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赤き闇に踊れ ―a contrary fire ―
[ ACT:0 ] 始まりはいつも……
月刊アトラス編集部内は今日も戦場であった。
編集部員達は、編集部に寄せられる投稿の手紙やメール類に寝る間を惜しんで目を通し、真偽を見極め『これは』と思った物を選別すると、記事掲載の許可を求めに碇麗香のデスクへ赴くのである。
「編集長、これはどうですか?」
「却下。有り触れてるネタよ、こんなの」
「この話、結構面白そうだと思うんですが」
「却下。ただ面白いだけじゃダメなのよ。インパクトが足りないわ」
ひっきりなしに裁断を委ねてくる編集部員達にテキパキと指示を与えつつ、麗香自身も今一通の投書に目を通していた。
メールで投稿されたそれは、内容的にはよくある都市伝説の類と変わらないかもしれない。だが、麗香のアンテナにどこか引っかかるものがあったのだ。
と、そこへひときわ弱々しい声が麗香を呼んだ。
「あ、あのぅ……この間の記事が出来ました……」
手にした投書から視線だけを上げ、声の主を見る麗香の瞳に、別に何もしていないのにすでになぜか半泣き状態の三下忠雄の顔が写った。
麗香に睨まれて(麗香本人にしてみれば睨んでいるつもりはないのだが)パブロフの犬よろしくだらだらと冷や汗を書きつつ、三下はおずおずと原稿を差し出した。
差し出された原稿にざっと目を通すと、麗香は躊躇いもなくその原稿を机の隣に設置してあるシュレッダーに放り込んだ。
「没」
「あぁぁ……またですかぁ、編集長ぉ……」
がくりと肩を落とす三下のいつもの光景に麗香は軽く溜息をつきつつ、
「この記事は後にして、さんした君には調べてきて欲しい事があるんだけど」
と、先程から読んでいた件のメール投稿のプリントアウトをひらひらと振って見せた。
「……えっ!し、取材ですか……あのぅ、僕はちょっと……」
三下は分厚いメガネの奥で忙しなく瞬きを繰り返した。麗香が自分に取材に行けというときは、絶対に怖くて危ない目にあう。これまでの数々の災難を思い出し、いやいやをするように首を振っては見たものの、そんな事で許されるわけもない。
「行ってくれるわよね?」
にっこりと微笑んだ麗香の顔が、死の先刻を告げる死神に見えたなどとは、口が裂けても言えない三下であった。
* * *
三下に託された取材の内容は、今、巷で噂されている怪談の真偽を確かめて来いというものだ。
その話を投稿してきたのは都内の高校に通う女子高生で、投書の内容は以下のようなものである。
―――――
『一ヶ月くらい前から、ウチの学校で流行り始めた「たかしくん」という怪談があるんですけど、聞いてください。
夜中の三時三十三分にある携帯番号に電話をかけて、三回コールを聞いたら切ります。すると次の日の同じ時間にメールが届きます。
そのメールを受け取った三日後に「たかしくん」が現れ、メールの内容について質問するんだそうです。
「お前は何をする?」と。
もしこのとき、霊の問いに答えられなければ、その場で焼き殺されてしまうらしいのです。
メールの内容はこういう文章です。
汝等喜びて 救いの泉より水を汲まん
声を聴き 嘆き叫びて 赤き闇に踊れ
ウチの学校の生徒で何人か、この「たかしくん」を試した人がいるらしいのですが、学校に来なくなってしまいました。
実は私の友人もふざけて試してしまって、昨日メールが届いたらしいのです。
お願いです。どうすればいいのか調べてもらえませんか?助かる方法を教えてください。』
―――――
「うう……僕のほうが助けて欲しいですぅ……」
投書を手に途方に暮れている三下の泣き言を聞きつつ、麗香は手元のスクラップブックに目を落とす。
そこには、一月ほど前から放火が相次いでいると言う記事と、先日ついにそのせいで死傷者が出たという記事が挟まれていた。
記事を追う麗香の瞳は自然と厳しくなっていた。
「噂が出始めたのも一ヶ月前……もしかしたら少し……危ないかもしれないわね」
その言葉に、さらに三下が悲鳴をあげたのは言うまでもない。
[ ACT:1 ] 脱・ボランティア?
今日も今日とて閑古鳥が鳴きっぱなしの草間興信所で、シュライン・エマはせっせとデスクワークに従事していた。
ただしそれは依頼の整理などではなく、支払いの遅れている公共料金の明細や、どこぞの店のツケの請求書だったりするのだが。
「はぁ……ダメね、どう計算しても赤字にしかならないわ……」
パタン、と帳簿を閉じ、シュラインは溜息をついた。分かりきってる事とはいえ、やはりこうして具体的な数字を見てしまうと落胆が大きい。
「今月もまたロクに食べてないんじゃないかしら……」
興信所の主の生活レベルを考え思わず頭を抱えそうになったとき、興信所の旧式の黒電話がけたたましい音を立てて鳴った。
「はい、草間興信所……」
『相変わらず景気が悪そうね』
電話の向こうで笑いを含んだ声が聞こえた。凛とした声音の中にも艶っぽさがあるこの声は―――
「あら、麗香さん。どうかした?」
『ええ、ちょっと手伝ってもらえないかと思ってね』
月刊アトラス編集部編集長・碇麗香は、シュラインの問いに挨拶もすっ飛ばして、単刀直入に用件を伝えてきた。
(麗香さんらしいわねー……)
そんな麗香の言い方にシュラインは苦笑しつつ、答えた。
「どんな事?どうせ暇だから出来る事なら手伝うわよ」
『助かるわ。今からこっちに来れるかしら。詳細は来てから話すわ』
「了解」
電話を切って、シュラインは大きく伸びをした。
出来る事なら何でもやる。その報酬で何か美味しいものでも食べに連れて行ってあげようかしら。
草間興信所思いの事務員は、そんな事を思いつつ手早く身支度を済ますと、興信所を後にした。
[ ACT:2 ] メールと放火と携帯電話と……
編集部に集まった面々を見て、碇麗香はつ、とその形の良い眉を片方だけ上げた。いつも様々な調査員と関わっているとはいえ、今回は少々特殊なメンバーが集まっているかもしれない。
まあそれも記事のためなら気にはならないけれど。
麗香は一つ息を吐き、来客用のソファに腰を下ろしている四人(正確には三人と一体だろうか?)に件のメールのプリントアウトを見せた。
