コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


鏡と子ネコの冒険日誌

 彼女たちに許されたスペースはほんの二畳ほど。
 そこから一歩でも出れば、回りは全て質の悪い幽霊というあまり置かれたくない状況だった。
「ごめんね、私が行こうって言った所為で」
「雫ちゃんの所為じゃないよ、それにみんなが気付いてすぐに来てくれるから」
 発端はいつものように怪奇現象が好きな雫が手に入れた情報。
 旧校舎にある何かを封印している鏡には、死んだ人の姿が映るという噂。
 すぐに行ける距離と、放課後という時間が雫を向かわせる理由には十分だった。
 けれど何かがあってはいけないと同行すると言ったのが三日月リリィと、帰るところを呼び止められたメノウ。
 彼女が同行していなければ、リリィと雫ははもっと酷い状況になっていただろう。
 それほどにこの旧校舎にいる何かは、よくない物の固まりのようだった。
「結界は張りましたので、動かない限りは問題はありません」
「よかった……」
「メノウちゃんが居てくれて助かったわ」
 雫を落ち着かせるようにリリィが抱き締めるすぐ後ろでは、メノウが黒板や床に何かを書き込んでいく。
「今の内に説明しておきます。校舎ごと壊す事も考えましたが、あまり強い力を使うと鏡が旧校舎に張っている結界が崩壊します」
「そうすると?」
「この鏡は周囲の怨霊を取り込む役目をになっていたようですから、中にいる物が一斉に出てくるか……もしくは取り込もうとして私たち事飲み込んでしまうか。どちらにせよ無事ではすみませんので」
 メノウがリリィの携帯に何かを書き込んで、差し出す。
「連絡を取ってください、出来るだけ手短に」
「ありがとう、メノウちゃん」
「いいえ、私は結界を広げるのに集中させていたたきますから」
 慣れた番号を押すと相手は慌ててこっちに向かうと言っていた。
「もうすぐだから、頑張ろうね」
 パチリと携帯を閉じながら、きっと今頃心底慌てているに違いないと、そんな事を考えた。

【光月・羽澄】

 慌てた様子で連絡を受けた羽澄はりょうにまず落ち着くように言う。
 はっきり言って動揺のために行っている事が解らないが、大変だと言う事だけしか伝わってこないのだ。
「不安なのは同じよ、気持ちは解るけどりょうが落ち着かなくてどうするの」
『わ、わかった……』
 それからは羽澄の的確な質問のおかげで、解っている事はきちんと聞き出す事が出来た。
「他にも知りたい事はあるから、先に付いたら解る事から調べて置いて」
『あ、ああ』
「まずは先生に許可を取って、旧校舎に近い場所に集まれるところを作ってもらって。それから旧校舎とその付近の地図もあったらよろしく。あとは事件が大きくなりそうな気もするから人も集めたほうがいいわね」
 短時間でいささかやる事は多いぐらいだったが、ジッと待っているより何かした方がいい気がしたのだ。
 だからもちろん羽澄の方でも情報は集めておくつもりである。
「後は……リリィちゃんは私が前に渡した鈴持ってると思う?」
『ああ、きっと持ってると思うぜ』
「良かったわ、それならすぐに場所が解ると思うから」
『そっか、助かる。あ旧校舎に近いとこの職員室貸して貰えたからそこでな』
「解ったわ、じゃあ後で」
 電話を切り、羽澄も学園へと向かった。

