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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


私の一日

「というわけで、この猫を預かってほしいのよね」
碇編集長は何の前置きもないまま、三下に、にゃあにゃあと鳴く猫の入った段ボール箱を押し付けた。
「えぇえぇぇ???!!!」
三下は相変わらず気弱な声でほぼ奇声とも言うべき悲鳴を上げつつも、とりあえず胸にどしっと押し付けられた段ボール箱を受け取った。中にはそれはもう毛色の素晴らしい、可愛らしい猫が一匹。
「あああああの、編集長、この猫ちゃんは一体…????」
「知り合いの飼い猫よ。旅行するって言うんで私に預かって欲しいって言ってきたんだけど、私も仕事があるしね」
編集長は書類を片手に言い放つ。
「だったら猫の世話なんて引き受けなきゃ良いじゃないですかぁあ…」
「五月蝿いわね。生来心優しき私が困ってる人の頼みを断りきれるわけないでしょう」
「僕もたった今困ってるんですけどぉ…」
「誰も君が預かれとは言ってないわ。それに猫を預かるのは明日一日だけ。誰か面倒見のよさそうな人に頼んでおけばいいのよ。三下君もさんしたなりに、仕事はあるでしょ」
編集長は持っていた書類にペンを走らせながらそんなことを言う。
「ででででもおぉ…この猫、また何かの怪奇ネタとかじゃ…」
「馬鹿ね。そんなネタのある猫ならわざわざ人に世話なんて頼んだりしないわよ。普通の猫よ、ふつうの」
「なんだぁ…。じゃあ誰に連絡入れても大丈夫ですね」
「そうよ。でもその猫、寂しがり屋なのよね。だからなるべく常に一緒に居てくれそうな人に頼んでおいて頂戴。間違っても猫嫌いの奴なんかに連絡するんじゃないわよわかってるわね」
編集長は眼鏡越しに三下を睨んだ。 生来心優しき、という言葉を三下は疑ってしまうも、絶対口には出さなかった。
「分かりましたよおぅ…」
三下は自分のデスクに戻り、バラバラと電話番号を書類から引き出すと電話の受話器を取った。



■■■


私(わたくし)の一日は目覚めから始まります。朝起きてまず太陽の光を体一杯に浴びて、大きく背伸びをすると、それはもう良い気分なのでございます。
昨日は大変奇妙かつ疲れた日でございました。おかげで昨晩の睡眠の質の良さといったら、春の陽気の元で居眠りをするよりも気持ちが良かったのです。
昨日、私はいつもの通り食事を済ませ、自分の部屋へと戻りまして、うとうとと意識を中に漂わせておりました。いいえ、実際眠っていたのでございましょう。
突然明るい光が部屋一杯に差し込み、私は余儀なく外に押し出されました。
私を誘拐した犯人…とでも言いましょうか、そんな相手は私の言葉など通じないようですし、相手の言葉も私にはいまいち分かりかねるものでございました。
ぼんやりした頭がはっきりするより先に、私は再び、部屋に押し込まれてしまいました。
私はもう長いこと、とある生き物と寝食を共にしておりますが、いまだ彼らの行動の意味は分かりかねます。
私を部屋に押し込んだり、逆に追い出したり、道端に置き去りにしたと思ったら連れ去り、食事を出されるかと思ったらあっけなく息の根を絶ったりするのでございます。
いやはやまったく、私ども猫には、人間なんぞ理解不能な生き物です。



