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<東京怪談ノベル(シングル)>


『夢』
 わぁー、逃げろぉー。
 鬼の子ぉだぁー。
 鬼の子がきたぞぉー。
 やぁー、こわぁーい。
 きもちわるーい。
 ねえねえ、奥さん、聞きました、あの子の噂?
 それって本当なの、奥さん?
 先生、うちの子をあの子と同じクラスにしないでください。
 こら、和夜君。どうして、あなたはそんな事を言うの? だから、みんなに・・・

 どうして?
 どうして? 
 どうして?
 どうして?

 ボクは何も悪いことはしていなよ?
 ボクは誰の悪口も言ってないよ?
 ボクが何を言ったの?
 どうして、みんな、ボクからにげるの?
 どうして、みんな、ボクを気味悪がるの?
 ボクは、なにもしてないよ?
 助けて・・・
 助けて・・・
 助けて・・・
 ボクをたすけて・・・
 ボクはここにいるから・・・
 ボクはここにいるから・・・
 ボクはここにいるから・・・だから・・・誰か・・・ボクをたすけて・・・

 ・タ・ス・ケ・テ・

 まどろみの海から急激に浮上した意識。
 私は見慣れた自分の部屋の天井をしばし眺めながら、小さくため息を吐いた。
「昔の夢、か・・・」
 5歳までのいじめられていた頃の記憶。その夢。
 別にそれがトラウマな訳ではない。
 私はそれほどまでに弱くない。
 いや、むしろそのいじめられるほどの力があったからこそ、私は人生の師に出逢えたのだから、それに感謝している。
 そう、万事塞翁が馬だ。
 私はベッドから起き上がると、
「うー、さぶさぶ」
 窓際に立った。
 カーテンを開けて、
 窓を開く。
 開いた窓のスペースから、吹き込んでくる風に、額の上で踊る前髪を右手の人差し指で掻きあげながら、私は、その冷たい空気を肺に吸い込む。
 しらみ始めたばかりの早朝。
 電子柱の上のすずめたちは気持ちよさそうに朝を詠う歌を歌う。
 ちゅんちゅん。ちゅんちゅん。ちゅんちゅん。
 家のポストが奏でたがしゃんという音。
 新聞配達のアルバイトの青年は前の籠に、荷台にくくりつけた重量オーバーの新聞の束のせいで極端にバランスが悪くなっている自転車を苦労して、こいで次の家へと。
 そう、それは平和な日常の朝の風景。
 そう、日常の・・・

 私には実は日常の風景以外のモノが見える・・・

 私は眼鏡をはずす。
 外気に直に触れる眼球。
 私は微苦笑を浮かべる。
 彼女に出会う前までにいったい何度、私はこの目を指で抉ろうとしたことだろう?
 さきほど、私は過去にいじめられていたことにトラウマなど抱いてはいないと言った。だけど、彼女に出会えなければ・・・
 ・・・あるいは私は生きてはいなかったのかもしれない。
 そう、確かにそういう未来もあったのだ。
 運命の分かれ道は、あの5歳の時の出会い・・・
 私は、窓は開けたまま、今度は机に向かった。机の上には5日前に届いた彼女からの年賀状が乗っている。そしてその机の前の壁にかけられたコルクボードに画鋲でさしてあるのは、私と、5歳の私を助けてくれた彼女が映っている写真だ。
 私は眼球に触れる。
 両親も、親類も誰も持たない・・・私だけが隔世遺伝なのかどうか、持ちえて生まれてきて黄金の瞳。
 この黄金の瞳の名を知ったのは彼女と出会ってすぐであった。