 ■1

 ここに集まったのは、メノウとリリィの保護者でもある綾泉汐耶と盛岬りょう、ナハトも既に人の姿で同席している。
 そしてりょうに呼ばれたのが光月羽澄とシュライン・エマ。
 そしてリリィと同じように、メノウが力を用い、雫が呼び寄せたのが榊船亜真知と硝月倉菜。
 今はこれで全員と言いたいところだが、もう一人。
 響カスミ。彼女はどう考えてもこの件には不向きだ、いまもその事を物語るかのように閉じこめられた少女達の原因を聞くか聞くまいかオロオロしている。
 聞いたらきっと、噂の通りに気絶するに違いないから、そっとしておいたほうがいいだろう。
「警察は呼ばなくていいんで、先生は落ち着いてください」
「でっ、でも……そのっ」
 埒が明かない。
「わあっ!」
「きゃーーーーーーー!!??」
 りょうの一声でカスミは緊張の糸が切れたのかあえなく気絶。
「酷い事するわね」
 目を回して倒れたカスミを受け止め多量に、羽澄が半眼で忠告。
「いいだろ、時間無いんだし」
「きっと覚えてないでしょうし」
「それもそうね」
 汐耶とシュラインがカスミをソファーに寝かし、上から毛布を掛けておく。
「少々強引な手段ですが、このほうがよろしいですわね。こちら側の世界は、あまり知らなくてもよろしい事ですから」
 物静かな口調に潜む亜真知の言葉は、紛れもない事実。
 この東京の、この学園には知らなくていい事なんてきっとたくさんある。
「早くみんなを助けてあげないとね」
 シュラインに同意し、羽澄が崎補とたんんでいた事をりょうに尋ねる。
「校舎の地図は見つかった」
「ああ、ここに」
 取りだした地図で何処にいるか、最短距離を選択しようとしたところに倉菜が待ったをかける。
「私でしたら今すぐに模型作れるますから、立体的なほうが行動しやすいと思います」
「そう、じゃあお願いね」
 地図を見てから、倉菜は目を閉じ手を何もないテーブルの上へとかざす。
 意識を集中させるだけでテーブルの上に透明な校舎の骨組みが作られ、部屋ができ、壁が作られていく。
 早送りで作り出される校舎は最後に意識を集中させると色が付き窓から見える旧校舎そっくりに作られた。
「出来ました」
「凄いわね」
 本当に良くできている。
 木造作りの校舎は、3階建てで文字に例えるのならカタカナの『コ』の様な形状。
「私が聞いた話では鏡がある場所に行くまでは何か条件が必要だとか」
「条件……もう少しヒントがあればいいですが」
「そうね、全部を捜すには意外に広いし」
 校舎の模型をのぞき込み、亜真知が何かに気付いたようだった。
「ここ、少しおかしくはないですか?」
「そう言えばそうね」
 地図と比べて、奇妙な配置で壁に区切られている箇所がある。
 場所にすれば、三階のちょうどコの字の先端の向かい合ったような部分。
「どちらかに居そうですね」
 気配を探るも、怨霊の気配や何かが妨害しているらしく上手く位置をつかめない。
「少し待って」
 羽澄が窓を開き、旧校舎見下ろし意識を集中させる。
 前にリリィに鈴を渡したから、強すぎる怨霊や何かの気配の中から自分が知っている方へと意識を集中させる。
 異なる振動。
 例え回り重を気配でかき消されていたとしても、遠くか近いか程度は十分に解る。
「ここから奥の方。そこにリリィちゃんはいるわ」
「そうか……」
 これで何処にいるのかは解った。
「分けたほうがいいかしら、戦力が別れるのは危険だけど……」
 シュラインの意見はもっともだ。
「私もそれに賛成です、別れた方が怨霊が固まる事はないと思いますから」
「それに、もう片方の部屋も気にかかりますし」
「そうですね。助けたら合図して、もう片方が脱出するまで引き寄せると言う事で構いませんな」
 倉菜の言葉に全員覚悟も決めておく。
 優先するべきは、人命だ。
 意見がまとまったところで、羽澄が鈴を取りだし全員に配る。
「お守り代わりよ、よかったら持ってて。合図に出来るから」
「ありがとうございます」
「他には、何かある?」
 シュラインの手の中で、リンとなる鈴。
「では一つ聞いて置いて欲しい事が」
 亜真知が調べた事をかいつまんで説明し始める。
「元々旧校舎が会った土地には、気の流れの強い土地だったそうです。 そこで何か儀式めいた事を行ったようで、手に負えず封印したものと思われます」
「今集まってる怨霊は?」
「恐らくは気の流れに引かれてきたか、眠っている物の封印が溶けかけたことで気配に引かれてきたかのどちらかと」
「この際ですから、キッチリ封印する成り片を付けるなりしておいたほうがいいですね」
「そうですね、多少は荒事になっても、補修できますから」
「解ったわ、じゃあ行きましょう」
 そして、作戦スタート。

