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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


女子更衣室の幽霊
「下着が盗まれる……?」
 珍しくまともな依頼だと思っていたのに――と、草間武彦は内心、ため息をついた。
 草間興信所には、日々、怪奇現象にまつわる依頼が持ち込まれる。興信所の主である草間武彦はそれを嫌がっているが、その筋では「怪奇現象にまつわる依頼ならここへ」ということですっかり有名になってしまっており、武彦の主張など誰も聞いてはくれない。
 だから、今回は本当に久しぶりの、まっとうな、興信所らしい依頼のようだと期待していたのだったが……。
「そうなんです。下着だけじゃないんです。水着だとか、着替えだとか……色んなものがなくなるんです」
 武彦の内心を見透かしたのか、目の前にいるセーラー服姿の少女は、必死になって訴えてくる。
「誰かのいたずらじゃないのか?」
「違います! だって……私たちが教室にいたのに、なくなるんです。絶対に無理です!」
「……なるほど。結局は怪奇現象にまつわる依頼、ってことか……」
「ダメ……ですか?」
 今にも泣き出しそうな様子で、少女がうなだれる。
「いや、引き受けたいのはやまやまなんだが……今は零もいないからな。さすがに俺が女子高に潜入するのは無理があるだろう」
「そう……ですよね。探偵さん、どうがんばっても女の人には見えそうにありませんもんね……ごめんなさい、迷惑かけちゃって」
「なにも引き受けない、とまでは言わないさ。俺は行けないが、誰か他の人間に頼めばいい。手配くらいはしてやる」
「……ありがとうございます!」
 少女は感極まったように、顔を手でおおって泣き出してしまう。
 結局、引き受けることになるのか――と苦々しく思いながら、武彦はくわえていたタバコを灰皿に押しつけた。

「えーっと、草間さん、いますか?」
 バイト探しに事務所へ立ち寄った海原みなもを、なぜか武彦は満面の笑みで出迎えた。
「……どうしたんですか?」
 みなもは思わず首を傾げる。武彦がこんなふうに笑うのは、なんだか珍しいような気がしたのだ。
「いや実はな、ちょうどいい依頼がきているんだ」
「ちょうどいい依頼……ですか?」
「ああ。女子高への潜入調査だ。セーラー服を着てもらう」
「女子高……ですか? 面白そうですね。高校、ちょっとのぞいてみたいですし……いいかも」
「そうだろう、そうだろう。じゃあ、これが制服な。集合場所はここで、それから……」
 武彦はみなもにセーラー服一式を押しつけると、矢継ぎ早に色々とまくしたてた。

「これで全員、か」
 空き教室に5人が集まると、天嶽が全員の顔を見回しながら言った。
 もしも誰かにこの状況を見られたとしたら、変わった会合だと思われるに違いない。そんな感じの5人だった。
 なにしろ、天嶽は一応セーラー服は着ているものの、どう見てもスケバンかなにかにしか見えないし、みなもは高校生にしてはやや幼すぎる。みかねや桐香は本物の女子高生だけあってまったく違和感はないが、もうひとり、薙沙は、スカートが落ち着かないのか、妙にそわそわとした様子だった。
 セーラー服自体は、白を基調としていて、袖口やエリ、スカートは黒で、金色のボタンがついているという上品なものなだけに、なんだか余計に異様な雰囲気をただよわせているのだった。
「ええ、多分、そうだったと思います」
 みかねが天嶽にうなずき返す。
「ええ、そうみたいです。草間さんから預かってきた資料に、ちゃんとそう書いてありますから……その、これです。どうぞ」
 なぜか恥ずかしそうな様子で、薙沙が全員に資料を配る。
 そこには、事件の基本的な情報がわかりやすくまとめられていた。
 事件がはじまったのは、ちょうど一週間前。
 下着や制服が盗まれる時間帯や場所は特に決まっておらず、被害を受けた生徒には特に共通点はない。
 校内には男性はひとりもおらず、状況からして、人間の犯行とは考えにくい。
 念のために、最近亡くなった学校関係者や、近所で亡くなった人間がいないかも調査したが、該当者は見つからなかった。
「うーん、でも、これだと、特に手がかりらしい手がかりってありませんよね」
 みなもが首を傾げる。
「やっぱり、現場に張り込むしかないんでしょうか……」
 目をうるうるとさせながら、薙沙が言った。
「そうですよね……現場、行きましょうか?」
 みかねが提案する。
「あの、じゃあ、私はちょっと、外のほうを見てきますね」
 桐香は恥ずかしそうに告げる。
「え、でも、二見さん、ひとりで大丈夫ですか?」
「ええ、平気です。それに……もしかしたら、ひとりで歩いてたら、犯人さんに会えるかもしれないですし。下着を盗まれた子って、私の友達なんです。だから私、がんばります」
 桐香はぐ、とこぶしを握って言う。
「あんまり無理はすんなよ?」
 天嶽はわしわし、と桐香の頭をなでた。
「あ、僕、ついていきましょうか?」
 薙沙が提案するが、桐香は首を横に振った。
「ひとりじゃなかったら、囮の意味、ないですから。それに私……こう見えても、結構強いんです。だから、大丈夫です」
「じゃあ……なにかあったら、すぐに大声、出してくださいね。あたしたち、すぐに駆けつけますから」
 みなもが言う。
「はい、ありがとうございます」
 桐香は感動してやや涙ぐみながら、微笑み返した。

