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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


持ち主求めて三千里

●序
 草間興信所に現れたのは、一匹の熊であった。否、熊と言っても見かけたら死んだふりをしなければならないとか、役所に連絡しなければならないとか、そう言った熊では決して無い。
 なんとも可愛らしい真ん丸の黒い目をした、テディ・ベア。それがご丁寧にノックし、草間興信所に入ってきたのだ。
「お邪魔します」
「……いや、お邪魔とかそういう事を言う前に、何か言う事があるんじゃないのか?」
 草間は呆然としながら、気持ちを落ち着かせようと煙草に火をつける。零はにっこりと笑い、テディ・ベアに珈琲を出す。
「あ、お構いなく」
「いや、だからな……ええい、何だってんだ!お前、熊のぬいぐるみだろう?」
 テディ・ベアはむっとして珈琲を啜る。
「失礼ですね。テディ・ベアです」
「で、名前は?」
「……熊太郎……」
 草間はそれを聞いた瞬間ぶっと煙を吐き出し、ごほごほとむせた。テディ・ベアの熊太郎は小さく溜息をつき、珈琲カップをソーサーの上に置く。
「お願いがあってきました。こう見えても、僕はテディ・ベアでして」
「見りゃ分かるけどな」
「持ち主である佳苗さんとはぐれてしまったんです。言わば、はぐれテディ・ベアですね」
「いや、はぐれていようといまいと、どうだっていいんだが」
 熊太郎の話によると、つい先日、佳苗は引越しをしたらしい。だが、その時にちゃんと積まれていた筈の熊太郎がカーブの拍子にぽろりと引越しトラックから落ちてしまったらしい。
「佳苗さんは、きっと泣いている事でしょう。しかし、僕はこの通りしがないぬいぐるみです。僕の力だけでは佳苗さんを探し出せないのです!」
 ふるふる、と熊太郎は体を振るわせた。草間は溜息をつき、ぼりぼりと後頭部を掻く。
「そうは言っても、お前は依頼料を払えないだろう?」
「払えますよ?」
 熊太郎はそう言って、自らのお腹についているチャックを下ろして中から3000円を取り出した。
「これしかないですけど……」
「どうやって手に入れたかは知らんが……まあいい。これだけでも良いって言う物好きがいるかもしれんからな」
 草間はそう言って張り紙を作成した。はぐれテディ・ベア捜索隊の募集を。


●集
 草間の呼びかけに対し、集まってきたのは総勢6人だった。意外に多い人数に、草間は呆れ、熊太郎は感動した。
「なんだってこの興信所に来る連中は物好きが多いかね……」
 草間はそう言って、溜息にも似た煙草の煙を吐き出す。
「み、皆さん!僕は……僕は……!」
 感動してうち震える熊太郎。中に電動モーターが入っているかのような、小刻みな動きだ。
「礼儀正しい熊さんね」
 にっこりと笑い、青の目を細めながらシュライン・エマ(しゅらいん えま)は言った。黒の髪をふわりと揺らしてその場にしゃがみ込み、熊太郎の前足をそっと握る。握手のつもりだ。
「どうぞ、宜しくね」
「こ、こちらこそあなたのような綺麗な方にお手伝いしていただけるなんて、光栄です」
 何故かもじもじと照れる熊太郎。
「おお、本当に動いてる!動いて喋るテディ・ベアなんて滅多に見れるもんじゃねーな」
 妙に感心しながら、影崎・雅(かげさき みやび)は言った。黒髪から覗く黒の目は好奇心いっぱいにしてキラキラと光っている。
「出たな、物好き一号が」
 ぽつり、と呟く草間。勿論、雅の耳に届いていない。が、突如くるりと雅は草間のほうを振り返ってにやりと笑う。妙にびくつく草間。
「タダ働きでも構わないぜ?どうせ、今日も貧乏してんだろ?」
「……び、貧乏は余計だ」
