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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


預り知らぬ過去の鳴動


■オープニング■


 宵の口。
「今日はいい月夜ですね」
 しみじみと言ったのは来客用ソファに座っている、草間武彦とほぼ同年代と思しき男。
 客である。とは言え依頼人と言う意味ではない、私的な客だ。一応、常連。
 バーテンダーの真咲御言。
「…仕事はどうした、真咲」
「休みです。今日だけはちょっと席を外してくれと紫藤に追っ払われまして」
「そうか」
「ところで、今日は王道と言う事でブルーマウンテンのブレンドですが、如何です?」
「…ああ、美味いよ」
「それは上々」
 どこか悪戯っぽい、御言の笑みを含んだ瞳。
 が。
 次の瞬間、鋭い瞳に変わった。
「――零さんも伏せて!」
「え?」
 何事か。武彦が思ったその時には御言はデスクの上に飛び乗っていた。武彦を押し倒す形で床に伏せ込む。次の瞬間、窓ガラスが派手な音を立てていた。小さな穴を中心に蜘蛛状の罅がガラス表面に走っている。武彦の飲んでいたブルーマウンテンのカップも、真っ二つに割れていた。中身が零れている。
 黒い液体がつぅと伝い、絨毯に一滴、落ちた。
 窓ガラスの弾痕と割れたコーヒーカップを直線で繋いだ、ちょうどその間に当たる場所に――つい今し方まで武彦の座っていた椅子がある。
 ――もし御言が、咄嗟に武彦を押し倒していなかったとしたら?
「…身に覚えはありますか」
 厳しい声で御言は武彦に問う。
 ――今、明らかに狙撃された。
「無いとは言い切れんよ」
「探偵さんですもんね」
 言いながら御言は武彦を壁際に押しやり、自分も物影に隠れる。
「…今の狙いは明らかに貴方でしたよ。
 どうしましょうか?」



■直後■


「…ひとまず、下手に狙撃対象にならないように隠れてる事が肝要だね」
 心当たりがありそうな所長さんはともかく、他の奴は気ィ付けなね。
 ま、あんたにゃ特に言う必要も無さそうだけど…零、だったかしら。あんたの方はちゃんと頭引っ込めときな。
 と、まったく動じる事もなく、即、御言に返したのは来訪していた海原(うなばら)みたま。
 何処か余裕な態度さえ見せ、自身も窓からの死角に素早く隠れている。
「…ところでここって、いつもこうなの?」
 ここ――草間興信所、って。
「…いえ、いきなり狙撃されるような事はさすがに…あまり無いと思いますが」
 仕事柄と言うか何と言うか…色々と騒ぎは起きますがね。
 こちらも冷静に返す御言。
「そう。…じゃ、新年早々わざわざここを騒がせたい奴も居るって事か。ったく」
 こんな時くらい娘たちがお世話になっているところを回ってみようと思ったのが間違いだったのか…はたまた娘たちが関っているところが元々そう言うところなのか。いったい、どちらと見たら良いのかしらね。
 ………………両方かな?
 私が出ると余計に騒ぎを呼ぶ事もあるらしいしね。
 ひとり思い、みたまは苦笑する。

 と。

 バタンと音を立て、玄関のドアが乱暴に開かれた。
 そこに現れたのは青い髪と瞳の少年。
「…やっぱり」
 少年はひとりごちると改めて中の様子を窺う。と、いきなり豊かな金髪を揺らめかせたお姉さん――みたまに足を引っ掛けられ転倒させられた。
 そして気が付くと、みたまの横――ソファの裏、に連れて来られている。

