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小悪魔が来たりて……
+++オープニング+++
風の強い日だった。
草間はコートの襟を立てて、背中を丸めて目的地を目指す。
多分昨日、飲み屋で隣に座ったねぇちゃんの風邪を貰ってしまったに違いない。
鼻をグズグズ言わせて、何度も席を立っていたではないか。
―――コノヤロウ。
と、心の中で舌打ちしてもどうしようもない。
きっと、誰も同情してはくれないだろう。
垂れそうになる鼻水を吸い上げて、草間はポケットに手を入れる。
何だか少し息が苦しい。
多分二日酔いではなく、風邪の所為に違いない。この頭痛は。
もしかしたら熱も出始めているのかも知れない。
取り敢えず、寒い。
懐も大概寒いが、心も体も寒い。
こんな日は、1日何もせずにのんびり過ごすに限る。
―――あと少し。
のんびりするための必需品。
煙草の自動販売機まで、あと3歩。
あと1歩。
小銭を握って、草間は手を伸ばしかけた。
その時。
「どわっ!」
悲鳴を上げたのは草間ではない。
「な、何だっ!?」
草間は目の前に悲鳴を上げながら落ちてきた黒い物体に目を丸くした。
「いってぇじゃないかこのクソ親父っ!」
―――何?
一体誰に向けられた言葉なのか、一瞬理解出来ず草間は首を回して周囲を見た。
「何処見てんだよオッサン!あんただよあんた!」
―――もしかして、俺か。
「そう、あんたあんた!あんたしかいねぇだろ!」
喋っているのは、目の前の物体。
何かと思えば、黒ずくめの服を纏った少年だ。どうやら自販機の上から落ちてきたらしい。
―――最近の子供は口の利き方を知らんなぁ……。
「子供扱いしてんじゃねぇぞコラ」
むくりと起き上がって、少年は草間をまっすぐに見上げた。
「てめぇが来なけりゃオレは落ちなかったんだぞ」
「え?」
「気持ちよく寝てたのに、邪魔しやがって……、畜生。よし決めた!安眠妨害の代償を払って貰うぜ」
「……新手の当たり屋か?」
思わず呟く草間。
「そんな安っぽいもんと一緒にすんな。ふっふっふ。てめぇが不幸になるまで、きっちり付きまとってやるぜ」
にんまりと笑う少年。
その尻には、黒い悪魔の尻尾が生えていた。
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天薙さくらが興信所を尋ねた時、肝心の所長は留守だった。
「あら、でもお電話を頂いたんですよ……」
ほんの20分程前だ。
娘の方に何か頼みたい事があると言う内容だったのだが、あいにく娘の方は別の用事があった。そこで、代わりにやってきたのだと言う。
「おかしいわねぇ……何かしら。武彦さんたら、煙草を買いに行くと言って出掛けたまま帰って来ないのよ……もう1時間くらいになるんじゃないかしら?」
風邪の時くらい煙草を我慢出来ないのかしらね、と呟きながらシュライン・エマは番茶を入れる。
コーヒーの準備をしていたのだが、さくらが手土産に熱々のたいやきを持って来たので急遽変更した。
「いや、風邪だからこそ煙草が必要なんだ」
と言うのは今まさに煙草に火を付けた真名神慶悟。
決して草間の風邪を笑いに来たのではない。
「でも、煙草を買いに出て1時間も戻らないなんて……風邪を引いているのに、大丈夫でしょうか?」
「うーん、まぁ、草間サンの事だから少々では死なないと思うけど……」
早速たいやきに手を伸ばしながら、観巫和あげはと初瀬蒼華。
「でも、そう言えば電話の様子が少しおかしかったような……」
湯飲みを受け取りながら、さくらが首を傾げる。
