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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


首くくり

●持ち込まれた本【オープニング】

「おや、甚大(じんだい)じゃないか」
 店の扉に退屈そうにぶら下がっていた鈴が久方ぶりに声をあげた。
 カウンターに頬杖をつきながら、長い煙管(きせる)から立ち上る煙をゆったりと眺めていた蓮は足取りも軽く店に入り込んできた男を見やる。
「や、蓮。元気?」
 明らかに年上であろう蓮に特にかしこまるでもなく、同年代に接するように、甚大と呼ばれた男は軽い挨拶を返した。
 黒い髪と黒い瞳。背だけはひょろり、と長く、だからといって頼りない体つきと言うわけでもない。青年というには未成熟。少年というにも無理がある。
 当年持って十九になるこの男はこのアンティークショップ・レンの常連と言える存在だった。……ただし、売り買いにつけての、ではない。
「今日はどうしたんだい。買い物ってわけじゃ、……もちろんなさそうだね」
「当然。俺が蓮のとこで買い物してどうすんの。持ち込みだよ、持ち込み」
 もちろんいわくつき。とにっこり笑顔を沿えて、甚大は答える。
 このアンティークショップに置かれている商品はそのすべてがいわくのあるもの。いわくがあると分かっているものしかない上に誰もがたどり着けるわけではないというやる気のない店の構造上、大して売れているとは言いがたい。
 買い付けは蓮自身が気まぐれにふいっとどこかしらに出かけては気まぐれに増やしているくらいのものだ。甚大はそんなこの店に自主的にブツを持ち込んでくるという、とても稀な客の一人だった。ただし、金銭を要求したりすることはないのであくまで売買ではなく、彼の言うとおりに「持ち込み」だ。
「今日はなんだい?」
「本」
 あっさりと答えた甚大に、蓮はまたかい、と苦笑する。甚大の実家は祖父が古本屋を開いている。 本と言うものにはどうにもこうにも念がたまりやすいらしく、それらは時に強い因縁となって人々を脅かす。そして今日彼が小脇に抱えていたものも、紛れもなく本だった。
「……”首くくり”?」
「そう。なんてことない子供向けの本だと、俺は思うんだけどさぁ。何度売っても返ってくるんだよね、その本」
 購入されてからたった数日でものの見事に甚大の祖父が経営する「猫又堂」に返ってくるその本。 返しにきた人々の耳障りな苦情をまとめたところ、どうやらこの本を読んだ人間のところに、その話にでてくる首くくり、という化け物がやってくる、というのだ。
 蓮はへぇ、と片眉をあげながら片手で煙管を持ち上げ、もう片方の手でぱらぱらとその本のページを繰ってみる。

”首くくりは、夜に住む化け物です”
”首くくりはいつも人が入るほど大きなずた袋を腰からひっさげているため、歩くととても嫌な、ずるずるという音がします”
”そして、今日も血色のいい首を狙って、細長い丈夫な縄を携えて首くくりは現れるのです”
”……この本を読んでいる、あなたのところへ”

 いっそ稚拙とも言える文体で、内容もこれといって真新しいところはない。
 巷では都市伝説や怪談と呼ばれる類の、よくある話だ。話を聞いたもののところに、その怪異が現れる、という。
「すんごい馬鹿らしい話だよねぇ。でも、こううるさく言われちゃこっちも面倒でさ。だからってみんな冷静にこんな感じで来るんだ、なんて教えてくれないし。悪いけど、蓮のところに来る人たちにちょっと頼んでみてよ」
 あっけらかんとしたと悪気の一欠けらもない調子でそう言う甚大と、カウンターの上に載せられた赤い背表紙の本を交互に見ながら、蓮は小さく息をついた。
「あんたにはいつも面倒を掴まされるね……そういう訳だ。お聞きの通りさ? あんたたち、悪いけどちょっとばかり手を貸しちゃあくれないかねぇ」
 店の奥でそれとなしに話を聞いていた人物に蓮がそう言うと、甚大も身を乗り出して手を合わせる。
「こういう話って大抵防ぐ為の対処法が書いてるもんなんだけど。あいにく、これには書いてないんだよね。腕の見せ所……ってとこでお願いできるかな」


