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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


お正月を遊ぼう
●オープニング【0】
 2004年元日朝――草間興信所。
「草間さん、明けましておめでとうございます」
「ああ、おめでとう。今年もよろしくな」
 深々と新年の挨拶をする草間零に対し、草間武彦は微笑みを浮かべた。そして机の引き出しを開けると、ぽち袋を取り出して零に手渡した。
「という訳で、これは俺からお年玉だ。……少ないけどな」
「ありがとうございます!」
 苦笑いを浮かべる草間に対し、嬉しそうに答える零。額の大小ではない、貰えること自体が嬉しいのである。
 そうこうしているうちに、事務所にはお年始回りにやってきた者たちが顔を出し始めた。おせち料理など土産持参の者も居れば、羽子板や福笑いなどをわざわざ持ってきた者も居る。
 興味があるのか、零が羽子板をじっと見つめていた。それに気付いた草間が何気なくこう言った。
「相手してもらったらどうだ?」
「えっ?」
「おーい、誰か零と羽根つきしてやってくれないか?」
 さあさ、お正月を遊んでみませんか?

●お正月を飾ろう【1】
「おや、羽根つきですか」
 お屠蘇を注ぐ手を止めて反応したのは、お正月らしく黒主体の訪問着に身を包んだ九尾桐伯であった。
「私たちでよければお相手しますが。構いませんね?」
 桐伯はそう言って、近くに居た紅い振袖姿の少女にちらりと目をやった。田舎の良家の娘といった雰囲気がある。
「はい、兄様」
 見た目12歳くらいの少女――九耀魅咲がこくんと頷いた。桐伯曰く、魅咲は親戚の子供ということであった。そう言われてみれば、何となく桐伯に通じるものがあるような気がしないでもない。
「羽根つきか……まさしく正月らしい」
 真名神慶悟はそうつぶやくと、先程桐伯から注いでもらったお屠蘇をくいっと飲み干した。
「おい、もう何杯目だ?」
「祝い酒だろう? 目くじらを立てることでもない。そもそも、お屠蘇は邪気を払い長寿になるとされている。ゆえに……新年のめでたき日に飲むは必然なり」
 少し呆れた感じの草間に対し、もっともらしい答えを返す慶悟。
「お屠蘇がなくなりそうだから言ってるんだ。酒は……たっぷりあるだろ」
 ちらっと部屋の隅を見る草間。視線の先には、何故か一斗樽が鎮座していた。いつの間にか、桐伯が持ち込んでいたのである。……どうやって持ち込んだのか謎ではあるが。
「まあいい。じゃ、外に出て羽根つきをするか」
「ちょっと待って武彦さん」
 零を連れ外へ出ようとした草間に待ったをかけたのは、台所から出てきたシュライン・エマだった。その後ろから、着物姿の綾和泉汐耶も顔を出した。シュラインが新年会のための諸々の準備をしているのを、汐耶も手伝っていたのである。
「何だ?」
「せっかくお正月ですもの。零ちゃん、振袖着てみない?」
「はい?」
 シュラインの言葉にきょとんとなる零。
「いい考えだな。零、せっかくだ。着せてもらったらどうだ?」
「えっと……いいんですか?」
 きょろきょろと皆の顔を見て、反応を確かめる零。当たり前の話だが、反対する者など誰も居やしない。
「そうと決まったら、さっそく着替えましょ」
「私も手伝うわ」
 シュラインと汐耶が零を挟むように立ち、各々腕をつかんで別室へと連れていった。
「30……いや、1時間はみた方がいいな」
 草間はぼそりつぶやくと、いつもの机に戻って煙草に火をつけた。

●まるで鉄砲玉のごとし【2】
 さて――零の着付け待ちの間にも、訪問客は来る訳で。
「明けましておめでとうございます!」
「……おメデとう……」
 揃って入ってきたのは、薄赤の晴着姿の志神みかねと、お正月というのにいつもの制服姿である戸隠ソネ子だ。
「あれ……零さんは?」
 ぱっと見て、零の姿がないことに気付くみかね。草間が上を指差してそれに答える。