 ■2

 まず雫、リリィ、メノウが居る方へ向かうのが羽澄と汐耶、そしてりょうとナハト。
 そしてもう一方に行くのは確かめたい事、やりたい事があるというシュラインと倉菜と亜真知。
 出来るだけ手短に住ませたつもりだが、思っていた以上に時間は経過していたらしい。
 校舎内に漂っている怨霊の類が数を増し、何かに憑依し腐食していたり共食いを始めより力をましている。
 出来るだけ刺激したくないのだが、これでは実力行使も使わざるを追えない。
 校舎を前に、ぞわりと泡立つような気配。
 体の芯から冷えるような感覚に気合いを入れ直し、校舎を見上げる。
 結界が目に見えるほどにまで具現化して、その下にある木で出来ているはずの校舎がまるで生き物のような……羽化する直前のさなぎを見ているような気がした。
「急いだ方が、いいですね」
「そうね、早く行ってあげないと」
 汐耶とりょうは、自らがこちらに来たいと言って選んだのである。
 理由はあきらか。
 普通に見える汐耶も、見て動揺してると解るりょうも同じく。
 やっぱり心配なのだ。
「きっと、今頃待ってるだろうしな」
 ちなみに、建物も怨霊と混じりつつあるから、あまり大きな技は使わないほうがいい。とは亜真知からの忠告。
 それをしっかり意識してから、りょうを先頭に三人で一気に暗い建物の中へと駆け込んだ。
 前は羽澄とりょうに任せ、汐耶は横や背後から来る物を消滅させていく。
「集まってきたけど、全力出さないでねっ」
 軽く壁を焦がしそうになっているりょうに、羽澄がオーバーキルだと忠告を入れる。
 他に注意しながら、全体的に狙うのではなく、その個体のみを的確に狙らう様子はまだまだ余裕だと言うことだ。
「解ってるよ、建物が危ないって事だろ!?」
「そうじゃなくて、帰りもあるからペース配分に気を付けてくださいと言う事です」
「無駄が多すぎるわ」
 汐耶と羽澄の二人から一斉に言われ、澁い顔をする。
 確かに能力完全な制御が出来ていない事が今解ったところで、どうにもならないものは本人が解っている事だろう。
 けれど今は焦りがある分、余計に力が入りすぎている。
「わーってる。行きは俺らにまかせてろよ、封印の時何があるか解らないし」
「それもそうね、だから……ここは私たちに任せて」
「では、よろしくお願いします」
 羽澄の能力でなら、こうして話しているだけでも力は行使できるが……今は相手が相手であるだけにより集中しておきたい。
 りょうの背後から、目の前にいる怨霊の類へと意識を注ぎ、歌を奏でる。
 紡ぐは言霊。
 降りそそぐ光は消滅を呼ぶかけら。
 暗い廊下に赤と青の色彩がきらめき、触れる霊を焼いていく。
 靴音まで全て利用した、無駄の全くない動き。
「すっげ……」
「盛岬さん」
「あ、ああ、わりぃ」
 いつの間にか追い越されていたりょうが羽澄を慌てて追いかける。
「あんま先行くなって、怪我とかしたらどうすんだよ」
「心配してくれるの、ありがとね」
「あのなぁ……」
 微笑む羽澄に、りょうがため息を漏らすがどちらも手を抜いている訳ではない。
 階段を駆け上がり、廊下を通り……思っていたほど時間をかけずに到着できたのは幸運だっただろう。
「ここからが問題ですね」
「どうやって向こうに行ったかって事だな」
 怨霊は羽澄とりょうに任せ、汐耶は何か通路がないかと辺りを調べる。
 これもまた、向こうに部屋があると解れば意外に簡単に見つかった。
 先に通っていたおかげでもあるだろう。
「……ここでしょうか?」
 汐耶がしゃがんだ目の前には、子供一人が通れるような小さな穴。
「それでしょうね」
 子供でなければ通れない。
 シュラインは言っていた、その部屋に行くためには何か条件があると。
 雫もリリィもメノウも、全員小柄だ。
「……俺、絶対無理なんだけど」
「見れば解るわ」
「私も、少し辛いですね……」
 無理をすれば通れない事はないかも知れないが……その間無防備すぎる。
「結局は他の手を考えないと駄目ね」
「それなら、上を通るのはどうでしょうか?」
 屋根づたいでなら、行動も余り制限されない。
 上に昇る時と足下に気を付ければいい。
 近くの窓を開けると、外の霊は内部の物よりもずっと力の弱い物のようだった。
「行けそうだ」
 りょうが最初に上がり、大丈夫だと合図を送り手を伸ばす。
 窓の外は林に面していて、ちょっとした急斜面で落ちたら危険だ。出来るだけ下を見ないように……けれど注意はしながら上へと昇る。
 念のためと、窓にはこちら側から開ける細工をして閉じておく。
「後は……」
「待ってください」
 歩きかけたりょうを制止、汐耶が携帯を取り出す。
「誰から?」
 その疑問も解らないではなかった、何しろ今は携帯が通じない箇所にいるのだから。
 相手はと言うと……。
「メノウちゃんです」
「へ?」
「大丈夫、そう、よかった……今近くにいて、え? 他にもいる?」
「どういう事?」
 疑問に思ったが、話が終わるのを待つ。
「とりあえず、すぐにそっちに行くわ」
 そうして電話を切り、顔を上げる。
「私たちが向かってる間に、直接校舎に行った子が他にいたみたいです」
 御影瑠璃花と海原みあおと楠木瑠璃花の三人。
「………増えたな」
「でもそのおかげで連絡できたみたいで……」
「とにかくおりましょうか」
「そうですね」
 今度は汐耶、羽澄の純でおり……開いて貰った窓から中へとはいる。
「お姉さん」
「頑張ったわね、メノウちゃん」
 汐耶がそう言いながら、メノウの髪を撫でる様子は微笑ましい。
「みんな、怪我とか無い」
「はい、大丈夫です」
「もちろんっ!」
「よかったーーー」
 ホッとした様子の女の子達に安心している中、りょうが最後に降りてくる。
「リリは……」
 屋根にぶら下がり、窓枠から降りかけたりょうを慌てて止めにはいる。
「待って!」
「動いちゃダメです」
「とまってっ」
「窓! 窓!!」
「へっ……わっ!?」
 突然しまりかけた窓を、りょうが足で止める。
「ああ……危なかった」
「……どういう事だ?」
 怪訝な表情のまま、りょうはそう尋ねた。