●共同戦線?【1】

 その声に呼応して、一人の影が車椅子をつい、と動かして店の奥から現れ、もう一つの影は遠慮がちにその場で何度か頷いて見せた。
 車椅子に身を任せた優美で、ひどく柔らかい美貌を持つ男は、セレスティ・カーニンガム。
 銀白色の艶やかな髪の下の透き通るように白い肌。そして美しい蒼を誇る瞳。彼の姿を見て心奪われるものはどれほどに上るだろう。
 その彼と、甚大から身をできるだけ遠く離すかのような微妙な距離感で佇んでいたのはラクス・コスミオンだった。
 知識の番人たる異名を持つ彼女は、古代の神獣。人間の女性の顔と乳房を持ち、ライオンの体と鷲の両翼を持つ彼女の姿は、正にギリシャ神話に見られるスフィンクスたる姿である。……しかし、二人の男を眺めるその目に宿るのは、神々しさというよりは怯えのように見えた。
 それでも、持ち込まれた物件が本であるだけに譲れない部分があるのか、一定の距離を守ったまま、彼女は果敢に甚大に質問を始める。
「あのぅ……甚大、様? 少しその本についてお聞きしても、よろしいですか?」
「俺でわかることならなんなりと」
 あっさり頷く彼に、ラクスはその瞳を細める。怯えの色しか見えなかったそれに、微かに知識欲のようなものが光る。
「この本は元々はどこにあったものですか? さっき、この本を読んだ人のところに首くくりが来る、とおっしゃいましたけど、この本が返ってきている、ということは、生きてはいらっしゃるんですよね……?」
 けれど、ご自分で処分なさるわけでもなし、と呟きながら、ラクスは首を傾げる。甚大はその質問に明朗な声でてきぱきと答えた。
「これは、元はうちの蔵にあった本。その前はどこにあったんだか、俺にはわかんねぇ。ついこの間年が明けた時に蔵の整理をした時に出してきた本だよ。死んだ奴はいないみたい。いたらもうちょい大事になってたかもなぁ。ま、確かに燃やしちまえばいいもんだ、って思うけど、下手に処分して自分の身にこれ以上何か起こるのもやだし、ってとこじゃない? なにせ即効で返って来るんだよ」
 ラクスはその矢継ぎ早の答えを的確に自分の中で整理して頷く。セレスティはそんな二人のやり取りを興味深げに見守っていた。そしてふと、「ちょっと貸していただけます?」と呟きカウンターの本を取り上げたラクスを機に、彼は甚大に尋ねる。
「この本は、とりあえず貸していただけるのでしょうか? 本には興味がありますので、是非一度目を通したいのですが」
「うん、もちろん。元々そう頼むつもりだし。ただし、覚悟はしてよね」
 念を押した甚大に、セレスティは柔らかく微笑む。その笑みの背後には、何か策があるようにも思えた。その背後ではラクスが本の後付けにあたるページを探していた。
「……やはり、版元などは書かれてないんですね……それでは」
 不慣れなネットの技術を磨きたかったのですけど、とこぼしながら、ラクスは数瞬、目を閉じる。 そして、やがて目を開いた時には彼女の柳眉(りゅうび)は不可解だ、というようにひそめられていた。
「……どうか、しましたか」
 覗き込むようにして尋ねたセレスティに、一瞬びくり、として、戸惑うような視線を向けながらも、ラクスは答える。
「……ラクスには、”検索”という魔術があります。図書館に勤めてますから、その……本に関することなら、本自体があれば大抵のことは調べられます。……でも、おかしいんです」
「おかしい?」
 首をかしげた甚大に恐々と頷きながら、ラクスは手元の本を眺めた。
「……この本。書いた人がいないみたいで……」
「え? まじ?」
 どういうこと、それって、とぽかん、と口をあけて呟いた甚大に、ラクスは必要以上に恐縮してさらに後ろに下がってしまう。
「……人ではないものに書かれた、ということですか」
「う〜、その……」
 おまけにセレスティにも真剣な顔で聞かれ、ラクスは眉根を八の字に寄せて、体を小さくしてしまった。見かねて、蓮が助け舟を出す。
「あー、もうあんたたち。その子は男性恐怖症ってやつなんだ。もう少し距離をおいておあげよ」
「お?」「……失礼」
 二人の男は同時には、となり、すっかり萎縮(いしゅく)してしまったラクスから心持ち、後ろに下がる。「ごめんなさい」、と首をすくめながら、ラクスは気を取り直したように前を向いた。
「この本に”著者”は存在しません。明確にこの本を所有した、と言える持ち主もいないような……ただ、なんだかとても気味の悪い念のようなものが感じられて……」
 文字の一つ一つが生きて、蠢いているように、私には見えます、と目を閉じたラクスが背の両翼をばさり、と一度震わす。
(まるで、背信のセトの怨念を覗いているようです……)
「文字が生きている……?」
「ラクスはそう感じるってだけのことです……けれど、本のことでラクスがわからないことはない。これは、本と呼べるものではないのかも……」
 戸惑ったように、しかし決然と答えるラクスに、セレスティはほんの一時黙り込んだ。ラクスがカウンターに戻した本を静かに手にとり、しばし手をかざす。
 彼もまた、書物などの無機物から様々な情報を読み取ることができるのだ。
 やがて、にっこりと微笑んで周りの面々を見渡す。
「キミ……甚大さん、と言いましたか。首くくりはその本に”書いてある通り”にその本を読んだ者のところに現れる。……そうですね?」
「?……ああ。そういう話だけど」
「ラクスさん。キミは、”これ”をどうしたいとお思いですか」
 甚大に軽く頷き、今度はラクスに目を向ける。ラクスはやはり落ち着かない様子であたりに視線を這わせていたが、やがて意外としっかりとした声で答えた。
「ラクスは……できることなら、封印したいです。もう迷いでてこないように」
「結構。私もあまり守りは性に合わない質(たち)なのです。……あいにく、私は目がそうよくありません。足も自由に、とはいかない。首くくりを迎えるには慣れ親しんだ場所がいい。どうか、私の屋敷においでください」
「え……」
 目をぱちくり、と見開いたラクスに、セレスティは女性と見紛う程の美貌で微笑んだ。
「我に策あり、ですよ。まずは、その本を読みましょうか」


