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<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


デパートワンダーランド


 駅から徒歩5分。新築20階建て屋上完備の4LDK。
 その割に家賃は破格値の激安物件となれば裏が当然あるものだ。慈善事業ではないのだから。
 例えば微妙に傾いているとか、裏に墓地があるとか、いわくつきの土地であるとか……そう、多分にももれずこの駅前マンションにはどんな所以があるのかわからないが魑魅魍魎の噂が絶えない。
 噂が絶えない。というか、むしろ実際に出ちゃったりするのだが、それによってマンションの住人が激減するような事態には今のところなっていないのは、家賃の安さもあるのだが、住人達自身が結構人外魔境だったりするせいもあるだろう。
 まぁ、人外魔境な人種にもいろいろあって、もう根っから根本的に人外であるものから、微妙に人外の血が混ざっているものやら、突然変異なのか特殊な能力を持っているものやら―――
 だが、ここの住人達はマンションという人付き合いが希薄になりやすい場所で、妙に互いに馴染みながら生活を送っていた。


 マンションの交流の場になるのは主に、1階のコミュニティスペースである。
 今日も今日とて、平日の真昼間だというのにコミュニティスペースにある椅子でくつろいでいる人物がいた。
 明らかに平日の昼間こんなところにいてはまずいであろう少年―――伍宮春華(いつみや・はるか)がまったくもって堂々と缶ジュースを飲んでいる。
 そこへ通りかかった青年に春華は悪びれる様子もなく声をかけた。
「竜磨じゃん、珍しいなこんな時間に外出歩くなんて。活動時間にはまだ早いんじゃないのか?」
 悠桐竜磨(ゆうどう・かずま)が大学生であるのだが夜のバイト8割学生2割の昼夜逆転生活を主にしているのを知っている春華はニヤニヤと笑ってそう言った。
 だが、実際夕方からバイトに行き深夜から早朝が帰宅時間であるはずの竜磨にまだ日が高いこんな昼間に会うことが珍しいのは本当のことなので、竜磨としては春華の台詞を否定することも出来ない。
「そういう春華こそ、学校どうしたんだよ?」
「んー、今日は風が強いから休んで屋上にいたんだけど、のど乾いちゃってさ」
 まるでハメハメハ大王の子供のような欠席の理由だが、まぁ、学校への出席率では人のことを言えないのは自覚があるので竜磨はそれ以上敢えてなにも口にしなかった。
「で、どこ行くんだ?」
「んー、そろそろ本格的に寒くなってきただろ? 俺、結構突発的に家出てきたから実はあんまり家具とかまともに揃ってないんだよなぁ……んで、ちょっと買い物に行こうかと思ってな」
 そんな話をしているとマンションのエントランスの入り口をくぐって今時珍しいまでの瓶底眼鏡をかけた青年が入ってきた。
「おー、榊さん。今帰り?」
「今日は1コマしか授業なかったんよ」
 おっとりとした口調で、自主休校の2人とは対照的に真面目に大学に行き尚且つちゃんと授業を受けてきた榊和夜(さかき・かずや)がそう言った。
「2人は何してはるん?」
「俺はこれから竜磨の買い物についていくんだけど、榊も行かねぇ?」
 いつの間にいっしょにいくことになったのか、どうやら春華は退屈凌ぎに竜磨の買い物に付いていく気満々になっていた。なっていたというより、決定している。
「買い物って何買いに行かはるんです?」
「家具とかホットカーペットとか欲しいなぁと」
 榊に尋ねられて、竜磨はとりあえず購入予定の物をあげる。
「そうやねぇ、もう冬だしねぇ」
 そういう和夜の頭には中綿の半纏が頭に浮かぶ。冬といえばやはり、半纏にコタツでみかんでまったりという図が頭に浮かんだ。
「それならここに行かへん? 今帰りに貰ったんやけど……」
 榊が相違ってかばんの中から取り出したチラシには、大きくどどんと、