 どうやら呟きがばれていない事を確認し、草間は少しだけほっとした。
「もう、雅兄さんってば失礼ですよ!」
 雅の隣から、影崎・弥珠希(かげさき みずき)がひょこっと出てくる。雅と同じ黒の目だが、こちらは真っ直ぐな光を持っている。弥珠希は皆を見回し、茶色の髪を揺らしてぺこりと頭を下げる。
「いつも兄がお世話になっています」
 弥珠希は頭を下げた後、熊太郎の方を向いてにっこりと笑う。
「熊太郎さん、大丈夫ですよ。佳苗さんはきっと見つけてあげますから」
「有難う御座います」
 ぺこりと頭を下げる熊太郎。互いに頭を下げあう、不思議な光景だ。
「ふむ……」
 それをじっと見ていた護堂・霜月(ごどう そうげつ)は小さく口元だけで笑う。網代笠から覗く銀の目が、きらりと光る。草間は何か不吉なものを覚えて思わず口を出す。
「頼むから、熊殺しとかこれを使ってするんじゃないぞ?」
「流石に何度もやると飽きますからな」
「何度も……?」
 訝しげな草間に、霜月は一枚の写真を取り出して見せる。オーロラの下、倒れた熊を誇らしげに見下ろす霜月の姿が映っている。草間は「まさか」と呟き、霜月を見る。霜月はにやりと笑い、写真をそっと懐にしまった。
「……この依頼、無償で受けさせて貰います!」
 拳をぐっと握り締め、天樹・燐(あまぎ りん)は力説した。さらりと流れる黒の髪に、いつもならばもう少し穏やかな光を持つ黒の目は、今はメラメラと意欲に燃えている。
「もしも……もしも、ですよ?この依頼に失敗したらうちに来ませんか?妹も弟も今は家にいませんから、大歓迎ですよ?」
「……お気持ちは嬉しいのですが、失敗の話をされるのはちょっと」
 熊太郎は嬉しいのか悲しいのか複雑な気分になる。万が一の行き場があるのは嬉しいが、失敗の話をされるのは何となく悲しい。
『すまぬな……我が主は人騒がせなだけで、決して悪気はないのだ』
「白帝……?」
 喋る長刀のフォローになっていないフォローに、燐は笑顔で威圧した。
「わーい、しゃべる熊さんなのー」
 きゃっきゃっと嬉しそうに、藤井・蘭(ふじい らん)は熊太郎をぎゅっと抱きしめた。緑の髪が熊太郎にふわりとかかる。
「あ……あのう、少し苦しいのですが」
「ごめんなさいなのー」
 慌てて蘭は熊太郎を抱きしめる手を緩め、銀の大きな目で熊太郎を再び見る。そしてまたにっこりと笑う。
「熊太郎さん、迷子なのー?」
 直撃だった。熊太郎の動きが完全に止まり、ガタガタと小刻みに震え始めた。蘭はそんな事は気付かずに口を開く。
「持ち主さん、きっとかなしいのー」
 第二撃。熊太郎は蘭の腕の中で悲しそうにしょんぼりした。
「大丈夫なの!ぼくもお手伝いするのー」
 励ますかのように、蘭は断言した。しょんぼりしていた熊太郎に、少しだけ元気が戻った。
「じゃあ、何でもいいから教えてくれないか?熊太郎の覚えている限りの事を」
 雅が言うと、熊太郎は不思議そうに首を傾げる。
「覚えている事、ですか?」
「そう。落ちた場所とか、引越しトラックだとか、佳苗さんの事とか……前の家の場所だとか」
 シュラインの言葉に、熊太郎は動きを止めた。そして俯き、ぷるぷると小刻みに震えたのだ。
「先ほどの質問の中で、お教えできるものはただ二つしかありません」
「何じゃと?」
 霜月が尋ねると、熊太郎は恥ずかしそうに後頭部を前足でかく。
「落ちた場所と佳苗さんが可愛らしく優しい方だと言う事。この二点だけです」
「それ、答えになっているかも怪しい気がするんですが」
 弥珠希が思わず突っ込む。
「ともかくー。落ちた場所に行ってみるのー」
 蘭は熊太郎を抱き上げ、ぴょんぴょんと飛んだ。
「や、やめて下さい。綿が飛び出すじゃないですか」
「やはりテディ・ベアはテディ・ベアか……」
 妙に感心する雅。