「まずはこのメールについて意見を聞かせてもらいたいのだけれど」
「汝等喜びて救いの泉より水を汲まん、声を聴き嘆き叫びて赤き闇に踊れ……か。なんかの呪文みたいですね」
メールの内容を復唱しつつ、弧月が首を傾げた。
「素直に考えれば、水汲んだら燃やされるって感じだけど……。でもあれよね、一月前の時点で死人が出ていないのに焼き殺されるってのも変よね、この怪談」
弧月の隣でシュラインがふぅ、と溜息をつきながら意見を述べると、向かいに座った時雨が突然ガバッと立ち上がった。
「!?」
「面白半分に……電話しやがって……許さんぞ。こうなったら……直接私……が出向いてやる。……そしておまえは恐怖の……内に焼け死ね……!」
大仰に身振り手振りを加えて自分の解釈を述べる時雨を呆気に取られて見つめる他の人間に向かって、時雨は最後に「こんな感じで……どう?」と小首を傾げた。
「……あ、えっと……そうですね、最後の『赤き闇に踊れ』というのは焼け死ぬっていう感じですよね……」
困ったように目を瞬かせつつ、弧月が答える。その返事にうんうんと頷きながら、
「……キミは……どう思う?」
時雨は自分の隣に鎮座する、大柄な戦闘用ゴーレムを見上げた。
そのあまりの自然な態度に周りは再度呆然とした空気が流れた。
戦闘用ゴーレムにメールの文章を意訳してみろ、などと声をかける人間など見た事はない。資料やデータをあらかじめ揃えたうえでの検索や分析ならともかく、読解力の求められるこの手のAIはサーチには搭載していない。
「……俺には理解不能だ。この文章の単語や文節をデータと照らし合わせて過去の事件との関連性を見つけろというのならやって出来ない事はない」
人を真似て作られた戦闘用ゴーレム―――形式番号W・1107通称『サーチ』―――は、その銀色の瞳に編集部の蛍光灯の光を反射させながら、そっけなく言った。
「とにかく、まずはその投稿者の女子高生にあって話を聞いてみたいですね」
妙な沈黙の中、弧月が一つ咳をして話を本題に戻す。
「学校に……来なくなった……人達にも……話、聞きたいね……」
弧月の意見に時雨が賛同すると、シュラインも頷き、
「そうね。聞き込みとしてはそんなものかしら。後は……これよね」
そう言って、指ではじいたのは放火事件のスクラップが差し込んであるファイルだ。
「一月前から起こってる放火事件と、一月前から流れ始めた焼き殺されるという怪談。どう考えても何かありそうよね、やっぱり」
「一応、放火場所を地図に明記しておいたわ。さんした君、持ってきて頂戴!」
麗香は奥の給湯室で来客の為に茶を淹れている三下忠雄に向かって、声をかけた。「は、はいぃ!」という情けない声とともに、盆に乗せた湯のみ茶碗とともに三下が応接スペースにやってくる。
「ど、どうぞ……」
三下は手早く、とは到底いえない手つきでそこにいる面々の前に湯飲みを置くと、自分の机から赤い丸印がいくつかついている地図を持ってきた。
応接テーブルに広げられた地図を覗き込む一同の目に、いびつだが円を描く放火場所の赤い丸印が五つと、その中心につけられた×印が飛び込んでくる。
麗香がその×印を長い爪でトントンと叩き、その後周囲を囲む丸印をなぞりながら説明を加えた。
「放火現場は全て投稿者の学校から半径1Km以内。規模は最初の一件を除いて小火程度。幸い死人は出ていないようだけど、けが人はこの間出たみたいね」
その豊満な胸の上でゆっくりと腕を組んだ。
「必要と思われる資料は大体揃えておいたわ。足りなかったらさんした君をいくらでも使って調べさせていいから」
「いくらでもって……」
青褪めた顔で麗香を見る三下をよそに、麗香はそう言うと仕事へと戻っていった。
* * *
「……さて、と。じゃあ早速調べましょう。投稿者に会って放火現場も調べて……」
立ち上がりかけた弧月をシュラインが手で制した。
「ちょっと待って。ひとつ確認したい事があるの。……『たかしくん』を呼び出すための携帯電話の番号って分かるの?」
シュラインの問いに三下は壊れた人形のようにぎこちなく首を縦に振った。
「編集長が投稿者の女の子に聞いておいたそうです」
「流石ね。それ、今かけてみない?」
「え?」
思いがけない言葉に、その場にいた全員がシュラインを見た。
「今って……でも怪談じゃ夜中じゃないですか、電話するの」
「だから、昼間電話したら誰が出るのかしらと思って」
「……一応、かけてみましょうか」
そう言うと、弧月以下四人は揃って三下を振り返った。
「……やっぱり僕がかけるんですかぁ……」
「当り前……だね」
にっこり笑って時雨が携帯を三下に手渡した。
「うう……」
分厚い眼鏡の奥で涙目になりながら三下は『たかしくん』へと繋がるはずの番号をプッシュした。
短い接続音の後、電話の向こうから聞こえてきたのは、機械的な女性の声。
『現在この電話番号は使われておりません。番号をお確かめの上、もう一度おかけ直しください』
予想通りではあった。
「ま、こんなもんかしらね」
「使われてない番号だとすぐアナウンスが流れるんですよね。でも夜かけると呼び出し音がなるんですよね……多分。人間以外の何かの仕業って事なんですかね、やっぱり」
神妙な面持ちで弧月が呟くと、隣でポンと手を打つ音がした。
「たかしくん……昼間は……お昼寝、かもね……」
だから昼間は繋がらないようにしているんだ、たかしくんは夜更かしだね。そう言ってしたり顔で頷いたのは時雨だった。真剣に考えてはいるのだろうがいまいち思考がずれている気がする。
「幽霊でも夜更かしするんですかね……」
「……そうとは限らないんじゃない?」
「へ?幽霊って寝るんですか」
時雨の発言に当てられたのか、微妙にとぼけた台詞を吐く弧月に対し、ふと何かに気付いたようにシュラインが声を上げた。
「そうじゃなくて。誰かが故意に接続を操作しているって事は考えられないのかしら。どんな仕掛けかは分からないけれど」
「それは不可能ではない。電話会社のコンピューターにハッキングすればデータの改竄は容易だ」
それまで黙っていたW・1107がシュラインの呟きに答えた。
「……って事は、怪談とか噂なんかじゃなく誰かが意図的にやってる可能性があるって事ですか?」
「なきにしもあらず、って気がするのだけれど。……三下君、この携帯電話の番号が過去に誰かが使っていなかったか調べてくれるかしら」