 話をまとめると、今まで出れなかったのはドアが勝手に閉まり閉じこめられた状態にあった訳なのだが。どうやらドアだけではなくこの旧校舎全体が、一つの生き物のようになっているそうだ。
 よってドアを壊せば同時に校舎全体に被害が及び、入れ物が無くなってしまえば中にいる怨霊の類は全て外に出てしまうと言うわけである。
「窓は平気だと思うのですが……」
「そうならないって可能性、無いしね」
「可能性の一つとして、入ってきた箇所が開かなくなると言う事もあり得ますから」
 なんにせよ、不安は少なく保険は多いに越した事はない。
「と言う訳みたいだから、りょうはそこにいてね」
「わーったよ……」
 つっかえ棒代わりにされているりょうは置いといて。
 雫がここに来る前に見つけたのだという地図をみせて貰う。
 ここに来る前に解っていた事だが、今いる場所とその反対側。そして地下にもう一カ所印が付けてある。
「鏡は、三つあると考えたほうがいいみたいですね」
「シュラインさん達にも言っておくわ」
「まあ、他の方も来ていらっしゃるのですね」
 結構大事になっているのかも知れないと、瑠璃花やみあおは顔を見合わせた。
「後でどうするか考えないとだね」
「そうだよね」
 茉莉奈もそこに加わるが、今はそれどころではない。
「所でさっき言っていた鏡は?」
「これです」
 汐耶の問いに、メノウが鏡を指し示す。
 特にこの鏡が破損はしていないところを見ると、どうやら問題があるのは他の二つの鏡どちらかだろう。
「シュラインさん達の方でも色々あったみたい」
 電話を切った羽澄が、簡潔にあった事を説明する。