電話の草間の声を思い出すと……風邪が悪化したのか何か大変な事でも起きたのか、判別は出来ないがどうも何時もと様子が少々違っていた。
そんな事を言われると心配になるシュライン。
風邪が悪化していようが事件に巻き込まれていようが子供ではない、うろうろ出歩く方が悪いのだ―――と言う気がしないでもないが、やはり大事な恋人且つこの興信所の所長だ。
連絡を入れてみようかと、受話器を持ち上げた時。
「あら、お客様でしょうか?」
扉の外の足音に気付いたあげはが顔を上げる。
「お客様……それにしては随分不穏な気配をお持ちねぇ……」
さくらが湯飲みを持ったまま扉を振り返った。
と、その時。
「ぶわぁぅくしょぉいっ!」
下品極まりないくしゃみ。
「…………?」
「何だあれは……」
蒼華と慶悟が眉を寄せて顔を見合わせる。
バタン、と乱暴に扉が開き……。
「武彦さんっ!一体何事なのっ!?」
悲鳴を上げるシュライン。
「まぁ……」
目を丸めるさくら。
そこに立っていたのは、ずぶ濡れのよれよれのヘロヘロの青ざめた顔の草間武彦と、見知らぬ少年だった。
事情を説明すると言う草間の為に急遽ベッドに変えたソファに、シュラインが白湯と風邪薬を運ぶ。
服を着替えて毛布にくるまり、口に体温計をくわえた草間の顔は先程から更に酷くなったようだ。
「今後、風邪の時には出歩かないで貰いたいわね、武彦さん。悪化して肺炎にでもなったらどうするの!」
草間は返す言葉が見当たらないようで、うーんと呻き声を上げた。
草間が連れて来た少年はと言うと、さくらの横に腰掛けてたいやきを食べている。
「うはっうめぇなコレ!たいやきってのはこうじゃなくちゃな、尻尾まであんこがたっぷり!」
嬉しそうな少年の尻の辺りで揺れる黒い尻尾。
つい全員の視線がそこに集中する。
「ンだよ何見てんだよ?アア、コラ?お前等も不幸にして欲しいのか?」
この言葉遣いの悪い礼儀作法の欠片もない少年の説明を求めて、今度は全員が草間に視線を移した。
「あ゛……あ゛ぐま゛…………」
苦い粉薬を飲み下してから、草間が喘ぐような声をあげる。
「煙草ズル上から落ちて来てズル俺を不幸にズルズル川にズル落ちてズル溝に嵌ってズルマンションの上から植木鉢が落ちて来てズルズル……」
途中で何度も鼻をすするので何を言っているのだか今ひとつ聞き取りにくいのだが、要約するとこう言う事らしい。
つまり、煙草を買いに出掛けた自動販売機の上から落ちてきて、不幸にしてやると付きまとい、ここに真っ直ぐ戻るつもりがどこでどう間違ったのか川へ行き、うっかり足を滑らせて落ち、這い上がったと思ったら今度は溝に嵌り、やっと近くまで帰って来たぞと思ったら、すぐそこのマンションから植木鉢が落ちてきた、と。間一髪で植木鉢の直撃は免れたものの、歩き回った所為で具合が悪くなるし濡れた所為で無性に寒い。
途中、誰かに助けを求めようと携帯から天薙家に電話を入れたのだが、その直後に携帯を水に落としてしまい、他の者には連絡が取れなくなってしまった。
「草間サンを不幸にするの?」
話しを聞いて、蒼華はこんな顔をした。
(ー’`ー;)
「ん……でも、怪奇とか貧乏とか……もー結構不幸かも?」
蒼華の言葉を決して誰も否定しない。
「草間も相変わらず災難だな。ここまで来ると好き好んでやっている様にも見える。もしかして同情されるよりも笑って貰える方が嬉しいか?」
喘ぎながらもたいやきを所望する草間の口にたいやきを押し込みながら、慶悟。
その横で、クスクスとあげはが小さく笑った。
「ほ、ほんほにははうは……」
