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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


お嬢さん、お着物はいかがですか?


●オープニング
「あの成人式のニュースとか、ひどかったよね。私、あんな大人になるのは嫌って思ったな☆」
 辛口な軽口を叩きつつ、瀬名 雫はいつものように、パソコンのスイッチを入れた。
 そしていつものように、いつものサイトのBBSを開く。
 ……そこに彼女は見た。

『あけましておめでとう、ゴーストネットOFFの諸君。マロン伯爵だ。
 すっかり遅ればせながら、日本色情魔連合もお仕事初めと行きたいと思い、年頭の挨拶を刻ませてもらうことにしよう』

「はっ!?」
 思わず目を疑った。
 日本色情魔連合!!
 それは、痴漢おばけ、と呼ばれる、破廉恥で卑怯で、なんでもありなえっちな幽霊さんが所属しているとかいう団体。
 以前から、ゴーストネットOFFの掲示板を気に入って、犯行予告をすることがよくあったのだが、最近はおとなしくしていたっていうのに!
 どうせなら、予告なんてしなくてもいいのに。とか、切ない気分になってしまう雫だったが、そうも言っていられない。

『実は私は、とーーーっても着物の女性が好きなのだ。イッツ、ビューティフル、ジャパニーズ・レディー・ファッション♪ベリー・ベリー・ビューティー♪
 しかし、ついうっかり、お餅を食べて、羽根突きして、お年玉の奪い合いをしていたら、成人式まで過ぎてしまったのさ……(遠い目)
 仕方がないので、着物のファッションショーに行くことにしてみたよ。
 諸君……どうぞよろしくね(はぁと)

 あ、もしきてくれなかったら、いつものように、「ゴーストネットOFF」に予告はしてたんだけどねー、ごめんねー、あっはっはー、と言い残して帰るから♪
 それじゃあ、会えるのを楽しみにしていよう。 さらば。』

「ふざけてー!もー!!」
 雫は画面に向かって怒鳴りつける。
 マロン伯爵とは、見た目は半ズボンの小学生。けれど、黒マントにシルクハット、さらに便利なステッキを身に着け、空を自在に飛び回る「ロマン」という言葉にとっても弱いおばけである。
 彼をおびきよせるならば、あからさまなえっちよりも、「チラリズム」の方が効果があるだろう。

 着物コンテストは、ゴーストネットOFFのある街から、タクシーで15分程の海に近いオフィスビルの中で行われる。お客さんも満員御礼の有名なコンテストだが、潜入する為のコネは、雫が掴んでいる。 
 つまり皆に伝えられた使命はコンテストのモデルとして会場に乗り込み、マロン伯爵の気を引き、それを退治、もしくは追っ払うことというものだ。
 
「ごめんね、みんな。……どうかマロン伯爵を着物のコンテスト会場から追い払っちゃってちょうだい。
 所詮オバケだから、殴っても蹴っても爆発させても問題はないけど、同じ会場のお客さんを巻き込まないようには気をつけてあげて。よろしくね」