「ああ、今着替えてるとこだ。もうちょっとすれば、振袖姿の零が降りてくるぞ」
「フリソデ……かジ?」
「誰が明暦の大火の話をしてる」
 ソネ子のつぶやきに、草間が苦笑して突っ込んだ。と、そこへ元気よく飛び込んできた者が居た。
「あけましておめでとうだぴゅ〜!」
 ガチャリと玄関の扉を開いて飛び込んできたのは、10歳くらいの銀髪の可愛らしい少年であった。
 少年――ピューイ・ディモンは並んで立っていたみかねとソネ子の間に割って入ると、そのまままっすぐに草間の前へ向かった。
「草間さんに新年のご挨拶にきたぴゅ!」
「ああ、おめでとう」
「僕小学生になったんだぴゅ! 草間さんたちのおかげだぴゅ!」
 息継ぐ間もなく、ピューイは草間に話しかける。草間は目を細め、うんうんと小さく頷いていた。
「そうかそうか、それはよかったなあ。……ん?」
 少しして、ピューイがちょこんと両手を差し出していることに気付く草間。ピューイの緑の瞳は、何か期待に満ちた様子であった。
「草間さん、お年玉欲しいぴゅ!」
 直球だ。
「はは……後でな」
 草間が軽くぽんぽんっとピューイの頭を叩いた。それから、みかねやソネ子、魅咲たちをぐるっと見回した。
「同じく、後でな」
 一応、お年玉の用意はしてあるようだ。一安心といった所だろう。
「……そういえば、やけに大荷物だな。何が入ってるんだ?」
 ピューイに尋ねる草間。ピューイは肩からかける鞄を持ってきていた。鞄は大きく膨らんでいる。
「そうだったぴゅ!」
 がさごそと鞄の中を漁るピューイ。そして取り出したのは……蟹。
「僕のご主人様がバイト先で蟹貰ったんだぴゅ。料理の仕方が分からないから挨拶に持ってけって言われたんだぴゅ。あげるぴゅ!」
 草間にずいと蟹を差し出すピューイ。草間は苦笑いを浮かべ、その蟹を受け取った。
「今年もよろしくなんだぴゅ」
 そう言い、ピューイはぺこんと頭を下げたのだった。

●似合ってますか?【3】
「新年おめでとうございます」
 やってきて開口一番そう言ったのは、スーツ姿の金髪の青年、モーリス・ラジアルであった。その手には色々と詰まっているのであろう、大きな紙袋を抱えていた。紙袋の口からは、ワインがちょこんと飛び出して見えていた。
「おめでとう。また、いっぱい持ってきたな……。何が入ってるんだ?」
「そうですね。キャビアや生ハム、クラッカーにチョコレート……オードブルになりそうな食材をいくつか見つくろってきました。あと、それらに合うと思われるワインを」
 草間の問いかけに、淡々と答えるモーリス。
「お、いいな。おせちばかりだと、飽きるからな」
 笑みを浮かべる草間。クラッカーに生ハムやキャビアを載せて食べ、ワインで流し込む……これは堪らない。
「明けましておめでとうございます」
 モーリスからまた少ししてやってきたのは、宮小路綾霞であった。草間が挨拶を返そうとすると、綾霞は一旦外へ出てまた中へ戻ってきた。酒樽とともに。
「これ、お土産です」
「またか……」
 草間が部屋の隅の一斗樽に目をやった。これでもう、今日の分の酒は十分に出来た。
「本家秘蔵の名酒ですわ」
 にっこり微笑む綾霞。それからきょろきょろと部屋の中を見回し、少しがっかりしたような表情を見せた。
「はい、お待たせ。出来たわよ」
 そこへ零の着付けを終えたシュラインが戻ってきた。
「ほら、いい具合に仕上がったんだから、皆に見せてあげないと。さあ早く」
「あの、でも……」
 姿は見えぬが、汐耶と零の会話が一同の耳に入ってきた。直後、零は汐耶に押し出されるように皆の前にその姿を現した。
 そこには普段とは違う、紫縮緬の振袖に包まれた零の姿があった。
「ほう……」
 お屠蘇を飲む手を止めて、慶悟が感嘆のつぶやきを発した。
「どう……ですか?」
 やや恥ずかしそうにしながら、ゆっくりと回ってみせる零。
「なかなか似合っているじゃないですか」
「似合ってますね〜!」
 桐伯とみかねが相次いで言った。
「……負けナイ……」
 ぼそっとつぶやくソネ子。でも『負けない』って何に?