「あ、はい。調べてみます。……あ、これ、投稿者の方の連絡先です」
三下は一度奥に行きかけて思い出すようにそう言うと一枚のメモを渡した。
「有難う。さて……じゃあ行きましょうか」
シュラインの合図に、一同は立ち上がり編集部を後にした。
[ ACT:3A ] 待ち合わせ場所にて
手渡された番号に連絡を入れると、あらかじめ調査の話を聞かされていたのか、春日麻衣というその女子高生はすぐに会う事を了承した。もちろん、メールに書いた友達も一緒に。
彼女の指定した待ち合わせ場所は、彼女の通う高校の近くにある喫茶店だった。早速店に向かう一同だが、ふとW・1107の姿を見てシュラインが苦笑しながら、
「このまま入ったら目立ちすぎるわよねえ……」
と、呟いた。銀色の巨体を輝かせるロボット然としたこの戦闘用ゴーレムを学生で賑わう喫茶店に入れるのもどうかと思ったらしい。
「大丈夫だ。俺は外で待っているから」
W・1107はそう言うと、店の入り口で向きを変え街路樹の陰へと消えていった。
「あの、俺は放火現場の方に行ってみようかと思うんですが。何か……見えるかもしれないし」
その背中を見送った後、弧月が二人を見た。
「そうね。話を聞くのに大人数はいらないし、手分けした方が効率的よね。じゃあ、そっちはお願いするわ」
「はい。じゃあ、また後で」
弧月はシュラインから手渡された地図をポケットに捩じ込むと、車道の傍らに止めてあった愛車スティードのほうへと駆けて行く。
「また……後で……」
「さ、待たせちゃ悪いわ。行きましょう」
弧月に向かってひらひらと手を振る時雨を促して、シュラインは喫茶店へと入っていった。
[ ACT:4A ] たかしくんの正体は……
「まずはどういう経緯で『たかしくん』を試したのか聞かせてもらえるかしら」
投稿者本人を含む二人の女子高生を前に、シュラインは話を切り出した。二人は迷うように一度顔を見合わせると、緊張した面持ちで少しずつ話し始めた。
「……会いたかったんです、たかしくんに」
まず口を開いたのは投稿者・春日麻衣の友人であり『たかしくん』を試した本人である橋野えりかだった。
「会いたかった?……ちょっと待って。投稿されたメールにはふざけて、とあったけど違うんですか?」
えりかの言葉に弧月が怪訝な顔で二人を見比べた。
「……たかしくん……知ってるの……?」
時雨が続けて問うと、えりかは遠慮がちに頷いた。
ただの怪談を調べるはずが、妙な方向へと変わりそうで、思わずシュラインと時雨は顔を見合わせた。
* * *
「たかしくんの正体は、たぶん板倉君だと思うんです……」
目の前に置かれたミルクティーのカップを見詰めながら、えりかがぼそぼそと話し始めた。
一月前、麻衣とえりかのクラスにいた一人の男子生徒が死んだ。
名を、板倉高志という。
「板倉……高志……」
なるほど、確かに『たかしくん』ね。シュラインはその生徒の名を口の中で呟いた。
「板倉君は火事で亡くなったって先生は言ってたけど、私聞いちゃったんです。田辺達が「助かったな」って話しているのを」
「……助かった……?」
「アイツが代わりに死んでくれて助かったなって……。どういう事か分からなかったけど、何だか怖くて麻衣に相談したんです」
「あたし、えりかがふざけて『たかしくん』を試したって最初に聞いてなんでそんな事するのよ!って怒ったんです。でもよく聞いたら田辺達のそんな話を聞いたっていうから。最初は先生に相談してみようって言ったんですけど、えりかが、そんな事したら田辺達に何されるか分からないって言うから、アトラスに投稿したんです。アトラスの編集部っていろいろ解決してくれるって評判だから」
「まあその通りだけどね。そのために来たんだし」
「正義の……味方……だよ」
正義の味方、という時雨の言葉に少しだけ緊張を緩め、麻衣が話を続けた。
「えりかが田辺達の話を聞いた後に田辺のやつ、学校に来なくなっちゃって。『たかしくん』の怪談が流れ出したのもそれと同じくらいなんですよ」
「たかしくんの……復讐……かな?」
「……その可能性はありそうよね」
アイスコーヒーを啜りながら時雨が言うのへ、シュラインが相槌を打つ。
彼女らの話を信じるならば、その田辺という生徒と板倉高志の間に何かが起き、そのせいで高志は死に、復讐の為に怪談を流して田辺を呼んだ、という推測が成り立つ。霊が自ら怪談を考えて流す、と言うのも少しおかしな気もするが、今はもっと事実を確認する事が先決だ。
「他にも学校に来なくなった生徒がいるのよね。その子達の事は分かる?」
「はい、分かります」
麻衣はコクンと頷くと、最初に連絡を受けた際持って来てくるように頼まれていたクラス名簿と写真を鞄から出して見せた。麻衣はそのうちの四人を指差し、彼らの事を教えてくれた。
「……この四人が来なくなった人達です。みんな田辺の仲間。いわゆる不良ってやつ」
麻衣が持ってきた写真の1枚を抜き出した。修学旅行の時のグループごとの集合写真らしいそれの中央には制服のブレザーをだらしなく着崩し、髪を染めた男子生徒が斜に構えて立っていた。この生徒が田辺春樹というらしい。そして彼を囲むように同じような格好で三人の男子がしゃがみこんだり、壁にもたれたりしている。
田辺を中心としたグループらしい。そして、それがいなくなった生徒達であり、
「板倉君を見殺しにした犯人……と言うわけね」
シュラインの言葉に俯いていたえりかがびくんと肩を震わせ、麻衣が更にぎゅっとえりかの肩を抱く。
「何となく話は分かったわ。でもまだ確信には至らないわね。まずはその四人に会って事実を確認しないとね。その『たかしくん』をどうするかはそれからね」
「お願いします」
麻衣が深々と頭を下げた。
「……ねえ、キミは……なんで会いたいの?……たかしくんに。殺されちゃうかも……しれないよ」
ふと、アイスコーヒーを音を立てて吸い上げながら時雨が聞いた。
怒っていると思うなら会ったって殺されるかもしれないのに、なぜわざわざ危険を冒すような真似をするのだろう。
「……板倉君、前にあたしが田辺達に絡まれてるの助けてくれたの。それなのにあたしは田辺達の話を聞いても何も言えなかったから。だから一言謝りたくて……でも実際メールが来たら怖くなっちゃって……」
