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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


雪の欠片

〜オープニング〜

 さすがのここ数日の冷え込みに、東京もすっかり雪景色となり、窓から見る風景も凍てついて真っ白で幻想的ではある。が、傘を差して覚束ない足取りの外出中の人達を見ると、外へ出掛けよう等と言う気もさっぱり起こる訳もなく…。
 「とか何とか言って取材を逃れようなんて、百億年早いわよ」
 「へ、編集長!な、な、な、何を言ってるんですかっ、そんな事、思ってただけで一言も言ってませんよッ!」
 それを聞いた麗香の、綺麗に描いた眉が片方跳ね上がった。しまった、と今更ながらに己の失言に気付いて、三下は慌てて自分の口を自分の手で塞ぐ。

 「そう言えばこんな話、聞いた事ある?とある地方ではね、雪山で遭難などして凍死した人の傍に、人の形をした雪の結晶が現われる、と言う伝承があるらしいのよ」
 「雪の結晶、ですか?あの、六角形の万華鏡みたいな綺麗な模様の、アレですよね?かなり寒い時にしか見られないんですよね」
 アレ、と三下が両手の指で六角形らしき形を形作る。その形は不格好であったが、それにはあえて触れずに麗香は頷いた。
 「人知れず命を失った人の魂を慰める為、雪は人の姿になって周りに集い、死者を慰める…そう言い伝えられているの。そして、そうして慰められた人の魂は、そのまま雪に囚われてしまい、永遠にその世界を彷徨う…、とも。それが最近、この辺りでも目撃されているらしいのよね」
 冷たい窓枠に凭れ、腕組みをした麗香が三下へと眼差しを向けた。
 「でもそれは、あくまで伝説だったんじゃないんですか?」
 「そうなのよ。だから不思議なんじゃない。目撃談はあるけど、写真などは残っていないから確固たる証拠はないわ。伝説が現実にあり得たのか、それとも誰かがその話を利用しているだけなのか…今の所は、死者とは関係無いみたいだからそんなに深刻でもないのだけどね。誰かの仕業ならば、何の目的があるのかも分からない。ただの話題作りかもしれないけど、不思議な出来事には変わりないわ。ただ、それを見たいが為に、吹雪くような大雪の中でも出掛ける人が居るって言うから、そのうち何かトラブルが起きる可能性もあるわよね」
 「でも実際にあったら綺麗ですよね。肉眼で見える程度とは言え、勿論小さい訳でしょう?人の姿をしている真っ白で儚い結晶。まるで、雪の妖精みたいじゃないですか。雪の世界ってのも、何だか幻想的だし。…そりゃ、二度と出て来れないってのは怖いですけど、それも真実かどうかは定かでは無い訳ですしねぇ」
 想像したのか、ほんわりと幸せそうな笑顔を浮べる三下に、してやったりと麗香はその肩をぽむりと叩いた。
 「そうね、素敵よね。たまにはこんなネタも新鮮でよくない?アトラスにしては…と言うか、アンタには綺麗過ぎるネタで似合わなさ過ぎて笑っちゃうけど」
 「だったら僕に振らないでください〜ッ!」
 三下の叫びは当たり前のように無視される。その代わりと言っては何だが、雪の女王のように婉然と微笑む麗香が、綺麗に彩った爪で三下の鼻先をピンと弾く。
 「その雪の結晶が、どう言う条件で現われるかは分かっていないから、頑張ってそれを捜して頂戴。一説によるとその人の逢いたい人の姿で現われる、とも言うわよ?想像してみなさい、アンタの逢いたい誰かの姿で、麗しい雪の妖精が現われたら……」
 どう?とウィンクを投げて寄越す麗香に、雪の結晶見たさと寒い所に出て行く辛さの板挟みに遭い、三下は暫く苦悶していた。  


