|
新春初泳ぎ☆
●オープニング【0】
『みんなっ、明けましておめでとうっ☆
あのね、明日2日に泳ぎに行かないっ?』
ゴーストネットの掲示板に瀬名雫によるそんな書き込みがなされたのは、年が明けて間もなくのことだった。
泳ぎに行くといっても、もちろん寒中水泳をしに行く訳ではない。プールへ行くのだ、屋内の温水プールに。その名を『あきゅあ』といった。
『年末の福引きで、無料招待券が1冊当たったからみんなで行こっ♪
1人だとなかなか使い切れないし、退屈だもんねっ☆』
雫の言葉ももっともで、1人でそんな所に行ってもただ黙々と泳ぐしかない訳で。だったら、皆でわいわいと楽しむ方が有意義であろう。
『あきゅあ』には普通の25メートルプールは当然のこと、流れるプールにウォータースライダー、ダイビング用プール、シンクロ用プール、波の出るプール、ジャグジー……などと、多種多様なプールが設置されていた。
また、正月ということもあって、何らかの新春イベントが行われていたりもするようだ。ただ……時期的に、間違いなく混み合っていると思われる。
正月太りも気になるし、ちょっと足を運んでみませんか?
●で、誰なの?【1A】
正月2日――都内某所・全天候型大規模温水プール施設『あきゅあ』。雫の突然の誘いに乗ったのは、全部で9人であった。すなわち、雫を入れてちょうど10人というそこそこ大所帯だ。
「……てっきり家族連れ向けのだとばかり思ってたんだけど」
正面玄関前に立て掛けられていた看板をしげしげと見つめ、シュライン・エマがつぶやいた。
「これ、家族連れ向けのイベントじゃないわよね?」
看板を指差し、皆に同意を求めるシュライン。そこにはこう書かれていた。『新春アイドルショー☆あの人気アイドルがやって来た!』と。
「うーん、でもアイドルって誰かなぁ?」
首を傾げる雫。そう、肝心の名前がどこにも出ていないのである。
「名前もよく知らないような、B・C級アイドルじゃないかしら。名前を出してないってことは」
綾和泉汐耶が口を挟む。確かにそれでもアイドルはアイドルだ。だいたい有名所のアイドルは、元日はともかく2日ともなるとさすがに休みに入っていることが多いだろうし。
「ううん、その裏をかいて超A級アイドルなのかも?」
そう言ってぐいと割り込んできたのは、女子高生・銀野らせんだった。まあ、そういう考えも出来ないことはない。
「名前を出すと、人が殺到しちゃうから?」
「その通りっ」
らせんはびしっと雫を指差して答えた。もっともらしい意見ではある。
「どなたが来られるにしても、さすがに今日は混雑してそうですね」
心配そうにつぶやく天薙撫子。一同が看板の前でああだこうだと言っている間にも、少なくない客が中へと入っていっていた。
「そうだよね。ちゃんと泳げるかなあ?」
うんうんと頷く雫。下手すれば、じゃがいもを洗うような状態にもなりかねない訳で。
「泳ぎたいなあ……年末からちょっと食べ過ぎちゃったし」
ぼそっとそうつぶやいたのは、お腹の辺りをそっと押さえていた志神みかねだった。その言葉に女性陣の幾人かはぴくっと反応していた。『正月太り』――何とも恐ろしい言葉である。
「冬場は動きが鈍くなって、家にこもりがちになってしまうから、運動は確かによいわよね……。私も……少し太ってしまった気がするから……」
多くの女性陣の気持ちを代表した言葉を、巳主神冴那が口にした。が、しかし、見た目では分からない。それ以前に、コートやらマフラーやら何やらで、もこもこと着膨れしていてまるで分かりませんが、冴那さん。
「確かに……正月で身体も鈍ったな。知人と高飛びもしたが、泳がずに遊び呆けていたからな」
苦笑しながら言う真名神慶悟。それに対し、ファルナ・新宮がにこやかにこう言った。
「高飛びですか〜。銀行強盗ですか〜? それとも『ヤ』のつく職業の方に追われたとか〜?」
「……マスター、違います」
すかさずメイドのファルファから突っ込みが入った。何でそういう方向に話が行くのか。
「何にしろ、昨日の羽根つき程度では……な。やはり全身運動がよさそうだ」
気を取り直し慶悟が言った。そしてようやく、一同は『あきゅあ』の中へ入っていったのだった。
●フロアガイド【2】
「あれっ?」
ワンピースに着替え、水泳帽を手に皆より一足早くプールのフロアに出てきたみかねは、そこで見知った女性を見付けて目を丸くしていた。
「みかねちゃん、今来たの?」