●運び屋2004.01

 寒空の下。首都圏の中央部に近づけば近づくほど、混雑するハイウェイを失踪する一台のバイク。
 不満たらたらに排気ガスを垂らしながら蠢く自動車の列の間をすりぬけるようにして、その速度を上げてゆく。
 本人はいたって安全運転のつもりだが、抜群の運転テクニックは、動かない車列にイライラしているドライバー達の視線からは、「なんでぇこいつ、飛ばしやがって」と睨まれても仕方がないのかもしれない。
 しかし、致し方ないのだ。こちらにも事情というものがある。
 天音神・孝(あまねがみ・こう)はバイクのアクセルを回しつつ、腕時計を見つめる。
 約束の時間まで残り12〜3分といったところか……。
「……間に合うかな」
 せっかちな客め。
 彼は小さく舌打ちをする。
 孝は、運び屋だ。今回の依頼荷物は、小さなバスケットだった。まるでピクニックにゆくような、白く塗られた藤のカゴ。
 中身は知らない。
 この高速を次のICで降りたら、すぐ見えてくる公会堂。そこで開かれる着物の大手メーカーが協賛で開く新作の発表会。
 そこにモデルとして参加しているとあう少女に届けるという仕事なのだった。
 早いとこ着かないと、彼女は楽屋に入ってしまう。さすがに追いかけて行くわけにいかないし、依頼主にくれぐれも午後2時に彼女に渡せと念を押されているのだ。
(……それにしても変な奴だったな)
 孝は、出口に向けて左折しながら、ふと思い出した。
 詰襟のおとなしそうな少年が依頼主だった。
 あまり清潔とはいえない服を着ていて、少し火薬の匂いがしていたような気もする。
 バスケットから想像すると恋人ってところかもしれないが、着物のモデルをつとめるような少女が相手というなら、ちょっとつりあいが……。
 まあ人の恋路に突っ込みを入れる必要はない。
 インターチェンジから降りて、あとは国道をひた走る。
 街中だがハイウェイに比べれば、広い国道の方が幾分も空いている。なんとかこれなら間に合いそうだ。

 しかし。
 バイクを止め、彼がバスケットを持って、その白い大きな建物の裏側の関係者出入り口に向かい、そこの警備員に目的の少女の名前を告げて、呼び出してもらっている時だった。
 なかなか現れないのが気にかかる。
 約束の14時はもうすぐだというのに。
 イライラしてもう一度腕時計を眺める。
 やはりだ……、あと2分しかない……。
「……?」
 腕時計はデジタルで、針はついていない。しかし、一瞬、秒を刻む時計のような音がしたような気がした。
 まさか。
 孝は腕に抱いているバスケットを見下ろした。
「……これ?何が入ってるんだ?」
 孝はそっとバスケットを持ち上げ、耳元に近づけてみる。

 ……コツ、コツ、コツ、コツ、……

 明らかに一定のリズムを刻む音。
 そして、顔に近づけたときに確信した。火薬の匂い……。
「あいつ……っ!!」
 孝は叫んで、バスケットを抱えて走り出した。
 道理で重いわけだ。
 時計は14時を刻みかけている。あと10秒、9秒、8秒……。
「くっそお!!!」
 叫んで彼はそのバスケットを抱えて叫んだ。

