コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


青い鳥の幸せ 一日だけの休日

伝説は語る。
その者、長き尾羽を持ち、空を翔る。
疾風、早く飛ぶもの、嵐の翼。
彼女らが天を飛ぶとき、つむじ風か舞い、竜巻が踊るという。
風の娘、その名は…。

海原家のリビング。忙しいこの家の当主は今日、リビングにいる。…珍しく。
背後にそっと忍び寄る、小さな影…。
「ねえ、おとうさん…。」
「なんだい?みあお。」
自分の膝に甘えてきた娘の銀の髪を、父は優しく撫でた。
「相談と、お願いが、あるんだ…。聞いてくれる?」
「言ってごらん?」
包み込んでくれる、太陽のような父の微笑。
娘は膝に乗る猫のように甘えると、父に話し始める。父は娘の思いに真剣に頷いていた。

「…聞…える…か…?みあお、聞こえるかい?出て…おいで。」
呼びかけられた声に「あたし」が目を覚ます。呼んでいるのは誰?呼ばれているのは…「あたし」?

「あれ?お父さん」
呼びかけられた少女が、目を瞬かせた。
目の前にいる人物を、「お父さん」と呼んでしまったが、彼は本当は自分の父ではない。
そう呼べるのは…
「あれ?みあおさんは?…ここは?」
そう言って少女は首を振る。見慣れた家では無かったからだ。
少女、と呼んでしまったが、正確にはその表現は正しく無い。
女性形態をしているが姿は明らかに人間では無いからだ。
外見は少女。長く美しい銀青色の髪。人の目を引かずにはいられない美しさだ。
だが、本来手があるべき場所に存在するのは蒼い…翼。耳からも羽根が靡く。
すんなりと伸びた長い足は羽毛に包まれ、猛禽のように鋭い爪は美しい女性の上半身とのギャップを際立たせている。
「ああ、呼んだよ。君をね。みあお。」
「あたしに、何か用なの?お父さん。」
「君に、お休みをあげよう。一日だけだけど…ここでゆっくりするといい。」
「えっ?お休み?」
みあおと呼ばれた彼女は、また目を瞬かせる。
「いつも、みあおを守って、支えてくれてありがとう。たまには君にも、君自身に戻って自由にさせてあげたいんだそうだ。」
みあおがね。彼は、自分の中の「みあお」の父がそう言ってウインクをした。
そういえば、と彼女は思い返す。自分達は「みあお」の中にいるいくつもの人格の一つ。
少し前、同じ心の中の人格の一人が「お休み」を貰った。その時に、思った。
『いーなー。』
と。「みあお」の中にいることに異議は無い。ただ、ほんの少し自分だけの時間がもらえた彼女が羨ましかった。
でも、それを言葉に出したことは無かったはず。
(だって、あたしはこんな外見だもんね。)
人間型の天使と違う。変装しても、そう簡単に外になど出られない。まして、自由に過ごすなど…。そう思い気持ちは飲み込んだ。
でも…
「みあおは、知っていたよ。そして、君にも休みをあげたいと言っていた。だから、協力することにしたんだ。一日だけで悪いが…。」
父と、呼ぶ人はそう言って立ち上がった。
何時の間に来たのか?自分の立っている場所は見慣れた東京ではない。熱い空気。濃い緑と極彩色の花が咲き乱れる。ここは…南だ。
「この島には、私達以外、人はいない。君の姿を見て驚くものも、恐れ攻撃するものもいない。自由に、動けるよ。」
微笑む父の笑顔に、胸は熱くなる。
「私は、明日ここに君を迎えに来る。それまで好きに遊ぶといい。どうかな…、うわっつ!!」
彼女は、父の胸に抱きついていた。頭を嬉しそうに摺り寄せて…。
「ありがとう!お父さん。」
娘の素直な礼に、父が浮かべた笑みをみあおは、知ることが無かった…。

ボートで走り去る父を見送り、みあおは小さく首をかしげた。
「あれって、どういう意味かな?」
父がエンジンをかけながら自分にかけた言葉。
『ここには、人はいない。だが、君はここで、友達と出会うことになるかもしれないな。』
人がいないのに、友達?意味は理解できない。
「強いて言えば、この子達かな?」
森の強い色にも負けない、華やかな鳥達が、みあおの周りを飛び交い挨拶していく。歓迎の意を感じみあおは微笑んだ。
「まっ、いいか?とにかく、折角のお休み、楽しもっと!!」
蒼い翼を軽く動かし、みあおは地面を蹴った。身体が、青い風となって空に舞い上がる。
「う〜ん!気持ちいい。」
地を駆け、空を舞う。誰の視線も感じることなく。紛れも無い幸せ。そして快感だった。
人間界では異端。本来存在するはずもなかった自分。
それが、今確かに存在し、呼吸している。この地球に正しく命を受けた生き物、鳥たちと共に。
(こんなこと思うのはみあおさんには、悪いのかもしれない。でも…。)
その時、みあおはブレーキをかけるように動きを止めた。翼をはためかせ、空中に留まりながら眼下に広がる森を見つめる。
「あれは…!何??」
視線の隅を走った影を、みあおは追った。人でも、鳥でもない…。あれは…!!
影も空を飛んでいるが、スピードはそれほど速くは無かった。戦闘用に調整された身体は森を魚のように泳ぎ、ある広場で影に追いついた。
「いったい、あなた、誰??」
みあおの翼が触れるとほぼ同時に影はスピードを緩めた。抵抗することなく、静かに地面に舞い降りる。
「…!!!」
言葉が無かった。みあおは、立ち尽くしさっきまで影だったものを見つめた。目も疑った。
「あなたは…?あたしと…同じ?」
立っていたのは鳥少女だった。茶色い翼、金の髪。顔や体型…。違うところはたくさんある。
でも、そんなものどうでもいいと思えた。解るのだ。自分達と同種の存在だと…。
「おどかしちゃ、だめでしょ?せっかくの新しい友達、仲間なのに…。」

