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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


真冬の桜

【0】
 ははうえとおなじはたちになったら、ちちうえとけっこんする。
 そう彼女は言っていた。
 この上なく美しい、けれど今はもういない私の妻の面影をのこす声で、顔で。
 妻以上に美しく、妖艶な瞳の色で。
 だから私は。
 ――私は。

 遠くで叫ぶ声。
 そして舞い散る桜吹雪。

 相変わらずの鉄色ににごった東京の空から、一つ、二つと雪片が落ちてくる。
 東京だけじゃない。
 今朝はこの冬最大の寒波が訪れ、日本列島はおおむねどこでも雪模様だ。
 草間興信所も例外ではない。
 例のごとくエアコンが壊れたのか、環境破壊はなはだしいダルマ型石油ストーブが大活躍している。ついでにストーブの上にアルミホイルに包まれたさつまいもが乗ってるのは誰の仕業か。
 そんなことをぼんやり考えていると、興信所のドアが開き、雪とともに一人の男が転がり込んできた。
 警察庁の特殊犯罪調査官である榊千尋だ。
 彼はいつもとは違うダッフルコートにセーターといういでたちのまま、にこにこと小春日和のような笑顔を浮かべて、草間がタバコをふかすデスクの前に立った。
「何だ。珍しいな……私服捜査か?」
 からかうような草間の言葉に榊は苦笑して手を振った。
「療養休暇中です」
「インフルエンザか?」
「違いますよ。ちょっと前回怪我しちゃいましてね」
 他人事のように言う。
「私は平気なんですけど。内臓の方が完治してないから、この際休みを取れと室長にいわれちゃいましてね。警察手帳と拳銃取り上げられて、部署から放り出されちゃいました」
 仕事馬鹿らしい言葉だ。
 家でおとなしく寝ていろ、という草間の言葉を無視して、榊はさらに続けた。
「ついでに京都の旅館の宿泊券もらっちゃいました。嵐山。いいでしょ?」
 コートのポケットから白い和紙でできた封筒を出す。
 木の葉がすきこまれた和紙には、流麗な墨筆で「弦月楼」と書かれている。
「弦月楼っていや……あの、夜毎に咲く桜があるところか」
 記憶を手繰って言う。
 先週あたり、真冬のこの時期。しかも夜中だけに満開になって朝には散り果てるという桜の古木の話題がニュースや新聞、果てはワイドショーをにぎわせた。
 その桜の古木がある場所が京都の嵐山に古くからある旅館、弦月楼だ。
「まあ、そこの旅館とウチの室長の実家が、古い付き合いだったらしくて」
 コートの別のポケットから嵐山の地図、旅館の見取り図、歴史をまとめた資料、家計図を取り出す。
「そのつてで、亭主の三千院さんが何とかしてくれとお願いしてきたそうなんですよ」
「何とかねぇ」
「曰く、お客様に迷惑だ。曰く、この馬鹿騒ぎを妻……あ、再婚した新しい奥さんが人が来ないようにしてほしいって、怒ってるらしいんです。静かに暮らしたいとかで」
「ふうん?」
 歴史の紙をみながら、草間は苦笑する。
 あまり財務状況は良くない。
 現在の亭主である三千院氏が先代の女将であった母から、旅館経営権を譲り受けてから、目に見えて悪くなっている。バブルの頃の癖がぬけきれず放蕩したのと、高級旅館過ぎるのが原因なのだろう。
 先妻が、かなり出来た妻で亭主の変わりにがんばって切り盛りしていたようだが、その妻、紗江(さえ)が一昨年急死してからは赤字の一途をたどっている。
 紗江が亡くなって半年後、大商社の社長の娘である今の妻と結婚し、結婚した妻の実家から援助がはいって、やや好転したものの、先の見通しはあまり明るそうではない。。
 むしろ桜が咲くことを宣伝にしたほうが儲かるのではないか、とその表情が語っている。
「それにね、まだ警察には届けてないんですが。先妻との間にできた子供の六花(りっか)さんが行方不明みたいなんですよ。五歳だから家出って事はない筈なんですけどね」
 露骨にイヤな予感がする。
 榊はさらに、別のポケットから束になった写真を出して右から順番に並べた。
 写真の日付は二週間前からおとついまでだ。
「あ?」
「これが現場の写真」
 中央に満開の桜の古木。
 だが不思議なことにその桜の周り以外は落ち葉すらつけていない。
 当たり前の冬の風景だ。
 だが、何か違和感がある。
「わかりませんか?」
 そういって、真ん中にある途中経過の写真を取り除く。
 と。
「……なんだ、これ」
 草間の加えたタバコから灰が落ちた。
 木の下にある地蔵の苔が異様なほど増加している。一晩や二晩ではありえない。
 いや、苔だけじゃない。桜の真下にあった小さな芽が、子供の背丈ぐらいの木に成長している。
 地蔵の前に供えてある蜜柑以外のすべてが、十日ではありえない程風化していた。
「おい、ちょっと待てよ……これは」
