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<東京怪談ウェブゲーム あやかし荘>


夢魔の呼び声
「……まただ」
 紅茶を飲んでいるときにカップの中に黒い小石を見つけ、朝野時人はため息をついた。
 近頃、時人の周囲にはよく黒い小石が出現していた。今のように食べものや飲みものの中に入っていることもあるし、足下に落ちていたり、持ちものの中に入っていたりすることもある。
 一度や二度なら自分の不注意かもしれないと思うところだが、こう何度も続く上、夜な夜な夢魔があらわれるとあっては――偶然ではないと思うほかなかった。黒い小石があらわれるというのは、呪われている証拠なのだ。
「呪われる心当たりなんてないんだけど……参るよなあ。僕、そういうのの相手は苦手なのに」
 時人はカップに沈んだ小石をスプーンで取り除きながら、大きく息を吐く。
「それにサキュバスなんて穏やかじゃないし……どうしよう」
 誰か助けてくれるような人間はいないだろうかと、知人の顔を思い浮かべながら時人はため息をつくのだった。

「あ、時人さん……今、嬉璃ちゃんと3時のお茶にするところでしたの。もしよろしかったら、ご一緒いたしませんか?」
 先日の杖の件で親しくなっていたこともあり、榊船亜真知は時人にそう声をかけた。
「え? あ、はい、ぜひ」
 普段ならば元気よく答えてくるはずの時人は、どういうわけかぐったりとしているようだ。なにやら悩みでもあるのかもしれないと亜真知は思う。
「もう、嬉璃ちゃんもお待ちかねですの。さ、早く行きましょう」
 亜真知はあえて明るく言って、時人の手を引き、嬉璃の待つ部屋へと連れて行く。
「なんぢゃ。時人も一緒か」
 嬉璃は時人の姿を見ると、不服そうに鼻を鳴らす。
「まあ、嬉璃ちゃん、時人さんはわたくしのお友達でもありますもの……よろしいじゃありませんか」
「まあ、亜真知がそう言うなら、まぜてやろう」
 嬉璃は偉そうに言う。時人は苦笑いをしながら、その隣に座る。
 亜真知は時人の前にも湯のみを出した。時人は熱いお茶はいった湯のみを吹いて冷ましながら、亜真知に向かって微笑みかけてくる。
「でも、時人さん、なにか悩みごとでもありますの?」
「え? ああ、すごいなあ……実は、そうなんです。サキュバスに狙われてて……」
「ほぉ、さきゅばすとな。時人、また、なにをやらかしたのぢゃ?」
 嬉璃が興味深げに訊ねてくる。
「心当たりがあったら、そんな、困ってたりしないよ」
 時人が不服そうにつぶやく。
「でも、それでは大変ですわね……もしよろしかったら、わたくし、ご協力させていただきますわ」
「あ、いいんですか?」
 時人が目をぱちくりさせる。
「ええ。サキュバスでしたら……男性よりは、女性の方が対処しやすいのではないかと思いますの」
「わ、助かります、本当に……!」
「……情けないのぅ」
 亜真知に抱きつかんばかりの勢いで感謝を示してくる時人に、嬉璃が小さくツッコミを入れた。

 そのようにして、時人の部屋に5人の人間が集まったのだったが――
「うーん、やっぱり、5人もいると狭いわねえ」
 圭織がわざとなのかなんなのか、時人にくっつきながら言う。身長差などの都合上、くっつかれると胸元に顔が押しつけられるかっこうになってなんとも言いがたい気分なのだが、圭織本人はそんなことはまったく気にしていないらしい。
「でも、このくらいの方が同調しやすいと思いますよ。あんまり広い空間だと、同じ夢に入るのが難しいですから」
 フォローするように言ったのは、女性陣の間で小さくなっている遮那だ。
「まあ、そうなんですのね。わたくし、他の方の夢の中に入るのははじめてですから、なんだか楽しみですわ。……ああ、このようなことをいっては、時人さんに申し訳ありませんかしら」
 そんなことを言いながらも、どこか楽しげな様子で亜真知が言う。
「えっと、別に、大丈夫です。僕、助けてもらえるだけでありがたいっていうか」
「そう言っていただけると、わたくしも助かりますわ。でも、おふとん、人数分ありますかしら……?」
