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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


ゴシップは不幸の味?

右と見せかけ左で瞬殺。
あまりに呆気ない本日の龍神・吠音の試合は周りから見ると「果たしてこれでいいのか?」と思えるほどであったが、相手は沈みきったまま起き上がってくる気配もなく吠音は吠音で負かした相手には興味さえも失せるのか一瞥もせずにすたすたとロッカールームへと戻っていった。

(……つまらんなぁ)

あまりに早く終わりすぎた試合に、ではない。
沈みきった相手がつまらないのだ。
どうせなら、こちらが打ち込んでも打ち込んでも立ち上がってくるような相手が良い。

(…まあ、そう言う相手も滅多に居ないって事ぁ、解っちゃいるんだけど)

備え付けのベンチに腰掛け、グローブの紐を唇で解き、外す。
漸く軽くなった手を、ぶらぶらとさせながらマウスピースも取る。

顔にパンチを食らった事がない吠音だが、マウスピースは外したことがない。
と言うより大丈夫だと協会の連中に言っても駄目の一点張りで終わるのだが。
いつかは付けずに試合に臨んでみたいものだと思う。

(命知らずって言われるのがオチか?)

……その方が楽しいと思える方にも問題があるだろうか?

さて。
そろそろ着替えて会長に挨拶してから帰るか――等と考えていると何の断りもなく携帯電話が賑やかにとあるテーマ曲の着信音を大音量で奏で出した。
誰からの着信なのか見ることさえももどかしくナップザックの中に入っている携帯を取る。

「ああ、もう…誰だ、誰だ全くッ!! ……もしもし?」
『…うわ、凄く不機嫌声』
「……なんだ、凌か」
『なんだはないでしょ、なんだは。私ね、今さっき仕事終わったんだよね』
…電話の向こうに居る人物は"支倉・凌"と言う名の通り立派な男性である。
が、「とあること」をしていると言葉づかいが「私」になってしまうと言う何というか……今日は一体どんな格好なんだ――一瞬そんな事を想像し一気に疲労感が、どっと肩に伸し掛かって来た。
「おう、お疲れ……んじゃな?」
電話を切ろうとする吠音に「だぁっ!!」と凌の大きな声が重なる。
外だろうに随分と人目を気にしない奴だ――吠音は自分自身でも気付かぬうちに唇に笑みを浮かべていた。
「冗談だって――何処で飲むよ?」
『今、新橋なんだ』
「…つまり、俺にそこまで来い、と。新宿から新橋まで来い、と凌は『俺』に言うわけだな?」
『いいじゃん。私の服装、今日もめちゃくちゃ可愛いよ? 見せてあげるからさ、来てよ。ね?』
「何が"ね?"だ……それにな凌…そう言うのは女の子が着てるから可愛いんだ」
『心外だなあ…私"も"女の子より可愛いってば(笑)』

いや、その言葉は全世界の女の子を敵に回してるぞ凌――そう、吠音は言いたかった。
無茶苦茶に言いたかった。
時が許すのであれば「良いか凌、そこに座れ」と説教したい気分にもなった。

だが。
電話では、何時までもラチがあかない事も無論、吠音は良すぎるほどに良く、知ってもいた――

だから、
「……解った、新橋だな。んじゃ今から行くから……ゆりかもめの近くで待っててくれ」
『ん、了解。出来るだけ、早く来てね?』
「……凌」
『何?』
「そう言う会話は彼女としろ!」

ブツッ。
次の言葉を挟ませないように吠音は、やや乱暴に。
――通話を切った。


                   ※※※


場所は変わり、新橋。
凌は吠音の言葉通りゆりかもめの新橋駅に近いところで、ぼんやり立っていた。
サラリーマン街、と言われるだけにかなり、おじさま方が多い所為もあるのだが―何というか見るところが少ない所為も、ある。

(……ゆりかもめの何処かの駅まで呼んだ方が良かったかなあ?)

とは言え。
「リングの死神」と一緒に飲むとなると、あまり若い子が居るところに行くのも良くない。
一回考えずにそう言う「若い子向け」の店へ行こうとしたら吠音のファンの子が偶然にも―いや、不運にもと言うべきなのか?―が、居て囲まれてしまい抜け出すのに容易ではなかったし……。

(…中々場所選択も苦労するよね…)

