コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


感得考

 欲しい欲しいと思っていたものの欠片を手に入れた筈なのに、どうしてこんなにも心は渇いたままなのだろう。まだ足りぬからだろうか。欠片では満足できぬのだろうか。それとも、ただ単に……貪欲なだけだろうか。


 守崎・啓斗(もりさき けいと)は自室でぼんやりと自らの手を緑の目で見つめていた。見つめている手は、いつも見慣れている自らの手。感触も自分のものだし、掌に刻まれている皺の一つ一つでさえ自分のものであると断言できるものだ。それなのに、どこかしら別の存在のような気がしてならない。一度くしゃりと茶色の髪をかきあげてから再び見つめるが、やはり自分のものという思いと、別のものという思いが交差する。
(俺は……手に入れたんだ)
 此処ではない、だが確かに存在する世界。そこで手に入れた、炎の力。全てを燃やしつかさんが如く、強い思いの秘められていた力。掌を見つめて浮かんでくる、あの世界。
(それを、俺が手に入れたんだ)
 啓斗はその時の様子を思い出す。あの時、啓斗は確かに相手に向かって言い放ったのだ。――正しく使う、と。
(正しく使う……確かに、俺はあの時そう言った)
 ぎゅっと手を握りしめる。握り締めた、という感覚は間違いなく啓斗のものであった。別のものではなく、啓斗自身のものだ。そうして安心感を覚えつつも、同時に啓斗は不安を覚えた。自分の身に宿っている力を、うっすらと感じとったのだ。この世界では通用しないかもしれないが、あちらの世界でしか用いる事ができない力かもしれないが、だがそれでも自らの内に存在する力を。それはまるで内側から燃えているかのような。
(これは、本当に俺に必要な力なんだろうか)
 突如襲われる、確かな不安。自分が必要だと思っていた、力。正しく使われぬくらいならば、自分が正しく使おうと思っていた、力。そうして手に入れた力が今こうしてあるのに、どうしてこんなにも不安に襲われるのだろうか。あの時、確かに思っていた事が今実現しているだけなのに。
(何故……)
 疑問に思い、すぐに否定する。本当は、理由なんて問わなくても分かっているのだ。
(……そうだ、俺は知っている)
 不安の原因を。こんなにも駆られている衝動の訳を。
(知っているからこそ……こんなにも、不安なんだ)
 それは、ごく自然に定められている法則のように。理由があるからこそ、そしてその理由を既に判っているからこそ生じた思い。啓斗は皮肉を含んで小さく笑む。
(全てが成り立つ法則……雁字搦めのように)
 ドミノ倒しのようだ、と啓斗は呟く。終わりの無いメビウスの輪の形に模られたドミノ。倒れてもすぐに立つドミノたちは、延々と倒れ、立ち上がり、それをやめる手段すら持ち得ない。
(そうして、力を手に入れた。手に入れて、もう充分だと感じたか?)
 答えは、否。手に入れた力を、否定も肯定もせず、ただ啓斗は受け入れた。そうして正しく使うといいながらも、その半面でそっと囁くのだ。
――足りぬ、と。
(足りない……?)
 囁かれたその言葉に、啓斗は小さく驚く。握り締められた掌は、小刻みに震え始めていた。
(何が、足りない?)
 出てきた言葉に、改めて啓斗は自らに問う。一体、何が足りぬのだと。力は手に入ったし、元に力を持っていた、戦う事だけを求めていた存在も消え失せた。全ては自分が思い描いていた最善の策がそのまま進んでいっただけなのに。それなのに、何が足りないというのだろうか?
(何が足りない……一体、何が?)
 啓斗は自らに問い、それから小さく震えている手をそっと開き、見つめる。震える掌、震える我が身。
(俺は、知っている……この、答えを)
 震えているその訳は、先ほどの問いの答えを既に得ているから。その答えを奥底に隠していたはずなのに、露呈してしまったから。
(考えては、駄目だ)
 歯止めをしようとし、だがそれでも思考は続く。
――足りぬものを知っている。
(考えては、いけないのに)
 溢れんばかりの思考。蓋をしようとしてももう間に合わない。
――どれだけ得たとしても、足りぬという想いは終わらぬ。
(いけない。駄目だ。それは、駄目なんだ)
――知っているからこそ、欲しくなる。欲しくなるから、足りなくなる。
(いけない……止めなくては)
――さあ、知っているんだから欲してみればいい。足りないものを、その手で掴む為に。
(駄目、だ……!)
 啓斗は震える手を伸ばし、置いてあった鉢がねを掴む。
――違うだろう?俺が欲しているのは……。
(違う。違うんだ)
――素直になろうぜ。分かっているんだから。誰よりも、自分が分かっているんだから。
(嫌だ。違うんだ……!)
 啓斗はぎゅっと鉢がねを握り締める。冷たい感触が、震える掌を冷やす。が、それすらも今の啓斗の助けにはならなかった。
――欲しているんだろう?……力を!
 啓斗はぎゅっと目を閉じ、鉢がねを強く握り締めて胸に抱いた。じんわりと啓斗の体温で鉢がねが暖められていく。優しい温度に。しかし、それすらも救いにはならぬ。
(違うんだ、俺は違うんだ!正しく使おうと思っていただけで、あいつが間違った使い方をするよりも、俺が正しく使った方が良いと思ったんだ!)
 それは、何よりも正しく何よりも明確な答え。啓斗自身もそう思ったからこそ、相手に向かって言い放ったのだ。力を渡せ、と。
(それなのに、どうだ!この、俺の貪欲さは。力が手に入ったのに、ちゃんと力はこの身に宿っているのに……)
 そっと目を開け、鉢がねを見つめる。僅かな光で光ろうとする、鉢がね。
(どうして……まだ欲しているんだ)
 これも、力となると言っていた。大切なものを力の具現とすると。となれば、こうして啓斗が手にしているこの鉢がねも、力と同じ意味を持つ。
 啓斗は、現実として存在している力を手にしているのだ!
(俺は……)
 そっと鉢がねを見つめ、啓斗は深く息を吐き出した。そうして、ふと気付く。気付き、全身に心音が鳴り響くのを感じた。または、一気に暗く深い闇に囚われたのを。
 声が、聞こえた気がしたのだ。正しくは、笑い声が。あはははは、と甲高く響く男の声が。あの世界に存在した、今は無き力の欠片の具現化した人物の声が。
『お前、同類だよ』
 声が、響く。啓斗の内から。力だけの存在になったはずなのに、自我など消え失せてしまった筈なのに、それでも啓斗には聞こえた。まるで、自らが内に存在する力が自我を持ち、問い掛けてくるかのように。
『お前は結局、俺と変わらないんだ』
「違う」
 ぽつり、と啓斗は呟く。
『お前もさ、戦いを求めているんだ。力を求めているんだ』
「そんな事は無い」
『足りないんだろう?欲しているんだろう?それでいいじゃねーか』
「違う……」
 啓斗の語尾は、限りなく弱い。
『貪欲で何が悪い?求めてもいいじゃねーか!あははははは……』
「違う……!」
 ゴン、と啓斗は床を殴りつけた。じわじわとした痛みが拳から全身に駆け巡る。はあはあと啓斗は肩で息をし、それからゆっくりと深呼吸をした。もう、あの声は聞こえない。癇に障るあの笑い声も。
「違うんだ……!絶対に、違うんだ……」
 鉢がねを再び抱き、啓斗はそっと呟いた。つう、と背中に冷たい汗が流れるのも、啓斗は全く感じなかった。


