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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


 見ざる、言わざる、聞かざる

 がちゃりと扉を開けて、中へと足を踏み入れる。
「……ちーっす」
 とりあえず、挨拶。興信所はいつもと変わらない様子だった。いや、少し違うかもしれない。どこか落ちつきがないように思える。
「よう」
 草間は窓辺で煙草を口にしていたが、月斗に気づくとそう声をかけてきた。
「誰か、来るのか?」
「ああ。さっき電話があってな。そろそろ依頼者本人が訪れる頃だ」
 大きく息を吸ったあと、草間は煙草をもみ消す。それでやめるのかと思いきや、二本目を取り出した。
「へぇ。依頼内容は?」
 訊ねると、草間は煙草をくわえながらちらり月斗を見やる。それからライターに火を灯した。
「興味があるのか?」
「内容と金額によるかな」
「今日日の小学生はきっちりしっかりしているねぇ……」
 草間は大きく息をつく。
「これくらいが普通。で?」
「普通じゃないと思うけどな……ああ、依頼内容か。詳しくは聞いていないが、護衛らしいな」
「護衛か……」
「興味ないか?」
「何から守るのかにもよるけどね。ストーカーから守ってくれと言われてもな……」
 あまり自分向きではないような気がする。
「まあ、話だけでも聞いていけよ……ああ、来たかな」
 扉が開かれ、中年の男が姿を現した。この男の護衛だろうか。穏やかそうで何かに狙われそうな雰囲気はないが……この年齢、性別で護衛が必要ということは怖いオニイサン関係か……などと考えていると、男と草間はこの間はどうもというような内容の会話を交わす。そのあと男は包みを置いてさっさと帰ってしまった。去り際にも頭を深く下げる。
「おい?」
「ああ、今のは違う。この間の依頼者だ。お礼だってさ」
 草間は包みを開ける。中身を確認したあと、月斗に箱を差し出した。パンダの形をした人形焼きが入っている。
「なんなんだかなー……まあ、いいや。さんきゅ」
 くれるのでもらっておく。と、零がお茶を用意し、差し出した。それも受け取り、はぐはぐと皆で食していると、扉が開いた。今度こそ、依頼人かとはっとする。皆でお茶と人形焼きを食べている光景は、もしかしたら異様かもしれない。
「……」
 現れたのは、背の高い青年だった。さらりとした黒髪を首の後ろで緩く束ねている。場を見渡し、その動きは、確かに一瞬、止まった。……が、それもわからなくはないなと月斗は思う。
 しかし、この青年の護衛。……護衛など必要ないのではないかと思えてならない。何から守ってくれというのだろうと考えていると、草間が言った。
「よう。零、柚品にもお茶をいれてやってくれ。それと。ほら、おまえも喰えよ」
 ……依頼者ではないらしい。青年も加わり、お茶と人形焼きを楽しむ。自分は何をしているのだろうと思い始めた頃、またも扉が叩かれた。
 今度こそ依頼者だろうかと思いながら扉に視線をやる。そっと開かれた扉から現れたのは、二十代半ばから後半くらいという女だった。控えめな化粧にスーツ、地味な印象を受けるが働く女性といった雰囲気を多分に漂わせている。草間の表情が僅かに引き締まったということは、これが依頼者なのかもしれない。事実、そのとおりで、草間は来訪者にソファを勧めている。
 ソファに腰をおろし、しばらく沈黙していた来訪者はややあってから口を開いた。
「本当は、民間に協力を要請すべきではないとわかっているのよ」
 憂鬱な……しかし、苛立った表情で来訪者は切り出す。
「だけど、背に腹は変えられない」
 そう続け、真剣な眼差しで草間を見つめた来訪者は、警視庁の刑事で南雲と名乗った。民間に協力を要請すべきではないと言いつつも、ここへ訪れる……警察の人間が何から守ってほしいというのか。月斗は二人の会話に耳を傾けた。
「これを見てほしいの」
 そんな言葉から依頼に関する話は始まった。南雲は四枚の写真を取り出し、ローテーブルの上に並べる。会社員風の若い男、OL風の若い女、かなり派手目な水商売風の若い女、作業服姿のどこか疲れた雰囲気が漂う中年の男。草間が写真をひととおり眺めたことを確認してから、南雲は一枚だけ写真を端によけた。
「今、現在、息をしているのは、この人だけ」
 OL風の若い女だった。その言葉が示す意味を、南雲は語る。水商売風の若い女の写真が示された。事の始まりはこの水商売風の女が深夜に殺害されたこと。理由は痴情のもつれ。事件を目撃した市民の通報と証言により、犯人は特定され、無事にお縄となったとなったらしい。
