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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


獣と物語のワルツ

●プロローグ

――放課後の図書室、
       午後5時きっかりに彼女は現れる。
――誰にも気付かれず、
              ひっそりと誰にも知られずに‥‥。


 決まって図書室の特定の場所、部屋の隅にある《幻想小説/詩/妖獣》という奇妙で目立たないコーナーの前で、一見どこにでもいるような女生徒が静かに本を読んでいる。
 本棚と本棚の間、窓から差し込むオレンジ色の夕陽に照らされながら。

 ‥‥彼女に気がついても、声をかけてはいけない‥‥。

「キミ、そんなところで何を読んでいるの?」
 その“彼女を見かけてしまった”生徒は、つい声をかけてしまった。
 自身の静謐(せいひつ)な世界で周囲を完全に切り取った神秘的な雰囲気に、彼は声をかけずにはいられなかった。
 余りにも熱心を読みふけっていたからか。
 余りにも真摯に本に向かう少女に、どこか神々しさをも感じさせられたからか。
 本を読んでいた少女は顔をあげる。
 向き合う眼と眼。
 視線と詩線。
 ――――禁忌の境界

 一瞬だけ彼女の背後に、見えた 巨大な影――
  あれ は   ‥‥獣‥‥


                     カーテンが風でゆるやかに揺れた。
  それは刹那の時間。

            一瞬のとき。

        だけど、

                 その声をかけた生徒はもう
                                いない。



 ――――彼女に気がついても 声をかけては いけない
 ――――声をかけた人は、例外なく“いなくなってしまう”から。



●幻想詩篇と失踪事件

「‥‥という噂話が密かに流れているらしいわ」
 神聖都学園・幻想詩篇研究部の部長である夢琴香奈天(ゆめこと・かなで)は挑発的に微笑んだ。
 幻想詩篇研究部。
 いつから存在しているのか、どのような目的の部なのか。
 まるで夢のような存在感。
 ――――それでも、確かにそこに存在する。
 簡素な部室に集まった 五降臨 時雨(ごこうりん・しぐれ)、 紗侍摩 刹(さじま・せつ)、 フェイ・リオット(−・ー)、 時任 沙耶可(ときとう・さやか)、 雪ノ下 正風(ゆきのした・まさかぜ) の5名は、学園では《午後5時の獣》と呼ばれている例の不可思議な噂を確かめるためにここまでやってきていた。
 時計が午後5時を指し示す時刻に、神聖都学園の生徒が図書室で姿が見かけられたのを最後に失踪している――このことは事実であり、超常能力者の手で解決されるべきことである。
「まったく流石は神聖都、胡散臭い部活は高等部も一緒か。事件の手掛かりにならここへ行けって言われて来てみれば幻想詩篇研究部、部員が二人だけした、ってな。どういうことだ? ‥‥ここに集まっている奴らも学園外部のモノばかりだしよ」
 部屋を見渡している正風に訊ねられ、香奈天は頬杖をつくと静かに答えた。
「――私たち幻想詩篇研究部は、誰の訪れをも歓迎するわ。例えそれが部員でなくても、学園の関係者でなくても。‥‥詩篇に及ぼされている影響は学園にとどまるものではありません。だからいつでも部室の扉を叩かれになって」
「部外者OKってことか?」
「正確にいうと『私たちに関わった時点で幻想詩篇の追跡者としてキャストされている』――ということ」
「ああ、ま、んじゃ俺も関係者ってことだ。オーケー、それじゃ遠慮なく調べさせてもらうな」
 納得したようなしないような、資料をめくりながら正風は品定めするように香奈天を観察する。
 長めにしたボブカットの髪型に神秘的な顔立ち。
 年齢は15歳というが、どことなく大人びて見える容姿。
 大学だけは神聖都のOBであり、今はオカルト作家を生業としている正風にとって、この件は色々と縁が――関わるべき価値がある。
 それにしても、失踪人数はすでに4人。
「物騒な話ね‥‥でも、頑張って何とか解決させるわ」
 決意を自分の口の中で呟いて、沙耶可はもう一度事件を整理した。

 ――――4人の学生たちの失踪。
 ――――図書室という共通ポイント。
 ――――午後5時から5時半という失踪時刻。
 ――――そして、少女と獣にまつわる不吉な噂。

