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<東京怪談ノベル(シングル)>


『罪と血と終焉』
【act1】

「かわいそうに。尾神の人間は短命なんだよ。ただでさえ、そうなのに七重。おまえは誰よりも尾神の血と才を色濃く受け継いでしまった。かわいそうに。かわいそうに。おまえはすぐに死んでしまうんだよ」

 それが僕が幼い頃から聞かされてきた僕が生まれた瞬間から決まっていた僕の運命。
 幼い頃から聞かされ続けてきたその言葉が、僕の心に絡みつく。
 僕の心を縛る。

 赤。
 血の赤。
 沈む逝く太陽の赤。
 僕の瞳の赤。
 赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。
 僕の運命を指し示す色。
 僕の心を縛る色。
 僕は忘れられない。
 幼い時から見続けてきた退魔や特殊な仕事に赴き・・・そして尾神の家の宿命の果てに死んでいった者たちは、赤い血に塗れながら、死んでいった。
 僕はただ、それを見続けてきた。無感動に。
 そこにあるのは諦めと中途半端にさえならない形ならない教務に近い覚悟・・・いや、やっぱり諦めに近い覚悟。
 投げやりで諦めきった想いが見せる夢は、どろりと体に絡みつく血の池で、尾神の運命に囚われ死んでいった亡者どもに足掻く事もせずに沈められる夢・・・

「七重。おまえも、我らと同じように尾神の運命の果てに死ぬのだぁーーーーー」

 それともそれは尾神の・・・死の運命への覚悟?

【act2】
「なあなあ、なんで、まだらの奴っていつも体育は見学なわけ?」
 まだら、それが僕、尾神七重の仇名。命名の理由は簡単だ。僕の頭の毛は黒と白のまだらだから。
「さあね、知らね。でもいいんじゃねーの、別に。あんなひょろくって暗い奴なんかいても足手まといになるだけだしさ」
 その悪意をたっぷりと含んだ声は体育館の隅で足をかかえて体育座りをする僕の耳に充分すぎるぐらいに届いた。そう、彼の目論み通りに。
 だけど僕はその言葉に反応しない。
 表情を変えない。
 ただ僕は体育館の面いっぱいを使ったコートでドッジボールをする皆を見つめるだけ。ただそうするだけ。
 僕のどうしようもなく自分の運命への哀れに壊れた心はもうそんな事では動じないんだ・・・。
「ちぃ。無視かよ、あいつ」
 相手にして欲しかったの?
 そう想った瞬間に、僕への悪意を音声化させた彼の顔が真っ赤に染まる。