「休暇もかねてますし、ウチの室長の個人的なお願いで公的な事件じゃありませんから、京風高級懐石と湯豆腐、茶菓子食べ放題。ついで温泉露天風呂つきってのが報酬ということで」
 飛行機のチケットとモノレールのチケットを重ねておきながら、綿菓子のように甘くやわらかい微笑みを浮かべた。
 一緒に京都旅行にきてくれますよね? と。

【1】
 雪が、舞う。
 暖冬に不意に訪れた寒波は、この京都でも例外ではなく、今年は数年ぶりに都心部までもが積雪によって白く塗り替えられていた。
 交通のダイヤが乱れているからか、それとも、余裕をみて早く駅に入ろうと考える人が多いからか、JRの京都駅はいつもより人にあふれていた。
 平安建都千二百年事業の一環として五年前に立て直された京都駅ビルは、かつての近代建築様式の色は全くなく、近未来のSFに出てきそうなほど高い硝子天井から白い雪光が降り注ぎ、冷たく透き通った光を行き交う人々に投げかけていた。
 そんな人々を中二Fにあるオープンカフェから眺めながら、鷹科碧海は白いため息をついた。
(京都、か……)
 携帯電話の表示画面を雪と同じ、冷たい白銀の瞳で眺める。
 昨日の夜の事だった。
 不意に草間から電話が入ったのだ。
 どうせ京都市内に住んでいるのだから、案内がてら手伝ってやってくれ、といかにも投げやりに言ったのは、この依頼にお金が絡んでいないからなのか、自分が東京を離れられないからなのか。
 ともあれ、碧海の榊千尋に対する複雑な心中をしってか知らずか、こちらの返事も聞かずに一方的に告げて電話を切られてしまったのだ。
「京都は京都でも俺の家は京都市内じゃないし」
 ぼそり、とつぶやく。
 京都府ではあるが、京都市からはJRに乗らなければならない程度の距離である。
 もう一度ため息をつく。
 面倒な事を押しつけられたからではない、ただ不安なだけなのだ。
 謎の解決の役には立たないかもしれない、そんな自分が居てもいいのだろうか。と。
 ここに居るのだから、今更な悩みである。
 単純に言えば、謎よりむしろこの事件を草間に押しつけた張本人。つまり榊千尋の"あの事件での怪我"の状態が心配でならなかった。それだけで。
 だが実際足手まといになったらどうしよう、と、心配と不安が同じ重さで心の天秤をゆらゆらと揺らす。
 ふるふると、頭を振る。
 そんなことはどうでもいいのだ。ただ、そばに居たいだけなのだから。
 冷め切った紅茶が入った紙コップを手に取り、一気に咽の奥にながしこむ。
「あ、いたいた。すみませんダイヤが遅れちゃったみたいで」
 唐突に脳天気な声を投げかけられ、たまらず咳き込む。
「うわ、大丈夫? 碧海君」
 あわてて声の主、榊千尋がキャメル色のトレンチコートをひらめかせながらかけより、碧海の背中をなでる。
「わ、わわ。だ、だだ大丈夫ですっ!」
 あせって榊の手を振り払い、頬が上気するのにもかまわず顔を上げる。
 と、そこには榊と、二人の美女が立っていた。

【2】
「ねえ、捜査車両なんじゃないの? コレ」
 黒塗りのクラウンに乗り込んで開口一番にシュラインが言う。
「いえ、幹部用の送迎車。まあ一応老舗の高級旅館です。半分観光ですし、パトカーで乗り入れる訳にもいかないでしょ?」
「半分?」
「いっ、いいいいいえ、90%は観光ですっ、観光なんですんで安心してくださいねぇ〜」
 雪降り積もる最中、暖房ではなく心理的にくる汗を額にかきながらハンドルを握る榊が、シュラインの低い声に怯えるように返す。
「あらあら。色々と大変ねぇ」
 真珠が転がるように、しとやかで煌めいた笑い声で語尾を飾りながら奏子は言うと、言葉を続けた。
「お地蔵様は子供の守り神……なんて話も聞いたことがある気がするけどいつの事だったかしらねえ?」
 手渡された現場の写真を後部座席に一緒に座っているシュラインに手渡す。
「何だか嫌な予感。一晩で散るのとこの苔等の具合から一日一年過ぎてるって事ね」
 最初の日と最後の日の二枚を右手と左手に持って見比べながら、シュラインは微かに眉間にしわを寄せた。
「俺もそう想います。これだけ芽が早く伸びるって事は、何らかの原因でここだけ時間の進み方が早くなっていて、それで、それに引きずられる形で季節はずれの桜が咲いてしまったんじゃないかと」
 助手席の鷹科碧海がシュラインの意見を肯定するように言う。
 何かの原因があって時が進んだとしか考えられない。
「それにしても、冬に咲く桜か。きっととても綺麗なんだろうな」
 ぼんやりと流れ去る雪景色をみながら、助手席の鷹科碧海はつぶやく。
 だが、それはあり得ない。
 桜吹雪という言葉があるとはいえ、雪の白い雪片と桜の淡い紅色の花弁は混じり合って空を舞う事はあってはならない。
「綺麗だとは想うけど、やっぱり異常だわ。もし私の仮定が正しいとすれば、榊さんが来た時点で十四年、私達到着頃はもっと桜周辺だけ年数経ってるわけか。う……ん」
(妻さんが静かに暮したいって言うのは、急死した方と比べられるのが嫌なのもあってかしら?)
