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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


『人形師の思惑は永久に』
【10日前】
 その日は激しい雨が降る夜だった。
 深夜の国道。
 フロントガラスに叩きつける激しい雨。
 滝のように流れる雨にワイパーはほとんど意味をなさない。
 ノイズのような激しく降る雨の雨音に、抵抗するように車内には今をときめく人気絶頂のアイドル歌手イヴ・ソマリアの歌が流れていた。
 運転手の永井誉人は長年片思いをしていたゼミ仲間の河合京子を助手席に座らせてご機嫌だ。
 この雨をどうにか利用して彼女をホテルに連れ込む算段をしている。
 そして河合京子も、家が病院を経営しているこの永井という男をどうにか自分のモノにするべく、タイミングを狙っていて、そして車がホテル街の方向へと向かっているのを確認すると、挑発的なまでに短いミニスカートに衣擦れの音を奏でさせながら、足を組み替えた。
 暗い車内でもその肌の白い魅力的な足はいや、だからこそ、誉人の理性をどうにかさせてしまうものであった。彼の意識は完全にそちらに行ってしまう。
 そしてそれがそう、3人の運命の分岐点の始まりであったのだ。

 そう、3人の・・・

 誉人の目が、妖艶に蠢く京子の太ももにいき、ハンドルを持つ左手も、そちらへと向かった瞬間に、車に衝撃が走った。
 誉人は咄嗟にブレーキを蹴るように踏み込む。
 制限時速50キロの激しい雨が降る夜の道を90キロ近く出して走行していた車は、死霊の叫び声かのようなブレーキ音とサスペンションの悲鳴かのような音をあげさせながら雨に濡れたアスファルトの上をたっぷりと30メートルほどスリップしてから、ようやくとまった。
 車内にはただ場違いなぐらいまでにイヴの歌が流れている。
 誉人にも、京子にも、声は無い。
 二人ともただ真っ青な顔で、呆然と虚空を眺めているだけだ。焦点の合わぬ目で。
 二人とも悟っていた。
 車に走った衝撃に、
 罅の入ったフロントガラスに、
 全身を襲った悪寒とグロテスクな感触に。
 そう、この車は人を撥ねたのだ。
「う、うるぅううるわあぁぁぁぁぁーーーーー」
 人形のように固まっていた誉人は獣かのような叫び声をあげる、エンストしていた車のエンジンをかけなおし、そして思いっきりアクセルを踏み込んだ。
 京子は血相を変える。
「ちょ、ちょっと、待ちなさいよ?! あんた、なにやってんのよぉ?」
「う、うわぁ、なにやってるって、俺が轢いた人を助けないとぉ」
 京子は車のサイドブレーキを引き上げた。
 ロックされた車がアスファルトの上でスリップする。
「なにやってんだよぉ?」
 誉人が叫んだ。
 そして京子は完全に我を忘れている誉人の頬をびんたし、そして彼の唇に自分の唇を重ね合わせて、濃密なディープキスをした。
 誉人はただ何もわらずに目を見開くばかり。
 そして唇を離した京子は、拳で自分の唇をぬぐうと、言った。酷薄に。
「あんた、馬鹿? あのスピードよ。即死に決まっている。だからもう逃げるのよ」
「だ、だけどどうせぇ」
 日本の警察はなんだかんだ言って優秀だ。現場に残した車の残骸で必ずに自分に辿り着くはずだ。何よりも根が小心者の彼にはそれが耐えられない。
 そう、だからこそこの男を一生自分の言いなりにするべく京子は言った。
「大丈夫よ。うちの父は車の修理工だから。だから父に言って、極秘裏にこの車をスクラップにしてもらえばいい。もちろん、スクラップにした日は今日よりも前日だって。大丈夫。大丈夫よ。あなたはあたしが守るわ」
 彼女はそう言って、誉人の唇にまたキスをした。そして、誉人はその悪魔の囁きに負け、悪魔と契約する。
 車は猛スピードでそこから立ち去ってしまった。