「…ってぇな。何なんだお前?」
「度胸があるんだか間抜けなんだかよくわからない子だね。あんな派手に入ってくるなんて。下手に動いちゃ窓の外から見える可能性もあるだろ。まだ外の様子がはっきりしないんだ。中で動きは見せない方が良いね」
 ま、あんたがここの所長を狙った犯人だって言うなら見当違いの心配だろうけどね。
 その場合は…ついでだから私が確保しておいてやろうと思ったまで。ガキだからって侮りはしないよ。
 じろり、と少年――芹沢青(せりざわ・あお)を見ながら、みたまは冷たく言い放つ。
 みたまのその科白に、青は目を険しくした。
「所長を狙った犯人って…」
 …草間さんが狙われた?
 青は改めて銃弾に割られたと思しき窓ガラスを見る。バイト帰りに聞いたガラスの音からして撃たれたのは恐らく一回だけ。弾道を見るに――上方から斜め急角度。普段、草間さんの座っている定位置を確実に貫いている――。
 そして、青は改めてみたまの科白を思い返し、今みたまが取った行為で、自身の安全を図ってもらったのだと漸く思い至る。
「…つまり、俺はお邪魔だったんでしょうかね?」
 そこまで確認して、改めて青はみたまを見た。
 と、おどけたように肩を竦められる。
「気にしちまったんならしょうがないだろ。その様子じゃ大方、ガラスの割れる音でも聞きつけて飛んで来た所長の知り合いってとこか…しみじみ仲間に愛されてるねぇ。草間武彦」
 取り敢えずあんたは狙撃犯じゃなさそうだね。名前聞いても良いかい?
「…私は海原みたま。娘たちが良くこの興信所に来ててね。ひょっとするとあんたにも世話掛ける事になるかもしれないからさ」
「芹沢青です。ところで娘さんが興信所に来てるって…全然そんな風には見えないんですが。それは貴女は俺よりは年上でしょうがそれ程上にも思えませんし…ひとりで興信所に来るようなお子さんが複数居る程の年には…。…じゃなく、俺が草間さん狙ってどうするんですか」
「知らないよ。ってかね、どっちもあんまり気にするんじゃないよ。大した事じゃない」
 さて、そろそろどうかな?
 呟きながらみたまは部屋の様子や物音を聴き確かめる。
 と。


「…何のつもりだ…杉下」


 偶然耳に入ったのは、静かに抑えて――武彦が呟く声。



■草間武彦の不在■


 暫し後。
 長い黒髪の小柄な少女が興信所に来訪していた。
 但し、その表情は――少女のものと言うにはやや固い。
「…草間さんが狙撃されたと言うのは本当か」
 その話し方も、年格好にしてはやや冷たく。
「ええ。…嘘を吐いてまで貴方を呼ぶような危険な真似は出来ませんよ。ササキビさん」
 貴方には致死性の障壁があると伺いましたから。
 静かに御言が告げる。
 来訪した少女――ササキビクミノは御言を暫し見ると、同意したよう頷いた。
「撃ち込まれたと言う…弾は?」
「ありません」
「…何?」
「痕はありますが、肝心の弾が見当たらないんですよ」
「ほう? そう来るとなると…『私の管轄』からは遠いのかもしれないな」
 クミノは僅かな焦げ痕が見える所長のデスク上、椅子の前、割られたと思しき集められたカップの欠片、そして穴が穿たれ罅の入ったガラスへと目をやる。
「…狙撃用にしては威力が低過ぎるように思えるが…肝心の弾が無い以上、弾から割り出すのは不可能か」
「確かに何か変ですが…それより海原さんが気になる事を指摘して下さいまして」
「海原? …ああ、ひょっとして貴女は…あの海原さんの、姉上…ですか?」
 髪や瞳の色は違いますが…私と同い年の彼女と何処と無く面影が似ておられる。
 豊かな金髪に赤い瞳の女性に目を留め、クミノ。
「姉に見える?」
 何事か作業をしつつもにこにこと受ける豊かな金髪の女性は――みたま。
「…違うのですか」
「娘が御世話になっております、と言うべきなのかしらね。初めまして」
「………………母上なのですか」
 クミノは少し驚いた。
 と。
「海原さん真咲さん、こっちには無さそうですよ」
 隣の部屋から、名前通り鮮やかな濃い青――瑠璃色の髪が眩しい少年、青が顔を出した。すぐ後ろから所長の妹、零も続いて顔を出す。
 クミノはゆっくりとそちらに顔を向けた。
「そこのお兄さん、何が無いと?」
「…お前は?」
 つい今し方まで所内に無かったクミノの姿に、青は訝しげに問い掛ける。
 と、彼女の真っ直ぐな黒い瞳に、じっ、と見上げられた。
「…人の名を訊く前に自分の名を名乗れとは言いたいが。まぁ、つまらぬ事で諍いを起こしても仕方が無い。ここに居て協力し動いている様子である以上、少なくとも敵ではなかろう…私の名はササキビクミノ。零さんから連絡をもらって来た者だ」
「ああ、お前が…。失礼。俺は芹沢青って者だ。確かにお前の言う通りだな。今は爆弾探しが先決――」
「爆弾?」
「念の為にね。狙撃した当の相手がこもる事を想定していたなら…無くはない手段だからさ」
 青の答えに発案者――みたまが作業――各所を探しつつ、補足する。
「ふむ。こちらが立てこもる事を想定して…か。確かに有り得なくはなかろう。探すか」
 私も手伝おう。


