コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


『ミックィマウスの影』
 軽トラックは道路を走っていく。
 宇奈月慎一郎を乗せて。
 荷台で奇妙で異様な儀式の踊りを踊るように祈りを捧げる慎一郎。
 軽トラックを運転する鼠男・・・もとい、髭が幾分、長い男は何かとても奇妙な生き物でも見るかのような顔で、ルームミラーに映る荷台の慎一郎を痛そうに見ていた。
 赤信号。
 アクセルを踏みつつ、ブレーキ。
 彼は、ダッシュボードの上に置いておいたくしゃくしゃの煙草の箱を手に取ると、それを口に持っていて、くわえた煙草に火をつけた。
 そして窓を少し開けて、紫煙を吐き出す。
「さてさて、病院はまだ間に合うか?」
 何の因果か、子どもらにからかわれていた慎一郎と知り合ってしまった彼。そんな彼は何やら興奮して訳のわからぬたわ言をほざき始めた慎一郎に眉根を寄せて、チーズまでご馳走になってしまった。それにしても自分は辰年なのに、なぜに彼は自分をね年と言ったのだろう?
「はぁー。訳がわからん」
 男はため息と一緒に紫煙を吐き出した。
 頭がおかしい彼を外科に連れていく。まあ、それぐらいの行為はチーズのお礼にいいだろう。それにしてもあのチーズは美味かったな・・・
 ・・・などと、彼が考えているうちに信号は青に変わった。
 彼は、車の灰皿に煙草の灰を叩いて落とすと、煙草を口にくわえて、アクセルを踏んだ。
 なにやら奇怪な踊りを踊っている慎一郎を見るのが耐えられなくって、ルームミラーもしくはサイドミラーを確認しなかった彼。いや、確認していたらどうなっていたかはわからぬが、彼はとにかくミラーで後ろを確認しなかった。
 確認していたら、彼は見ていただろう。
 ミラーに映る慎一郎のえっちらほっちらと走り逃げる背中を。

「これは・・・!」
 それはよく言えば神の啓示を受けるような感覚・・・いや、実際、常日頃から信仰するクトゥルフ神よりの声なのかもしれない。そう、だって自分はいつかこの世界に降臨する彼らにいかもの料理を作る使命を帯びているのだから、声が聞こえても不思議ではない!
 とにかく祈りを捧げていた慎一郎の肌が唐突に粟立った。
 まるで頭上に静電気をたっぷりと含んだ下敷きを持ってこられたような感じ。慎一郎の毛という毛がすべて逆立った。
「むむ。これはいけませんよぉー」
 風圧で後ろになびく髪をぞんざいに掻きあげながら、彼は緊張と焦燥感の溢れた声を漏らすと、自分の周りを見回した。
 後ろに流れていく景色の感じからすると、推定スピードは45キロぐらいか。
 もちろん、下は固いアスファルトだ。
 飛び降りれば骨折以上の大怪我は免れない。
「むむ」
 慎一郎が口元に手をやって考えていると、体感するスピードが緩まっていく。
 前方に視線をやって彼はその訳に気がついた。
「おお、赤信号です!」
 青は進行。黄色・赤色はストップ。
 これは常識だ。
 いや、なんとなく慎一郎が常識を口にし、それを味方にするのはなんだかとても不条理なもののように感じるが、しかし慎一郎を荷台に乗せた軽トラックは赤信号ゆえにゆっくりと停止線少し前で止まった。
 慎一郎は、
「ひゃっほう」
 と、何やら奇声めいた声をあげて、荷台から飛び降りた。
 そして彼は荷物片手にひょろ長い足を動かしてえっちらほっちらと硬いアスファルトの上を走っていく。

