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<東京怪談ノベル(シングル)>


 心霊談義に終止符を

 駄目だ、話だけでは埒があかない。
 あいつを屈伏(納得)させるには、もう、これしかない……春華は決心した。
 目の前で心霊現象が起きる、もしくは実際に自身が体感すれば、あの男も政府の陰謀だとは言えまい。
「……と、いうわけで、肝試しをしたいんだけど」
 自分のなかで結論を出したところで、友人各位に訊ねてみる。
「何がどうなって『と、いうわけで』なのかイマイチわからんけど、肝試しをしたいというわけだ?」
 こくこく。春華は頷いた。
「絶対に、確実に、おかしなモノが出るなり、起こるなりする場所がいいんだ。そういうとこ、知らないか?」
「……知ってる」
 少しの間があり、友人のひとりがそう言った。やはり持つべきものは友かと春華は素直に喜んだ。
「で、どこ?」
「兄貴がそういうところが好きでさ。仲間とよく怪奇スポットとか呼ばれているところへ行くわけ。あそこはマジでヤバイ、もう二度と行かないって言っていた場所が二つ、三つあるんだよ」
 マジでヤバイ? それはまさに願ったり叶ったりだ。春華はさらに喜ぶ。
「確か……峠と廃病院と廃屋だったかな。どれにする?」
「全部」
 何も出ない、もしくは起こらないという万が一の場合に備え、知っている場所はすべて教えてもらっておくことにした。
「おっけー。じゃあ、簡単に地図を書いておいてやるよ」
「どうせ行くなら、カメラを持っていって心霊写真とか撮ってこいよ」
 友人のひとりがそんなことを言いだした。
「で、テレビに投稿して賞金ゲットだ!」
「デジカメはイマイチ証拠能力にかけるから、普通のカメラを持って行けよな」
「よし、この使い捨てカメラを託そう。健闘を祈る!」
 友人たちに頼むぞと肩を叩かれ、がんばれよと励まされる。
「おう!」
 まあ、場所は提供してくれたのだから、それくらいの努力はしてこよう。それに、心霊写真が撮れたら撮れたで、そのまま証拠物件として男の前に突き出せる。
「何を喰いに行こうか?」
「そうだなー……」
 しかし、もう賞金で何を喰いに行くのか考えるのは気が早いぞ、おまえら……と春華は思った。
 
 とりあえず、場所は確保した。
 あとはあの男を誘うのみ……春華は週末を待って男の自宅へと向かう。男とその家族が住んでいるという賃貸マンションの前へやって来ると、なんだか騒がしい。トラックが何台も停まっている。そのトラックには引っ越しセンターと書かれていた。そうか、引っ越しなのかと思いながら、男の住まう部屋を探す。
「えーと、ここの三階だという話だけど……あれ?」
 目的の部屋から荷物が運び出されていた。ぽかんと見つめてしまったが、そうしている場合ではないと部屋へと向かう。慌ただしいそこに、あの男の姿があった。荷物を箱に詰め、それを運び出そうとしている。が、その足どりはどうにも頼りない。声をかけようと近づくと、ふらついた。箱を落としそうになっていたので、慌てて支える。
「あ。ありがとうございます……と、伍宮さんではないですか」
「重いなー。何が入ってんだよ、コレ。詰めすぎなんじゃねーの?」
 それほど大きな箱ではない。なのに、妙に重たい。春華は妙に重たい箱に手を添え、トラックまで一緒に運んでやった。
「いやいや、確かにそうなんですけどね。ここの会社は一箱いくらという値段計算なんですよ」
 だからなるべく詰めて箱を少なくしないと高くつくと男は穏やかな笑みを浮かべ、春華に三角巾を差し出した。
「へぇ、確かにそれなら詰めないと損だよな」
 そういうものなのか、それなら限界まで詰めるかもしれないなと思いながら春華は差し出された三角巾を受け取り、頭にきゅっとつける。
「そうなんですよ」
 思わず詰めちゃうというものでしょう? と男は笑った。
 