『人形師の思惑は永久に』

「う〜ん、編集長…お願いします。没はやめてください。経費が足りません。えっ、取材費を自費だなんて…」
 などと三下忠雄が仕事にはシビアな美貌の女上司である碇麗香の悪夢にうなされていると、突然携帯が鳴り響いた。
「……は、はい…って、あ、おはようございます。編集長。…へ? パソコン」
 パソコンを起動させる。言われた通りネットに繋ぎ…
「**美術館から、人形師海道薫の最後の人形が盗まれる、って…これって編集長……」
『ええ、そうよ。江戸末期に活躍した天才人形師海道薫、最後の人形のテーマは永遠に動き続ける人形。そのために彼はその人形にある魔性の細工をした。それはその人形が絶えずさ迷う人の魂を呼び寄せ、そのボディーにその呼び寄せた人の魂を宿らせるということ。そしてその目論見は成功した。人形には人の魂が宿り、人形は動き出した。そう、その魂の体となった。そして色んな事件を引き起こしたわよね。想いを遂げて人形に宿っていた魂が成仏しても、次の魂がまるで順番を待っていたかのように空席となったその人形に即座に宿るから…永久に動き続ける人形…海道薫の願いは叶った』
 三下は魂が群がる人形を想像して、ぞくっと鳥肌がたって、椅子の上で体を丸めた。実は彼は先々月号の時にこの数十年ぶりにある素封家の蔵で発見されたその人形(人形には呪符によって封印がされていた)の取材をしたのだ。(その時に人形に怒り、憎悪、悲しみ、喜びなどがブレンドされたような異様な雰囲気を感じて気絶してしまったのは碇には秘密だ)
「だ、だけど、この人形が消えたって…まさかW大学の大月教授がナンセンスだって呪符を剥がしたせいで人形に魂が宿って…それで人形がって言うかその人が想いを成就させるために消えた……?」
『ええ、そうね。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。とにかく面白いネタには違いないわよ、三下君。さっそくこの現世に蘇った魂が宿る人形が紡ぐ物語を調査してちょうだい』

【act1 視線】
「いやー、イヴちゃ〜ん、今日も綺麗だねー。おじさん、もうメロメロだよぉー」
「やだぁー、重野ディレクターったら、上手いんだから〜♪」
「いや、ほんとほんと。だからイヴちゃん、今日もたのむよぉー」
「ええ、わかってます」
 わずかに小首を傾げさせて、揺れた青色の髪の下にある美貌ににこりと微笑みを浮かべるイヴに、ADの青年が声をかける。
「それじゃあ、イヴさん、リハ行くんでよろしくお願いします」
「了解」
 イヴはべたべたと体を触ってくる番組ディレクターから逃げるようにステージに上がっていく。
 階段を上りながら彼女は軽く舌打ちをした。
「ちぃ。っとに、あの人はエロ親父なんだから」
 先ほどまでのぶりぶりとしたかわいらしい感じではなく、ささくれだった感じの声。しかし実はそれが本物のイヴであった。だけどまあ、そういうのは芸能界では多々あること。
 ステージに立つ。
 少し眩しく熱く感じる照明。
 前方に陣取るスタッフ陣。
 にこにこと笑いながら、がんばれ、と唇を動かすマネジャー。
 彼女はそれらすべてを緑色の瞳に映しながら、小さく息を吸い込む。
 心臓がワルツを踊るこの感じ。
 心地よい緊張感。
 ぴーんと研ぎ澄まされた現場の空気。
 いつまで経っても慣れる事の無いこの感じがイヴは何よりも好きだった。
 静かに始まる曲の前奏。
 小さく息を吸い込み、
 全身でリズムを感じる。

 わたしの歌。わたしの魔法。届け、わたしの想い。

 イヴは想いを歌声に乗せて、歌う。
 とても気持ちよさそうに。
 だけど・・・
「????!!!!!!」
 ずきっと胸が痛んで、全身の毛が怖気だった。まるで頭上に静電気をたっぷりと含んだ巨大な下敷きを持ってこられた時のようだ。
(なに、この感覚は?)
 それは視線。
 妬み、
 怒り、
 憎悪、
 憂い、
 そして胸が切なさに引き千切れそうになるぐらいの悲しみ。
 それになんだ、この全身を襲う激痛は?
 イヴは周りのスタッフが戸惑いの声をあげるのも構わずに視線を感じる方へと振り返った。そこにそれはいた。

 体長約40センチぐらいの人形。
 幼い女の子が好んで持ちそうなかわいいフリルのついたピンク色のドレスを着た人形だ。
 だが、そのせっかくのかわいらしい姿も、黒髪の下にある瞳に宿る暗い感情が台無しにしていた。