 ケ・セラ・セラ。なるようになるさ。
 風が北から吹いていたから、彼は南を目指した。そう、ただそれだけ。それだけだったのだが、彼はなんと幸運にも舞浜に着いた。
 舞浜、そこは・・・
 野球少年たちにとっては甲子園。
 サッカー小僧にとってみれば国立競技場。
 ラガーマンにとってみれば花園。
 ロッカーにとってみれば武道館。
 更には・・・
「いえ、もういいです」
 慎一郎は誰かに突っ込むと、すぅーっと大きく深呼吸した。胸躍る感を宥めようとするように。
 彼の黒瞳は子どものようにきらきらと輝いている。
 風に踊る黒髪の下にある顔にだって子どものような笑みが浮かんでいる。
「軽トラックから飛び降りて、走り逃げるとそこは【でぃずに郷】だった」
 嬉々とそう語った慎一郎は、もちろん、【でぃずに郷】に向かった。
 【でぃずに郷】そこは黒鼠男達の聖地だ。
「いらっしゃいませー。夢の国【でぃずに郷】にようこそぉー♪」
 にこりと微笑む亜麻色の髪の女の子。彼女は研修で学んだ通りの笑みを浮かべて、慎一郎に接客する。たとえ彼が男ひとりで来ていても、もう頭にネズミミミを付けていても、何やら雰囲気が怪しげでも。
「大人はチケット代は1800円になります」
「わかりました。1800円ですね」
 慎一郎はにこにこと微笑みながら、財布からお金を出し、チケットを購入すると、心の中にスムーズに流れ込んでくるリズミカルな音楽に合わせて軽やかに踊るような足取りで、入場した。
 チャンチャラチャンチャンチャチャチャンチャン♪
「おわぁー。まるで夢のようだ。さすがは黒鼠男達の聖地【でぃずに郷】!」
 慎一郎は謳うように叫ぶと、何やら引き攣ったような笑みを浮かべる(?)コンパニオンにパンフレットをもらうと、パンフレットで紹介されている順番通りにアトラクションを楽しむ事にした。
 もちろん、灰かぶり姫の城で、出てきた3Dの幽霊を本物と間違えて興奮して、彼らとコンタクトせんと話し掛けて、周りのカップルを冷めさせて、子どもを泣かせて、親に「見ちゃダメよ」などと言われたのは言うまでもなく、そして3D映画【それ行け、船長】が放映されている館から出てきた慎一郎が出口で回収されているはずの右に赤、左に青のセロファンが貼られた眼鏡をかけていたのはやっぱり、それを回収していたコンパニオンが、何やら一生懸命…そう、まるで手で何かを捕まえているかのような素振りをしながらふっふっふと笑う慎一郎に声をかけることができなかったからだ。
 そんな具合に慎一郎は黒鼠男達の聖地【でぃずに郷】を満喫していた。
 慎一郎は行く場所にエアーポケットが出来る事も、何やらいちゃいちゃしていたカップルの熱が冷めることも、親が戸惑い、子どもが泣くのも気づいた様子も無くプさんや、ドナルドドックなどと親交を深めていた。
「やーやー。僕もあなた方のお仲間のミックィーの種族なのです。見てください、この鼠耳!」
 興奮した様子でまくしたてる彼にプさんとドナルドドックは何やら顔を見合わせている。
 プさんは言った。
「あ、えっと、キミはミックィ―のお友達なんだね。だったら6番アトラクションに行きなよ。そこにミックィ―がいるから」
 などと、プさんの中に入っている男は暗記しているすべてのキャラクターの出現場所を脳裏に浮かべながら言う。それは服務規程に反する行為なのだが。
「おお、ミックィ―はそこにいるのですか? 教えていただきありがとうございます。それでは行ってみますね♪」
 足取りは軽やかだ。ここは黒鼠男の聖地【でぃずに郷】。ならばそこのアイドルであるミックィ―には出会わねばならない。何よりも自分もやっと彼に近づきつつあるのだから!
「あー、クソ。ミックィ―に出会えるのなら、チーズを少し取っておくんだった」
 彼は後悔した。しかし後悔先に立たず。覆水盆に返らず。だ。
「なにか他に一族の血に目覚めた僕がその記念と挨拶を込めて、一族の長たるミックィ―に献上するものは・・・」
 と、考えて、彼はぽんと手を叩いた。
「そうだ。あの黒鼠男さんは、ワンカップを美味しそうに飲んでいた。だったら黒鼠男の長たるミックィ―も大好きなはずだ」
 着ている服の裾を楽しそうに翻らせて、彼は売店に向かった。
「いらっしゃいませ」
「ワンカップをください」
 嬉しそうに言う慎一郎。しかし、売店のおばちゃんは困ったような顔をした。
「えっと、【でぃずに郷】の中では禁酒・喫煙だから、煙草もお酒も売ってないのよ」
「え、あ、そうなんですか・・・?」
「ええ。ごめんなさいね」
 げんなりとした慎一郎を見て、売店のおばちゃんがすまなさそうに言う。
 とぼとぼと重い足取りで売店を出た慎一郎はそのまま、【でぃずに郷】の隅・・・絶対に誰も来ないような場所に行った。
 そこで彼はおもむろに背負っていた鞄からノートパソコンを取り出す。
 何をするかって?
 そんなのは決まっている。
「中で売っていないのなら、外で買ってきます」
 慎一郎はパソコンの知識は人並みだが表計算ソフトで魔方陣を組んでしまう微妙な特技をもつ。そう、彼は・・・
「いでよ、【韋駄天の足を持つモノ】」