 それだけならば、よくある話。
 よくある話ではないのは、そこから先の展開だった。
 中年の男の写真が示された。先の事件の通報者であり、その通報により、警察は迅速に現場に駆けつけることができたという。だが、その男が殺害された。直接の死因は窒息。唇を縫い付けられ、首がねじ切られるのではないかと思えるほどに強く締めつけられていたという。
 次に若い男の写真が示された。事件の目撃者であり、その目撃証言により、容疑者を数人にしぼることができたという。だが、その男も殺害された。目を、潰されて。中年の男と同様に直接の死因は窒息。首を強く締めつけられていたという。
「最後の彼女だけど」
 こうして四枚の写真のうちの三枚の死因が語られ、最初に端によけられたOL風の若い女の写真が再び示された。
「事件を目撃したわけではないけれど、声を聞いていたの。彼女の証言で、被疑者が確定されるに至った。とある資産家の息子よ。でも、彼はやっていないと無罪を主張しているわ」
「と、なると。彼女は……耳か」
 通報して、口。目撃して、目。ならば、聞いていた彼女は、やはり耳を潰されるのだろう。それは容易に想像できる範囲だ。
「犯人が目撃者の口を封じているわけか? だが、保護くらいはしているだろう」
「ええ。そう。勿論よ。この二人の周辺に警護はつけていたわ。けれど、殺された。二人とも一人暮らしで、扉と窓には、鍵。部屋には誰も近づいていない。言わば、密室状態で殺されているの」
 事はそれだけでは終わらない。新たな被害者たる二人の男のもとへ、猿が届けられたという。通報者である男のもとへは、言わざる。目撃者である男のもとへは、見ざる。そして、今日、最後の彼女のもとへ聞かざるが届けられた。三猿の差出人はいずれも不明、存在しない住所から送られてきたという。
「それと、彼らが亡くなったそばには、何かの燃えかすのようなものがあった。差出人不明の封筒と」
「燃えかす?」
 草間は微妙に表情を変える。月斗もその言葉にぴくりと反応した。
「紙の類だと思うわ」
「しかし、それだけでうちに来るとはね」
 草間の言葉に南雲は、一瞬、思い詰めたような表情を見せた。
「何もできないままにふたりが殺されてしまった。彼女だけは、守りたいの。警察の威信にかけてということではなくて……え?」
 草間はすっと手を出し、南雲の言葉を制する。
「わかっているよ。威信にかけていたら、ここへは来ない」
 そして、そう言った。
「……」
 南雲は答えず、草間を見つめる。その視線を受けながら、草間は話を聞いていた興信所の面々に呼びかけた。
「資産家の坊ちゃんが情婦を殺した。その事件の目撃者が消されているようだ。坊ちゃんは拘置所の中。動けるわけがない。と、なると……まあ、とりあえず、優先事項は狙われている彼女の安全だ。犯人を捕らえるまではいかなくても、彼女に危害が及ばないようにすれば依頼は果たされる」
 まあ、捕らえたら捕らえたでその方が安全というものだし、感謝されるだろうけどなと草間は付け足す。
「警察の協力は得られないと考えていた方がいいだろう。条件的にはやや厳しいが……頼まれてやってくれないか?」
 そんな草間の言葉のあと、月斗は椅子から立ち上がる。
「その残っている女性っていうのは、あんたの妹か?」
 伺うように南雲を見あげながら月斗は問うた。彼女だけは守りたいと、警察の威信にかけてではないと言ったその言葉と、なにより表情が引っかかる。その真摯な瞳の思いがなんであるのか……自分にはよくわかる。
「え、あ……」
 南雲は一瞬、惚けたあと、はっとした。
「そっか……そういう事情なら協力してやるよ」
 南雲の答えを待たず、月斗は言った。ついでに草間のおっさんから謝礼も貰えるしなと小さく続け、苦笑いを浮かべる。それに、これは自分の分野かもしれない。
「……俺も引き受けます」
 そう言ったのは、あとから現れた背の高い青年だった。月斗はちらり青年を見やる。
「今回の件には苛立ちを覚えますよ……目撃者を消せば助けられると思っている……彼女を守り抜き、その腐れ坊ちゃんの罪を断罪させてやりますよ」
 その言葉を頼もしく思ったのか、南雲は少し表情を和らげた。
「ええ……ふたりともお願いします。私にできることがあったら遠慮なく言って」
「ああ、ふたりではなくて、三人だ。守るべきは年頃の女性……やはり、ひとりくらい女性がいた方がいいだろう?」
 草間はそう言い、受話器を手に取った。
 