「店舗移転の為閉店セール!」

と印刷されており、日付は今日から1週間になっていた。
 竜磨と春華はそれを見てお互いに顔を見合わせると、
「行く!!」
と叫んだ。


 扉を開けるとそこは戦場だった。
 平日だけあって主に主婦らしいおばさんが大多数。
 フロアによっては低く見積もっても中学生からOLくらいの年齢も結構見受けられる。
 そして、言えることはひとつ。
 主に女だらけの戦場だということだろう。
「……すごいな」
「……圧巻ですねぇ」
 特に、ワゴンセールのあたりなどワゴンの中の商品を引っ張り合ったり、勢いあまって同じ商品を手に取ろうとしている他人の手をつかむなんて当たり前、下手すると殴り合い流血沙汰になるのではないかという緊迫感あふれる空間と化していた。
 竜磨と和夜はその地獄絵図さながらの状態にかなり気圧されている。
「ちょっと、そんなとこに突っ立ってたら邪魔よ邪魔!」
 呆然と立っているとおばちゃんブルドーザーに追突され、そんな捨て台詞を吐いてひき逃げされるという恐ろしい目にもあう。
「ここんなとこで知り合いの女の子とかに会いたくないよなぁ」
 特にお客さんには……とホストのアルバイトをしている竜磨はこっそりと心の中で付け加える。
「ホンマに女の人は魔物いうのも判りますわぁ」
 和夜のその台詞は果たしてこの状態を形容するのに正しいのかどうか、判断に苦しむところだが、この女性という生物たちの「バーゲン」にかける情熱とエネルギーは男性には一生縁のないものかもしれない。故に、「魔物」的に視界には映るのかもしれない。
 唖然呆然、想像以上の状態に半分魂を抜かれかかってる2人とは逆に、春華は目を輝かせている。
 現代社会にいまいち慣れきっていない春華にはこのバーゲン戦争状態が物珍しくなんだか妙に楽しそうに見えるのだろう。妙にわくわくしているのが見て取れる。
 春華のその顔を見て、何か騒ぎを起こされてはかなわないと、竜磨は首根っこを押さえて、
「よし、上行くぞ上。家具売り場だ」
「えぇ、もうちょっと見てようぜーなぁ、なぁってば」
春華は異を唱えたが強制連行となった。
 身長差を活かして春華を連行して7階の家具売り場へ行った竜磨は和夜に付き合ってもらいとりあえずベッドと棚を探すことにした。
「ベッド今までなかったんですか?」
「う〜ん、まぁ、ベッドなくても布団があれば寝れるし、その分をテレビとか電化製品のほうに回したから」
 そう言いながら竜磨が見て回るのは黒っぽいパイプベッドやつや消しのスチール系のローベッドだった。
「値段で言ったらここらへんがやっぱり手頃なんじゃないんかなぁ」
 いったいどこから取り出したのか、全品30%OFFという表示を見て和夜が手早くその値段を電卓で計算して竜磨に見せる。
「なー、これ面白いぞ!」
 ちょっと目を離したすきに、春華はウォーターベットに乗って遊んでいる。
「こら、何やってんだよ」
 慌ててそれを止めに行った竜磨は春華が飛び跳ねているベッドの隣のベッドにやはり丸くなっている子供を見つけた。
 あたりを見回したが、閉店セール中とはいえ、平日だけあって大物買いとなる家具売り場にはあまり人は多くない。その中に親らしき人影はない。
「もしかして、迷子やないやろか」
 和夜が心配そうにその子供を覗き込むように見ると、不意にぱちっとその子供は目を開いた。
 その途端に、くしゅん!と、和夜の口から妙に可愛らしいくしゃみが漏れる。
「なぁ、坊主、親はどうした? ん?」
 ぽんぽんと竜磨はその子供の頭を撫でる。
 ぼーっとした表情の子供に、
「やっぱ迷子か? どうする、誰か店員呼んで放送かけてもらうか―――」
と竜磨が言ったなりに、子供はひしっと竜磨の服の裾を掴む。
 それがあまりにも不意打ちで、竜磨は危うくつんのめりかけた。
「お、おい」
 しかし、その子供は竜磨の服の裾を放す様子はない。
「どーするよ」
「どうするってそら、このままにしとくわけにもいかないやろうしなぁ」
「いいじゃん、細かいこと気にすんなよ。な」
 よもや、その腕を振り払うわけにもいかず……3人の買い物道中に、迷子の親探しという新たな目的も加わることとなった。