■■■


「…どうも無さそうだねえ」
 ふぅ、と息を吐きつつ、みたま。
「ま、無いに越した事は無いでしょうが。…正確な狙い方と失敗した後しつこく続けて二度三度と打ち込んだりしないで退いてる事を考えると――プロ、と呼ばれる連中の仕業なんじゃないか、とは思うが…ね」
 考え込みつつ、青。
 と。
「…そしてここにプロもしくは元プロと言えるような人物は三人居る訳よね」
 さらりと言うみたま。
 少し驚いたように青はぴくりとみたまを見た。
 それを受けるよう、何処か面白そうにみたまは青をちらと見る。
「私に真咲にお嬢ちゃん――ササキビ…いや、呼び難いな、クミノで良いかい?――の三人ね。と、言う訳で真っ当な狙撃事件なら色々当たりは付けられる訳だけど…」
 撃ち込まれた筈の弾が無いと来りゃ…どちらかと言うと真咲頼みになるかな?
「…確かに、真っ先に気付いたのは貴方だと伺ったが…」
 何故どのように気付いたのか伺いたい。
 それで、敵がどんな存在かも多少なり推測付けられるだろう。
「そうですね。…まずは殺気、に似た強い意志…と言うか想念、でしょうか」
「殺気」
「で、それが外からだとわかったところで…窓の外から良く見える位置には草間さんだけしか居なかったものですから」
 狙われたのは草間さんだと思った訳で。…ただ狙われる可能性だけなら――その時室内に居た誰にも可能性はあった訳ですがね。…俺にも、海原さんにも、零さんにも。
 ですがその時――草間さん以外は外からは狙い難い位置に居まして。
 そこからは身体が勝手に動いていただけです。
「殺気か。となると警告の線は消えるか」
 殺す気で来ていると言う事になるか。
「そうなのよね。だからこそ爆弾の線も考えたんだけど」
「…ところで真咲さん、今日だけは席を外せ、と仕事先の責任者――紫藤と言ったか――から言われ今ここに居ると聞いたが」
「ええ。あまり無い事なんですがね」
「その『あまり無い事』を聞いたところで同じく『あまり無い』と言える草間さんの狙撃に遭遇するか?」
「ササキビさん?」
「その紫藤さんに今日のこの事を聞いてはみたのか」
「…」
「彼がこの狙撃を懸念して貴方を出した可能性は?」
「…どうでしょう?」
 ふむ、と頷き御言は自分の携帯電話を取り出し掛け始めた。
「…確かに俺は元々、危険に対してはある程度敏感に出来てはいますが」
 だからと言って草間さんの件であの人が関係あるとは…少々考え難いですがね。
 言いつつも携帯電話を耳に当てている御言。掛けている相手はクミノとの話に出てきた紫藤。
 それを見て、ふと青が口を開く。
「…真咲さんの雇い主が何か関係あるって事か?」
「さぁねぇ。ま、関係がありそうでも無さそうでも――何か普段と違う事があったってんなら取り敢えず確認はしとくべきかもね」
 とは言え、何だかんだ言っても今回は興信所の所長さん当人が一番信用に足る情報持っていそうだけど。
 持参した御神酒用の酒に手を伸ばし、当然のように開封しつつみたまがぼやく。
「ええ…確かに草間さんには明らかな心当たりがありそうでしたよね。杉下、と仰っていましたか」
 携帯電話を耳から離した御言がぽつりと言う。…紫藤は通話に出なかった様子。
