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<東京怪談ノベル(シングル)>


『嘉神先生の憂鬱なる放課後2  ― 触ルナ危険 ― 』
「ほら、そこぉ! 無駄話するなぁ。靴履いて、校舎周り10周走ってこい」
 武道場には厳しい響きの声があがった。
 言われた部員は、少し呆気に取られたような表情を浮かべて、自分を指差す。
「そうだ。行ってこい」
「って、だって、いつもこんな風じゃん」
 などと、厳しい声に対して、少しむっとした感じで言った部員。
 いつも楽しい空気が流れている武道場はしかし、ぴりぴりとした息苦しさに包まれていた。
「先生、今月には3年生の最後になる大会もあるんですし、乱取りでもやった方が・・・」
 危なげない表情と声で、そう顧問と部員をとりなそうとした部長であったが、
「うるっさい。顧問は俺だ。おまえらは言われた通りにすればいいんだァ」
 怒鳴る顧問。
 そしてこの横暴な空気に、部員の一人が切れた。
「うざぁ」
「あ、なんて言った今?」
 押し殺した顧問の声。
 その声に怖じける事無く部員は、真っ直ぐに顧問を睨みながら言う。
「だからうざいって。なに、まきちゃん、勝手に切れてぴりぴりとしてんだよぉ? らしくない。大人気ない。なんだよ、楽しく部活をやるんじゃなかったのかよ」
「はん、楽しい? 自由と横暴の違いもわからずに、自分の身勝手をプライバシー侵害っていう大義名分で弁護するようなガキがなに偉そうな事を言ってる?」
「うわぁ、なんだよ、それ? そっちこそ、自分の感情をこっちにぶつけてるだけじゃん。みっともない。んな、大人気ない態度とっておいて教師ぶるなよ。今のあんた、他の家は他の家とかってほざきながら子どもには他の家の子どもは偉いんだから、あんたもそうしなさいって、与えている環境も違うのに、それに対して得られる物ばっかりを求めるエゴイストな親と同じだぜ? 結局、あんたもそんなくだらない大人かよ」
「教師にむかって、なんだァ、その言い草はァ」
 顧問は自分に歯向かった生徒の頬を殴った。
 その衝撃に跪いた生徒に周りの部員からも驚きの声があがる。
 そして顧問に向けられるのはいつもの好意的な視線ではなく、非難の視線だった。
「嘉神先生、学校教育法第15条2項で確かに教師の生徒に対する教育的指導は認められていますが、それはあくまで教師として生徒に接する時のみに許された行為です。僕らには今の先生の行為はただの感情をぶつけただけの行為にしか思えません」
 顧問・・・嘉神真輝は、ぐっと下唇を噛んだ。
 部長はそんな彼にはもはや目もくれずに、ぼたぼたと手で押さえた鼻の鼻腔から鼻血を零す生徒に肩を貸して立たせると、周りの生徒に言った。
「今日はもう、練習は終わりだ。掃除は明日の朝練の時にやるからもう皆、帰れ」
 それを聞いて、真輝は目を大きく見開いた。
「待てぇ。何を勝手に言っている。顧問は俺だ。部員のおまえが勝手に決めるなァ」
 感情的になった真輝。
 しかし、部長はそんな彼に比べれば一歩も二歩も大人だった。わぁっと沸騰しかけた思考にありったけの理性をぶちこんで、それを沈静化させる。
「じゃあ、僕も殴りますか? 少し頭を冷やかしてください」

 そして俺は誰もいない道場で、俺が殴った生徒が鼻血で汚した床を拭いていた。
 どうやらこの道場の屋根は修理が必要らしい。だっていつの間にか降り出した雨が雨漏りして、俺の顔を濡らすから。
「あーぁ」
 俺はその場に座り込んで、天井を見上げ、頭を掻き毟った。
「なにやってんだよ、俺は・・・」
 ほんと、なにやってんだか・・・。
「ダメな大人だな、俺は・・・」
「あら、あなたがダメな大人なら私はどうなるのかしら、嘉神センセ」
「あんた・・・」
 そこには美術教師がいた。
 彼女はロングスカートを丁寧な手つきでおって、俺の隣に座る。
「何スか?」
 無意味に彼女に対して身構えてしまうのは、これまで数々の彼女の俺に対する仕打ちのせいだろう。しかし、この彼女は、