〜道は続くよ、どこまでも〜

 「さむ〜い!」
 ビゥっと吹いた冷たい風に頬を張られて、思わずイヴ・ソマリアが悲鳴を上げた。同じように隣で梅田・メイカも肩を竦めて顔の半分をマフラーに隠した。その後に続く男性陣、城田・京一も雪ノ下・正風も同じように寒そうではあったが、一番寒かったのは恐らく、先頭を歩く三下であっただろう。
 「ねぇ皆さん、なんで僕が先頭なんですかっ!?」
 「当たり前だろ、あんたの取材なんだから。風除けと雪除けぐらいはしろよ」
 「そんな事言って、記事を書くのは雪ノ下さんじゃないですかっ」
 三下の必死の抗議も、後ろから正風に蹴りを入れられて、一発で静かになる。碇編集長から押し付けられた、取材と言う名の三下のお守り役に正風は極めて機嫌が悪い。
 蹴られた三下はお約束、そのままべっちゃりと前のめりに転倒する。当然、雪の中に顔面から突っ込む形になった三下を助け起こそうとしたのは柏木・アトリだった。
 「大丈夫ですか、三下君?」
 「だ、大丈夫じゃないです〜ぅ」
 綺麗な女性に優しく気遣われ、三下は己の人生において滅多にない事なので、このクソ寒い中にあってでれりとだらしなく表情を蕩けさせた。が、次の瞬間に再び吹いた突風に文字通り凍って、蕩けた間抜けな表情のまま、三下の顔面は強張ってしまった。驚いたアトリが、三下の両肩を掴んでぐらぐらと揺さぶる。
 「さ、三下さん!?しっかりして!」
 「大丈夫だよ、お嬢さん。彼の顔面の僅かな汗と産毛が凍っただけだから心配はいらんよ」
 雪の上で座り込んだまま凍った、三下の正面で膝を突いた京一が、穏やかな笑みをアトリに向けて頷いた。京一の言うように、三下の顔面の薄氷はすぐに体温で解け、ようやくと言った感じで三下は溜息を零す。
 「た、助かった〜…」
 「別に、凍ったまんまでも良かったんだぜ」
 先程の不機嫌のまま、辛辣な言葉を向ける正風に、相変わらず三下はヒドイです〜と泣きそうになっている。そんな三下の顔を覗き込んで、メイカがにこりと笑みを向けた。
 「三下さん。泣くとですね、また凍ってしまいますよ?」


〜純白の丘〜

 最近噂になっている、人の形をした雪の結晶を捜しに、このメンバーで探索に出掛けたはいいが、カレらの調査を拒むのか或いは歓迎するのか、一歩白水社ビルを出た途端、皆は物凄い吹雪に見舞われたのだった。近年にない大雪の影響で都市の交通網は完全に麻痺し、真っ白に凍て付いた街を歩く者はイヴ達以外には見当たらない。大粒の雪が降りしきり、あっと言う間に膝の辺りまで雪に埋もれながら、目指すは繁華街から少し離れた所にある、小さな丘だった。
 「目撃談が多いのはこの辺りでしょ、三下さん?」
 風と一緒に飛んでくる雪の粒を、手袋を嵌めた手で避けながらイヴが尋ねる。ぐるぐる巻きのマフラーに顔を埋めたままで三下は頷いた。
 「尤も、目撃談と言ってもアトラスのHPやゴーストネットの掲示板に書き込まれた情報ですから、信憑性は薄いかもしれません。それを書き込んだ人の特定も出来ませんでしたし」
 「ゴーストネットの掲示板は、良く通信経路が無茶苦茶になってしまいますものね」
 「そうなのかね?」
 京一の問い掛けに、メイカがこくりと頷く。
 「ゴーストネットの七不思議…と言う程のものでもありませんけど、時々起こる現象なんですよ」
 「ゴーストネットは、大抵はクズ情報ばかりだが、たまに結構な情報が紛れ込んでいる時もあるからな。流出元がバレちゃ拙い奴らもいるんだろう」
 「でもそうすると、人の形をした雪の結晶…って言う話、この噂自体も怪しいわね。出現場所どうこう以前の問題として」
 正風の言葉を受け継いでイヴが目を細める。そんなイヴの瞳を見つめたアトリが、
 「もしも本当にただの噂、嘘だったとしたら…その噂を流した人の目的は何なのかしら」
 小首を傾げるアトリに、京一がふむ、と自分の顎を指先で撫で擦った。
 「考えられるのは、その噂が蔓延する事自体が目的の場合。潰れそうだとの嘘の噂ひとつで預金者が殺到し、銀行業務がストップしてしまった時のようにね。だが、今回の噂にはそういった要素は感じられない故、目的はそれではないような気がしないかね」
 「で、なければ噂によって集まる人が目的とかな。場所を特定している点も怪しいが、行方不明者の話は聞かないから、それもまた違うような気がするな」
 「ただ単に、噂が広がる事自体が目的だったりはしませんか? 例えば、噂を広めたのが、元々あった伝説の地域に住む人、とか…」
 「その元々の伝説ってのもちょっと胡散臭いわよね。だって、死んだ人を悼む為に雪の結晶が人の形になる…って、素敵な話だけど、死んだ人の前にしか現われないなら、誰がそれを見たのかしら? どうしてその話が伝わっているのかしら?」
 イヴのツッコミに、先に言葉を継いだアトリが、つい自分の所為でもないのにスミマセンと謝ってしまう。イヴは笑って手袋を嵌めた手をひらひらと振った。
 「やーね、あなたを責めた訳じゃないわよぅ。ただちょっと気になっただけで…」
 「まぁ、噂だの伝説だのなんてーのは、所詮はそんなもんだろ。例えば、凍死者の身体に付いていた雪がたまたま人の形に見えた、そっから話が膨らんで伝説化した…と言うのも考えられる」
 「いずれにせよ、この話には何者かの作為的な何かを感じるな…悪意なのか、単なる遊びなのか、それはまだ分からんが」
 「それもこれも、実際に私達が、その雪の結晶を見る事が出来れば解決の糸口が開けるかもしれませんね」
 アトリがそう言うと、正風も京一も頷いた。
 「さて、そう言うことだから先を急ぐとするかね。さすがに東京では、そう簡単に凍死する事はないと思うが、用心するに越した事はないからね。行こうか、三下君。…おや」
 京一の、穏やかだが驚いたような声に、皆が一斉にそちらを向く。あら、と驚く女性陣に、呆れて額を押さえる正風。
 「…やけに静かだと思ったら…三下さん、また凍っちゃったんですか……?」
 心配そうに、頭に積もった雪を払い落とすメイカ、三下の眼鏡が凍って下に落ち、カツンと硬質な音を立てた。