口をたいやきで一杯にして、草間があげはを見る。
どうやら「本当に笑うか?」と言ったらしい。
「ごめんなさい、草間さんの事を笑ったんじゃないんです。ただ、以前に天使を見た事があるものですから、両方に会えたのが楽しくて、つい……」
言いながら、あげははバッグから小さなポラロイドカメラを取り出した。
カードサイズの写真が撮れるものだ。
「気休め程度だとは思うのですけれど……未来視で何が起こるか撮ってみましょうか?心構えにはなると思いますし……」
ただ、未来の様子を写真で見たからそう言う未来を迎えてしまうのか、どちらにしてもそう言う未来がやって来るのか判断は出来ませんが……と言ってあげはは取り敢えず数枚、草間の写真を撮った。
画像が浮かび上がるまで少々時間がかかる。
あげはが数枚のフィルムをテーブルに並べるのを見て、悪魔が笑った。
「どっちにしろ不幸になるんだ。心構えもクソもあるもんか」
ソファではたいやきを食べ終えた草間が、疲れからだろうか、それとも風邪薬の副作用だろうか、うとうとしている。
「オラッ寝るなおっさん!」
ドカッと、悪魔がソファを蹴りつける。
「ちょっと何するの!」
怒るシュライン。しかし悪魔はシュラインに向かって舌を出して見せた。
「ケッ。こいつだけ眠らせてたまるかよ!俺は寝てる処をコイツに邪魔されたんだぜ。安眠妨害の罪は重いっ!」
軽く3つ目のたいやきにかぶりつきながら、悪魔は言う。
「んと、そうだ。そんな所で昼寝なんてどーしたの?悪魔って、魔界とか地獄とか、そう言う処にいるものじゃないの?なんか理由があってこの世界にいるの?」
話を聞いてもアタシの能力じゃきっと何もしてあげられないと思うけど……と、蒼華が言うと、にっこりと笑ってさくらも頷いた。
「本当。是非話して頂戴。あなたみたな小さな子が、今まで1人でどうしていたの?」
「う、五月蝿いっ俺の事なんかどーだっていーんだっ!オラオラ、小さいからって馬鹿にすんなよ?悪魔だぞ?お前等も不幸に出来るんだぞコラ」
悪魔と言っても外見は(尻尾を除けば)人間の少年と殆ど代わらない。
黒づくめの服装も、言葉遣いも、子供が一生懸命悪ぶっているようにしか見えない。
笑いたいのを我慢して、慶悟は口を開いた。
「勿論、馬鹿になんかしてない。ただ、不幸にすると言うのがどの程度なのか、教えて貰いたいな。イキナリ殺したりはしないんだろうな?簡単に死なせては災難に遭わせ続ける訳に行かなくなるだろう?」
「そりゃ当たり前さ!アッサリ殺しちゃつまらないだろ?じわじわ、すこーしずつ死に向かうように不幸にしていくんだ」
ククク……と笑って番茶を飲む悪魔。
すかさずさくらがお茶を注ぎ足した。
「これ……何かしら……?」
フィルムを手に、あげはが首を傾げた。
その手元を覗き込むと、ソファに横たわった草間の口に尾鰭。
「……鰭……、生魚の……?」
浮かび上がった画像と、今ソファで眠っているんだか起きているんだか分からない状態で呻く草間を見比べるシュライン。
「……これも不幸の一つ……でしょうか……?」
呟きながらあげはは2枚目のフィルムを見る。
今度は湯飲みをひっくり返している草間。
「えーと、つまり、生魚を口に詰まらせたり、お茶をひっくり返して火傷しちゃったりするって事かな……?」
尋ねる蒼華に、悪魔は「そう!」と強く頷く。
……随分ちっちゃいチンケな不幸だな……と思う者もいたのだが、口には出さないでおく。
「だずげでぐれぇ……」
正気なのか夢に魘されているのか、苦しげな息と共に言葉を吐く草間。