 また、赤い色・・・

 それは諦めの色。
 運命の色。
 すべてに投げやりで、
 自分がどうしたいのか、
 どうするべきなのか、
 まるでわからない僕は、
 心のどこかで、そんな感情をすぐに顔に出せる彼を羨ましいな、って想ったんだ。だって、僕は・・・
「なに、変な気色の悪い表情を浮かべてるんだよぉ」
 顔面に走った感触は、硬いドッジボールが僕の顔にぶつけられた感触。つんーと鼻の奥が痛んで、そして鼻腔をくすぐったのは鉄さびにも似た香り。
「こら、なにやってんのぉ? 七重君に謝りなさい」
 僕の顔にドッジボールがぶつけられて、数秒経ってから教育大学を卒業したばかりの女の先生が上げた声。それは明らかに戸惑っていて、面倒臭そうで、どうにかして、って感情に塗れていて、そして僕は幸運にも人の感情を読み取れるようになっていたから(自分で自分の考えがわからぬ僕が、他人の感情を読み取れるなんて、本当になんともおかしいものだ)、だから僕は拳で鼻の穴から迸る鼻血を拭うと、体育館から出て行った。先生や、クラスメイトが後ろで僕に何かを言っていたけど、僕は先生も含めて皆が僕を嫌うから、疎むから、だから僕は体育館から出て行った。
 僕は教室に戻って、ランドセルを取りにいく事無く、そのまま学校の外に出た。外はしとしとと細い絹糸かのような雨が降っていた。
 その雨が降る街を僕はあてもなくさ迷い歩いた。
 僕は回遊魚かのようにただ道を歩き続ける。
 雨に濡れながら・・・。
 街を行く僕と擦れ違う人たちは、だけど僕に何も言わない。
 決まって・・・
 僕から目を逸らす。
 腫れ物に触れるかのような感じで早足で擦れ違っていく。
 なんだか無性に物悲しくなる。
 僕は何を望む?
 いや、何を望んでいた?
 何を望んで、何を願って、どうなりたくって、どうして僕はそこにいる?
 雨に濡れた車の窓ガラスに映る僕。
 がりがりに痩せて、
 髪の毛は黒と白のまだらで、
 そのまだらの濡れた髪が貼り付く顔は、表情なんて、無い。
 そう、昔は僕だって笑っていたような気がする。
 いつからだろう、僕が笑えなくなったのは?
 決まっている。
 尾神家の血の因縁を理解できるようになった・・・肌で感じられるようになった瞬間から、僕は表情を失った。
 僕はどうしたいんだろう?
 見つめ続けた血の赤に・・・
 尾神家の血の因縁に・・・
 心はどうしようもないほどに壊れて、
 何も考えられなくって、
 だから壊れた僕は何もできなくって、
 どこにも居場所が無くって・・・
 血の中に沈む死体を見つめ続けた日々。
 夢に出てくる光景。
 悪夢にうなされる毎日。
『かわいそうに。尾神の人間は短命なんだよ。ただでさえ、そうなのに七重。おまえは誰よりも尾神の血と才を色濃く受け継いでしまった。かわいそうに。かわいそうに。おまえはすぐに死んでしまうんだよ』
 呪詛かのように聞かされ続けた祖母の言葉。
 それが僕を囚える。
 そう、僕が尾神家の血の因縁を知ってから伸びた身長の分に詰まっているのは、それへの恐怖。

 恐怖。いっそうの事、僕は壊れてしまいたい。だって、そうなれば諦め・投げやりとできない覚悟との間で宙ぶらりんになったようなこの感覚に苦しむことはないから・・・。
 そう、今わかった。僕は壊れてしまいたんだ。

 いったいどれぐらい雨に降られ続けたのだろう?
 気づくと僕は街を一周して、そして学校の校門の前に来ていた。
 校舎に取り付けられた大きな時計の針はPM5時35分を指していた。
 そして校舎内に入った僕は、自分の教室で、そこにいた手負いの魔人と鉢合わせした。