 吹雪はイヴ達の行く手を遮るよう、ますます激しくなって視界を奪う。細かくさらさらの雪は、気温が低い所為だ。これが雨ならばバケツをひっくり返したような、と表現するのだろうが、そのバケツの中身は雪なので、それ程の水の量と激しさは感じられない。ただ、凍て付くような寒さに辟易してしまうだけだった。
 「大丈夫かね、三下君。また凍ってしまわぬように気をつけるんだよ」
 三下のお守り役を買って出たか、京一が先頭を歩く三下のすぐ斜め後ろから声を掛ける。三下が風除け雪除けの役目である事は変わりないのだが、奴に行き先を任せていれば遭難する事は必須、なのでその斜め背後から京一が方位磁針付きの時計で方角を確認、その後ろからメイカが、携帯電話から得た電子情報をエネルギー化して高密度シールドを作り、ある程度の視界を確保していた。この状態なら雪除け・風除けもいらないのだろうから、今の三下の本当の役目は、落とし穴とかがあった際に、その身を持ってその危険を知らせる事なのだろう。
 そんな苦労を(主に苦労をしたのは勿論三下だが)しつつも一向はようやく目的の丘に辿り着く。すると、今度はまるで皆を迎え入れるかのよう、吹雪はぴたりと止んで、後はただ粉雪がちらちらと舞い降りてくるだけになったのだ。
 「…何かしら、まるでわたし達の来訪を分かっているような感じね?」
 「もしこれも作為的な何かなのだとしたら、どこかにその本人が潜んでいるのでしょうか…」
 手袋をした手の平に、細かい雪の欠片を受け止めながら、イヴとアトリが言った。
 「どうだろうな…どこかから俺達の方を覗いている可能性もあるし、ここに誰かが足を踏み入れたらこうなるように細工してあるのかもしれん」
 「それに、この近くで見ているとは限りませんしね。ここの映像だけ別の場所に送って観察している…のかもしれませんよ」
 メイカが正風の後に続いてそう言うと、『さて、どうでしょう?』とでも言うかのように、一瞬だけ強く吹いた風がメイカの髪を吹き上げた。
 「いずれにしても、目的である雪の結晶が見られない限り、その背後にいる者の事も探れんな。…だが、どうすれば決勝を見る事が出来るのかね?」
 京一がそう言うと、ニヤリ。と言った感じでイヴが笑った。
 「伝説によると、雪の結晶は死に行く人の魂を悼んで…って事だったわよね? 残念ながらここでの目撃談には、その条件などについて書かれた物は無かったけど、でも同じ現象ならば、この場所でも同じような状況にすれば、見られるんじゃない?」
 それを聞いた途端、イヤ―――…な予感が三下の背筋を走った。そんな三下には目もくれず、正風もぽむりと手を打ち鳴らした。
 「ああ、なるほどな。方法が分からない限り、取り敢えずオリジナルの流れに従うと言うのは定石だからな。上手い具合に今日の寒さはまさにうってつけだしな」
 「……あの、…」
 そんなか細い声の三下に、ん?と皆がそちらを見る。
 「あの、ちょっと質問なんですが…伝説と同じ状況に、とは具体的にどのように…」
 「いやぁね、三下さんったら相変わらずニブいんだから!同じ状況って事は簡単な事よ!今にも死に行きそうな人を作ればいい、って事でしょお?」
 にっこりと邪気の無い笑顔でそう答えるイヴに、三下の片頬が強張って引く付く。
 「…で、ですね、その今にも死に行きそうな人、ってのは……」
 「勿論、あんただ。三下さん」
 ぽむ。と正風の手が三下の肩を叩いた。ぎゃー!と三下が頭を抱える。
 「や、やっぱりー!」
 「安心しろって、ホントの死体になっちまう前には助けてやるからさ?どうやら俺のアトラスでの仕事は、ライターと言う名の三下専用ボディガードっぽいからなぁ」
 実際に守るだけの価値があるかどうかは疑問だがな、と付け足した。
 「そ、そうですよ。ちゃんと私達も少し離れた所で傍に居ますから!」
 「…それでも僕が囮になること自体には賛成なんですね、メイカさん…」
 三下の弱弱しい訴えに、図星を刺されたメイカはにっこり微笑んで誤魔化した。三下は最後の希望とばかりに、京一とアトリの二人に縋りつく。
 「ね、何とか言ってくださいよ、京一さーん!人間には適温ってのがありますよね? アトリさん、皆を止めてくださーい!」
 「…で、でもね、三下君…これもオシゴトの一環だと思えば……」
 「…まぁ、医師の目で見て、本当に危険が及べば、即座に助け出せるように準備だけはしておこう」
 結局は誰も止めてはくれなかったのだった。がくり。と三下は肩を落として項垂れ、自分の身の不幸を呪った。


