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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


そして誰もいなくなった

 見たところ、二階建ての、瀟洒な洋風建築である。
 これはコロニアル調――いわゆるアーリーアメリカンの様式だ。白木の板を横目に重ね張りした外壁に、しっかりした枠のついた縦長の窓が並ぶ。正面はウッドデッキが守り、屋根はきれいな切り妻型。
「ああ……ここですね、間違いないです」
 さんざん迷った末に、たどりついた家を見上げて、三下が言った。
 しかし、奇妙だ。
 この家は……廃屋だと聞いていたが、とても状態がいい。今でも変わらず人が住んでいて、ていねいに手入れを怠らないでいる、といった風なのだ。ウッドデッキまでつづく小経のある敷地は、雑草が生い茂っているというのに、である。家だけが、忽然と、人が住み暮らしていた往時のまま、時間が止まったままのようなのだ。
 三下が、渋る不動産屋を拝み倒して借りてきた鍵で玄関のドアを開けた。
 中に入ると、その奇妙さはいっそう増す。
 埃こそ、うっすらと積もってはいるが……しかし、これは放棄された廃屋とは信じがたい。ほんのちょっと、住人が長期の旅行にでも出ている、といった感じで、さまざまな家具や調度類から、いっさいの家財がそのままの状態なのだ。
 まるで、人間だけが消失した状態で、航海をしていたという、マリー・セレスト号の不吉な逸話のように。
「気をつけて……くださいね」
 蜘蛛の巣の張った、ぼろぼろの幽霊屋敷ではないぶん、三下は多少、落ち着いてはいる。だが、彼をはじめ、調査に加わったものは、むろん、あらかじめこの家にまつわる風説を聞かされていた。
 過去にも、同様に、この家に入り込み……そして、帰ってこなかったものがいる。
「帰ってきた人もいるわ。でも何が起こったか……っていうと、何も起きなかったそうなのね」
 麗香の声が耳に甦る。
「家の中で、あやしげな現象は一切、起こっていないの。さっきも話した通り、周辺の人たちは、無人の家に灯りを見たり、物音を聞いたりしているのにね。いざ、家の中を調べると何も不審な点はない。……でも、人は消えるのよ」
 人が消える家――。
「ふと目を離したすきに、隣を歩いていた人がいなくなっていたり、先に部屋に入ったひとを追っていくと、その部屋は無人だったり……そうして、ただ、何人かの人たちが、消えてしまったのよ。……その家の中でね」

■発端:六人の探偵

「そ、そ、そんな気味の悪い家へ、取材に行かないといけないんですかぁあああ?」
 三下忠雄の叫びは、むろん、編集長にぶつけることなどできようはずもなく、飲み下すしかなかった。そして、かわりに、得意の泣きつきを始めたのである。
 まずは某興信所に電話をかけ、
「シュラインさんだけが頼りなんですよぉおおおおお」
「……もう、わかったから。じゃあ、その家に関する資料を送ってくれない? 私のほうでも、ちょっと調べてみるから」
 携帯にメモリーされている電話にかたっぱしから当たり、
「ね? ね? 百合枝さんも一緒に来てくださいよ。お願いします! お願いしますから!」
「そうねえ。別に構わないけれど。あんたも一緒に来るのよね。行ってあげてもいいけど、ひとりで逃げちゃダメよ?」
 たまたま編集部を訪れた人間を足留めし、
「あああ、橘さん、いいところへ! 実はかくかくしかじかで……」
「そらぁまた、けったいな話やなぁ。……ううん、聞いてしもた以上、放っとくのもなんやしな。よっしゃ、わいも一肌脱いだろか」
 帰りに寄った屋台で、我が身の不遇を嘆きさえしたのである。
「ひどいと思いませんか? ねえ、源さん。なんだボクばっかりが、うっ、うっ」
「まかせるのじゃ、三下どの。わしが手助けしてやろう。この灰色のこんにゃくにかけて、謎は解いてみせるのじゃ!」
 かくして、五人の調査隊がその家に向かうことになったのである。
 当日、かれらの後ろからは、黒服の男がふらふらと着いて来ていた。
「あの……藍原さんは別にお呼びしてないんですけど」
「うるせえよ」