「やっぱり、うちに来ませんか?」
 燐が妙に真顔で熊太郎に言うのだった。


●会
 草間興信所からあまり離れていない通りで、熊太郎は「ここです」と言って道路に降り立った。それまでは、弥珠希が抱いてここまで来たのだ。燐が隣で「次、私ね」と言うのを聞きながら。
「ここで、僕はトラックから落ちたんです」
 熊太郎が立ったのは、T字型交差点だった。人通りも少ない、住宅地の中。これならば、突如トラックからテディ・ベアが落ちてきても、その時誰も通っていない可能性が高い。熊太郎の説明によると、トラックが右折した拍子に落ちたのだと言う。
「右折って事は、こっちよね?」
 シュラインはそう言って曲がったと思われる方を指差す。熊太郎は小さく頷く。
「恐らく、そっちだと思います。何せ、僕が意識を持ったのはトラックの音が遠くなってしまった時でしたから」
「それまでは、意識を持っていなかったんですか?」
 弥珠希が尋ねると、熊太郎は微笑む。苦笑、に近い。
「僕は佳苗さんに大事にされてきました。その愛情分、意識を持ちえたんだと思うんですが……それは危機に陥らないと発動しない類のものだったようです」
「ふうむ、なかなか難しい言葉を使うのう」
 霜月が妙に感心し、こくこくと頷く。
「いえいえ、お恥ずかしい限りです」
 何故か照れる熊太郎。
「つまり、お前さんの前に住んでいた家も分からないって事か?」
 雅が言うと、熊太郎は照れたように「ええ」と頷いた。
「僕の持っている記憶は、愛情を下さった佳苗さんの事と、自分の置かれた状況だけです。それまで何処にいたか、どういう地名の場所にいたのか……そういった情報は持ち得てないのです」
 熊太郎はそう言い、溜息をつく。
「ひっこしトラックさんも覚えてないのー?絵とかー」
 蘭が尋ねると、熊太郎は暫く「そうですね」と呟き、「ああ!」と叫ぶ。
「そう言えば、兎の絵が描いてありましたね。佳苗さんが好きそうな可愛らしい兎でしたよ」
 熊太郎はそう言い、ごしごしと目を前足でこすった。出る筈のない涙でも、佳苗を思い出して出てきたのだろうか。
「じゃあ、ここら辺りでそれぞれが熊太郎さんの元住んでいた場所を探しましょうか。で、30分後にここにまた集合と言う事で」
 燐が提案すると、皆が頷いた。
「私は引越し屋さんをあたってみるわ。兎のマークなら、ラビット運送でしょうし」
 シュラインが言うと、蘭が元気良く手を上げる。
「僕も聞くのー」
「じゃあ、一緒に引越し屋さんに聞いてみましょうか。確か、支店が近くにあった筈だから」
「はいなのー」
 そうして、30分後に、と約束して皆は分かれた。熊太郎は、じゃんけんの結果、燐が抱いて移動する事となった。
「……うちにくる事にすれば、簡単なんですよ」
 再び、燐が熊太郎を抱いたまま呟く。熊太郎はびくりと体を震わせる。
「まあまあ、熊太郎さんも怯えているみたいですから、そういった事はあとにしましょう」
 にっこりと笑い、弥珠希が嗜める。燐は仕方なく「そうねぇ」と答える。その様子を見ていた雅が、ぽん、と弥珠希の肩を叩く。
「弥珠希、その思った事を何でもぽんぽん言うのはやめた方がいいぞ」
「え?何がですか?」
 きょとんとする弥珠希に、思わず霜月は呟く。
「悪気がないというのも、恐ろしい話じゃのう」


●和
 霜月は熊太郎の落下地点の近くにある電信柱の上にいた。
「おお、流石に眺めが良いですな」
 こくこくと頷き、霜月はにやりと笑った。眩しい日光は、網代笠が遮断してくれる。
「さて、と」
 霜月は呟き、落下地点をもう一度見る。かなりの高さがあるのだが、霜月は何も気にしていない。高所恐怖症でも持っていよう者ならば、酷く叫び声をあげながら卒倒しそうな風景であると言うのに。
「ここが落下地点ですから……車の速度は……」
