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赤き闇に踊れ ―a contrary fire ―
[ ACT:0 ] 始まりはいつも……
月刊アトラス編集部内は今日も戦場であった。
編集部員達は、編集部に寄せられる投稿の手紙やメール類に寝る間を惜しんで目を通し、真偽を見極め『これは』と思った物を選別すると、記事掲載の許可を求めに碇麗香のデスクへ赴くのである。
「編集長、これはどうですか?」
「却下。有り触れてるネタよ、こんなの」
「この話、結構面白そうだと思うんですが」
「却下。ただ面白いだけじゃダメなのよ。インパクトが足りないわ」
ひっきりなしに裁断を委ねてくる編集部員達にテキパキと指示を与えつつ、麗香自身も今一通の投書に目を通していた。
メールで投稿されたそれは、内容的にはよくある都市伝説の類と変わらないかもしれない。だが、麗香のアンテナにどこか引っかかるものがあったのだ。
と、そこへひときわ弱々しい声が麗香を呼んだ。
「あ、あのぅ……この間の記事が出来ました……」
手にした投書から視線だけを上げ、声の主を見る麗香の瞳に、別に何もしていないのにすでになぜか半泣き状態の三下忠雄の顔が写った。
麗香に睨まれて(麗香本人にしてみれば睨んでいるつもりはないのだが)パブロフの犬よろしくだらだらと冷や汗を書きつつ、三下はおずおずと原稿を差し出した。
差し出された原稿にざっと目を通すと、麗香は躊躇いもなくその原稿を机の隣に設置してあるシュレッダーに放り込んだ。
「没」
「あぁぁ……またですかぁ、編集長ぉ……」
がくりと肩を落とす三下のいつもの光景に麗香は軽く溜息をつきつつ、
「この記事は後にして、さんしたくんには調べてきて欲しい事があるんだけど」
と、先程から読んでいた件のメール投稿のプリントアウトをひらひらと振って見せた。
「……えっ!し、取材ですか……あのぅ、僕はちょっと……」
三下は分厚いメガネの奥で忙しなく瞬きを繰り返した。麗香が自分に取材に行けというときは、絶対に怖くて危ない目にあう。これまでの数々の災難を思い出し、いやいやをするように首を振っては見たものの、そんな事で許されるわけもない。
「行ってくれるわよね?」
にっこりと微笑んだ麗香の顔が、死の先刻を告げる死神に見えたなどとは、口が裂けても言えない三下であった。
* * *
三下に託された取材の内容は、今、巷で噂されている怪談の真偽を確かめて来いというものだ。
その話を投稿してきたのは都内の高校に通う女子高生で、投書の内容は以下のようなものである。
―――――
『一ヶ月くらい前から、ウチの学校で流行り始めた「たかしくん」という怪談があるんですけど、聞いてください。
夜中の三時三十三分にある携帯番号に電話をかけて、三回コールを聞いたら切ります。すると次の日の同じ時間にメールが届きます。
そのメールを受け取った三日後に「たかしくん」が現れ、メールの内容について質問するんだそうです。
「お前は何をする?」と。
もしこのとき、霊の問いに答えられなければ、その場で焼き殺されてしまうらしいのです。
メールの内容はこういう文章です。
汝等喜びて 救いの泉より水を汲まん
声を聴き 嘆き叫びて 赤き闇に踊れ
ウチの学校の生徒で何人か、この「たかしくん」を試した人がいるらしいのですが、学校に来なくなってしまいました。
実は私の友人もふざけて試してしまって、昨日メールが届いたらしいのです。
お願いです。どうすればいいのか調べてもらえませんか?助かる方法を教えてください。』
―――――
「うう……僕のほうが助けて欲しいですぅ……」
投書を手に途方に暮れている三下の泣き言を聞きつつ、麗香は手元のスクラップブックに目を落とす。
そこには、一月ほど前から放火が相次いでいると言う記事と、先日ついにそのせいで死傷者が出たという記事が挟まれていた。
記事を追う麗香の瞳は自然と厳しくなっていた。
「噂が出始めたのも一ヶ月前……もしかしたら少し……危ないかもしれないわね」
その言葉に、さらに三下が悲鳴をあげたのは言うまでもない。
[ ACT:1 ] 手伝い日和
「じゃあよろしく頼むよ」
「はい」
柚品・弧月は教授から、彼の執筆した原稿の入った茶封筒を受け取ると鞄に仕舞い、研究室を後にした。考古学の教授である彼の恩師はたまに月刊アトラスに自分の論文、というかコラムのようなものを寄稿している。たまたま帰宅する途中に寄れるからという事で、その原稿を届ける役目を弧月は買ったというわけだ。
学部棟を出、駐輪場に向かうと弧月は愛車・スティード400VCLを駐輪スペースから引き出した。シートに跨りエンジンをかけると、V型エンジン特有の力強い振動がシート越しに伝わってくる。心地良い振動に身を任せながら弧月は駐輪場を後にした。
晴れた空は雲一つなく、バイクで走るには持ってこいだ。この原稿を届けたらまたふらりと出かけてみようか。大事なこの相棒とともに。
そんな事を思いながら風を受けていると、アトラス編集部のあるビルが見えてきた。ビル前の路上のどこにバイクを停めようかと少し視線を動かしたとき、目の前にふいに人影が飛び出してきた。
「うわっ!!」
ぶつかる寸前で危うくハンドルを切り、思い切りブレーキをかける。ブレーキパッドが軋む金属音とタイヤのゴムがコンクリートに擦られて焼ける匂いがして、何とかぶつかる前に停止した。
「大丈夫ですか?!」
慌ててスタンドを出してバイクを停めると、弧月はバイクの目の前に蹲る人影に声をかけた。
「……平気……」
弧月が声をかけてからたっぷり10秒、やけにゆったりした口調でその人物は答えると、何事もなかったように立ち上がった。
すらりとした長身に黒いコートを纏い、赤い髪が炎のように揺れた。髪と同じ赤い瞳とともに印象的なのは、その背中に背負った長刀だ。背負っている本人より長いのではないかとすら思われるそれに躓きながら、赤い髪のその男は腕に抱いたものを弧月に見せた。