「……ごめんなさい、さすがに客用ふとんは1つきりです」
 そもそも5人もの人間が寝泊りするようにはできていない上、ところせましと怪しげなアイテムが並んでいるため、時人も客用のふとんは1枚しか用意していないのだった。
「でしたら、みなさま一緒にひとつのおふとんで眠ればよろしいのでは?」
 みそのが名案、とでも言いたげに提案する。
「さ、さすがにそれは……!」
 時人は目を丸くして、首をぶんぶんと振る。
 遮那や次郎だけならば別にかまわないが、亜真知やみそのや圭織と一緒のふとん――というのは、なんだか犯罪ではないか、と思える。
「大丈夫よ、時人くんはほら、まだまだ子供だし。誰も危険だなんて思ったりしないと思うわよ」
 明るい様子で圭織が言う。一緒に温泉に入った仲である圭織には、時人は、そんなことまですっかり知られてしまっているのだった。
「うぅ……」
 だが、うら若き女性たちの前でそれをばされるのは少々つらい。時人はうなだれてうめき声をあげる。本当のことであるので文句を言えないのがつらいところではあった。
「あの……俺はここにいても、大丈夫ですか?」
 部屋のすみから次郎が訊ねてくる。
「ええ、大丈夫ですよ。その辺りなら」
 時人の変わりに遮那が答える。そうして、ゆったりと全員を見回しながら続ける。
「それでは、みなさんで夢の中にお邪魔することにしましょう」

「……ここが、夢の世界?」
 辺りをきょろきょろと見回しながら、圭織が首を傾げる。
 夢の中だといわれても、いまいち実感がわかない。なにしろ、先ほどまでいた、あやかし荘内にある時人の私室とまったく様子が変わらないのだ。
「そうです。まあ、時人さんの夢の中ですから……慣れた場所があらわれたんでしょう」
 遮那がそう説明する。
「そうなんだ……」
 自分でもよくわかっていなかったので、時人は素直に感心した。だが、説明を受けたとしても、よくわからないことに変わりはない。
「でもどうやって、そのサキュバスを捕獲しましょう? 一応、夢の世界でもいつも通りに力は使えるみたいですから……結界を張っておくことはできますけれど」
 亜真知が結界を張るための準備をなのか、指で宙になにか文様のようなものを描きながら言う。
「……ああ、そうだ」
 それを聞いて、次郎が立ち上がる。
「今日は幻聴がひどくて……その。色んなときに、そのときにあった音楽が聞こえるんだ。妖怪が近づいてくるときにも……音がする」
「ええっと……?」
 次郎の言わんとしていることがわからなくて、時人は首を傾げた。
「多分、『どちらにさきゅばす様がいらっしゃるのかわかる』ということではありませんでしょうか」
 静かにしていたみそのが、やはり静かな声音で答える。
「……ああ、なるほど」
「だとすると、次郎さんを連れて部屋を一周したら、どの方向にサキュバスがいるかわかりますね」
 遮那がうなずく。
 遮那は自由に夢の世界に干渉できる能力を持っているのだが、それは、夢の主に負担をかけることになるのだそうだ。だから、できる限り、遮那が力を振るわない方がいいらしい。
 時人にはその仕組みはいまいちわからないが、強い力を持つ、ということはそれだけ恐ろしいことなのだろう、ということだけは推測できた。
「じゃあ、次郎さん、ちょっと部屋の中、一周してみてもらえますか?」
「……ああ」
 時人に頼まれて、次郎が立ち上がる。
 のそり、のそりと部屋の端の方を歩き始めると、ある地点で立ち止まる。すると、なぜか重厚なピアノの音色があたりに響きわたる。
「ここは……」
「どうしたの?」
 圭織が問う。
「妖怪が来たときには、シューベルトの『魔王』が聞こえるんだ。ここにいると、かすかに聞こえる」
「そこに隠れている、ということですね」
 みそのが立ち上がり、手にしていたステッキで壁を叩く。
 すると壁が割れて、その中から、肌もあらわなビキニ姿の、コウモリの羽根を持ったサキュバスがあらわれる。
「……あらん、見破られてしまいましたのね。残念だわ」