 そう、まだ《噂にすぎない》のだ。
 見たものは全て連れ去られてしまうという“噂”
 全て連れ去られてしまうというのに、噂だけが一人歩きしている“矛盾”
 共通の鍵、キーワード自体が紡ぎ出している矛盾連鎖。
「教えてもらえない? これは一体どういうこと」
「ええ。それこそが伝説や噂、言語、認識といわれる“幻想”の不可思議――今回の敵の核心と言っても過言ではないわ」
「あなたには見当がついているような口ぶりね。夢琴さん、自己紹介で言われていたけれどあなたも夢渡り――幻想を武器とする人種だと思うけど?」
「その通りよ。だから同じ土俵では負けるわけにはいかないし――敵の恐さも知っているつもり」
「恐さ?」
「そう、夢はね、恐いものなの」
 探るように香奈天を眺めてから、沙耶可はついと視線を外した。
 時計はもう時期、午後5時を指し示そうとしている。
「‥‥もうすぐね。そろそろ図書室には向かわなくていいの?」
「申しわけありません。連れが――ウチの部員が遅れているものですから」
「遅れてごめんなさいッ、いま着きました!」
 バタンと大きな音を立てて入ってきたのは、足元までの黒髪を伸ばした小柄な女生徒だった。
 そして何より‥‥。
「ん? それ‥‥‥‥」
「それ?」
「‥‥‥‥」
「な、なんですか?」
「‥‥‥‥それ、日本刀?」
 がく。間が長い、ながいってば。物騒なことを穏やかに訊きながら時雨が指さす先には、たしかに業物の日本刀が握られている。
「あ、私は剣術を得てとしているもので――って! あなたこそそのぶっそうな刀はなんですか!?」
 長さ2mもある刀を背負った時雨をブンブンと指さす女生徒。
「学校は大変だったんですから! 大きな刀を背負った危なそうな人がうろうろしていると!」
「うん、それは‥‥‥‥大変だ」
「だから、あなたのことだと思いますーっ」
 遅刻の原因を時雨のせいにしたいように騒ぐ女生徒を、香奈天はぐいっと押さえつけた。
「ああ、ごめんなさい。これがさっき言っていたもう一人の部員、剣神の司る剣の守り手をしている 鶴来 理沙(つるぎ・りさ)さん。――といってもその守りべき剣を奪われちゃったお間抜けさんですけれど、どうかよろしくお願いしますね」
「うぅっ! カナデ! 最近思っておったのだが近頃は一段と私への態度が悪くなっておらぬか!? 失敬であろう!」
「見てる見てる」
 はっ、と一同の視線に気がついて縮こまる理沙。
「あ、その、かたじけ‥‥じゃなくて、ごめんなさい」
 あたふたとお辞儀をする理沙を無視して、刹が立ち上がった。
「これで全員揃ったんだろ。――じゃあ早く行こうか、《その場所》に」
「ああ、そのちっこいのの所為でムダになった時間を少しでも取り戻さないといけないからな」
 さっさと部室を出て行く刹の後を、憎まれ口を残してフェイが付き従う。
「な、なにあれー! ちっこいのってこの私のことか! ゆ、許さない! うぅっ!!」
 フェイは戦闘のためだけに生まれた騎士の精霊。
 二十歳ほどの男性の姿をしているが、義理堅い性格から自分の封印を解いた紗侍摩刹に忠誠を誓いマスターと呼んでいるのだ。
「ところでマスター、何故この件に御自分から関わろうとなさるのですか」
「‥‥‥‥ここには『死』がつきまとっている。俺が動くのにそれ以上の理由は必要ない」
「愚問したことをお許しください。全ては我がマスターの御心のままに」
 ――時計の針が午後5時を指し示そうとしている。
 プンプンと怒る理沙をなだめながら、香奈天が一同にむけて言った。
「つまり、今回取り扱うのは、獣使いの少女の幻想。心なされて」


●午後五時に始まる永遠

 それは、デジャブ――。
 既視感。
 足を踏み入れた図書室は、一度どこかで見たような、記憶の奥底を刺激させる光景だった。
 本棚と本棚の間、窓から差し込むオレンジ色の夕陽に照らされながら。
――放課後の図書室、 午後5時きっかりに彼女は現れる。
――誰にも気付かれず、 ひっそりと誰にも知られずに‥‥。
 決まって図書室の特定の場所、部屋の隅にある《幻想小説/詩/妖獣》という奇妙で目立たないコーナーの前で、一見どこにでもいるような女生徒が静かに本を読んでいる。