「…そうだ。何故今草間さんがここに居ない?」
 今更ながら指摘するクミノ。
 だからこそ、周囲半径二十メートル内に一般生命体であるなら約一日で死に至る障壁――などと言う厄介な物を持つこの身で草間興信所に来る気になった事は確かだが――だからと言って今ここに武彦が居ない事を是とする訳ではない。
 理由を聞く必要はある。
 クミノ以外の面子は顔を見合わせた。
「それは――」
 草間さんは早々に、出て行ってしまったんですよ。
「…」
「危ないから待って下さいって…引き止めたんですが…行っちゃいました」
 しゅんとしたように、零。
 力尽くでなら幾らでも止められるが――霊鬼兵故の力を使って止めるのは――それも他ならぬ『兄』を止めるのは嫌だったらしい。
 それもまた、武彦に言われて――武彦の妹になってからそれが嫌になったと言う事なのだが。
「兄さん…大丈夫だから、って…あんな顔されてしまったら」
 消え入るような声で零が言う。
「あんな顔?」
「…笑って見せたんですよ。零さんに」
 大丈夫だ、ちょっと出てくる。誰も付いて来ないでくれ。…きっぱりとそれだけを言って。
「ま、当人がそんな調子だからね。勝手にやらせた方が良いのかな、って私らも私らなりに勝手に動いてみてるんだけど」
 ぴ、といつの間に掛けていたのか自身の携帯電話の通話を切りつつ、みたま。
 のほほんとガラスコップに注いだ酒を傾けながら。
「で、今はここの所長に絡みそうでこの手の事をやれそうな奴が居るかどうかをコチラの伝手から確認をしてみた訳なんだけど…どーも意味無さそうに思えるけどね」
 ま、やれる範囲の事はしないと娘たちに怒られそうだし、やるだけはやっとこうか、って事でさ。
「そう言う事。爆弾が無いとわかったところで…次は狙撃地点を調べに行く気ではあるんだが、な」
 ちら、とみたまに御言――狙撃点をあっさり見抜いていたふたり――を見つつ、青。
 クミノは再び窓と机上を見た。
「痕から見て…斜め上だな、急角度」
「そ。窓から覗けば一発よ。遮られないで見えるところは一ヶ所しかない」
 道を挟んだ向こう側の建物。
 …ちょうど何のテナントも入ってない階がある。
「俺はあそこに行ってみるつもりですよ。何か痕跡があるかもしれないですし」
 それに何も無くとも、『地の記憶』を起こしさえすれば――そこから撃ったのでさえあれば、何か『残って』いる。
 俺はそれを再現させて、見る事が出来ますから、と青。
「では俺は…ひとまず直に店に行ってみますよ」
 席を外せ…と言われてて追い出されたにしろ、狙撃されたとなれば緊急事態ですし。
 疑惑があるなら解消した方が良いですしね。店自体それ程遠くもありませんから、と御言。
 そしてふたりが興信所から出て行こうとした――その時。

 じりりりりりりりりん

 デスク上の黒電話が鳴り響いた。
 青と御言は出て行こうとした足を止める。

 じりりりりりりりりん
 じりりり

「草間興信所。…誰だ」
 受話器を取ったのはササキビクミノ。
(…まさかこの電話にお前が出るとは思わなかったな、ササキビ)
 受話器から響いたのは、狙撃された張本人の声。
 狙撃されて早々、いつの間にか姿を消していた――草間、武彦の。