「……ちぇんじ・ふゅーじょん☆!!!!」

●楽屋にて

「うーん、と。こんな感じかな……。よく似合うわよ、みあおちゃん」
 綺麗なお姉さんが、紅に金の刺繍をつけた綺麗な着物を着付けさせてくれた。
 海原・みあお(うなばら・−)は、大きな銀色の瞳を細めて可愛らしく微笑みを作ると、ぺこりと頭を下げた。
「シュラインおねえちゃん、ありがとう」
「どういたしまして、それじゃあね」
 どちらかというと、モデルというよりは裏方の仕事の方が楽しいようで、シュライン・エマ(−・−)という人は自分も見事な藤色の着物を着こなしながら、着付けに困っているような少女達の面倒を見ていた。
 くっきりとした目鼻立ちが印象的な知的な美女である。着物姿も、それに合わせてアップした髪形も美しく整っている。
 また他の子の帯をまくのを手伝い出した彼女を見送り、みあおは改めてその楽屋を見渡した。
 辺りは、着物のモデルの少女達で溢れている。大部屋一つに詰め込まれたのは30人くらいだろうか。
 主催をしている着物雑誌系列のティーンズ誌にも掲載されたモデル募集の記事に集まった子ばかりで、皆とても綺麗な子ばかりだけど、あまり着物なれしている感じは誰もない。
 中にはカラフルすぎるマニキュアをつけていて、受付で怒られ、仕方なく除光液を使っている女子中学生っぽい一団もいる。
 年齢もさまざま、他の部屋には中年以上のご婦人方もいるらしいと聞くし、この部屋の最年長はさっきのシュライン・エマかもしれないが、別に彼女だけ飛びぬけているわけでもなさそうだ。
「……綺麗なおねえちゃんがいっぱいだ」
 みあおはお人形さんのようになれぬ着物を揺らしててくてく歩くと、自分の荷物からデジタルカメラを取り出した。
 みあおは気にいったおねえちゃんたちの写真をぱしゃぱしゃと撮りはじめた。
「こらこら、だめよ」
「あっ」
 取り上げたのは、ゴージャスな雰囲気の青い着物をまとったウィン・ルクセンブルク(−・−)だった。
 美しいブロンドの長い髪を今日は、黒く染め結い上げてあるのだけれど、その端正な面立ちや美しいブルーの瞳が彼女であることを主張している。
「だめなの?」
「……着替えてるところはとっちゃだめよ?」
 先生口調で言って、ウィンはみあおのかんざしを少し直してくれた。
「そっかぁ……」
 みあおは残念そうに頷くと、鞄にカメラを直した。
 その時、楽屋の外の廊下がにわかに騒がしくなった。と同時に、わっと叫び声を張り上げて、楽屋の扉が開いて、緑色の髪の少女が入ってくる。
「俺、まだやるって言ってないだろう!?」
 とても可愛らしい少女なのに、口はかなり悪いらしい。
「君のお友達が来なくて困っているんです、どうか助けてください」
 着物コンテストのモデルがひとりドタキャンしているって話を、そういえばさっき誰かが話していた。
 みあおはウィンと見つめあって思った。
 その子は、普段からストーカーに狙われていて、この会場に来ると殺されるかもしれない!なんて電話をかけてきたのだそうだ。
 ……コンテストの担当者としては、見も知らずの少女の話な訳で。それが本当か嘘かなんて詮索よりも先に、「ひとり足りないぞ、どーしようー」な境地に陥るわけで。
 そこに彼女宛の荷物を届けに来た美少女。
 願ってもない代役を見つけたってことで無理やりつれてこられたらしく。
「……まーったく、……なんなんだ」
 緑色の髪の少女は頭をかきながら、床に座り込み、ため息をついた。
「あの、貴方、美咲さんの代理の方よね。これが……あなた用の着物だから」