 きょろきょろと標識を探すと、時速40キロまで、とある。
「これをきちんと守っているかどうかは謎なのですが……」
(まあ、仮にこれを守っていたとしましょう。ここまで無事に熊太郎殿が運ばれてきたというのならば、急な曲がり角が無い一本道か……)
 すっと道筋を見つめる。
(それか、緩やかな曲がり角しかないでしょうな)
 ふと仰ぎ見ると、雅がいた。雅はなにやら少年と話しており、何故か少年は泣きそうになっていた。
「……どうしたんですかな?」
 それから目線を逸らして目を凝らすと、弥珠希がいた。弥珠希は誰もいないはずの場所に向かって話していた。よくよく見ると、男の霊がいるようだが。
「寄り道ですかな?」
 さらに見ると、燐が熊太郎を抱いて嬉しそうに歩いていた。何となく、羨ましい。
「まあ、それは置いておきまして……」
 霜月は頭の中でおおよその距離を測る。車の速さと、道筋を。
(熊太郎殿はどれくらい揺られていたんですかな?)
 惜しむべきは、熊太郎の意識がはっきりと認識されたのが、落下してからだと言う事だ。
(でもまあ……おおよそですが分かりますが)
 急なカーブも無く、揺られていく道。そうして辿り着く事の出来る家は、一見だけだった。霜月は電信柱を蹴り、屋根に飛び移る。そうして、次から次へと屋根に飛び移っていく。
「しょーとかっと、じゃ!」
 妙に嬉しそうに呟きながら、霜月は言った。途中、何人かの子どもに「お坊さんが飛んでる!」と言われたが、それは一緒にいた親によって否定されたから大丈夫であろう。常識で考えても、普通ならばお坊さんは飛ぶものじゃない。何人もの親が、優しく子どもに「気のせいよ」と言っていた。
(まあ……坊主が飛ぶのもまた一興かもしれませぬし)
 どこまで本気かは分からないが。ともかく霜月は目をつけていた家に辿り着いた。
「ここですな……」
 表札には『平本』とかかっている。中は真っ暗で、カーテンすら引いていない。誰も入れないようにビニールテープがしてあるが。
「そこは、引っ越されましたよ」
 近所に住んでいるのか、女性が家を覗き込んでいる霜月に教えてくれた。
「そうでしたか。……それで、何処に行ったか分かりますかな?」
「隣町に引っ越したって聞きましたけど……何かご用事でもあったんですか?」
 聞かれ、霜月は暫く考えてから口を開く。
「……説法を聞きたいと聞いておりましてな」
「まあ」
 霜月の言葉に、女性は苦笑する。
「良かったら、私に聞かせてくださらないかしら?」
 霜月が見目麗しいのを見て、女性が上目遣いで尋ねた。霜月は手を振り、「いやいや」と言ってから続ける。
「残念ながら、私は順番を気にするのです。先に平本殿に頼まれたので、平本殿が終わってからにいたしましょう」
(苦しいですかな)
 霜月は苦笑する。が、どうやら女性も何とはなく納得したようだ。
「では、今度必ず来てくださいませね」
「はあ、またいつしか」
 霜月はそう言い、その場を後にする。今度は、屋根伝いに行かずに。
(いつかという日は、絶対にこないのですぞ)
 ふと霜月はそう思い、くくく、と苦笑した。相手もその程度に思っている事だろう。よもや、ずっと霜月が来るのを待っているわけでもあるまい。苦笑したまま、霜月は再び集合場所へと向かうのだった。


●正
 30分後、再び熊太郎の落下地点に皆が集まった。そして、話を総合すると、佳苗という少女が5歳くらいであること、苗字が平本であること、現在は隣町にいるということ、という事が分かった。
「じゃあ、隣町に行ってみるか」
 雅がそう言うと、シュラインと蘭を除く皆が賛同する。二人は顔を見合わせ、蘭が熊太郎を抱っこし、その間にシュラインが皆を集めて口を開く。
「実はね……引越し屋さんに『もし見つかってもそちらで処分してくれ』って言ったらしいの」
