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<東京怪談ノベル(シングル)>


『あずさ2号』
「はぁ〜、ミックィ―にもたくさん、大変な事があるんですねー」
 腕組みしながら歩く宇奈月慎一郎は、何か訳知り顔でそう呟きながら、家路へとついていた。目指すは門だ。
 彼がいた場所からは門にいくためには、中央パレード広場に通らなければならない。
 そしてちょうどその時間は中央パレード広場では今まさに【でぃずに郷】のキャラ達によるパレードが行われていて、それを見る子どもたちや大人までもが歓声をあげていたのは、年末年始や記念式典の時にしかパレードに参加しないはずの、ビックミックィ―がそのパレードに参加しているからだ。
「おや、なんだろう、この歓声は?」
 その歓声をあげさせる事柄の発端になった慎一郎(慎一郎がミックィ―にワンカップを差し入れして、ミックィ―が酔い潰れてしまい、行方不明となったので、困ったスタッフが急遽ビックミックィ―を引っ張り出してきたのだ)は、何気なくアウト・オブ・眼中だったパレードに視線を向けた。そしてそれを見た瞬間に腕組みしていた彼の腕が虚脱したようにだらりと垂れ下がる。
「・・・ダゴンだ」
 誰ぞ、彼? 黄昏時の世界で、沈みゆく夕日をバックに行進するビックミックィ―。
 信じられないモノを見た時、人はこんな表情を浮かべるのかもしれない。
 慎一郎は眼鏡のレンズの奥にある目を大きく見開いて、今度は絶叫した。まさしくそう、黄色い電気ネズミを見た幼い子どものように!!!
「ダゴンだぁ〜〜!!!!」
 ダッシュ。
 しぼんだ風船や割れた風船、ガムやアイスクリームのコーンを包む紙が落ちている石畳を蹴って、彼は軽やかに踏み出す。
 そう、そこは舞台。
 優しくやわらかな橙色の光は舞台上で繰り広げられる演劇・・・数年来の行き違いの末にようやく凍らせていた心を解放して、抱擁しあう恋人たちを照らすスポットライトかのように大きく両手を開いて、ダゴン、と彼が信じ切ったビックミックィ―へと大きく両手を開いて走り寄っていく慎一郎を照らす。瞳から涙を零しながらミックイー目掛けて、虚空を舞い踊った慎一郎を照らす夕日はまさしく照明の才に満ち溢れていた。
「ダゴ〜ン♪」
 照明の天才の夕日の最高の光の演出の中で慎一郎は抱きついた、ミックィ―に。恋人と抱擁しあうように。
 そしてビックミックィ―は大仰にシェ―のポーズをした。驚いて。
 パレードが止まる。
 観客も動きを止める。
 温かい橙色の光りが溢れる世界でただ、音楽だけが静かに流れていく。
 チャンチャラチャンチャンチャチャチャンチャン♪
「あ、えっ〜と・・・・・・」
 ビックミックィ―はどうすればいいのかわからない。
 一緒にパレードしていたプさんや、ドナルドドックを懇願するような目で見るが、彼らはぎこちなく顔を逸らしてしまう。
 慎一郎は、柔らかなぬいぐるみに頬擦りをする。
「ダゴン。ダゴン。ダゴン。ようやっと、出会えたね。ぼかぁ、幸せだぁ〜」
 ダゴン? ダゴンって、なに? ビックミックィ―の中に入っているのは19歳のアルバイトの女子大生だった。分厚いぬいぐるみ越しとはいえ、彼女は生きてきた年齢=彼無し期間だから、やっぱり男・・・顔だけ見れば、慎一郎はいたって美男子であった・・・に抱きつかれるのは緊張してしまう。彼女は涙目だ。
 だが、どうしてだろう?
 まるでようやっと母親に出会えた迷子だった子どもかのように「ダゴン」と呟きながら、自分に抱きつくこの男を彼女はとても愛おしく感じ始めてしまった。
(な、なに、この胸の高鳴りは? や、やだぁ。ひょ、ひょっとして、あたし・・・この人に母性本能をくすぐられているの?)
 戸惑うビックミックィ―の中の乙女。
 そんなビックミックィ―の肩をぽんぽんと、誰かが叩いた。
 振り返るビックミックィ―。
 そこにミックィ―がいた。
 しかも、脱皮の途中かのようにぬいぐるみの背中にある開いたファスナーから上半身を出しているミックィ―が。
 そしてその親父は暮れなずむ世界の中で白い歯をきらりと光らせて無意味にイイ笑みを浮かべながら、親指を立てた。
「ようやっと二人が出会えたんだ。あとは俺に任せて、おまえらは出会いを喜び、愛を育みな」
「え、え、えええ、ええええーーーーー????」
 戸惑う乙女。
 そしてなぜか、周りの観客はいつしか感動の再会場面を見ているかのように涙ぐんでいて、そして二人に拍手を送る。
「よかったなー、出会えて」
「お幸せにー」
「がんばれよー」
「喧嘩するんじゃないわよ」
「もう絶対にその手を離すなー」
 慎一郎は意外に力持ちだ。ビックミックィ―をお姫様抱っこする。
 そして彼は、声援をくれる皆に、
「ぼかぁ、絶対にこの手を離しません」
 と、宣言すると、そのまま白馬に乗った王子様が白雪姫を7人の小人たちから強奪していったかのように、ビックミックィ―・・・慎一郎が信じてやまないダゴンを連れて、【でぃずに郷】にある教会に行った。
 さてさて、ここで説明しよう。
 ダゴンとは、クトゥール神話に出てくる英知を授ける魚人の神だ。以前に慎一郎がいかもの料理をご馳走した【深きものども】の首領でもある。
「さあ、ダゴン、僕に英知を授けてください」
「え? え? ええ? え、英知って言われても・・・」
 そんな事を言われても困る。しかし、自分に英知を授けてくださいと、言う慎一郎は真剣そのものだ。
 だから彼女は、
「えっと、氷山に激突して沈んだタイタニックはほんとは双子の兄弟船のオリエント号で、タイタニックよりも先にデビューしていたオリエント号は、傷がついてしまって、その修理費を惜しんだ会社がだったらいっそうのこと、オリエント号をタイタニック号と偽って出航させて、それで沈没したらまたそれもよしで、まんまと保険金を騙し取ってやれって・・・」
 彼女は大学の講義でしかし、その科目とはまったく関係の無い雑学を披露する大学教授に教えられた雑学や、美味しいパスタの茹で方なんかを次の日の朝まで延々と、慎一郎に語った。
 それを慎一郎は眠る前に両親が話してくれるお話を聞く幼い子どもかのように黙って聞いていて、そしてビックミックィ―・・・ダゴンの中にいるアルバイトの女子大生19歳の声が嗄れていくのと比例して、慎一郎の知識は増していった。