□□□

 シュラインと亜真知と倉菜が部屋に付いた時に見たのは鏡と……可愛らしい三毛の子ネコ。
 三人の姿に気付いたらしくナァと一鳴き。
「……悪い気配はしませんが」
「かといって、普通のネコとも思えないけど……」
「ここを護る式神のようですわ」
 亜真知が子猫の方に手を差し伸べてそっと微笑む。
「こんばんは、少しお話を聞いてもよろしいですか?」
「ウニァ〜」
「構わないそうです、ご安心なさってください」
 意思は通じているようで、亜真知の通訳で子猫から詳しく話を聞く。
「儀式をしたと言うお話は先ほど説明いたしましたけれど、詳しく知っているようです」
 そしてまた一鳴きしてから、亜真知一通り話を聞いてから短くまとめる。
「どうやら三つの鏡を回る事で封印の役割をはたいていたそうですが、一つが倒れてしまったようです」
 ここにあるのは無事だから、倒れたのは他二つの内どちらかだろう。
「同じように結界を張り直したほうがいいのかしら」
「でも鏡では危険な気もしますね」
 結界を張り直しても、また何かの切っ掛けで崩れたら同じ事の繰り返しだ。
「それでしたら、封印の方法は同じ事をして循環させるという方法をとっていますから、まったく同じでなくても構わないのではないでしょうか?」
「鍵と一緒ね、他がやらないような事」
「そうなりますね」
 三という数字で他が出来ない事と言えば、直ぐに出来そうな事がある。
「音を封印にすると言う事は可能でしょうか」
 シュラインに倉菜に羽澄。
 この三人でなら、きっと他には絶対に出せない音を作る事も可能だ。
「試してみる価値はありそうですね」
「でしたら一度鏡の結界を解いて……様子を見ながら張り直すと言う事に致しましょう」
 後は鏡のある場所に行って、どうタイミングを合わせるか。
「向こうには羽澄ちゃんが行ってるから……私が三つ目に行くわ」
「大丈夫ですか?」
「ナハトもいるし、サポートと合図はお願いね」
「わかりました、ではそちらはお任せします」
 羽澄に連絡を取らなければならないのだが、向こうは大丈夫だろうか。
 そんな時にタイミング良くかかってくる電話。
「はい、もしもし?」

□□□

 おおよそ向こうの状況は解った。 
「会わせるのは可能だから……でもシュラインさんは大丈夫?」
 音がどうのではなく、心配なのは三つめの鏡に行くまでと言う事。
『平気よ、ナハトにも来てもらうから……心配だったら誰かに来てもらって』
「でしたら私が行きます」
「私も行きます」
「わたくしもお役に立てる事があると思うので、ご一緒させてください」
 汐耶に続き、メノウと瑠璃花も行くという。
「そう、ありがとう」