「零、よく似合って……」
 草間も零の装いを褒めようとしたその時、タタタタッと零に駆け寄る者が居た。綾霞である。
「ああっ……可愛いっ! 何て可愛いのかしらっ!!」
 綾霞はおもむろにそう叫ぶと、零にぎゅうっと抱きついた。呆気に取られる一同と、突然のことに困惑する零。
「あのっ?」
「本当、可愛いわねぇ……。やっぱり、娘が欲しかったわぁ。息子なんて、大きくなると糸の切れた凧と一緒……」
 ぎゅうっと抱きついたまま、うんうんと1人頷く綾霞。今頃どこかで、誰かさんは大きくくしゃみでもしていることだろう。
 そんな最中、桐伯に何か言われた魅咲がとことことシュラインのそばへ行き、くいくいと服を引っ張った。
「ん、どうしたの?」
「草間のオジ様が『おせちばかりだと、飽きる』と言っていたんですけど、そうなんですか?」
 首を傾げ尋ねる魅咲。その途端、シュラインの眉間にしわが寄った。おせち持参だったのだから、当然といえば当然な反応だったのかもしれない。
「……武彦さん」
「うん、何だ?」
「せっかく上手く出来たけど、武彦さんだけ黒豆抜き」
「は?」
 一瞬きょとんとなる草間。すぐにシュラインのそばに居た魅咲に尋ねた。
「おい、何言った?」
「それは秘密です♪」
 くすっと笑う魅咲。
「……親戚だなあ」
 草間が頭を抱えた。

●羽根つき(のはず)【4】
 まあ、ちょっとしたごたごたはあったものの、零の着付けも終わったので一同は揃って外へ出てきた。もちろん羽根つきをするためだ。
「よーし、羽根つきをするぞ」
 羽子板を手にした草間が、くるっと皆の方へと振り返った。そしてふと視線がソネ子の方へ向いた時、あることに気が付いた。
「……って、いつの間に着替えた?」
 怪訝そうに尋ねる草間。その言葉に、他の皆の視線もソネ子へ集まる。不思議なことに、さっきまで制服姿だったはずなのに、今は黒い振袖姿に変わっていた。
「コンマ03秒ノ早着替ヱ……大イリュージョん……」
 ソネ子さん、微妙に答えがずれてます。
「あっ、お酒の匂い……」
 みかねが、ソネ子からほのかに漂う酒の匂いを感じ取った。気付かぬうちに、お屠蘇でも飲んだのだろうか。
「……まあいい。零、羽子板持ったな?」
「はい、持ってます」
 零はとっくに羽子板を手にしていた。
「で、相手なんだが……」
「僕とやるぴゅ。勝負だぴゅ。毎日友達と遊んでるから負けないぴゅ!」
 よほど自信があるのか、意気揚々と叫ぶピューイ。だが草間がそれを制した。
「待て待て。ちょっと気になることがあるから……慶悟、相手してやってくれ」
 草間が零の相手に指名したのは、何故か慶悟であった。
「零が相手とあっては、ハンデをもらわなければな」
 慶悟はそう笑って羽子板を受け取ると、それに何やら字を空書きした。動きとしては、『巽』と書いたように思える。
「巽は風の方位。俺には幸運の神風が吹く……はずだ」
 などとつぶやきながら、位置につく慶悟。最初に羽根をつくのは零からだ。
「いきますね」
 声をかけてから、零は下から羽根をついた。するとどうだろう――。
 ビュウウウウウウウウウウウウウッ!!