「……この……猫……親を……探したい……」
「は、はぁ……」
男の腕の中で子猫がにゃあ、と一声鳴いた。
暫し沈黙。
「えっと……猫の親って里親って事ですか……?」
「そう……この子、捨て猫……でも……ボクは飼えない……から」
沈黙の多いゆったりとした喋りの途中で、男は少し悲しそうな顔をした。
どうしよう。
弧月は思った。
見知らぬ他人ではあるが、自分が轢きかけた相手だし、何だかこのゆったりペースのまま放置しておくとまた事故に遭いそうな気もする。
「あの、俺これから月刊アトラスというところの編集部に行くんですけど、そこで里親募集の広告出してもらえるか頼んでみましょうか?」
「……それ、いいね……」
もう一度、子猫が嬉しそうに鳴いた。
* * *
相変わらず目の回るような忙しさのアトラス編集部に着くと、弧月はまず碇麗香のデスクに向かった。
「こんにちは。教授の原稿届けに来ました」
「あら、有難う弧月君。毎回悪いわね」
麗香はにっこり笑って原稿の入った封筒を受け取ると、弧月の後ろに立っている男を顎で指して、
「で、時雨君は何?」
「あ、お知り合いですか。いや、そこで会ったんですけど、猫の里親探して欲しいって……」
「……うちは動物雑誌じゃないんだけど」
「そこを何とかお願いできませんか?」
弧月が両手を顔の前でパン、と合わせて頭を下げる。
「……丁度、今手伝って欲しい事があるんだけど……手を貸してくれるなら考えなくもないわよ。時雨君もね!」
麗香が弧月とともに後ろの赤い髪の男にも声をかけ、にっこりと笑みを浮かべた。
[ ACT:2 ] メールと放火と携帯電話と……
編集部に集まった面々を見て、碇麗香はつ、とその形の良い眉を片方だけ上げた。いつも様々な調査員と関わっているとはいえ、今回は少々特殊なメンバーが集まっているかもしれない。
まあそれも記事のためなら気にはならないけれど。
麗香は一つ息を吐き、来客用のソファに腰を下ろしている四人(正確には三人と一体だろうか?)に件のメールのプリントアウトを見せた。
「まずはこのメールについて意見を聞かせてもらいたいのだけれど」
「汝等喜びて救いの泉より水を汲まん、声を聴き嘆き叫びて赤き闇に踊れ……か。なんかの呪文みたいですね」
メールの内容を復唱しつつ、弧月が首を傾げた。
「素直に考えれば、水汲んだら燃やされるって感じだけど……。でもあれよね、一月前の時点で死人が出ていないのに焼き殺されるってのも変よね、この怪談」
弧月の隣でシュラインがふぅ、と溜息をつきながら意見を述べると、向かいに座った時雨が突然ガバッと立ち上がった。
「!?」
「面白半分に……電話しやがって……許さんぞ。こうなったら……直接私……が出向いてやる。……そしておまえは恐怖の……内に焼け死ね……!」
大仰に身振り手振りを加えて自分の解釈を述べる時雨を呆気に取られて見つめる他の人間に向かって、時雨は最後に「こんな感じで……どう?」と小首を傾げた。
「……あ、えっと……そうですね、最後の『赤き闇に踊れ』というのは焼け死ぬっていう感じですよね……」
困ったように目を瞬かせつつ、弧月が答える。その返事にうんうんと頷きながら、
「……キミは……どう思う?」
時雨は自分の隣に鎮座する、大柄な戦闘用ゴーレムを見上げた。
そのあまりの自然な態度に周りは再度呆然とした空気が流れた。
戦闘用ゴーレムにメールの文章を意訳してみろ、などと声をかける人間など見た事はない。資料やデータをあらかじめ揃えたうえでの検索や分析ならともかく、読解力の求められるこの手のAIはサーチには搭載していない。
「……俺には理解不能だ。この文章の単語や文節をデータと照らし合わせて過去の事件との関連性を見つけろというのならやって出来ない事はない」
人を真似て作られた戦闘用ゴーレム―――形式番号W・1107通称『サーチ』―――は、その銀色の瞳に編集部の蛍光灯の光を反射させながら、そっけなく言った。
「とにかく、まずはその投稿者の女子高生にあって話を聞いてみたいですね」
妙な沈黙の中、弧月が一つ咳をして話を本題に戻す。
「学校に……来なくなった……人達にも……話、聞きたいね……」
弧月の意見に時雨が賛同すると、シュラインも頷き、
「そうね。聞き込みとしてはそんなものかしら。後は……これよね」
そう言って、指ではじいたのは放火事件のスクラップが差し込んであるファイルだ。
「一月前から起こってる放火事件と、一月前から流れ始めた焼き殺されるという怪談。どう考えても何かありそうよね、やっぱり」
「一応、放火場所を地図に明記しておいたわ。さんした君、持ってきて頂戴!」
麗香は奥の給湯室で来客の為に茶を淹れている三下忠雄に向かって、声をかけた。「は、はいぃ!」という情けない声とともに、盆に乗せた湯のみ茶碗とともに三下が応接スペースにやってくる。
「ど、どうぞ……」
三下は手早く、とは到底いえない手つきでそこにいる面々の前に湯飲みを置くと、自分の机から赤い丸印がいくつかついている地図を持ってきた。
応接テーブルに広げられた地図を覗き込む一同の目に、いびつだが円を描く放火場所の赤い丸印が五つと、その中心につけられた×印が飛び込んでくる。
麗香がその×印を長い爪でトントンと叩き、その後周囲を囲む丸印をなぞりながら説明を加えた。
「放火現場は全て投稿者の学校から半径1Km以内。規模は最初の一件を除いて小火程度。幸い死人は出ていないようだけど、けが人はこの間出たみたいね」
その豊満な胸の上でゆっくりと腕を組んだ。
「必要と思われる資料は大体揃えておいたわ。足りなかったらさんした君をいくらでも使って調べさせていいから」
「いくらでもって……」
青褪めた顔で麗香を見る三下をよそに、麗香はそう言うと仕事へと戻っていった。
* * *