 草間に呼び出され、姿を現したのは、腰までの長い黒髪と憂いを秘めた蒼い瞳が印象的な二十代半ばの女だった。田中緋玻と草間が紹介した彼女は、物静かな、どこかしっとりとした雰囲気を漂わせてはいるが、どうもそれだけではないように月斗には感じられた。何か人とは違う気配というものを微弱に感じさせる。
「とりあえず、事は一刻を争うのでしょう? こうしている間にも何かが起こるかもしれない。狙われている彼女の身辺警護につくわ」
 物静かそうな印象とは裏腹に、わりとさばさばと物を言う性格らしく、緋玻はそう言った。南雲から守るべき相手の情報を得ると、颯爽と行動にでようとする。
 もうひとり、ともに今回の件を請け負う柚品孤月という青年はそんな緋玻を見つめている。
「届けられた三猿は依代の一種、燃えかすは式か何かの証拠隠滅っぽいよな。そうなると相手は俺と同じ陰陽師か、呪術を扱う連中……」
 俯き、月斗は呟く。そして、顔をあげ、続けた。
「蛇の道はヘビっていうだろ。俺は裏から情報を探ってみる。とりあえず、護衛に式を送っておくけど……間違えて倒したりしないでくれよな」
 柚品と緋玻をちらりと見やり、月斗は言った。式を護衛につけたはいいが、それを敵が送った式と勘違い、戦闘に発展……ということになったら、いただけない。注意を促しておくことは忘れない。
「間違えるような形をしていたらどうかわからないわよ」
 緋玻は目を細め、答える。月斗はその瞳にただ者ではない気配を感じた。
「物騒なことを言う奴だな……基本的には見えないように命令してあるよ」
 怖がるだろうからなと月斗は付け足す。怖がるというよりも、一般の目に触れると騒ぎになる。だから、普段は不可視の存在であるように命じてある。
「で、あんたはどうすんだ?」
 月斗は柚品を見あげた。柚品はその言葉と視線を受けたあと、南雲を見やった。
「差出人不明の封筒と燃えかすが残っているのなら、一時拝借といきたいところなんですが……」
「え? ……ええ、わかったわ」
 少しの間を置き、南雲は答えた。その表情からするとあまり都合が良いことではないのかもしれない。だが、何故、柚品は封筒と燃えかすをみたいと言いだしたのだろうか。そこから相手を探る……? その問いには草間が答えた。
「ああ、こいつはな、所謂、サイコメトラーなんだよ。物の思念を読み取る力がある」
 なるほどと月斗は頷いた。柚品は残されたものから相手を探るらしい。自分はとりあえず裏の関係から。容疑者、あるいはその親族が呪殺を誰かに依頼してはいないか。依頼しているとしたら、その依頼を受けた術者は誰なのか。
 世間は広いようでいて、狭い。そう、とくに、この世界では。
 月斗は行動を開始した。
 