相手の女性――色合いも地味めなワンピースに身を包んだ美貴神マリヱは、みかねに近付きながら、意外そうに尋ねた。
「あ、はい。今ですけど……マリヱさん、いつ追い越したんですかっ?」
軽い混乱状態のみかね。『あきゅあ』に行くかもしれないとは聞いていたが、まさか先に来ているとは思わなかったようだ。
「そうなんだ……どうりでさっきから探してても、見付からなかったのねぇ」
しみじみとつぶやくマリヱ。と、みかねがふと思い出したように言った。
「そうだっ。あの、人気アイドルって……マリヱさんのことじゃありませんよね?」
「何それ?」
マリヱがきょとんとしてみかねの顔を見た。……どうも違うようである。
「そういえば、さっきテレビ局のクルーらしき人たちを何組か見たけど……それ?」
奥の方を指差し、マリヱが言った。ちなみにモデルであるマリヱ、カメラマンを見付けたら静かに回れ右をしていたそうだ。
「わぁ〜っ、すっごく大きいねぇ〜っ☆」
2人がそんな立ち話をしていると、後ろの方から雫の感嘆の声が聞こえてきていた。他の皆も出てきたようだ。
「ここの特徴は、内外二重になったストリームプールだって☆」
胸空きのないタイプのワンピースに身を包んだ雫に、嬉々としてそう教えるらせん。ちなみにらせんの水着は、シルバーの帯状ブラタイプのツーピースである。
さて、ここで『あきゅあ』のプールの説明をしておこう。
まずメインとなるのは、今らせんが言ったように内外二重になったストリームプール、いわゆる流れるプールだ。内側と外側で、流れる方向が違う。
内側と外側の間のスペースには、ジャグジーや子供用の浅いプール、休憩スペースなどが配置されている。そして中央部には立派なメインステージと、メインステージ側の面が強化ガラスとなっていて中の様子を見ることが出来る若干深めのプールが設置されていた。
それから更衣室側を除く3方向に、競泳用とも言うべき25メートルプール、波が出るウェイブプール、ダイビング用プールとシンクロ用プールがそれぞれ配置されていた。
ちなみにウォータースライダーは、ダイビング用プールとシンクロ用プールがある場所と同じである。また、初級・中級・上級と3つあるコースのいずれも、一部が外へ飛び出すような作りになっていた。
あと、隙間を埋めるような形で休憩用や飲食用スペースなどがあり、さらには乾式サウナとミストサウナの両方まであったりする。なお、屋外プールはない。
まさに至れり尽せりの環境で、1日居ればかなり遊ぶことが出来るだろう。
「本当に色々ありますね〜」
ほえほえとした調子で、ぐるりとフロアを見回すファルナ。ファルナが身につけていたのはパレオ付きのピンクのビキニで、ファルファはV字カットの青の水着に身を包んでいた。
「では、さっそく泳ぎましょ〜」
ファルナはとことこと外側のストリームプールへ歩いてゆき、階段を降りてプールへと入ったのだが――。
「あぁ〜」
泳ぐ間もなく、プールの流れに飲み込まれていったのだった。当然ファルファが慌てて追いかけたことは、言うまでもない。
「……何やってるのかしら」
流されてゆくファルナに、呆れたような視線を向けるシュライン。長い髪はきっちり結い上げ留めており、ホルターネックの白いワンピースに身を包んでいた。
「思ったほど、酷い混雑じゃないみたい」
ぐるっとフロアを見回し、深い緑のビキニにパレオ姿の汐耶がつぶやいた。さすがにプールということで、眼鏡は外していた。
『あきゅあ』内はそれなりに混雑はしていたが、じゃがいもを洗うような状態ということはなかった。一応は泳ぐことが出来るかな、という感じである。
「ねえねえ、泳ぎに行こうっ☆」
雫が後ろの方で若干恥ずかしそうにしていた撫子の手を、ぐいと引っ張った。
「あ……そうですね」
少し顔が赤く火照り気味の撫子は、シンプルで清楚な色使いのワンピースに身を包んでいた。肌の露出も少なめなタイプである。とはいえ普段は純和風な大和撫子、水着姿は慣れていないせいもあって気恥ずかしさもあるのだろう。
「……やれやれ。煙草1本吸ってちょうどいいくらいか」
男子更衣室へ繋がる方から、ふらりと慶悟が出てきた。女性陣が出てくるのを待つため、煙草で時間調節をしていたようである。そして、何気なく人数を数えてみる。
「うん? 人数が足らないな」
「1人流されて、1人それを追いかけてるけど」
外側のストリームプールを指差し、汐耶が慶悟に言った。
「それでも1人足らないんだが」
「え?」
はて、まだ着替え終わってない者が居るのだろうか?