「……さて、と。じゃあ早速調べましょう。投稿者に会って放火現場も調べて……」
立ち上がりかけた弧月をシュラインが手で制した。
「ちょっと待って。ひとつ確認したい事があるの。……『たかしくん』を呼び出すための携帯電話の番号って分かるの?」
シュラインの問いに三下は壊れた人形のようにぎこちなく首を縦に振った。
「編集長が投稿者の女の子に聞いておいたそうです」
「流石ね。それ、今かけてみない?」
「え?」
思いがけない言葉に、その場にいた全員がシュラインを見た。
「今って……でも怪談じゃ夜中じゃないですか、電話するの」
「だから、昼間電話したら誰が出るのかしらと思って」
「……一応、かけてみましょうか」
そう言うと、弧月以下四人は揃って三下を振り返った。
「……やっぱり僕がかけるんですかぁ……」
「当り前……だね」
にっこり笑って時雨が携帯を三下に手渡した。
「うう……」
分厚い眼鏡の奥で涙目になりながら三下は『たかしくん』へと繋がるはずの番号をプッシュした。
短い接続音の後、電話の向こうから聞こえてきたのは、機械的な女性の声。
『現在この電話番号は使われておりません。番号をお確かめの上、もう一度おかけ直しください』
予想通りではあった。
「ま、こんなもんかしらね」
「使われてない番号だとすぐアナウンスが流れるんですよね。でも夜かけると呼び出し音がなるんですよね……多分。人間以外の何かの仕業って事なんですかね、やっぱり」
神妙な面持ちで弧月が呟くと、隣でポンと手を打つ音がした。
「たかしくん……昼間は……お昼寝、かもね……」
だから昼間は繋がらないようにしているんだ、たかしくんは夜更かしだね。そう言ってしたり顔で頷いたのは時雨だった。真剣に考えてはいるのだろうがいまいち思考がずれている気がする。
「幽霊でも夜更かしするんですかね……」
「……そうとは限らないんじゃない?」
「へ?幽霊って寝るんですか」
時雨の発言に当てられたのか、微妙にとぼけた台詞を吐く弧月に対し、ふと何かに気付いたようにシュラインが声を上げた。
「そうじゃなくて。誰かが故意に接続を操作しているって事は考えられないのかしら。どんな仕掛けかは分からないけれど」
「それは不可能ではない。電話会社のコンピューターにハッキングすればデータの改竄は容易だ」
それまで黙っていたW・1107がシュラインの呟きに答えた。
「……って事は、怪談とか噂なんかじゃなく誰かが意図的にやってる可能性があるって事ですか?」
「なきにしもあらず、って気がするのだけれど。……三下君、この携帯電話の番号が過去に誰かが使っていなかったか調べてくれるかしら」
「あ、はい。調べてみます。……あ、これ、投稿者の方の連絡先です」
三下は一度奥に行きかけて思い出すようにそう言うと一枚のメモを渡した。
「有難う。さて……じゃあ行きましょうか」
シュラインの合図に、一同は立ち上がり編集部を後にした。
[ ACT:3A ] 待ち合わせ場所にて
手渡された番号に連絡を入れると、あらかじめ調査の話を聞かされていたのか、春日麻衣というその女子高生はすぐに会う事を了承した。もちろん、メールに書いた友達も一緒に。
彼女の指定した待ち合わせ場所は、彼女の通う高校の近くにある喫茶店だった。早速店に向かう一同だが、ふとW・1107の姿を見てシュラインが苦笑しながら、
「このまま入ったら目立ちすぎるわよねえ……」
と、呟いた。銀色の巨体を輝かせるロボット然としたこの戦闘用ゴーレムを学生で賑わう喫茶店に入れるのもどうかと思ったらしい。
「大丈夫だ。俺は外で待っているから」
W・1107はそう言うと、店の入り口で向きを変え街路樹の陰へと消えていった。
「あの、俺は放火現場の方に行ってみようかと思うんですが。何か……見えるかもしれないし」
その背中を見送った後、弧月が二人を見た。
「そうね。話を聞くのに大人数はいらないし、手分けした方が効率的よね。じゃあ、そっちはお願いするわ」
「はい。じゃあ、また後で」
弧月はシュラインから手渡された地図をポケットに捩じ込むと、車道の傍らに止めてあった愛車スティードのほうへと駆けて行く。
「また……後で……」
「さ、待たせちゃ悪いわ。行きましょう」
弧月に向かってひらひらと手を振る時雨を促して、シュラインは喫茶店へと入っていった。
[ ACT:4B ] 記憶を辿れば……
一件目の放火現場付近へと着いた弧月は、近くの電信柱の影に愛車を止めるとまずは周りをゆっくりと見回した。
閑静な住宅街の入口近く、目の前には小さな公園がありコンクリートの仕切りで囲まれた住宅専用のゴミ捨て場が備え付けられている。
一度地図に目を落とし、放火場所を再度確認するとそちらに向かって歩を進めた。
すっかり燃え落ちている廃屋を前に、思わず弧月は顔を顰めた。
「全焼か……」
連続して起こっている放火事件はいずれも小火程度と聞いていたのだが、一番最初のこの場所だけは跡形もなく焼けていた。
わずかに残る大黒柱らしき太い木が、炭化して今にも倒れそうに傾いでいる。他はすでに焦げた木片となりあたりに散らばって、四角く黒い地面だけがそこに建物があった事を主張しているようだ。
「……よし」
弧月は一つ深呼吸をすると、黒い地面に膝を着き木片を拾い上げた。弧月のサイコメトリー能力を使えば、当日何があったのかこの木片に残る記憶から読み取れるだろう。
目を閉じて集中する。
ここで何があったのか、俺に見せてくれ。
こめかみの奥できぃん……と耳鳴りが響き、木片を握る手に力が入る。
瞬間、いくつもの映像がフラッシュバックするが如く同時に弧月の頭の中で再生され始めた。
―――散らかされた室内。
―――何年も使われていないような埃の積もった部屋。
―――投げ出される火のついたライター。
―――真っ赤な舌で廃屋を舐め尽す赤い空気。
―――その中でドアを叩く少年の姿。
―――――熱いよ、誰か!ここを開けて!!