俯いて膝に置いた手を見つめながらえりかが声を詰まらせた。その肩にポンポンと手を置いて、
「大丈夫……ボク達、正義の……味方」
時雨がぐっと親指を立てて笑った。
[ ACT:5A ] 火遊びの代償
田辺春樹を筆頭に、吉川拓也、斎藤一樹、鳥飼大輔という四人が『たかしくん』を試して学校に来なくなった生徒の名前だった。
そして、板倉高志の死に関わっているかもしれない四人。
一旦麻衣達と別れたシュラインと時雨は、下校途中の生徒に田辺達の評判を聞いてみた。
「田辺の父親が都議でね、自分は大した事ないくせに結構偉そうにしてるよ」
「親が偉いから都合の悪い事でも揉み消してもらえるからやりたい放題だよ。学校も寄付金とか貰ってるからあまり手出せないみたいだし」
とどのつまり、金持ちのぼんぼんが親の威光を笠に着て好き放題振舞っているという事らしい。
「一番嫌いなタイプだわね」
シュラインは人差し指をこめかみに当てて溜息をついた。
「親のすね……かじりまくりってやつ?」
「そうね。とりあえず話を聞きに行きましょう……ってあら?」
外で待っているはずのW・1107の姿がない事に気付き、シュラインがきょろきょろと辺りを見回した。
「待ちくたびれて道草でも食ってるのかしら……そういうタイプでもなさそうだけど」
「誘拐……された?」
「…………まあ、携帯も持ってるし、後で連絡してみましょう」
見た目まんまロボットのW・1107が携帯電話で話す姿を想像すると妙におかしいのだが、それにも、ましてや誘拐された可能性にも全く触れず、シュラインは先に立って歩き出した。
「……身代金は、いくら……かな」
首を捻りつつ、時雨もシュラインを追って歩き始めた。
真剣なのかなんなのか未だに分からない青年である。
* * *
田辺春樹は一人暮らしだという。父親の買ったマンションの一室で、親に言えば好きなだけ物や金を与えられる生活らしい。
「何というか、典型的な甘やかされボンボンね」
いかにも高そうな高層マンションを見上げ、シュラインが眉を顰めた。何をしても未成年だから、親が何とかしてくれるから、と好き放題に生きている子供ほど性質の悪いものはない。たとえそれが親の躾がなっていないのだとしても、自分の生き方の善し悪しを確かめられない歳ではないはずだ。
「悪い子には……おしおき……だよね」
時雨がそう言って背中から長さ七尺の妖刀・血桜をすらりと抜き放つとぶん、と一度素振りする。
「……それはしまってくれる?」
「なんで……?」
「お仕置きする前に私達が捕まるから」
額に手を当て大きく溜息をつくシュラインを、不思議そうに見つつも「分かった」と言って時雨は血桜を収めた。
マンションのエントランスホール脇にあるエレベーターで五階まで上がると、春樹の部屋を探しインターフォンを押す。
人気のない廊下にやけに甲高いチャイムが響いて暫くの沈黙の後、インターフォンのスピーカーから『誰?』という小さな声が聞こえた。
「田辺春樹君?突然お邪魔してごめんなさい。月刊アトラス編集部の者だけれどあなたに聞きたい事があるの」
『……編集部?』
インターフォンの向こうの声が怪訝そうに声を高くする。
「あなたの学校で流行っている『たかしくん』っていう怪談の話を聞きたいんだけど」
『……っ!』
「知っているわよね。試したんでしょう、あなた」
『……し、知らねぇよそんなの。俺には関係ない!』
明らかに動揺した声音で、室内の春樹がこちらに向かって叫んだ。
『帰れよ!話す事なんか何もねぇよ!!』
「……殺されるよ……?」
『な……っ』
シュラインの後ろから時雨がひょいと顔を出し、インターフォンのモニターカメラに顔を近づけた。
「話してくれないと……『たかしくん』に……殺されちゃうよ?」
『…………っ!!な……なんで知って……』
震えた声が春樹の怯えをドアの外側のシュラインと時雨に伝えている。
「私達はあなた達がした事を知りたいの。事実を知らなければ何も出来ないの。……聞かせてくれないかしら?」
息を呑む気配がし、暫く静寂が続いた。
鉄の扉の前でじっと待つ二人の耳に、かちゃり、という小さな音が響き重い音を立てて扉が開かれた。扉の向こうから顔を出した少年は、麻衣に見せられた写真のようなふてぶてしさなど感じられず、何かに怯え焦燥しきった顔で不安と動揺をないまぜにした視線を二人に寄越した。
「……あんたら一体、何者なんだよ……」
「正義の……味方だよ」
喫茶店での別れ際、麻衣達に言った台詞そのままに時雨が言う。
「正義の味方……?」
「味方になるかどうかは、あなたの話次第よ。聞かせてくれるかしら?『たかしくん』の事」
落ちつかなげに二人を見比べる春樹を、シュラインは真剣な面持ちで真っ直ぐに見詰めた。
* * *
春樹の部屋は八畳のフローリングに六畳二間の3LDKだった。高校生の一人暮らしには贅沢すぎる広さではある。調度品や電化製品などもそれなりに高価そうだ
二人を部屋に通した後も、春樹自身は相変わらず不安そうに視線を彷徨わせている。
やはり高級そうなソファに座ると、シュラインはガラスのテーブルを挟んで向かい側でそわそわと貧乏ゆすりを始めた春樹に向かって静かに口を開いた。
「まずは……『たかしくん』を試した経緯を話してくれない?」
「…………」
「あなたがあの怪談を試したのは板倉高志君が亡くなった後よね?何があったのかしら」
「…………じゃない……」
「え?」
「自分から試したんじゃない……向こうからかかってきたんだ」
板倉高志の名を聞いてびくりと肩を震わせた春樹は、深く俯き喉の奥から搾り出すように掠れた声を出した。
「向こうからって……誰から?」
思いがけない言葉に少し身を乗り出しつつ、シュラインが先を促す。
「板倉だよ。板倉の携帯から俺の携帯にかかってきたんだ、電話が!あの……あの夜の事知られたくないなら来いって。でなきゃ全部バラして殺してやるって!!」
春樹はその場面を思い出したのか両手で頭を抱えてがたがたと震えながら叫び続けた。
「悪気はなかったんだよ!アイツが警察に連絡するって言うからちょっと脅すつもりだったんだ。なのに、なのに……っ」
隠していた事を口に出したせいでそれまでのプレッシャーから解放されたのか、春樹は俯いたまま堰を切ったように話し始めた。
* * *
一月前のある晩の事。
