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<東京怪談ノベル(シングル)>


給食と昼休みと放課後と。

キーンコーンカーンコーン…
午前中の授業が終わりを告げるチャイムの音が響く。
とたんに騒がしくなる校舎。
みな誰もが嬉しそうな表情で片付けをはじめ、そして専用の袋の中から各自のエプロンを取り出す。
そう、午前中の授業が終われば…小学生にとって楽しみのひとつである給食の時間である。
給食当番になっている者が列を作って教室を出て行く。
クラスの女子児童の1人、中藤・美猫(なかふじ・みねこ)も、
”給食の時の班”になるように机を向かい合わせにする。
おかっぱ頭にジャンパースカートという出で立ちが最近では珍しいのだが彼女にとてもよく似合っていた。
「ねえ美猫ちゃん、今日の給食ってデザートとかあった?」
不意に、後ろの席の女の子に問い掛けられ、美猫は小首を傾げた。
確か家を出る前に献立表を見たはずで…
「えっと…チーズがついてるんじゃないかな?」
「ホント〜?男子が喜びそう〜!」
女の子は笑いながら椅子に座って給食当番の到着を待つ。
五分ほどして給食当番は教室に戻ってきて、配膳を開始する。
確かに今日の給食にはチーズがついていた。
当番がそれぞれの席に一個ずつ配って行く。
チーズはひとつの箱に6個入っていて、それが6箱用意されている。
クラスの児童は全部で35名。それに先生が一緒なので1人足して合計36名。
本来なら全部無くなる…ところなのだが、今日は欠席者が1人いるのだ。
「おい!余ったチーズ、ジャンケンな!」
「やーだよ!一番最初に食った奴がゲットだ!!」
「えージャンケンにしようぜ〜!」
男子生徒が早くも余った一個を誰が食べるかという話題で盛り上がっている。
美猫は特にこだわりもなく、自分の前に当番の子がチーズを置くのをただ見つめていた。
しばらくして、当番の子が配り終えた状態で「あれ?」と首をかしげて立ち尽くしている。
周囲の児童が「どうしたの?」と口々にその子の周囲に集まって…
「チーズ余らないよ?」
「え?!なんで?」
「おかしいよ〜!嘘だ〜!!ちゃんと探せよ!」
「お前盗ったんじゃないのか?」
「そんな事ないよ!!酷い!見てよ!」
チーズ一個が余らなかっただけなのだが、男子生徒を中心にわいわいと教室内が騒がしくなる。
この年代の男の子にとって、チーズとかゼリーといった給食のおまけ系はかなり重要なのだ。
全員の持ち物チェックして犯人探しまでやろう!と盛り上がり始めたところへ…
「はい。静かに。全員にちゃんと配れてるから…いいじゃないですか。
給食のおばさんが最初から減らしていたのかもしれませんしね」
担任の先生が場を宥めに入った。
しかし、納得いかない男子児童たちは相変わらずうるさく言い合っている。
美猫がその様子を見つめていると、騒ぎになっている輪から少し離れた場所にいた女の子が、
どこか寂しげにそっと音も立てずに教室を後にして行く。
美猫は「どうしたのかな?」と思い、立ち上がろうとしたのだが…
「あっれ〜?チーズちゃんと余ってるじゃん」
「え〜?!ほんとだ!」
突然、それまで「無い」と騒いでいた子達が…ちゃんと一個余っている事に気付き、
先ほどとはまた違った騒ぎが沸き起こった。
美猫はその様子を見て、隣にいる女の子に声をかける。
「ねえ、今さっき出て行った子のチーズじゃないのかな…」
「え?誰も出て行ってないよ?」
「でも…さっき三つ編みの髪の長い女の子が…」
「そんな子いないよ〜!美猫ちゃんの勘違いだよ」
女の子に言われて、美猫は「そうなのかな?」と思う。
しかし、確かに女の子が教室から出て行くのを美猫は見たのだ。
「はいはい。いいですか。静かにしましょう。
皆の勘違いだったみたいですね。さあ、もう配膳も終わりました。給食にしましょう」
やがて、騒ぎがある程度収まった瞬間を見計らって、先生がそう声をかける。
男子児童をはじめ、クラスの児童たちは口々に呟きながらもそれぞれ席に付く。
そして、日直になっている子の号令と共に、給食タイムが開始されたのだった。
美猫は給食を食べながら目の前にあるチーズをじっと見つめて、それをそっとポケットに仕舞う。
昼休みになれば教室から出て行ったあの女の子を探して渡してあげようと思ったから。

けれど、そんな子はどこにもいなかった。
昼休み中、学校の中を探して走ったのだけれど…見つからなかった。
他の教室や学年も覗いてみたけれど…。

「どこに行ったのかな…」
放課後、ランドセルを背負ったままで美猫は教室に1人残っていた。
ポケットには、チーズが入ったまま。
もしかしたら昼休みは外に遊びに行ったりしていて見つからなかったのかもしれないと思って、
放課後になってすぐ探してみたのだけれど…。
「いらないのかな…チーズ…」
ぽつりと、美猫が寂しげに呟いた時―――
「あ…」
ガラリと教室の戸を開いて、給食の時間に見かけた女の子が顔を覗かせた。
女の子は美猫の存在に気付いて、少し驚いた様子だったが…。
「チーズ、いる?」
美猫が微笑みながらポケットから差し出したチーズを見て、嬉しそうに頷いた。
そして美猫のそばにやって来る。
近くで見ると、確かに同じクラスの子でもないし、美猫もあまり見かけたことの無い女の子ではあった。
でも、他のクラスの子の顔を全員覚えているわけもないし、
ましてや学年が違っているとしたら知らなくて当然である。
「はい、どうぞ」
「ありがとう!」
女の子は両手でチーズを受け取って、美猫に嬉しそうに微笑みを向けた。
そして、徐にその場でチーズの周囲を包装している銀紙を外す。
美猫が見つめる中、女の子はチーズを綺麗に半分に割って、片方を美猫に差し出した。
「え?」
「はんぶんこしよ!あげるよ!」
「美猫に?くれるの?」
「うん!」
差し出されたチーズの半分を受け取り、美猫は「ありがとう」と笑みを浮かべる。
女の子と向かい合って、お互いに微笑みあいながらチーズを食べ合った。
放課後、こうやって誰かと給食の残りを取っておいて食べるのは…なんだかドキドキする。
嬉しいような気持ちもあって、美猫は知らず表情が緩んでいた。
二人が食べ終わった頃、女の子がふと時計を見る。そして、表情を少し寂しそうに変えて。
「わたし、時間だからそろそろ行くね!」
「あ。そうだね…美猫も早く帰らないとおばあちゃんに叱られるかも」
「怒られちゃうと恐いよね!」
「うん。でも美猫はおばあちゃん、好き」
「そう…いいね!」
女の子は満面の笑みでそう言うと、突然立ち上がって教室から出て行く。
「あ、あのね!えっと、美猫は、中藤美猫って言うの」
「ありがとう美猫ちゃん!…ばいばい!」
女の子はそう言いながら、教室を出て…廊下を走り、階段を駆けていく。
美猫は慌てて追いかけたのだが…女の子の姿はもう見えなくなっていた。

翌日も、見えなかった。

翌々日も、見えなかった。

それからずっと…女の子を見ることは、無かった。

美猫は少し寂しかったけれど…一緒に食べたチーズの味が美味しくて、
女の子の事を思い出すたびに嬉しくなって、思った。
またどこかで会えたら一緒にチーズ食べよう、と…。



[終]