〜白皙の鏡〜

 三下が雪に埋もれ(と言うか埋められ)て数十分後。吹雪は止んだが寒気は着々と気温を下げ、降り積もった雪が溶ける気配は全く無い。イヴの精神干渉能力で半ば意識を奪われた状態の三下は、ほっとけば確実に凍死体となるだろう。実際、三下の意識は既に半分以上、ここでないどこかに飛び立とうとしているようだ。そんな時、ふとイヴ達の視界の中で、ちらちらと舞い落ちる雪の破片が、まるでそれ自体が蝶か何かの生き物のよう、一旦三下の身体に降り立ってから再び空へと舞い上がる、と言う不思議な現象が起き始めた。
 「あれは……?」
 「始まったみてぇだな」
 うつらうつらと夢と現実の境を行き来している三下の目にもそれは映った。その視界の中で雪の破片は三下の身体の上で自由自在に舞い飛び、やがて少しずつ固まり始めると、みるみるうちにそれは体長十センチ程の人の形になった。長い髪、すらりとした手足。純白以外には色の無いその雪の結晶は、見事に三下好みの美女へと姿を変えた。
 「あ…………」
 どがっ!
 「あ―――ッ!何するんですかっ、正風さんッ!!砕かないで下さいぃ〜!!」
 死の淵から一気に駆け戻ってきた三下が、がばっと跳ね起きて砕け散った美女の欠片を手の平で掬い取る。
 「どうせ紛い物なんだからいいだろ。ごちゃごちゃ抜かすなよ。それに、…やはり何かの気配を感じるぞ」
 美しい雪の結晶を躊躇いもなく粉々にした正風が、拳に付いた雪を払い落としながら言う。そんな彼に困ったように笑いながら、メイカも正風の言葉には同意をした。
 「そうですね、大変微弱ですが…生命体と言うか意識体と言うか、何かしらの存在は感じますね。もう少し電波状況が良ければ、トレースも出来そうなんですが…」
 そう言ってメイカは手にした携帯の、圏外とアンテナ一本の間を行き来している液晶画面を見た。その時、三下の手の平にあった結晶の残骸を覗き込んでいたアトリが、あっと驚いた声をあげた。
 「…これ、見てください!」
 「…結晶が、再び形を成していく……?」
 京一がそう呟いている間にも、三下の手の平にあった結晶の破片は、先程と逆の過程を辿って雪片に戻り、そしてまた違う形に変化し始める。今度は、三下好みの美女ではなく、どこかで見覚えがある人の姿になった。暫し考え、イヴは声もなくあっと口を開ける。この姿は、あの人…だが、どうしてこの雪の結晶は、今になって姿を変えたのだろう?
 「まるで鏡ね。それも、人の内面を写す鏡…対峙する、その人が心に思い描く人の容姿を、正確に写し出しているだけなんじゃないかしら?…」
 そう呟くイヴに、メイカがどうして?と首を傾げる。イブは、目の前で浮遊する雪の結晶から目を逸らさずに、その問いに答えた。
 「…うん、…これ、妖怪とか妖精とか、とにかく生き物ではないんじゃないかしら?わたしの声に応えないもの。…でも、何かの気配は感じるのよね…?」 
 ヘンね、とイヴが首を傾げる。すると目の前の雪の結晶も同じように首を傾げてみせる。その仕種は、イヴの仕種を真似ていると言う感じではないが、結晶自身の意志で行われた仕種にも見えなかった。
 「見る人の想いや気持ちに合わせてその形を変えるけど、それ自体は何ら意思を持たない。何かに誘導されて、その姿形をとっているだけ、って感じがしますね」
 イヴ達の周りを浮遊する雪の結晶を見詰めたまま、アトリが言った。その隣で見ていたメイカが、あっと小さな声を漏らす。
 「どうかしたかね、きみ」
 「この結晶から何かの波動を感じませんか?電磁波のような、何かのエネルギー波…さっきまでは感じなかったのに、今になって何かが放たれている気がします」
 「この結晶、得た情報をどこかに送る為のレーダーみたいなもんなんじゃないか?何を送っているのかはわからんが、途切れかけた人の意識か何かを探知すると本領を発揮する、とか」
 「そうね、探知した時に、その人が脳裏に思い描く人の姿を反映するから、逢いたい人の姿を取る…と言われてるんじゃないかしら?」
 「それじゃあ、やっぱりわざと噂を流していた人がいたって事ですよね?」
 三下の言葉に、京一が頷く。
 「そうと決まった訳ではないが、その可能性は極めて高いだろうね。何の情報を伝えたかが分からない以上、相手の目的も知れたものではないが」
 「では、これを誘導している人は、…死に掛けた人を捜しているのかしら?」
 アトリがそう言った途端、雪の結晶は不意に音もなく破裂し、粉々に砕け散った。すると、それまで感じていた波動もぷっつりと途切れてしまい、後は静かに粉雪が降り注ぐだけであった。