 そして慎一郎はしゃべりすぎと脳の使いすぎで昇天しているビックミックィ―・・・ダゴンの中にいるアルバイトの女子大生19歳に頭を下げながらお礼を言うと、黒鼠男達の聖地【でぃずに郷】を後にした。

 午前6時52分。JR舞浜駅。そこはもう朝の通勤ラッシュで混雑していた。
「う、うわぁ〜〜」
 発車ベルの鳴り響くホームで、慎一郎は苦りきった表情を浮かべながら、悲鳴をあげる。
 閉まった車両のドア。そこにある窓ガラスにサラリーマンやまたはものすごく綺麗でお化粧ばっちりのOLがしかし、子どもがふざけてやるように顔をくっつけていた。
 そして立ち尽くす慎一郎を残して発車する。
 風圧に弄ばれる髪を無造作に掻きあげながら、慎一郎はそれを見送って、そして次の電車が来て、やっぱりもうそれの腹の中は人がいっぱいで、それに躊躇う慎一郎に後ろのサラリーマンやOLがブーイングをたれて、慎一郎は脇にどいて、また窓ガラスに顔をはりつけるサラリーマンやOLたちを乗せた電車を見送って、その慎一郎の前に止まった電車の車内にもうたくさんの人を乗せていて、それに慎一郎は躊躇って、後ろのサラリマ―ンやOLが・・・エンドレス。
「はぁ〜、弱りましたねー。僕は人込みは弱いんですよねー」
 彼はプラットホームの隅にあるベンチに座りながら、げんなりとため息を吐いていた。
 しかしここでため息を吐いていてもしょうがない。さて、どうやって帰ろうか?
 いや、電車が嫌だったらタクシーで帰ればいい。
 誰もがそう言うだろう。
 しかし慎一郎は何を血迷ったか、そうだ! と、さも名案が浮かんだと言わんばかりに手を叩いて、背負っていた鞄からモバイルを取り出した。
 そう、宇奈月慎一郎はモバイルに召喚魔法を代唱させ高速にて使徒を召喚させる現代の魔術師だ。
 そして彼は召喚する、
「我は求め訴えたり。いでよ、【忌まわしき狩人】」