「それって……熊太郎さんが用無しだということでしょうか?」
 弥珠希が言うと、皆が顔を見合わせる。ストレートすぎる。
「弥珠希……言葉はもっと考えて」
「違いましたか?」
 雅の言葉にも、きょとんとして弥珠希は言う。本人に悪気がない分、どうも調子が狂ってしまう。弥珠希自身がほんわかした雰囲気をまとっている為、そこまで気にはならないが。
「そうなると……行かない方がいいのかもしれませぬな」
 ううむ、と霜月が唸る。
「でも、行きましょう。熊太郎さんには、それを含めて真実を知る権利があるはずですもの!」
 燐がぐっと拳を握り締めながら言った。皆も頷く。ここで打ち切ったとしても、きっと熊太郎は納得しないだろうから。
「行きましょう、皆さん」
 燐が言う。蘭はそれに気付き、とてとてと近寄る。
「行くのー?」
 妙に不安そうな蘭に、シュラインは苦笑する。頷きながら。

 隣町に行くと、今日引っ越したばかりという家がすぐに見つかった。電車で移動したのだが、その近くに妙にトラックが集まっていた家があったからだ。そしてその家の表札には『平本』とある。
「か、佳苗さんです!」
 熊太郎が突如叫んだ。見ると、玄関先に少女が立っていた。にこにこと笑い、両親と話している。
「皆さん、有難う御座います!これで僕も……」
 熊太郎は向かおうとしたが、皆神妙な面持ちで事の成り行きを見守っていた。熊太郎もその雰囲気に気付き、様子を窺う。よく見ると、にこにこと笑う少女の腕には、別のぬいぐるみがいたのだ。可愛らしい、テディ・ベア。熊太郎とは少し違う、だが同じテディ・ベア。
「佳苗さん……」
 呟く熊太郎を霜月はそっと懐にしまい、6人は平本一家に近付く。
「今日ご引越しされたんですか?」
 シュラインが尋ねると、父親が「ええ」と頷く。
「可愛らしい熊だな、嬢ちゃん」
 雅が言うと、佳苗は「うん」と頷く。
「お名前は、何と言うんですか?」
 弥珠希が尋ねると、母親がそっと佳苗に「どうするの?」と聞いた。
「まだ、決まってないのかのう?」
 霜月が尋ねると、佳苗は「ううん」と言って首を振った。
「どういう名前なのー?」
 蘭が聞くと、佳苗は「熊次郎!」と答えた。
「あら……次男さんなんですか?」
 燐が聞くと、佳苗は少しだけ寂しそうに笑って頷く。
「あのね、熊太郎は旅に出たの。お父さんとお母さんが、言ったの。でもね、佳苗は泣かないの。またね、熊太郎が帰ってきてくれるかもしれないから」
 佳苗はそう言って熊次郎を抱きしめた。
「その間、熊次郎がいるの。だから、佳苗は泣かないの!」
 霜月の懐の中で、熊太郎が震えた。6人は頭を下げてその場を後にした。暫く言った所で、霜月は懐から熊太郎を取り出す。熊太郎は体を丸め、小刻みに震えてた。
「……僕、嫌われた訳じゃないんですね」
 ぽつり、と熊太郎は呟いた。熊太郎を思っているからつけていた、熊次郎という名前。
「戻っても、大丈夫そうよ?」
 シュラインが言うが、熊太郎は首を振った。
「いいえ、僕がここで帰っても仕方ないんです。佳苗さんは僕がこうして動いている事を知りませんし……」
「いいじゃないか。珍しくて」
 雅が言うが、熊太郎は首を振る。
「熊次郎という存在もいることですし」
「二人で仲良くすればいいんじゃないんですか?」
 弥珠希が言うが、熊太郎は首を振る。
「それは出来ません。僕はきっと、佳苗さんを独占したくなりますし」
「帰らないのー?」
 蘭が心配そうに言うと、熊太郎はそっと頷く。
「ならば、家にいらっしゃったらいいです。どうでしょう、私も長生きですし、宜しければ砂になる迄いらっしゃってもいいんですよ」
 にっこりと笑って燐が言うが、熊太郎は前足を振る。