●策謀【2】

 ――――深夜東京。
 街は驚くほどに明るい。紛い物の光は真っ黒な幕を下ろした空でさえも照らし、その暗闇を薄めるほどに。明るい。
 では、闇は存在しないのか。――ありえない。
 虚偽の光で世を照らせば薄暗い隙間が増えていく。……やがて、真の闇になる。

 しんと静まり返った高級住宅街の一角に、その屋敷はあった。
 端から端まで歩くのにどれほどかかるだろう、と思われる敷地をぶち抜いてどっしりと建てられたその屋敷は不思議な重量感に満ち、一種異質な空気を持って夜に佇んでいた。
 見れば立派な屋敷だ、と誰もが口にするだろうが、その装飾はけして華美で派手なものではない。 仰々しい明かりに照らされるよりは闇の中の霧が似合う。
 ――――世界に名だたるリンスター財閥が持つ屋敷の一つが、ここであった。

 午前零時を、屋敷に据えられたアンティークの柱時計が知らせた。
 屋敷の中にボオォォオン、という重々しい音が鳴り響き、屋敷中を駆け回ったその直後。
 新しい日を告げた産声も消えゆかない間に、屋敷に新たな音が混じる。

ずずぅ……ずずぅ……。ずり、ずり。
びしゃ。……びしゃり。

 ――――それは、何かを引きずる音。
 湿気を含んだ何者かの足が、渇いた廊下を歩く音。
 重く響き、滲(にじ)んでは消える。そしてまた絶え間なく響き、やがて、近づいてくる。

「――――来たようですね」
「……え、ええ」
 暗がりに包まれた書斎でその音を耳にした男女は、少しずつ確実に近づきつつある存在を認めて頷きあった。
 引きずるような足音は正面玄関の扉付近からのろり、と進み、やがて二階へと続く階段へと移動する。
 視覚が優れていなくともその他の感覚が優れたセレスティには、侵入者が今どこを進みつつあるのかが手に取るようにわかる。ましてや、ここは彼が所有する屋敷の一つである。迎え撃つに、これほど適した場所はない。冷静に不可視の化け物の進行を把握しながら、彼は今宵の相棒に視線を振った。

ずずぅ……ずず。びしゃ……ずりずり。

「ラクスさん……大丈夫ですか?」
 準備は、と呟く声にか細い「はい」という言葉が返って来る。緊張した声ではあるが、恐らく侵入者に対してではなく、この場合自分に、だろう、とセレスティは思う。
 男性恐怖症だという彼女をできるだけ刺激しないように「気をつけてくださいね」と呟き、彼は仔細な彫刻が成された書斎の扉に目を向けた。闇に包まれた中、青い瞳がす、と細まる。

