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女子更衣室の幽霊
「下着が盗まれる……?」
珍しくまともな依頼だと思っていたのに――と、草間武彦は内心、ため息をついた。
草間興信所には、日々、怪奇現象にまつわる依頼が持ち込まれる。興信所の主である草間武彦はそれを嫌がっているが、その筋では「怪奇現象にまつわる依頼ならここへ」ということですっかり有名になってしまっており、武彦の主張など誰も聞いてはくれない。
だから、今回は本当に久しぶりの、まっとうな、興信所らしい依頼のようだと期待していたのだったが……。
「そうなんです。下着だけじゃないんです。水着だとか、着替えだとか……色んなものがなくなるんです」
武彦の内心を見透かしたのか、目の前にいるセーラー服姿の少女は、必死になって訴えてくる。
「誰かのいたずらじゃないのか?」
「違います! だって……私たちが教室にいたのに、なくなるんです。絶対に無理です!」
「……なるほど。結局は怪奇現象にまつわる依頼、ってことか……」
「ダメ……ですか?」
今にも泣き出しそうな様子で、少女がうなだれる。
「いや、引き受けたいのはやまやまなんだが……今は零もいないからな。さすがに俺が女子高に潜入するのは無理があるだろう」
「そう……ですよね。探偵さん、どうがんばっても女の人には見えそうにありませんもんね……ごめんなさい、迷惑かけちゃって」
「なにも引き受けない、とまでは言わないさ。俺は行けないが、誰か他の人間に頼めばいい。手配くらいはしてやる」
「……ありがとうございます!」
少女は感極まったように、顔を手でおおって泣き出してしまう。
結局、引き受けることになるのか――と苦々しく思いながら、武彦はくわえていたタバコを灰皿に押しつけた。
「武彦さん、私が行きましょうか?」
お茶を運んできたシュライン・エマが、武彦を見て首を傾げた。
武彦はそれを見ると笑みを浮かべて、小さくうなずく。
「そうだな、でも……セーラー服を着るには少し、難しいかもしれない」
「あ、大丈夫です! 私、ここへ来る前に、理事長先生に相談したんです。理事長先生、警察はダメだけど、絶対に内密にしてくれるのだったら、探偵さんを入れてもかまわない、って……」
「……あら。じゃあ、女教師、ってことで潜入できるわね」
「そうみたいだな。なら、頼めるか?」
「ええ、喜んで。事前調査はお願いしてもいいかしら」
シュラインの問いかけに、武彦は力強くうなずいた。
「……あの、本当に秘密は守っていただけるのでしょうね?」
どこか神経質そうな印象のある、白髪の夫人――今回潜入することになった女子高の理事長が言った。
「ええ、お任せください。決して秘密は外には漏らしません」
シュラインは自信ありげな様子でうなずく。
「でも……大丈夫なんでしょうか。いくら理事長のご許可をいただいているとはいえ、教師だけでも5人です。生徒たちにあやしまれることはありませんか?」
そう不安げに訊ねたのはさくらだった。
シュラインやさくらも含め、教師として潜入する人間は他に3人――うち、ひとりは教育実習生としてだったが――いくらなんでも、産休などで教師がそれほど休むということは考えにくい。
「大丈夫です。我が校は独特の授業形態をウリにしております。週に1度、外部から先生を招いて通常授業とは少々違った特別授業を行っておりますから、もしも見慣れない人間をみかけたとしても、特別授業を行う教師だと思われるくらいでしょうから。他の先生方には、そのように説明してあります。ですから、秘密を守っていただけるのでしたら、自由に調査をしていただいてかまいません。では、よろしくお願いいたします」
一息に言い切ると、一礼をして、理事長は部屋から出て行ってしまう。
「それじゃ、早速、作戦会議とでもいきましょうか?」
シュラインは振り返って、ぱんぱんと手を叩いた。
ぞろぞろと、残りの4人がソファへとかける。
それは、随分と異様な光景だった。
なにしろ、和服姿の女性に、お水のお姐さんと見紛わんばかりの女性、どこかスカート姿に違和感のある細身の女性、どこからどう見ても男性にしか見えないものの、長い黒髪と胸元がやや不自然なパンツスーツの女性――と、ハタから見ていたらどんな集団なのかよくわからない。
「とりあえず、依頼人から聞いたところによると、状況はこんな感じのようね」
言いながら、シュラインは書類を全員にまわす。
その書類には、事件の詳細がわかりやすくまとめられていた。
事件がはじまったのは、ちょうど一週間前。
下着や制服が盗まれる時間帯や場所は特に決まっておらず、被害を受けた生徒には特に共通点はない。
校内には男性はひとりもおらず、状況からして、人間の犯行とは考えにくい。
念のために、最近亡くなった学校関係者や、近所で亡くなった人間がいないかも調査したが、該当者は見つからなかった。
「うーん……なんだか、これじゃあ、どこから手をつけたらいいのかさっぱりよねぇ」
書類に目を落としたまま軽く首を傾げて、更紗が言う。
「なあエマ嬢、これは正確な情報なんだな?」
それを受けて、璃琉が訊ねてくる。
「ええ、もちろん。武彦さんが調査したものだから、間違いないわ」
自信を持ってシュラインは答えた。
やや頼りないふうの雰囲気のある武彦だが、一応はプロだ。信頼はできる。
「ああ……草間氏か。それなら間違いはない、か……」
「式神でも飛ばしておくか?」
慶悟がマジメな表情でふところから符を出してみせる。シュラインはそれを見、思わず吹き出した。