「くぉら!三下!」
「はいー!?」
 反射的に身をすくませてしまうのは、もはやパブロフの犬のようなものだ。
「没じゃ、没! こんな当たり前の記事なぞ、読者は誰一人、望んではいないのじゃ! もっと、オカルトチックに! センセーショナルに! ファンタスティック&バイオレンスに書くのじゃ! わかったか!?」
 誰かの口真似をする本郷源は、ごていねいに、服装まで真似て、鬼編集長にしてクールビューティーな女王様風のスーツルックだった。ただし、サイズは6歳児のそれであったが。可愛らしい編集長の姿に、くすくすと笑いが漏れ、一同のあいだの緊張がほぐれた。
「でも源さん、もうかれこれ十人以上、この家の中で人が消えているんですよぅ」
「正確には十四人ね」
 シュライン・エマが引き継いだ。
「リストを作ってみたのだけど……年齢も性別もバラバラね。なにか基準があるのかないのか……」
「たしか、大使館勤めの外国人の一家が住んでいたそうだけど?」
 口を挟んだのは藤井百合枝だ。彼女もまた、自分なりに家のことを調べてきたらしい。シュラインが頷いた。
「ええ。それも正確には外交官のアメリカ人と、彼が日本で結婚した日本人の奥さん、その後日本で生まれた二人の子どもたち――。もう三十年も昔の話よ」
 日本の家屋にくらべると、主である外国人に合わせたためかすこし天井が高い。シュラインはダイニングをのぞきこみ、ふっ、と唇に笑みをのぼせた。
「『アンの家』ね」
「いい家だわ。おかしな現象がなければ住みたいくらい。みてよ、このキッチン。こういうオーブンがあったらな、って思ってたの。このあいだ、それでアップルパイを焼くのを断念したんだけど、ここなら……」
「やめとけ。死人が出る」
 ぼそり、と、藍原和馬が言った独り言(?)を、しかし、百合枝は聞き逃さず、ぎろりと睨みつけた。和馬はへらへらと笑いながら、勝手にダイニングの椅子に座り、足を組んだ。
「しかし、調べる言うても……何も起こってない、人は消えてしまって誰もない……なんや、話にならへんなぁ」
 白宮橘が、もっともな意見を述べた。――正確には、橘の腕に抱かれた狩衣姿の少年人形・榊の口を通して、その言葉は発せられていた。
「たしかにねえ」
 百合枝が同意をあらわした。
「ここ、たしかに広い家だけど、でも所詮は一軒家の住宅じゃない。二階建てで、せいぜい部屋数だって知れてるでしょう? こんな大人数で見て回ったらすぐに終りそうだけど」
「ええと、そうですねえ……とりあえず、なにか起こるまで、みなさん、思い思いに過ごしていただくってのは」
「あきれた! あんた、あたしたちにエサになれっていうのね!」
 三下の提案に、百合枝は声をあげた。彼女の手の中には、護身用にと持ち出してきた霊刀がある。それを抜かんばかりの勢いだったので、パブロフの犬はまたも首をすくめた。
「いや、あの、その……」
「それもひとつの方法なのじゃ。二組に分かれて一階と二階をそれぞれ調べてはどうじゃ?」
 源の発案に、あえて異をとなえるものはいないようだった。幼いながらも数多くの商いを成功させているという才気あふれる少女は、面白そうに言った。
「さて、この中の誰かが消えてしまうのかのう?」
 彼女に悪気はなかったようなのだが、その発言はいかにも不吉にひびき、一同のあいだにしんとした空気が流れる。
「インディアン人形でも持ってくればよかったわね」
 シュラインがため息をついた。