 シュラインが声をかける。
「……え、あっ」
 はっと気付く、……少女。実は彼女、本物の少女ではない。変身して魔法少女と化した孝だったりするのだが、それは皆預かり知らぬところ。
 孝本人も辺りを見回すと、あられもない姿の(いや、下着とかつけてるけど、襦袢とか)少女の混雑地帯。
 一瞬気が遠くなったり、鼻の血管に熱い衝撃を感じたりはしたのだが、なんとか取り戻し。
「……こんにちわー、みあおだよ」
 どうみても七五三みたいな少女が挨拶に来て、微笑んだ。
「孝さん?」
 みあおの後ろから、形よい眉根を寄せ、ウィンが苦笑する。
「ウィンか……」
 バツの悪そうな顔をして、孝は彼女を見上げた。さらに知った顔は他にもいる。
「……シュラインも……」
「ここは女性の楽屋よ?さ、壁向いて、これに着替えてね」
 すっかりスタッフのような働きぶりを見せる彼女は、短く釘を刺すと、孝に鮮やかな黄色の小花の着物を渡すと、また忙しそうに楽屋の隅に離れていった。
「で、仕事なわけ?」
 眉を引きつらせつつ、ウィンに手伝ってもらって着付けながら、孝は呟く。
 その足元ではみあおがまたカメラを取り出して、あちこちをとっていた。もうさすがに出番が近い。まだ下着姿でいるような子はほとんどいないけれど。
「……仕事よ。日本色情魔連合に所属している……マロン伯爵っていうのが、この会場で騒ぎを起こすって脅迫状を送ってきたそうなの」
「ほう……」
 帯の苦しさにちょっと、けほけほしながら頷く孝。
「バイト料、今からでも出るかな……?」
「……ゴーストネットの雫さんからの依頼です」
「……」
 愚問だったとため息をつく孝であった。
「ねぇ……」
 そのウィンの袖を引くみあお。
「うん、何かしら?」
 振り返るウィンに、みあおは壁際にいる二人の美女を指差した。
「なんだか、あのお姉さん達、綺麗だけど変な感じ……?」
「?」
 言われた方向をウィンは振り返る。
 するとみあおの指先が向けられた方向には、二人の黒の紬と、藍染めの着物を着た二人組の美女が立っていた。
 目鼻立ちの整った、背が高く、小顔で、見るからにモデル然としている二人だが、違和感を感じるのは、二人は全くの無表情だったからだ。
「……何かしら……」
 首を傾げる三人。
 今回の敵は幽霊である。
 しかも話によると、日本色情魔連合には女性会員もいるという話。なんだかひどく妖しいような……。
 三人がボソボソ話していると、そこにシュラインが再び現れた。
「あの二人は……大丈夫よ」
 シュラインはウインクを決めて微笑む。
「真名神さんの式神の二人だから」
「式神?」
 孝が感心したように頷きながら問い返した。
 真名神・慶吾(まながみ・けいご)。陰陽師の彼は会場のいたるところに見張りとして式神を差し向け、またわかりやすい標的として女性形をしている二つを人間大に具現化させて、コンテストに出場させようという作戦をとったのだ。
「つまり……真名神さんの部下みたいなものなのね」
 ウィンは正しい表現か悩みながら、シュラインに尋ねると、彼女は頷いた。
 みあおがぽつりと呟く。
「ってことは、真名神さんにも式神さんが見えているものが見えているのかな?」
「……えっ」
 ウィンとシュラインの声が混ざる。
 さっきまで、ここは下着だったり襦袢だったりする女性達の花園だったわけで。
「……慶吾さん、まさか……」
 ぐっ。と拳を握り締めるシュライン。
 その遠い遠い先。コンテスト会場を見回りしていた慶吾が大きなくしゃみをしたのは、間違いない事実であった。