背後からかかった声にみあおは振り向いた。鳥少女はその声に向かって深く一礼する。
「あら?あなたは翼が蒼いのね。ようこそ、私たちの楽園に…。」
みあおの身体は凍ったように動かなかった。それほど、見たものが信じられなかった。
そこには、たくさんの「友達」がいたのだ。
天使のように翼を背に持つもの、自分と同じように手が翼となっているもの。ほぼ全身が羽毛に包まれているもの。
だが、すべて一つの共通点があった。鳥と人と狭間の存在…。
「私達は、太古からこの島に隠れ住んでいます。人は私達を、ハーピーと呼ぶようです。」
「彷徨える同胞よ。心から歓迎いたしますわ…。」
そう言って、前に立つ初老の女性はみあおを抱きしめた。
自分を包み込む、嘘偽りの無い優しさ、暖かさ…。思い。
いつの間にかとめどなく流れる涙を、みあおは止めることはできなかった。

「どう?美味しい??」
微笑む少女に、みあおは元気よく首を縦に振った。
皿に盛られた南国色のフルーツたちはお世辞抜きでみあおの下に合う。
みあおの笑みに嬉しい表情で少女は答えると、空を見上げた。
「さっきは、楽しかったね。一緒に飛んで…。」
自分が追いかけてしまった少女と、みあおはさっき、一緒に空を飛んだ。
肩を寄せ合って空を飛び、今度は楽しい追いかけっこをした。一緒に歌を歌った。
一緒に赤い、夕日を見つめた。
一人で空を飛んだことしかなかったみあおにとって、それは幸せ、などという言葉では表しきれない幸福。
至福の時…だった。
「私ね、この島の人以外に会うの始めてなの。すごく、楽しかった。嬉しかった、…幸せだった。」
少女はくるりと顔をみあおに向ける。
「ねえ、ずっとこの島にいなよ。そうすれば、誰にも遠慮しないで飛べるよ。そして、…私と友達になって…。」
それはあまりにも魅力的な誘いだった。抗いがたい、誘惑だった。でも…。
「…ごめん、それは、できないの。」
「どうして??」
「あたしは、ここのみんなと違う。人間に作られた存在だし…。」
「そんなの関係ないよ。誰も、気にしない。ここを出たら、また一人になっちゃうよ。」
頬一杯に涙を浮かべる少女に、みあおはちいさく首を振った。
「あたしは…一人じゃないの。心の中に何人ものあたし、『みあお』がいる。そして、その『みあお』を待っている人もいるの。」
外の世界に…。少女はそれでも首を振る。
「友達に…なりたいのに、一緒にまた…空を飛びたいのに!」
「もう、あたしたちは友達だよ。あたしも、嬉しかった。誰でもないあたしに、友達ができるなんて…。」
みあおは、少女の肩を抱いた。少女もまた、みあおの背に手を回す。
(生まれてきて、良かった。作られて、良かった。これは、許されない喜びかも…しれないけれど。)
運命がゆがめられていなければ、出会うことも無かった友、感じることの無かった思い。
腕の中の友を抱きしめながら、二人の少女は同じ思いを分け合っていた。

翌日、迎えに来た父の舟。
みあおは、微笑む父に静かに頷くと、横に座った。
ハーピーたちには、森の中で別れを告げた。父とはいえ他の人間に姿を晒すことはできないからだ。
皆、惜しんでくれ、またいつでも来てと言ってくれた。
一夜、抱きしめあって眠ったはずの少女は、目が覚めたときもういなくて、別れを言うことさえも出来なかったけど。
(ちゃんと、お別れを言いたかったんだけど…。)
ほんの少しの寂しさを抱いて、みあおは目を閉じていた。エンジンが唸り、ボートが走り出す。
もう一度、島を心に焼き付けようと目を開いた時。
「うわっ!!!」
みあおの目の前に、雨が降った。一滴の水滴。そして、花の…雨。
鮮やかな花々を降らせたのは、たくさんの鳥たちと、一人の少女。
冴え渡る蒼い空の中に浮かぶ少女の言葉は、とても遠く、エンジンの音にさえ、かき消されるほど小さい。
でも…みあおにはそれが、ちゃんと届いていた。

「楽しかったかい?」
遠ざかる島影を背に、花をもてあそぶみあおに、父がそう聞いた。
「もちろん。とっても楽しかったよ♪」
明るく微笑むみあおに、そうか、とだけ言って父は前を向いた。
「古い昔、彼女らは風の神、その使いと呼ばれていた。でも、長い時が過ぎ、伝説と外見によって追われた彼女達は今、あそこに細々と暮らしている。」
彼女達は知っている。自分達は緩やかに滅びに向かっていると。だから、島の外に出ることも無く、生き、消えていく。
だが、彼は思っていた。自分の娘にとってあの一族が救いであったように、彼女らにとってもみあおとの出会いは希望の光であったろうと。
伝説の昔のように、人とまた共存できる時が訪れるかも、しれないと。

たった一日の休暇。もうすぐ、あたしは「みあお」に還る。
でも、この思いと、時だけは「あたし」のもの。
暗い闇に還る心に灯る優しい光。

「また、いっしょに飛ぼうね。大事な、私の…友達。」

そしてあたしは目を閉じる。
また目覚める時まで…。