『それはもちろん、嘉神センセを愛しているからですわ』

 いったいどこまで本気なのやら?
「そんな身構えないで。これでも女の子なんですから、そんなあからさまに好きな人に身構えられたら傷つきますわ」
「だ〜か〜ら、そういう冗談はしないでください」
「冗談、って。センセ」
 そう言って微苦笑しながら肩をすくめた彼女はだけど、そこで薄いピンクのルージュが塗られた唇を緩めさせて、くすくすと笑った。
「なんだやっぱり、普段のまきちゃんじゃないですか?」
 ・・・。
 彼女は両足を手で抱えこみながら、むぅっと訝しむ表情を浮かべる俺の顔を笑いながら覗き込む。
「中庭で空手部の女子生徒たちが泣いてましたよ」
 ずきんと左胸がいたんだ。
「なにやってんだ、俺は」
 結局、考えは堂堂巡り。
 俺はまた苛立たしげに頭を掻き毟った。
「嘉神センセ」
「なん、すか」
 と、言葉は途中で止まる。
 彼女の顔を向く途中だった俺の頬に彼女の人差し指が埋まる。
「なにやってんですか?」
 いい加減、またキレそうだ。
 もうあんな自己嫌悪の最悪な想いはしたくないから、俺は必死に沸騰しそうな思考にありったけの理性を注ぎこもうとするのだけど、
 だけど・・・
「変な顔」
 そうくすりと笑いながら言った彼女の顔はとても綺麗で、そして優しかった。この心臓の鼓動の速さは何だろう?
「身長なんか別にどうだっていいじゃないですか」
 そして彼女の微笑みに、開けっ放しの窓から吹き込んでくる風に遊ばれて俺の頬をくすぐる髪に、彼女からほんのりと香る香水の香りに心がワルツを踊っていたぶんだけ、俺はなぜか彼女のその言葉にショックを受ける。
 どうして? 彼女にはいつもひどい事をされているのに・・・。
「なんで、あなたが知ってるんですか?」
「女の子のネットワークを甘く見ないで下さいね」
 にんまりと笑う彼女。
 俺は苦虫をまとめて5,6匹噛み潰した時かのような渋面が浮かんでいるであろう顔を片手で覆って、ため息を吐いた。
「っとに、これだから女は・・・」
 くすくすと笑う彼女。
 だけど彼女に俺が機嫌が悪かった原因を知られたというのに、それに対して俺は別に嫌だとはなぜか想わなかった。むしろ、理由は別として、それに対しての俺の行動を彼女に知られた事の方にこそ恥ずかしさを感じた。それはどうして?
 だけど俺は思春期の息子が母親に対するように彼女に心とは裏腹の(もしくは素直に)行為をする。
「そんなくだらない理由で俺が生徒に対したと想いますか?」
「ええ、もちろん」
 彼女は至極真面目な顔をこくこくと頷かせた。
「あのね、あなたは俺を励ましに来たんですか? それとも俺をからかいに来たんですか?」
「もちろん、励ましに来たんですよ。これからホテルにでも行きますか? 身も心も慰めてあげますよ」
「・・・」
 彼女は抱えた両膝に頬を埋めてくすくすと真っ赤な顔をした俺を笑った。
 ほんとうに・・・
「本当に馬鹿みたいだな、俺は」

 事の始まりは、学生時代からの憂鬱なるイベント。春の健康診断。俺が心の奥底から嫌う身長測定。
 ったく、冗談じゃない!
 大学生の時から想っていた。
 こんな歳になって、身長が伸びるものかって!!!
 なぜに毎年、毎年、屈辱を味あわねばならない。
 しかし・・・
「嘉神先生。身長159,9cmですね」
「はあ? 嘘でしょ? 何を言ってるんですか?」
「だから嘉神先生の身長。159,9cmです。まあ、サービスで160cmという事にしておきます」
「・・・。嘘でしょう・・・だって、俺・・・・・・」
 ショックで何も考えられない。
 どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして?
「本当に159,9cmなんですか? だって、俺、去年、161cm・・・」
 なぜ? なぜ? なぜ? なぜ? なぜ? なぜ? なぜ? なぜ? なぜ? なぜ? なぜ? なぜ? なぜ? なぜ? なぜ? なぜ? なぜ?
「あっ・・・」
 そして俺は唐突に気がついた。