猫は預けられた。
飼い主が旅行に行くというので、一日だけ、とある人物の家に預けられた。
預かり主はセレスティ・カーニンガムという白銀の髪を持つ美丈夫で、なにやら不可解な移動式の椅子に体を預け、なにやら立つ時はいつも棒を持ち、なにやら机で本を開くのが仕事のようで、なにやら猫にはそれ以上は理解できなかった。
自分の部屋から出された猫は初めて見る人間と、初めて見る景色と、初めて嗅ぐ匂いに、直ぐには慣れる事ができない。
暫くは辺りをゆっくり歩いて散策し、少し妙な音がすると体を強張らせて、じっと音源を見た。
自分が運ばれてきたキャリーケースは、セレスティが棚に上げてしまった。
勿論自分は猫なので、たかが鮪を3匹、縦に並べた分位の位置にある棚の上なんて直ぐにたどり着くことができる……のだが、猫は鍵の開け方を知らなかった。
仕方なく、積み上げられた本の隙間をうろうろしていると、無性に足元がむずむずしてきて、傍にあった木造りの本棚に前足の爪をギッと引っ掛けた。
すると、
「おやおや、いけませんよ」
頭上から声が降りかかり、猫の体はふわりと宙に浮いた。
この言葉を振った人物こそ、明日の夕方までの飼い主、セレスティ・カーニンガムだ。
猫はせっかくの爪とぎを邪魔されて、少々苛立ち、代わりにセレスティの服や顔で爪を研いでやろうかと思ったが、それより先にアゴを撫でられて、そんな気分は失せてしまった。
「はい、キミのものですよ」
目の前に差し出された、自宅でよく使う猫用の爪とぎ板を用意されて、猫は漸く足元のむずむずを解消することができた。
すると今度は、目の前でゆらゆら揺れるセレスティの髪が気になってしょうがない。
この家に来てからまだ数時間、猫の周りには興味をそそられるものがたくさん転がっている。
夕日の真っ赤な日差しを受けて光るセレスティの髪にじゃれ付こうとすると、またも抱き上げられた。
青い目玉を細めて口の端を少し引き上げるこの動作が「笑う」と言うことは随分前に知ったことだ。
勿論、今旅行に行っている自分の飼い主の目玉は青くない。でも猫には人間の見目的な区別など殆どつかなかった。匂いと声、それに自分に餌をくれるかくれないかだけで、相手が自分の飼い主であるのか、そうでないのかを区別した。
人間が「笑う」時は気分が良い証拠で、この時に一言鳴いてみせるだけで、時々夕食の量が増えることも、猫は知っていた。
日が落ちた書斎に明かりはなく、段々と冷え込んでもきたので、猫はセレスティに抱えられたままその部屋を出た。
変わりについた場所は昼間のように明るい大きな部屋で、とても良い匂いがした。
ストンと床に下ろされた目の前には今日の夕食。
頭上でセレスティと別の人間が何か会話をしているが、猫には自分の名前以外殆ど人間の話す言葉が分からなかった。
そんなことよりも目の前にある夕食の方が大事で、猫は大きく口を開けて、大好きな食事にかぶりつく。
猫はそれだけで幸せだった。




「やれやれ、明日飼い主にお返しする時まで私は爪傷一つなく過ごせるでしょうか」
セレスティは、再び爪とぎに興じる猫を見て、苦笑した。
本日の夕方、連絡を受けてアトラス編集部から預かりうけてきたこの猫は、編集長の友人の猫だと言う。
種類はアメリカンショートヘアでメス。名前は「ミー」。
何とも一般的な猫ではあるが、毛並みも良く鳴き声も可愛らしい。
預かり期限の明日夕方五時まで、セレスティはこの猫と一緒に過ごすことにした。
寂しがりだと言うから、家に帰ってきてからもずっと猫の傍についていたのだが、どうも身の危険を感じる。
大切な本棚で爪を研ごうとするし、重要書類の上を平気で歩き回るし、挙句自分の髪に飛びつこうとする。
「寂しがりでも何でも、とにかく見張っておかないといけませんね」
執務机に肘を突いて。




翌朝。
目を覚まして、一瞬ここはどこかと考える。いつも見る、顔面に奇妙な記号をたくさん貼り付けた魚は壁にはかかっていない。あの魚の腹から垂れ下がる、左右に動くものにいつも飛びかかろうとしては、飼い主に怒られるのだ。
今朝、壁にかかっているのは、美味しそうでもなんでもない、丸い皿だった。表面にはあの記号がたくさん書いてある。
猫はあの皿の上に本来ならば食事が乗るのだと思った。
コチ、と皿の中心から伸びている長い針が動くと、猫は体を強張らせた。
いつも見る魚のアレからはこんな音はしない。"魚”はいつのまにか二本の針をぐるぐる回している。
それと違って、この"皿”は一歩進むごとに音を出す。
どうにも腹の空きを覚えて、猫は一声鳴いた。
巨大な布が垂れ下がる山の向こうに、昨日の夕方会ったばかりの預かり主、セレスティが眠っている。
それさえ分かれば猫は行動に出た。
柔らかい絨毯を蹴って、布が垂れ下がる山に飛び乗った。グラリと一瞬体が揺れるのだけど、高い塀から落ちたって、バランスを崩したことがない猫にはこんな衝撃、なんてことはない。
布の端からは銀色の糸が無数に散らばっていて、猫はそれが昨日飛びつきたかったセレスティの髪だと分かった。
ということはあっちが頭で、こっちが足。あっちに飛びつけば相手は起きて朝食を用意してくれるに違いない。
猫は姿勢をぐっと伏せて、尻尾だけを静かに振った。目線の先には銀色の髪。
あれに飛びつけば朝食にありつける。
耳に、チチチと外で鳥の奴が鳴く声が聞こえる。
全神経を銀色の塊に向けた。

バフン!!