「!!」
パッと目を開けた弧月は手のひらに感じた熱さに木片を取り落とした。
まだ視界が赤さを残し、心臓がどくどくと脈打っている。
(この記憶は……)
放火事件では怪我人は出ていても死人はいなかったはずだ。
一件目の現場は何年も空き家で暴走族や浮浪者達の溜まり場となっていたが、放火の当日は幸いにも誰も屋内にはいなかったとあった。
しかし今自分が見たこの映像と辺りに残るわずかな残留思念からすれば確実に一人、死んでいる。
弧月はゆっくりと立ち上がると、もう一度焼け跡を睨むように見回した。
「…………」
目を閉じ、今見た記憶を頭の中で反芻しながら深く息を吐くと二件目に向かうべく、弧月はその場を後にした。
* * *
二件目、三件目はともに小さな小火程度で、大した被害ではなかった。せいぜい物置が焦げたり、犬小屋が燃えた程度でそこに残る記憶もただ炎の赤しかない。
被害にあった家の住人も迷惑はしているが被害は少ないので特に気にしている様子もなかった。
「早く犯人捕まるといいわよねえ」と眉を顰める家の主に丁寧にお辞儀をして玄関先を離れると、手にした地図に目を落とした。
残すところは最後の一件だけだ。
もう少し何か手がかりはないかと、家の周りを囲むブロック塀に手を添えようとしたとき、弧月の視界の隅で何かが光った。
「あれ……?」
光の方へ視線を向けると、銀色の巨体が低空飛行で道の向こうへと消えていくところだった。
それは見紛う事なく戦闘用ゴーレム、さっきまでの歩行形態ではなく飛行形態ではあったがシュライン達と行動をともにしているはずのW・1107の姿だった。
「どうしたんだろう」
何かを探してるのかな?
シュライン達に連絡を取ろうと思ったが、W・1107を追うのが先だと決め、弧月はスティードに跨るとW・1107の向かった方向へと走り出した。
[ ACT:4C ] 尾行
「サーチさん!どうしたんですか?」
ゆっくりと飛行していたW・1107に追いつくと、弧月はアクセルを緩め、バイクのエンジン音と風に遮られぬよう大きな声でW・1107に話しかけた。
W・1107は前を向きその視界の先に追尾目標を捉えたまま、簡潔に今の状況を説明した。
「不審人物を発見した。だから追っている」
「不審人物?」
「我々を見ていたんだ」
「え?」
「どんな感情を持って見ていたのかは俺には分からないが、あのような表情をする人間が味方であった事実はあまりない事は確かだ」
「…………」
W・1107の淡々とした言葉を聞き、思わず弧月は眉を顰めた。
数メートル先の、W・1107が追っているという目標は高校生くらいの少年だった。尾行に気付いているのかいないのか、両手をポケットに突っ込み鼻歌混じりで歩いている。
「……そっちはいいのか」
「はい?」
少年の背中を見ていた弧月に、W・1107が声をかけた。
「放火現場を見てくるのではなかったのか?」
「いえ、見てきました。これから四件目に……!」
言いかけてはっと気付く。この道は―――この先には四件目の放火現場があるじゃないか!
銀色のゴーレムと、黒いボディのスティードは静かに前の少年を追って行った。
[ ACT:5B ] 急襲
少年を追って二人が導かれたのは大通りから一本入った路地に沿って立つマンションであった。建物の隣には住居者用の駐車場が隣接しており、何台か乗用車が止まっている。
少年は駐車場の真ん中まで進むと、隣のマンションに背を向ける形で空を見上げていた。
マンションのエントランスにある植木の影に身を潜めた弧月はW・1107と共に駐車場に佇む彼に気付かれないような位置に移動しながら、ひそひそと話し掛けた。
「……この駐車場が四件目なんです。放火現場」
「やはりあの少年が関係あるのか?」
「まだ分かりませんけど……投稿者と会ってたシュラインさん達を見ていたんですよね?その後にここに来たって言うのは偶然と言うにはあまりにも何だか……」
「あのメールと放火事件と、やはり関連がありそうだな」
「可能性は高いかと」
しかし、どうすればいいのだろう。後をつけてきたのはいいがこのまま素直に声をかけていいものだろうか。放火事件と『たかしくん』にまつわる何かと関係があるのならば話を聞きたいところだが、先程のW・1107の言葉を思い出せば味方である可能性はあまりないようにも思う。
「どうしよう……」
相変わらず空を見上げたままの少年から視線を少し逸らし、弧月が腕を組んで唸ったその時、
「高温反応あり!」
W・1107がそう叫ぶなり、弧月を抱えて横に飛んだ。
瞬間。
ごぉぅ……っ!!