 ‥‥彼女に気がついても、声をかけてはいけない‥‥。

「‥‥いた」
 理沙の一声に全員が警戒から歩みをとめる。
 それは――噂の通りに少女は、独りで本を読んでいた。
 いや、書物といったほうが正しいような荘厳さすら漂わせる雰囲気。

 オレンジ色の夕陽に照らされながら。

 カーテンが風でゆるやかに揺れている。

 スローモーションのように、全てが、ゆっくりと、時間を刻む。

 今、噂や失踪事件のこともあって図書室内は死んだように静かだ。
 違う。
 いくら噂や事件との関連を疑われたからと言って、完全に人がいないわけではなかった。閉鎖されていたわけではないのだ。
 沙耶可は落ち着くように自身に言い聞かせ、必死で頭を回転させる。
「‥‥ここは別空間だわ」
「ええ、きっとご名答よ。私たちは彼女を見た瞬間に、神聖都学園の図書室とは『違う図書室』に強制的に移し変えられていた。そういう力なのでしょうね、きっと」
「SFでいう並列世界(パラレルワールド)と考えればいいかな?」
「それが一番理解に近しい説明ね。多分、向こうの世界じゃ今頃私たちが消えているんじゃないかしら」
 これで沙耶可は合点がいった。
 沙耶可は一応、昼休みの図書室も訪れていた。図書室に張り込み噂について調べていたのだが、噂を知っている生徒はいても、噂されている現象についてそれ自体の目撃情報や実在の手掛かりは得られなかった。現実に起こっている消失事件と、噂自体の流通元は一致していない――そう考えるのが正しいだろう。
 沙耶可は背筋に緊張が走った。
 少女の気配が動いたのだ。
 顔をあげようとしている。ああ――。
「噂の主‥‥あなたね?」