 財閥の娘、わがまま放題に育てられた娘と、良くできたと評判だった元女将。
 どちらによりいっそう肩入れするのか、それは明らかだ。
 まして成り上がりを嫌い、時代錯誤とはいえ昔ながらの大和撫子を好む土地柄が作用したとなれば、その後妻とやらも、さぞかしストレスのたまる毎日だと言えるだろう。
 もしくは。
 一晩で一年づつ年を経る桜やその周辺に何か勘付いてる事があるのか……。
 眼鏡を外し、閉じたまぶたを指先でなでる。
 病気で急死した元妻、行方不明の子供、そして……接客業なのに人が集まることを嫌う後妻。
 ばらばらの事件のピースが脳裏を言ったり来たりする。
「ともかく、現物を見てみたいわね、様子からするとその桜の木が問題みたいだけど」
「そうね」
 車は京都市内を通り抜け、住宅街を走り、やがて、竹林がさわさわと鳴り響く山へと入り込んだ。
 白い雪の世界に竹の緑がやけに目に鮮やかで。
 鳴り続ける葉ずれの音は、得体の知れない不安をささやいているようで。
 理由もなく――静かな恐怖が雪のかけらのように心に舞い降りて染みこんだ。

【3】
 弦月楼についたのは午後三時のことだった。
 それまで吹雪いていた雪は今はおさまり、一片二片と視界を舞う程度であった。
 時折風がふいては、笹の上に降り積もった雪が振り落とされるだけで。
 あたりは鳥の影もみえないほど、雪に包み込まれていた。
 先に受付をと宿に入ろうとする奏子と碧海を眺めながら、シュラインがトランクから荷物を出していると、不意にそれを手伝っていた榊が笑い出した。
「何よ」
「いやあ、よく草間さんが許してくれたなぁと」
 心底おかしそうに、何度も喉を震わせながら言う。
「仕方ないでしょ。武彦さん、仕事はいっちゃったんだから」
 当初は榊と草間、零とシュライン。
 この四人で京都にくる予定だったのだ。
 だが予定がどうであろうと、怪奇事件は頻発する。
 特に最近虚無の境界などという組織が動き回っている為、草間興信所に依頼が引ききれることはない。
 怪我をして療養中の榊はともかくとして、所長である草間が興信所を離れるわけには行かず、ついで生活無能力者の草間一人のこしておけばどんな災害(おもに黒光りしてすばやく歩き、人に向かって飛んでくる「アレ」の大量発生なのだが)が起こるか知れないということで、妹である零も留守番という事になったのだ。
(折角、武彦さんのと零ちゃんの旅行の準備もしていたのに)
 ため息をついて荷物を降ろすが、こればかりは仕方ない。
 いつも興信所の破綻寸前の家計を神業的計算力と推理力で押さえつけているシュラインを、せめて二日だけでも開放してやろうという、二人の気遣いはうれしかったが、またさびしいことでもあった。
「ま、せいぜいお土産たくさんかっていきましょうか。あ、もちろん請求は榊さんに回すわね」
「本気ですか」
「当然、依頼料の代わりなんだから。もし払ってくれないなら、やましい事しようとしたとでも言いふらそうかしら」
 そんなことはないとわかっていて、あえて冗談めかせて言う。
「勘弁してください。私の趣味が疑われます」
 真剣に榊が困ったように言う。
「それ、どういう意味」
「いえ……別に」
 ボストンバッグを雪の上に下ろして、榊はわざとらしく目をそらす。
 トランクを力を込めてしめながら、シュラインはため息をついた。
「まあ、榊さんも恋人と来たかっただろうから、おあいこという事にしておきましょうか」
「それは残念ですね。私には恋人は居ませんから」
 にこにこと笑いながら、二十六才にしてはさもしいことを言う。
 子供を東大に入れることをステイタスとするお受験ママがみれば、よだれをたらす警察官僚であり、童顔とはいえ顔立ちも悪くないし、性格も(裏表を激しいところを除けば)割と人当たりがいいのに。などと思ったシュラインが浅はかだった。
 にっこりとわらいながら、さらりと。
「愛人は何人かいますけどね」
 恐ろしいことをのたまった。
「さすがだわ」
 あきれとともに灰色の空を見上げる。と、雪の上のボストンバッグを両手にもちながら榊が決然と告げた。
「面倒なんですよ。本気の恋人に裏切られるのも……裏切った相手を殺すのも」
 あわてて顔を旅館へと向かう榊の背中に向ける。と。
「飽きたんですよ、そういうの考えるのに」
 ぼつりとつぶやいたが。
 その言葉は投げやりではなく、どこか激しいいらだちを含んでいた。

 月を模した白い練りきりの餡の上に、精巧な筆致で二月の花である水仙が描かれている。
 京らしい漆の盆に載せられた和菓子を、添えてあった桜の木の箸で懐紙の上にとりながら、碧海はため息をついた。