 零がついた羽根は、まっすぐにちと洒落になってないスピードで飛んでいったのである。
「おおっと!」
 直線で来た羽根を、辛うじて打ち返す慶悟。羽根の位置と羽子板の位置が少し離れていたような気がするのは、まあ気のせいなのだろう、たぶん。
「案の定だ」
 零と慶悟の羽根の応酬を眺めながら、草間が苦笑した。こうなることを、草間は予想がついていたのだろう。
「おーい零。打つのは、もうちょっとゆっくりとな」
 草間が零に注意を与えた。その直後から零と慶悟の羽根の応酬は、ようやく普通のスピードくらいまで落ち着いていったのである。
 こうなればもう大丈夫。一同は代わる代わる羽根つきを楽しむことにした。当然のことながら、羽根を落とせば顔に墨を塗られるのだ。
 羽子板は2組あったので、とりあえず2組並行して対戦を進めていった。のんびりとした羽根の打ち合いをしている横では、プロテニス並みのスピードで羽根の応酬があったりと、何だか妙な図である。
「……『葱』?」
 汐耶は、ソネ子が負けたみかねの右頬に書いた文字を見て首を傾げた。ちなみにみかねの額には、『祝』という文字がすでに書かれていた。
「うう……また負けちゃいました」
 しゅんとなるみかね。もちろん本人は、何が書かれているか全く分からない。
「何だか、余分な線があるような……」
 『葱』という文字をじーっと見つめる汐耶。『祝』もそうだが、書き直した雰囲気があるのである。
「今度は僕とやるぴゅ!」
 文字を書き終えたソネ子に、ピューイが戦いを挑んできた。
「僕に勝ったら、初夢に縁起がいい夢とか希望の好きな夢を見せてあげるぴゅ!」
 ほほう、これはなかなかいいのではないだろうか。俗に初夢で縁起がいいのは、『一富士・二鷹・三茄子』だったはず。
「富士山デ……鷹ト茄子魔人ノ大決闘デモ……イイの……?」
 いや、それって3つとも入ってるけど、微妙に縁起悪いような。
 ともあれ、羽根つきを始めるピューイとソネ子。ソネ子は健闘したが、ピューイの前に残念ながら敗北してしまった。
「わ〜い、勝ったぴゅ〜!」
 嬉々として、ソネ子に墨を塗るピューイ。塗られる間、ソネ子は物凄く恨めしそうな表情でピューイの目をじっと見つめていた。
 しかしそんなピューイも、モーリスの前に負けてしまうのであった。
「惜しかったですね。もう1歩前に居れば」
 などと淡々と言いながら、ピューイの頬に×をつけるモーリス。
 ずっと見ていれば分かるのだが、モーリスはピューイが微妙に届くか届かないかの場所へ的確に羽根を打ち返していたのだ。まさに『もう1歩』の所へ。
 けれどもそのモーリスも、汐耶相手に羽根つきをやった時は、長く続きはしたが負けてしまったのである。
「じゃんけんの関係みたい」
 何気なくつぶやくみかね。まあ、誰か抜きん出て強いという訳でもなさそうである……こちらは。
 さて、その間ももう1組の方はまだ羽根の応酬が続いていた。零と綾霞が延々と打ち合っていたのだ。恐らく間に人が入れば怪我することは必至、そんな熱い熱い打ち合いであった。
「ああっ!!」
 だがその打ち合いも、零のミスで幕を閉じた。やはり娘時代の経験が物を言ったか、綾霞の方に分があった。
「はい、墨ね」
 にこにこと零に墨を塗る綾霞。零の両頬にぐるぐると渦巻きが書かれた。まるでどこぞの漫画のキャラクターみたいだ。
「うん……やっぱり可愛いわぁ……」
 墨を塗り終えた綾霞は、ほう……っと溜息を吐くと、またしても零にぎゅうっと抱きついた。……何にしても可愛いんですね。