二人が身を潜めていた植え込みがあっという間に真っ赤な塊になった。
「な……っ!」
W・1107に引きずられるように歩道に飛び出した弧月は燃えている植木を呆然と見ながら声を失った。
今、何が―――
「第2弾、来る!」
考える間もなく、再び弧月を抱えたままW・1107が上空に飛び上がる。
コンクリートの地面に火の玉がぶつかり、火の粉と熱風が上空の2人に舞いかかった。
「……アイツ……っ!!」
眼下に目をやると、空を見上げていた少年はいまや上空の弧月とW・1107に向かって片腕を伸ばしていた。
「ちょろちょろ人の後尾けてんじゃねぇよ」
少年は口を歪めて笑うと、伸ばした腕の先、握った拳を何かを弾くように二人に向かってパッと開いた。
刹那、
「「!!」」
目の前に炎の花が咲く。
ぶつかる、と思わず眼を閉じた弧月の前にW・1107の銀色の腕が差し出された。
左腕に装着されているシールド「セイル」の耐熱装甲に火花が散り、一瞬の熱の後に炎が消える。
ちりちりと髪の毛の先が焦げるのを感じながら弧月は必死でこの状況を把握しようと思考回路をフル稼働させていた。
(何だ今のは?!手の先から、炎を打ち出してる……っ?!)
「あの少年の腕に異常な高温反応がある」
「何か仕込んであるのか?!」
「組織的にはお前と変わらない。ただの人間の骨と皮だ」
地面に降り立ち、少年と対峙しながらW・1107は弧月を庇うようにシールドを掲げ、右腕に内蔵されたガトリングガン「シェード」の筒先を油断なく少年に向けた。
「君は誰だ?なぜ俺達を攻撃するんだ?!」
何があってもすぐ動けるように、少し腰を落として構えながら弧月が叫ぶ。
伸ばしていた腕を下ろし、少年は茶色に染めた長い前髪の間から機嫌悪そうに目を細めて凄んで見せた。
「それはこっちの台詞だ。こそこそ調べやがって。……邪魔するんじゃねぇよ」
「邪魔?やっぱり何か知っているのか!?どうしてこの放火現場に来たんだ?調べられちゃ何か困るのか?」
「…………とにかく、もううろちょろすんな。次に会ったら……今度は丸焦げにしてやる」
少年は二人を一睨みすると、くるりと踵を返し住宅街の奥へと歩き出した。
引き止める事も忘れ、二人はただ彼の背中を見送る事しか出来なかった。
* * *
「何だったんでしょうね、あの少年……」
「分からん。ただ、やはり我々の味方ではないという事だ」
謎の少年が去っていった道の先を呆然と見詰めながら弧月が呟くと、W・1107は高温で歪んだシールドのダメージを確認しながら素っ気無く言い放った。
と、携帯電話の着信音がなった。出てみると投稿者に話を聞き終わったらしいシュラインからだ。
『……もしもし、弧月君。今どこ?』
「あ、シュラインさん……今は四件目の放火現場の近くです。サーチさんも一緒ですよ」
『あら、いつの間に合流したの?』
待っているはずのW・1107が急にいなくなった事に怪訝に思っていたらしい。
弧月はW・1107のほうをちらりと見ながら、
「それがちょっと……」
ついさっきの状況をどう説明すれば良いのか、少し言葉に詰まる。
『何かあったみたいね。とにかく一旦落ち合いましょう。こっちも、割と深刻な問題にぶち当たっちゃったから』
アトラス編集部に集合ね、と最後に付け加えて電話は切れた。
「向こうでも何か大事な情報が見つかったみたいです。編集部に戻りましょう」
「了解」
[ ACT:6 ] 二人の『たかしくん』
再びアトラス編集部に集まった一同は、まずW・1107の焼け融けた装甲に目を丸くした。
「どうしたの?!これ……」
「不測の事態に対応した結果だ。大したダメージではない」
これが普通の人間ならば重度の火傷で病院直行だろうが、強化装甲で全身を包まれた戦闘用ゴーレムは表情をぴくりとも変えず言い放った。元より、表情など変わるはずもないのだが。
「大した事ないのならいいけど。じゃあそれぞれ調べた事をまとめましょうか」
まずは『たかしくん』の怪談について。
これには板倉高志という一人の男子生徒の死が関わっている事。
「あ、じゃあ俺が一件目の現場で見たのって、その子の……?」
「多分ね」
怪談を試して登校しなくなった生徒は板倉高志の死に直接関係がある者達だと言う事。
メールを投稿した本人の友人である女生徒も、少しは関わりがあり彼女は自ら『たかしくん』に会いたがっている事。
そして、
「自分を見殺しにした田辺春樹達に復讐するために、板倉高志の霊が呼び出したかと思ったんだけれど、彼らを脅している人間が別にいるようなの」
「別に?」
「ええ。彼らもそれが誰だか知らない顔らしいんだけれど、手から炎を出すんですって」
シュラインの言葉に、思わず弧月とサーチが顔を見合わせた。
「それって……どんな奴だって言ってました?」
「茶髪でピアスしてて、そこらにいる高校生と変わらない感じだと言っていたけど?」
「そいつですよ!俺達、そいつに襲われました!サーチさんの腕を焼いたのもそいつの仕業ですよ!!」
「……どういう……事?」
「放火現場で……」
シュライン達を見ていた少年がいた事。
その少年が四件目の放火現場へ向かった事。
そして、その場で焼き殺されそうになった事。
「明確な殺意は感じなかったんで多分、脅しだと思うんですが『邪魔をするな』って言っていました」
「田辺春樹の言う少年と、俺達が会った少年の特徴を合わせてみれば同一人物の可能性が高い」
「邪魔をするな……って言うのは……たかしくんの……復讐を邪魔するな……って事?」