 視線をあげると、畳の上で奏子がなれた手つきで茶道の茶筅を動かしている。
「えっと、俺、あんまり作法よくわからないんで」
 戸惑うように奏子やシュラインを見る。
「私だって知らないわよ」
 苦笑しながらシュラインが返すと、奏子は茶筅を置いて抹茶のはいった美濃焼の茶碗を碧海の方へ押しやった。
「作法なんてどうでもいいわ、ポットで簡単に立てたお茶だもの。私もたしなむ程度にしかしらないし。美味しくいただければそんな事どうでもいいのよ。きついなら足も崩してちょうだい」
 言われるままにひざを崩し、和菓子を口に運び抹茶を含む。
 雪のように一瞬の潔い甘さが若々しい抹茶の香りと苦味で消されていく。
「おいしい」
「和菓子に宇治の抹茶ってところが、京都らしいわね」
 シュラインも碧海に習いながら、午後のお茶を楽しむ。
「でも」
 お茶をたてる手を止め、奏子は格子木枠の窓から庭を眺める。
 白い雪の中に、かすかに波紋を広げる透き通った池。
 そのほとりには大人二人が両腕で抱えてもまだ届かないといった風情の、桜の巨木があった。
「なんでいきなりなのよ?」
 おそらく何かが原因で桜の木の周りだけ時間の進みが速くなってしまったことは間違いない。
 だが、何が原因かがさっぱりわからないのだ。
「周辺の変化から見ても、そこに何かがあるのは明らかだとおもいます」
 碧海が半ば銀色の瞳を伏せるようにして、視線を手のひらの中の抹茶に落とした。
「とりあえず桜のあたりを見て、何か霊的な異変があれば感じ取れると思います」
「安易に抜くともいかないでしょうしねぇ」
 和菓子を食べた後の懐紙を畳み込み、けだるげな動作でくずかごに投げつけると奏子はため息をついた。
「その木の由来だとか、お店の歴史だとかから何か分かる事があればいいんだけど」
「それもあるけど。子供が具体的にいつから行方不明なのか聞かないと」
 茶碗を漆塗りのテーブルに置いて、シュラインは両手の指を目の前にかざす。
「仲居さん、仲居頭に料理人。それと依頼主の亭主さん。この人たちに前妻と後妻の関係。あと娘の姿が見えなくなる前後の事なんか聞き込みして。あと写真で土が盛り上がってる場所あったわよね、そこもちょっと気になるわ」
 一つ一つの事項ごとに指を折り曲げていき、とても温泉につかってる余裕なんてないわね、と方をすくめて見せた。
「掘り返したら宿から追い出されたりして」
 ぼそり、とそれまで黙っていた榊が窓の外に視線を向けたまま嫌そうに言った。
「桜の下には死体が、なんてね……」
 全員が口ごもる。
 冗談にしては妙に生々しくその言葉が胸を騒がせた。
「まあ、下から六花ちゃん発見なんて結果にならない事祈りつつ。手分けして原因を解明と行きますか」
 無理にシュラインが明るい声でいい、勢い良く立ち上がった。
 だが、多分この時既に。
 全員が来るべき結末を予感していた。

【4】
「さあ、うちは最近ここに勤め始めたばかりで、そないな事よぉわかりしませんなぁ」
 深い緑の海松色の着物を着た仲居の一人が、落ちこぼれた髪をなでつけながらシュラインに苦笑してみせた。
 ため息。
 やはりそうきたか、とうなだれる。
 古くから続く旅館でやんごとない筋がしばしば訪れるとあってか、仲居の口は堅かった。
「行方不明で届出してないのは親達がその理由を知ってるからなのかな」
 実に十人目の仲居からつれなくされて、どっと気疲れしたまま部屋に戻る。
 と、ちょうど奏子が露天風呂へ向かう支度をしている処だった。
「煮詰まってるみたいねぇ」
「まあね」
 手にしたメモを机の上に放り投げて伸びをする。
 煮詰まっているのは確かだ。
「温泉にでも浸かって気分かえるかぁ」
 備え付けの浴衣とタオルを両手にもってにこりと笑う奏子に告げる。
 温泉といっても京都は九州や富士の近くほど温泉は多くない。
 自然に沸いた鉱水を加熱して沸かしなおしたものだが、それを補ってあまりある露天風呂の風景である。
 歓声をあげて湯に身を浸す。
 雪と湯気の白い色が幻想的に混じり合い視界をぼんやりとさせる。
 十七時であり少し早い時間の為か完全に貸し切り状態である。
「やっぱり前の奥さんと比べられるのがイヤで口止めしてるのかしら……」
 湯船につかったまま、お約束どおり紅い塗り盆の上の銚子を傾ける。
「それもあると想うわ。でも根本的に怪しいところがあるわね」
 奏子がお猪口を傾けながら言う。
「先妻が死んですぐ結婚ってのはまああり得ない話ではないわ。経営が傾いた旅館を建て直す為に成り上がり者としぶしぶ結婚した亭主というのも、まあ、無い話じゃないわね。でも」
