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<東京怪談ノベル(シングル)>


愛情返し

 こんな土の下になんか眠るには、まだまだ早すぎた。
(やりたいことだって、いっぱいあったよな)
 言いたいことだって、将来の夢だって。
 たくさんたくさん、あったはずなんだ。
 けれどそれを何一つ叶える隙なく、こいつは逝ってしまった。
「――なぁ、俺のバカ話聞いて、笑ってくれたよな……?」
 土の上で冷たく光る石――じぃちゃんが目印に置いたものだ――に呼びかける。
(聞こえたはずはないのに)
 微かに動いた表情を、俺は忘れない。
「もっと話して……一緒に笑いたかったよ」
 生まれて初めての、同い年の友だち。
「一緒に、遊びたかったよ!」
 けれどこいつは逃れることができなかった。
 最初から抗うことを、許されていなかった。
(死から)
 自分の意思で逃れることができた俺は、なんて幸せだったのだろう?
 生まれて初めて、そんなことを思った。



 失敗作として処分されようとしていた時、間違いなく俺は不幸なのだと思っていた。
(IO2――)
 薬品にまみれたその開発部で、俺は生まれた。生み出された。ワーウルフの遺伝子を持つ、実験台として。
 もちろん最初はそんなことなど知らず、普通の子供と同じように育てられた。
(――いや)
 正しくは、そう思い込まされていた。
 その育て方が普通とは違うことを知ったのは、俺がじぃちゃんと出会ってからだ。
 だがその時は当然それを知らないから、自分は当たり前に生まれ当たり前に育てられているのだと思っていた。
 実際、ワーウルフとしての形質的発現により右腕が変質した時も、俺は大して驚かなかった。大人は皆そうで、だから長袖を着たり手袋をしたりしているのだと思っていたからだ。
(俺の世界は)
 あまりにも狭すぎた。

     ★

 俺がすべてを知ったのは、9歳の時だ。
 結局俺のワーウルフ”らしい”所といえば、たまに変質する右腕と敏感な嗅覚。そして人並み以上の運動神経と……もしかしたら人並み以上の食欲も入るのかもしれない。
 だがそれは、IO2が望んでいた能力とまったく違っていた。
 奴らにとって俺は”失敗作”だった。
(――もし、あの時の俺が)
 ”漫画”なんてものを知っていたら、きっとこう思ったことだろう。
”なんてありがちなセリフだ”
 俺の処分に来た奴らは、「冥土の土産に」と俺に真実を語ったのだった。
(奴らにとって)
 その行為自体が”失敗”であることも知らずに。
(――半分くらいは)
 そのまま殺されてもいいと、思っていたかもしれない。その時の心情を、パニクっていた俺はよく覚えていないのだ。
 ただ本当のことを聞いて、「こんな奴らに殺されたくない」と思ったことは覚えている。
(だって俺は、壊せなかったから)
 不器用な手で折った折り紙、作った粘土の車。どんなに不恰好でも、笑われても、自分の手で作ったものを何一つ壊すことができなかった。
(自分たちがつくった命ならなおさら)
 どうして壊すことができるの?
 それは俺が、奴らにとって”それだけ”の存在であることを示していた。
 愛情なんて、どこからも感じられなかった。
 それまで俺を包んでいた何かが、幻だったことを知った。
 俺は右腕を振り回し――逃げ出した。
(逃げ出すために)
 それを使わなければならなかった皮肉さには、当然気づいていなかった。



「そのあとだよ。俺が花火職人のじぃちゃんに拾われたのは」
 俺は石の前に座って、長い昔話――というほど昔のことでもないけど――をしていた。俺がこいつに”ある決意”を伝えるためには、それは重要な儀式だった。
「じぃちゃんは、何年か前に自分の子供とその奥さんを交通事故で亡くしててさ。その事故で孫は生き残ったんだけど、ずっと植物状態が続いてたんだ」
 淋しそうだったじぃちゃん。じぃちゃんが俺を拾ったのは、もちろんそれを紛らわせるためという部分もあるのだろう。
(でも)
 俺はそれで構わなかった。だって俺も、そうしたいと思っていたから。
「だから俺、その”孫”って身分を借りてさ、じぃちゃんと一緒に暮らしてた。学校にも行かせてもらった」
 楽しかった。
「でもちゃんと、わかってたぞ? それは俺のためのものじゃないって。だから時々その孫の所に行って、全部話して聞かせてたんだ。いつか入れ替わる時のために」
 本当は、そのためだけじゃない。俺は単に孫の存在が嬉しかった。俺にとって大切な”友だち”だったから。
「孫が元気になったらさ、今度は友だちとして一緒に遊びたかった。遊びたかったんだよ……っ」
 もしかしたらそれが、俺のたった1つの願いであったのかもしれない。
 けれどその想いも虚しく、孫――こいつは俺が中学に入学した頃死んでしまった。じぃちゃんはその死亡届けを出さずひっそりとここ――裏庭に埋葬すると、俺にその戸籍を与えた。
(そう)
 俺の”良平”という名前は、本当はこいつの名前だったのだ。
「――なぁりょーへー。俺はこんなで、おまえと遊ぶっていう望みすら叶えられなかったけど、俺、約束するよ」
 地面に両手をついて、俺は石ではなく土に呼びかける。
「俺はおまえの望みを叶えてやりたい。本当に”孫”の立場になってわかったんだ。その望みがさ」
 感謝している。言葉だけではとても尽くせないほど。だから俺は、行動で示すことにした。
「じぃちゃんは、俺が責任を持って守るよ。だから安心して見守っててくれよな!」
(俺を信じて)
 知って。
 許してほしい。
 俺が”良平”として生きてゆくことを。
 与えられた愛情を、代わりに返してゆくことを。



 その時ふわりと、空気が笑った気がした――。





(終)