「うーん……そういう事なんでしょうけれど、その茶髪の彼が一体どう関わっているのか……」
「彼に触れられれば何か見えたかもしれないんですが……あ!」
ふと、弧月がW・1107のほうを見た。
少年の炎で焼かれたシールド「セイル」
もしあの炎に少年の意志のようなものが乗っていたとしたら。
あの炎に触れた装甲に何か残像が残っているかもしれない。
そう考えて、弧月はW・1107に向き直った。
「やってみていいですか?」
「構わない」
弧月の申し出に、W・1107は一部分が歪んだシールドを装着した腕を差し出した。
「…………」
弧月は1度大きく深呼吸すると、その銀色の腕に自分の手を乗せた。
眼を閉じ、集中する。
飴細工のように歪な曲線を描いた鋼の装甲から、イメージと途切れ途切れの言葉が沸き上がる。
―――腕を包む赤い炎。
―――「いたくらたかしとうすいたかし。同じたかしだね」
―――茶髪の少年と並んで立つもう一人の。
―――「大丈夫、僕は君を信じているよ」
―――怯えきった誰かの顔と、携帯電話。
―――――「許さない!」
「……そうか」
目を開き、弧月が呟く。
「何か分かった?」
期待を含んだ視線で自分を見る一同に、弧月は自分が見たものを伝えた。
「彼の名前はうすいたかし。板倉君の友人だったみたいです。学校は違うけど。彼の能力を唯一認めてくれたのが板倉君だったようです……」
「能力?手から火を出すというやつね。確か……パイロキネシスだったかしら」
パイロキネシス―――念力発火能力。念じるだけで火を起こす事の出来るPK能力の一種だ。ファイアースターターとも呼ばれるこの能力は少し前に映画なんかで有名になったものである。
「つまり……やっぱり、たかしくんの復讐……ではあるんだね?」
「そういう事みたいですね。自分の事を認めてくれた板倉君を見殺しにした人間に、制裁を加えているんじゃないでしょうか」
「……気持ちは何となく分かるんだけど……やっぱりそれは正しい行動だとは思えないんだけど」
「そうですよね……」
誰からともなく押し黙り、場に沈鬱な空気が流れた。
退屈しのぎに火遊びをする学生達。
それを止めに入り命を落とした少年。
見殺しにされた友人の復讐の為に自ら炎を操るもう1人の「たかし」
少年の気持ちを慮ってみれば、自らの手で友人を殺した相手を追い詰めたい衝動は分かる。法に頼らず裁きを下すのが良いとか悪いとか、当事者ではない者に判断する事も出来ない。
しかしそれでは何の解決にならない事だけは確かだ。憎しみは憎しみしか産まない。十数年しか生きられなかった少年の無念を思えばこその行動なのであろうが、それでも生きているものは死者の分まで前に進むしかないのだから。
「やっぱり直接会って説得するしかないようね」
「言っても……分からないなら……実力行使」
やや物騒な発言が時雨から出たところで、三下忠雄が遠慮がちに声をかけてきた。
「あ、あのぅ、お取り込み中に申し訳ないんですが、頼まれていた携帯番号の使用者の件なんですが……」
「分かったの?」
「はい。えっと……板倉高志という人が使っていたんですが、一月くらい前に碓氷崇という人に契約が譲渡されているようですよ。ただ、入金がされていないのでそろそろ契約が切れるはずだとか」
「碓氷崇……うすいたかし!」
「……これで確定できましたね」
『たかしくん』という怪談を流し、友人の復讐をするパイロキネシスを持つ少年。
一連の事件の裏にいるもう一人の『たかしくん』―――――
[ ACT:7 ] 接触
再び麻衣とえりかに連絡を取り、判明した事実を説明すると、まだ不足していたいくつかの事実の確認をする。
「田辺君達は向こうからかかってきて呼び出された、と言っていたんだけれどあなたの場合は自分でかけたのよね?」
「はい」
「怪談どおりならメールが来て三日後に自分の前に現れるはずだけど、場所の指定とかはないんですか?」
「場所は特には指定されてないです。ただメールが来ているだけで……」
えりかはそういうと、自分の携帯の受信メール画面を出して見せた。
小さな液晶画面に、たった二行の短いメール。
汝等喜びて 救いの泉より水を汲まん
声を聴き 嘆き叫びて 赤き闇に踊れ
「放火事件の真相を知ると、この文章もまた意味深ね」
あらためてメッセージを読むと、そこはかとない悪意を感じる文章ではあった。
「2人は碓氷崇って知ってる?」
『たかしくん』の怪談を流した本人であろう少年の名前を出して、弧月は麻衣とえりかに聞いてみる。が、2人は全く知らないと首を振った。
「あの……板倉君じゃないんですか?あたし、どうすればいいんですか?」
「とりあえず、彼からの接触を待ちましょう。本人と話してみなくちゃどうにもならないわ。大丈夫、私達も一緒にいるから」
不安そうなえりかと、そんな友人をまた心配そうに見ている麻衣の、二人の肩に手を置いてシュラインが安心させるように微笑んだ。
「電話……してみれば?」
「え?」
「相手が……分かってるなら、電話……こっちから……すればいい」
「でも、昼間は繋がらなかったですよ?」
「今なら……繋がる……絶対……。もう、こっちの事……知って……る……んだから」
やけに自信ありげな時雨の言い様に、その場にいたほかの人間は一様に顔を見合わせた。
確かに弧月とW・1107が相手に一度接触している以上、こちらが何を調べているのかは向こうも承知だろう。わざわざ死んだ人間だと思わせて脅す必要も今はない。ならば、
「……かけてみる?」