いつものようにこの部屋で特にする事もなく、コンビニで買ってきたスナック菓子や缶ビールなどを飲みながら時間を潰していた春樹とその仲間達は暇つぶしにと、とある廃屋へと出かけたのだという。
そこはこのマンションからそう遠くない住宅街の入り口にあり、もう何年も前に売りに出されていたのだが何故か買い手がつかず、持ち主も失踪してしまいそのままになっているという。噂では殺人事件があったとか、住んでいた家族が借金に負われて一家心中したとか。近所では有名な「お化け屋敷」だ。
「……肝試し……?季節はずれ……だね」
「そうじゃなくて……火を……」
「……火?……って、まさか!?」
春樹が小さく頷いた。
暇つぶしにと、彼らは廃屋に火をつけに行ったのだ。
「誰もいないのも確認したし、小さな焚き火程度だからすぐ消そうとは思っていたんだよ……!」
「そういう問題じゃないわよ!自分が何したか分かって言ってるの?!」
「だってあんな、あんな事になるなんて思ってなかった……」
「どうしようもないバカね、あんた」
怒りを通り越して半ば呆れつつ怒鳴ったシュラインを、春樹が瞳を震わせて見上げた。
「うん、おバカさん……だね。……で、何が……あったの?」
不愉快そうに顔を歪めたシュラインの代わりに、時雨が春樹に先を促した。
「……家の中に入って、毛布にライター投げつけて一階の窓から外に出たらアイツがいたんだ」
「……板倉君ね?」
「何してるんだ、早く消せ……って入ろうとするから止めたんだ」
板倉高志が消化しようと家に入ろうとするのを羽交い絞めにして、「いいから見てろ」と春樹達は凄んでみせた。どうせすぐに消すつもりだ。暇つぶしを邪魔されるのも腹が立つ。
しかし高志はそんな彼らを睨みつけて携帯電話を取り出した。「警察と消防に電話する!」と言って。
「正当な行動ね。それで警察にバレるのが怖くて……何をしたの?」
大きく息を吐いてソファの背に寄りかかり腕を組むと、未だ不機嫌そうな顔のままシュラインが後を引き継いで発言する。
「携帯取り上げて、家の中に……。でも、あの時火なんて殆ど消えかけてたんだ!本当に!!でも、でも……っア、アイツが入っていったらいきなり燃え上がって、あっという間に……。窓だってガラスも割ったし鍵だってないのに開かなくって」
「…………」
「…………」
シュラインも時雨も言葉がでなかった。
目の前の少年はただの暇つぶしの火遊びがまさか火事となって、しかも人を一人殺してしまうなどと想像もしていなかったのだろう。
当日を思い出し、顔面蒼白で脂汗を流しながら震える体を両手で抱き締めるようにしてソファに蹲っている春樹の肩に、シュラインは手を添えた。
「……あなたのした事は犯罪よ。分かるわね?この話が終わったら自首しなさい。いいわね」
「…………」
「とりあえず、今はその先の話を聞かせて。板倉高志君が亡くなって、その後電話がかかってきたと言ったわね?それで呼び出されたと。どこに呼び出されて何をしたの?」
「…………三箇所くらい……。呼び出される場所はいろいろだったけど、俺だけじゃなくて拓也とか他の奴らも一緒に……それで、アイツが火をつけるところを見ていろって」
「じゃあ、連続放火って……」
「たかしくんの……幽霊の……仕業?」
春樹達に殺されたも同然の高志の霊が、彼らに悪夢を見せるべく放火を繰り返したと言うのだろうか?
しかし、今の話を聞いている限りでは板倉高志という少年がそういう事をするイメージはなかった。余程無念で悪霊として蘇ったとでも言うのか?
「どうなのかしらね。その、最初の廃屋が本当にいわく付き物件だとしたらそこに残った何らかのマイナスエネルギーに取り込まれて……とか?」
「いい子だったたかしくん……死んだら悪い子に……なっちゃったのかな?」
二人が首を捻りつつ言葉を交わすのを聞いていた春樹が、ふと呟いた。
「……電話は板倉の携帯の番号だけど、いたのはアイツじゃないよ……」
「え?」
「どういう……事?」
「たかしとは言ってたけど、全然知らない奴だった。茶髪にピアスでちゃらちゃらした格好はしてたけど目が怖かった。それにそいつ……手から炎出してた。お前らのした事、絶対許さないって、一生悪夢に怯えてろって火を……」
そこまで言うと、春樹は再び深く俯いてそれ以上言葉を発しようとはしなかった。
怨念を持った霊の仕業かと結論付けられると思っていた事件にまた1つ、謎が残ってしまった事に、シュラインも時雨も表情が険しくならざるを得なかった。
* * *
一旦、田辺春樹のマンションを後にすると、春樹と同じように呼び出しを受けている他の三人にも話は聞いたが、春樹の話と内容は同じであった。
皆が皆、当日の罪の意識の意識は薄く、後から後悔している人間ばかりだった。
「全く、バカばっかりね……」
苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てると、放火現場を調べに行っている弧月と、どこへ行ったのか姿を消したW・1107と連絡を取るべく、シュラインは携帯を取り出した。
「……もしもし、弧月君。今どこ?」
『あ、シュラインさん……今は四件目の放火現場の近くです。サーチさんも一緒ですよ』
「あら、いつの間に合流したの?」
『それがちょっと……』
受話器の向こうで言いよどむ弧月の声に、眉を顰めつつ、
「何かあったみたいね。とにかく一旦落ち合いましょう。こっちも、割と深刻な問題にぶち当たっちゃったから」
そう言うと、アトラス編集部に集合ね、と言って電話を切った。
「……誘拐じゃ……なかった?……良かったね……」
微妙に間の抜けた時雨の返答にいつもなら軽い頭痛を覚えるところだが、今はそんな暢気な言い方が重い空気を払ってくれるようでシュラインは思わず軽く笑みを漏らした。
[ ACT:6 ] 二人の『たかしくん』
再びアトラス編集部に集まった一同は、まずW・1107の焼け融けた装甲に目を丸くした。
「どうしたの?!これ……」
「不測の事態に対応した結果だ。大したダメージではない」
これが普通の人間ならば重度の火傷で病院直行だろうが、強化装甲で全身を包まれた戦闘用ゴーレムは表情をぴくりとも変えず言い放った。元より、表情など変わるはずもないのだが。
