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<東京怪談ウェブゲーム あやかし荘>


夢魔の呼び声
「……まただ」
 紅茶を飲んでいるときにカップの中に黒い小石を見つけ、朝野時人はため息をついた。
 近頃、時人の周囲にはよく黒い小石が出現していた。今のように食べものや飲みものの中に入っていることもあるし、足下に落ちていたり、持ちものの中に入っていたりすることもある。
 一度や二度なら自分の不注意かもしれないと思うところだが、こう何度も続く上、夜な夜な夢魔があらわれるとあっては――偶然ではないと思うほかなかった。黒い小石があらわれるというのは、呪われている証拠なのだ。
「呪われる心当たりなんてないんだけど……参るよなあ。僕、そういうのの相手は苦手なのに」
 時人はカップに沈んだ小石をスプーンで取り除きながら、大きく息を吐く。
「それにサキュバスなんて穏やかじゃないし……どうしよう」
 誰か助けてくれるような人間はいないだろうかと、知人の顔を思い浮かべながら時人はため息をつくのだった。

「あの……失礼いたします」
 と、誰かが外から声をかけてくる。
 ここは一応マジックショップという看板もかかげているため、来客は多い。聞きなれない声ではあったが、時人は疑いもせずにドアを開けた。
「なにやら、お困りではありませんか?」
 立っていたのは、ゆるやかにウェーブのかかった長い黒髪を持つ、大人びた表情の少女だった。
 なぜか黒の燕尾服にシルクハットという、男装ではあるもののある意味では正装をしていて、その様子は凛としてうつくしい。
「えっと、その……確かに困ってはいるんですけど。どなた、ですか?」
 相手はどう見ても自分より年下だろうとわかってはいたが、時人は思わず敬語で訊ねた。
 少女は時人の問いかけに、艶然と笑む。
「ええ……なにか、おもしろそうなものが“見え”ましたのでまいりましたの。わたくし、海原みそのと申します。お邪魔してもよろしいですか?」
「あ、は、はい。どうぞ」
 時人はあわててうなずいて、みそのを部屋の中へと招きいれた。
 みそのは部屋のドアを閉めると、微笑んで大きな箱を差し出した。
「はじめてお邪魔するのに、手土産のひとつもないのはいかがかと思いまして……お土産を持ってまいりましたの。どうぞ」
「はあ……どうも」
 時人はきょとんとしながらも、それを受け取る。
 やたらに大きな包みだが、中身はいったいなんだろう――と思いつつ眺めていると、
「特大の紅白饅頭つめあわせですの。直径が10センチほどありますから、食べ甲斐があると思いますわ」
 とみそのが先回りして答えてきた。
「はあ……」
 他に返す言葉もなく、時人は曖昧にうなずいた。

 そのようにして、時人の部屋に5人の人間が集まったのだったが――
「うーん、やっぱり、5人もいると狭いわねえ」
 圭織がわざとなのかなんなのか、時人にくっつきながら言う。身長差などの都合上、くっつかれると胸元に顔が押しつけられるかっこうになってなんとも言いがたい気分なのだが、圭織本人はそんなことはまったく気にしていないらしい。
「でも、このくらいの方が同調しやすいと思いますよ。あんまり広い空間だと、同じ夢に入るのが難しいですから」
 フォローするように言ったのは、女性陣の間で小さくなっている遮那だ。
「まあ、そうなんですのね。わたくし、他の方の夢の中に入るのははじめてですから、なんだか楽しみですわ。……ああ、このようなことをいっては、時人さんに申し訳ありませんかしら」
 そんなことを言いながらも、どこか楽しげな様子で亜真知が言う。
「えっと、別に、大丈夫です。僕、助けてもらえるだけでありがたいっていうか」
「そう言っていただけると、わたくしも助かりますわ。でも、おふとん、人数分ありますかしら……?」
「……ごめんなさい、さすがに客用ふとんは1つきりです」
