってきていた懐中電灯を付けようとした時、
「その必要はないな」
どこからか、年老いた老人の声が聞こえてくる。
このタイミングで、現地住人ということもないだろう。つまり――
「ふむ……最近こそこそ嗅ぎ回っていた人の子か……ワシに用があるのか? 数を増やしたという事は、退治にでも来たかな」
言葉が終わると同じに、辺りに猛烈な突風が吹き付ける。
木々が揺れ、葉や土が舞い、服がめくれ上がるような強風。思わず全員が目を閉じ、次に目を開けた時には、そこに天狗が立っていた。
●襲う理由
「あなたが天狗様、ですか?」
まず声をかけたのは丹だった。チラっと皆を見ると、草間だけはこそこそと後ろに下がっている。
「いかにも。ワシがこの山の天狗だ。人の子よ、何をしに来た?」
言葉こそ冷静だが、表情はそうでもない。その意気、気配に圧倒され、思わず一歩下がってしまう程だ。
「説得をしに、ですね。貴方がいろいろしてる、と聞いたので」
シュラインが、丁寧に、だが毅然とした態度で言う。
「説得か……面白い、やってみろ」
とりあえず、話しは聞いてくれるようだ。その事に安堵を覚える。
「天狗様は、人間が住処を、自然を荒らしたから怒っているのですよね? なら、天狗様が生きていくのに必要な自然には手を出しません。
私達も生きていく上で、どうしても自然を荒らしてしまう事がありますが……そこを守れば、共存できると思うんですが」
黙ってその話しを聞き、そしてすぐに、天狗は笑い出した。
「何が、おかしいのですか?」
「ふん……ワシが生きていく上での自然か。そんなもの、とっくに無くなっておるわ」
笑っていた顔を一変させ、天狗は不機嫌そうに丹を見つめる。
「ほんの五百年程前はまだ残っておったがな……ここ数十年で、もはやワシらが安全に済める程の土地は消えてしまった。
この山と同じ程度の自然が残っている山がいくつある? 数える程しかないだろう?」
天狗の言う通りではある。いや、もしかしたら数える程すら無いかもしれない。
「そもそも、住める量があるのなら、人間の場所に攻め入ったりはせん。話しがそれだけならば、帰れ」
天狗は、目を瞑り、静かに言った。
●過去の出来事
「まだ、続きがある」
天狗に言われ、落ちこんだ丹の肩を軽く叩いて、一樹が前に出る。
「なるほど、わざわざ説得のためにこれだけの人の子を集めたか。いや、それとも失敗したらワシを殺す気かな」
余裕の雰囲気を醸し出しつつ、天狗が言う。
「……いや、そんな気はない。あくまで俺は調停に来ただけだ。残りの者も、恐らく同じだろう」
「まぁ、俺も同感ではあるね」
一樹の言葉に、藍川も頷く。
「調停……? なるほど、貴様調停者か」
天狗の目が、どことなく遠くを見つめる。何か思う所があるのだろうか。
とりあえずその事は今考えても詮無い事だ。一樹は一度咳をして、
「今回の――いや、過去も含めれば今回だけではないが……自然を荒らしたのは、こちらの責任だ。まずは、それを詫びよう」
「ふむ……」
一樹の言葉に天狗は何かを考えてでもいるのか、自らの長い鼻に手を当てる。
「しかし、だ。お前が今被害を与えている者達。その者達は、乱開発に直接関係のある者ではない。被害を与えるならば、それを指示している者に与えなければ意味がない」
その言葉に、天狗はまた笑う。
だが、今度の笑いは先ほどとは多少質が違う。何と言えばいいのだろうか。その笑いは、哀しそうなものだった。
「調停者よ……血は争えぬと言うのか……昔、同じ事を言われたよ」
「何?」
その台詞には、一樹が驚きの声をあげる。
「だが、結局、無駄だった。指示していた者を消し去っても、また指示を出す者が出てくる。その者を消し去ってもまた……
その方法をとるなら、全ての人が、自然を壊さぬという断固たる意思が必要だろう。ワシには、そのようなものが今の人にあるとは思えん」
確かに、指示している者をどうにかすれば、一時期はそれが収まるかもしれない。だが、それは事態の解決にはなりえない。
「すまぬな、調停者よ。その申し出は、聞くわけにはいかん」
再び天狗は否定の言葉を吐いた。
●説得
「次は俺かな」
「ふん。後二人か。果たしてワシを説得でき――貴様、人ではないな」
言われ、藍川はパチパチと手を鳴らす。
「ご名答。俺もどちらかと言えばそっち側なんだよね。まぁ、今は関係ないから、置いておくけど」
言って、藍川は先ほど草間とシュラインにもらった資料を天狗に渡す。
「最近の乱開発の資料とか、人の声とか、そういうのが書いてある。字は読めるよね?」
「……」
聞くが、天狗は熱心に資料を読んでいるのか、答えてこない。
しばらくして、それを読み終わったのか、藍川に資料を返す。
「なるほど、人もそれぞれということか……だが、これこそ一部に過ぎないのではないか?」
「それは……」