 夕刻。
 新しい家、つまりはついこの間、春華が調査を請け負った相場の半値の家の前で引っ越し会社のトラックを見送る。
「ふぅ、終わったな……」
 いやー、一日、よく働いた。男と共にトラックを見送りながら春華は頭の三角巾を外す……が、その手が止まる。
 ……っていうか、俺、なにやってんの?
 確か、肝試しに誘うためにここへ来たような……。
「おい!」
 なんだか気づくと引っ越しの手伝いをさせられている。忙しさのあまり忘れていたが、落ちついたところでようやく基本的な疑問に気づくに至った。
「伍宮さん、今日はありがとうございました」
 本当に助かりましたよ。春華に向き直り、男は深々と頭を下げる。反射で、あ、いえ、こちらこそ……と頭を下げそうになるが、そうはいかない。春華は文句(?)を言うぞと男が頭をあげて自分を見つめるのを待った。
「そういうわけで、今日のお礼です。ご家族でどうぞ」
 ふいっと差し出されたものは折り詰めの寿司だった。反射的に受け取る。
「あ、さんきゅー……って、違うだろ!」
 春華は手にしていた三角巾を大きく振りかぶり、地面に叩きつけた。男は身を屈め、それを拾うと軽く埃を払う。
「いつでも遊びに来てくださいね」
「にこやかに終わらせようとするなよ……」
 俺の用件は終わっちゃいない、いや、むしろこれからだ……と春華はうんと頷く。
「と、いうわけで、肝試しだ!」
「肝試し?」
「そうだ。引っ越しを手伝ってやったんだ……不本意だけどな。とにかく、イヤとは言わせないぜ!」
 びしっと男を指さし、春華は言う。
「妻子ある男を夜の逢瀬に誘うとは。意外と大胆ですね、伍宮さん」
「……」
 フリーズ。男を指さしたまま春華は動かない。
「冗談です。……大丈夫、わかっていますとも」
 男は尤もらしく頷き、すっと手を出すと、今にも食ってかかりそうな春華を制す。……本当にわかってくれているのだろうか。春華は少し、不安だった。
「心霊談義に決着をつけようというのでしょう? 受けてたちますよ」
 引っ越しを手伝ってくれましたしね……と男は付け足す。
「ああ。悪いけど、今日はぎゃふんと言わせちゃうよ?」
 なんたって、今日は今までのように話ではなく、実際に目の前で怪しげな現象が起こる(予定)わけだからな、言い逃れはさせないぜと春華は不敵に鼻で笑う。
「それは楽しみです。では、参りましょうか」
 余裕の笑みで男は答えた。
 
 三つの心霊スポットのどれもが、徒歩では行けそうにない場所にあるので、男が車を出すことになった。春華は助手席に乗り込み、友人が書いてくれた簡単な地図を頼りに道を案内することにし、紙を開いた。
「……」
 すっげー、簡単な地図だな、オイ。
 改めてよく見てみると、言葉のとおり凄まじく簡単な地図だということがわかった。適当(としか思えない)な線が引いてあり、学校の位置が記されている。そして、峠、病院、廃屋と記されている。思わず、丸めて投げ捨てたくなったが、そういうわけにもいかない。
「どうしました、伍宮さん?」
「いや、なんか、その……コレ」
 男の前に紙を突き出してみた。男は春華の手からそっと紙を手に取り、眺める。それから、わかりましたと頷いた。
「……わかるのか?」
 俺は全然、本当にまったくわからないんだけど……と眉を顰めながら春華は問う。そうしている間にも男は車を発進させていた。
「ええ」
「……。……???」
 春華は友人の地図をもう一度、眺めてみた。……さっぱりわからなかった。
「目的地は三つほどあるようですが、どこから行きます?」
「この地図からだと峠が一番近いみたいだから、まずはそこ」
 簡素な地図によると、峠を越えたところに廃病院があり、その近くに廃屋があることになっている。
「わかりました、峠ですね」
 車を走らせ、郊外にある峠へとやって来る。人家はなく、街灯も少なければ、行き交う車も少ない。緩やかなカーブは時折、急になる。それらを経て、車は停まった。
「さて、峠の絶景ポイントに着きましたよ」
「絶景ポイント……?」
 なにそれ? きょとんとしながら車をおりる。何台か車を停めることができる空間がある。そこに何台かの車が停まっていた。
「そう。夜景が綺麗でしょう。私も独身時代はよく訪れたものです……」
「へぇ……」
 そこから眺める街の灯は遠く、星空のよう。確かに綺麗だった。
 綺麗だったのだが。
 春華は不意にはっとする。
 べつに夜景を楽しみに来たわけではない。
「あの、幽霊は……? 心霊現象は……?」
 周囲を見回す。恋人同士としか思えない二人組か点在するばかりで、怪しい雰囲気も何もあったものではない。
「確かに、ここには女の幽霊が出るという噂はあります。行ってみようぜと嫌がる彼女を連れて来ると……この夜景なわけです」
 男は眼下の夜景を目を細め、見つめた。春華も同じように夜景を見つめる。確かに、いい雰囲気にはなるかもしれない……少なくとも、自分たちを除く周囲は誰もが『いい雰囲気』だ。目のやり場に少し困る。
「そういうわけで、ここは有数のデートスポットなわけです。恋人と来ないとちょっと虚しくなるかもしれないですね」
「……ダメじゃん」
 はうはう。これでは心霊スポットにはならない。そういう意味で二度と来ないのかよ……春華は小さなため息をついた。
 