 そもそも5人もの人間が寝泊りするようにはできていない上、ところせましと怪しげなアイテムが並んでいるため、時人も客用のふとんは1枚しか用意していないのだった。
「でしたら、みなさま一緒にひとつのおふとんで眠ればよろしいのでは?」
 みそのが名案、とでも言いたげに提案する。
「さ、さすがにそれは……!」
 時人は目を丸くして、首をぶんぶんと振る。
 遮那や次郎だけならば別にかまわないが、亜真知やみそのや圭織と一緒のふとん――というのは、なんだか犯罪ではないか、と思える。
「大丈夫よ、時人くんはほら、まだまだ子供だし。誰も危険だなんて思ったりしないと思うわよ」
 明るい様子で圭織が言う。一緒に温泉に入った仲である圭織には、時人は、そんなことまですっかり知られてしまっているのだった。
「うぅ……」
 だが、うら若き女性たちの前でそれをばされるのは少々つらい。時人はうなだれてうめき声をあげる。本当のことであるので文句を言えないのがつらいところではあった。
「あの……俺はここにいても、大丈夫ですか?」
 部屋のすみから次郎が訊ねてくる。
「ええ、大丈夫ですよ。その辺りなら」
 時人の変わりに遮那が答える。そうして、ゆったりと全員を見回しながら続ける。
「それでは、みなさんで夢の中にお邪魔することにしましょう」

「……ここが、夢の世界?」
 辺りをきょろきょろと見回しながら、圭織が首を傾げる。
 夢の中だといわれても、いまいち実感がわかない。なにしろ、先ほどまでいた、あやかし荘内にある時人の私室とまったく様子が変わらないのだ。
「そうです。まあ、時人さんの夢の中ですから……慣れた場所があらわれたんでしょう」
 遮那がそう説明する。
「そうなんだ……」
 自分でもよくわかっていなかったので、時人は素直に感心した。だが、説明を受けたとしても、よくわからないことに変わりはない。
「でもどうやって、そのサキュバスを捕獲しましょう? 一応、夢の世界でもいつも通りに力は使えるみたいですから……結界を張っておくことはできますけれど」
 亜真知が結界を張るための準備をなのか、指で宙になにか文様のようなものを描きながら言う。
「……ああ、そうだ」
 それを聞いて、次郎が立ち上がる。
「今日は幻聴がひどくて……その。色んなときに、そのときにあった音楽が聞こえるんだ。妖怪が近づいてくるときにも……音がする」
「ええっと……?」
 次郎の言わんとしていることがわからなくて、時人は首を傾げた。
「多分、『どちらにさきゅばす様がいらっしゃるのかわかる』ということではありませんでしょうか」
 静かにしていたみそのが、やはり静かな声音で答える。
「……ああ、なるほど」
「だとすると、次郎さんを連れて部屋を一周したら、どの方向にサキュバスがいるかわかりますね」
 遮那がうなずく。
 遮那は自由に夢の世界に干渉できる能力を持っているのだが、それは、夢の主に負担をかけることになるのだそうだ。だから、できる限り、遮那が力を振るわない方がいいらしい。
 時人にはその仕組みはいまいちわからないが、強い力を持つ、ということはそれだけ恐ろしいことなのだろう、ということだけは推測できた。
「じゃあ、次郎さん、ちょっと部屋の中、一周してみてもらえますか?」
「……ああ」
 時人に頼まれて、次郎が立ち上がる。
 のそり、のそりと部屋の端の方を歩き始めると、ある地点で立ち止まる。すると、なぜか重厚なピアノの音色があたりに響きわたる。
「ここは……」
「どうしたの?」
 圭織が問う。
「妖怪が来たときには、シューベルトの『魔王』が聞こえるんだ。ここにいると、かすかに聞こえる」
「そこに隠れている、ということですね」
 みそのが立ち上がり、手にしていたステッキで壁を叩く。
 すると壁が割れて、その中から、肌もあらわなビキニ姿の、コウモリの羽根を持ったサキュバスがあらわれる。
「……あらん、見破られてしまいましたのね。残念だわ」
 胸元を強調するようなポーズを取って、挑発的な仕種でサキュバスが言う。さすがに淫魔というだけあって、それだけでも壮絶に色っぽい。