「でも、写真は撮る度に未来が変わります。今撮って、そのまま続けて撮らなければその映像通りになりますし、今撮って、次の瞬間にまた撮って映像の内容が変わっていれば、その内容の未来が来ます。私がこうする事ですら、未来に影響を与えていると思うので、もしかしたら避けられるかもしれませんし……」
取り敢えず神妙な面持ちで、あげはが草間を励ましておく。
「まぁ、怖いわね。生魚なんて、口に入ったら随分気持ち悪いでしょうし、火傷をしたら痛いわねぇ……。ねぇ、シュラインさん火傷のお薬を用意しておいた方が良いんじゃないかしら……?」
不安そうにため息を付くさくら。
「な!な!そうだろ、すっげぇ不幸って感じだろ!?おばちゃん話しが分かるなー!」
悪魔は大層なご満悦でにこにこ微笑むさくらに僅かに身を擦り寄せた。
本当に随分可愛らしい小悪魔だな……と、さくらと草間を除く全員が顔を見合わせたのは言うまでもない。
「でもねぇ、やっぱりあんた、人選を間違えたと思うわよ?」
冷えた番茶を啜って、シュラインが悪魔を見る。
「そうそう、絶対人選ミスだね!」
激しく同意する蒼華。
「そりゃお前等が、コイツに不幸になって欲しくないからそう言うんだろ!そんな言葉にゃ騙されないぜ!」
「それがね、違うのよ」
穏やかな笑みを浮かべて、さくらは悪魔を見る。
「ま、不幸の代名詞と言ったら草間か三下か、だろうな」
「そうねぇ。三下くんなら小悪魔さん飽きないんじゃないかしら……何て言うかこう、虐め甲斐があるのよね」
「いーや!俺はコイツを不幸にするって決めたんだ!絶対不幸にするぞ!」
頑として譲らない悪魔に、次はどんな不幸を用意しているのかとあげはが尋ねた。
「あ、頭の上に看板が落ちてきたり、バナナの皮で滑っちゃったり?」
小さい不幸だとは思いながらも提案してみる蒼華。
「どうせなら、喉を痛めて煙草が吸えなくなっちゃう、なんて不幸はないかしらね?」
実は全然不幸ではないが言ってみるシュライン。
「お、お前等結構酷いな?俺より悪魔って感じだぞ?でもそれ、いいアイデアだなぁ……」
確かに煙草を吸えなくなるのは不幸かも知れないと思いつつ、慶悟は心の中で手を打った。
この調子でどうでも良いような些細な不幸とも呼べない物事を並べて行けば、悪魔はその気になってあまり酷い命に係わるような不幸を思いつかないのではないか、と。
「よし、皆で草間に相応しい不幸を考えようじゃないか!」
どうやら全員が同じ事を考えたらしい。慶悟の提案に反対する者はいない。
「うーんと……他には……そうだなぁ、あ、味覚がおかしくなって全然お酒が飲めなくなるとか?」
「全然女性にもてなくなって、外でお酒を飲んでいても誰も近寄って来てくれなくなる、と言うのはどうでしょう?」
「1週間くらい夜中に無言電話が入って眠れなくなる、とか言うのはどうだ?」
「まぁ、それではあまりに可哀想。せめて3日寝込む、くらいにして差し上げて」
「突然別れ話を切り出してみる……とかどうかしら……うーん、でも向こうは平気そうよね、きっと。私のダメージが大きいだけだわ……」
ブツブツ呟くシュラインの肩を、慶悟とさくら、蒼華とあげはがポンポンと叩く。
「大丈夫。草間について行けるのはシュライン姐しかいないから……」
これだけは間違いなく、全員一致の考えだ。
そうかしらね……とため息を付いて、シュラインは悪魔を見る。
「取り敢えず、この経営不振だけで我慢して貰えないかしらね?」
「経営不振なのか?」
ふと事務所内を見回す悪魔に、全員が頷いた。
「アタシ達客じゃないもん。悪魔さんが来てからもう1時間くらい過ぎるけど、ぜーんぜんお客さん来ないでしょ?」