 峠を下り、小道へとそれたところに廃病院はあるという。
「……伍宮さん」
 暗闇のなかに浮かびあがる病院を前にして、男は不安そうな表情で切り出した。
「なんだよ?」
 病院を囲む塀は崩れ、ところどころに落書きの形跡が見られる。カラースプレーで、某参上やら四六死苦などと書かれていた。
「ここは……やめませんか?」
「やめません」
 春華はあっさりと答えた。マジでヤバイ場所なのだから、怖くなる気持ちはわかる。
 しかし!
 それこそが目的なのだ、やめるわけにはいかない。
「……私は、見た目どおり、一般的、良心的な市民です。戦えませんよ?」
「一般的、良心的という言葉が引っ掛かるけど……大丈夫、何が出たって俺がどうにかしてやるから」
 友人の兄が生還しているのだから、何が出ても大丈夫、対処できる自信があった。春華が自信満々に言うと、男は仕方がないという顔でため息をつき、頷いた。
「わかりました。では、行きましょう……」
「おう!」
 れっつごー。春華は元気よく歩きだした。闇に浮かびあがる白亜の建物。その敷地内に入ろうとしたところで、人の気配がすることに気がついた。やけにざわついているというか……と思ったところで、急に周囲が明るくなった。たくさんのライトに照らしだされ、思わず、瞼を閉じる。
「な、なんだ?!」
 ブルルルンというエンジン音が響いたかと思うと、あまりガラがよくないような気がする若者が、木刀や鎖を手にこちらへ歩いて来る。
「最近、多いんですよ、心霊スポットに遊びに行って、こういう方々に襲われ、所謂、カツアゲをされるという被害が」
「え」
「三十六計逃ぐるにしかず……」
「なんだよ、逃げるのかよ?!」
 なんだかそれは負けた気分だ。相手は人間、例え十数人いようと、木刀や鎖を持っていたとしても負けるとは思えない。なのに、男はくるりと背を向けている。
「逃げるのではありません」
 男は言う。
「じゃあ、」
「戦術的撤退です」
「……」
 だから、それを巷では逃げると言うのでは……春華は思う。
「投降は完全敗北、講和は半分敗北、退却はまだ負けてはいません。実のところ、私はともかく、伍宮さんが負けるとは思いません。ですが、敢えていらぬ恨みを買う必要もないでしょう」
 こういう輩は意外としつこく根に持ちますと男はまるで経験者のように付け足し、春華の腕を取ると車へと走りだす。と、武器を手に十数人が怒号をあげて追いかけてきた。
「なんなんだよーッ」
 そもそも俺が何かしたかよと思いながらも慌てて車に乗り込み、方向転換するひまもなく後方へ。そのまま道路へ出るとさすがに追いかけては来なかった。が、油断はできない。彼らにはバイクがある。
「……どうやら追いかけては来ないようですね」
 しばらく走ったあと、バックミラーを見やりながら男は言う。
「違う……なんか違う……」
 マジでヤバイけど……意味が違うだろう。確かに、二度と来ないと言いたくなるような場所ではあるけどな。春華はがっくりと首を折る。間違ってはいないが、求めているものではない。
「まあまあ、そう気落ちしなくても。次があるではないですか」
「そうなんだけどさー……」
 次もこんな感じだったら、もうどうすればいいのか。心霊写真どころじゃないよ……春華は賞金ゲットだぜと騒いでいた友人たちをぼんやりと思う。
「三度目の正直という言葉があります」
「……そうだよなっ」
 男の言葉に春華は僅かに元気を取り戻す。そうだ、そんな言葉があった、確か。
「二度あることは三度あるという言葉もありますが」
「……」
 がっくり。
 