「……さすがに、冬のベランダって寒いですよね。ごめんなさい」
 ベランダで冷たい風を受けながら、薙沙はしゅんと肩を落とした。
 さすがに更衣室は恥ずかしくて、ベランダで――と提案したのだったが、今が冬であることをすっかり忘れていた。ベランダからだとたしかに更衣室も中庭でスケッチをしている桐香もぎりぎり両方見ることができるのだが、かなり寒いのだ。
「あ、大丈夫ですよ。気にしないでください」
 落ち込んでしまった薙沙を案ずるかのように、みなもが言う。
「そうですよ。それにほら、丈峯さんと真神さんが風除けになってるから、私たちはそんなに寒くないんですよ」
 みかねもにっこりとフォローを入れる。
「そ、そうですか? よかったです……」
 薙沙はほっとしたように笑みを浮かべた。
 学級委員長、なんてものをやっているせいか、薙沙は、つい、どうしてもこういったことを気にしてしまう。
「まあ、とっとと下着泥棒が出てくれりゃあいいんだがな……」
 天嶽がぽつりとつぶやく。
「そ、そうですよね!? 丈峯さんは寒いですよね! うぅ……」
 薙沙なぐったりとうなだれる。
「いや別に、そういうことを言いたいわけじゃ……ほら、あんまり落ち込むなよ」
 天嶽がわしわしと薙沙の頭をなでる。
 ごめんなさい、と口にしようとして、薙沙は顔を上げた。
「……あ、なんだか、二見さんの様子がおかしくありませんか?」
 そのとき、みかねが桐香の方を指しながら言う。
 あわててそちらの方を見ると、確かに、桐香の様子がどこかおかしい。
「もしかして、下着泥棒が出たのかも!」
 みなもが思いついたことを口にする。
「じゃ、じゃあ、早く行きましょう!」
 あわてた様子で薙沙が言った。
 4人は、なるべく足音を立てないように走り出した。