 この年齢にして世間の裏側から情報を探ることができるのは、やはり叔父のおかげ、いや、影響……ごく自然とその方法を会得していることは、果して喜ぶべきことなのか、どうなのか。
 だが、この状況に関して言えば、やはりそれは喜ぶべきことなのだろう。一般的な情報収集ではとても得られないことを、得ることができるのだから。
 とある喫茶店の扉を開き、店長とおぼしき壮年の男からじろりと感じの悪い視線を受け取ったあと、店の奥から二つ目に座る。一番奥の席とは大人が座ったときの顔の高さほどで仕切りがされ、そこには、文庫本に視線と落としている男の姿がある。
「練乳いちごクリームあんみつと抹茶クリームソーダ」
 メニューにはない品物を注文する。それに関しての返答はなく、壮年の男は黙々と注文されたものを作りだす。寡黙すぎる店長に代わってなのかどうか……隣の席、仕切りの向こうから声がした。
「何が知りたい?」
「資産家の坊ちゃんが情婦を殺した事件。その背後で動いている奴のこと」
 月斗は答える。
「ああ、あれだね。川田の社長さんの息子が勢いあまってまたやっちゃったやつだ」
 何かおかしいことでもあるのか、声は少し笑っているように感じた。それに『また』というその言葉も気にかかった。
「前科持ちなのか?」
 しかし、そうであるならば、南雲はそれなりに何かを言ってきたはず。だが、そういった言葉は添えられなかった。
「これで三人目だよ。最初は高校のときだね。次は二十三のときだ。今回は二十六だから……いけないねぇ、間隔が狭まってきている」
 慣れてしまったかなと続けたあと、声は思い出したように付け足した。
「そう、前科はないよ。親が事実をもみ消しているからね。それに、運がいいことに目撃者はいなかった。けど、今回は違う。息子さんは目撃者の証言によって、拘置所行き。このままでは罪が確定する」
 話を聞いている月斗の前にどんっと練乳いちごクリームあんみつが置かれた。なかなかにボリュームがあるそれは、美味しそうと不味そうの狭間にある代物だ。甘いもの好きにはたまらないのだろうが……。
「ひとり殺せば二人も三人も一緒ということなのか、目撃者を消しに入ったよ。既に、二人が殺されている。そのため、君はここにいるというわけだ。南雲という刑事からの依頼を受けて」
「……」
「けれど、南雲さんはアレだね、出世できないタイプの人だ。真面目に仕事をするから疎まれる。地方に飛ばされる日も近いかもね」
「そんなことは……」
 関係ないことだと月斗が続ける前に、声は言った。
「今回だって、捜査から外されているのにこれだ。お人好しだねぇ。長いものには巻かれるべきなのに」
「……。で、川田とかいう奴から依頼を受けたのは誰なんだ?」
 それを問うと、声は真剣みを帯びた。
「藤宮という男だ。師の教えに対し忠実な、前途有望な若者だったが、力と権力に魅いられた。力があるが故の堕落といえよう。今回のように金と引き換えに呪殺を引き受けている。得意は怨霊を使役すること、強力な力場を作り、場を封じることだ」
「力があるが故の堕落……」
 力への誘惑は誰しもに訪れるという。藤宮はそれを乗り越えられなかったということなのだろう。
「では、それらをすべて平らげてくれたまえ」
 楽しそうに声は言い、さらに抹茶クリームソーダが置かれた。些か、げんなりとする場面だが、これを食べきらなくてはならない。それがこの男とのルール。企業や裏の事情に詳しく、性別年齢関係なく相手が誰であろうと誠意ある態度をとるから、使えるといえば使えるのだが、しかし……これを完食することは、甘いもの好きでも辛いところだ。
「なぁ、最後にもうひとつだけ訊ねてもいいか」
「なにかな」
「あんた、どうして情報屋なんてやってるわけ?」
 食べるか……と半ば諦めの気持ちでスプーンを握り、手をつける。
「いろいろ理由はあるけどね。強いていうならば……人のちょっと困っている顔を見るのが好きだからかな」
 楽しげに声は答えた。
「……」
 なるほど。なんだかすごくわかったような気がする……月斗は深いため息をついた。
 