 一息つこうと啓斗が部屋を出ると、玄関ががらりと開いて茶色い頭がひょっこりと現れた。守崎・北斗(もりさき ほくと)だ。
「たっだいまー」
「おかえり……」
「あれ?どうしたんだよ、兄貴」
 顔色の優れない啓斗に、北斗は青の目を心配そうに向けた。啓斗は小さく頭を振る。
「まあ、あんまり無理すんなよ」
 北斗はそう言って自室に行こうとした。と、そこで啓斗は北斗の腕を咄嗟に掴んだ。北斗は「ん?」と言いながら振り返る。
「北斗……お前」
「何?」
 啓斗の顔色は、青い。啓斗は俯き、呟くかのように口を開く。北斗の腕を掴んだままの手は、小さく震えている。
「……力を、必要以上の力を、求めるんじゃないぞ?」
 啓斗の言葉に、北斗の動きは止まった。北斗の答えがないまま、啓斗は続ける。
「俺たちは、あの世界で確かに力を手に入れた。だけど、それ以上の力を欲してはいけないんだ」
「……何でだよ?」
 啓斗はそっと顔を上げる。北斗の顔は、呆気に取られつつも目が強く否定をしていた。
「何で、そんな事を言うんだよ?」
「俺たちに必要な分だけの力を欲するのはいい。だが、それ以上は……」
「兄貴!それじゃあ……それじゃあ駄目なんだって!」
 北斗はそう言い、眉間に皺を寄せる。
「俺は……俺たちは前に進みたい。その為には、力というものが絶対に必要なんだって。今の俺たちじゃ、前には進めない」
「前に進むのは、力を必要以上に欲しないと出来ない事じゃない筈だ」
「じゃあ、聞くけど!」
 北斗はばっと啓斗の手を振り解き、胸倉を掴んだ。
「兄貴はあの女と一緒なのかよ?辛いとかなんとか言いつつも、停滞を望んでいたあの女と一緒だって言うのかよ!」
 北斗はそう叫び、じっと啓斗を睨んだ。啓斗も、自らの信念を曲げぬ為に睨み返す。暫くそうして無言のまま睨み合い、先に「くそ!」と言いながら目線を逸らしたのは北斗であった。突き通したい心と、啓斗の胸倉を掴んでまで突き通すべきなのかと不安になる心とが、矛盾しあったのだ。北斗は啓斗を突き放し、自室に走って入った。放された啓斗は、そのままずるずると廊下の壁に背をつけたまま座り込んだ。緩やかに生まれたどろどろとしたものを押さえ込もうとしながら。