「大した事ないのならいいけど。じゃあそれぞれ調べた事をまとめましょうか」
まずは『たかしくん』の怪談について。
これには板倉高志という一人の男子生徒の死が関わっている事。
「あ、じゃあ俺が一件目の現場で見たのって、その子の……?」
「多分ね」
怪談を試して登校しなくなった生徒は板倉高志の死に直接関係がある者達だと言う事。
メールを投稿した本人の友人である女生徒も、少しは関わりがあり彼女は自ら『たかしくん』に会いたがっている事。
そして、
「自分を見殺しにした田辺春樹達に復讐するために、板倉高志の霊が呼び出したかと思ったんだけれど、彼らを脅している人間が別にいるようなの」
「別に?」
「ええ。彼らもそれが誰だか知らない顔らしいんだけれど、手から炎を出すんですって」
シュラインの言葉に、思わず弧月とサーチが顔を見合わせた。
「それって……どんな奴だって言ってました?」
「茶髪でピアスしてて、そこらにいる高校生と変わらない感じだと言っていたけど?」
「そいつですよ!俺達、そいつに襲われました!サーチさんの腕を焼いたのもそいつの仕業ですよ!!」
「……どういう……事?」
「放火現場で……」
シュライン達を見ていた少年がいた事。
その少年が四件目の放火現場へ向かった事。
そして、その場で焼き殺されそうになった事。
「明確な殺意は感じなかったんで多分、脅しだと思うんですが『邪魔をするな』って言っていました」
「田辺春樹の言う少年と、俺達が会った少年の特徴を合わせてみれば同一人物の可能性が高い」
「邪魔をするな……って言うのは……たかしくんの……復讐を邪魔するな……って事?」
「うーん……そういう事なんでしょうけれど、その茶髪の彼が一体どう関わっているのか……」
「彼に触れられれば何か見えたかもしれないんですが……あ!」
ふと、弧月がW・1107のほうを見た。
少年の炎で焼かれたシールド「セイル」
もしあの炎に少年の意志のようなものが乗っていたとしたら。
あの炎に触れた装甲に何か残像が残っているかもしれない。
そう考えて、弧月はW・1107に向き直った。
「やってみていいですか?」
「構わない」
弧月の申し出に、W・1107は一部分が歪んだシールドを装着した腕を差し出した。
「…………」
弧月は1度大きく深呼吸すると、その銀色の腕に自分の手を乗せた。
眼を閉じ、集中する。
飴細工のように歪な曲線を描いた鋼の装甲から、イメージと途切れ途切れの言葉が沸き上がる。
―――腕を包む赤い炎。
―――「いたくらたかしとうすいたかし。同じたかしだね」
―――茶髪の少年と並んで立つもう一人の。
―――「大丈夫、僕は君を信じているよ」
―――怯えきった誰かの顔と、携帯電話。
―――――「許さない!」
「……そうか」
目を開き、弧月が呟く。
「何か分かった?」
期待を含んだ視線で自分を見る一同に、弧月は自分が見たものを伝えた。
「彼の名前はうすいたかし。板倉君の友人だったみたいです。学校は違うけど。彼の能力を唯一認めてくれたのが板倉君だったようです……」
「能力?手から火を出すというやつね。確か……パイロキネシスだったかしら」
パイロキネシス―――念力発火能力。念じるだけで火を起こす事の出来るPK能力の一種だ。ファイアースターターとも呼ばれるこの能力は少し前に映画なんかで有名になったものである。
「つまり……やっぱり、たかしくんの復讐……ではあるんだね?」
「そういう事みたいですね。自分の事を認めてくれた板倉君を見殺しにした人間に、制裁を加えているんじゃないでしょうか」
「……気持ちは何となく分かるんだけど……やっぱりそれは正しい行動だとは思えないんだけど」
「そうですよね……」
誰からともなく押し黙り、場に沈鬱な空気が流れた。
退屈しのぎに火遊びをする学生達。
それを止めに入り命を落とした少年。
見殺しにされた友人の復讐の為に自ら炎を操るもう1人の「たかし」
少年の気持ちを慮ってみれば、自らの手で友人を殺した相手を追い詰めたい衝動は分かる。法に頼らず裁きを下すのが良いとか悪いとか、当事者ではない者に判断する事も出来ない。
しかしそれでは何の解決にならない事だけは確かだ。憎しみは憎しみしか産まない。十数年しか生きられなかった少年の無念を思えばこその行動なのであろうが、それでも生きているものは死者の分まで前に進むしかないのだから。
「やっぱり直接会って説得するしかないようね」
「言っても……分からないなら……実力行使」
やや物騒な発言が時雨から出たところで、三下忠雄が遠慮がちに声をかけてきた。
「あ、あのぅ、お取り込み中に申し訳ないんですが、頼まれていた携帯番号の使用者の件なんですが……」
「分かったの?」
「はい。えっと……板倉高志という人が使っていたんですが、一月くらい前に碓氷崇という人に契約が譲渡されているようですよ。ただ、入金がされていないのでそろそろ契約が切れるはずだとか」
「碓氷崇……うすいたかし!」
「……これで確定できましたね」
『たかしくん』という怪談を流し、友人の復讐をするパイロキネシスを持つ少年。
一連の事件の裏にいるもう一人の『たかしくん』―――――
[ ACT:7 ] 接触
再び麻衣とえりかに連絡を取り、判明した事実を説明すると、まだ不足していたいくつかの事実の確認をする。
「田辺君達は向こうからかかってきて呼び出された、と言っていたんだけれどあなたの場合は自分でかけたのよね?」
「はい」
「怪談どおりならメールが来て三日後に自分の前に現れるはずだけど、場所の指定とかはないんですか?」
「場所は特には指定されてないです。ただメールが来ているだけで……」
えりかはそういうと、自分の携帯の受信メール画面を出して見せた。
小さな液晶画面に、たった二行の短いメール。
汝等喜びて 救いの泉より水を汲まん
声を聴き 嘆き叫びて 赤き闇に踊れ
「放火事件の真相を知ると、この文章もまた意味深ね」
あらためてメッセージを読むと、そこはかとない悪意を感じる文章ではあった。
「2人は碓氷崇って知ってる?」
『たかしくん』の怪談を流した本人であろう少年の名前を出して、弧月は麻衣とえりかに聞いてみる。が、2人は全く知らないと首を振った。
「あの……板倉君じゃないんですか?あたし、どうすればいいんですか?」