猫は自分のタイミングを見計らい、一気に飛びついた。
飛びつかれた相手は微かに鳴き声をあげて、ゆっくり頭を起こした。
「ミー…私は朝が弱いのですよ…」
猫には自分の名前しか分からなかったが、どうやら朝食の気配は薄そうだ。
布の中にまた頭を埋めようとするセレスティに、猫は前足を乗せた。このまま爪とぎでもしたら、益々朝食が遠のくということは、飼い主で実践して分かっていた。
だから爪を出さずに、ただ、トンとセレスティの白い頬を叩くだけにした。
行儀良く、顔の前に座って、左前足で頬を叩くと、やっと青い目玉が開かれた。長い睫の動くさまがまた猫には何とも興味深く、思わず首を傾げて見入ってしまうほどだった。
するとセレスティは気分が良くなったようで、「笑った」。
猫は朝食の量の倍率を更に上げるため、一声鳴いた。




あれを巷では猫パンチというらしい。
セレスティはまだ柔らかい肉球の感触が残る頬を撫でながら、キャットフードを食べるミーを見た。
飼い主に言われた量と同じ分だけを用意したのに、何が不満だったのか、ミーは目の前にキャットフードを置いてもにゃあにゃあ鳴くばかりで一向に食べようとしない。
暫く放っておいて、自分の朝食を済ませようと、フォークを手にしていたのだが、中々自分の足元から聞こえる鳴き声は止まなかった。
「何が不満なんですか?」
猫に話しかけながら、キャットフードの入った皿をテーブルの上において量を確かめようとしたところ、何故かミーまでもがテーブルに飛び乗った。
「こ、こらミー…テーブルの上には…」
言うより早く、ミーはテーブルの上に置いたキャットフードを今度は食べ始めた。
食べないより食べる方が良いか、とセレスティは仕方なくミーをそのままにして、自分の朝食を進めることにした。
猫と同じ目線で食事をするというのは悪くない。
このミーは食べ散らかすこともなかったし、こちらの料理に手を出すこともなかった。飼い主の躾の良さが伺えて、気分が良い。
もしかしたらいつも飼い主と同じ目線で食べることに慣れているのかもしれない。
となれば、こちらの食事に手を出さないのも、躾されているから、と頷ける。
セレスティは、のんびりと朝食を済ませると、ミーを抱いて仕事部屋に戻った。




「あ」
「こら」
「ミー!」
猫にとってセレスティの鳴き声は心地よかった。
何度も紙の束を捲ったり閉じたりする手の動きが面白くて前足を伸ばせばその鳴き声が聞こえた。
セレスティの柔らかな声は耳に馴染み、名前を呼ばれると嬉しかった。
「こら」の後に必ず名前を呼ばれることも分かった。
朝食の量は増えなくて残念だったが、間近で青い目玉も、ゆらゆら揺れる銀色の前髪も何度も見ることができた。
本来ならば外に出て自分の縄張りを見回る時間でもあったのだが、どうやらこの家、本来の自分の縄張りからはえらく離れている様子。
だから、猫は下手に外に出てケンカになるのも嫌だと判断して、一日中セレスティと一緒に居ることにした。
それに外に出なくてもこの部屋だけで十分面白いものがたくさんあった。
積み上げられた本の上を飛び回るのは楽しかった。
下から「危ないですよ。こら、ミー!」というセレスティの鳴き声が聞けて、なんだか得した気分にもなれた。
猫はやがて疲れを感じ、大人しくしようと決めた。
セレスティの膝の上に乗って、目を伏せる。
時々ひげに触れるセレスティの銀色の髪がくすぐったかったが、それでも眠気には勝てない。
ペラ、と紙を捲る音が頭上から聞こえてきたのに、もう前足を出す気にもなれなかった。
そんなことをしなくても、セレスティの鳴き声は聞こえるのだ。
どこか音の高低を持っていて、ゆっくり、決まったリズムに合わせてセレスティは鳴いた。
猫はこれを「鼻歌」と記憶している。
飼い主のそれは時々耳を潰したくなるような音だったりもするのだが。
髪にじゃれつかなくても、本の上を飛び回らなくても、前足を出さなくても、セレスティの声が聞こえるなら、猫はずっとこうしていようと思った。
大人しく膝の上に乗って、目を閉じてじっとその声を聞いていようと思った。
ところがふと、その鼻歌は止んだ。
「ミー、猫じゃらしは好きですか?」
猫には自分の名前しか分からなかったが、セレスティが右手に持っている物を見てぱっと目を輝かせた。
長い茎の先端についているふわふわの毛。いつも飼い主があれを振って、遊んでくれる。
セレスティは自分が猫じゃらしが好きだということが分かったみたいで、軽くそれを振った。
途端にいつもの勢いで前足が飛び出る。その瞬間、体がガクンとセレスティの膝から落ちた。
「はは、気をつけてくださいよ。ホラ」
笑って、セレスティは左手で軽々と猫を抱き上げると、今度は机の上に乗せてくれた。
足元にはたくさんの紙が散らばっている。紙の上に立つと肉球にプツプツ当たるのは何なのか。
そんなこと気にする間もなく、目の前に猫じゃらしが振られる。
必死に前足を動かしてあのふわふわを掴もうとする。
「笑う」セレスティの鳴き声が嬉しくて、余計に熱が入ってしまう。