 ■3

 部屋に残ったのは羽澄とみあおと茉莉奈と雫とリリィにりょう。
「窓はもういいわ」
「そう、だな………」
 鏡の回りに集まり、準備が整うのを待つのだが。
 後は倉菜が職員室のマイクでヴァイオリンの音で浄化をすると言っていたのだが……。
「なんだか増えてるよね?」
「みあおもそう思う」
「気のせいじゃないみたいね」
 それぞれが顔を見合わせ、思った事を口にする。
「俺は何もしてないぞ」
「何も言ってないでしょ」
「それ以前にそんな事言ってる場合じゃないと思う」
 羽澄とりょうの二人で庇いつつ数を減らしていく。
「今から鎮めるとかも……むり、かな」
 今茉莉奈が落ち着かせようと試みても、流石に量が多い上に凶暴化してきている。
「あっ、もしかしてスピーカー壊れてるとか」
 雫がスピーカーを指さし、続いてみあおが。
「それからこれもだと思うよー」
 みあおと雫がネットの掲示板で外と連絡を取っていたらしい。
 話によると……擬似的に作り出した正常な気という物は、海に開いた穴のようなものであり、陰の気が集まりやすくなるのだそうだ。
 そこで他では浄化されている霊がスピーカの音の届かないここに逃げ込んでいるとしたら……。
「つまり人数が増えたり減ったりしたから、ここがその状況って事ね」
「ここは怨霊の避難場所って事かよ!」
 理由が解れば悪循環である事間違いなし。
 怨霊にしてみればここにいるメンバーは間違いなく極上の餌だ。
「うーん、大ピンチ?」
「軽く言ってる場合かなあ?」
 まだそれほどではないとはいえ、この教室に際限なく入り込んでくるのである。
 移動しないほうがいいと思ってみあおや茉莉奈はここにいた貰ったのだが……まずかったかも知れない。
「大丈夫か?」
「誰か呼んだほうがいいかな?」
 全員の安全を考えるならその方が良い。
「そうね、そのほうが……っ!」
「羽澄っ!」
「大丈夫。かすりそうになっただけだから、今の内にお願い」
 出来る事なら集中したいから歌をそろえる前に来てもらいたい。
 逆に言えばそれさえ持てばなんとでも出来る。
「みあおも手伝うよ!」
 集中を高め、使ったのは幸運。
 これできっと最悪の事態だけは起こらないはずだ。
「スピーカー直せないかな」
「やってみようか!」
 自分に出来る事をしたい、そう思い茉莉奈と雫。
「あんま無理すんなよ!」
「りょう後ろっ!」
「ーーーっ!?」
 振り返り様になんとか炎で焼き払い事なきを得るが……さばきれなくなっている。
「みあおちゃんと茉莉奈ちゃんはリリィちゃんと雫ちゃんをお願い」
「うんっ、こっちは任せてっ」
「無理しないでね!」
 念を押してから、羽澄とりょうは増え続ける怨霊を払うのに集中する。
 その間にリリィがシュラインと倉菜に連絡を取り、茉莉奈と雫がスピーカを覗く。
「どう、雫ちゃん?」
「ちょっと配線が切れてるだけ見たい」
 治せない事もないが、時間との勝負。
 フタを茉莉奈に渡して腕を命一杯伸ばす雫を茉莉奈が支える。
「もう、ちょっと……」
 けれども、その時間はどう考えても無防備だ。
「私がおとりになるっ!」
「なっ、ちょいまてっ!?」
 止める間もなくみあおは窓に駆け寄り、開いた窓からヒラリと外へと身を躍らせる。
「おいっ!」
 飛び出したみあおの姿が真っ白なハネを背に持つ女性のそれへと変わり空へと舞い上がった後をおいかけて怨霊のいくらかを引き寄せていた。
