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<東京怪談ノベル(シングル)>


『OVER・SLEEP』
 真っ暗な暗闇。
 一条の光も無い。
 光だけでなく音すらも吸い込んでしまうような闇よりも濃密な闇。
 この闇は?
 そう疑問に想った私の前に闇から浮き上がるようにひとりの男が現れる。銀色の長い髪に細身の男。白磁のように白い肌はどこかこの闇の中でぼぉうっとした光を放っているようで。青い瞳は私をじっと見つめている。それは・・・
「私?」
 なぜ?
 私の前に立つもうひとりの私が、唇を動かす。

 ど・う・し・て・ば・か・しょ・う・じ・き・に・いっ・た・?

「どうして馬鹿正直に言った? って、何を・・・」
 そう呟いた瞬間に、もうひとりの私が激昂した。
 私の服の胸元を掴んで、唾を飛ばしながらヒステリックに叫ぶ。
「なんでだよぉ? なんで、おまえは彼女にラスベガスに行った事を言ったんだァ! そのせいで彼女は私から離れていったンダァ。セレ様、浮気をしたあなたをあたしは許しませんってェッ。どうして? どうして? どうして? どうして? どうして、言ったんだァ」
 口を挟む間さえ与えぬほどに叫ぶ彼。
 私は戸惑う。
 だって、彼女は、私を許してくれたはずで。
 そう想った瞬間に、彼は私の服の胸元から手を離して、にやりと唇の片端を吊り上げて、嗜笑を刻む。邪悪に首を逸らしながら、細めた青の瞳で私を嘲るように見据え、
「本当にそうなのですか? ならばあの去っていく彼女は誰なんでしょうね」
 彼は顎をしゃくる。
 私はそちらを見る。
 そこには遠ざかっていく細い背中。
 哀しげに揺れる銀色の髪。
「待ってぇ」
 私はもうひとりの私を押しのけて遠ざかっていく彼女の背に手を伸ばし、声にならない声で彼女の名を呼んだ。
 だけどその声は周りにたゆたう濃密な闇に吸い込まれて、消えてしまう。
 そして彼女は闇に消えて、
 闇に彼女の声が響く。

「さようなら、セレ様」

 そして私は闇に塗り潰されて・・・

「うわぁぁあぁあああああーーーーーーーーーー」
 私はみっともないぐらいに悲鳴をあげて、ベッドの上から跳ね起きた。そして私はベッドの脇に置かれたサイドテーブルの上のプリクラを手に取る。私と彼女が腕を組んで体を密着させた状態で撮った。
 それを見た私は寝乱れた髪を掻きあげながら安堵のため息を吐く。
「まったく、なんて夢」
 そう呟いて、そして私はもう一度、先ほど都内のゲーセンで撮ったプリクラを見た。にこにこと幸せそうに笑う彼女と、真っ赤な顔でぎこちない笑みを浮かべる私。
「謝ってよかった」
 そう、本当に心からそう想う。
 彼女に隠し事をしたままこれから先を一緒に過ごすなんて考えられないから。
 私はプリクラをサイドテーブルの上に戻すと、代わりに枕の下に置いた彼女の写真を手にとった。これは姫に教えてもらったおまじない。なんでもこうやって夢に見たい人の写真を枕の下に置く事で、本当にその人の事を夢に見るそうだ。
 写真を眺めながら、にこりと微笑む。自然に顔が綻ぶ感じ。
「本当にかわいらしい人だ」
 じっと、写真を見つめ・・・そして思考を満たしたまるで中学生の男の子のような考え・・・しばし、理性とその考えが戦って、そして私は知り合いには絶対に見せられない・・・そう、普段の私を知る人が見たら絶対に驚く事をした。

 写真の彼女におやすみのキスをして、そして私はまたまどろみの海に沈む。

 悪夢のおかげで、彼女に自分が謝り、そしてそれによって想い人である彼女にまた一歩近づけられた事を再確認して、より安心したのか、私は普段の私よりも深いまどろみの海に沈んでいく。
(慣れぬ事をしたせいで、どうやら心が多大に疲れていたようですね)
 心地よい気だるさに包まれながら、私は眠った。
 布団の中で優しさに包み込まれている子宮の中で体をまるめる胎児のように体を丸めながら。
 心地よい気だるさ。
 彼女を想いながら眠る夜。
 心から願う事・・・
 彼女の夢が見たい、
 彼女が私の夢を見ていて欲しい、
 眠るまですることは・・・
 つい先ほどまで一緒にいた彼女の、
 笑みを、
 言葉を、
 温もりを、
 感触を、
 何度も何度も何度も思い起こすこと。