「……笑うなよ」
こめかみをひくつかせて慶悟が言う。シュラインはなんとか笑いをおさめつつも、微妙に慶悟から視線をそらした。
「まずは、現場の方へ行ってみませんか? このままだと、手がかりが少なすぎますし……」
おっとりとした様子で、さくらが提案する。
「そうっすね、天薙嬢の言う通り。まずは現場100回、ってね」
「まあ……嬢、だなんて。そんな年じゃありませんよ」
言いながらも、さくらはどこか嬉しそうにしている。
「あ、でも、今の時間だとどこも授業中なんじゃないかしら?」
更紗が髪をかき上げる。
「大丈夫よ。一箇所だけ、今は使ってない場所があるの」
「使ってない場所、か。どこだ?」
慶悟が立ち上がりながら、シュラインに訊ねる。
「……女子更衣室」
シュラインの答えに、あからさまにいやそうな顔をする慶悟だった。
「へぇ、ここが女子更衣室か」
なぜだか嬉しそうな様子で、璃琉はあたりをきょろきょろと見回している。
「別に楽しいものもないと思うけど……中身の方が楽しいのが普通なんじゃないのかしらね」
それを見て、まったくもって理解できない――と更紗はつぶやいた。
刀状の気を顕現させた状態で、璃琉に続いて更衣室内へ入る。
「……でも、別に、なにもおかしいところはないような気がするわ」
「ああ。特になにかおかしなところは感じないな」
続いて慶悟が入ってきて、あたりを見回しながら同意してくる。
「それどころか、なにか清浄な感じすらするような気がしますね」
さくらが言った。
「ああ……それは気になっていたんだ。校内がいやにキレイ過ぎるのが、逆に気になる」
「……そのかっこうでキメてもサマにならないわよ」
ポーズをキメた慶悟に向かって、シュラインが冷静につっこんだ。
「……自分でもわかってるんだ、放っておいてくれ」
こめかみをひくつかせて慶悟が返す。
「でも、これでしたら、結界をはる必要もなさそうですね。並みの悪霊でしたら、ここに足を踏み入れるだけで危険なはず……」
さくらが銀糸をふところへしまう。
「だったら、なんでそんな場所で下着が盗まれたりするっていうんだろ?」
ロッカーによりかかって、不思議そうに璃琉が首を傾げる。
「そういえば……確かに、そうよねえ」
つられて更紗も首を傾げた。
「もう少し、調査の必要がありそうね……あら?」
シュラインがふと外のほうを見て声を上げる。
そちらの方を向いて耳をすますと、女の子の悲鳴が遠くから聞こえてきた。
「……事件発生、ってやつかしら」
刀をぎゅっと握りなおして、更紗は更衣室の窓を開けて飛び出した。
「……あ、先生がた、ですか?」
桐香は走ってきた相手に思わず訊ねてから、あわてて口をおさえた。教師の顔を知らない生徒がいるわけもない。
「いえ、私たちは草間興信所の調査員――事件を解決に来たの。あなた、今、悲鳴をあげたわよね?」
長い髪をひとつに束ねた、つり目の女性に訊ねられ、桐香はがくがくと首を縦に振った。
「あ、あの、私も……です」
「え? どういうこと?」
なぜか刀をたずさえた、どこか水商売風の女性がその隣で首を傾げる。
「私、この学校に知り合いがいて……それで、頼まれたんです。囮になろうと思って、ここでちょっとスケッチしてたら、いつのまにか下着がなくなっていて……」
「なぁるほど。お嬢ちゃん、犯人の姿は見たのかい?」
ハスキーな声の、やや背の高い女性が言う。
「あ、いえ、その……・スケッチに夢中になってしまって……」
桐香はうつむいた。
調査に来たというのに、このていたらくとは……なんだか、自分が情けなかった。
「まあ、気にするな。犯人はまだこの近くにいるかもしれないからな」
かつらをかぶった男性――に見えなくもない黒髪の女性が力強くうなずく。
「このあたりを少し、捜索してみましょうか?」
和服の女性が首を傾げる。
「おーい! こいつがあんたの下着盗んだって言ってるけど、本当か?」
言いながら、天嶽が走ってくる。その後ろを、みなも、みかね、薙沙が追いかけている。
天嶽は桐香の前まで来ると、ひょい、となにか薄汚いモノを見せた。
どうやら、それは人間のような姿をしているようだ。真っ白な長い髪と髭と、うすよごれた長衣のせいでぼろくずのように見えただけで、よく見れば目も鼻も口もちゃんとあった。
「さっき、そこで見つけたんです。えっと、桐香さんの下着はあたしが預かってますから、あとでお返ししますね」
息を切らしながら、みなもがにっこりと笑んだ。桐香はみなもに駆け寄って、手を握ってこくこくとうなずく。
「ありがとうございます!」
「いえいえ。でも、なんか、その人、ヘンなこと言ってるんです」
「ヘンなこと……って?」
シュラインがみなもに訊ね返す。
「なんだか、その人、自分のことを神さまだ、って……ね、志神さん」
みなもが振り返って、苦しげに肩で息をしているみかねに言う。
「あ、はい。なんだか、ヘンなこと、言ってるんです」
「まあ、そりゃあ、神さまって自称してるのはヘンよねえ」
更紗が納得したようにうなずく。
「いえ、そうじゃないんです。その……二見さんが下着を脱いで供えてくれたから、自分はそれをありがたくいただいただけだ、って……」
「僕も聞きました。でも、そのあとで、『若い娘の脱ぎたてぱんちーを欲しいと思わないのは男じゃない』とか言ってたので、信憑性はないかも、なんて思ったりします。別に僕、パンツは欲しくないですし……」
照れくさそうにそう続けたのは薙沙だ。
桐香は真っ赤になった。まさか、こんなところで、自分が下着をつけていないことがばらされてしまうなんて……!