「駄目だよみあおちゃん!」
「みあおっ!」
 後は追えない、ここで羽澄まで行ってしまったらさばききれないだろう事は明らかだ。
「戻って……っ!」
 声を上げた事でフラリと崩れかけた体勢をリリィが支える。
「まずいよ、これっ!」
「大丈夫だから……」
「何処が平気だ!」
 迷ってる暇なんか無い、空中戦を演じている天使は今は無事だが……みあおの体力を考えるとあの飛ばし具合では長くは持たないように感じられた。
「くそっ!」
 窓枠に足をかけたりょうを一斉にしがみついて止めに入る。
「何やってるのよ!」
「りょう止めてっ」
「羽澄はここに残れ、やる事あるだろ。俺も引き寄せて数減らすから。安心しろ、全部とまでは行かないかも知れないけど、大体持ってける」
 確かにそれは可能かも知れない……。安全を考えるならそれも手だという事はよく解る。
「リリは任せ……うわっ!」
 既におびき寄せる手はとっていたらしい、集まった怨霊事窓の外へと落ちていく。
「りょう!?」
「ーーーーっ!」
 下でなんとか着地して走っていくのが見えた。
 確かに怨霊の数は減ったけれど……。
「バカッ!」
 刹那の間窓の外を見送ってから、自分が屋根事の覚悟を決めて鏡へと向き直る。
「大丈夫? 羽澄ちゃん」
「平気よ、苦情は後。今はやる事に専念するわ、みんな怪我とか無いわよね」
 鏡が何ともない事を確認していると、窓枠にパサリと羽音。
「みあおちゃん! 良かった、無事で」
 スッといつもの姿に戻ったみあおがぺたりと床に座り込む。
「うん、だいじょうぶ」
 疲労しているが、無事である事にホッとする瞬間。
「ーーーーっ!」
 再び、窓に気配。
 それはとても強い陰の気。
「みんな、下がって……」
「羽澄ちゃん無理しないで!」
「あ、えっと………!」
 僅かに迷ったが、茉莉奈も一度雫が一人で平気だと確認してから、羽澄の肩を支える。
「わ、私もがんばるからっ」
「……ありがとう」
 前に立つ茉莉奈に、羽澄はなんとしてもここを守り抜くと覚悟を決め、まっすぐに窓を見据えて立ち上がる。
 その時。
「無事か?」
 窓のヘリに立ったのは、ナハトだ。
 どうやら……陰の気が強いために怨霊と混ざって解りにくくなっていたのか。
 あっけにとられるも、羽澄とみあおがナハトに駆け寄り下を指す。
「りょうが下に降りたわ、行ってあげて」
「追っかけられてたから急いだほうがいいよっ」
「解った」
 すぐに後を追うナハト、これで恐らくは大丈夫だろう。
「……羽澄ちゃん、みあおちゃん怪我は大丈夫?」
「はー……びっくりしたー。みあおはへいきだよ」
「私は平気よ、雫ちゃんと茉莉奈ちゃんは?」
「私も大丈夫、直りそう雫ちゃん?」
 確認を取り合い無事を確かめ合う。
 後はスピーカーが直って均一に行き届いてくれれば楽になるのだが……。
「んっと……」
「………?」
 茉莉奈の連れているネコのマールが、雫の肩にトンと飛び乗り配線に近づく。
「あっ、ダメだよマール」
「どうしたの?」
 危ないと茉莉奈がマールを抱き上げようとした瞬間。
 スピーカーから流れる音楽。
「……………」
「にゃぁ」
 なんて誇らしげ。
 繋いだままの電話から、心配そうな声がかかる。
「あ、こっちは平気で……はいありがとうございます。りょうも大丈夫みたい」
 これで一段落付いた事は確かなのだが……全員無言のままその場に座り込んだ。