ず……。

 ――――やがて。足音がぴたりと止まった。
 書斎の丸ノブが、硬質な金属の音をともなってゆっくりと回る。
 扉が、開いた。

 両開きの扉を開け放った途端、首くくりの目に入ったのは羽をたたみ、部屋の中央に脚を休めた一匹の神獣の姿だった。
 キリストの血を思わせる葡萄色の髪は滑らかに体の線に沿って床に流れ、その瞳は静かに閉じられている。背に生えた鷹の両翼も、今は一時の休息を示して畳み込まれ、彼女はそう。今まさにスフィンクスの彫像のようにちら、とも動きはしなかった。
 腰にずた袋をぶら下げた首くくりはその様を見て声にならない声を漏らす。
 喉の奥に何かがひっかかったような、隙間をくぐる耳障りな息の音(ね)。矮小(わいしょう)な体を更に縮めながら、獲物がもう眠ってしまっていることに少しだけ残念そうに首を縮め、しかし、それ以上の歓喜をこめて、彼は少しずつ彼女へと近づいていく。
 薄汚れたずた袋が嫌な臭気を放っていた。思わず、顔をそむけ鼻を、口をふさぎたくなる。手には、獲物の首をくくる為の縄を蛇のようにだらりと垂らして、どす黒く闇に光る目を細めて獲物の首を捉える。
 神獣はその神聖な身に手をかけられたところで動きもしなかった。
 静かに瞼という幕を下ろし、首くくりの手を受ける。
 狩人は獲物の恐怖の感情も大好きだったので少なからず不満ではあったが、それでも目の前の血色のよい首には逆らうことができない。
 ゆっくりと。その首に手からぶら下げていた縄をかける。くるくる、と落ち着かない様子で不器用に縄を巻き、手にはその両端を持つ。喉の奥から、僅かな隙間を縫って甲高い雑音がまた漏れた。
少しずつ、じりじりと縄を持つ手の間隔を広げていき、やがて血管が浮き出るほどに縄を握り締める。
 そして、渾身の力で縄の両端を別の方向に引っ張る。――――それで、首くくりは恐怖に歪む獲物の顔を見ることが叶うはずだった。
 …………しかし、何故か、そうはならなかった。
 勢いよく弾みをつけて縄を引いた首くくりの手にかかった手ごたえは、麗しい首を絞める重量感ではなく、むしろぶちん、というそっけなく、軽い音とともに縄の切れ端を手にした自分の手だけだった。
 二匹の蜘蛛が空中で脚を縮めているようにも見えるその両手を眺め、首くくりは首を傾げる。
 ――それが、合図。

 突然ざあっ、という風を切る鋭い音ともに、茫然と立ちすくんだ狩猟者を水の壁が丸く円状に包む。それとともに目の前で首を晒していたスフィンクスは綺麗に消えうせ、闇だけがとごっていた書斎に作り物の光が満ちる。
「…………ぁ……」
 透明な水の結界の中でうろたえ、掠れた呻きをあげる矮小な狩人だったものを囲むように、三人の人影が現れた。
「無駄です。キミはそこから出られない」
 だって、本体が本ですからね、と若き総帥、セレスティは呟いた。真の性が人魚である彼は、水を操ることに長けている。僅かな水があれば自在に水霊を召還し、操ることができた。
「ラクスの擬態も役にたちましたね。よかったです」
 部屋の中央にあったのは、ラクスが魔術で作り上げた自らの虚像。
 無邪気な笑顔で喜ぶスフィンクスに、セレスティは「でも、もう一仕事お願いできますか?」と願った。
「僕の魔術ではおそらく本をだめにしてしまう。キミの力がよいでしょう」
 そう呟いて水牢からつい、と車椅子を下げた彼に頷き、ラクスは小さく両翼をはためかせる。
 もはや身動きひとつできず思考という能力を失った虜囚(りょしゅう)に、静かな視線を投げかけた。

「……”首くくり”の……体は死者を司るアヌビス神へ送る。魂は冥界を納め再生と豊穣を併せ持つオシリス神へ送る。そして、その身に刻む文字はトト神に送ろう」

 不思議な抑揚を持って空間に凛と響くその声は、惑い取り乱す虜囚への葬送となる。
「……体は、アヌビス神に。その魂はオシリス神に。そして、文字はトト神へと……神の箱庭を守るラクスが送ります」
 謳うように声高く響く祝詞(しゅくし)。やがて、水牢の中に光が満ちる。母なるナイルを映した深い緑の瞳が瞬(またた)いた。
「……全能なるアムンの名の下に」
 力持つ言葉が柔らかな閃光を伴って静かに降り、辺りを包む。その間はほんの一瞬か永遠。