あんまりにも猫じゃらしが楽しそうだったので、ついつい忘れるところだった昼食を急いで摂った後、セレスティは再び膝にミーを乗せたまま、仕事に取り掛かった。
膝に感じる暖かい感触は心地良く、時々撫でてやると、背中を摺り寄せてくるのが嬉しかった。
――ちょっと、猫好きの気持ちが分かるような気がしますね。
そんなことを考えながら、空いている手は本の点字を追った。
猫を編集部に返す時間までは午後のお茶を済ませたら丁度良い頃であろうか。
気持ち良さそうに、すうすう眠るミーを返すのが、何だか惜しくなりそうだった。




猫はいつもとは違った時間に食べ物をもらった。
普段はこんな時間に食事などない。いつも塀の上か、屋根の上で昼寝をしている時間だった。
それが今、何故か朝と同じテーブルの上にいて、目の前のセレスティは何かを口に運んでいる。
察するにあれは、「飲み物」だ。
猫は目の前においてあるミルクをじっと見た。
「どうかしましたか?ミー、あなたの分ですよ」
猫は自分の名前しか分からなかったが、セレスティの声は心地よく、その声が自分の名前を呼ぶのだからこれは自分のミルクだろうと思った。
飲んでいいのだろうと思った。
「キミは私の言葉が分かるんですか?」
美味しいミルクをたっぷり飲みながら、猫はセレスティの声を聞いていた。意味は分からなかったが、やっぱり心地よかった。
セレスティは手に取った固形物を半分に割った。
美味しそうな匂いがふんわり漂って、猫はそれが食べたくなった。相手にもそれは伝わったようで、半分を目の前においてくれた。
「少しだけですよ。半分にしましょう」
意味は分からなかったけれど、セレスティが笑ってくれたので、猫はそれを食べることにした。
見ればセレスティ自身も手に残った半分を口にしていた。
今、猫が食べている甘い味の固形物の半分を、セレスティが食べている。
自分と同じものを、セレスティは食べている。そう思うと猫は無性に嬉しくなって、咽を鳴らした。
すると、ますます彼が笑ってくれるのに、猫はどうしようもなく楽しかった。
きらきら光る青い目玉が好きで、ふわふわ揺れる銀色の髪が好きで、その声を聴くのが、猫はすっかり嬉しかった。
いつまでも見ていたかった。
今こうやって抱き上げてもらえるのが嬉しかったし、自分の気持ちが伝わっているような気さえしてしてきた。
猫は不思議に思った。
ここまで相手が好きになって、どうして彼の言っていることが分からないんだろう。
「さて、もう編集部にあなたをお届けしなければなりませんね」
こんなに好きなものを、たくさん持っている相手の言葉がどうして分からないんだろう。
「車を用意しますから、あなたはここへ」
猫は、この家に来た時に入っていた自分の部屋の中で、もし言葉が分かれば、この気持ちを伝えられるのかもしれないと思った。
猫はせめても、と精一杯声に出してみた。




帰る時になってミーがやたら鳴き出した。
もしかしたらやっと家に帰れることが分かって嬉しいのか興奮しているのか。
セレスティはそんなことを考えながら、車に乗っていた。
今もキャリーケースの中で騒がしく鳴くミーに「もう直ぐ帰れますからね」と何度も声をかけるのだけど、中々伝わらない様子だ。
さっき茶を飲んでいた時までは、こちらの言っていることが分かるようだったのに。
編集部が見えて、車を降りる。
車椅子を使う必要もない距離なので、ステッキとキャリーケースを持つと、編集部に入った。