 ノートパソコンの画面に描かれた魔方陣から眩いばかりの金色の光りが溢れ出し、そして、その光りが世界に飲み込まれていくように収束し、消えると、慎一郎の前には一種、言葉では表現し難いモノがいた。
「【韋駄天の足を持つモノ】よ。これでワンカップを買って来て下さい」
 頷く、それ。そしてそれはその一瞬後に、まるで白昼夢であったが如く世界から掻き消えるように消えて、そしてそうかと思えば、その揺らぐ残像が消え去る前にスーパーの袋いっぱいのワンカップを持って、慎一郎の前に現れている。慎一郎の脳は、視覚が採らえたその映像にちょっと情報処理能力が許容量をオーバーして、立ち眩みを起こしてしまった。
 貧血を起こしたかのようにその場に座り込んでいる慎一郎の方に何かがやってくる気配がある。
 彼がそちらに視線をやると、そこには、
「ミックィ―!♪」
 そう、ミックィ―がいた。慎一郎は立ち上がって【韋駄天の足を持つモノ】が持っていたワンカップと、どうやら勝手にそれが買ってしまった柿ピーをぶん取ると、ぎょっと何やら驚いたようなポーズを大仰に取っているミックィ―の方へと走り寄った。
「どうもどうも。僕は昨日、種族の血に目覚めたばかりの新米黒鼠男でして」
「はあ、あんた、何言ってんだ?」
 決してしゃべってはいけないはずのミックィ―が声を出す。しかもそれはやけにしゃがれた声だった。その響きからすると50代ぐらいのおやじの声だ。
「って、言うか。ここは俺の休憩場所なんだ。消えてくれや」
 押し殺した声で紡がれた恫喝はしかし、興奮にもはや誰の声も耳に入らぬ慎一郎には無意味だった。
 そして、
「どうぞ。これを」
 彼はスーパーのビニール袋いっぱいに入ったワンカップを渡す。
「お、こりゃあ、気が利くじゃねーか。おお、よし。いい。あんた、ここにいてもよしだ」
 などと、ミックィ―は上機嫌で言う。もちろん、慎一郎だって、最初からその気だ。
「わりいが、後ろのファスナーを下ろしてくれるか?」
 ファスナー?
 慎一郎は言われた通りに背中にあるファスナーを下ろした。
「ななぁ」
 そして驚きの声をあげる。いや、誰だって、蝉がさなぎから脱皮するように、ミックィ―の背中から、50代ぐらいの黒鼠男のおやじが脱皮するのを見れば驚くものだ。
「なるほど。これは新発見でス。ミックィ―から黒鼠男に変態するのですね。それならいずれ僕も・・・」
 なにやら顎に軽く握った拳をあてて、ぶつぶつとしゃべっている慎一郎の隣でワンカップをすごい勢いで飲み干していくミックィ―・・・もとい、黒鼠男は、おもむろに慎一郎に横から抱きつくと泣きながらマシンガンのようにしゃべりだした。
「だからよ、聞いてくれよ。俺らが子どもだったころは・・・少なくとも俺はカウトラマンは12歳ぐらいまで真剣にいると想っていたし、サンタクロースだっていると想ってたよ。ああ、枕もとに高校生の時まで靴下を置いておいた。だけど今時のガキどもは・・・3歳児が子どもに夢を売るこの仕事にプライドを持っている俺に言いやがるのさ。この暑いのに、ぶあついぬいぐるみなんか着て、大変ですねって。しかも懐いているのかどうかわからない態度を取ってくる、ガキまでいやがる。俺がガキだった頃は、大好きなキャラクターに蹴り入れたり、パンチしたりなんざ考えられなかったぜ。さらにはだな・・・」
 どうやら彼は酔うと、泣き上戸になるらしい。
 慎一郎はうんうんと、聞き手役に徹して、黒鼠男の愚痴を延々と聞いてやった。
 そして世界にすっかりと空から橙色の光りのカーテンが降りた頃になると、黒鼠男は酔い潰れて、そこでまるで幼い胎児のように体を丸めて寝ていた。
 慎一郎はズボンのポケットから取り出したハンカチで、親指をくわえながら眠る黒鼠男の頬を伝う涙を拭いてやりながら、小さく頭を振った。
「何事にも光と影があるのですね」
 そして彼は、帰ることにした。

 門を目指して歩いていると、必然的に中央パレード広場に出て、そして彼はそこを華やかな音楽と、子どもたちの叫び声に色飾られながら行進する【でぃずに郷】のキャラクターたちを眺める。夕焼けの世界をバックにしてその真ん中に陣取っていたのはビックミックィ―。
 それを見た彼は呟くのだった。
「・・・ダゴンだ」


 **ライターより**
 こんにちは、宇奈月・慎一郎さま。
 今回担当させていただいたライターの草摩一護です。
 プレイングでは、丁寧な挨拶ありがとうございました。
 そして前回に引き続き、ご依頼ありがとうございます。^^
 宇奈月さん、あれからものすごくパワーアップしたのですね。指定されたシチュノベも楽しく拝見させていただきました。その続きという事でしたので、前回のライターさまの世界と、宇奈月さまの考えられていたお話とを壊していないといいのですが。^^;
 
 えっと、プレイングと、タイトルからこういう内容にさせていただいのですが、勘違いをしていたらすみませんです。^^;
 それでもこの『ミックィマウスの影』を楽しんでいただけましたのなら、それは本当に作者冥利に尽きます。ありがとうございました。^^
 それでは本当にご依頼ありがとうございました。
 失礼します。