【act3】
 時間はしばし巻き戻る。
 雨がしとしとと降り出した学校の校舎の屋上から、学校の敷地から出て行く七重を見つめる影が二つあった。
「おうおう。小学生の分際で学校をぶっちしやがって」
 40代ぐらいの精悍な顔つきの男が、おどけきった声で言った。
 その男の隣にいた20代ぐらいの男が苦りきった表情で言った。
「父親が、そんなふざけた態度をとっていていいんですか?」
「はん。そうだな。父親なら、怒るべきだろうな、ここは」
「いや、その、それもありますが・・・・」
 若い男は一端、口をつぐみ、そして口を思い切って開いた。
「やめませんか、こんな事ぉ」
 七重の父親は苦笑いを浮かべる。
「おまえは、お役目様に・・・義母様に俺の監視役を仰せつかった奴だろう。そのおまえがそんな事を言っていいのかよ?」
「それは・・・」
 若い男は顔を伏せた。
 七重の父親は肩をすくめる。そして言った。
「おまえは俺に父親を求めているのだな。だがな、俺があいつの父親だからこそ、俺はお役目様が考案なされたこの計画に乗ったんだ」
 その告白に彼は弾かれたように顔をあげた。
 そして彼のそのどう表現していいのかわからない表情を眺めながら、七重の父親は淡々と抑揚のない声で言った。
「七重は誰よりも尾神家の血と才を色濃く継いでいる。あいつの母親に流れていた尾神の血を。一騎当千と呼ばれたこの天才対魔師の俺の才をな。だからこそあいつの体はぼろぼろなんだ。そして尾神の血の因縁に縛られるあいつの心ももうぼろぼろに壊れちまっている。あいつはな、今を生きてはいないんだよ。あいつの心は死んじまっている。だから、俺は・・・」
 そう、だから彼は、彼の妻の母の親であり、七重の祖母であり、現尾神家を取り仕切るお役目の提案したこの計画に乗った。
 計画とは七重を完全に覚醒させること。
 七重は間違いなく尾神家の歴史上最強最高の対魔師となれる才を持っている。しかし、彼は今や廃人と呼んでもいいほどに、その心は死んでいた。
 だから、未来を見る事のできる妖魔に見させた今日の七重の行動を元にして、巧妙に練られた計画が立案された。
 それは誰もいない場所で七重と魔人を鉢合わせさせることだ。
 魔人は力を削がない程度に傷つけ、その凶暴性だけを増させた状態で、七重に鉢合わせる。
 魔人の実力は現時点での七重よりも上の魔人。
 彼がそのまま魔人に食われて死ぬか、それともその力を覚醒させて、これを滅ぼすか、七重次第。
 そう、この計画が成功すればその強大さ故に没落しかかっている尾神家は、七重という最強最高の力を得ることになるし、失敗すればもはや完全にこの世界から消滅する事になる。まさに生きるか死ぬかの究極の選択。
「俺は別に尾神家なんざどうでもいいのさ。俺は尾神の名が欲しくって、あいつと一緒になったんじゃねー。あいつと死ぬまで一緒にいたくってあいつと結婚したんだ。あいつはよ、泣きながら死んでいったんだ。七重に謝りながらな。ごめん。ごめんね、七重。ごめんね、って。だからよぉー、そう、だから俺は父親として、あいつを引き上げなくっちゃいけねーんだ、闇の中から。俺とあいつのガキを」
 血を吐くような悲壮なる決意。
 若い男はもう何も言わない。
「さあ、そろそろB班が魔人をこの学校に追い詰めにくる頃だ。その魔人を逃がさないように結界を張る準備をするぞ」
「はい」
 未来を見ることのできる妖魔が見た未来はあくまでもその時点での未来だ。
 尾神家がその見た未来を下に動き出した時点で、もはやその未来は有り得た結果の一つでしかなくなった。
 そう、その計画にはズレが生じる。
 ・・・。

【act4】
 そんな…。
 魔人だなんて・・・。
 しかもこいつ、僕よりも強い・・・。
 そう、その事実が僕を追い込んでいく。
 追い詰めていく。
 そして僕の心の中で必死に繋がっていた何かの糸がだけど、ああ、僕はこいつに殺されるんだ、と想った瞬間にどうしようもなく切れてしまった。
「ウガァぁぁぁぁぁぁっぁぁぁっぁああああああああアアアアアアーーーーーァッ」
 魔人は獣の遠吠えのような咆哮をあげながら、僕に突進してきて、そして僕にショルダータックルを叩き込んだ。
 僕の華奢な体はその衝撃に当然、耐えられる事も無く、冗談みたいに虚空を舞って、黒板に背中から激突した。
 緑色の黒板に走った蜘蛛の巣状の細かい罅がそのダメージを物語る。黒板にめり込んでいた僕の体は教卓の上に落ちて、ぼろくずのように口から詰まった息と一緒に大きな血塊を吐き出す僕の上に黒板の残骸が降って来る。
「あがぁあああぁぁぁ」
 力は強いが、知性は皆無らしいそいつは、僕が発した血の香りに興奮したようだ。
 半分空いた視界にだらしなく開いた口から涎を垂らしながら、僕へと近づいてくるそいつが見える。
 僕は瞼を閉じた。
 なんの抵抗も無く。
 そう、僕はここでこいつに食われて殺されるんだ。
 別にそんな終わり方でもいい。
 