「……ねえ、あそこ」
何か見付けたのか、シュラインが内側にあったジャグジーの1つを指差した。そこには長い髪をまとめ錦蛇の模様柄の水着に身を包んだ冴那が、悠々とジャグジーに入っていたのだった。
「……生き返る温かさね……」
冴那はしみじみとそうつぶやいた。
●勧誘【3】
「ねえ、そこのあなたちょっといい?」
ウォータースライダーでも楽しんでみようかと雫たち数人が移動をしていた時、とある女性が声をかけてきた。半袖短パンと薄着ではあるが、水着姿ではない。ここのスタッフなのだろうか?
「はい?」
「あなた、テレビに出てみたくない? ちょっと手伝ってほしいんだけど」
立ち止まった雫に、にっこりと話しかける女性。何とも怪しい台詞である。しかし雫はというと――。
「えっ、テレビに出れるのっ?」
目をきらきらと輝かせる始末で、即座に承諾してしまった。
「じゃ、あなたと……あなたも一緒に来て」
そう言って、撫子とみかねを手招きする女性。訝しみながらも、とりあえず承諾する2人。
他の者をその場へ残し、3人が女性に連れてゆかれたのは、ウェイブプールであった。だが妙なことに、プールの一角がスタッフらしき青年たちによって仕切られているのである。当然そこでは誰も泳いでいない。
「あの……ここで何をするんですか?」
おずおずと女性に尋ねるみかね。
「大丈夫大丈夫、変なことじゃないから。ちょっと遊んでもらうだけ」
その時、客の間からちょっとした歓声が起こった。
「おい、あれ」
「うわ、本物!?」
「アイドル来るってあれのことかよ! すっげーっ!!」
やってきたのはビキニにパレオをつけた人気アイドル歌手、イヴ・ソマリアだった。
「あっ」
「あら?」
雫が驚くのと同時に、イヴも反応した。
「雫さんたちも来てたのね」
「うん。来たら、この人に捕まって……」
と、女性を指差す雫。イヴによると、その女性はマネージャーなのだそうだ。いやはや、何たる偶然。
「ちょうどいいわ。イベント参加してかない?」
「イベントって……歌うの?」
とんちんかんな答えを返す雫。イヴが笑って首を横に振った。
「歌の前に、クイズ&ゲーム大会があるの。豪華な商品つきよ」
「うん、出るっ☆」
即答かい。
「後で皆に教えてあげよっ!」
何か、俄然やる気になった気がする雫。そこへマネージャーが口を挟んだ。
「はいはい、そろそろ撮影入るわよ」
そしてどこかのテレビ局のクルーを手招きした。知り合いなのだろうか、態度がやや親し気である。
「それで、具体的にはわたくしたちは何をするのでしょうか?」
それまで黙っていた撫子がマネージャーに尋ねた。
「簡単よ。イヴちゃんとここで一緒に泳いだり、水をかけ合ったりしてほしいの。あ、水をかけるのは程々にね。そうすれば『遊びに来てた女の子たちと触れ合うイヴちゃんの図』が出来上がる、と」
「……それはやらせと言うのでは……」
少し思案してから撫子が言った。するとマネージャーは撫子の肩にがしっと手を置き、にっこり微笑んでこう答えたのである。
「演出よ。え・ん・しゅ・つ」
ああ、芸能界って……。
「分かる? 普通に泳がせて、イヴちゃんに危険があっちゃいけないでしょ? あなた、イヴちゃんを危険なファンに怪我させたい?」
「はあ……」
分かったような分からないような返事を返す撫子。
かくして、『演出』という名の下に4人が水しぶきを上げて戯れ遊ぶシーンが20分ほど撮影されたのであった。
ちなみにその間の出来事だが。
「あぁ〜」
「マスター!」
ウェイブプールの奥の方からバシャバシャという音と、先程どこかで流されていた誰かさんの聞き覚えのある声が聞こえてきていたのは極めて余談である。
●滑る、泳ぐ、溺れる、やられる【4】
さて、撮影が行われている最中。
「とりあえず滑っちゃいましょ」
シュラインの言葉で、残された者たちは予定通りウォータースライダーに向かった。シュラインと汐耶とマリヱの3人である。
「…………」
「何か?」
移動中ふと視線を感じ、マリヱが汐耶に話しかけた。何となく胸元辺りに視線を感じていたのである。
「いえ、別に」
汐耶はそう答えた後、自らの胸元に視線を向けた。ちなみに見た感じ汐耶のサイズは……おっと、じろりと睨まれたので止めておこう。