「そろそろどうですか?」
 桐伯が草間に声をかけた。ダブルスでやろうと言っているのだ。
「そうだな……やるか。おーい、そっちの羽子板も貸してくれ」
 もう1組の羽子板を回収し、ダブルスの準備を始める草間たち。組み合わせは草間と零、そして桐伯と魅咲である。
 他の皆が見守る中、先に羽根をついたのは桐伯であった。山なりに飛んでゆく羽根。それを草間が打ち返す。
 羽根が向かったのは魅咲が待つ場所であった。落ち着いて打ち返す魅咲。再び戻ってきた羽根を、今度は零が打ち返した。ここで少しスピードが上がった。
 それから羽根の応酬は、魅咲・零ラインを中心として続くことになった。零が打ち返せば、魅咲が羽根の到着点に居る。逆に魅咲が打ち返せば、零が羽根に追い付く。この繰り返しとなっていた。
 つまり、草間や桐伯の所にはほとんど羽根が飛んでこない状態になって――。
「……かなり長引きそうだから中に入ってましょ。お湯とタオルも用意してあるから」
 数分後、そんなシュラインの言葉で、他の皆は部屋へと戻ることとなったのだが……。
「あ、真名神くん。悪いけれど、結果を見届けてくれる?」
「は?」
 結局見届け人として慶悟1人を残し、他の皆は部屋へ戻ったのだった。

●謎のすごろく【5】
「何か摘める物でも作ってきましょう。あの様子では、まだまだかかるでしょうから」
 部屋に戻り皆が顔を洗い終わると、モーリスがそう言って台所へ向かった。たぶん、皆の腹具合なども考慮した上での言葉なのだろう。
「そうそう、こんな物を持ってきたのよ」
 ふと思い出したように汐耶は言うと、荷物から何やら取り出してきた。
「すごろくですか?」
 しげしげと盤を覗き込むみかね。それは古い型のすごろくだった。どのくらい古いかというと、マス目の文字が右から左へと読むタイプだったりする。
「……『給料日』マスがナイ……」
 同じく盤を見ていたソネ子が、何故かどんよりと沈んだ。
「それ別のゲーム」
 汐耶がきっぱりと言い切った。具体名は出しませんけど、極めて有名なあのゲームです、ええ。
 それはそれとして、すごろく盤を囲んだ6人はじゃんけんをし、サイコロを振る順番を決めた。最初は綾霞からだった。
「えい」
 コロコロとサイコロは転がり、1の目を上にして止まった。止まったマスには次のように書かれていた。
「『大ヒナル喜ビ。壱圓ヲ拾フ也。八ツ進メ』……あら、ずいぶん先まで進めるのね」
 さらにコマを進めてゆく綾霞。そしてコマを進み終えた時だ。足元に何か光る物を見付けたのは。
 綾霞が拾い上げると、それは1円玉であった。ちょっとした笑いが起こった。
 次の順番はみかねであった。出た目は3。
「『無性ニ眠ヒ。壱回休メ』……ふわぁ……。あれ、何か眠……く……くぅ……」
 あっという間に眠りに落ちるみかね。シュラインが怪訝そうな視線を汐耶へ向けた。
 3番目はソネ子だ。出た目は4。
「『包丁ニ刺サリソウニナル。振リ出シニ戻レ』……刺サるノ?」
 と言ったその瞬間、ソネ子の目の前を包丁が勢いよく通り過ぎた。台所から慌ててモーリスが飛び出してくる。
「大丈夫でしたか? 生ハムを切っていたら、突然包丁がすっぽ抜けまして……」
 幸いにも、包丁は誰も傷付けなかった。が、これはいくら何でも変だろう。
「ちょっと……何これ」
 じろりと汐耶を睨むシュライン。
「曰く付きの書籍と一緒に引き取ったのが悪かったのかしら」
 腕を組み、思案する汐耶。というか、その時点でこれも曰く付きであったのでは……?