●会場〜騒ぎの前

 その客のいない会場にはもう一人、先客がいた。
 車と蓑笠の豪華な銀糸の刺繍をほどこされた美しい振袖を纏う金髪碧眼の少女……。ファルナ・新宮(−・しんぐう)である。
 大富豪のお嬢様である彼女はその優雅な着物姿で、少し高さのある下駄を履きながら、会場の一角に佇み、祈るように思いを募らせていた。
 彼女は会場の客席の踊り場の辺りに立ち、ステージを見つめながら、こらえきれない涙を耐えていた。
(……裕介さん……っ!)
 それはとある一人の幽霊の名前だった。
 彼女が思いを寄せる大切な人。
 しかし、……もうけして逢えない空の彼方に彼は去ってしまった。
 でも。
 きっとまた会える。
 彼女はそう確信してならないのだった。そしてそうでも思わなければ、彼女の心は悲しみで閉ざされ、冷たい嵐が吹き起こるのだ。
「……裕介さん……」
 水晶のような涙が、床をうったその時だった。

 くしゃん。

 はっとして振り返ると、会場の扉の横に真名神・慶吾が立っていた。
「……びっくりしました……」
「よお」
 慶吾は色の抜いた髪を自分でくしゃりとして、まだ頬に涙の後を残すファルナに苦笑を見せた。
 凄腕の陰陽師も平成の世にあっては、街角の不良青年の様な姿をしているらしい。派手な色のシャツの胸元は開き、その上に少し皺の入ったスーツを着込んでいた。指にはタバコが持たれ、紫色の煙が辺りに漂っている。
 彼は今まで会場を歩き回りつつ、彼は十二神将と呼ばれる強力な式神たちを会場内にばらまき、その思念を読み取りながら、会場全体を見張っていたのだ。
 しばらく無言で彼女を見つめてから、慶吾は小さく肩を持ち上げてみせた。
「……また会えるさ、きっと」
「ありがとうございます」
 ファルナは小さく微笑んだ。
 慶吾は頷いてから、思い出したように告げた。
「……楽屋で、シュラインたちがお前がいないと騒いでいたようだ。戻ったほうがいいかもな……そろそろ始まるようだ」
「はい、そうしますっ」
 ファルナはにっこりと微笑んで、下駄の音を響かせながら楽屋の方に向かってかけていった。
 それから突然振り返り、慶吾に首を傾げた。
「……慶吾さん、どうして楽屋のお話をご存知なのですか?」
「……!」
 慶吾の表情が強張る。刹那、くわえ煙草の煙をいきなり肺に吸い込んで、むせはじめる慶吾。
 ……見るからに妖しい。
「あ、あのっ。私、……誰にも言いませんからっ!」
 何かを悟ったのだろうか、ファルナは頬を染めつつ叫び、駆け出した。……三歩目でこけた。
「きゃぁっ」
 少し裾を崩しながら赤面し、慌てても戻っていくファルナ。その背中を見つめながら、慶吾はもう一度、小さく苦笑した。

●マロン登場

「さて……随分待たせてくれるじゃないか。この話の主人公はボクじゃないのかね、猫よ」
 ……主人公ではないハズ。うん。
 ステッキをくるくると回しながら、日本色情魔連合会刺客その1、マロン伯爵は可愛らしい大きな目で会場上空を見渡していた。
 小学生にしか見えない外見にシルクハットを被り、黒いマントと蝶ネクタイ。半ズボンを着用したなかなか見目良い少年である。
「当たり前だ……そこらの色情霊と同じくされては困るな……なにしろボクは伯爵なのだから」
 ぶつぶつと独り言を言いながら、マロン伯爵は空の上で着物ショー&コンテスト開催の音色を聞いた。
「始まったか!いざ行かん!乙女達の和のろまんへ向かうのだーーー!!」
 お空の上から、彼は一気に舞い降りていく。

 そして。
「……来たなっ」
 会場の入り口で入場する客を、くわえ煙草で見張っていた慶吾が、眉ねを僅かに寄せた。
 ……簡単に侵入を気付かれてしまうマロンである。
 しかし。
 慶吾はマロンを効果的な罠にかけるために彼の場所を確実に把握しておこうと、慶吾はもう一度瞼を閉じた。

 会場内ではコンテストが開催されていた。
 普通の着物ショーなどであれば、同じモデルが何度か衣装を変えることがあるのだが、ここは一般公募のモデルたち。一人一着と定まっているのはほっとするところ。
 その代わり人数が多すぎて、シュラインやウィンは裏方まで命じられてしまって、ちょっと凹んでしまった。
「では……私行きますね」
 ファルナがシュラインに挨拶をして、ゆっくりと舞台へと歩き出していった。
「気をつけて、ファルナさん」
 シュラインが声をかけると、ファルナは少しおとなしく、こくり、と縦に頷いた。
「……元気ないわよ、もっと笑わなきゃ」
 ウィンが去っていく背中に呼びかける。
 ファルナはもう一度顔を上げて、ステージに進みながら、小さく手を振った。

 光に包まれるステージ。
 コンテストの審査員であり、観客達も一つ一つの着物をとても楽しそうに見つめて、手元のメモに何か書き込んだりしている。
 そこに現れる前提的だったり、古典的だったり、カラフルだったりする着物を着込んだうら若き女性達。
 その会場の天井近くにぷかぷか浮きながら、マロンはステッキを上機嫌にぶんぶん回す。
「甘いな、甘いな、審査員共。見る場所を間違えているよ。着物の柄? 雰囲気? 明るさ?そんなものはメではないのだよ。モデルの美?それは多少は影響しよう……だがしかし!」
 彼は拳をぎゅっと握る。
「着物の美しさとは、襟元からそっと見える鎖骨の美しさ、うなじから肩筋にかけてのライン、着物の裾から時折そっと覗く白いナマアシ。
 これを除いて他に何が残ると言うのだ!」
 誰に話しかけているのかは定かではないものの、マロンはそう叫ぶと、ふわりとステージに向かって飛び降りていった。
 ちょうどファルナが会場の端から歩き出してくるのが見える。
 マロンの目的は正確に言うとそこではなかったが、ステッキは彼女の方角に向けて振られた。
「さあ!!春待ち宵風!! ろまんの風を吹かせるのだ〜♪」