「……あ、先生がた、ですか?」
 桐香は走ってきた相手に思わず訊ねてから、あわてて口をおさえた。教師の顔を知らない生徒がいるわけもない。
「いえ、私たちは草間興信所の調査員――事件を解決に来たの。あなた、今、悲鳴をあげたわよね?」
 長い髪をひとつに束ねた、つり目の女性に訊ねられ、桐香はがくがくと首を縦に振った。
「あ、あの、私も……です」
「え? どういうこと?」
 なぜか刀をたずさえた、どこか水商売風の女性がその隣で首を傾げる。
「私、この学校に知り合いがいて……それで、頼まれたんです。囮になろうと思って、ここでちょっとスケッチしてたら、いつのまにか下着がなくなっていて……」
「なぁるほど。お嬢ちゃん、犯人の姿は見たのかい?」
 ハスキーな声の、やや背の高い女性が言う。
「あ、いえ、その……・スケッチに夢中になってしまって……」
 桐香はうつむいた。
 調査に来たというのに、このていたらくとは……なんだか、自分が情けなかった。
「まあ、気にするな。犯人はまだこの近くにいるかもしれないからな」
 かつらをかぶった男性――に見えなくもない黒髪の女性が力強くうなずく。
「このあたりを少し、捜索してみましょうか?」
 和服の女性が首を傾げる。
「おーい! こいつがあんたの下着盗んだって言ってるけど、本当か?」
 言いながら、天嶽が走ってくる。その後ろを、みなも、みかね、薙沙が追いかけている。
 天嶽は桐香の前まで来ると、ひょい、となにか薄汚いモノを見せた。
 どうやら、それは人間のような姿をしているようだ。真っ白な長い髪と髭と、うすよごれた長衣のせいでぼろくずのように見えただけで、よく見れば目も鼻も口もちゃんとあった。
「さっき、そこで見つけたんです。えっと、桐香さんの下着はあたしが預かってますから、あとでお返ししますね」
 息を切らしながら、みなもがにっこりと笑んだ。桐香はみなもに駆け寄って、手を握ってこくこくとうなずく。
「ありがとうございます!」
「いえいえ。でも、なんか、その人、ヘンなこと言ってるんです」
「ヘンなこと……って?」
 シュラインがみなもに訊ね返す。
「なんだか、その人、自分のことを神さまだ、って……ね、志神さん」
 みなもが振り返って、苦しげに肩で息をしているみかねに言う。
「あ、はい。なんだか、ヘンなこと、言ってるんです」
「まあ、そりゃあ、神さまって自称してるのはヘンよねえ」
 更紗が納得したようにうなずく。
「いえ、そうじゃないんです。その……二見さんが下着を脱いで供えてくれたから、自分はそれをありがたくいただいただけだ、って……」
「僕も聞きました。でも、そのあとで、『若い娘の脱ぎたてぱんちーを欲しいと思わないのは男じゃない』とか言ってたので、信憑性はないかも、なんて思ったりします。別に僕、パンツは欲しくないですし……」
 照れくさそうにそう続けたのは薙沙だ。
 桐香は真っ赤になった。まさか、こんなところで、自分が下着をつけていないことがばらされてしまうなんて……!
「お嬢ちゃん、ノーパンなんだ?」
「言わないでくださいっ!」
 桐香はその場にうずくまる。もう、穴を掘ってでも埋まってしまいたい気分だった。
「まあ……なんにしろ、犯人ってことは間違いない、ってわけだ」
 慶悟がつかつかと天嶽の方へ近寄っていき、自称神さまを見ると眉を寄せる。
「どうしたの?」
 シュラインが問うと、慶悟が振り返った。
「……どうやら、本当に本物の神さまみたいだ」
「確かに……そのようですね」
 さくらも慶悟に同意する。
「えええええっ!? 神さまが、そんなこと、したって言うんですか!?」
 薙沙が目をまるくする。慶悟は残念そうに首を振る。
「……俺、思いっきりどついちまったけど、もしかしてたたられたりするのかな」
 天嶽が神さまを目の高さに持ち上げながらつぶやく。
「おう、もちろんじゃとも。末代までたたってやるから覚悟するんじゃな」
 カン高い声で神さまが言った。
「おお、しゃべった」
 なにか珍しいイキモノでも見たような様子で、天嶽が声を上げる。
「珍獣扱いするでない!」
 神さまがじたばたと抗議する。だが、天嶽の手からは逃れられないらしい。
「珍獣扱いされたってしょうがないわよね、下着泥棒なんだし」
 シュラインがつぶやく。
「泥棒とは何事か! わしはな、この土地の守り神じゃ。じゃが、誰も供え物を寄越さんのでな……ちょっと失敬した、というわけじゃ」
「……どこの世界に、下着を供え物として持っていく神さまがいるのよ」
 更紗が鼻を鳴らす。
「脱ぎたてぱんちーを持っていかないのは男とは言わん」
「……神さまにこのような真似をするのは、はなはだ不本意ですが」
 さくらは天嶽から神さまを取り上げると、小脇に抱えた。そうして、手を振り上げると、尻めがけて思い切り振り下ろす。
 ぱぁん! といい音がする。
「う、うわ、痛そう……」
 薙沙が肩をすくめる。
「でも、自業自得って感じですよね……」
 みなもが視線をそらしながら言った。
「でも、すごい……神さまのお尻をぺんぺんしちゃうなんて」
 みかねは目をぱちくりとさせる。
「……なんだか、逆らわない方がよさそうな人だな。母親を思い出す」
 天嶽も一歩あとずさってつぶやく。
「まあ……これにて、一件落着ってところかしらね」
 シュラインがひっそりとつぶやく。
 響きわたるお仕置きの音をBGMに、9人はそれぞれうなずきあうのだった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【2593 / 深薙宜・更紗 / 女 / 28歳 / 喫茶店経営/何でも屋】
【1252 / 海原・みなも / 女 / 13歳 / 中学生】
【2042 / 丈峯・天嶽 / 男 / 18歳 / フリーター】
【2336 / 天薙・さくら / 女 / 43歳 / 主婦/神霊治癒師兼退魔師】
【0086 / シュライン・エマ / 女 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【0389 / 真名神・慶悟 / 女 / 20歳 / 陰陽師】
【0249 / 志神・みかね / 女 / 15歳 / 学生】
【1515 / 真神・薙沙 / 男 / 17歳 / 高校生(学級委員長)】
【2204 / 刃霞・璃琉 / 男 / 22歳 / 大学生】
【1657 / 二見・桐香 / 女 / 16歳 / 女子高校生(隠れ魔族)】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、4度目の発注ありがとうございます。今回、執筆の方を担当させていただきました、ライターの浅葉里樹です。
 今回はセーラー服を着て女子高に潜入――ということで、みなもさんの着ているセーラー服とはちょっと違ったタイプのセーラー服を着ていただきました。みなもさんには、白いセーラー服も似合うんじゃないのかな、と思うのですが、いかがでしたでしょうか。お楽しみいただけていれば、大変嬉しく思います。
 もしよろしかったら、ご意見・ご感想・リクエストなどございましたら、お寄せいただけますと嬉しく思います。ありがとうございました。