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幸せの共有
時計が指し示しているのは、本日の営業時間の終了時刻。
「お疲れさまです」
人好きのする笑みで斎悠也は微笑んでみせる。
「君がもっとアフターやってくれれば売り上げが上がると思うけどな」
「そうですね、考えておきますよ」
他のホストは、それぞれ女性達と一緒に店を後にしている。
イヴなのだから、それも当然の選択と言ってもいいかも知れないが……悠也は滅多にアフターをしない。
それはチーフも心得ているから言ってみただけだろう。
その選択が出来るのも、悠也が既に十分すぎるほど指名があってこその物である。
「では、お疲れさまでした」
軽く会釈をして、悠也は店を後にした。
イルミネーションで飾り付けられた町並みに、家路を急ぐ人やこれからどこかへと向かう人々。意味もなく辺りを歩いている人も数多くいる。
「裕也さん!」
駆け寄ってきたのは、今の今まで床に座り込み缶ビールを煽っていた数人の少年達。
「こんばんは、どうしました?」
彼らは以前ここらでも達の悪い行動ばかりで困っていたのだが、その事を耳にして少しばかり話し合いをしたのだ。
もちろんその話し合いは少しばかり穏便ではなかったが、上手くいったので良しとしよう。
「仕事帰りですか」
「お疲れさまです、裕也さん」
頭を下げてくる彼らに軽く挨拶を返しながら、少し足を止める。
「はい、皆さんは何を?」
「特に何かって訳じゃないんですが、イブだからじゃないですか」
人混みやネオンに引かれ、なんとなく集まり始めた。
ただしこの人数や時間では店にも入れないためになんとなく外にいると言う事だろう。
「程々にしましょうね」
「はいっ!」
綺麗に揃う声。
いつの間にか、本当にいつの間にか慕われるようになっているのは、彼の性格や行動からくる、ほんの些細な結果の一つだ。
「また何かあったらいつでも声かけてくださいね」
「お願いします。それではまた」
ここに良くいる事が多いから、たまに話を聞いたりもする。
彼らとは、そう言う関係。
路地を抜けると悠也の姿に引き寄せられるように黒塗りの高級車が横付けされる。
開いたドアからは、一目で堅気の人間ではないとわかる……つまりは極道の組員達。
開いたドアからでてきた男性は、ここらを取り仕切る組の一人。
「お時間は?」
知り合いだ。
「構いませんよ」
きちりと頭を下げてきた組員達に悠也も礼を返し、何があったのかを尋ねる。
「それが、申し訳ないのですが……こちらへ」
案内された、もとい開かれた車の中には組のご隠居の姿。
ここまででてくるとは、何か起きたのだろうか?
「どうかしましたか?」
「実は急な相談があってな……乗ってくれ」
「失礼します」
悠也が車に乗り込むと、ドアが音を立てて閉じられた。
「実は……」
車の中で、彼は神妙な面もちのまま悠也へと視線を送る。その様子があまりにも真剣で、思い描いたのは事件の類だ。
「孫の事で相談があって……他には頼めなくてな」
続けられる言葉を、裕也も沈黙のまま待つ。
「……孫へのクリスマスプレゼントで少しばかりな」
「お孫さんの……ですか?」
ハッキリとうなずく隠居に、僅かに虚を突かれた気がしたがこれが事件の類ではなかった事にホッとする。
「相談に乗って貰っても?」
「もちろんですよ」
回りには組員ばかりだから、相談しにくかったのかも知れない。
悠也の言葉にホッとしたように、詳しく話をし始めた。
「孫には普段から色々と買い与えているから……クリスマスプレゼントに与える物をどうしようかと思ってな?」
「……ああ」
きっと、孫の喜ぶ顔が見たくて。
それで色々上げてしまっているだけに、欲しい物は揃ってしまっているから。クリスマスプレゼントとしてあげても喜ぶか……そう言う事だろう。
「大事なのは、気持ちですよ」
「……そうだろうか?」
「はい、きっとお孫さんからも好かれていると思いますから。朝になって一緒に喜んであげたら、きっと喜んでくれると思います」
幸せの共通。
それは、きっともっと嬉しい気持ちになる。
「そうか……ありがとう」
「いえ、お役に立てましたか?」
「もちろんだとも」
満足そうにうなずいたご隠居に別れを告げ、悠也は今度こそ真っ直ぐに自宅へと向かった。
自宅の扉を開く頃になって、彼らが無事に孫にクリスマスプレゼントを出来ただろうかと考える。
寝ている子の枕元にプレゼントを置いて、朝になって一緒に喜ぶ。
家族だから、出来る事。
「………」
同居人は、今頃兄の家で泊まりだろう。
パーティがーあるから、そっちに行ったのだ。
慣れた空間。
いつもの光景。
お気に入りのリビング。
そこに腰を落ち着ける事はせず、悠也はコートや手袋を脱ぐ事すらせずにベランダへと向かう。
窓の外には、悠也が作ったミニ菜園がベランダに広がっている。
そこで一人、ネオンを見下ろしてから思い立ったようにタバコとライターを取り出す。
普段滅多に吸う事はないのだが、今は、例外。
タバコをくわえ、手でライターを消さないように覆いながら息を吸い込んで火を付ける。
ゆっくりと肺を満たしていく煙を吐き出すと、その紫煙はユラユラと揺らいで空へと上がっていった。
知らずの内に目で追っていた紫煙から視線をそらし、リビングの方へと視線を移す。
待つ事が出来るのは、幸せだ。
帰ってくると信じているから……お帰りなさいを言える。
逆でも構わない。
帰る場所があるから、何時だって期待するのだ。
心安らげる場所が……ある事を。
それはきっと、日だまりのような心地よさ。
思い浮かべるのはずっとあの人の事。
ソファーで眠る、悠也の思い人。
全てが満たされる、そんな時にふと思ったのは……一人暮らしをしてみようかと言う事。
そんな事を考えた自分に苦笑する。
「どうしようもないですね」
幸せすぎるのだ。
色々な事を考えすぎて考えすぎて怖くなる。
何て気まぐれで、臆病。
「さてと」
取りだした携帯灰皿でタバコを消し、リビングへと戻る時にはいつも通り。普段の通りの悠也に戻っている。
「美味しいと言わせてみましょうか?」
きっと喜んでくれるだろう。
その時を想像しながら、悠也はケーキを焼く支度を始めた。
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