■事件篇:人間消失

 そして。
 リビングでは、三下と橘、源がいかにも手持ち無沙汰な時間を過ごすことになった。
「この家の中に、時空の歪みでもあるんやないか?」
 橘が――いや、榊が言った。
 橘のあやつる人形は動きも表情も活き活きとしていて、彼女と接しているとすぐに、人はその少年人形と会話をしている気になってしまう。主であるはずの橘の表情は、ぴくりとも変わらないのだからなおさらだ。
「ははあ、そこに落ち込んでしまった、と?」
「可能性はあるやろ。人が消えてしもうたんやから」
「確かに……」
「これが、この家の元住人じゃな!」
 ふいに、源が、壁にかかっている写真を指していった。
「え……。ああ、そのようですねえ」
 壁には、額に入った写真がいくつも飾られていた。どれもセピアに色褪せ、ずいぶん古い写真であることがわかる。
「この家族はその後――?」
「ああ、ええと」
 三下は資料をめくった。
「結局、離婚して、旦那さんと息子さんたちは国へ帰っちゃったそうです。そのときにこの家も人手に渡って……一人残された奥さんは、数年後に病気で亡くなったようですよ。それがもう二十年以上も前のことになりますが――って、シュラインさんが調べてくれた資料ですけど」
「なんや哀しい出来事があったんやな。この家……」
 ぽつり、と榊の口からもれた言葉の寂しさに、三下ははっとする。
 写真の中の家族はにこにこと笑っているというのに。やがてかれらはすれ違い、離ればなれになってしまったというのだ。
 頼もしい体格の、白人男性。彼に抱きかかえられているまだ幼い金髪の男の子、そして椅子にかけている黒髪のおとなしそうな女性と、その膝の上の、そばかすを顔にちらした女の子……。
「これ……ここで撮ったんですかね」
「この椅子じゃな」
 源が、リビングの片隅にぽつんと置かれている椅子に、ぴょこんと飛び乗った。
「うしろの棚は……写真にはありませんね。その後で買ったものなのかな」
「こっちのソファーもないぞ」
「ええ。写真の背景のほうが、全体的に殺風景ですよね……」
 ふと、三下は奇妙な表情を浮かべた。
「あれ……?」
「どうかしたか、三下殿?」
「いや……なんだろう。なにか妙な感じが……」
「おお、度重なる怪奇現象に襲われて三下殿にもとうとう霊感が身についてきたと見える」
「そうじゃないんです。ただ、これっておかしくありません? だって、この写真――」
 その三下の言葉を遮って、鋭い声が聞こえた。