「時人くん……あれと私とどっちが美人かしら」
 なぜか対抗するように、圭織が髪をかきあげる。対抗されても……と時人は思ったが、とりあえずは口にしないでおく。
「あの、よろしいでしょうか」
 そのとき、みそのがおっとりと口を開く。
「実はわたくし、聞きたいことがございますの。さきゅばす様はたしか、夜伽がとてもお上手とのこと。今後のためにも、そのあたりのお話しをうかがいたいのです。もし、差し支えなかったら、時人様との情事も見てみたいのですが……」
「だ、ダメですってば!」
 時人が思わず声を上げる。
 サキュバスと交わるということは、つまり、そのまま死んでしまうということを意味するのだ。
 それに万が一そういったことがないにしても、そもそも時人もまだ15歳――はじめからいきなり衆人環視のもとで、というのは無理な話だ。
「あたしはそもそも、そのために喚ばれたんだし……別に、いいわよ? どうするの、ボウヤ」
 サキュバスが赤いくちびるを笑みの形にゆがめて、ちゅ、と音を鳴らす。時人は思わずよろめきそうになるのを、ぶんぶんと首を振ってこらえた。
「とりあえずは、大人しくしておいていただいた方がいいようですね」
 遮那がライオンを踏みつける乙女の描かれたカード――《力》のタロットをサキュバスへとかざす。
 するとサキュバスが床へへたりこみ、苦しげな表情を見せた。
「このカードに描かれているライオンは、感情をあらわしています。乙女は理性や意思をあらわします。つまり、このカードは理性で感情を押さえつけ、冷静な判断をくだす、ということをあらわしているわけです。あなたにぴったりのカードですね」
「……さて。それじゃあ、白状してもらいましょうか? どうして、こんなことをしたのか」
 圭織が不服げに鼻を鳴らす。サキュバスは圭織に向かって舌を出した。
「あたしは召喚されて、使役されてるだけだもん。そんなの、なんでなのかなんて知ってるわけないでしょ? そっちのボウヤの方が、よっぽど心当たりがあるんじゃないのぉ」
「そんなこと言われても、僕、サキュバス差し向けられるくらい人にうらまれるような覚えはないです」
 時人は腹立たしげに口にした。
 たしかに、ドジを踏んだり間抜けな失敗をしたりして、他人に迷惑をかけてしまうことはある。
 けれどもそれはうらまれる、というような類のことではけっしてない。
「でしたら、強制的に術者の方においでいただくしかないのかもしれませんわね」
「え……榊船さん、そんなこともできるんですか?」
「ええ、できますわ」
 亜真知が言うが早いか、サキュバスの出てきた壁の穴から、ころりんとローブをはおった小柄な少年がころがり出てくる。
「痛っ……な、なんだ、ここ」
 少年は頭を押さえてきょろきょろとあたりを見回す。
「……夢の中」
 ぽそり、と次郎が告げる。
 そのどんよりと重いものを背負っているかのような表情に、少年は怯えたような顔で後ずさる。
「サキュバスを送ってきたのは、あなたですわね?」
 亜真知が訊ねる。
「え? ああ、そうだけど……なんなんだよ。なんで、こんなにいっぱい人が……」
「友達の輪、ってやつかしら」
 亜真知の代わりに圭織が答える。
「それで、いったいどうしてこんなことをしたのかしら? きりきり白状してもらいましょうか?」
 ばん、と床を叩きながら、圭織が言う。やはり弁護士というべきか、そのしぐさは随分と堂に入っている。
「別に」
「別に、だなんて、そんなのが通用するわけないわよね?」
 にこり、と笑う圭織には、なぜか奇妙な迫力がある。その迫力に圧されたのか、少年はしぶしぶと口を開く。
「……悔しかったんだよ。お前の師匠が、お前のことを語るときの顔! 僕だって同じ弟子なのに……それなのに!」
「……って、その、どういうこと?」
 時人はきょとんとして、首を傾げた。