 
 とりあえず、パイプベッドとスチール棚を購入して配送の手続きをとった竜磨は、
「榊さんは、なんか買いたいものあったんだろう?」
「ええよ、別に今日買わなならんものでもないし。それより、あの子の親御さん探してあげるほうがさきやろ」
 脅しても宥めすかしても、名前ひとつ言わなかったが、時間がたつに連れ徐々に慣れてきたらしくいつの間にか春華と一緒になって売り場内を走り回っていた。
 笑顔は見えるようになったものの相変わらず名前を言うわけでもなく、親探しは困難を極めそうだった。
「こぉら、追いかけっこはそれくらいにしとき」
 和夜はそう言って春華を追いかけている子供を捕まえて抱き上げた。
 親を見つけ易いように肩車をしたはいいが、その途端に再びくしゅんとくしゃみが漏れた。
 くしゅん、くしゅん、くしゅん――――
「さ、榊さん?」
「どうしたんだ?」
「わかっ……らへん――けどっくしゅん」
 くしゃみが止まらなくなり和夜は首をかしげた。
―――猫がおるわけでもないのにおかしいわぁ。
 子供を竜磨に渡すと、そのくしゃみはぴたりと止まった。
「?」
 むずむずする鼻を指で押さえながら和夜は竜磨の肩にいる子供の顔を見た。
―――もしかしたら……
 和夜の中に微かな疑念が生まれたが和夜はあえてそれを頭から追い出すように首を振った。
「ほら、早くそいつの親探してやろうぜ」
 春華に手を引かれて4人は1階から徐々に親を探していくことにした。
 1階はアクセサリーや婦人小物、そして主に各種化粧品のカウンターが並んでいる。
 その途端、おとなしかった子供が竜磨の頭上で顔をしかめてかぶりを振る。
「お、おい……暴れるなよ、危ないだろ」
「いや、この臭いじゃないのか」
 香水や外国物の化粧品の匂いが鼻につく。
「あ〜、判った判ったさっさと次のフロアに行こう」
 2〜3階は婦人服売り場、4〜5階は紳士服、6階は子供服玩具売り場、7階は文具家具売り場、8階は電化製品、日常雑貨売り場、9階がレストラン街となっている。
 2階〜6階の衣料品売り場はデパートの中でも1番女性パワーが炸裂し、争いは時間を追うたびに激しくなっている危険地帯だった。
 その中を人を掻き分けながら、進んでいったが一向に子供の親が見つかる様子はなかった。
 何とか買い物をしつつも9階までたどり着いたが、そうそうゆっくりと見る余裕もなく3人は脱力しきっていた。
「……絶対、もう2度とこんなとこにはこないぞ、俺は」
「俺もだ」
 最初はこのバーゲン状態を楽しんでいた春華も、おばさんたちの傍若無人な暴れっぷりにはお手上げらしくすっかりぐったりしている。
「これだけくまなくまわったのに、キミの親御さんどこ行ってしまったんやろうねぇ」
 相変わらず、くしゃみをしつつ和夜はそういって子供の頬をつついた。
 不安そうな顔をする子供に、いったいいつの間にどこで買っていたのか、和夜はポケットから棒についた飴を口の中に押し込んでやる。
「あとは、屋上だけかぁ」
「そうやねぇ、そこに居てくれればいいんやけど……」
 最後の望みを屋上にかけて3人は屋上に上がった。


「うわぁ、すっげ〜」
 屋上に上がるなり、春華は駆け出していった。
 屋上には良くあるワンコインで動くパンダなどの動物や飛行機やパトカーだのパン頭の子供のヒーローだのの乗り物があり、小さな屋台のようなところではクレープやアイス、かき氷やジュースを売っている。
 その他にも、もぐら叩きやワニ叩きのゲームなどが所狭しと並んでいる。
 階下の地獄絵図からみるとまるで天国のようだった。
 親子連れが多いここなら、もしかするとこの子の親も居るかもしれないと思ったのだが―――親探しそっちのけで春華が率先して遊び始めた。
 子供2人を大人2人で追い掛け回しているうちに日も暮れてきた。
「あ〜、もう、お手上げだろう」
「そうやね、もう、お店の人に任すしかないわ」
 結局半日丸々子守りに明け暮れてしまった和夜と竜磨は早々に諦めるという決断に出たそのときだった。
 ニャ〜という微かな声が聞こえた。
 猫好きの和夜がすかさず反応すると、振り返った先には母猫と子猫4匹がこちらをじっと見ていた。
「あ〜、猫やぁ。かぁいらしいわぁ」
 極度の猫アレルギーにもかかわらず命の危険も顧みず和夜は猫の親子へと足を1歩踏み出そうとしたときだった。
 ずっと春華と2人で遊びまわっていた子供が竜磨と和夜の横を走り抜けていく。
「え!?」
 そして、次の瞬間にはその場に居る子猫は5匹に増えていた。
 2人の横を駆けて行った子供の姿はない。
 和夜が眼鏡をゆっくりはずすと猫の親子の姿が、人間の親子の姿に変わり、
「にぁぁぁ〜」
という、長い泣き声とともに、ゆっくりと頭を下げた。
 子供の一人はこちらを向いて手を振っている。
 もちろん、今日半日をこのデパートで一緒に過ごした子供の姿だった。
 和夜が眼鏡をかけると再び、それは猫の親子へと姿が戻りゆっくりと歩いていってしまった。
「な、なんだぁ?」
 状況がわからずに、竜磨が不可思議な顔をしている。
 しかし、すべてがわかった和夜はにこにこした顔をしていた。
―――だから、くしゃみが止まらなかったんやなぁ……
「無事、親とは会えたみたいやよ」
 いまいち釈然としない竜磨だったが、和夜がそう言うのだから良いだろうと納得させる。
 いつまでも遊んでいる春華を竜磨が呼ぶ。
「おぉい、春華ぁ、そろそろ帰るぞぉ」
 春華は走って戻ってきたが、その手には何かを持っている。
「なぁ、これなってるのどうにかしてくれよ!」
 そう言って彼が2人に見せたのは、携帯電話。
 ディスプレイには彼の保護者からの着信になっている。
「保護者に怒られんうちにはよ帰らんとねぇ」
 猫の親子もお家に帰ったみたいやし―――という和夜の台詞に、わけがわからない春華は首を傾げたが和夜はニコニコと笑っているだけだった。
「もう、迷子になったらあかんよ」
 そうつぶやいた和夜の言葉があの子供に届いたかどうか――――


 3人が去った屋上から小さい猫の鳴き声は下の喧騒にまぎれてかき消されてしまった。