 びゅう♪

 ほんのり桃色な風が、ステージの上を通りすぎた。
 刹那響き渡る、女性達の悲鳴。
 ファルナもまた例外ではなく。
 和服の少ない裾の中に一気に風が入り込み、着物の裾が大きく膨らみ、合わせ目から持ち上がっていく。
「えっ!」
 慌てて両手で裾を押さえる。
 でも、代わりにおしりの方が、ぶわっ!とめくりあがった。
「きゃぁぁぁぁっ!!!」
 だって。着物だって。下着とか、ほらっ、特別だし。
 ステージ上のモデル全員が悲鳴を上げてその場に座り込んでいた。
 観客達は、女の子びっくり、男の子達騒ぎたて、おじさんたちはなんかニヤニヤ。
 真っ赤な顔で硬直しているファルナに、ウィンとシュラインが駆け寄った。
「ほう……動きが止まったか」
 ちょっと満足げなマロン。
 しかし、その耳元で、慶吾の声が響いた。
「『貴様、また破廉恥なことを』」
「ん?」
 振り返るマロン。空の上にいると思って安心していた。
 そこには冷たい顔をした式神(男性)達。
「昨年は何か物足りないと思っていた……また会えて嬉しいぞ、マロン」
 式神はニヤリと笑いながら告げた。
 ステッキを構え、逃げの構えを見せながら叫ぶマロン。
「お、お、お、おまえ、前にあったな!!」
「今頃気付いたか! それでは早速!『禁……』」
「させるかぁぁぁっ!!」
 マロンはステッキで思いっきり式神を叩いた。そしてきびすを返すとステージの方へと猛スピードで降りていく。

「大丈夫?ファルナさん」
 シュラインの優しい声に、ファルナは強く頷いた。
 大丈夫というよりはちょっと恥ずかしい……。
「あのっ」
 ファルナはウィンとシュラインを見上げる。
「マロン伯爵はどこです!?」
「え?」
 言われて、頭上を見上げるウィンとシュライン。そこには、ちょうど降りてきたマロンがいた。
「ふははは、ボクを呼んだかい?ブロンドのおねえさん♪その足元……ちょっとろまん……」
 胸を押さえつつマロン伯爵は目を細める。
 刹那。
 ファルナは立ち上がり、マロンの足を掴んで引っ張った。
「なんでもいいんです!!お願いです! どうかあの方の……裕介さんの事を、教えて下さいっ!!」
「……またか……」
 マロンは頭をかいて、ファルナの肩にぽんぽん、と両腕で叩いた。
「いいかい、ファルナ嬢。裕介は……あの下っ端ちかんオバケは、あのきよらかな東の空の星になったんだよ」
「星に!?星に行けば会えるんですか!?」
「いや、そういうわけではなく……って、うおおおおっ!!」
 背後から慶吾の式神達が符を持ち襲いかかってくる。マロンは暴れてファルナの腕を振り解くと、空に舞い上がった。
「ああっ!!」
 追いすがるファルナ。シュラインはそのファルナの腕をとった。
「こっちにいらっしゃい!作戦があるわ」
「は、はいっ」
 ステージから降りてゆく二人を見送り、ウィンは腕を組んで、上空で繰り広げられる式神とマロンの追いかけっこを楽しそうに見つめた。
「ウィン〜、どうなってるの?」
「……俺たち、出ていいのか?」
 魔法少女とみあおが袖から顔を出す。
「ええ、もちろん」
 ウィンはにっこり微笑んだ。
「待てぇぇぇぇぇぇっ!!!」
 追う式神。追われる幽霊。
 その追跡と逃亡は、ステージの天井を12周回したところで一端終了した。
 他の場所からも合流した式神がマロンを取り囲み、三人そろえて、雷をうったのだ。