 そう、それが尾神家の血の因縁なんだ・・・

 諦めた僕の耳朶を打った教室のドアが開く音。
 その瞬間に僕は弾かれたように、そちらを見た。
「あっ・・・」
 僕は声を出す。
「あ・・・」
 そして彼も同じように声を出した。
 なんとも言えない呆然とした表情を浮かべて。
 そして次に僕が見たのは、ヘビの死骸とマジックを持った彼に魔人が、まるで草食獣に肉食獣が襲い掛かるように、襲い掛かる光景。
 押し倒される彼。
 飛び散る血。
「ぎゃァァぁァッァ嗚呼嗚呼ああ嗚呼嗚呼ああ嗚呼嗚呼あああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
 断末魔の悲鳴。
 ぐちゃぐちゃ。ぺちゃぺちゃ。カミクチャ。
 そして肉を食いちぎり、骨を噛み砕き、血を啜る音。
 僕は泣きながらそれを眺める。
 胃の底から食道をこみ上げてきた胃の内容物を吐瀉しながら、僕はそれを見つめる。
 クラスメイトを食べることで、クラスメイトが持っていたヘビの死骸を食うことで、そいつは再生し、そして進化する。
「エヘ。エヘへヘヘ。ナナエ、ツギハオマエヲクッテヤル」
 魔人はクラスメイトの知能と記憶を手に入れた。
 そしてそれをただ呆然と見ていた僕の口から零れ出したのは・・・
「あははは」
 乾いた笑い声。
 そして僕は力を解放する。
 僕の体と心を蝕む尾神の力を。
「なにぃ???」
 教卓の上から教室の天井まで飛び、天井を蹴って、僕に肉迫してきた魔人から距離を取った場所に着地した僕を見て、上げた魔人の驚愕の声。
 だけど僕は驚かない。僕は僕がそこまでできることを無意識に知っていたから。
 そう、そして世の理も。

「この世は弱肉強食。強ければ生き、弱ければ死ぬ」

 そう、僕は強い。強いんだ。忌むべき尾神の血故に。
 その忌むべき尾神の血故に背負った忌むべき因縁があるのなら、それならその忌むべき力を使って生き抜いてやる。

 なぜそんなにも唐突に悟った?
 そう、僕はずっと待っていたんだ。
 ずっと幼い頃から祖母に聞かせれ続けてきた僕の運命から、尾神の血の因縁から僕を救い出してくれる人を。
 だけど現実はどうだ?
 クラスメイトは誰にも助けられる事無く、無残にも魔人に食われて死んだ。
 そう、弱いから。
 結局は誰も助けてなんかくれない。
 自分の身は自分で護らなければならない。
 そして僕は幸運にも力を持っていて、
 そして、そう、僕にはその力があるから、生きなくっちゃならないんだ。
 僕を産んだことで、死んでしまった母さんのためにも。

「僕はもう迷わない。逃げない。そう、僕には力がある。覚悟をしてやる。覚悟を決めてやる。命を奪う罪を僕は背負う。背負うために生きる」
 そして僕は、僕を殺すために並べられた机を跳ね飛ばしながら、肉迫してくる魔人に指先を向けた。

【ラスト】
「重力操作。重力を無制限に増大させて作り上げた時空ブラックホールに魔人を吸い込ませんたです、お父さん」
「まったく。末恐ろしいガキだな、おまえは。その年でそこまでできるなんてよ」
「あなた方がその力を目覚めさせたんです、お父さん」
「・・・。おまえ、気づいていたのか? で、どうする? 俺たちに・・・尾神家に復讐するか?」
 僕はそれには答えない。
 父は、ただ笑い、そして違う質問をする。
「なぜに覚悟をした?」
 これには答える。
「開き直っただけです」
 そして僕は後の事はすべて父たちに任せて、教室を後にした。
 絹糸かのようだった雨は激しい土砂降りに変わっていて、そしてそれは僕には都合が良かった。
 僕は子どものように涙を零していたから。
 僕は子どものように大声をあげて、わんわんと泣いていたから。
 そして僕は14歳となった今も生きている。

 瞼を閉じれば、全ては闇に沈む。


 **ライターより**
 こんにちは、尾神七重様。
 今回担当させていただいたライターの草摩一護です。
 ご依頼ありがとうございました。

 プレイングを読ませていただいた時は思わず嬉しくって鳥肌が立ちました。
 こういうお話は大好きで、故に最初から最後までシリアスな感じで走らせていただきました。
 また、偶然鉢合わせした魔人と七重とのその偶然にも、このような意図を持たせました。
 なんとなく尾神家がものすごい黒い感じになってしまいましたが、お許しいただけると幸いでございます。
 こういう感じのお話は大好きで、オフで書いている小説でも、実はこういう感じの小説なのですよ。
 ですから、このような感じのノベルになりましたが、七重様がお気に召してくれていたら幸いです。
 またよろしければ、どうぞ、書かせてください。
 失礼します。