 その少し前、二階へと、階段を登ったのは、シュラインと百合枝だった。そのあとから和馬がのっそりとついて来る。
「わたしね、面白いことを考えたんだけど」
 百合枝の緑の瞳が、きらりと輝いた。
「いなくなった人たちは実はいなくなっていなくて、今でも透明人間になってこの家に暮らしているんじゃないか、って」
「なるほどね。でも行方不明者は十四人もいるのよ?」
「もしそうなら、どこかでぶつかっているわね」
 女たちは顔を見合わせて笑った。
 和馬だけが、うろんな目つきであたりを見回し、鼻をひくつかせていた。
「あながち外れてねえかもな」
 ぼそりと呟いた。
「なにかわかるの?」
 シュラインの問いに、しかし、和馬は首を捻った。
「いや……はっきりとは言えんが――妙な気配がするぜ……この家は」
「だから私たちが来てるんじゃないの」
「ふん。違いねえ」
 ふたりに先行して、シュラインがひとつのドアを開けた。
「何……、この部屋」
 そこは……物置き――だったのだろうか。椅子やテーブル、小さな棚などが部屋中につめこまれていたのである。シュラインは中に足を踏み入れてみるが、積み上がった椅子に阻まれて、部屋の中ほどまでも入り込むことができない。
「使ってない家具をここに集めてあるのね。……でもなんかヘンよね」
 どこがどうとははっきり言いかねるが、なにかがひっかかる。もどかしい思いを、シュラインは感じた。
「こっちは寝室みたいよ」
 隣の部屋を覗き込んでいた百合枝の声が聞こえた。
「素敵なベッド!」
 またもや、好みのインテリアを見つけたらしい。シュラインは頬をゆるめながら、自分もその素敵な寝室を見学しようと謎めいた物置き部屋を出た。その時。
「――……」
 はっ、とふりかえる。
 シュラインの鋭敏な聴覚は、たしかにその音を拾った。
(誰か……居た――?)
 ごくごくわずかな、おそらく彼女でなければ聞き取れなかったはずの、かすかな囁きの声だ。
(まさか……)
「わっ、ここにもバスルーム? たしか一階にもあったわよねえ。ウォークインクローゼットまであるわ!」
 興奮した様子で、百合枝の“お宅拝見”は続いている。
「決めた。私、こういう家に住むわ」
「なに寝ぼけてやがる」
 百合枝の決意に、和馬が水を差した。
「いくらすると思ってんだ。だいたいこんな広い家に独りで住むつもりか?」
「そ、それは……、うるさいわね! 夢を壊さないでくれる?」
「夢っておまえ……そんな歳でもないだろ――うお!」
 ベッドの上にあったクッションが、和馬の顔を直撃した。
「あんたなんか消えちまえ!」
 毒づきながら、百合枝は肩をいからせて寝室を後にする。
「ちょっとシュライン、聞いてよ――」
 言いかけて、ふいに、途切れた言葉が宙に浮いた。
 さすがに暖房はついていない。ひんやりとした廊下の冷たさが、彼女を包み込んだ。不吉な静けさだった。
「シュラ……イン……?」
 返事は、なかった。
「そんな……まさか!」
(ふと目を離したすきに、隣を歩いていた人がいなくなっていたり、先に部屋に入ったひとを追っていくと、その部屋は無人だったり……そうして、ただ、何人かの人たちが、消えてしまったのよ)
「ちょ、ちょっと!」
 助けをもとめるように、百合枝は振り返った――が。
 寝室もまた、無人だった。
「嘘でしょ」
 放心したようにつぶやく。
 あんたなんか消えちまえ。その言葉通り、和馬が消失したあとに、クッションだけが落ちていた。

■三下忠雄の推理

「ふたりが消えたやて!?」
 百合枝は、青ざめた面持ちで、頷くばかりだった。
「そんな……シュラインさんと和馬さんがぁ? いちばん頼りなりそうな二人がいなくなったら僕ら……」
「三下殿、それは今ひとつ聞き捨てならん言葉じゃなぁ」
「でも、シュラインはともかく、あいつは――」
 百合枝は唇を噛んだ。まさか、自分の一言が引き金になったわけでもあるまいが。いや、しかし、もしかすると――苦い味を、彼女は噛み締める。
「ふむ。それもそうじゃ。種別は違うがあやつはわしらの眷属らしかったからのぅ」
「え?」
「ふふん、まあよいわ。ここはいよいよ真打ち登場なのじゃ。わしに任せておけば、のーぷろぶれむなのじゃ!」
 胸をそらして、源は言った。そしてきょろきょろと周囲を見回すと、部屋の隅から椅子をひっぱりだし、その上に飛び乗る。なんのことはない、いちばん高い所に立ちたかっただけらしい。
「わしにはもう謎は解けておるのじゃ!」
「ええっ」
「ホンマかいな!」
「源さぁん!?」
 驚く人々の顔を満足げに見渡し、源は続けた。
「今からこの家の人間消失の謎を――」
 ごくり、と、誰かの喉が鳴る。
「謎を」
「謎を?」
「三下が説明するのじゃ!」
 盛大に、三下が床につっぷした。
「な、なんでそうなるんですかぁ!」
「……ちょっとあなた、遊びじゃないのよ、本当に人が消えてしまったのよ」
「でも、待ちや」
 橘が割って入った。
「さっき、三下はんは、なにか言いかけてたやろ? なにか気がついたことがあったんと違うか?」
「あぁ、あれは……」
 ずれた眼鏡を直しながら言う。
「大したことじゃないんですよ、ただ、写真を見ていたら……」
 突然、三下は言葉を切った。
「あ――」
 三下は、リビングを見回した。
 きょとんとした表情の百合枝。じっと三下の言葉を待っている橘と榊。そして、高い所でふんぞりかえってにやにやしている源。
「まさか……」
 源が、にっ、と笑って頷いた。
「ぼ、ぼ、僕……わかっちゃったかも――」
 ふるえる声で、三下忠雄は言うのだった。