 【忌まわしき狩人】
 召喚に使う消費MPは3。
 種族は上級の奉仕種族。
 外見は体長約12メートルほどのヘビ、または芋虫に似た体にコウモリの翼が生えたようなモノである。
 彼らがある種の神(主にニャルラトテップ)に仕える猟犬のような役割を果たしている。

 しかし、モバイルに召喚魔法を代唱させ高速にて使徒を召喚させる現代の魔術師宇奈月慎一郎は重大なミスを犯していた。
 そう、河童の川流れ。サルも木から落ちる。弘法も筆の誤り。慎一郎だってミスを犯す。無理も無い。彼は英知の神ダゴンに知識を授かるためにオールをして、寝ていないのだ。その思考力は格段に落ちているはず。
 そう、だから彼は、ミスを犯した。
「あ、あれ?」
 ほぇ? とした表情を浮かべる慎一郎。
 彼は【忌まわしき狩人】を召喚したはずだった。
 しかしプラットホームに現れたのは【あずさ2号】だ。
 ぷしゅーぅ、という音共に開いたドアから現れたのは【今はどこ?狩人】だ。そう、【忌まわしき狩人】ではない。
 そう、召喚は失敗したのだ。
 なぜならば【忌まわしき狩人】は日の光には弱く、日中に現れることは絶対に無いのだから。そのために召喚に不都合が生じて【忌まわしき狩人】の代わりに、【今はどこ?狩人】が【あずさ2号】に乗ってやってきたのだ。
 それを見ていた壮年の駅員は思わず服の袖をまくって腕時計を見た。彼の顔が懐かしそうに嬉しそうに綻んだのは、腕時計の針がちょうど午前8時00分を指していたからか。
「おわわわ、あ、あのちょっとぉ〜〜」
 眼鏡をずらしながら慌てた声を出す慎一郎。
 そんな彼を二人(二匹?)の【今はどこ?狩人】がえっちらほっちらと背負いながら、乗客が誰もいない車内に入っていく。歌を歌いながら。
 背負われる慎一郎はもちろん、暴れて、プラットホームにいる人に助けを求めるように手を伸ばすのだけど、無常にも彼の指の先で、【あずさ2号】のドアは閉まるのだ。
「おあわぁぁぁぁ〜〜〜」
 窓ガラスにはりつく慎一郎の顔。
 プラットホームに鳴り響く【あずさ2号】の発車ベル。
 慎一郎を乗せて【あずさ2号】は発車した。
 窓ガラスの向こうにある風景はものすごいスピードで後ろに流れていく。それを眺めながら、慎一郎はもうただ歌うしかなかった。


 **ライターより**
 ライターの草摩一護です。
 引き続きのご依頼ありがとうございます。^^
 こういう連載形式のシチュノベはものすごく書いていて楽しいですし、また自信にも繋がりますから、本当に嬉しいのですよ。どうぞ、お気になさらずに。

 さて、連載形式でやらせてもらえるとの事でしたので、前半は前回の内容を引き継ぎ、慎一郎さんがどう一夜を過ごしたのかを、書かせていただきました。
 そして後半はプレイング通りに。^^

 僕としては本当に楽しく書かせていただけました。
 【狩人】の情報提供を求めた父は懐かしがっておりました。^^
 一体、慎一郎さんはこの後にどこに連れていっていかれてしまうのでしょう?
 大変に気になりますし、楽しみです。^^

 それでは本当に今回もありがとうございました。
 また、よろしければ、書かせてやってください。
 失礼します。

 * プレイングに書かれていた歌詞はJASRACさまの認可が必要になりますので、書きませんでした。ご了承してくださいませ。