■boundary of nothingness 〜 手に残る記憶■


「今何処にいる。何故消えた? どう言う事なんだ、草間さん」
(…もう、何も気にしなくて良い。お前たちが気遣ってくれているのはわかる。だが、これは俺の問題だ)
 淡々とした声が返される。
(帰ってくれて構わない。本当に、それ程…大事にする必要は無いんだ)
「…そして私たちの心配も無視すると言う訳か。今、何故貴方は居るべき場所に居ないのだ?」
 草間興信所の事務所に。
 …怪奇探偵の窓口が居ない、それだけでも常の状態では無い――大事だとは思うが。
 それも、狙撃された直後から姿を消しているともなれば、余計にな。
 だからこそ私がここに居られるのも確かだが…本意では無い。
 貴方には平穏で居て欲しいのだ。
 と。
 話すクミノに、労るような声が受話器から響いた。
(…お前が盾になろうとしなくても良い。ササキビ)
「――」
(俺が居なければそこには何も起きない)
「何を言う!!」
(暫くしたら戻る)
「…杉下とは何者だ。そいつが居なくなればすべて済むのか、その為に貴方は今ここに居ないのか!」
(ササキビ)
「真っ当な銃では無いようだと聞いた。ならば私に出来る事は殆どあるまい。だが…」
(…上を見てくれ。撃たれた窓からだ。道を挟んだ向かいの建物。テナント募集の白い貼り紙)
「――何?」
 言われ、クミノは黒電話を備えつけられた本体ごと取るなり、ばっ、と窓に貼り付きがらりと開ける。
 受話器を通して武彦に言われた通り、見上げた。
 何事かとみたまや青、零に御言もその後ろからクミノの見ている方を視線で追う。
 撃たれた窓の先、道を挟んだ向かいの建物。テナント募集の貼り紙――その何枚か隣に当たる窓の向こう。


 そこに。
 黒い上着を羽織った武彦が居た。


「草間さん! …っておい!?」
 その姿を認め、ぎょっとする青。
「何やってるんですか兄さんっ」
 大声を上げる零。
 ただ黙って見据える御言。
 ふぅん、と気が無い様子で、ガラスコップを傾けつつ見上げるみたま。


 何故なら。


 何か――半透明な『幻』が武彦の右手の中にある。
 銃。
 何処かピースメーカー――45SAAに似た形の、だがピースメーカーとは違う――ややバレルの長いその『幻染みた銃』が握られ、銃口が――興信所の窓に真っ直ぐ向けられている。
 場所が近いが故にか――そこまで細かく見る事も可能だった。


「…」
 クミノは黙して向かいの建物――テナント募集の貼り紙が貼られた窓の横、狙撃点と目していたその場所――今、武彦がこちらに銃口を向けて来ているそこを見上げている。
(あいつは――ここから、こうして撃った)
 受話器から聞こえて来る武彦の声。…銃口を向けている武彦の左手には携帯電話がある。耳に当てられ唇も動いている。喋っている。受話器から聞こえて来る通りの言葉を話しているのがわかる。
 ――今、こちらに銃口を向けているあの男は…草間武彦当人だ。
(あいつは…俺が死のうが死ぬまいが構わなかった。ただ、自分を忘れるなと、それだけの為に撃った)
「…あいつ、とは」
(杉下神居)
「…何者なのか」
(…)
 武彦が漸く銃口を逸らす。
「草間さん。…お答え願いたい」
(わからない)
「…それは」
 どう言う?
(この『銃』が見えるか?)
「ああ。…皆も見えている」
 と、クミノが答えるなり武彦は『銃』を持っていた手を、興信所の皆に見せ付けるように掲げたかと思うと――そのまま無造作に指を開いた。
 と。