全員の頭に過ぎった言葉を代表して、シュラインが口に出した。
と、その時。
小さな振動とともに、場違いな明るいメロディがえりかの持つ携帯電話から流れ始めた。
「ひぃっ!!」
突然の事に思わずえりかが取り落とした携帯を、床に落ちる寸前でキャッチした弧月が着信番号の確認もせずにそのまま通話ボタンを押して出た。
確かめずとも相手が誰なのか、この状態で分からないものなどいなかった。
「……もしもし?」
『……昼間のやつだな。邪魔すると殺すって言っただろうが』
電話の向こうから押し殺した声で凄むのは―――
「碓氷崇くん……だよね」
『…………』
「俺達、君と話がしたいんだ。もうこんな事はやめて、ちゃんと話し合おうよ」
『この携帯の持ち主に代われよ。お前らと話す事なんかない』
「嫌だ」
『なに?』
「俺達は彼女を助けるためにいるんだ。危害を加えそうな君の言う事は聞けない」
厳しい表情で言い切った弧月の言葉に、小さく舌打ちする音が聞こえた。
『分かったよ、鬱陶しい。明日の午前3時だ。一番最初の―――高志の死んだあの場所まで来い。……全員まとめて丸焦げにしてやるから』
低く、暗い捨て台詞を残して電話は切れた。
「明日午前3時に、1件目の放火現場だそうです」
「……聞き分けの……ない子には……お仕置き……だね」
「あまり派手にやらかさないで済むと良いけどね」
憎悪しか感じなかった碓氷崇の言葉に、軽い言葉で感想を述べつつも一同の表情は厳しさを隠せなかった。
[ ACT:8 ] 真夜中の戦闘
昼間でさえ静かな住宅街の夜は、より一層の静寂に支配される。
室内の電気は当に消え、門先の外灯だけが道標の代わりにぽつぽつと灯っていた。
昨日、碓氷崇からの連絡を受けた一同は緊張した面持ちで指定された場所へと向かって歩いていた。
空は晴れていたが雲が多い。風が時折雲を流してその隙間から弱々しい月明かりを地上に投げかけては、また暗闇をましてゆく。
自分達以外誰も存在しなのではないかと思える程の静けさがこの後に待つ事態への緊張を煽っていた。
「あそこです」
先日、一度来ている弧月が現場を指差して立ち止まった。焦げて朽ちかけた1本の柱が、まるで地面から生えた手のように空に向かって伸びている。
夜の暗さよりもまだなお黒い焼け跡の四角い土が底なし沼のように口を開けているようだ。
油断なく周りを見回していると、土を踏む音がふいに聞こえた。
一斉にその音の方に振り返った一同は、一瞬、闇夜に浮かぶ炎に目を眇めた。
「揃いも揃って、うぜぇなあ」
腕に炎を纏いながら、機嫌悪そうな声を上げてこちらを睨んでいるのは、板倉高志の復讐のために自らの手で裁きを下そうとするもう一人の『たかしくん』―――碓氷崇だ。
「あなたが……碓氷君?田辺君達を呼び出した……」
「……ああ」
シュライン、弧月、時雨、W・1107の四人はどうしてもついてくると言って聞かなかったえりかと麻衣を庇うように前に出ながら、崇と対峙している。
「友達を見殺しにされた悔しさは分かるけど、こんなやり方は間違っているわ」
「脅して黙らせるなんて、板倉君を見殺しにしたやつらとやり方が変わらないじゃないか!」
「あまり……良く……ないよね……」
「保護対象に攻撃するなら、迎撃するまでだ」
四人の言葉を苛々と聞きながら、崇はえりかのほうを見た。
「お前は何をする?」
「……え?」
急に話し掛けられたえりかは一瞬恐怖を忘れ、きょとんとした表情で崇を見返した。
「汝等喜びて救いの泉より水を汲まん。声を聴き嘆き叫びて赤き闇に踊れ―――メール読んだんだろ。どうするか聞いてるんだ」
怪談の内容そのままに、崇が問う。
「あ、あたしは……っ板倉君に謝りたくて……」
「何を謝る?」
「……田辺達の話を聞いても何も言えなかった事を謝りたいの……」
「今更だよ」
崇に睨まれて震えながらも問いに答えたえりかに対し、崇は目元に険を表しながら一層強く睨み返した。
「見て見ぬ振りは、同罪だ」
崇が吐き捨てるように言うと、腕をす、と上げた。
刹那。
「きゃぁあっ!」
「いやぁ!」
えりかと、えりかの横に立っていた麻衣の目の前に炎が揺れた。
咄嗟に庇うように二人を抱き締めたシュラインも、背に熱さを感じていた。
「ちょっと!あんたの意見は極端すぎるわよ!」
へたり込んでしまった二人に覆い被さりながら、シュラインが振り向いて怒鳴る。
が。
「!!」
休む間もなく、もう一度炎が迫る。
視界に広がる赤に思わずぎゅっと眼を閉じたと同時に、シュライン達の目の前にW・1107が立ちはだかった。
W・1107の強化装甲に跳ね返された火花がぱちぱちと音を立て夜空に消えてゆく。高温の炎を浴びたW・1107の胸からは表面コーティングの焼けた白い煙が幾筋か上がっていた。
「大丈夫?」
「俺は平気だ。そっちは?」
「こっちも大丈夫よ。かなりムカついたけど」
がたがたと震える女子高生二人の肩を抱きながら、シュラインがきっ、と崇を睨んだ。
その視界に二つの影が踊った。
左からは弧月が。
右からは時雨が。
シュライン達に気を取られていた崇の横合いから、二人が飛びかかる。
「もらった!」
弧月が跳躍し、崇の脇腹めがけて蹴りを繰り出す。
同時に体勢を低くしたまま駆けていた時雨が背中の妖刀・血桜を抜き放つと同時に、その勢いのまま崇めがけて横に刀を凪いだ。
二人の同時攻撃が当たったかと思ったその時、崇が両腕を真横に―――迫り来る弧月と時雨の顔面を掴むように―――広げた。
ごぅ……っ!