「ええっと……『鼠ニ耳ヲ齧ラレ青クナル。参回休メ』、『百米ヲ走リ神ノ領域ニ近付ク。四ツ進ミ壱回休メ』、『帚星接近。チュウブヲ買ヒ占メル。六ツ戻レ』、『櫻ノ木ノ下ヨリ屍体ヲ見付ケル。振リ出シニ戻レ』……はい、撤収撤収」
 他のマス目の文章を読み、シュラインはそそくさとすごろく盤を片付け始めた。こんなすごろく、続けてたんじゃ洒落にならない――。

●壊れゆく草間【6】
 危険なすごろくを中断し、ピューイが持ってきていたメンコに興じていると、やがて羽根つきを終えた草間たちが戻ってきた。
「どっちが勝ったか、一目瞭然でぴゅ」
 草間の顔を見て、ピューイがつぶやいた。何故なら草間の目元は、眼鏡の周囲が黒く塗られていたのだから。
 草間がそうなのだから、当然零にも墨が塗られている。零の鼻の下に、端の方がくるっとカールした胡散臭気な髭が書かれていた。
「くそっ……情けない……」
 ぶすっとしたまま、タオル片手に顔を洗いに向かう草間。零も後に続く。
「どう決着がついたんですか」
 クラッカーを使ったオードブルを手に、台所から出てきたモーリスが桐伯たちに尋ねた。
「いや……呆気無かったですよ、最後は」
 苦笑する桐伯。その肩には、何故かうっすらと足跡がついていた。しかし、肝心なことに答えない。魅咲が桐伯の後を受けて答えた。
「草間のオジ様、空振りされたんですよ」
「あ。それはぁ……情けないわねえ……」
「うん、情けない」
 溜息を吐くシュラインと、大きく頷く汐耶。延々と続いた打ち合いの最後がそれですか。
「それまでの内容は充実していたんだが」
 フォローするかのように、慶悟が言った。
「まさか羽根つきで空中戦を見るとは思わなかった」
 ……どんな羽根つきだ、どんな? いったいどのような光景が繰り広げられていたのやら。
「ふう、さっぱりした」
 そうこうしているうちに、顔を洗った草間と零が戻ってきて、流れは新年会へと傾いた。
「待たせたな、お年玉だ」
「じゃあ、私からも」
 草間と汐耶が未成年の皆にぽち袋を手渡してゆく。
「ありがとうございます!」
「わあ……嬉しいです」
「わ〜い、お年玉でぴゅ〜。ありがとうでぴゅ〜!」
「ありがとうございます。兄様、お二人からいただきました」
「アリがトウ……」
 零が、みかねが、ピューイが、魅咲が、ソネ子が相次いで感謝の言葉を口にした。
「私からはこれを」
 綾霞はお年玉ではなく、ちょっと変わった物をプレゼントした。ロシアンルーレットならぬロシアン福袋なる物を、未成年者に1人1つ手渡したのだ。
 気になる中身だが、零が掃除用具一式、みかねが料理の本20冊セット、ピューイがミニカー詰め合わせ、魅咲が何故か頭につけるうさ耳・猫耳・狐耳・犬耳・たぬき耳のセット、そしてソネ子がお菓子詰め合わせだった。ほとんどの者にとっては、いいプレゼントになったのではないだろうか。
 それから鏡開きを行い、新年会が始まった。新年会の様子をつぶさに記すことは叶わないが、皆の言葉をここでいくつか取り上げてみることにする。言葉から、様子を察してほしい。
「はい、武彦さん。飲む前に飲む!」
「……これ苦いんだよな。いい薬なんだが」
「僕お雑煮食べたいぴゅ」
「そういえば、お餅つきとかはしないんですか?」
「普通、年末のうちにつく所が多くないかしら?」
「つきたてのお餅は美味しいから、あったら持って帰ってくるのよ! ってお母さんに言われて送り出されたんですけど〜」
「うん……いい酒だ。邪気払いにはもってこいだろう」
「草間さん、カードゲームでもいかがです。ポーカーでもブラックジャックでも、何でしたらセブンブリッジでも構いませんが」
「よし、ならポーカーで勝負だ」
「……カズノコ……」
「食べてる姿も可愛いわねぇ……」
「この黒豆、ふっくらしてますね」
「ありがと、零ちゃん。じっくりじっくり準備したから。えっと……魅咲ちゃんもちゃんと食べてる?」
「はい、いただいています」
「お雑煮美味しいでぴゅ〜♪」
「おいおいおい、3連続ワンペアで1だけ数字大きくて勝ちって、そんなのありか?」
「たまたまでしょう」
「では草間さん。負けた罰ゲームとして、この3つのグラスから1つ選んで飲んでください。たった1つがテキーラですから」
「……かはっ……! つ、次はブラックジャックだ……」
「心得ました」
「お正月はお屠蘇といって、小学生でもお酒を飲んでいいと言われたぴゅが本当でぴゅ?」
「お屠蘇……縁起物だから一口なら……いいよね?」
「飲んでいいみたいでぴゅ〜」
「武彦さんは黒豆禁止」
「……食わせてくれよ」
「草間さんの分も、僕が食べるでぴゅ!」
「酒は『百薬之長』と言う……うん、旨い」
「……蟹……ミソ……」
「娘だったら、色々と着せ替えてあげられたのに……」
「あの、ごめんなさい……抱きついていられると動けません」
「ちょっと待て! 5連続ブラックジャックってどういうことだ! 俺をからかってんのか?」
「たまたまでしょう。それにカードをシャッフルしたのは、草間さんですよ?」