 持っていた『幻染みた銃』は唐突にそのまま消失した。


 直後、武彦の口が開かれる。
(………………俺には見えない)
「…どう言う事だ」
(俺が持っている唯一の銃は…事務所にあるデスクの一番上の抽斗の中だ)
 と、クミノの持つ受話器に言われた途端、御言が頷く。
「確かに。…ベレッタが入っていましたね」
 先程爆弾探しをしていた時に見掛けました。
 あっさりと言う御言の声に、クミノは受話器から耳を離し、彼を見る。
「…聞こえているのか?」
「この距離なら唇が読めます」
「ああ…慣れていれば可能か」
「…何がです」
「抽斗の一番上に銃が入っていたでしょう。今草間さんがその確認をして来まして」
「ってあれは…幾ら何でも色んな意味で不用心じゃないか…?」
 銃があるのをちゃっかりと見ていた青も、思わずと言った様子で呟く。
 拳銃を持っていると言う事実も、それがこんなにわかりやすい場所にあり、あまつさえ保管場所に鍵さえ掛けていないと言う事も、こんな時に持ち歩いていないと言う事も、仲間にとは言え平気で所在を教えると言う事も――不用心だろう。
(お前らに知らせるだけなら問題は無いさ。それに…銃本体はあっても弾がちょうど切れている。使えんよ)
「…草間さん?」
 今、青の科白に答えるような声が受話器から…。
(…俺もそれなりに唇は読める)
 探偵としても色々と便利な技能なんでな。
 クミノの疑問に対し、あっさりと武彦はそう告げる。
「そう、か。…さて芹沢さんだったな、草間さんから伝言だ。『お前らに知らせるだけなら問題は無い。それと銃本体はあっても弾がちょうど切れていて使えない』そうだ。唇が読めるそうだよ。こちらで話している私たちの話はすべて通じていると思って良いらしい」
「…」
 複雑そうな顔でクミノを見る青。
 と。
(ここに来て見てはっきりした。俺はこれを知っている。ここに居た男。俺を撃った男、使われた銃、どんな思いだったか。杉下は顔を見せに来ただけ。『俺の存在を忘れてのうのうと暮らしているな』と――)
「…何の話だ、草間さん」
(俺が持っている銃はそこにあるベレッタだけだ)
 問うクミノを遮るように武彦は言葉を紡ぐ。
(他には一切持っていない。だが俺は、今お前たちが俺の手の中に見ただろうその銃を――知っている。手が記憶している。馴染んでいる。あの銃はこう使う。自分の手の中にそれがあると思って、今は――狙撃手が居ただろうこの場所から、撃たれただろう当の場所を狙ってみた。それだけだ)
「…検証したのみか」
 ほっ、とクミノは息を吐く。
 幻でも何でも、他ならぬ武彦から銃が向けられるなんて冗談じゃない。幻染みているとは言え、通常の武器では無いだけの何らかの『本物』である可能性も否定出来なかったのだから。
「だが、それで何故私たちの目に…貴方の手の中に銃が見えた。何か理由があるのか」
(実際の狙撃に使われたのも同じ銃だ)
「何」
(俺の持っているこれと同じ…だが違う…ロット番号がひとつ違うだけの)
 言って、先程広げた手を再び銃を持つ形に戻す。
 が、今度はその手の中に銃は無かった。
「草間さん」
 ゆっくりと青が口を開く――唇が読めるついでに直接武彦の科白をそのまま喋っていた御言の科白を聞いて。
「…『俺の持っている』ってのは何ですか」
(そこだよ。問題は)
 言って、武彦は空いた右手で自分の頭を指差した。
(わからないのに記憶にある。そこにあるベレッタよりずっと手に馴染んだ感覚さえある銃が別にある)
 それが、今『持って構えていた』ものだ。
(杉下神居の名も同じだ。…誰だかはわからない。だが、深く知っている。ひどく近しい存在として)
 だが、そこまでだ。具体的にどんな立場で、どんな関係でだったのか――さっぱりだ。
「どう言う事だ」
(だから、わからないんだ)
「…それで納得しろと言うのか」
(納得も何も、俺にはそこまでしか言えない。はっきり言える事は、同じ原因で同じ事件はもう起こらないって事だけだ)
 それだけは俺の中の『何か』が識っている。
 武彦の中に何故かある、確信にも似た何かがそう言わせる。
 これは、あいつが…知る筈の無いこの記憶を残そうとしただけの事。
 忘れるなと。
 他でも無い――俺とは違う俺自身の為に。