 情報収集はよかったが、少し、時間がかかりすぎたかもしれない。あの情報屋は便利だが問題がある……と思いながら、聞かざるを送られた若い女……名前は佐伯葉子というらしい……の自宅へと向かう。
 駅からはどうにか徒歩圏内という場所に建つマンションということだが……と歩いていると、不意に腕に痛みがはしった。
「!」
 式がなんらかの痛みを受けたということになる。その痛みのすべてを受けるというわけではないが、その一部は自分の身にもふりかかる。式に下した命令は、狙われている佐伯の身辺警護。何かあったに違いない。まだ自分が駆けつけていないというのに……これもそれもあいつが甘いものを……いや、とにかく急がなければと月斗は走りだす。
 意識を式と同調させ、その居場所を探る。感覚が告げる方向へ向かうと、南雲が見せた写真の若い女と、それをかばうようにして立つ柚品の姿があった。
 気を研ぎ澄ます。
 襲い来る者は、術者、おそらく藤宮が差し向けた式だろう。その姿は一般の目には映らないが、月斗の目は確実にそれを捉えることができる。
 その数、二体。
 藤宮の式は例えて言うならば、伝承に名を残す鬼、怨念に満ちた表情をしていた。
「力で無理やり抑えつけてやがる……」
 呟き、懐から符を取り出す。確かに式を扱うには力が必要だ。だが、それだけではない。従えさせる精神的な強さ、そして信頼とも絆ともいえるものこそが大切であるはず。藤宮は理解していないのかもしれない。
「五芒招来、来たれ朱雀!」
 手刀と見立てた指で印を五芒をなぞり、最後、気合と共に振りおろす。符に力が宿り、その姿を火の力を秘めた雄々しき鳥へと変える。朱雀を選んだのは、既に動いている青龍の援護のためだ。朱雀は火の属性。木に属す青龍に力を与える。
 お互いの力がぶつかりあうなか、月斗はさらに符を取り出す。余裕はまだ存分にある。式を制御する余裕を確認し、呼び出そうとしたが……その前に、二体の式と柚品の手によって鬼のような姿をした式は断末魔の叫びをあげた。
「やった……のか?」
 式は、その姿を紙へと変えた。紙は一瞬にして燃えあがり、灰となる。
 この手応えのなさ。
 それは自分たちの強さとして捉えてもよいのだろうか。所詮、奢り、堕落した術者の力とはこの程度だと判断してもよいものだろうか。
 少なくとも、式は返した。
 術者は無事にはすまないはず。負傷は当たり前、最悪ならば命を落としていてもおかしくはない。当面は動けまい……だが、この空虚ともいえる思いは、なんなのか。
 相手のあまりの弱さに落胆している?
 ……まさか。
 終わったはずなのに、何かが引っ掛かった。
 
「そうか、依頼は無事に終了か。おつかれさん」
 草間興信所で報告を終える。柚品、緋玻と共に草間から労いの言葉を受けたが、どうも気分がしっくりとこない。
「しかし、三猿を送りつけてきた術者はどうなったんでしょうね……」
 柚品が呟く。
「相手の式……術を返しただろう?」
 俯き加減に月斗は切り出した。
「相手に術を返されたら待ってるのは死だけさ。依頼した連中だって、どうなってることか……」
 そう続け、月斗は冷たく笑う。人を呪わば穴二つ。因果応報とはよく言ったものだ。良くない行いをする者には相応の何かが起こる。そう、依頼をした川田とかいうどこぞかの社長の身にも良くない何かが起こるだろう。もし、起こらなければ……起こしてやるというものだ。
「自業自得……か」
 草間の呟きに柚品は目を細める。
「そういうもんだよ。人を呪うってことは。生きるか死ぬか。そういう世界に生きている連中なんだ、覚悟だってできてるもんさ」
「おまえもそうなのか?」
 神妙な顔で草間に問われ、月斗はくるりと背を向けた。
「……愚問だぜ、おっさん。じゃあな」
 月斗は手をあげ、そのまま扉へと向かう。
「なんだ、もう帰るのか?」
「少し気になることがあるからな。謝礼は後日改めて頂戴に参上」
 振り向かずに月斗は言い、興信所をあとにした。
 そう、気になること。
 それは……。
 