 ……それで、全ては終わったようだった。


●書かれていたのは?【エピローグ】

 水の結界壁を解いたセレスティは、車椅子に身を任せたまま器用にかがみ込んで、床に落ちた赤表紙の本を持ち上げる。
 一部始終を見ていた甚大は「へぇ〜」と感心なのか驚愕なのかわからない言葉を発しながら二人に近づいた。
「やるねぇ。見事な手際。つか、すごいじゃん。びっくりしたよ、俺」
 純粋に感心した様子の甚大にセレスティは優美に微笑む。
「いえ、きっと相棒がよかったんですよ」
 ね、と笑いかける類稀なる美貌に、ラクスは内気そうに、しかし嬉しげにはにかんだ。
「もう、”首くくり”はいません。この本は本として読んでもらえます。……よかったぁ」
 本は、ラクスにとって大事なもの。本とは読むものを脅かすものではなく、知識を与えるものであり、その分(ぶ)を侵してはならないものなのだから。
 図書館は成長する有機体であっても、その中に納まる本は無機物でなければならない。……そう。ほんの数冊を除いては。
 何らかの念が集積して作り上げられた”首くくり”というこの本は、真っ向からそれを破った存在だった。愛されるべき存在であるはずの本が汚されていく。それは、とても不快なことだ。
 だから、ラクスは首くくりの存在を分けた。体と、魂と、そしてその身に刻まれる文字に。
 結果、読まれる為の本だけが残り、害をなした体と魂はここにはない。
 よかった、ともう一度、心の中でラクスは呟いた。

「さーて、そんじゃ見届けたし! 本は無事に残ったし。……俺は帰るとするかなぁ」
 大きく伸びをしながら、そう言った甚大に、セレスティは「お泊りにはなられないので?」と声をかける。
「もう随分遅いですけれども……」
「うん、俺平気だし、夜中とか。ここ立派すぎてなんとなく落ち着かないし」
「そうですか……」
 にへら、と笑う彼に頷きながら、セレスティは手に持った本を手渡した。それを受け取りながら、甚大はそういえば、と首を傾げる。
「あのさ。さっき首くくりが首にかけた縄を締めあげようとした時……なんでああも都合よく縄が切れたの?」
「……何故、私に聞くんですか?」
 人のいい、穏やかな笑みを浮かべて聞き返した彼に、甚大は別に、と肩を竦めて見せた。
「ただ、この書斎に来た時に、あんたは本を持って真っ先に机に向かったからさ。何かしたんじゃないか、って思って」
「そう、思いますか」
「うん」
 あっさり頷く甚大と、きょとん、とした目で二人を交互に見やるラクスを見ながら、セレスティはもう一度甚大から本を受け取る。
 無造作にページを繰って、そして、ある箇所をその長い指で示した。
 覗き込んだ二人の目に、ある一文が目に入る。

 ―――”そして、今日も血色のいい首を狙って、『細長い脆い縄』を携えて首くくりは現れるのです”

 優美な字体で書き直されたその文字に、甚大はぶはっ、と吹き出し、ラクスは小さく鈴を転がすように笑った。

END




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1883/セレスティ・カーニンガム/男/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い
   (せれすてぃ・かーにんがむ)
1963/ラクス・コスミオン/女/240歳/スフィンクス
   (らくす・こすみおん)

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■         ライター通信          ■
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はじめまして、こんにちは。
新規ライターのねこあ あつきと申します。私の初仕事にご参加くださいまして、ありがとうございました!

*セレスティさまへ
はじめまして! ご参加真にありがとうございます!
セレスティさまのプレイングを拝見した際にこれはおもしろいな、と思いましたので、ああいう使い方をさせていただきました。少しでも楽しんでいただければ、幸いです。

*ラクスさまへ
はじめまして! ご参加くださり真にありがとうございます!
本には関係の深いスフィンクスという存在を生かせたかどうかが悩みどころですが、ご丁寧に提示くださったプレイングのおかげもありこんな形に仕上がりました。ありがとうございます。お気に召せば望外の喜びです。

感想、その他ございましたらどうぞお気軽にお送りください。一つずつきっちりと目を通して、次への糧にしたいと思います。
初回ということで不慣れなこともあり、今回はお二人の共同戦線とさせていただきました。次回はもう少し多く募集人数を設定しての調査も考えていきたいと思います。
それでは、また別の事件でお会いできることを願いまして。
真にありがとうございました! ねこあ拝