「とりあえず、彼からの接触を待ちましょう。本人と話してみなくちゃどうにもならないわ。大丈夫、私達も一緒にいるから」
不安そうなえりかと、そんな友人をまた心配そうに見ている麻衣の、二人の肩に手を置いてシュラインが安心させるように微笑んだ。
「電話……してみれば?」
「え?」
「相手が……分かってるなら、電話……こっちから……すればいい」
「でも、昼間は繋がらなかったですよ?」
「今なら……繋がる……絶対……。もう、こっちの事……知って……る……んだから」
やけに自信ありげな時雨の言い様に、その場にいたほかの人間は一様に顔を見合わせた。
確かに弧月とW・1107が相手に一度接触している以上、こちらが何を調べているのかは向こうも承知だろう。わざわざ死んだ人間だと思わせて脅す必要も今はない。ならば、
「……かけてみる?」
全員の頭に過ぎった言葉を代表して、シュラインが口に出した。
と、その時。
小さな振動とともに、場違いな明るいメロディがえりかの持つ携帯電話から流れ始めた。
「ひぃっ!!」
突然の事に思わずえりかが取り落とした携帯を、床に落ちる寸前でキャッチした弧月が着信番号の確認もせずにそのまま通話ボタンを押して出た。
確かめずとも相手が誰なのか、この状態で分からないものなどいなかった。
「……もしもし?」
『……昼間のやつだな。邪魔すると殺すって言っただろうが』
電話の向こうから押し殺した声で凄むのは―――
「碓氷崇くん……だよね」
『…………』
「俺達、君と話がしたいんだ。もうこんな事はやめて、ちゃんと話し合おうよ」
『この携帯の持ち主に代われよ。お前らと話す事なんかない』
「嫌だ」
『なに?』
「俺達は彼女を助けるためにいるんだ。危害を加えそうな君の言う事は聞けない」
厳しい表情で言い切った弧月の言葉に、小さく舌打ちする音が聞こえた。
『分かったよ、鬱陶しい。明日の午前3時だ。一番最初の―――高志の死んだあの場所まで来い。……全員まとめて丸焦げにしてやるから』
低く、暗い捨て台詞を残して電話は切れた。
「明日午前3時に、1件目の放火現場だそうです」
「……聞き分けの……ない子には……お仕置き……だね」
「あまり派手にやらかさないで済むと良いけどね」
憎悪しか感じなかった碓氷崇の言葉に、軽い言葉で感想を述べつつも一同の表情は厳しさを隠せなかった。
[ ACT:8 ] 真夜中の戦闘
昼間でさえ静かな住宅街の夜は、より一層の静寂に支配される。
室内の電気は当に消え、門先の外灯だけが道標の代わりにぽつぽつと灯っていた。
昨日、碓氷崇からの連絡を受けた一同は緊張した面持ちで指定された場所へと向かって歩いていた。
空は晴れていたが雲が多い。風が時折雲を流してその隙間から弱々しい月明かりを地上に投げかけては、また暗闇をましてゆく。
自分達以外誰も存在しなのではないかと思える程の静けさがこの後に待つ事態への緊張を煽っていた。
「あそこです」
先日、一度来ている弧月が現場を指差して立ち止まった。焦げて朽ちかけた1本の柱が、まるで地面から生えた手のように空に向かって伸びている。
夜の暗さよりもまだなお黒い焼け跡の四角い土が底なし沼のように口を開けているようだ。
油断なく周りを見回していると、土を踏む音がふいに聞こえた。
一斉にその音の方に振り返った一同は、一瞬、闇夜に浮かぶ炎に目を眇めた。
「揃いも揃って、うぜぇなあ」
腕に炎を纏いながら、機嫌悪そうな声を上げてこちらを睨んでいるのは、板倉高志の復讐のために自らの手で裁きを下そうとするもう一人の『たかしくん』―――碓氷崇だ。
「あなたが……碓氷君?田辺君達を呼び出した……」
「……ああ」
シュライン、弧月、時雨、W・1107の四人はどうしてもついてくると言って聞かなかったえりかと麻衣を庇うように前に出ながら、崇と対峙している。
「友達を見殺しにされた悔しさは分かるけど、こんなやり方は間違っているわ」
「脅して黙らせるなんて、板倉君を見殺しにしたやつらとやり方が変わらないじゃないか!」
「あまり……良く……ないよね……」
「保護対象に攻撃するなら、迎撃するまでだ」
四人の言葉を苛々と聞きながら、崇はえりかのほうを見た。
「お前は何をする?」
「……え?」
急に話し掛けられたえりかは一瞬恐怖を忘れ、きょとんとした表情で崇を見返した。
「汝等喜びて救いの泉より水を汲まん。声を聴き嘆き叫びて赤き闇に踊れ―――メール読んだんだろ。どうするか聞いてるんだ」
怪談の内容そのままに、崇が問う。
「あ、あたしは……っ板倉君に謝りたくて……」
「何を謝る?」
「……田辺達の話を聞いても何も言えなかった事を謝りたいの……」
「今更だよ」
崇に睨まれて震えながらも問いに答えたえりかに対し、崇は目元に険を表しながら一層強く睨み返した。
「見て見ぬ振りは、同罪だ」
崇が吐き捨てるように言うと、腕をす、と上げた。
刹那。
「きゃぁあっ!」
「いやぁ!」
えりかと、えりかの横に立っていた麻衣の目の前に炎が揺れた。
咄嗟に庇うように二人を抱き締めたシュラインも、背に熱さを感じていた。
「ちょっと!あんたの意見は極端すぎるわよ!」
へたり込んでしまった二人に覆い被さりながら、シュラインが振り向いて怒鳴る。
が。
「!!」
休む間もなく、もう一度炎が迫る。
視界に広がる赤に思わずぎゅっと眼を閉じたと同時に、シュライン達の目の前にW・1107が立ちはだかった。
W・1107の強化装甲に跳ね返された火花がぱちぱちと音を立て夜空に消えてゆく。高温の炎を浴びたW・1107の胸からは表面コーティングの焼けた白い煙が幾筋か上がっていた。
「大丈夫?」
「俺は平気だ。そっちは?」
「こっちも大丈夫よ。かなりムカついたけど」
がたがたと震える女子高生二人の肩を抱きながら、シュラインがきっ、と崇を睨んだ。
その視界に二つの影が踊った。
左からは弧月が。
右からは時雨が。
シュライン達に気を取られていた崇の横合いから、二人が飛びかかる。
「もらった!」
弧月が跳躍し、崇の脇腹めがけて蹴りを繰り出す。
同時に体勢を低くしたまま駆けていた時雨が背中の妖刀・血桜を抜き放つと同時に、その勢いのまま崇めがけて横に刀を凪いだ。
二人の同時攻撃が当たったかと思ったその時、崇が両腕を真横に―――迫り来る弧月と時雨の顔面を掴むように―――広げた。
ごぅ……っ!