 時人の師匠は、今はどこにいるのかもわからない――まあ、要は、旅好きでしじゅう世界中をとびまわっているため、連絡をとることができないのだ。
「つまり、師匠が僕のことを自慢してるのを見て、それが悔しかった、ってことでいいのかな」
「そうだよ! なんだよ、お前、魔法も全然使えなくって落ちこぼれで……それなのに!」
「……なんだか、フタマタかけられた女の子が、もうひとりの子をなじってるシーンを連想させるわねえ」
 圭織がぽつりとつぶやく。
「あの、来城様。フタマタ、とはなんなのでしょうか」
 それに対して、みそのが不思議そうに問い掛ける。
「ああ、つまり、悪い男がいるのよ。それで、同時にふたりの女の子とつきあっちゃうの」
「なるほど……つまり、師匠様というのは時人様とつきあっているのですね。それで、時人様は女性だったのでしょうか」
「違いますよ! なんかヘンなところだけ抜き出して理解しないでください……!」
 時人は悲鳴に近い声を上げた。師匠、というのは言うまでもなく男であり――冗談でも勘違いでも、そんなことを言われたくはない。
「でも、それは……完全な逆恨み、ですよね」
 遮那が難しい顔でつぶやく。
「そうですわね。お仕置きが必要ですわ」
 亜真知も同意するようにうなずく。
「……あの、お仕置きとは少し違うかもしれませんが、もしよろしかったら、サキュバス様との情事を拝見させていただきたいのですけれど。後学のために。なにやら、時人様の反応から察するに、とても困ったことになる、のですよね?」
 みそのが手を打って、名案だとでも言いたげに提案する。
「ああ、それはいいかもね。きっと、ものすごく恥ずかしいだろうし……いいんじゃない?」
 圭織はいかにも楽しげに同意する。
「そ、そんな……!」
 少年は目を大きく見開いて、いやいやと首を振る。
「ええっと、でも、その、さすがにそれはかわいそうなんじゃ……サキュバス相手じゃ、命の危険があったりするような気も」
 なんだかかわいそうになって、時人はこそこそと弁護してみる。
 みそのが振り返って、時人に向かって微笑みかける。
「それでしたら、わたくし、あの方に害のないようにさせていただきますわ」
「は、はあ……」
 反対材料がなくなって、時人は曖昧にうなずいた。
「まあ……その、少し、恥ずかしいような気もいたしますわね」
 頬を染めてうつむきながらも、亜真知も特に反対はしない。
 どうやら、女性たちはかなり乗り気のようだ。
「……女の子って怖いなあ」
 時人は女性たちに聞こえないように、小声でつぶやく。
 聞こえはしなくともつぶやきの意味を悟ったのか、遮那と次郎が大きくうなずく。
 辺りには、次郎を中心にして、ムード満点のジャズの音色が響きはじめていた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1388 / 海原・みその / 女 / 13歳 / 深淵の巫女】
【1593 / 榊船・亜真知 / 女 / 999歳 / 超高位次元知的生命体・・・神さま!?】
【2605 / 大覚寺・次郎 / 男 / 26歳 / 会社員】
【2313 / 来城・圭織 / 女 / 27歳 / 弁護士】
【0506 / 奉丈・遮那 / 男 / 17歳 / 占い師】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、みそのさんから発注をいただくのははじめまして、ですね。発注ありがとうございます、ライターの浅葉里樹と申します。
 天然系巫女さんということでしたので、オチにもみそのさんのあの発言を……! ということで、使わせていただいてしまいました。いかがでしたでしょうか。
 少し可愛らしい感じだろうかと思いましたので、そのような感じに書かせていただきました。お楽しみいただけていれば、大変嬉しく思います。
 もしよろしかったら、ご意見・ご感想・リクエストなどがございましたら、お寄せいただけると大変嬉しく思います。ありがとうございました。