「はい、草間さん。この4つのグラスから1つ選んでください。たった1つだけウオッカが入っています」
「…………!! ぬぐ……くそ、カードはもういい! ダーツだ、ダーツ!」
「では準備しましょうか」
「ぴゅ……? 目がまわるぴゅ〜!」
「……子供には刺激強いみたいね。お水と……シュラインさん、毛布どこかしら」
「えっと、毛布、毛布……」
「美味しぃ……。もう一口だけ……いいよね?」
「……ワイン……」
「この焼き味噌がまた……酒に合う。炭火で焼いたか?」
「ええ。軽く焦げ目がつく程度に焼くのがコツですね。ちょうどこの辺りという所まで」
「……今の一投でちょうど0。私の勝ちですね」
「それでは草間さん、この5つの……」
「飲めばいいんだろ、飲めば!!」
「ふふっ……ころりは家事のれきる女にらるんれふ……! んふっ……」
「ね、ちょっと大丈夫? さっきから、けらけら笑ってるけど……」
「らいりょうぶれふ! いつもより多く回ってるんれふ!」
「兄様。空中で羽子板が回ってます」
「ゲホゲホゲホッ……!! のっ、喉が焼ける……!!! ええいっ、こうなったら全員かかってこい! 俺が負けたら、何でもやってやる!!」
「なら……すごろくはどうかしら?」
「ダメ。却下。今の武彦さんだと、悪い方悪い方へ転がりそう……」
「すごろくでも何でもこい! どーんとこい!!」
 ……とまあ、この後も新年会は続き、お開きになったのは何でも夜明け前だったという。えらく長く続いたものである。
 そして翌日、台所には頭に大きなこぶを作り憮然とした表情の草間が、1人で食器を洗い続けていた。足元には、割れた食器類が入った段ボール箱が置かれていた。その数、結構ある。
「何でだ……何で勝てない……?」
 ぶつぶつ文句言いながら、冷水で皿を洗う草間。眼鏡の右のレンズにはひびが入っていた。
 いったいあれから何が起こったのか。それはこの状況から推して知るべし――。

【お正月を遊ぼう 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
     / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 0249 / 志神・みかね(しがみ・みかね)
                    / 女 / 15 / 学生 】
【 0332 / 九尾・桐伯(きゅうび・とうはく)
                / 男 / 27 / バーテンダー 】
【 0389 / 真名神・慶悟(まながみ・けいご)
                   / 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0645 / 戸隠・ソネ子(とがくし・そねこ)
           / 女 / 15 / 見た目は都内の女子高生 】
【 1449 / 綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)
               / 女 / 23 / 都立図書館司書 】
【 1943 / 九耀・魅咲(くよう・みさき)
           / 女 / 12? / 小学生(ミサキ神?) 】
【 2043 / ピューイ・ディモン(ぴゅーい・でぃもん)
  / 男 / 10 / 夢の管理人・ペット・小学生(神聖都学園) 】
【 2318 / モーリス・ラジアル(もーりす・らじある)
         / 男 / 27? / ガードナー・医師・調和者 】
【 2335 / 宮小路・綾霞(みやこうじ・あやか)
   / 女 / 43 / 財閥副総帥(陰陽師一族宗家当主)/主婦 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全6場面で構成されています。今回は皆さん同一の文章となっております。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・お待たせいたしました、2月ですがお正月のお話をお届けいたします。本来は先のパソコントラブルがなければ、リアルタイムで実施していたはずなんですが、ともあれようやく高原の中でもお正月を越えたかなと思います。
・今回は高原にしては珍しく皆さん同一の文章となっているんですけれど、わいわいがやがやとしている感じを出したかったので、今回はこのようになりました。新年会の部分はその最もたるものかもしれません。ちなみに台詞だけ並んでいるのは、テンポを出すためにあえてそうさせていただきました。
・で、小ネタ色々と入れています。さて皆さん、全て分かりますか?
・シュライン・エマさん、69度目のご参加ありがとうございます。振袖はよかったと思いますよ。すっかり失念してましたから。こちらこそ今年もよろしくお願いいたします。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。