「ぎゃーーーーっ!!!」
 
 天井から墜落してステージにべちょりと落ちてくるマロン。
 外から駆け込んできた慶吾が、ステージに訪れる前に、みあおにつんつんされてみたり。
「……やぁ……あなたはミス・みあお」
 ぷすぷす黒い煙を吐きながらマロンが微笑んだ。
「久しぶりだねぇ……」
 七五三だかあんみつ姫(古いな……)だかの可愛らしい振袖姿のみあおにマロンはそっと、震える手を伸ばし、ぽつりと告げた……。
「ああ……ミス・みあお。あなたは存在だけで私のろまんですよ……」
「ねぇ、一つ聞いてみたいのだけどいいかしら?」
 みあおの横からウィンが尋ねた。
「……なんだ?」
「どうして、マロンちゃんはそんなに可愛いのに、日本色情魔連合なんて入っているのかしら?」
「……」
 マロンはちょっと醒めた視線になった。
「……深い事情があるといったら信じるか?」
「どんなこと?」
 ウィンが問い返したときだった。建物の外から走ってきた真名神が、会場の外の扉を大きく開いた。
「む……」
 起き上がるマロン。危機を察知したらしい。
「マロンちゃん、教えてくれないの?」
 ウィンが尋ねると、マロンはかぶりをブンブンを振るった。まるで子供みたいに。
 そしてふわりと浮かび上がると、大きな声で笑い出した。
「ふはははははは!! それは秘密ってものなのだよ!!どうだ、ろまんを感じたかい?」
「……むう」
 黙るウィン。
 仕返しにこそっと着物の裾をめくってみたりして。
 着物の裾から少しだけ見えるその脚線美。しかも彼女今はメイクして日本人になりすましているが、実際はドイツ人である。その見目良く形よい足のライ誅ンが、マロンの胸をつきぬけた。
 そのうえ、ロマンに感じ入り動けなくなったそこへ、慶吾の『誅雷』がまっすぐに決まった。
 黒の燃えカスとなり、さらにぷすぷすいってみるマロン。
「……マロン伯爵と一緒に記念撮影がしたいなぁ♪」
 いきなり提案するみあお。
 その手には早速デジタルカメラ……。
「ミス・みあお……。私はカメラには多分映らない……」
 だらだらと汗を流す黒炭。
「じゃあみんなで後ろに並べばいいんじゃないか?」
 余計なことを口にする魔法少女。
 ウィンと魔法少女とみあおが、消し炭と化したマロンの前でかわいくポーズを決める。 
 みあおの持っているカメラは霊羽付与済みだから一人で空を飛んで、4人の前に一緒に並んだ。
 
「くぅ!!カメラは苦手だーーー!!」
 立ち上がり脱兎の思いで逃げ出すまろん。追う慶吾。プラス式神12神将。
 彼はステージの袖から楽屋裏の廊下をひた飛んだ。
「お、おまえら〜!!!しつこいぞ〜!!」
「どっちがだ!とっとと成仏しろっ!希望とあれば浄化するが……」
 話しあいながら駆ける二人。
 その後ろには、みあおとウィンと孝の姿も見える。
 やがて、廊下の先には二人の女性の後姿も見えてくる。
 ひとりは長いふんわりとした金髪の少女ファルナだ。もう一人はきっとシュラインだろう。
「えーい!!構ってなんかあげないぞーーー!!!私は急いでるんだからなぁ……!」
 叫んでその横を彼が駆け抜けようとしたその瞬間……。