■読者への挑戦状――なのじゃ

 平成のぽわろぅ、こと、本郷源なのじゃ。
 ようやく三下も気づいたようじゃのう。
 さて、読者諸君。もうじゅうぶんにヒントは出ておるぞ?
 この家で消えた人間たちはいったい「何処へ行ってしまった」のかのぅ?
 ちょっと頭の体操がてら、考えてみてから先へ進むがよいぞ。
 見事、推理を的中させた人には、りっきー2号とやらが豪華なプレゼントを用意して(いません。/WR)……。
 ……ともかく、見事、この謎を解きあかされんことを!――なのじゃ。



■解決篇:木を隠すなら森の中

「何がわかったっていうの!? 言いなさいよ!ホラ!」
「ちょ、ちょっと百合枝さん、苦し……いです〜」
 襟をつかまれ、ゆさゆさ揺さぶられながら、三下は情けない声を上げた。
「え、ええと、ですね、まず……ここにある元住人の家族の写真……どれも、すごく殺風景っていうか……写真の背景にあるこの家は、すごくシンプルなインテリアなんですよ……」
「それが一体、どうしたの?」
「だって変じゃないですか? どの写真もですよ? この家に住んでいた何年ものあいだ、ほとんど家具を買い足していないはずなのに、今、この家にはどうしてこんなに家具があるんです? 椅子だけでもずいぶんありますよ――」
 はっ、と、百合枝は振り返った。
 源が頷く。
「“くりすてぃー”ではなくて“ぽお”じゃったのぅ」
「『盗まれた手紙』……木を隠すなら森の中――か。私の透明人間説がニアピンだったのね」
 百合枝は唸った。
「これは……?」
 そのとき、橘が、床にしゃがみこんだ。榊の指が指した床の上できらりと光るものがある。それは床を這う一本の釣糸だ。
「シュラインさんだ!」
 三下が叫んだ。
「神話を真似て、試してみる……って、外の雑草に端を結びつけていたのを見ました!」
「もう一方の端がシュラインはんやな!」
 一同が釣糸を追う。それは廊下を通り、階段を登り、二階の一室の向こうへ消えている。そこは――
 あの、使われていない椅子たちが山積みになった部屋だ。
 三下がそのひとつを指さして叫んだ。
「人は消えてなんかいない。ずっとこの家の中にいたんですね。椅子や棚や……家具に姿を変えられて!」
 椅子のひとつの、その脚に、釣糸が結びつけられていた。
「そうとわかれば!」
 すらり、と、橘の腕の中の榊が、手にする飾太刀を抜き放った。
「なんの因縁か知らんが、この『断ち花』が、断ち斬ったる!」
 斬――!
 まるで魔法のように――あるいは、まさにそれは魔法であったのかもしれないが……椅子のひとつが、特殊撮影の映像のように形を変え、シュライン・エマになった。
「た、助かった……」
「大丈夫!?」
 あえぐシュラインを百合枝が助け起こす。
「平気……ああ、なんか変な姿勢を無理矢理とらされてたような感じなの……あいたたた」
「和馬はんはどれや!?」
 寝室に飛び込んだ橘は、いちばん目についた、背の高いスタンドライトを斬り伏せた。
「ぷはっ! 油断したぜ、畜生!」
 悪態をつきながら、まるで空中から転がり出るように、和馬があらわれる。
「とんでもねえぞ、この家は!」
 和馬が牙を剥く。それに応えるように――家がガタガタと家鳴りをはじめた。
「本性をあらわしやがったな……。三下、皆を連れて逃げろ!」
「は、は、はい……って、わああ」
 壁にかかっていた額のひとつが猛スピードで空中を飛んだ。百合枝の霊刀が叩き落とさなければ、三下に命中していただろう。
「ぽるたーがいすとなのじゃ!」
 この期に及んでもどこか嬉しそうな源。
「なにが目的なの!」
 シュラインが虚空に向かって叫んだ。問うた相手は――この家そのもの。
 だが、いらえは、ない。
「おまえらは早く逃げろって!」
 和馬が吠えた。
 だが、その傍らに、すっ、と、橘が寄りそってきた。
「因縁を『断つ』にはわいの刀がいるやろ」
 ぶん、と、音を立てて、ベッドが猛然と絨毯の上を走る。雄叫びをあげて、和馬がそれを受け止めた。全身に力をみなぎらせ、押し返す。
「おっしゃ。じゃあ、頼むか!」
 橘が静かに頷き、榊が真直ぐに太刀を振りかざした。