「全くだ。仕事らしい仕事も紹介して貰えないしな」
「私、朝からこちらにお邪魔していますけど、お客様は1人も……」
「本当に、草間さんも不幸な方。生まれ持った運命でしょうか……。ねぇ、悪魔さん。あまり酷い事をしないで上げて頂戴ね?良い子だから」
「金もない、仕事も運もない……何で私、そんな人と付き合ってるのかしら……」
激しく深いため息を付いて頭を抱えるシュライン。
「な、なんだよ、しんみりすんなよ……って、あれ?何か寒くないか?ここ?」
冷たくなってしまった湯飲みを持って、悪魔は少し身を震わせた。
「ああ、灯油がもうないのよ。ストーブが付けられなくて……。エアコンも壊れてるの。修理しようにもお金がね……」
隙間風に揺れる薄いカーテン。
「貧乏なんだな、コイツ」
「多分貧乏神か疫病神でも憑いてるんだろうな」
見ると、全員コートを着込んだままだ。
「あ、お茶を入れ直しましょう。温かいものを飲んだら、体も温まりますし」
慌ててあげはが立ち上がる。
「そうね、せめて温かいものくらい飲みましょう。幸い、電気とガスは止まってないから……」
一旦全員の湯飲みを回収して、シュラインとあげはは奧へ消えていった。
「あなたも、どんな事情があるのか知らないけれど、こんな寒い日に外で寝ているなんて、いけませんよ。風邪を引いたらどうするの?」
小さな子供を叱るように言うさくら。そこで慶悟が首を傾げた。
「悪魔でもやはり風邪を引くものなのか?」
「当たり前だろ。一応生きてるんだぞ!」
何故か胸を張る悪魔に、蒼華がにっこりと笑った。
「良いじゃない、風邪引いちゃったら草間さんに移せば良いのよ!風邪って、うつせばうつすほど症状が酷くなるんでしょう?」
悪魔がほぉっとため息を付いた。
「オマエ、何か俺よか悪魔に向いてる感じだなぁ……」
「しかし、本当に寒いな……」
ずずずっと番茶を啜って、慶悟はついでに鼻も啜った。
「いやだ、あんたまで風邪引いたんじゃないでしょうね?」
風邪引きの草間と同じ部屋にいるのだから、うつったとしても不思議ではない。
「番茶じゃなくて、緑茶の方が良かったでしょうか?風邪の予防になるんですよね……」
そんな事を言われると、心なしか寒気がするようだ。慶悟はさり気なく草間から離れようとして、腕を掴まれた。
「な゛ぜに゛げる゛……だい゛や゛ぎよ゛ごぜ……」
ちっと舌打ちして、慶悟はたいやきを草間の口に押し込んでやった。
風邪を引いている癖に食欲だけはあるよだ。
その途端。
「ふごはぅぇっ」
草間が奇妙な声を上げた。
「何だ、喉に詰めたのか……?」
と、振り返って慶悟、一瞬言葉を失った。
「きゃーっ!!草間サンっ!!」
「武彦さん!?」
驚いて立ち上がる蒼華とシュライン。
「ど、どうしましょう……」
「まぁ、写真の通り……」
目を丸くするあげはとさくら。
草間の口には、何故か生の魚が入っていてビチビチと体を震わせていた。
「ケッばぁか!全然学習能力ないなぁオッサン!せっかく未来を教えて貰ったのによ」
どうやらやはり悪魔の仕業らしい。
「オッサンが食べようとしたたいやきは、俺のだ!」
最後の1個だったのだ。
安眠妨害した上に目を付けておいた最後のたいやきにまで手を出すとは許し難いっ!と、悪魔は大層な怒りようだ。
「困った子ねぇ。たいやきが欲しいなら、また買ってあげたのに……」
ため息を付くさくら。しかし悪魔はご満悦だ。
「おぅぇぇぇっ!だ、だう゛が……み、み゛ず……」
魚を吐き出してえづく草間に、大急ぎであげはが湯飲みを差し出した。
瞬間、
「うわぁっちっ!!」
草間が激しい悲鳴を上げる。