「ふう……っ」
 
 うなじのおくれ毛のあたりをかきわけ、シュラインがそっと振り返り視線でマロンを見つめた。
「……くっ……くっ……くうぅぅぅぅぅううううううっ」
 べた。
 勝手にひとりで床に転がり、じたばたともがくマロン。
「ろ……ろまんだ……」
 シュラインの攻撃はかなり効いたらしい。
「あの……マロン伯爵……裕介さんのことを……」
「あう……裕介なら、まだ天国と煩悩の間で戦っている……戻ったりいったり、ウロウロしているさ……」
 ぐったりしながら、マロンはファルナに笑いかけた。

●魔法少女にご用心☆
 しかし。
 追っ手の足跡はすぐそばまで近づいていた。
「に、逃げねばっ!!」
 肩で息をつきながら、マロンは再び宙に浮かび上がる。
「そ、そういえば、今回ステッキあんまり使ってないじゃないかっ!私としたことが!!」
 思い出したようにブンブンと彼はステッキを振り回した。
 何故だか桜吹雪が発生し、後続の人々の目つぶしをする。
「させないぜー!!!」
 叫んだのは魔法少女・ふゅーじょん、こと、孝だ。
 花吹雪と合体し、桜の精バージョン着物風な衣装に変身だ。
「な!なに!それは反則だ!」
 鼻を押さえながら立ち止まるマロン。
「着物って走りづらいんだよなっ。何度転んだことか……」
 膝を撫でながら孝は呟き、にやりと笑う。
「そ、それは……わ、私に対する挑戦だなっ!!」
 マロンはうろたえながら叫び、もう一度大きくステッキを振るった。
「桜吹雪どりーむどりーまーどりーみんぐーーー!!!」
 狭い廊下に一気にあふれる花吹雪。その大きな渦は、着物を着ている女性陣全員……(スーツ着ている慶吾さんめくっても楽しくあるまい!!ただし式神は含むのだ!)の裾を太股の辺りまでめくりあげた。
 桃色の世界が広がる……。
 そう。これがロマン……。
 マロン伯爵が至上の幸福を得たその瞬間だった。
 マロンの背中を……たぶんシュラインが突き飛ばしたのだ。
 思わずよろけて前につんのめるマロン。
「うお!」
 孝がその下敷きに偶然(なんとなく作為的な雰囲気はあったけれど)挟まれ、ふたりは一緒に地面に転ぶ。
 
 思わずよろけて、なんとなく倒れこんじゃって、相手の胸に自分の手があたったりして……。
 これも、ろまん……。

 しかし。
 マロン伯爵の想像は裏切られることになった。
 触れたものは無精ひげであり。
 下敷きにしたのは、見た事もない青年で。ゴツゴツして。

「……ぎゃああああああああぁぁぁぁぁあああああっ!!!!」
 驚きのあまりのたうちまわるマロン伯爵。
 みあおがにっこりわらって、そんなマロン伯爵を、パシャっ☆と激写する。
「……」
 そのフラッシュにマロンはようやく正気に返ったが、なぜか大きな瞳にたっぷりの涙をたたえて、「ボク帰るっ」と、天井をつるりと抜けて空の彼方に去っていったという。

 微妙に未消化な気分を残し、舞台裏の廊下で立ち尽くす6人に、最後に与えられた仕事は、会場の客への説明と、廊下の花吹雪のお掃除だったそうだ。

 終わり。
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
0158/ファルナ・新宮/女性/16歳/ゴーレムテイマー
0389/真名神・慶吾/男性/20歳/陰陽師
1415/海原・みあお/女性/13歳/小学生
1588/ウィン・ルクセンブルク/25歳/万年大学生
1990/天音神 孝/男性/367歳/フリーの運び屋

『ライターより』

 大変納品が遅くなり申し訳ありません。
 皆様のプレイングはそれぞれとても上手くて楽しくて、本当に嬉しかったです。
 また機会があればどうぞよろしくお願いします。

 ご参加本当にありがとうございました。