「これはまあ、随分とわたしに対して挑戦的な感情を抱いているようね」
 イヴはくすりと笑う。
 そんな彼女の周りにたくさんのスタッフたちが集まってきた。
「どうしたの、イヴ? どこか体の調子が悪いの?」
 心配そうなマネージャーに彼女は笑って答えた。
「あ、ううん、なんでもないの。その、実は歌詞が飛んじゃって」
 彼女は頭を掻きながらそう言う。
 周りのスタッフは苦りきった表情をした。
 マネージャーは少し目をきつめに細めて、
「飛んじゃってって、何を笑いながら言っているの、イヴ? あなたはプロの歌手なのよ。そんな事でどうするのぉ?」
 と、くどくどと説教を始める。
 その彼女に。ディレクターが苦笑いしながら言った。
「あー、いいからいいから。種村ちゃん。じゃあ、イヴちゃんのリハの順番は最後に回すから。それでいい?」
「あ、はい。すみません」
 マネージャーとイヴは同時に頭を下げて、スタッフは急遽変わったスケジュールに応対するために大慌てで散っていた。
 頭を下げたままのイヴはぺろりと舌を出している。
「ほら、イヴ。あなたは迷惑をかけた分、ちゃんと歌詞を頭に叩き込むのよ」
 マネージャーは自分の分の歌詞をイヴに渡す。その歌詞はぼろぼろだ。そのぼろぼろの歌詞にイヴは少し胸が痛んだ。
「ごめんなさい」
「いいから」
 マネージャーはにこりと笑う。
 その彼女の笑みに、イヴは故郷の魔界にいる姉を重ね合わせてしまった。
「ごめんなさい。すぐに歌詞を叩き込んでくるから」
 イヴがそう言って慌てた動きでくるりと振り返ったのは、瞳から涙が零れそうだったからだ。
 そして、イヴは人形がいた舞台裏へと向かった。
 しかしそこには人形はいない。
「何処に行ったのかしら?」
 イヴは小首を傾げながら、舞台裏の更に奥へと入っていき、
 そしてそのイヴに天井の方で剥き出しになった配管の上に隠れていた人形がハサミを両手で持って、彼女に踊りかかったのは、ちょうどイヴの周りに誰もいなくなった時だった。

【act2 人形の中の新人アイドル】
「死んじゃぇーーーー」
 人形はイヴに襲い掛かる。
 その人形は確かに自分が持つハサミがイヴの白い首に走る頚動脈を突き破り、そして彼女がその傷口から噴水のように赤い血を迸らせながら死ぬのを幻視した。
 だが、
「そんな・・・?」
 人形は驚いた声をあげた。
 と、言うのも、確かに自分の軌道上にいたイヴがしかし、いなくなっているからだ。
 そしてなにか言葉には表現しにくい・・・到底、常識では理解できないような感覚が空気を媒介にして空間に広がったと想った瞬間、ハサミが突き刺さった廊下に影が落ちた。
 人形はハサミから手を離して、廊下に舞い降りると、上を見上げた。
 そこにはとてもムカツクような人を嘲きった嘲笑を浮かべるイヴがいた。
「どうして?」
 人形は吐き出すように言う。
 イヴは軽く肩をすくめて、誇るでもなく言った。
「空間移動したのよ」
「あんた、一体何者?」
 イヴは双眸を冷たく細める。
「あんたこそ、何者よ? どうしてわたしを殺そうとしたの?」
 そう言った瞬間に、人形の中で何かが切れたようだった。
「何者? 何者って何よ? あんたは私がわからないの? 私は私よ。ええ、そうよ。この新番組のミュージックエデンでアシスタントとして出るはずだった女よ。だけど私は死んじゃって・・・ええ、そうよ、死んでしまったのよ。ねえ、あんたにわかる? 私がここまで辿り着くためにどんなに苦労したか? 下げたくもない頭を下げて、罵声や嘲笑にも耐えて・・・ちやほやされて苦労知らずのあんたには考えられないような小さな地方会場だってせっせとまわった。客なんか誰もいない時だってあった。それでもめげずに私は自力でレッスン代を稼いで、がんばってがんばってがんばってそしてここまで来たのよぉーーーーー。それがどうしてこんな事に・・・」
 まるで壊れた玩具のように両手を振って、ヒステリックに金切り声で叫ぶ彼女。
 その心を満たす悲しみに憎悪、嫉妬、そういったものすべてを彼女は迸らせる。
 そう、確かにこんなにも苦労に苦労を重ねて、そして掴み取った未来を目前で奪われた彼女はどんな事をしたって成仏なんかできるわけがない。
 テレパシー能力。
 何もそれは分身だけで扱えるものではなく、イヴは誰にでもテレパシー能力を発動させることができて・・・
 そしてイヴは見た・・・

『おい、なにやってんだぁ。おまえ、才能ねーよ』
『すみません。がんばりますから、がんばりますから、がんばりますから、だからもう一回だけチャンスをください』
 そう、あなたは絶対に諦めなかったのね。歌手になる夢を・・・