〜そして雪は融けず〜

 「さ、寒いぃぃいぃい〜………」
 調査を終えて白水社ビルへと戻ってきたのはいいが、さすがに、冗談でなく凍りかけた三下は、毛布に包まって赤々と燃えるストーブの前にあって未だガタガタと歯を打ち鳴らしている。そこへイヴが、お盆の上に何やら温かそうな湯気の立つ食器を幾つか乗せてやってきた。
 「はい、三下さん、ご苦労さまぁ。身体が温まるようにいろいろ作ってきたのよ?甘酒でしょ、おでんでしょ、うどんでしょ…」
 「あ、ありがとうございますぅ〜…って、イヴさんって料理、できましたっけ?」
 訝しげに首を傾げる三下に、イヴはアイドル・ウィンクをパチッと投げ掛ける。
 「最近、始めたのよ。やっぱりね、料理の一つや二つは出来ないとね?大丈夫、料理は愛♪よ!」
 「………そ、うですねぇ…」
 若干不安の残る三下であったが、それでも目の前で美味しそうな湯気を立てるホカホカ料理の魅力には抗えなかった。後、イヴの手料理を食して三下がどうなったかは不明である。


おわり。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 0391 / 雪ノ下・正風 / 男 / 22歳 / オカルト作家 】
【 1548 / イヴ・ソマリア / 女 / 502歳 / アイドル歌手兼異世界調査員 】
【 2165 / 梅田・メイカ / 女 / 15歳 / 高校生 】
【 2528 / 柏木・アトリ / 女 / 20歳 / 和紙細工師・美大生 】
【 2585 / 城田・京一 / 男 / 44歳 / 医師 】

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■         ライター通信          ■
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 これを書いている間中、碧川の住んでいる辺りではずっと雪がちらついてました。

 「何もライターにまで寒さを体感させなくったっていいじゃないか!(震)」

 …失礼致しました。
 大変お待たせいたしました、ライターの碧川桜です。いつもいつも同じ出だしではつまらないと思い、少し工夫してみました(そんなところに気を遣う位ならとっとと仕上げやがれ)
 イヴ・ソマリア様、いつもいつもありがとうございます!ホントに感謝してます。
 何とか寒い最中に間に合いました(笑) 色合いが白と黒と灰色しかないようなお話になってしまいましたが、如何だったでしょうか?寒々しい中にも凛とした感じを少しでも感じていただければ嬉しいです。
 相変わらずの遅筆ですが、これからもマイペースでやっていきたいと思いますので(向上心はないのか)よろしくお願いいたします(平伏)
 ではでは、またお会いできる事をお祈りしつつ…。