 本を読んでいた少女は顔をあげた。

 一瞬だけ彼女の背後に、見えた 巨大な影――
 少女の視線が重なる。
 共有される認識。
 同じ舞台と化す世界。
 あれは、獣‥‥巨大な獣!!
 沙耶可はとっさに手にしていたビリヤードのキューを構えると、オーラボールを出現させて狙いを定めた。
「行け、ブレイクショット!」
「シュファインスチェン‥‥お行きなさい」
 少女の穏やかな声がこだますると同時に、その形容しがたい、獅子に角を生やしたような異形の獣はこちらへと襲いかかって来た。
 沙耶可はオーラボールが‥‥跳ばない。まるで煙のように、幻のように透けて、消えていく。
 何が起こっているのか理解できずに周囲を見渡した沙耶可は、周りに誰もいないことに気がついた。
 全員が消えて、今この図書室にいるのはだった独り、自分だけだ。
「うれしいでしょう? あなたにも私の永久なる物語りをあげる」
 時間を止めてあげる。永遠にしてあげる。世界と戯れさせてあげる。気が狂うまで私とこの物語世界で、心ゆくまで愉しませてあげる。
「そんな、冗談じゃないわ、こんな死んだような場所なんか――」
 こんな場所に埋もれる気はない。こんな氷のような、空虚と、無為で積み上がったような世界など。
 ‥‥逃げ、て‥‥。
「この声は、夢琴さん!?」
 ‥‥五時半まで‥‥逃げなさい‥‥。
 そうだ。
 たしか噂で少女が目撃されたと言われる時間帯は5時から5時半の間。
 ‥‥そうすれば、詩篇の魔法は、‥‥解ける‥‥か、ら‥‥。
 消え入りそうな声を信じて沙耶可は駆け出した。
「この私を拒絶できると思うの? そう、あなた、面白い‥‥。だったら消してあげるから‥‥その人を殺しなさい、シュファインスチェン」
 どれくらい時間が経っただろう。時間は――もうすぐ5時半が近い。何故?
「ああ、そうか」
 鶴来理沙が遅刻をして、その分が経過されていたのだ。これなら逃げ切れる――そう思った瞬間、獣の爪が自分に振り下ろされた。
「タイム・オーバーね。残念」
 突然弾かれる獅子のような獣。
 振り返ると、香奈天がそこに立っていた。他の皆と一緒に――。
「一つ聞きたいけど、あなた‥‥詩篇を持つ者の関係者?」
 香奈天の問いを聞いて、少女は面白そうに笑った。
「あなた、何を言っているのですか? それがこの、詩篇に挑もうとしている私への言葉? どうかしています――私は関係者なんかじゃない」
 ――詩篇の一篇を所有せし者よ。
 少女のあざけりと共の獅子の獣が襲い来る‥‥が、ここは最早少女の創り出していた幻想の領域ではない。
 さっきすでに、解き放たれた時に、確かに“時間”の壊れる音を聞いていた。
 ここは動いている世界なのだ。
 少女がまばゆい輝きで瞳を満たす。
「‥‥‥‥‥‥‥‥『断』」
 危険を察知した刹が断絶の力を放ち、フェイが双霊剣で斬りかかる。空間と次元が引き裂かれるように悲鳴をあげ、少女は身動きをとれずに獣を助けに入れない。
「獣め、地味だが強い龍の拳を食らいやがれ!」
 正風の気をためて放った一撃が獣の動きを止める。
 その一瞬で、沙耶可はオーラボールを大量生成してブレイクショットでボールを室内に一気に散らし、弾道予測でジャンプショットやカーブやドローなど時間差と緩急変化をつけて同時着弾を狙いボールを撞いていく。
 更にオーラボールを生成した沙耶可がショットしバウンド数を稼いで攻撃力を上げていく、攻撃力が上がってところを決め球のリープショットでトドメの一撃を放った。
 同時に時雨の妖長刀と妖刀【血桜】が斬りかかる。
「いけ‥‥‥‥‥     ――――風牙」
 リープショットと風牙の直撃で獣は音を立てて倒れる。
「私たちの勝利よ‥‥」
「――シュファインスチェン! ああ、シュファインスチェン!!」
 倒れた透けるように消えていく獣を強く抱きしめる少女。
 嘆きの叫びは、歓喜の声にも聴こえ、憎悪の瞳を向ける少女の姿がぼんやりと、溶けるように、うっすらと透き通りながら消えていく。
 まるで、元々が幻であったかのように。
「この事件、黒幕の臭いがする‥‥頭にきた」
 少女の消えた空間を見つめて、正風は唇を噛みしめた。


●私の物語は滅びない 〜エピローグ
 後日、失踪していた神聖都学園の生徒たちが次々と見つかった。場所はまばらだが、誰もが一様に、街をさ迷っていたのだと言っていた。誰もいない、全てが止まった世界の街だが。
 時々、夕焼けを見ると思い出す。
 図書室の窓から差し込んだ、眩しいくらいに妖しげなオレンジの光。
 気配を感じて振り返る。
 そこは、何も無い空間。
 ――――狂ったような少女の嘲笑がどこからか聞こえた気がした。

 くす、くすくす‥‥今日はまだ私が詩篇に殉じれなかっただけ‥‥
 ‥‥私は使いこなしてみせる‥‥この、偉大なる詩篇の力を‥‥。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0391/雪ノ下・正風/男性/22歳/オカルト作家/ゆきのした・まさかぜ】
【1564/五降臨・時雨/男性/25歳/殺し屋/ごこうりん・しぐれ】
【2156/紗侍摩・刹/男性/17歳/人を殺せない殺人鬼/さじま・せつ】
【2555/フェイ・リオット/男性/860歳/封印されし騎士の精霊】
【2596/時任・沙耶可/女性/16歳/高校生/キューイスト/ときとう・さやか】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、雛川 遊です。
 シナリオにご参加いただきありがとうございました。

 今回の事件で明らかになった情報も、《異界〜剣と翼の失われし詩篇〜》のほうで一部アップしていく予定です。興味をもたれた方はぜひ一度遊びに来てください。
(更新が遅れるかもしれませんが‥‥/汗)
 ちょっとシリアステイストのシナリオでしたがいかがでしたか?
 それでは、あなたに剣と翼の導きがあらんことを祈りつつ。

>時任沙耶可さん
 ご参加ありがとうございました。
 知的でクール‥‥香奈天に似ているタイプかも‥‥(笑)