 すべてを賭けた三つ目の心霊スポットへとやって来た。廃病院からはさほど離れてはいない。主要道路から舗装されていない脇道へとそれ、かなり車を進めた、まさに山奥のようなところにそれはあった。
「廃屋っていうから、てっきり……」
 今にも朽ちてしまいそうな日本家屋を想像していたが、そうではない。うっすらとした靄とも霧ともつかないなかに古びた洋館風の建物が浮かびあがる。崩れ、蔦が絡まった外壁、壊れた窓、ゆらゆらと揺れるカーテン、雰囲気としては期待できそうに思えた。
「さっきの連中みたいなのは……いないみたいだな。よし、行くぞっ」
 春華はきょろきょろと周囲を伺い、ふぅと息をついた。そして、カメラを片手に洋館へと向かおうとする。が、隣に立つ男は動こうとしない。
「おい?」
 見あげると男は言葉もなく洋館をじっと見つめている。その表情はやけに真剣で、いつでも穏やかな表情を浮かべている男にしては、らしくない。くいくいっと袖を引いてみると、男は言った。
「伍宮さんはこの洋館に出るというものをご存じですか?」
 ふるふる。春華は横に首を振る。
「そうですか……」
 男の視線の先を追ってみると、洋館の開いている扉の向こうに白くぼんやりとした影が見えた。じっと見つめていると、それが手招きをしている少女だとわかってきた。
「あっ! ほらほら、あれはどう見ても幽霊だろう? 薄暗いなかにぼんやりと浮かびあがって見えるし、身体も透けてる……くーっ、どうよ?!」
 よかった、ここはホンモノだ。春華はどうだこれで言い逃れはできまいと右手で洋館の入口を指さしながら、ぐーに握った左手を何度も上下に振る。
「霧が人の形のように見えるだけのことです。見たい見たいと思うその心がそのように見せるのです。でも、とりあえず、写真は撮っておいたらどうですか?」
 男の視線はカメラにある。春華はそうだと思い出したようにカメラを構えた。
「じゃあ、一応。構えて……押せばいいんだよな。……あれ?」
 手招きをする少女の姿は未だそこにある。春華はカメラを向けたものの、シャッターを切れずに戸惑う。えいえいと指で押すが、反応はない。仕方なく、少女から男へとカメラを移動させ、シャッターを切ってみる。ぱしゃという音がした。問題なく撮れている。もう一度、少女の方へとカメラを向けてみた。しかし、シャッターは切れない。
「絶対、おかしいって。これはどう説明するんだよ。まさか、これも政府の陰謀だとか言うんじゃないだろうな?」
「貸して下さい。コツがあります」
 男が言うので、春華はカメラを渡してみた。使い捨てカメラにコツなどあるとは思えない。だが、男は小さく息をつくと少女へとカメラを向ける。そして、シャッターを切った。ぱしゃという音がする。
「……」
 コツ……あるのかな……。
「……政府の陰謀ですよ。この土地はそもそも政府の要請を受けて研究を……」
「だーっ! わかった、幽霊の類はダメなんだなっ。じゃあ、これはどう説明をつけてくれるんだよっ」
 春華は怒鳴り、そして……自らの本性をさらした。
 