二つの赤い花が咲く。
「くっ!」
目の前に投げ出された炎の塊を避けるために弧月は思い切り仰け反ると、そのままスライディングする形で崇の足を払った。
「時雨さんっ!!」
一層身を屈めて炎をかいくぐった時雨は、弧月の言葉を聞くのと同時に、横に払った血桜をそのまま返し体勢の崩れた崇の胴を薙ぎ払った。
「ぐあ…っ!」
時雨が七尺の長刀を振り抜き立ち上がったときには、崇の体は数メートル先でもんどりうって倒れていた。
「くそ……」
よろよろと方膝をつく格好で起き上がり、尚も腕をこちらに伸ばしている崇に向かって、時雨がもう一度駆けてゆく。
崇が炎を打ち出すよりも早く背後に回ると、血桜を上段に構えた。
「時雨さん、それはダメだ!」
「やりすぎ!!」
倒れたままの弧月と、W・1107の背後から叫ぶシュラインの声が響く中、
「……とどめ」
時雨は愛刀を振り下ろした。
ばたり、と崇の体が前のめりに倒れた。
すかさず駆け寄った弧月が崇の体を調べるが、刀傷はない。
「時雨さん……」
見上げると、ちゃき、と音を立てて刀を返す時雨がにっこり笑っていた。
「峰打ち……だよ」
[ ACT:9 ] 炎の記憶
後日。四人は再びアトラス編集部へと集まっていた。
崇との一戦の後、田辺春樹とその仲間達は自首したという。一件目の廃屋での板倉高志の死は結果的には不可抗力だが、放火の事実は消せない。
麻衣とえりかも参考人として警察に呼ばれたらしいが、直接関わっているわけではないのですぐに帰されたという。
そして。
「……あの彼は?」
事後報告をしていた麗香に、弧月が躊躇いがちに聞いた。
たとえ友人のためとはいえ、彼も放火犯には違いない。あの戦闘の後、一応病院には運び込んだがその後の事は分からなかった。
「それがね……」
麗香は指をこめかみに当てると眉を顰めて溜息をついた。
「行方不明なのよ」
「え?」
「逃げたの?」
横からシュラインも身を乗り出した。
二人の問いに軽く頷きながら、麗香は話を続けた。
「健康状態の回復を待ってから話を、と思ってたら次の日点滴引き抜いて脱走。未だに見つかってないのよ」
かといって、身寄りがあるわけじゃないから探す当てもないみたいなのよ。麗香はそう付け足すと肩を竦めた。
* * *
「あの子、これからどうするのかしらね……」
「また……悪い事、する……?」
「いや、それはもう大丈夫だと思います」
もう少しゆっくりしていけば、と麗香が(三下を使って)出してくれた日本茶を啜りながら、シュラインと時雨の問いに弧月がきっぱり言い切った。
「随分はっきり言い切るわね」
「……最後に見たんですよ。彼の記憶と、それからあそこに残ってた板倉君の残留思念……」
時雨に気絶させられた崇に駆け寄った際、弧月の頭の中に飛び込んできたイメージ。
身寄りもなく、特殊能力のせいで迫害を受けつづけてきた崇と、何があっても信じると彼の手を握ってくれた高志。
唯一信じられる友人の死に絶望と怒りを抑えられなかった少年。
「でも、板倉君はそんな事望んじゃいなくて……」
もう誰も恨んでいないから、やめてよ崇……
高志の残留思念の残した言葉は、きっと伝わっているはずだ。
「……全く、バカな子ばっかりね。今度会ったら絶対お説教してやるわよ」
「そうですね」
「やっぱり……悪い子にはお仕置き、だね……」
「ついでに、俺の装甲修理費を請求させてもらいたいものだな」
最後にボソッと呟いた、戦闘用ゴーレムの何やら愛嬌のある言葉に、一同の顔に初めて安堵の笑顔が浮かんだ。
[ 赤き闇に踊れ ―a contrary fire ― / 終 ]
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
2475/W・1107/男性/446歳/戦闘用ゴーレム
1564/五降臨・時雨/男性/25歳/殺し屋(?)
1582/柚品・弧月/男性/22歳/大学生
0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
※以上、受注順に表記いたしました。
―――――NPC
碓氷崇(うすい・たかし)/ 親友であった板倉高志を見殺しにした人間に復讐を企てていた少年。パイロキネシス(念力発火能力)の持ち主
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■ ライター通信 ■
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初めましての方もこんにちは、佐神スケロクと申します。
このたびは大変お待たせしまして申し訳ございません(汗)
こうもっと構成とかストーリィとか詰めたかったんですが、タイムリミットが……_| ̄|○
精進します……。
ちなみにいつもの如くACT1は個別で、ACT3、4、5は行動がA・B(4はCもありますが)2組に分かれております。
他の組の行動にも目を通していただけると、より分かりやすいいのではないかと思います。
今回は初めて、NPCを登場人物に追記してみました。
いや、あれだけでしゃばらせてしまったので、一応。
もちろん主役はPC様方でございますが!
ご意見、ご感想等々お気軽にお寄せください。
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
それでは、またお会いできる機会がある事を祈りつつ……。
佐神 拝
>柚品・弧月様
初めまして。ご参加有難うございました。
サイコメトリー能力、思う存分使わせていただきました。その代わり、戦闘シーンがあまり書けなくて残念です。あと、バイクも(笑)
またお会いできる機会がありましたらばよろしくお願いいたします。
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