ウォータースライダーは前述の通り、初級・中級・上級とコースが3つある。さあ、どのコースを選んだものか。
「んー……全部?」
何気なくつぶやくシュライン。
「それ、面白そう!」
「どこがどう違うのか、体験してみるのも……たまにはいいかも」
マリヱと汐耶もそれなりに好反応を返す。こうして3人は、ウォータースライダーの制覇を試みるのであった。
一方、撮影組でもウォータースライダー組でもない者たちはというと――。
「泳がないんですか?」
冴那の居るジャグジーに、ぴょこんと顔を出すらせん。
「……温かいから……」
冴那から返ってきたのは、そんな答えであった。どうも出たくないらしい。
「でも……他に色々とあるものね……」
が、泳ぐ気持ちはあるようだ。結局らせんにジャグジーから引っ張り出してもらい、外側のストリームプールへ連れていってもらったのだった。
「ああ、泳いでますねっ」
そこでらせんは、流れに逆らうように泳いでいる慶悟の姿を見付けた。しかしやはり人が多いため、少し泳いでは立ち止まり、また泳いでは立ち止まるという、小間切れの状態だった。
「ここでしっかり泳ぐというのは、少し無理があったか……」
苦笑しつつもなおも泳いでゆく慶悟。まあ、無理なく身体に負担をかけているということにしておこう。
らせんが慶悟を見ていた間に、冴那もストリームプールに入っていた。こちらは見た感じ、流れに沿って泳ごうとしていた。
ところが、泳ぎ方がちと変わっていた。古式泳法の横泳ぎ……とでも表現すればいいのだろうか、手足を使わず器用に波も立てず、人の間を縫うようにすいすい泳いでゆくのである。
その様子はどこか艶かしくも感じられた。事実、男性が何人か泳ぐのを止めて冴那の泳ぎを見ていたのだから。
「えっ、どうやって泳いでいるんですかっ?」
慌てて自分もプールに入り、クロールで追いかけるらせん。そうして追い付いた時、逆にこう質問されたのだった。
「それ……どうやって泳ぐのかしら……?」
そんな訳で、互いに教え合ってみることにした2人。最初は、らせんが冴那の泳ぎ方を見よう見まねで真似してみた。しかしどうも上手くゆかない。
「どこをどう動かすんです?」
「どう動かすのかしら……」
答えになってません。まあ、冴那は泳ぐ時に特に意識してないようだから、無理もないか。
続いて、冴那がらせんにクロールを教わって泳いでみた。
ぶくぶくぶく……。あっという間に沈んでゆく冴那の身体。
「わぁっ、大丈夫ですか?」
慌てて冴那を引っ張り上げるらせん。冴那が無表情でつぶやいた。
「沈むのね……」
仕方ないので、今度は平泳ぎを教わって泳いでみた。
ぶくぶくぶく……。またしても、あっという間に沈んでゆく冴那の身体。
「だっ、大丈夫です……よねっ?」
慌てて冴那を引っ張り上げるらせん。冴那が再び無表情でつぶやいた。
「どうして沈むのかしら……?」
結局は最初の泳ぎ方に戻る冴那であった。
さてさて、その騒動の間に、ウォータースライダー組の方は3コース制覇を終えていた。
「……う……」
額を押さえ、軽く呻く水に濡れた汐耶。その隣では、シュラインも同じようなポーズを取っていた。
「2人とも大丈夫?」
1人けろっとした顔のマリヱが、調子の悪そうな2人を気遣った。
「私は……のんびり泳いだり潜ったりしてる方がいいみたい……」
そうつぶやき、汐耶はふらふらと25メートルプールの方へ歩いてゆく。
「何よあれ……上級コース考えた人……絶対いい性格してるわよ……」
後を追うようにシュラインも25メートルプールへ向かう。
「そんなにきつかったかしら?」
首を傾げるマリヱ。マリヱ自身は3つとも楽しめたのだが……果たして上級コースに何があったのだろうか。
●成功例、失敗例【5】
「ふう……旨い」
手でぐいと口の回りについたビールの泡を拭う慶悟。慶悟は今、ダイビング用プールが見える飲食用スペースで休憩を取っていた。
体力作りのためストリームプールでしばし泳いでいたが、案の定疲れてしまったので、ミストサウナと乾式サウナをはしごしてから、こうして休憩しているのである。
(まさかビールも置いてあるとは)