 胸元を強調するようなポーズを取って、挑発的な仕種でサキュバスが言う。さすがに淫魔というだけあって、それだけでも壮絶に色っぽい。
「時人くん……あれと私とどっちが美人かしら」
 なぜか対抗するように、圭織が髪をかきあげる。対抗されても……と時人は思ったが、とりあえずは口にしないでおく。
「あの、よろしいでしょうか」
 そのとき、みそのがおっとりと口を開く。
「実はわたくし、聞きたいことがございますの。さきゅばす様はたしか、夜伽がとてもお上手とのこと。今後のためにも、そのあたりのお話しをうかがいたいのです。もし、差し支えなかったら、時人様との情事も見てみたいのですが……」
「だ、ダメですってば!」
 時人が思わず声を上げる。
 サキュバスと交わるということは、つまり、そのまま死んでしまうということを意味するのだ。
 それに万が一そういったことがないにしても、そもそも時人もまだ15歳――はじめからいきなり衆人環視のもとで、というのは無理な話だ。
「あたしはそもそも、そのために喚ばれたんだし……別に、いいわよ? どうするの、ボウヤ」
 サキュバスが赤いくちびるを笑みの形にゆがめて、ちゅ、と音を鳴らす。時人は思わずよろめきそうになるのを、ぶんぶんと首を振ってこらえた。
「とりあえずは、大人しくしておいていただいた方がいいようですね」
 遮那がライオンを踏みつける乙女の描かれたカード――《力》のタロットをサキュバスへとかざす。
 するとサキュバスが床へへたりこみ、苦しげな表情を見せた。
「このカードに描かれているライオンは、感情をあらわしています。乙女は理性や意思をあらわします。つまり、このカードは理性で感情を押さえつけ、冷静な判断をくだす、ということをあらわしているわけです。あなたにぴったりのカードですね」
「……さて。それじゃあ、白状してもらいましょうか? どうして、こんなことをしたのか」
 圭織が不服げに鼻を鳴らす。サキュバスは圭織に向かって舌を出した。
「あたしは召喚されて、使役されてるだけだもん。そんなの、なんでなのかなんて知ってるわけないでしょ? そっちのボウヤの方が、よっぽど心当たりがあるんじゃないのぉ」
「そんなこと言われても、僕、サキュバス差し向けられるくらい人にうらまれるような覚えはないです」
 時人は腹立たしげに口にした。
 たしかに、ドジを踏んだり間抜けな失敗をしたりして、他人に迷惑をかけてしまうことはある。
 けれどもそれはうらまれる、というような類のことではけっしてない。
「でしたら、強制的に術者の方においでいただくしかないのかもしれませんわね」
「え……榊船さん、そんなこともできるんですか?」
「ええ、できますわ」
 亜真知が言うが早いか、サキュバスの出てきた壁の穴から、ころりんとローブをはおった小柄な少年がころがり出てくる。
「痛っ……な、なんだ、ここ」
 少年は頭を押さえてきょろきょろとあたりを見回す。
「……夢の中」
 ぽそり、と次郎が告げる。
 そのどんよりと重いものを背負っているかのような表情に、少年は怯えたような顔で後ずさる。
「サキュバスを送ってきたのは、あなたですわね?」
 亜真知が訊ねる。
「え? ああ、そうだけど……なんなんだよ。なんで、こんなにいっぱい人が……」
「友達の輪、ってやつかしら」
 亜真知の代わりに圭織が答える。
「それで、いったいどうしてこんなことをしたのかしら? きりきり白状してもらいましょうか?」
 ばん、と床を叩きながら、圭織が言う。やはり弁護士というべきか、そのしぐさは随分と堂に入っている。
「別に」
「別に、だなんて、そんなのが通用するわけないわよね?」
 にこり、と笑う圭織には、なぜか奇妙な迫力がある。その迫力に圧されたのか、少年はしぶしぶと口を開く。
「……悔しかったんだよ。お前の師匠が、お前のことを語るときの顔! 僕だって同じ弟子なのに……それなのに!」
「……って、その、どういうこと?」
 時人はきょとんとして、首を傾げた。
 時人の師匠は、今はどこにいるのかもわからない――まあ、要は、旅好きでしじゅう世界中をとびまわっているため、連絡をとることができないのだ。