 風に舞う黒い羽根。
 背にある黒い翼。
 男の視線は、そこにある。
「言っとくけど、俺は政府の陰謀とは関係ないからな」
 春華は少しむっとした顔でそう言った。
「……いけませんね、伍宮さん」
 男は俯き加減に笑みを浮かべ、そう呟いた。
「?」
「そうやって姿を偽り、人の世界で暮らしている……それこそが、まさに政府の陰謀なのですよ、伍宮さん」
 ふふふと男は低く笑う。
「なんでだよー」
 ぶーぶー。自分は政府とは無関係。少なくとも知り合いには政府関係者はいないぞ……たぶんと春華は口を尖らせる。
「結構、いるものなのですよ。人の姿に化け、人の世界に紛れている存在が」
「ええっ」
「伍宮さんの周囲にもいませんか? 妙に水泳が得意だったり、足が速かったり、人とは僅かに特異な能力を持つ人が」
 男は俯き加減のまま、静かに続ける。
「え、で、でも……」
「……人として暮らす妖怪は数知れず。しかし、人はそれを穏やかに受け止められる状態ではない……だから、政府はそれがわかっていながら、その事実を隠匿しているのです。世の中で暮らす人々の半数は妖怪と言えるでしょう」
「そんな……」
 水泳が得意なあいつは、実は人魚なのだろうか。むやみやたらと手を洗うあいつは、小豆洗い、妙に身軽なあいつは化け猫なのだろうか……いやいや、そんなことは。春華はふるふると横に首を振る。そして、はっとした。
 そういえば、あのとき……春華はあの日の男とのやりとりを思い出す。この男は自分が思っていることを当てたのだ。それは、つまり……。
「じゃあ、あんたも……あんた、サトリか?」
 春華は真剣な表情で男を見つめた。
「サトリ……人の心を読む山の妖怪でしたっけ」
「どうなんだよ」
「……バレてしまいましたね」
「! う、嘘……」
 春華は驚き、思わず、呟く。
「そう、嘘です」
 全部冗談ですよと男は笑う。
「……」
 春華は男に背を向け、近くにあった大木にがつんと拳を入れた。
「じゃあ! 結局、おまえはなんなんだよ!」
 振り向き、訴えかけると名刺が差し出された。
「とある人材派遣会社の経理担当です。はい、名刺」
「あ、ああ? ……じゃなくって!」
 とりあえず名刺をしまい、春華は男に詰め寄る。
「今日も楽しかったですよ、伍宮さん。それでは、せっかくなので記念撮影をしてから帰りましょうか。はい、洋館を背にして……撮りますよ」
 カメラを向けられ、反射的に翼を隠し、ポーズを決める。そして、はっとした。写真を撮っている場合ではない。
「だから!」
「もう一枚」
 その言葉に再びポーズを決める。……そんな自分にちょっと落ち込む。
「これでOKですね。あれ、木に手なんかついてどうしたんですか?」
「いや、ちょっと……」
「? では、帰りましょうか」
 
 後日。
「現像してきたぞー」
 春華は洋館での写真を取り出す。
「おおっ、どうだった?」
「まだ見てないんだ」
 あの日、洋館で撮った写真は三枚。一枚目の写真は、洋館の入口を写したもの。手招きをする少女が写っているはずなのだが、それはおぼろげなものでしかない。白くぼんやりしたものが宙に浮かんでいる。
「それっぽいけど、インパクトに欠けるなー」
 友人の不満そうな声を背に、二枚目の写真を眺める。それは、記念撮影といきなり言われ、慌ててポーズをとったものだ。普通に自分が写っている。
「怪しいものは写っていない……か」
 やはり不満げな友人の声を背に、三枚目の写真を眺める。もう一枚と声をかけられ、ポーズを決めたものだ。普通に自分と男が写っている。
「なんだ、これも普通だなー。誰だよ、こいつ。おまえの知り合い?」
「知り合いっていうか、宿敵っていうか、ライバルっていうか……あれ?」
 春華は写真をよくよく眺める。自分の隣には男が写っている。
「結局、白いぼんやりしたヤツだけか。これで賞金とれるかな?」
 友人たちは一枚目の写真を手に取り、眺めている。だが、春華は三枚目の写真を手にしたまま、動かない。
「……」
 あのとき、男は写真を撮っていた。
 では、これは?
 自分の隣に写っている、この男は、なに?!
「本当になんなんだよ……?」
 謎は深まるばかりだった。
 
「おまえ、水泳、得意だったよな?」
「うん。県大会まで行ったぜ」
「実はこのあたりにヒレがついているなんてことは……あるわけないよなっ」
「?」
 いけない、ちょっと感化されている……しっかりしろ、俺。
 政府の陰謀男にちょこっと感化されているかもしれない自分を自覚する、伍宮春華十五歳(外見年齢)の冬だった。
 
 −完−