数としては、恐らく、多くはない。自然を大事に、と叫びながら、自分達では何もしないような人は大勢いるだろう。
「いいえ、今では、一部でもありません」
変わりに、天狗の疑問に答えたのはシュラインだった。
「人も、ようやく自分達がしてきた事に気づいたんです。最初は、本当に少ない声でしかなかったんですが……今は、そういう声も高まってきています」
言われて、天狗は目を瞑る。何か、感じるものがあったのだろう。
「物も信頼関係も壊すのは一瞬ですが、戻すには時間がかかります。
だから、もう少しだけでも、様子を見守ってくれませんか?」
「俺も、乱開発とかは好きじゃないけれど……だから人間をどうにかすればいいってもんじゃないんじゃないかな。それこそ、乱開発と変わらない」
二人に言われ、尚も天狗は黙り続ける。
「あの……さっき、住処無くなってる、って言いましたよね? でも、今少しづつですけど、自然を戻そう、って。そういう動きもあるんです。だから、その結果が出るまででも、待ってもらえませんか?」
今まで考えていたのだろう、多少つっかえつつ、丹が声をかける。
「……待つ、とはどの程度を言うのだ? 長くは、待てん」
考えた末、天狗は疑問を投げかける。
「……十年だ。それだけ待って、今までと変わりなければ――その時は、もう止めはしない」
一樹が答えると、天狗は腕を組み、一向を見つめる。
その目付きは鋭い。想いと、言葉を確かめるように。が、誰も目を逸らしはしなかった。
その結果に満足したのか、天狗の顔から初めて張り詰めたような気配が消える。
「わかった。十年だな。その期間は、ワシも待とう。だが、それでもこの状態が続くのなら……ワシは人を許すまい」
言うと、天狗は軽く右手を上げる。と、同じに現れた時と同じような強風が吹き、次の瞬間には、目の前からその姿は消えていた。
「どうにか説得できたみたいだね。期限付きだけど」
肩をすくめ、藍川。
「でも、とりあえずは助かったわ。後は、私達次第、かしらね」
シュラインの言葉に、皆が頷く。
何時の間にか夕方になったのだろう。太陽が、山を赤く照らしていた。
●エンディング
「さて、ああは言ったものの……」
骨董屋の奥の勘定台で頬杖をつきつつ、一樹は呟いた。
現在店には自分一人。だからこそ、独り言も言えるのだが。
あの時はすぐに十年、という言葉が出たが、それで自然を治し、人の意思を変えていくのが難しいのは、わかっている。
「余りにも短い……か?」
今朝見た新聞にも、丁度、とでもいえばいいのか、環境について書いてあった。
いつもなら何の気無しに読み飛ばしていた一文が、頭を過ぎる。
『今、私達はその責任をとらなくてはいけないのかもしれない』
全くだ。その責任、無理な開発による皺寄せが今顕著に現れようとしている。
目を閉じ、腕を組む。
「何とかしなければいけないな……いや、何とかするんだな……自分達の手で」
新たな決意を固め、一樹はゆっくりと目を開いた。
END
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号/ PC名 /性別/年齢 / 職業】
0086/シュライン・エマ/女性/26 /翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
0173/武神・一樹 /男性/30 /骨董屋『櫻月堂』店長
1746/理生芽・藍川 /男性/999/雨男・ところにより時々高校生
2394/香坂・丹 /女性/20 /学生
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■ ライター通信 ■
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もうそろそろヴァレンタインデーです……作者にもこの話しにもあまり関係ないのですが。
とまぁ、ちょっと寂しくなった所でこんにちは。高橋葉です。
さて。今回の降りた山神、いかがでしたでしょうか。友人に見せた所、
「何て言うか……地味?」
って言われました。言われてみれば天狗が出て来たものの別に何かしたわけでもなく。
…………これだから最近の天狗は! と、八つ当たりをした所で、以下個別です。
>武神・一樹様
どうも、初めまして。ご参加ありがとうございました。
一樹さんは書いてる間中、格好いいなあ……とか無駄に自己陶酔していた記憶があります。
こういう大人キャラは個人的に大好きなのですが、表現できていたかはちょっと疑問が残っていたり。
いつか完璧に書けるといいのですが……と、何か愚痴になってる気がするのでこの辺りにしておきます。
それでは、機会がありましたらまたよろしくお願いします。
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