「よう」
 自宅のポストを開けて、中身を確認している南雲に声をかける。
「あんた……結構、年代物に住んでんだな」
 月斗は見るからに古そうなアパートを見あげる。すぐそこにバケツやホウキ、モップといった掃除用具が置いてあるのがなんとも言えない。家賃は月に三万くらいが妥当なところだろうか。
「そうね、年代物かも。寝るために帰ってくるようなものだから。わりとどうでもよくて。でも、どうしてここに? わざわざ報告に来てくれたのかしら」
「報告っていうか……あ」
 月斗は南雲の手にある封筒のひとつを見つめ、声をあげた。南雲の了承を得る前に、ふいっとそれを抜き取る。どうにもよくない気配を漂わせているその封筒には、差出人の名前はなかった。
「それ……似てるわ」
「開けてもいいか?」
 南雲を見あげ、訊ねる。頷いたことを確認してから、封筒を開けた。中身はどうやら呪符らしい。それを取り出し、広げる前に呪詛返しの印を切り、破った。
「ぐあっ」
「?」
 不意に物陰から聞こえた呻き声に顔を見あわせる。そのあと、月斗ははっとして懐から符を取り出す。が、符の力を使えない。その力を解放することができなかった。
「なんだ……? 結界……?」
 そういえば、藤宮は場を封じる力場を作りだすことを得意としていたとか。
「得意の式は使えまい」
 そんな言葉と共に姿を現したのは、二十代半ばかと思われる男だった。腕に包帯を巻き、首筋には強く指で掴まれたのかのような赤い傷痕がある。藤宮だと直感した。
「こんな子供に……こんな子供に……だが、式あっての力。式が使えなければ!」
 藤宮は鋭い爪がつけられた手袋のようなものを手にはめながら、ゆっくりと近づいてくる。南雲がかばうような姿勢を見せたが、月斗は逆にかばうように前に出た。
「あんたは下がってな。……手応えがないと思っていたんだ……返される前に、式を手放したな?」
 敵わないと思った時点で、式を手放したのだろう。だから、影響をそのまま受けることなく、この程度で済んでいる。通常、主を失った式は周囲見境なく襲いかかるところだが、あの場で消滅させているので問題はない。だが、それにしても無責任だ。
「ああ。あんなもの……またすぐに調達できる」
「……あんたと話すと腹たちそう。来な」
 月斗はなんとも言えない表情でこめかみに指をあて、とんとんと何度か叩く。そのあと、そう言った。
「言われなくてもな!」
 藤宮は式だけではなく、体術の訓練をもしていたらしい。そういえば、若かりし頃は、前途有望だったとか……情報屋の言葉を思い出し、次々と襲い来る爪の攻撃を避ける。爪だけではなく、蹴りも加わり、次第に壁へと追い詰められていった。
「ちょろちょろと……だが、これで終わりだな」
 藤宮は勝利を確信した笑みを浮かべ、腕を振りあげる。月斗はすっと腕を横に伸ばし、モップを手に取った。そのまま、下から藤宮の腕を打ちつける。そのあと、即座に振りあげた柄を戻し、水平に腹へと打ち込む。
「! ぐうぅっ……」
 呻き、藤宮は後退する。その間に月斗はモップの部分を踏みつけ、壊した。ただの棒となったモップの柄を何度か振り回し……イケると判断、身構えた。
「……来な」
 片手で棒を構え、片手で藤宮を招く。
「ちょ、調子に乗りやがって!」
 攻撃と防御の応酬。五回攻撃を受けて一回は腕をかするだろうか。反してこちらは五回棒を振るい、三回は腕や腹、どこかしらを打ちつけているだろうか。先に疲れを見せ始めたのは藤宮で、徐々に動きが読みやすくなっていく。たたみかけるように巧みな棒さばきで追い詰める。そして、遂に腹に一撃を受けた藤宮は地面に倒れた。
「勝負あり、だよな?」
 藤宮の喉元に棒を突きつけ、月斗は言った。
「命……命だけは……」
「この世界の掟は生か死か。それは虫が良すぎるんじゃないのか?」
 そう言いながら月斗は僅かに棒を戻す。その途端、藤宮は地面の土をえぐり、月斗へと浴びせかけた。
「うわっ……」
 不意打ちを警戒していなかったわけではないが、運悪く目に土が入ってしまった。瞼を閉じたまま反射的に身を退く。
「死ね!」
 そんな声。痛みが襲いくるかと思ったが、爪による一撃は来なかった。かわりに目の前で南雲の呻き声がした。
「馬鹿、出てくんなって……」
 かばわれた。月斗ははっとし、瞼を閉じたまま気配を探る。
「そこかっ!」
 そして、殺気を感じる場所に渾身の一撃を決めた。
 