「いいかい、和夜。その目はね、『水晶眼』と言うんだよ」
「『水晶眼』?」
「そう、『水晶眼』」
 彼女の言葉を繰り返した私に彼女は優しく微笑みながら頷いた。
 そして私はその優しい微笑みにそれまで押さえ込んでいた物がどうしてもがまんできなくなった。
「どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして、ボクがこんな目を持って生まれてこなきゃいかんかった? ボク、なんも悪いことしとらへんよ? それなのになして、ボクがこの目のせいでいじめられなあかんの?」
 稀有な黄金色の瞳。
 その瞳の色だけでも私は異端者として扱われるに充分だったのに、
 その黄金の瞳にはまだ、他の人間とは違う点があった。
 それは、『水晶眼』と呼ばれるこの黄金の瞳が持つ力。
 この瞳は常人の眼に映らぬモノまで映し、偽りを見破る。

『ねー、ダメやん。嘘ついたら。あかんよ』
 今想えば本当に子どもだった。
 私は何も深く考えずに見たままを口にした。

『なんで? みんなにも見えてんのやろ?』
 子ども・・・保育園児なんて、本当に小さい世界。
 その世界が私にとってはすべてだった。
 しかし、私は知らなかったのだ。
 私がその世界の・・・いや、
『なんで? 見えへんの、みんな?』
 この広い世界からも弾かれる異端者だとは。

『やーい。やーい、鬼の子ぉー』
『こっちにくんなー』
『きもちわるーい』
『こわーい』
 子どものいじめ。
 純粋無垢な子どもはだからストレートに感情を口にする。
 そう、5歳までの私が、この『水晶眼』に見えるモノを素直に音声化させていたように。

『大丈夫だよ、和夜。今度の場所ではおまえをいじめる子はいないから』
『そうよ、和夜。がんばりましょうね』
 私の両親は幸運な事にも黄金の瞳を持ち、他人が気味悪がるような事を口にしていた幼い私を疎む事もしなかったし、味方にもなってくれた。どんな時も側にいてくれていた。

 遊んでいる子どもたち。
『わー、ボクも遊びにいれてー』
 走り寄る私。
『『『『わー、鬼が来たぁー。逃げろぉー』』』』
 夕暮れ時の広すぎる公園に私は独りぼっち。
 そして、私は泣いている。
 そこへ優しくやってくる父と母。
『和夜。さあ、帰ろうか』
 私を肩車してくれる父。
『今夜は和夜の大好きなハンバーグカレーよ』
 いつもにこにこと笑ってくれていた母。
 腫れ物に触れるように接するのではなく、
 ちゃんと接してくれた。
 それは・・・
 とても温かく、
 優しく、
 嬉しい、
 親の愛情。

 だからこそ私は、両親の前ではいつも笑っていた。
 心の中で泣き叫びながら、
 ヒステリックに喚きながら、
 私の事を心から大切にしてくれた優しい両親の前で笑っていた。

 そう、だからこそ、私は彼女に心の奥のまた奥底に閉じ込めていたモノすべてを吐き出した。
 彼女が私に優しくしてくれたから。
 彼女が他人だから。
 それは本当に無常利で、エゴイスティックなわがままな子どもの行為。だけど・・・
「そうかい。それは辛かったねー。その眼のせいでいじめられてるんだねー」
「それだけじゃない。ボクはボクが見たくないモノでも見てしまうんだ。それがどんなに辛いか、わかるん?」
 そうだ。この『水晶眼』は人が見たくない・知りたくない他人の心のうちまで見せる。それがどれほどに苦痛で、そして見た人の汚い心の裏の闇がどれだけ幼い私の心を汚していっただろうか?
 私の心は、その『水晶眼』が見せるモノに、その弊害に、壊れ始めていたのだ。
 だが、そんな時に出会った彼女・・・