「それはできません。僕はきっと、佳苗さんとあなたを比べるでしょう。それでは、あなたにも佳苗さんにも失礼ですから」
「ふむ……それで、どうするのじゃ?」
 霜月の言葉に、熊太郎は震えていた体をしゃんとし、立ち上がった。既に、日は傾きかけている。熊太郎は夕日を見つめ、前足で目をごしごしと擦った。
「僕は、旅に出ようと思います。どうするかは分かりませんが……旅に」
 そう言って、熊太郎はゆっくりと歩き始めた。それから振り返り、皆の方を向いて深く礼をした。思わず、皆も礼をする。熊太郎は最初は少しずつ歩き、それからだっと走り始めた。全ての思いを断ち切るかのように。


●結
 三日後。草間興信所に再び熊太郎は現れた。普通に零に珈琲を出され「どうも」と言いながら啜る。草間は半ば呆れながら煙草の煙を吐き出す。
「それで……何故ここにいるんだ?旅に出たと聞いたんだが」
「それがですね、僕を見ると不思議そうに子どもが寄ってくるんですよ。そして、様々な疑問を残していくんです。言わば、相談役ですね」
 熊太郎はそう言って、珈琲カップをソーサーに置く。
「それで、僕は考えたんです!子どもの相談役として、解決に導く橋になろうと!」
 草間は呆気にとられ、危うく煙草を落としそうになる。零は思わず笑っている。
「それで……報酬はどうする気だ?」
「ああ、これで」
 熊太郎は再び胸についているファスナーをあけて、100円玉を取り出した。子どもからの相談料なのだろうか。
「……またタダ働きをさせる気なんだな」
 草間は大きく溜息をつく。そして、諦めたように「で?」と尋ねる。
「何を調べて欲しいって?」
「空飛ぶ坊主の噂の真相です。……まあ、きっと三秒で解決しそうですけど」
 熊太郎がそう言うと、草間は「あー」と言って電話を手に取った。6人に連絡をとるために。

<真相解明と言う名の再会を待ちわび・了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 0843 / 影崎・雅 / 男 / 27 / トラブル清掃業+時々住職 】
【 1069 / 護堂・霜月 / 男 / 999 / 真言宗僧侶 】
【 1957 / 天樹・燐 / 女 / 999 / 精霊 】
【 2163 / 藤井・蘭 / 男 / 1 / 藤井家の居候 】
【 2198 / 影崎・弥珠希 / 男 / 16 / 高校生+安楽寺影の住職 】

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■         ライター通信          ■
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 お待たせしました、コニチハです。霜月玲守です。この度は「持ち主求めて三千里」に参加いただき、有難う御座いました。ほのぼのとした感じになっていますでしょうか。
 今回「熊太郎」というキャラクターの存在が出てきました。こういう結果となりましたので、また機会があれば登場するかもしれません。因みに、最初に熊太郎が三千円を持っていた理由は……謎のままで。平本父のへそくり案も考えたんですけど、きっと皆さんならもっと面白い想像をして下さると信じて。
 護堂・霜月さん、いつも有難う御座います。今回「熊殺し」の話題が出ると思いませんでしたので、妙に嬉しかったです。ああ、それとハッキングを出来なくてすいません。ハッキングをする護堂さんも書きたかったのですが、話の都合で割愛させて頂きました。
 今回の話も、少しずつですが個別の文章となっております。捜査する所のみですが……。宜しければ、あのあたりだけでも読み比べてくださると嬉しいです。
 ご意見・ご感想等心よりお待ちしております。それでは、またお会いできるその時迄。