 湯から手を空に伸ばす。
 暖まった手に雪が触れた刹那、何事も無かったように奏子の手から消えた。
「先妻の子供が立て続けに行方不明になるとなると、やっぱり、ねぇ」
 ――桜の木の下に死体が埋まっている。
 としか考えられないのだ。
「うーん」
 のぞせそうになる頭にタオルを載せてシュラインはうなった。
「あんまり考えたくはないのだけれど」
「女の子の遺体なんてのは洒落じゃないわねぇ」
 風景とはそぐわない会話に、お互い顔をひそめる。
 銚子を一本あけきって、シュラインは両手で水面を叩いた。
 しぶきがとびちり、奏子とシュラインの顔にかかる。
 まるで悪い考えを洗い流せとでも言いたげに。
「ともかく! 榊さんの写真で掘り返したっぽい土色部分確認。強引にでも掘り返すしかない」
 このままもやもやしたまま夜を迎える気になれない。
 湯船からでて檜で出来た床をもつ更衣室に上がる。
 長い髪をタオルでくるみ、水気をとっていたその時だった。
 更衣室の壁に一枚の色紙があるのに気づいた。
 日本画の様式をしている。それ自体はめずらしくもないし、特にどこが良いという訳でもない。
 明らかに素人が趣味で書いたにすぎない一枚だった。
 だが、そこに描かれているモチーフに目がいった。
 ホタルブクロの華やスズランのような袋状をした白と紫の華。
 だが、スズランよりはずっと大きく、ホタルブクロより筒の部分が長い。
 シュラインがその絵を見ていると、後から上がってきた奏子が息吹かしむように視線を追い、そして息をのんだ。
「ジギタリス……」
 漢方として処方されたり、民家で栽培されるが、服用量を間違えれば心臓に負担がかかるという植物だ。
 たとえ致死量じゃなくとも、体内の水分量や服用者の体調で中毒となり死亡するという。
 シュラインのつぶやきに、奏子は濡れた髪を払いながらため息をついた。
「この山奥じゃ、まして雪が降ったりすれば、多分、救急車なんて間に合わないでしょうね」
 ジギタリスは苦い。だが、普通のお茶はともかく抹茶に……しかも本格的な茶道で使われる「濃茶」と呼ばれる沼のような茶に混ぜれば、味には気づかない。
 まして段階的に服用させて心臓病と誤診させ、殺す事も……不可能ではない。
「調べる必要があるわね」

 ずかずかと旅館の廊下を二人の女が突き進む。
 突き当たりの、ちょうど桜の古木の正面にあたる桜宵の部屋まで来ると、仁王立ちとなり、シュラインが右を、奏子が左のふすまを手にかけ、見事なタイミングで開け放った。
 すぱん、という気持ちのいい音が響いた瞬間だった。
「わっ」
 ごきっ。
「ぎゃっ」
 と、なんとも異様な三重奏が起こった。
 驚いたのは鷹科碧海であり、仕事につかれる榊の腰を揉んでいた彼は驚きのあまり、力のいれ加減をまちがってしまい、ついで何故か骨の位置をずらしてしまい。それに榊が悲鳴をあげた。
 というのが真相だったりした。
 無言のまま腰を押さえて畳にはいつくばる榊。
「わあっ、千尋さん、ごめんなさい、ごめんなさいっっ」
 あわてて謝るが、女性陣は冷ややかである。
「ちょうど良い天罰よ」
「そうそう」
 シュラインの声に奏子が腕を組んで大きくうなづく。
 浴衣でなくて着物であれば、極道の姐さんといえるまでの鬼気迫る迫力だ。
「そのつてで、亭主の三千院さんが何とかしてくれとお願いしてきた?」
 事件の始まりである榊の言葉を、口調と抑揚までも見事に再現してシュラインが言うと、榊はごろりと畳をころがりうなると、悪びれた様子もなく「バレちゃいましたか」と顔をゆがめて笑った。
「まあ前半は嘘じゃないですよ。確かに亡くなった先妻は私の上司のはとこですから」
 無言で女性二人がにらみを利かせる。
 わかった事実はこうだった。
 浴場に貼ってあった高級旅館に不似合いな素人じみた色紙は、この宿の亭主である三千院氏が書いたものであると。
 三千院氏は芸術家気取りで日本画家と自称していたが、結局のところ財産を食いつぶしては絵を描いていただけの凡人であったこと。
 そしてあのジギタリスは宿の庭園から離れた場所、薬草園で昔から育てられていたということ。
 とどめは、三千院氏はシュライン達が調査に来ているなどこれっぽっちも知らなかった、という事だ。
「どういうこと?」
 すっかり支度が整った湯豆腐の鍋の前に座りながら、シュラインがたずねる。
「ちなみに、前妻は茶道の師範代の免許を持ってたらしく、今の女将は生徒だったらしいわね?」
「そういう事でしょう」
 さらりと言ってのけると、豆腐を丁寧な手つきで榊はすくい上げた。