『和夜。この人はね、おまえと同じ力を持っているんだよ』
 父が転勤した先にあった出逢い。
 それは私と同じ『水晶眼』を持つ彼女との出会い。
 彼女は60になる女性で、とても穏やかな雰囲気を出す人だった。
 彼女に出会って、父にそう言われた瞬間に、私は想わずに「うそだぁ」と叫びそうになったものだ。だってあんな見たくも無い人の心の裏にある闇を見せる『水晶眼』の持ち主がこんな穏やかでいられるわけがないと想ったから。その時の私はもう既にその歳で『水晶眼』の見せる人の心の裏の闇のせいで、心が刺々しくなっていたから。
 だけどこの人は・・・
「さあ、和夜君、おいで」
 とても優しかったんだ。
 両親以外に私に優しくしてくれた初めての人。
 だから私は彼女のその優しさに、温もりに、甘えて感情を爆発させた。
 そして彼女は・・・
「吐き出しなさい。我慢せずに今、和夜の中にあるモノすべてを吐き出せばいい。それは全部あたしが受け止めてあげるから、だから安心して吐き出し。どんな事を言おうが、ちゃんと受け止めてあげるから。あたしは何があっても和夜の味方だから。だから安心おし」
 そして私は彼女にすべてをぶつけた。
 私がこの『水晶眼』のせいで、
 どんなに辛かったか、
 どんなに苦しかった、
 どんなに悔しかったか、
 どんなに哀しかったか、
 そしてどんなに寂しかったか・・・を。
 彼女はそれを黙って聞いてくれていた。
 泣きながらヒステリックに喚き散らす私をぎゅっと力強く抱きしめながら。
 わかりますか?
 彼女の腕の、
 力が、
 温もりが、
 優しさが、
 この世界から自分が人の心の裏が持つ闇に塗り潰されて消えてしまうんじゃないかという恐怖に震えていた私を、どれだけ安心させてくれたかを。
 
 彼女にすべてを吐き出した私の涙はその瞬間に安堵の涙に変わった。

 そして彼女は私に『水晶眼』の力の扱い方を教えてくれた。
 私はそれまで私が持つ『水晶眼』を疎ましくしか想わなかった。
 だけど『水晶眼』は決して忌むべき力ではない事を彼女は私に教えてくれた。
 そして私はその時に初めて『水晶眼』を持って生まれてきた自分に意味がある事を知った。
 鬼の子と忌み嫌われてきた私はいつの間にか自分の存在を自分自身で否定して、
 だけど、彼女に出逢って、
 そして、『水晶眼』の扱い方を知って、
 初めて真実の『己』という存在を感じ取れた事で、
 私は『水晶眼』を持つ自分という存在を許す事が出来た。

 そう未熟だった私は彼女と出逢って初めて、私は私になれたのだ。

 カーテンを揺らす風。
 私は寝癖のついた髪を掻きあげながら、また窓の前に立った。
 そして動き始めた朝の世界を見つめる。『水晶眼』で見る世界は本当に美しかった。
「いい風だな」
 この吹く風は彼女のところにまで吹いているのだろうか?
 コンポの時計を見ると、AM5時52分。
 もう、彼女は起きて、朝食を食べ終わった時刻だ。
 私はふと、笑い、そして机の上の充電器に置いた携帯電話を手に取った。
 そして彼女の家の電話番号を呼び出し、通話ボタンを押す。
 近いうちに遊びに行く彼女へのお土産は何にしようかを考えながら。

 **ライターより**
 こんにちは、榊和夜さま。
 はじめまして。
 今回担当させていただいたライターの草摩一護です。

 ご依頼ありがとうございました。
 お話、どうだったでしょうか?
 今回は、和夜さんの記憶を思い出しながら、それを訥々と語るような感じをイメージしながら書かせていただきました。
 和夜さんの『水晶眼』を持つ苦悩、
 寂しさ、
 きつさ、
 哀しさ、
 そして彼女と出逢えた事による安堵感、
 そんなものを感じていただけましたら、作者冥利に尽きます。
 今回のこのお話、お気に召していただけましたでしょうか?^^

 それでは本当にありがとうございました。
 またよろしければ書かせてください。
 その時は誠心誠意書かせていただきます。
 失礼します。