『ねえ、もう諦めて、家に帰ってきなさい。お母さん、おまえが心配で、心配で』
『ごめん、母さん。だけど私、夢を諦めたくないの・・・』
 母親に心配をかけて・・・母親を泣かせて、平気なわけがなかった。

『由美、決まったわよ。今度始まる、新番組のアシスタントの仕事』
『ほんとに?』
『ええ、本当に。おめでとう、由美。これまでがんばった甲斐があったわね。さあ、二人で一緒にがんばるわよ。打倒イヴ・ソマリア。雑草組みの根性を見せてやりましょう』
『うん』
 そう。本当に嬉しかったのね。夢が叶って。

『ああ、母さん。そう、決まった。決まったのよ、新番組の仕事が。この仕事でいいところをアピールできれば、そしたら私も人気が出るから。うん、実はCDの話も事務所の社長さんが力を入れてくれるって。うん、あのね、お母さん、私のわがままを聞いてくれてありがとう。私、がんばるから』
 本当に、本当に嬉しかったのね。

 だけど・・・
 殴るように降り付ける激しい雨。
 最悪な視界。
 わたしは(精神がシンクロしている人形の中にいる新見由美の視点)ずぶ濡れになって家路を急いでいる。
 道路を横切るわたし。
 そこに猛スピードで突っ込んできた車。
 訳がわからない・・・
 ただ、気づいたらわたしは宙を舞っていて、
 そしてアスファルトに叩きつけられて、
 広がっていく血の水溜りの中から、走り去っていく車に手を伸ばして・・・
 行かないで・・・
 行かないで・・・
 行かないで・・・
 助けて・・・
 私を、
 助けて・・・
 死にたくない・・・
 死にたくない・・・
 死にたくないよぉーーーーー

 ぽろりとイヴの頬を涙が伝った。
 由美はただ無機質な瞳でそれを見上げていて、
 そしてイヴは由美を抱きしめる。
「辛かったね。哀しかったね。苦しかったね。悔しかったね」
 イヴは言う。
 ただ抱きしめられるままだった由美はイヴをぎゅっと抱きしめる。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
 そしてイヴに由美は謝った。

【act3 母へのメッセージ】
「それでは今日のラストを飾るのは、人気絶頂のアイドル歌手 イヴ・ソマリアさんです」
 司会のモリタの陽気な声に誘われるかのようにイヴが出てきた。
 マネージャーはその彼女を見て、心配そうに顔を曇らせる。
「やだ、あの娘。まだ調子が悪いのかしら?」
 マネージャーがそう想ったのは、イヴががちがちに緊張しているからだ。
 さらには彼女は次に起こったことに驚いた。
 なんと、スピーカーから流れてきた曲がイヴの歌うはずの音楽ではないからだ。
 それはまったく見も知らぬ曲だった。
「これは由美ちゃんの・・・」
 隣でディレクターがぽろりと火の付いていない煙草を落として言った言葉に訝しげに眉を寄せたマネージャー。
 しかし、もはやどうしようもできない。
 この番組は生番組だ。まさか、ステージに行ってイヴを問いただすこともできない。
 彼女は小さくため息を吐いて、まさかの時は辞表を書く決意をした。だけど彼女の顔にはいささかも悲壮感はない。あるとしたらそれは懐かしそうな笑み。そう、だって今のイヴはまるで十数年前の苦労に苦労を重ねてようやく歌番組に出られた・・・何度も何度もテープが擦り切れるぐらいに見たブラウン管の中の懐かしい歌手時代の自分そっくりだったから。
「忘れていたわね、そんな事・・・」
 彼女はぽろりと涙を流した。
 
 そして遠くの地で涙を流している人物がもうひとりいた。
 それは由美の母親だ。
「これは・・・この曲は・・・」
 それは生前に娘が踊るような嬉しそうな字で書かれた手紙と一緒に贈ってきたCDの曲だった。
 それが今、テレビで流されている。
 きっとおそらくはこのテレビを見ている人たちはこの歌を歌っているのはイヴ・ソマリアだと想いこんでいるに違いない。
 だけど彼女だけは知っていた。
「由美。由美なのね、由美、あなたは・・・」
 寝込んでいた彼女は、夫が止めるのも聞かずに、布団から這い出して、テレビに抱きついて、幼い子どものように泣き出した。
「由美。由美。由美」
 そう、彼女は確信していた。これは由美だ。だって、何度も何度も何度も聴いたCDと同じ歌い方、リズムの取り方だもの。何よりも・・・

