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舞い花
声が、聴こえる。
誰もいない場所で。
世界にひとりだけの場所で。
我輩に、囁く。
(お話をしましょう?)
必死に首を振ることもあった。
その頃の我輩はまだ、耐えることしか知らなかったから。
花を携えて佇む。
そのホームは、もうすっかり元の姿を取り戻していた。むしろ、さらに立派になったような気もする。
(――当たり前か)
あれからもう8年近く経っているのだから。
(そう)
あれは我輩が小学3年生の頃だった。
どこからともなく聴こえてくる声に、いつも返事をしていた。”どれ”の声なのかがわかると、会話を楽しんだ。
(我輩には)
喋るはずのない”物”の声が聴こえていた。
とても嬉しかったし、楽しかった。
(世界は友だちにあふれている)
我輩はすべての物と、仲良くなる権利を得たのだと思った。
(でも――)
引き換えのように、人の友だちを失った。
「嘘つき!」
「物が喋るわけねーだろ?」
「居るんだよなぁ。妖精が見えるとか霊が見えるとか――物と話せるとか言う奴ッ」
(どうしてなの?)
友だちのことを、友だちには信じてもらえなかった。だから人の輪の中にいる時、我輩は耐えるしかなかったのだ。
(お話しましょう?)
今はそんなこと言わないで。
(私たち、あなたとお喋りしたいわ)
でも我輩は耐えられないの。
自分はいい――でも皆をバカにするような発言は、許せなかった。
(それでも――)
そんな我輩を信じてくれた人はいた。――そう、両親だ。
「皆羨ましがってるだけよ」
「そうさ! なにせ物とお友だちになれるのはお前だけなんだからな」
「気にすることないわ。明るく振る舞っていなさい?」
「お前が楽しそうにしてれば、信じる奴も出てくるさ」
信じて、励ましてくれた。そのおかげで、我輩は元の明るさを取り戻した。そして何人かの、友だちも。
★
それからどれくらい経った頃だろう?
両親が結婚記念旅行へ行くことになっていた。我輩はその間くらい2人で楽しんでほしいと思ったから、留守番を申し出ていた。
見送りの朝。
(我輩は、見てしまった)
見えてしまった。
両親はこれから、新幹線に乗る。
2人とも笑顔で、とても楽しそう。
しかしその駅のホームには――爆弾が仕掛けられている……
(我輩はとめようとした)
それが見えたということは。
(でもうまくとめられなかった)
考えたくはないけれど。
(だって楽しみにしていた2人を、知っていたから)
信じたくはないけれど。
(でも真実を告げずに上手に説明するには、我輩は幼すぎた)
死が――近いということだ。
両親は、逝ってしまった。
我輩もその場にいた。
けれどすべてを知っていても、何ができよう? 小学生の戯れ言を、誰が信じるだろうか。
(目の前で消えた)
両親を見守ることしか、できなかった。
我輩は自分を責めた。
(当然だ)
もしうまく2人をとめることができていたら。もし誰かが我輩の言葉を、少しでも信じてくれたら。信じてもらえるくらい、大きかったら。
”物は喋らない”
そんな常識すら、打ち破ることができたら――
(誰も、死ななかったのに)
その後我輩は、親戚ではなく両親の友人に引き取られた。何故なら我輩がそう望んだからだ。
(合わせる顔がない)
親戚の人たちの顔を見ると、向こうは当然そう思っていないのだろうけど、どこか責められているような気がしていた。そんな中で生活するなんて、耐えられそうになかったのだ。
それに。
(誰も笑いかけない)
皆憐れみの顔をしていた。
でも両親の友人は、違った。
我輩に微笑みかけ、手を差し伸べてくれたのだ。
★
新幹線の到着を告げるメロディが流れる。
ホームは途端に騒がしくなり、それとは対照的に音もなく新幹線が滑りこんで来た。
人が入れ替わる。
(こんにちは。キレイな花をお持ちですね)
新幹線の声が聴こえる。
「にははっ」
思わず笑って、横を通り過ぎる人々の視線を少しだけ集めた。
(とっても軽い花なの)
我輩が発明した、花。
(――どなたか、亡くなったんですね)
驚いた。
(どうしてわかるの?)
これはあの時の新幹線だろうか。――いや、違う。
すると新幹線は、多分苦笑した。
(少しだけ、哀しそうな顔をしていますよ)
言われてから、そうかもしれないと思った。
「……そっか」
それを隠すように、にこりと笑う。
発車のメロディが流れる。
もうすぐ行かなければならない。
(では、さようなら。また逢いましょう)
新幹線は丁寧に挨拶をしてくれる。
「うんっ、また逢おうね」
我輩が口に出しても、今度は振り返る人はいなかった。誰かと別れを惜しんでいると、思われているのだろう。
それがなんだかおかしくて、我輩はまた、ひとり「にはは」と笑った。
新幹線が動き出す。そしてひと時の風を生む。我輩はその風に、手にしていた花を乗せた。
ふわり舞い上がる。
花は流れに乗って少し踊ってから、新幹線を追っていった。
(また、逢おうね)
今度逢う時には。
(きっと持ってくるよ)
人と物が友だちになれる。
最高の発明品を――。
(終)
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