「当時。事件の捜査に、というよりむしろ医者側に何らかの圧力がかかったようでしてね。私の上司としては先妻の死に納得いかなかったみたいですね」
 日本の警察は罪刑法定主義だ。
 証拠が亡ければ動けない。
「心臓病による病死という診断書が出されたとあっては、いくら不信死だと遺族がいぶかしんでもどうにもなりません、とくにここ京都の、ついでに老舗の料亭の嫁になったとなれば、実家との縁を切ったも同然。嫁の実家の遺族すらけんもほろろに追い払われたとあっては、いとこの御統警視正が……私の上司がしゃしゃりでてもどうにもならないでしょう」
「毒殺、か。古いということも大変だこと」
 椿のように紅い唇をゆがめて奏子が笑う。
 二十で嫁いで、たった四年でこの世を去った女を、微かに哀れむ。
 芸者の世界でも有るとは聞いている。体裁を、老舗のメンツを傷つけない為に事件を関係者総ぐるみでなかったことにしてしまうと。
 しかしそんなのはまやかしだ。
 実力がない、あるいは衰えた雑魚がやる事である。
 この料亭も長くはないわね、と、焼いた飛竜頭をつつきながら奏子は思った。
「じゃあ、やっぱり女の子は……」
 箸をとめ心配そうに碧海が言う。
「多分そういう事でしょうね」
 警察官でありこの手の話に慣れているのか、さして驚きも見せず、榊は黙々と食事を勧めていた。
「えええい、やめやめっ!」
 ぱん、と箸を置いてシュラインが立ち上がる。
「掘り返すわよ」
「今からですか?」
 心底いやそうに榊が顔をしかめる。
「死体が埋まってるとわかっていて、落ち着いてお料理が食べられる訳がないでしょ?!」
「ごもっともな正論ですが、慣れれば平気に……あ、いえ。慣れなくていいです。掘り返しましょう。はい」
 シュラインに一にらみされ、あわてて肩をすくませ榊は箸を置いた。
 外はすでに雪以外なにも見えない程、闇に包まれていた。

 借りてきたシャベルを、榊が凍った桜の根本に突き立てる。
 氷を削るような音がした。
 その時だった。
「何をしてるのよ!」
 成人式の娘がきるような、百合だのバラだのがプリントされた今風の着物を身につけた女があわてて駆け寄ってくる。
 日本人で有ることを放棄したかのような金茶の髪が乱れるのにもかまわず金切り声でもう一度同じ言葉を叫ぶ。
 今の女将である三千院藤枝である。
 もっとも女将というよりは、地方のバーのホステスといった顔立ちとセンスであったが。
「お。やっと来ましたか」
「つつかせたわね」
 榊の言葉に、奏子がくすくすと笑う。
 おそらく、彼女をここに引っ張り出す為の策略だったのだろう。
 主人である三千院氏にお願いされたという嘘は。
 何も知らない奏子やシュラインに聞き込みまわらせ、そして、旅館の仲居中に話を広めさせ、とどめに桜の根本を掘り返しているのだ。
 もし本当にここに六花の遺体が埋まっていたとしたならば、犯人は居ても立ってもいられないだろう。
 そして焦れば何らかのミスを……警察が介入できるような証拠を漏らすだろうと。
 榊達はそう踏んでいたのだ。
 藤枝が目を血走らせながら桜の近くに寄った、その刹那だった。
「あ」
 鷹科碧海が短く叫んだ。
 桜が、揺れた。
 枝が微かに動いて、節から固いつぼみが現れた。
 かとおもうと、つぼみがゆるみ、桜の薄紅色に染まっていく。
 圧倒的な、霊力を感じた。
 碧海はほとんど反射的に叫んだ。
「ここは危ない! さがってください」
 榊に叫ぶ。
 力が歪み、たわんでいる。
 桜のつぼみが、一つ開いた。
 瞬間、心の中に女の囁き声が聞こえた。
 ――アノヒトハ渡サナイ。
 美しく、優しく、しかし明確で鋭い殺意に胸が刺されたように痛んだ。
「時間が歪むっ」
 シュラインと奏子、榊と碧海が桜から離れる。
 花が開く、次々に開く。
 開くたびに囁きは強く鳴る。
 ――アノヒトハ渡サナイ。アナタニハ渡サナイ。
 ミツバチが飛び回るように、切れ目無く囁きが繰り返される。
 咲き乱れる。
 咲き乱れた花が、一片空を舞う。
 地面が隆起した。
 写真でも識別できた、明らかに色が違っていた場所が盛り上がった。
 桜が一斉に舞い散る。
 雪の白、桜の薄紅。
 その一片一片が視界を白とも薄紅ともつかない色に染めていく。
 ささやきを、雪を、桜を振り払うように手を動かす。
 と。
 桜の木の前に一人の女性が生まれたままの姿で立っていた。
 生まれたばかりのような傷一つない体。
 くるぶしまで伸びた長い髪が、微かな風にゆらりと揺れ、完全な闇とは違うほのやかな光彩を放っていた。
「六花、ちゃん」
 榊が来てちょうど二週間。
 六才の六花が行方不明になって、ちょうど二週間。