「お嬢ちゃん、ノーパンなんだ?」
「言わないでくださいっ!」
桐香はその場にうずくまる。もう、穴を掘ってでも埋まってしまいたい気分だった。
「まあ……なんにしろ、犯人ってことは間違いない、ってわけだ」
慶悟がつかつかと天嶽の方へ近寄っていき、自称神さまを見ると眉を寄せる。
「どうしたの?」
シュラインが問うと、慶悟が振り返った。
「……どうやら、本当に本物の神さまみたいだ」
「確かに……そのようですね」
さくらも慶悟に同意する。
「えええええっ!? 神さまが、そんなこと、したって言うんですか!?」
薙沙が目をまるくする。慶悟は残念そうに首を振る。
「……俺、思いっきりどついちまったけど、もしかしてたたられたりするのかな」
天嶽が神さまを目の高さに持ち上げながらつぶやく。
「おう、もちろんじゃとも。末代までたたってやるから覚悟するんじゃな」
カン高い声で神さまが言った。
「おお、しゃべった」
なにか珍しいイキモノでも見たような様子で、天嶽が声を上げる。
「珍獣扱いするでない!」
神さまがじたばたと抗議する。だが、天嶽の手からは逃れられないらしい。
「珍獣扱いされたってしょうがないわよね、下着泥棒なんだし」
シュラインがつぶやく。
「泥棒とは何事か! わしはな、この土地の守り神じゃ。じゃが、誰も供え物を寄越さんのでな……ちょっと失敬した、というわけじゃ」
「……どこの世界に、下着を供え物として持っていく神さまがいるのよ」
更紗が鼻を鳴らす。
「脱ぎたてぱんちーを持っていかないのは男とは言わん」
「……神さまにこのような真似をするのは、はなはだ不本意ですが」
さくらは天嶽から神さまを取り上げると、小脇に抱えた。そうして、手を振り上げると、尻めがけて思い切り振り下ろす。
ぱぁん! といい音がする。
「う、うわ、痛そう……」
薙沙が肩をすくめる。
「でも、自業自得って感じですよね……」
みなもが視線をそらしながら言った。
「でも、すごい……神さまのお尻をぺんぺんしちゃうなんて」
みかねは目をぱちくりとさせる。
「……なんだか、逆らわない方がよさそうな人だな。母親を思い出す」
天嶽も一歩あとずさってつぶやく。
「まあ……これにて、一件落着ってところかしらね」
シュラインがひっそりとつぶやく。
響きわたるお仕置きの音をBGMに、9人はそれぞれうなずきあうのだった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【2593 / 深薙宜・更紗 / 女 / 28歳 / 喫茶店経営/何でも屋】
【1252 / 海原・みなも / 女 / 13歳 / 中学生】
【2042 / 丈峯・天嶽 / 男 / 18歳 / フリーター】
【2336 / 天薙・さくら / 女 / 43歳 / 主婦/神霊治癒師兼退魔師】
【0086 / シュライン・エマ / 女 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【0389 / 真名神・慶悟 / 女 / 20歳 / 陰陽師】
【0249 / 志神・みかね / 女 / 15歳 / 学生】
【1515 / 真神・薙沙 / 男 / 17歳 / 高校生(学級委員長)】
【2204 / 刃霞・璃琉 / 男 / 22歳 / 大学生】
【1657 / 二見・桐香 / 女 / 16歳 / 女子高校生(隠れ魔族)】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、二度目の発注ありがとうございます。今回、執筆を担当させていただきました、ライターの浅葉里樹です。
今回の依頼では多少なりとも武彦とのからみを! と思いましたので、あのように書かせていただいたのですが、よろしかったでしょうか。ほのかな信頼関係のようなものがあるような、そんな感じに書けていれば、と思っております。有能な秘書のようなイメージで書かせていただきました。お楽しみいただけていれば、大変うれしく思います。
もしよろしかったら、ご意見・ご感想・リクエストなどがございましたら、お寄せいただけますと大変喜びます。ありがとうございました。
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