二つの赤い花が咲く。
「くっ!」
目の前に投げ出された炎の塊を避けるために弧月は思い切り仰け反ると、そのままスライディングする形で崇の足を払った。
「時雨さんっ!!」
一層身を屈めて炎をかいくぐった時雨は、弧月の言葉を聞くのと同時に、横に払った血桜をそのまま返し体勢の崩れた崇の胴を薙ぎ払った。
「ぐあ…っ!」
時雨が七尺の長刀を振り抜き立ち上がったときには、崇の体は数メートル先でもんどりうって倒れていた。
「くそ……」
よろよろと方膝をつく格好で起き上がり、尚も腕をこちらに伸ばしている崇に向かって、時雨がもう一度駆けてゆく。
崇が炎を打ち出すよりも早く背後に回ると、血桜を上段に構えた。
「時雨さん、それはダメだ!」
「やりすぎ!!」
倒れたままの弧月と、W・1107の背後から叫ぶシュラインの声が響く中、
「……とどめ」
時雨は愛刀を振り下ろした。
ばたり、と崇の体が前のめりに倒れた。
すかさず駆け寄った弧月が崇の体を調べるが、刀傷はない。
「時雨さん……」
見上げると、ちゃき、と音を立てて刀を返す時雨がにっこり笑っていた。
「峰打ち……だよ」
[ ACT:9 ] 炎の記憶
後日。四人は再びアトラス編集部へと集まっていた。
崇との一戦の後、田辺春樹とその仲間達は自首したという。一件目の廃屋での板倉高志の死は結果的には不可抗力だが、放火の事実は消せない。
麻衣とえりかも参考人として警察に呼ばれたらしいが、直接関わっているわけではないのですぐに帰されたという。
そして。
「……あの彼は?」
事後報告をしていた麗香に、弧月が躊躇いがちに聞いた。
たとえ友人のためとはいえ、彼も放火犯には違いない。あの戦闘の後、一応病院には運び込んだがその後の事は分からなかった。
「それがね……」
麗香は指をこめかみに当てると眉を顰めて溜息をついた。
「行方不明なのよ」
「え?」
「逃げたの?」
横からシュラインも身を乗り出した。
二人の問いに軽く頷きながら、麗香は話を続けた。
「健康状態の回復を待ってから話を、と思ってたら次の日点滴引き抜いて脱走。未だに見つかってないのよ」
かといって、身寄りがあるわけじゃないから探す当てもないみたいなのよ。麗香はそう付け足すと肩を竦めた。
* * *
「あの子、これからどうするのかしらね……」
「また……悪い事、する……?」
「いや、それはもう大丈夫だと思います」
もう少しゆっくりしていけば、と麗香が(三下を使って)出してくれた日本茶を啜りながら、シュラインと時雨の問いに弧月がきっぱり言い切った。
「随分はっきり言い切るわね」
「……最後に見たんですよ。彼の記憶と、それからあそこに残ってた板倉君の残留思念……」
時雨に気絶させられた崇に駆け寄った際、弧月の頭の中に飛び込んできたイメージ。
身寄りもなく、特殊能力のせいで迫害を受けつづけてきた崇と、何があっても信じると彼の手を握ってくれた高志。
唯一信じられる友人の死に絶望と怒りを抑えられなかった少年。
「でも、板倉君はそんな事望んじゃいなくて……」
もう誰も恨んでいないから、やめてよ崇……
高志の残留思念の残した言葉は、きっと伝わっているはずだ。
「……全く、バカな子ばっかりね。今度会ったら絶対お説教してやるわよ」
「そうですね」
「やっぱり……悪い子にはお仕置き、だね……」
「ついでに、俺の装甲修理費を請求させてもらいたいものだな」
最後にボソッと呟いた、戦闘用ゴーレムの何やら愛嬌のある言葉に、一同の顔に初めて安堵の笑顔が浮かんだ。
[ 赤き闇に踊れ ―a contrary fire ― / 終 ]
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
2475/W・1107/男性/446歳/戦闘用ゴーレム
1564/五降臨・時雨/男性/25歳/殺し屋(?)
1582/柚品・弧月/男性/22歳/大学生
0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
※以上、受注順に表記いたしました。
―――――NPC
碓氷崇(うすい・たかし)/ 親友であった板倉高志を見殺しにした人間に復讐を企てていた少年。パイロキネシス(念力発火能力)の持ち主
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■ ライター通信 ■
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初めましての方もこんにちは、佐神スケロクと申します。
このたびは大変お待たせしまして申し訳ございません(汗)
こうもっと構成とかストーリィとか詰めたかったんですが、タイムリミットが……_| ̄|○
精進します……。
ちなみにいつもの如くACT1は個別で、ACT3、4、5は行動がA・B(4はCもありますが)2組に分かれております。
他の組の行動にも目を通していただけると、より分かりやすいいのではないかと思います。
今回は初めて、NPCを登場人物に追記してみました。
いや、あれだけでしゃばらせてしまったので、一応。
もちろん主役はPC様方でございますが!
ご意見、ご感想等々お気軽にお寄せください。
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
それでは、またお会いできる機会がある事を祈りつつ……。
佐神 拝
>シュライン・エマ様
再びのご参加有難うございます。
今回もところどころで鋭い推理をしていただきました。
そしてバカな子供達を叱りつつ心配する大人のお姉さんとして書かせていただきましたがいかがでしょうか?
またお会いする機会がありましたらよろしくお願いいたします。
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