 一段落している間に、今度こそしっかりと封印をかけ直さないとならない。
 今度こそ解ける事がないように、そのためにはタイミングが重要だ。
 離れた三カ所で寸分の狂いもなく同じ行動を取る事が重要なのである。
「時計も合わせたから、あとは同じ早さで唄えばいいのね」
 倉菜が演奏できなくなるから、合わせるとしたら頼りは携帯電話だけだが……音に関しては3人揃ってエキスパートだ。
 何も問題はないだろう。
「頑張ってね」
「準備は大丈夫?」
「何時でもいいわ」
 羽澄がうなずき、リリィが何時カウントダウンが始まっても平気なようにジッと時計を見つめ、みあおと茉莉奈、雫もジッとそれに見つめていた。
 羽澄だけは、集中が高まっていて落ち着いた様子である。
「5秒前、3.2.1……」
 秒読みちょうどで羽澄が歌い始めた。
 鏡の封印から、形の見えないはずの歌が封印へと変化していく。
 同じ早さ。
 同じ音程。
 寸分来るわぬ音色は旧校舎をゆっくりと巡り、螺旋のように循環し上昇している。
 二度と聞きく事のない音。
 鏡のように形に残るものではないけれど……絶対に消えないだろう。

 一夜限りの夜の夢。

 それは、ここにいる全員が感じた事だ。

 ■4

 封印をかけ直し、静けさが戻った校舎前。
「よぉ」
 ずいぶんとボロボロの姿で車から降りたりょうをジーッと羽澄とリリィで見つめる。
「な、なんだよ……無事だったからいいだろ」「どこが無事なのよ、一人で飛び出したらそうなるのは当然でしょう」
「そうよ、心配したんだから」
 しがみついたリリィを抱き締め返してから、それでもいい訳めいた物を口にする。
「や、でも……なぁ。リリもあんま心配かけるなよ」
「それはこっちの台詞よ」
「話を晒さないで。怪我だらけじゃない、死んだらどうするのよ。無茶ばっかりして」
「それはお互い様だろ、羽澄だって俺の立場だったら絶対に行ってたな」
「へりくつばっかり」
「あのなぁ……俺はいいんだよ」
「なんでよ、心配する人間がいるって解ってるでしょ」
「羽澄だって無茶したら心配する奴いるだろ」
 堂々巡りの会話。
 側ではどうするべきか迷っているナハトとどうでも良さそうな夜倉木。
 後から聞いた話では、瑠璃花の秘書の榊に連れてこられたらしい。
「毎々毎回血まみれじゃない」
「なりたくってなった訳じゃない」
「無茶しないでって言ってるの」
「だーーー!!!」
 そろそろ短気を起こしかけたりょうが、勢いで叫ぶ。
「俺の見てる範囲で無茶なんかさせられるかよ!!!」
「………なに、それ?」
「男の意地だ」
 あまりにもキッパリと断言され、怒る気も失せる。
「とにかく怪我の治療したほうがいいわね。シュラインさんがおにぎり配ってたらら食べたら」
「そうだな、リリも腹減ってるだろ」
「うん、ありがとう」
 こうして、子猫の冒険は終わりを告げた。



     【終わり】

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1282/光月・羽澄/女性/18歳/高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員】
【1316/御影・瑠璃花/女性/11歳/お嬢様・モデル】
【1415/海原・みあお/女性/13歳/小学生】
【1421/楠木・茉莉奈/女性/16歳/高校生(魔女っ子)】
【1449/綾和泉・汐耶 /女性/23歳/司書 】
【1593/榊船・亜真知/女性/999歳/超高位次元知的生命体・・・神さま!?】
【2194/硝月・倉菜/女性/17歳/女子高生兼楽器職人(神聖都学園生徒)】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

参加していただいた皆様、読んでいただいた皆様ありがとうございました。
ええと、今回の分け方は混乱しそうなので数字などを付けてみたり、他の部分が解るようにと話の間に回想風な物を入れてみたりしましたが……とりあえず分けますと。

・オープニングとエンディング全員個別。
■前半
・職員室で集まったかた。
(シュラインさんと羽澄ちゃんと汐耶さんと亜真知さんと倉菜さん)
・校舎内に直接きたかた。
(瑠璃花ちゃんとみあおゃんと茉莉奈ちゃん)
■中間
・救出に向かう(羽澄ちゃんと汐耶さん)
・サポート(シュラインさんと亜真知さんと倉菜さん)
・引き続き(瑠璃花ちゃんとみあおゃんと茉莉奈ちゃん)
■後半
・(羽澄ちゃんとみあおちゃんと茉莉奈ちゃん)
・(シュラインさんと汐耶さんと瑠璃花ちゃん)
・(亜真知さんと倉菜さん)

と言う形です。
あと個人によって多少違ってたりする場合もあります。

今回は最多人数にチャレンジ。
分けた部部のも時間も色々と自己記録を作ったような気がします。
書いてた本人はとても楽しかったですが、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

それでは、またお会い出来たら幸いです。