 彼女を夢見て寝る夜。
 725年の生で、今が一番幸せな時。
 貴女に出逢えて、私は本当に幸せなのですよ。

 ・・・。
 随分と体がすっきりしている。
 意識も鮮明だ。
 恋をするとこんなにも寝起きも爽快なものになるものなのだろうか?
 そうかもしれない。
 彼女を想うようになって、私をとりまく世界の色はかわったから。
 私は瞼を開き、上半身を起こす。
 うーん、と、指を組んだ手を天井に向かって伸ばす。
 絶好調だ♪
「最近はどんなに寝ても寝たりない感じでしたが、本当に今朝は気分がいい」
 恋のパワーとは偉大な物です♪
 ただ少し不思議な事がある。ここ数ヶ月は、三羽の仲良し子すずめたちが、毎朝私を気持ちのいい澄んだ歌声で起こしてくれていたのですが、今朝はその子すずめたちの歌が聴こえてこない。どうやら彼女ら(私は歌声からその子すずめたちがメスであると想いこんでいる)が来る前に起きてしまったようだ。
「そうですね。なら、今朝は焼きたての最高のパンを用意して、彼女らが来るのを待ちましょうか♪」
 いつも綺麗な歌声で私を起こしてくれている彼女らにお礼をするために。
 私は寝癖のついた髪を掻きあげながら、執事にパンを用意させようと、サイドテーブルの上の・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・と、私の視界に部屋の隅に置かれたグランドファザー・クロックが入った。思わず私は固まってしまう。
「えっと・・・」
 私はほとんど視力が無い。
 だからきっとぼんやりと見える時計の針が指し示す時間は、間違いなのであろう。
 そうだ。そうに決まっている。この私に限って・・・・・・・・・・・・ねー?
 だから私は手をサイドテーブルの上の電源が点きっ放しになっているモバイルに触れさせた。私は私が触れるモノが持つ情報力を触れた手から読み取ることができる。それによって知った事実とは・・・
「あ、えっと・・・あれ、おかしいですね?」
 さぁーっと血の気が失せていくというのはこういう感じなのですね。
 そして私は・・・
「うわぁーーーーーー」
 と、飛び起きた。
 飛び起きて私はパジャマのボタンを慌てた仕草ではずしていく。だけど気ばかりが焦って、指がもたついて、動かない。
 私は涙目だ。
 なぜ? と、あなたは想うかもしれませんね。
 そう、私はリンスター財閥の総帥だ。
 総帥ならば出社時間などあって無きもの。
 下手をすれば休日だって意のまま。
 そう、休日だって好きな時にとれるわけで、
 つまり私が何を言いたいのかと言えば・・・

『セレ様。明日なんですけど・・・って、正確的に言えばもう00時00分を過ぎているから今日なんですけど、もしもよかったらあたしの買い物に付き合っていただけませんか?』
『うわぁ、ほんとにいいんですか? だったら、待ち合わせ時間は11時00分に・・・』

 そう、そうなのです。
 今日は平日ですが、講義が無い彼女に合わせて私は休みをとり、彼女とデートをする約束をしていたのです。
 それなのに私は・・・
 寝坊をしてしまった。ただ今の時間11時52分。

 最悪だ!!!

 とにかく着る物を着て(幸いにもデートに着ていく服は寝る前にアイロンをかけてばっちりと用意していたので、助かった)、屋敷を飛び出た。
 急いで屋敷の前に回させたリムジンに最大限に急ぐ私の方に三羽の歌姫たちが飛んでくる。どうやら彼女らは、ずっと私を一生懸命に起こそうとしてくれていたようで、しきりにそれを訴えてくる。私は忙しいけど、だけどそんな彼女らを無碍にはできず、そして立ち止まって、ありがとうと、彼女らに答えていたら、
「ご主人様ぁー」
 屋敷から、執事が私以上に慌てて着信音を鳴らす携帯電話を持って走り出てきた。
 もちろん、液晶画面に出ているのは彼女の名前で、
 そして私は、通話ボタンを押した途端に、
「すみませんでした」
 と、謝る。
 携帯電話の向こうから、
『セレ様。デートの約束の時間に遅れてきた時間=相手を想っていない度って方程式知ってます?』
 むすっと拗ねた彼女の声。
 私は謝って、謝りながら、歌姫と執事たちに、「行ってきます」を言ってリムジンに乗り込む。
 そして私は、彼女が待つ待ち合わせの場所までずっと携帯電話で謝り続けた。でも実はそれすらも・・・こんな事を言ったら彼女には怒られるかもしれないけど、そういう彼女との会話すら私には愛おしい大切な彼女との時間だった。

 そう、だって、私には待ち合わせ場所で、声はいかにも不機嫌そうだけど、だけどとても楽しそうな笑みを浮かべながら携帯電話で私と話す彼女の姿が想像できるから。

 **ライターより**
 こんにちはセレスティさま。
 いつもありがとうございます。
 今回担当させていただいたライターの草摩一護です。

 まず最初に・・・
 本当にすみませんでした。m(_ _)m
 そしてそれでも嬉しいお言葉をくださり、こうしてご依頼していただいて本当にありがとうございます。
 セレスティさんからのプレイングは本当に読むのが楽しみで、楽しみで。
 本当に嬉しいお言葉をいつもかけていただいてありがとうございます。(^―^)

 さて、そして今回もセレスティさんはラブラブモード全開です!
 もうこういうセレスティさんも書いていて楽しくって楽しくって。
 クールな感じの彼もすごく書くのが好きですが、
 このような恋しているセレスティさんも書いているのがすごく好きです。
 どうですか? 想い人の写真を枕の下に置いているセレスティさんは。すごくかわいいですよね。
 なんかもうセレスティさんは本当に思春期の初々しい恋したての中学生の男の子かのようで。。。。かわいすぎです。
 今回もお気に召していただけると嬉しいです。
 それでは本当にありがとうございました。
 失礼します。