 僅かに狙いがそれていたのか、くそっという声と共に気配が遠ざかる。
「くそって言いたいのはこっちだ……」
 月斗は目をこすり、ふるふると土を落とす。目だけではなく、全身に土をかぶってしまっている。
「大丈夫か……?」
 視覚が戻ってから、ともかく、南雲に声をかける。腕に一撃を受けたのか、南雲は苦笑いを浮かべながら腕を押さえていた。
「ええ……」
「あれくらいどうにかできたんだぜ?」
 それは負け惜しみではなく、本当のことだ。あれだけの殺気。瞼を閉じていても、気配を探ることはできる。
「でも、礼は言っておく。その一撃は俺が受けるものだったんだし……」
「ごめんなさいね……もう、目の前で……ううん、とにかくありがとう」
 一瞬、視線を伏せた南雲の表情に、月斗は目を細めた。
「けど……逃がしちまったか」
 残念だ。だが、探し出して、きっと……と思っていると、どさっと目の前に藤宮が投げ出された。
「警視総監賞、もらえるかしら?」
 柚品と緋玻がそこにいた。
 
 後日、三猿に関してはともかく、南雲を襲った犯人逮捕に協力したということで、表彰された。賞状と楯、金一封と書かれた封筒を受け取る。
「へぇ、金一封か」
 とりあえず、草間に自慢してみた。
「えっへん」
 さて、いくらくらいなのかなーと月斗は封を開ける。
「……」
「おー、五千円分の食事券か」
 封筒の中を覗き、草間は言う。小馬鹿にしたような言い方がちょっとむっとくる。
「……この前の謝礼だけどさ」
「あー、今日もいい天気だなー……」
「惚けんなよ、おっさん」
 窓の外を見やる草間の背中を見つめ、月斗は言う。
 だが。
 草間が言うとおり、今日はいい天気だ。謝礼はともかく、この金一封は不意なボーナスのようなもの。たまには外食に連れて行ってやるか……窓の外、青い空を見つめ、月斗は目を細めた。
 
 けど、せめて一万円。もうちょっと寄越しても罰は当たらないと思うぜ、警察さんよ……とぼやきたくなったことは内緒である。

 −完−


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2240/田中・緋玻(たなか・あけは)/女/900歳/翻訳家】
【0778/御崎・月斗(みさき・つきと)/男/12歳/陰陽師】
【1582/柚品・弧月(ゆしな・こげつ)/男/22歳/大学生】

(以上、受注順)

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■         ライター通信          ■
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依頼を受けてくださってありがとうございました。
まずはぎりぎりですみません。構想を練っていたにも限界があります……。
相関図、プレイング内容、キャラクターデータに沿うように、皆様のイメージを壊さないよう気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。遠慮なく、こういうときはこうなんだと仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。苦情は真摯に、感想は喜んで受け止めますので、よろしくお願いします。

はじめまして、御崎さま。
専門職の方だ! と緊張しながら書かせていただきました。が、すみません、十二神将の姿はどうしたものかと惑ってしまい、式神の出番が少なくなってしまいました。調べたところ、獣の姿でもあり、人でもありそうなので、御崎さまのこだわりがあるかも……ということで少し避けた節があります。もし、次回、依頼を受けていただけるときは、こんなカンジでと仰っていただければ、そのように扱わせていただきます。……勉強不足ですみません。
今回はありがとうございました。またご縁がありましたらよろしくお願いします。
願わくば、この事件が御崎さまの思い出の1ページとなりますように。