 北斗は自室に入ると、はあはあと肩で息をしてから、ふと小太刀に目をやった。
「大事なもの……力の具現」
 小さく北斗は呟き、ぎゅっと唇を結んで小太刀を掴んだ。
(力を求めて何が悪い?何がいけない?)
 啓斗の言葉が、心のどこかで正しいのかもしれないとも言っている。だが、それ以上に北斗の想いは強い。
(俺は前に進みたい。こんな所で、ただ不満を呟きながら留まっておくのは嫌だ!)
 求めているのは、力の先にあるもの。それはきっと、啓斗も同じなのに。その先にあるものを自分達はずっと求めているのに。それに至るまでの道が異なるとは、全く疑ってもいなかったのに!
(力を手に入れて、その先にあるもんも手に入れる!……だから、力は絶対に必要なんだよ!)
 北斗は心の中でそう叫び、小太刀を掴んだ。
(どうして分かってくれない?どうして求める事を否定する?)
 思いがごちゃごちゃと北斗の中を駆け巡った。迷い、否定、動揺、信念。全てが渦となって北斗の全身を突き抜けていく。
「くそっ!」
 北斗はそう吐き捨てるように言うと、小太刀を掴んだまま裏庭に出た。裏庭にある植え込み。北斗はそれをキッと睨みつけ、小太刀を素早く抜いて斬りつけようとした。完璧な動き、素早い動作。完全に植え込みは斬られる予定だった。
 だが、どさ、と落ちたのは植え込みではなく、北斗の膝であった。
「ばっかじゃねーの……?俺」
 不意にこみ上げてくる喉の熱さに、北斗は空笑いをした。何度も口の中で「ばっかじゃねーの」と呟きながら。
(俺は……俺は留まりたくなくて。だけど、兄貴は……でも俺は……)
「……くそっ!」
 再び北斗は叫んだ。出来ぬ自分と、したい自分が渦巻いていく。ゆらりゆらりと。
(ああ、こうして。こうして俺はまた……)
「ばっかじゃねーの」
 静かに広まる異質な感情を思い、北斗は再び呟いた。その言葉は誰に向けられたものかは分からない。自分かもしれないし、啓斗かもしれないし……あの男や女のことかもしれない。だが、北斗は口に出して呟いていた。侵食していこうとしているその違和感に、飲み込まれてしまわぬように。

<感じ得た思考に囚われながら・了>