手を滑らせて、湯飲みをひっくり返してしまったのだ。
「キャー!武彦さん!大変っ!!」
タオルを取りに走るシュラインと薬箱を探しに立つ蒼華。
「うーん……何て言うか、救いようのないアホだなぁオッサン……」
ここまで見事に引っかかると流石に面白くない。
悪魔は少々しらけてしまったようだ。
「しまった……子供とは言え悪魔、用心していたつもりだが……」
うっかりあげはが映し出した写真の通りの未来を迎えてしまった。
慶悟は小さくため息を付く。
濡れた毛布を取り替えて、僅かに火傷した手に薬を塗って、草間は再びソファに横たわった。
「何かなぁ……世の中に、いるんだよなぁこう言う奴……」
悪魔がつまらなさそうに草間を見て呟いた。
「草間サンみたいと言うと、金も仕事もなくて運に見放されてるような人?」
問う蒼華に、悪魔は「そこまで言ってないぞ」と言って笑ってから続けた。
「そうじゃなくて、不幸にし甲斐がない奴。面白くないんだよなぁ、こうもアッサリと不幸になっちまうとさ。ヒィヒィ逃げ回ったり泣いたりする奴の方が、楽しい。このオッサンなんか殆ど反応ねぇじゃん?」
……反応しようにも風邪が酷すぎて出来ないとも言うが。
最初に川に落としたりした悪魔のミスではないか、と一瞬全員が顔を見合わせた。
「つまんねぇなぁ……、腹も一杯になったし、しょーがねぇ、今日はコレくらいにしてやるよ」
残った番茶を飲み干して立ち上がる悪魔。
「今日はこのくらい……と言う事は、明日にもまた来ると言う事かしら?」
尋ねるあげはに、悪魔は首を振った。
「いんや。このオッサンんじゃぁ何か不幸にするだけこっちの疲れ損って気がするからな、やめとくよ。他の、もっと不幸の似合う人間探すぜ」
しょーもない時間を過ごしてしまった、これなら場所を変えて寝ていた方がマシだったとぼやきながら、悪魔は扉に向かう。
「たいやきが食べたくなったら、私を訪ねていらっしゃいね。いくらでも御馳走してあげるから」
その背に、さくらがにこりと微笑み掛ける。
数日後、シュラインの手厚い看護によって無事元気になった草間は『悪魔さえ避けて通る探偵』と異名をとった。
end
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
2540 / 初瀬・蒼華 / 女 / 20 / 大学生
2336 / 天薙・さくら / 女 / 43 / 主婦/神霊治癒師兼退魔師
2129 / 観巫和・あげは / 女 / 19 / 甘味処【和】の店主
0389 / 真名神・慶悟 / 男 / 20 / 陰陽師
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■ ライター通信 ■
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何だか無性に食欲旺盛で恐ろしい佳楽季生です、こんにちは。
この度はご利用有り難う御座います。
今日知った事なのですが、節分に大豆ではなく落花生を撒く地方があるのですね。
佳楽は生まれてこの方大豆しか撒いた事がないので、面白く思いつつ驚きました。
恵方巻き(太巻き・縁起巻き)も食べない地方があるそうで……。
佳楽の中では節分と言えば大豆に鰯に恵方巻きなのですが、それぞれの地方の節
分のあり方を調べてみるのも楽しいかも知れないと思った次第で御座います。
では、また何時か何かでお目に掛かれたら幸せです。
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