(これから戻る)


 窓から興信所を見下ろしたままそれだけ残し、武彦は踵を返す。

 と。

 残像が。
 背を見せる武彦の居るその場所に。
 重なるように。
 武彦と良く似た――だが違う男の背中。
 頭には、おさまりの悪い黒髪がはねている。
 ――武彦の髪型とは明らかに違う。

 そんな姿が興信所から見えていた。
 そして。


(…それでも動かないのなら――もう二度と会う事も無いだろう)


 最後に告げられた――クミノの持つ受話器に届いた言葉。
 だがそれは『明らかに、武彦の声では無く』。
 それどころか、他の…どの知り合いの声でもなかった。


「――待て、誰だ!?」


 その声に慌てて問うクミノ。


 と。
 暫し迷うような沈黙の後。


(………………虚無の、境界)


 静かに。
 草間武彦とは明らかに違う声は――それだけを告げる。
 次には何処かくぐもった、ぶつっ、と通話が切られる音が――クミノの持つ黒い受話器からそっけなく聴こえたのみで。
 その時にはもう、向かいの建物から、草間武彦の姿は見えなくなっていた。


【了】



×××××××××××××××××××××××××××
    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
×××××××××××××××××××××××××××

 ■整理番号/PC名
 性別/年齢/職業

 ■1685/海原・みたま(うなばら・-)
 女/22歳/奥さん 兼 主婦 兼 傭兵

 ■2259/芹沢・青(せりざわ・あお)
 男/16歳/高校生/半鬼/便利屋のバイト

 ■1166/ササキビ・クミノ
 女/13歳/殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない。

 ※表記は発注の順番になってます

×××××××××××××××××××××××××××

 ※以下、公式外のNPC

 ■杉下・神居(すぎした・かむい)
 男/?歳/詳細不明

 ■真咲・御言(しんざき・みこと)
 男/32歳/バー『暁闇』のバーテンダー兼用心棒・元IO2捜査官

 ■紫藤・暁(しとう・あきら)
 男/53歳/バー『暁闇』のマスター

×××××××××××××××××××××××××××
          ライター通信
×××××××××××××××××××××××××××

 いつもお世話になっております深海残月です。
 常連さんも再びの御参加の方も初めましての方も、御参加有難う御座いました。
 今年も宜しくお願い致します。
 …相変わらず初日に発注下さった方の納品期日=お渡しする日になりつつありますが…(滅)


 ※ひとつ御注意。
 公式頁に同時納品されているのは12人と思われますが、話を書くに当たりこちらでちょっと分けさせて頂きまして、今回は3人、4人、5人と分けてそれぞれ全然別の話にさせて頂きました。…途中に部分的に個別があるのでは無く、全面的に違う話が三種類になってます(そのせいで…ただでさえ遅いのに更に余計に納品が遅くなったとも言います/汗)。同じ「預り知らぬ過去の鳴動」に参加していても、登場人物欄に居ない人とは一切関り合ってはいません。
 が、お渡しした以外の二種類の話を見ると、別の角度から理解が深まる可能性があったりもします。
 …って、『杉下神居』の正体に関して、なので…疾うに察されているかもしれませんが。


 改めまして。
 今回は…初めましての方でなければ…見て頂いた時点でわかるかと存じますが、今まで私がやっていた調査依頼とは少々趣が違っていたりします。
 ――何と言いますか、『当方の異界をターゲットに置きながら、明確に異界では無い』話になっておりまして。
 異界の準備段階とでも言いましょうか。
 これは異界だろうと判断下さった方も多かったようですが…出した窓口が草間興信所である通り、この話は『通常の東京怪談』の範疇に含めています。
 やはり少々紛らわしかったようですね。
 すみません。
 …実は今回、『わざと』紛らわしくしたと言う部分もありまして(汗)
 今回はさすがに苦情が出るのを覚悟しております…。