『いい、お母さん。覚えておいてね。初めて出る番組で、お母さんにだけわかるメッセージを贈るから。それはね・・・』

「由美・・・」
 そう、ブラウン管に映るイヴは確かに由美と自分しか知らないはずの手話のような手の動きをずっとやっている。

 お母さん、見てる? ありがとう。

 そして・・・
「お母さん・・・」
「ゆ、ゆみ」
 彼女の耳朶を打った二つの声。
 夫と、由美の。
 振り返ると、そこには由美がいた。
 由美はにこりと母親に微笑み、そして、空間に溶け込むように消えて、
 そして夫は妻を抱きしめた。
 母親は夫の腕の中で幼い子どものように泣きながら、娘に誓った。
「母さん、がんばるからね」

 トリックはこう。
 テレパシー能力を扱って、分身の制御権を由美に与えた・・・つまり人形から意識だけをイヴが作り出した分身に移したのだ。
 そして由美はイヴの分身の体を借りて、夢を・・・母との約束を叶えた。
 本物のイヴは、由美に変装して、両親の前に現れた。

 テレビ局の屋上。
 降るような夜空の下で、イヴは人形から開放されて、天へと昇っていく由美の魂を見送る。
「ありがとう、イヴさん」
「ええ」
「ねえ、イヴさん」
「ん?」
「私の分までがんばってね。私の夢を代わりにあなたが叶えてね」
「ええ」
「がんばって」
「うん、ありがとう」
 そして由美は成仏した。

 それを見送ったイヴは、涙をぬぐうと、薄い笑みを浮かべた。
「さてと、じゃあ、もう一つのお仕事をしましょうか」

【ラスト】
 誉人と京子はラブホテルにいた。
 京子は煙草を吸いながら、ベッドの上でまるくなっている誉人を冷たい目で見ている。
「ったく。しょうもない男ね。たかだかあれぐらいの事で使い物にならなくなるなんて。そんな使い物にならないモノなんていっそう切ってしまって、身も心も女になってしまったら。女々しいあんたに・・・いや、女に対しても失礼か。ったく、情けない奴」
 京子は紫煙を吐きながらけたけたと笑った。
 と、部屋の照明が突然に瞬いた。
 京子は眉を寄せて、舌打ちをする。
「ちぃ。っとに、冗談じゃないわね」
 京子は舌打ちすると、携帯電話で、ボーイフレンドのひとりを卑猥な言葉で誘って、このホテルの前にまで迎いにこさせる約束をさせると、下着を付け出した。
 その彼女の腰に、誉人は怯えたように抱きつく。
「いやだ。いやだよ、京子。俺を独りにしないで」
「いやよ」
 京子は誉人を突き飛ばした。
「あんた、馬鹿じゃないの? なにを怯えきっているのよ? たかがあんなことで。車も処分したんだから、警察にばれるわけが・・・」
 と、そこで京子の口が止まった。
 誉人は不思議そうな顔をして、自分の背後を見たくもないのに、しかし本能的に振り返ってしまって、そして・・・
「ぎゃぁーーーーーーー」
 悲鳴をあげた。
 彼はベッドからずれ落ちる。
 そしてベッドの脇に立っていた、頭蓋骨が見えるほどにぐちゃぐちゃな傷を負ったその血塗れの女は、笑い・・・

 数時間後、ラブホテルの支配人に病院に運ばれた永井誉人と河合京子は完全に精神崩壊を起こしていたそうだ。
 
 そして、由美の変装をといたイヴは満足そうに微笑みながら、狂った誉人と京子を乗せて走り去っていく救急車の赤いテールランプを眺めていた。




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 1548 / イヴ・ソマリア / 女性 / 502歳 / アイドル歌手兼異世界調査員


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、イヴ・ソマリアさま。
いつもありがとうございます。
ライターの草摩一護です。

さてさて、今回のお話どうだったでしょうか?
今回のは以前、シチュエーションノベルをご依頼していただけた時に教えてもらったイヴさんのイメージに基づき書いてみたのですが?
弱者に優しく、自分に敵意を持つ者や害をおよぼす者には非情な彼女。
由美に優しくする事で、彼女の両親の前に現れることで、イヴの優しさを、
そして誉人と京子に由美の復讐をするところに彼女の非情さ(優しさでもありますよね)を感じていただければ、作者冥利に尽きます。
これを読んで、うん、待たされた甲斐があったと想っていただければ幸いです。^^

それにしても本当にラストが少し黒い話になってしまいました。
それでもそれが似合うのはイヴさんだからこそです。
彼女の優しさと非情さのこの感じが一番のイヴ・ソマリアの魅力であり、
そして今後もまた書かせていただけたらそれをテーマ―にしたいなーと想っております。^^

それでは本当にありがとうございました。
失礼します。