「つまり、師匠が僕のことを自慢してるのを見て、それが悔しかった、ってことでいいのかな」
「そうだよ! なんだよ、お前、魔法も全然使えなくって落ちこぼれで……それなのに!」
「……なんだか、フタマタかけられた女の子が、もうひとりの子をなじってるシーンを連想させるわねえ」
 圭織がぽつりとつぶやく。
「あの、来城様。フタマタ、とはなんなのでしょうか」
 それに対して、みそのが不思議そうに問い掛ける。
「ああ、つまり、悪い男がいるのよ。それで、同時にふたりの女の子とつきあっちゃうの」
「なるほど……つまり、師匠様というのは時人様とつきあっているのですね。それで、時人様は女性だったのでしょうか」
「違いますよ! なんかヘンなところだけ抜き出して理解しないでください……!」
 時人は悲鳴に近い声を上げた。師匠、というのは言うまでもなく男であり――冗談でも勘違いでも、そんなことを言われたくはない。
「でも、それは……完全な逆恨み、ですよね」
 遮那が難しい顔でつぶやく。
「そうですわね。お仕置きが必要ですわ」
 亜真知も同意するようにうなずく。
「……あの、お仕置きとは少し違うかもしれませんが、もしよろしかったら、サキュバス様との情事を拝見させていただきたいのですけれど。後学のために。なにやら、時人様の反応から察するに、とても困ったことになる、のですよね?」
 みそのが手を打って、名案だとでも言いたげに提案する。
「ああ、それはいいかもね。きっと、ものすごく恥ずかしいだろうし……いいんじゃない?」
 圭織はいかにも楽しげに同意する。
「そ、そんな……!」
 少年は目を大きく見開いて、いやいやと首を振る。
「ええっと、でも、その、さすがにそれはかわいそうなんじゃ……サキュバス相手じゃ、命の危険があったりするような気も」
 なんだかかわいそうになって、時人はこそこそと弁護してみる。
 みそのが振り返って、時人に向かって微笑みかける。
「それでしたら、わたくし、あの方に害のないようにさせていただきますわ」
「は、はあ……」
 反対材料がなくなって、時人は曖昧にうなずいた。
「まあ……その、少し、恥ずかしいような気もいたしますわね」
 頬を染めてうつむきながらも、亜真知も特に反対はしない。
 どうやら、女性たちはかなり乗り気のようだ。
「……女の子って怖いなあ」
 時人は女性たちに聞こえないように、小声でつぶやく。
 聞こえはしなくともつぶやきの意味を悟ったのか、遮那と次郎が大きくうなずく。
 辺りには、次郎を中心にして、ムード満点のジャズの音色が響きはじめていた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1388 / 海原・みその / 女 / 13歳 / 深淵の巫女】
【1593 / 榊船・亜真知 / 女 / 999歳 / 超高位次元知的生命体・・・神さま!?】
【2605 / 大覚寺・次郎 / 男 / 26歳 / 会社員】
【2313 / 来城・圭織 / 女 / 27歳 / 弁護士】
【0506 / 奉丈・遮那 / 男 / 17歳 / 占い師】



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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、3度目の発注ありがとうございます。ライターの浅葉里樹です。
 今回はサキュバスネタ――ということもあり、女性は強し、という感じで、亜真知さんにもあのような感じに行動していただいてしまったのですが……あんなことを言わせてしまってよかったのだろうか、と少しドキドキしています。
 あくまで可愛らしさを失わず、照れて両手で目を覆いながらも指の間からしっかり見ているのが女の子というものではないか、などと自分では思っているのですが……。お楽しみいただけていれば、大変嬉しく思います。
 もしよろしかったら、ご意見・ご感想・リクエストなどがございましたら、お寄せいただけると喜びます。ありがとうございました。