 救急車の赤い回転灯が、家を照らしている。
 無人のはずの廃屋から、最長で十年以上も行方不明だった人々が次々と発見されたのだから、騒ぎにもなろう。
「あの家のご主人は……何年経っても、日本の生活が肌にあわなくて……結局、それがもとで奥さんとも離婚してしまったそうです」
 衰弱し切って発見された人々が、担架で救急車に運び込まれていく。遠くからその様子を見守りながら、三下は呟くように言った。
「奥さんは、結婚していたあいだから……とにかく、夫にとっての理想の家と、家族をつくることに腐心していたそうです」
「それで……あの『アンの家』なのね。夫の故郷と同じ、ニューイングランドのインテリア……」
「奥さんが亡くなったあとも、その強い想いが家に残って……」
「いつまでも、あの家にふさわしい家具を集め続けていたってわけか。人の魂を材料に」
「哀しいこっちゃなぁ……。誰かが……人がなにかを追い求めるのは、いつでも哀しいことなのかもしれんけど……」
「とにかくこれで一件落着なのじゃ! 三下、わしの屋台で祝杯といくからつきあうのじゃ!」
 言いながら、源は三下の袖を引いて歩き出す。
「あっ、ちょっと……僕は……事件の報告書を書かないとぉ……」
「おっ、いいねえ。俺もご相伴させてもらうとするか」
 その後を、和馬が追う。
 百合枝とシュラインが顔を見合わせ、笑い合って、そのまた後に続いた。

 そして、後にはその家だけが、独りきりで寂しげに残されているのだった。

(了)

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【1108/本郷・源/女/6歳/オーナー 小学生 獣人 】
【1533/藍原・和馬/男/920歳/フリーター(何でも屋)】
【1873/藤井・百合枝/女/25/派遣社員】
【2081/白宮・橘/女/14歳/大道芸人 】

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■         ライター通信          ■
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リッキー2号です。『そして誰もいなくなった』をお届けいたします。

4枠のはずで募集を開始したのにシステムの罠にはまり、うっかり5名様にご参加いただくというとんちんかんなコトからはじまった本シナリオ。
一部、シリアスなのかギャグなのか、わからない部分(汗)もございましたが、さて、PLのみなさまは見事、謎が解けたでしょうか?

>シュライン・エマさま
なにげに、ついついシュラインさんを陥れてばかりのような気がしてきました。
いや、あまりに切れ味鋭いプレイングについ意地悪をしたく……いやいやいや(汗)、とんでもない!

それでは、またの機会にお会いできればと思います。
ご参加ありがとうございました。