 一晩に一年時が過ぎているとすれば、ちょうど六花が母親と同じ二十才になっている夜だった。
 女は笑う。
 渡サナイワ。許サナイワ。
 紅い唇が動いた。
 それに合わせるかのように、桜の枝がぞわりと動いた。
 アノ人ヲ返シテ。私カラ奪ッタ全テヲ返シテ。
 寒さを感じないのか、ふるえすら見せず、女は手を差しのばした。
 瞬間、桜の枝が大きくしなり、榊達の脇を打ち付けた。
「ヒィっ」
 美枝が叫ぶ。
 枝とはいえ、古木の枝だ、打ち付けられれば簡単に肉はそげてしまうだろう。
 顔をしかめたが、それは杞憂に終わった。
「あら、ごめんなさいな? ちょいとばかり、お酒がすぎたようね」
 うつむいたまま、珊瑚の艶やかさを持つ唇を歪め奏子が言った。
 そのすらりとした手は、しっかりと藤枝の眼前に迫った枝を握り止めていた。
 しかし女は六花は笑い続ける。
 桜が散る事に枝がしなり、藤枝を打ちのめそうとする。
 奏子がその火事場の馬鹿力とでも言うべき、異能の力で枝をうけとめ、あるいは榊とシュラインが足のおぼつかない藤枝を引っ張り、なんとかかわさせてはいるが、このままではらちがあかない。
(遺体にとりついている……?)
 ――先妻の霊が遺体にとりついて、いる?
 六花だけじゃない。
 二つの思念が一つになっているから、よけいに怨が強いのだ。
 時を進めてしまうまでに、桜を妖の使徒とできるまでに。
 碧海は一瞬でさとると、桜の巨木の前に走り立った。
「浄めよ……」
 短くつぶやく。
 息をはきだし、裂帛の声をあげ、手を打ちならす。
 途端に六花の妖の気とは全くことなる、清浄な気が碧海を中心に広がっていく。
「掛介麻久母畏伎伊邪那岐大神(かけまくもかしこきいざなぎのおほかみ)」
 浄めである修祓の式である詞を紡ぐ。
 桜と雪の舞い散る中、銀色の瞳がゆっくりと輝き始める。
「消えて、ください!」
 薄蒼い光が両手を包み込む。
 その手を六花に向かってさしのべる。
 と、光は球となり、六花にまっすぐに突き進み、当たりはじけた。
 声にならない叫びをあらわすかのように、桜の枝という枝が揺れた。
 喉元をおさえて六花である女は片膝をつく。
 そこに。
「六花っ!」
 眼鏡をかけた、どこか狐ににた顔をした着流しの男が裸足のまま駆け寄った。
「あぶないっ!」
 榊が叫び体当たりして止めようとする。
 しかし男は……宿の亭主である三千院は細い腕からしんじられないような力で榊をふりほどき、地面にたたきつけると、苦しむ六花の前にたち、抱きしめた。
「駄目ぇえええええ!」
 シュラインは本能的に叫んでいた。
 だが、それは遅かった。
 枝がふるえる。今度は苦しみではなく歓喜によって。
 桜が舞い散り、雪と混じり視界をとざしていく。
 静かに枝のきしむ音がする。
 数秒か、それとも数分か。
 もっとか。
 時間の感覚がおかしくなり、意識を失いかけたころ、白い光がはじけ、桜の花びらが空へと散り飛ばされた。
 六花の姿は、消えていた。
 そして三千院の姿も。
「消えた……?」
 奏子のつぶやきに、真っ青になって碧海は頭をふった。
 そうじゃない。
 桜の木に取り込まれたのだ。
 六花と、それを愛した父親と、そして母親と。
 微かに唇をふるわせながら、榊はそばにおちていたシャベルを手にとり、桜の根元を無言で掘り返していた。
「ああ」
 短くつぶやいた。
「見ない方がいい」
 こわばった横顔で告げたその一言で理解した。
 桜の木の下には、死体が埋まっている。
 六花と、そして三千院氏の……。
 六年は経過したとみられる白骨死体が。
 埋まっていたのだ。
 
【5】
 暖かい。
 昨日の夜、布団に入った時はあんなに寒かったのに。
 鷹科碧海はぼんやりと思う。
 ――あれで良かったのだろうか。
 舞い散る桜と雪の中、消えていった一つの家族を考える。
 老舗とはいえ、否、老舗故に無粋な金属のエアコンを入れている筈もなく。
 小さなヒーターは入っていたが、ナイトタイマーが切れればすぐに外の雪の冷たさが木造の隙間を塗って部屋に忍び込んできた。
 その冷たさが、あの桜と同化した母と娘の霊気のように感じられ、もがくように腕を伸ばしたのは覚えている。
 夢の中で、桜にとらわれていたのは消えた三千院氏ではなく、自分だった。
 しなる枝が自分を絡め取り、息苦しさに口を開けば、空を舞う桜の花びらが雨のように唇から咽に降り注ぎ、そして息を止める。
 重苦しく、息苦しく、何かを叫んだと思った瞬間ふっと楽になり、苦しさを和らげるように、ほんのりとした暖かさが碧海をつつんでいたのだ。
 冬が終わり、春がきたのだろうか。
 それとも朝?