猫は人間の言葉が分からなかった。
次に自分の部屋から出た時は、さっきとは違う、たくさんの音が入り混じった騒がしい場所だった。
色々な人間が会話し合い、無機質な「電話」の音が鳴り響く中、猫はセレスティの姿を探した。
それは案外早くに見つかった。何故って直ぐ目の前に彼が座っていたからだ。
「あ、でてきた。お帰りなさいミーちゃん。もう直ぐご主人様が来るわよ」
セレスティとは違う、もう少しとがった感じの女の声が上から降りかかった。
昨日の夕方、セレスティに自分を渡した女性だ。
その隣にはセレスティと同じ「男」ではあるが、セレスティみたいに青い目玉も持ってなくて、ふわふわの銀色の髪も持っていない、目にガラスの板を貼り付けて茶色のバサバサの髪をした人間。
「セレスティさぁあぁん…本当にありがとうございますぅう」
その、目にガラスの板を貼り付けた男が、セレスティの名前を読んだ。
猫は初めて気付いた。
自分の名前だけでなく、セレスティの名前もちゃんと分かるということに。
だったら自分で呼んでみようと思った。
しかしどんなに声を出しても猫は発音できなかった。
にゃあ、という音ばかりが自分の口からでてきて、その度にセレスティが自分の頭を撫でてくれた。
ちゃんと伝わっている様子ではない。
猫は必死に鳴いた。
彼はガラス板の男に何か笑いながら話しかけていた。
言葉の意味は分からなかったけど、猫は何故かとても不快だった。
セレスティの笑顔が自分に向けられてないことにとても不快感があった。

にゃあ
にゃあ
にゃあ
にゃあ
にゃあ

「じゃあ、私はこれで失礼します。一日、可愛い猫と過ごせてとても楽しかった」

にゃあ
にゃあ
にゃあ
にゃあ
にゃあ

「はい、お疲れ様、本当にありがとう。三下君、良い方を選んでくれてありがとう。あなたにしては上出来中の上出来よ」

にゃあ
にゃあ
にゃあ
にゃあ
にゃあ

「編集長〜〜〜…それ褒めてるんですかぁ〜〜??」

にゃあ
にゃあ
にゃあ
にゃあ
にゃあ

「それでは、また別件で。…さようなら、ミー」

にゃあ
にゃあ
にゃあ
にゃあ
にゃあ

猫は自分の名前しか分からなかった。
セレスティが自分の名前を読んでくれると嬉しかったし、背中を撫でてくれると気持ちよかった。
きらきらの青い目玉も、ふわふわ銀色の髪も、好きだった。
猫は人間の言葉が分からなかった。






私(わたくし)どもには、まったく真意の読めない生物がおるのでございます。
それを人間というのでございます。
優しく笑いかけ、背中を摩ってくれたと思ったら、急に私を置いてきぼりにするのです。
いつもは一日三度しか与えられない食事を時々増やしたりするのでございます。
私には人間の見目的な美しさは理解しかねますが、あの方は素晴らしかった。
きらきらの青い瞳と、ふわふわの銀髪は、私が今まで見てきたどんなものよりも美しいものでございました。
私はほんの少し、あの方と過ごしただけですし、あの方のおっしゃる言葉なんぞ殆ど分からなかったのですが、先日の別れ間際にあの方は私に向かって、私の名前を呼んで「笑って」下さいました。
確信のないことです。
私には人間の言葉なんぞ理解できません。
ですが、私はもう一度あの方に会えると信じておるのです。
他愛無い、いち猫の呟きではあるのですが。
私のあの一日は、それほどまでに私に大きな衝撃を与えたのでございます。






<終>








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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号■PC名■性別■年齢■職業】

【1833■セレスティ・カーニンガム(せれすてぃ・かーにんがむ)■男■725歳■財閥総帥・占い師・水霊使い】

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■         ライター通信          ■
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PC名で失礼いたします。
初めましてセレスティ・カーニンガム様。相田命と申します。
このたびは、ミーを預かっていただき、真にありがとうございました。
セレスティ様の絶世の美に、猫自身もやられてしまったようです(笑)
思わぬ方向に話が進み、ちょっと切なくなってしまいましたが、いかがでしたでしょうか。
文面を通して、猫との一日を存分に満喫していただけたら幸いです。
セレスティ様の美麗な雰囲気とそれに寄り添う猫、発起者である私自身も「ああ、凄く綺麗なんだろうな〜」等と想像を膨らませてしまい、大変楽しく書かせていただきました。
また、猫の目線と人間の目線の違いなど、少しでも伝わればと思います。
「私の一日」は猫の一日でもあり、セレスティ様の一日でもあるように、と思ってのことだったのですが…その辺もまた、いかがだったでしょうか(^^

お気に召されましたら、そしてまた機会が巡ってきましたら、是非お相手くださると嬉しいです!
ではでは、お相手ありがとうございました!