 また、今回、なにやら折角頂いたプレイングがあまり関係なくなってきてしまった部分も多かったりします…。
 いえ、草間武彦が初っ端から心当たりの名前を口走っていたり(→様々なアプローチで心当たりを思い出してもらおうと言うお話がこの時点であまり意味が/汗)、撃ち込まれた筈の銃弾が何故か見当たらない(→銃弾から割り出す、と言うお話もこの時点で以下略/汗)、と言う事情から…。一応オープニング時点で「残されているべき弾の存在」には一切触れてなかった筈なんですが…言い訳ですね(汗)
 とにかくそこもまた申し訳無かったと(謝)
 ………………実は初めから真っ当な話になる予定じゃなかったんです。今回。


 まずは前提として。
 …『通常怪談では草間武彦はこの狙撃犯の正体を知りません』。
 ですが、『当方異界での草間武彦(ディテクター)は狙撃犯の正体を明確に知っています』。

 現在の東京怪談内では界鏡現象が起きています。
 即ち、各人にとって、別の現実が存在したりもします。

 そして、東京怪談に存在するPCの方々は。
 界鏡現象で分かたれた何処の世界にでも関れるようになっていると思います。
 …で、NPCの方はと言うと、別の世界――異界でも、そこに存在したなら、同一人物は同一人物なんです。
 それぞれ、通常怪談とは少しずつ、もしくは大きく違えた歴史を辿ってはいますが。
 本質的には同一人物でも、性格やら過去やら様々な要素により、殆ど別人のようになっている事もあります。

 で。
 特に当方異界に話を持って来ますと、世界観的なものは通常怪談と殆ど違いがありません。
 が、あくまで『殆ど』違いが無いと言う事で。
 反面、『微妙に違う部分』はちびちびとたくさんあったりします。
 実は今回出しました草間武彦の過去と言うのはそこの『微妙な違い』に関る部分です。


 通常怪談では界鏡現象、異界の存在はどう取り扱うつもりか――と言う部分を今回は出してみた訳でして。


 なので今回、この場所(草間興信所調査依頼)での草間武彦の記憶も必然的にあやふやな訳で。
 このあやふやさ、紛らわしさを通常怪談と当方異界の関り方の前提にしたい部分もあるので、異界の話を動かす前に、事前に「他の調査依頼」としてこんな話をやらせて頂きました。

 通常怪談のNPCに当方異界の話を持ち掛けたり、逆に当方異界のNPCに通常怪談の話を持ち掛けますと、この双方の記憶の中で「確りしているもの」と「妙にあやふやになっているもの」の二種類の記憶がある事になります。
 即ち、通常怪談では当方異界での、当方異界では通常怪談での出来事が「夢か幻の中のような印象でだけ」記憶にある場合もあるんです。双方で共通している出来事に関してはその辺りの不都合は特に無く何も問題は無いですが、「違っている」出来事に関しては…どちらに聞いても全然知らなくは無いですがその場合、その出来事が起きていない側の世界からは信用に足るような確りした証言は一切聞く事が出来ません。

 具体例としては今回の事件に関する草間武彦の反応か、PCゲームノベル『味見と言うより毒見〜解決編』でやらかしました、前振り編である草間興信所×2に関するNPCの反応のような感じになります。

 …って、これを草間興信所でやるのはちょっぴり反則技のような気もしますけど(笑)
 こんな感じで、異界以外の調査機関でも時々異界ターゲットの話を出して行くと思います。
 遅筆な癖にわざわざ手間の掛かる事やらかして風呂敷広げてます(汗)


 …と、本文以外まで長々と申し訳ありませんでした(ある意味毎度ですが/汗)
 その事もあり、またなんですが…(汗)個別のライター通信は省略させて頂きたいと…。

 少なくとも対価分は楽しんで頂けていれば…幸いなのですが。
 では、また機会がありましたらその時は…。

 深海残月 拝