 うつらうつらのまま、薄く目を開ける。
 藍色の空からは変わらず、椿の花弁ほどもある牡丹雪が降りしきっていた。
 何故だろう。と、思った瞬間目を見開いた。
「ち、ちちちち、千尋さんっっ! 何で、何で俺の布団の中にっ」
 見慣れた茶色い髪を視界に認めて、あわてて飛び起きようとした。
 が、それをとがめるように榊は布団に付いた碧海の手を握った。
「だって、昨日の夜中、やっと府警の捜査から解放されて部屋戻ってきたら、碧海君……私の布団まで抱き込んでみのむしになってうなっていまして……」
 ふぁ、と猫と同じ仕草であくびをすると、榊は目をこする。
「布団の重さか悪夢かなにかわかりませんけど、妙にうなされてましたし。かといってすごい寒そうだったから布団ひっぺがして、起こしちゃったり風邪を引かせたりするとまずいかなぁと思って」
 碧海が身を起こし、冷気が入り込んできたからなのか、体をちじこまらせて子供のようにぴったりとくっついてくる。
「で、でででもっ。いや、そうじゃなくて、すみません布団とってたなんて、俺」
 いくら悪夢をみたからといって、布団を奪ってうなっていたとは恥ずかしすぎる。
(だからあんな息苦しい夢をみたのか)
 自分ながら納得し、呆れ、恥ずかしさに逃げたくなる。
「いや、いいからもう少し寝させてください。碧海君が起きちゃうと私が寒い……」
 勝手きわまりない言いぐさだが、もともとは碧海が榊の布団を奪ったのが行けないのだから、避難も拒否もできようもない。
 どうしようもなく、もぞもぞと布団の奥に潜り込む。
「結局、あまり休暇になりませんでしたね」
 せっかくの京都なのに、あんな事になってしまって。
 こんな高級旅館、もう二度と来ないかもしれないのに。
「んー。上司が……警視正が話を振った時から覚悟はしてましたし。まだ休暇は終わってませんし」
「でも、せっかくの温泉だったのに」
 まるで修学旅行みたいだな、と苦笑しながら布団の中で榊に言うと、榊はくすんと鼻の奥で笑った。
「十分贅沢だと思いますけどね」
「え?」
「雪が降ってて、静かで世界に何もないような中で、誰かと布団の中でごろごろしてるのが、一番平和で贅沢だと思いますよ」
 笑いながらあくびを返すと、そういうのが好きだなぁとつづけ、ふと榊が薄く目をあけた。
「あ」
 短く声を上げるとゆっくりと碧海と目を合わせて目を閉じた。
「碧海君、桜の香りがする……」
 そこで眠気が限界だったのか、榊は再び規則的な寝息を紡ぎ出す。
 なぜだかわからない、微笑みがこぼれる。
 先ほどの悪夢の不安も消えていた。
 碧海は少しずり落ちかけていた布団を、手を伸ばして引き上げ、榊の肩に掛けると、微かな、そう、桜が舞い落ちる音より、雪が溶けるより微かな声でつぶやいた。
「千尋さんも、桜の香りがしますよ」と。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 /草間興信所事務員&翻訳家&幽霊作家】
【1650/ 真迫・奏子 (まさこ・そうこ)/ 女 / 20 / 芸者】
【0308 / 鷹科・碧海(たかしな・あおみ)/ 男 / 17 / 高校生】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは。立神勇樹です。
 今回は東京ではなく古都京都での事件でしたが。
 いかがでしたでしょうか?
 今回のポイントは
 A)桜の周りだけ時間が進んでいることに気づいたプレイヤーがいる
 B)前の妻が殺されたと推理する・あるいは調査するプレイヤーがいる
 C)地蔵の前に供えてある「蜜柑」以外のすべてが、十日ではありえない程風化していたの「蜜柑」につっこむプレイヤーがいる。
 の三つに分けていました。
 A)のみの場合:先妻の霊と娘の霊が犯人を取り殺す。
 A)とB)の場合:犯人はプレイヤーが守る事ができるが、三千院氏はあの世へ取り込まれてしまう。
 C)と他のポイントの場合:犯人はプレイヤーが守る事ができ、なおかつ三千院氏も守る事ができる。
 全てのポイントを到達していた場合)犯人および三千院氏は守る事ができる。なおかつ死んでいた筈の六花は生き返る。生き返った後の六花は親類の家に引き取られる。が一夜以前の記憶は全て失っている。
 と予定させていただいておりました。
 それを加味して執筆させていただきました。
 またNPCへの積極干渉度によりエンディングが若干ちがっております。
 ご了承ください。

鷹科碧海様
 ご参加ありがとうございます。
 家族風呂はさすがに無理でした(汗)ので。
 布団でごろ寝してみました……。
 お気に召してくだされば幸いです。