まあ仕事が仕事だから仕方がないと言えばそれまでだが。

漸くJRの新橋駅から夜目にも鮮やかな赤い髪が見えた。
吠音に解るようにぶんぶんと勢い良く手を振る凌。

が。
「…そこまで手を振らなくても良いっつ―の!」
気付いてダッシュで駆けて来る吠音に、すぱーん!と雑誌で頭を叩かれ、凌は、
「あ、あんまりだよ、吠音……」
しゃがみこみ、痛む頭を押さえつつ、吠音を上目遣いに睨みつけた。
「……あのな? あんまりだと言うなら、そう言う格好で手を振られる俺の身にもなれって」
「だってさー解らないと思ったんだも……」
「…そんなひらひらの格好してて解らない、なんて筈があるか阿呆」
「痛! い、今、漢字で"あほう"って言っただろっ?!」
「良い耳してるじゃねーか…おら、殴ったのは悪かったけどいつまでしゃがんでんだよ。飲みに行くんだろ?」
「そ、そうなんだけどさ……先日…っても少し前だけどさ大きな大会で優勝したじゃない? そのお祝いもかねようと思ったんだけど……」
こんなに痛い思いするんなら、お祝いナシにしようかな……と、言いたかったのに吠音にガシっと腕を捕まれ、声が出なくなる。
「何だよ、それなら早く言えよ! いやあ、俺は良い友人を持ったなあ♪ ささ、何処へ行こうか支倉センセ♪」
「…急に態度変えやがって……」
ぶつぶつ、ぶつぶつ。
いつもの言葉使いも何のその、汚い言葉で呟く凌を他所に吠音は飲み屋が並ぶところへと、さっさと、歩き始めた。

――……次に一緒に飲む時には全部、吠音に払わせてやる。


そんな悪魔的思考が凌の中で何度かよぎっては通り過ぎて――行った。



                   ※※※


「おばちゃーん! 焼酎としめ鯖、おかわりねー♪」
「…は、吠音…あのさ、さっきから何皿しめ鯖おかわりするつもりなのさ!」
「だって美味いんだもーん♪」

居酒屋、奥座敷の方の小さな席で、ちびちび飲む凌と食べる量と飲む量が半端ではない、吠音。
…ちなみに、このふたり…実を言うと、まだ19である…飲酒及び喫煙が許されるには、後一年法律の解除を待たねばならないが……楽しいから良いのだろうか。

凌は、ジト目で吠音を睨みつけては見るものの先ほどから頼んでいる冷酒が異様なほどに美味しく――確か、この店のオリジナルの商品なのだと、おばちゃんは言っていただろうか――するすると飲めてしまうものだから自分も自分で始末に負えないなあ、とも苦笑してしまう。

「おう、何だ凌も結構飲んでるんじゃん? その冷酒、美味い?」
「美味しいよ〜? これで止めようとか思うんだけど、後引いて後引いて……ブリ大根と相性良いし、此処は豚汁も焼きおにぎりも美味しいし……」
「夕飯かよ! って………夕飯代わりでもあるわけか、凌は」
「そうだよ〜今日は朝食べてから全く何も食べれてないんだから! …あ、吠音ちょっとそんなに食べて、また減量…とかって事ないの?」
「…ぐ。ま、まあ今日は無礼講で! 明日からまた制限していくし!」
「…私のお金だと思って」
「いやー、奢りの酒は本当に美味いねえ♪」

…という会話をしている内に、更に酒を飲む本数も料理を食べている小皿の数も、どんどこどんどこと増えていく。

そして――

漸く、満足を覚えたふたりは居酒屋を後にし……かなり危険な状態にまでなっていた凌を支えつつ吠音は歩いていた。

――……酔って、いたから。

ふたりは、気付くこともなかった。
自分たちが有名人だと言う事も、今現在、吠音は見ない振りをしていたが凌が女装をしているのだと言うことさえ――忘却の彼方、だった。
心の油断が招いたと言えば申し開きも出来ないが――その歩いている瞬間を怪しげな――おっさんに撮られてしまって居る事など。

……本当に、気づく筈など無かったのである。


後日。
とある雑誌に「人気モデルと若手ボクサー深夜の密会!?」と言う煽り文句と共に、その時の写真がすっぱ抜かれ……一緒に本屋へと来ていた二人はと言うと。(ちなみに、この日の凌の服装はちゃんとした、男性の物であった)

「おー、俺って結構有名人?吠音のお陰かなー(にこにこ)」
と、凌が言えば。
「いや、絶対にこんなの違うからー!!(涙)」
と、叫び凹む吠音の姿があったとかなかったとか……。

憧れの女の子に、この雑誌を見られたらどうしてくれるんだ……不意に一瞬、そんな考えが浮かぶも。
きっと――からかわれて終わりなんだろうなあ…と思うと吠音は、どうにもならない溜息をひとつ。

――床へと落とした。





―End―