『まきちゃーん』
『まきちゃーん、抱っこー』
『まきちゃん、俺も抱きつくぅー』

「あいつらのせいか・・・」
 そう、そうだ。そうなのだ。俺よりもでかい馬鹿どもが俺に抱きついてくるから・・・だから俺は・・・・・・
「くそぉ・・・、あいつらめ」
 
 そして俺はこれ以上、身長が縮むのを嫌って、俺にくっついてこようとする生徒たちにスパルタをかした。そして、そう、あいつらが言う通りに俺は、俺の苛つきのままに、感情をあいつらにぶつけた。それは教育でもなんでもない・・・。

 あー、くそ。かっこ悪るすぎだ・・・

「ねえ、先生」
「はい?」
「カッコいい生き方って、すげー難しいですね」
「そうですわね。でも、自分の間違いに気づいたら、そしたらそっこ―でそれを修正しようとする人には気を惹かれます。自分の弱さを認められる人って、魅力的だと想いますよ」
 俺は肩をすくめる。そして俺だけどきどきとさせられるのは、癪なので、
「んじゃ、先生をさらに俺に惚れさせるために、自分の弱さを認めて、そっこーで生徒に謝ってきますかな」
 立ち上がる俺。
 先生も立ち上がり、そして髪を掻きあげながら微笑む。
「そうですね。惚れなおさせてください」
 照れもなくそう言う彼女。
 言った俺のほうが照れる。後ろで誰かがばかぁ、とくすくす笑いながら言ったのは果たして俺の気のせい?
「どうしたんです、センセ」
 昔、高熱を出して、生死の境をさ迷った時に見た、純白の服を着た金髪の天使を思い出していた俺は、彼女に首を横に振って微笑んだ。
「なんでもないです」
「ではさっさと、生徒たちに謝ってきなさい、嘉神真輝」
「はい」
 ぴしっと道場の出入り口を指差した彼女に、おどけた俺は敬礼すると、身を翻して、ダッシュした。
 そんな俺の背に彼女は、声をかける。
「がんばれ、嘉神センセ」

「あー、えっと・・・」
 ちょうど校門をくぐろうとしていた部員全員に俺は声をかけた。だけどなんと言えばいいのかわからない。
 俺は本当に馬鹿だ。
 確かにおまえはホモかぁ! と、心底疑いたくなるぐらいにくっついてくるこいつらは嫌だったけど、だけどあのアットホームな空手部の雰囲気は大好きだった。大切な場所だと言ってもいい。
 だけど、俺は一時期の苛つきで、自分でそれを壊した。
 どんなに悔やんでも悔やみきれない。
 そんな自分で傷つけた生徒たちになんと言えばいいのかわからない俺に、だけど俺が苛つきのままに殴った生徒が、俺に・・・
「まきちゃん」
 と、いつもとかわりなく抱きついてきた。そして俺の胸に顔を埋める。
「うーん、まきちゃんの妹さんのふわふわのEカップはとても気持ちよかったけど、やっぱり俺はまきちゃんの胸のほうが好き♪」
「・・・。おまえ。やっぱりホモだろう?」
「うわぁ、ひどい。肉体だけでなく、心も傷つける気?」
「・・・。え、あ、いや、すまん・・・」
「ん? なんだって、聞こえないぞ♪」
 ・・・。
「悪かった。俺が悪かった。皆、すまん」
 俺は大声で叫んで、頭を下げる。
 そしてまるでなんかの青春ドラマのように、
「「「まきちゃん」」」
 生徒たちにもみくちゃにされて、
 そして、
「皆、まきちゃん先生が、お詫びにこれから1個500円の季節限定アイスを奢ってくれるそうだ」
「って、ちょっと待って、部長。俺は・・・」
「「「「「「うわぁー、ありがとうございまーす」」」」」」
 ・・・。
 そして俺はそのまま右腕は男子部員に抱きつかれ、左腕は女子部員に抱きつかれて、そのままお店に連れられて(連行されて)いく・・・。
 あー、今月は財布がピンチなのに・・・。
「くそ、夕日に向かって走り出したい気分だ」
「あ、いいね、それ。やろっか、まきちゃん♪」
「疲れるから嫌だ」

 くわえ煙草をしながら心の中でドナドナを泣きながら歌いながら、俺はものすごくかわいい生徒たちと季節限定アイスとやらを、今月の残りはカップラーメンで過ごす決意をしながら食べに向かった。

 ― 合掌 ―