水分補給のため最初は珈琲にしようかと思ったのだが、メニューにビールを見付けそれにしたのだ。余談だが、会計は出場時に精算されるシステムで、客の飲食等利用状況はロッカーキーについているバーコードを使うことで管理されている。
「休憩している方がしっくりくるな……いかんな」
苦笑する慶悟。一応、万一の時のために準備はしてあるのだが……『あきゅあ』は平和である。慶悟のつぶやきももっともだった。
と、何気なく飛び込み台に目をやると、ちょうどらせんが飛ぼうかという所であった。飛び込み台の高さは3つほどあったが、らせんが居るのは一番下の3メートルくらいの所であった。
慶悟の姿を見付けたか、手を振ってくるらせん。慶悟もとりあえず小さく手を振り返した。
そして、いざ飛び込むらせん。くるんと1回転し、綺麗な軌跡を描いて水面に消えてゆく。
「たいしたもんだ」
感心し、拍手する慶悟。お見事ならせんのダイビングであった。
続いてファルナが飛び込み台に現れた。らせんと同じく3メートルの高さの所だ。
「ファルファ〜、しっかり見ててくださいね〜」
下に待機しているらしいファルファに向かって手を振るファルナ。そして、ためらいもなくファルナが飛び込んだ。
「あ?」
見ていた慶悟が唖然となる。それはダイビングと言うより、飛び降りと言った方がしっくりくる飛び込み方で……。
直後、式神たちを動かすよりも早く、パシンッと乾いた水音が響き渡った。
「マスター!」
「……お腹がちょっと痛いです〜……」
(だろうな)
聞こえてきたファルナたちの声に、慶悟は溜息を吐いた。
●上級コースの真実【6】
「もう大変でしたよ〜」
みかねはジャグジーに浸かりながら、先程の撮影の様子をマリヱに話していた。近くの25メートルプールでは、水泳帽をつけたシュラインと汐耶がペースは異なるが黙々と泳いでいた。
「そういうことは、まあなくもないし。そのくらいなら、可愛いものじゃない? マネージャーさんの心配も分かるし」
くすっと笑ってマリヱが言った。
「あ、そうだ。後でクイズイベントあるみたいですけど、出ませんか?」
「あたしはパス。カメラも入ってるみたいだし……後々面倒なことになると、怒られちゃう」
「ああ、そうですよね」
納得するみかね。いくらオフとはいえ、その辺りはやっぱり微妙なのだろう。
「しばらくしたらまた日本を離れるんだけど……お土産何がいい?」
「今度はどこなんですか?」
「フランス、スペイン、イタリア……んー、そっちの方?」
ずいぶんアバウトな答え方である。
「あはは、何でもいいですよ〜」
笑って答えるみかね。マリヱはみかねの手をぐいと引っ張って、ジャグジーから立ち上がった。
「じゃ、今日は目一杯楽しみましょ。さっきウォータースライダーが楽しくて……」
みかねをウォータースライダーへ連れてゆくマリヱ。もちろんコースは上級である。
しばらくして、ウォータースライダーの方から絶叫が聞こえてきた。言うまでもなく、みかねの声だ。
「わあぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
25メートルプールで泳いでいたシュラインは、プールの端で立ち止まりぼそっとつぶやいた。
「ああ、上級コース選んだのね……」
何故か涙を拭う素振りを見せるシュライン。汐耶もそれに気付いたのか、泳ぐのを中断してしみじみとつぶやいた。
「……新たなる犠牲者ね」
実は――上級コースは中からでは分からない、酷いコースセッティングが施されていたのだ。外に出た部分で、三重ループが2連続であったかと思うと、何と五重ループが控えていたのである。
それだけに留まらず、コースの捻りは当たり前、二重ループは至る所にあるという、ある種サディスティックなコースだった。
なので、初級・中級と続けて滑っていた汐耶とシュラインに与えたダメージは、おおよそ想像がつくことだろう。
ところが、しばらくして予想外のことが起こった。
「きゃあぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
また聞こえてきたみかねの絶叫に、シュラインと汐耶が顔を見合わせた。ひょっとして……楽しんでますか?
その後さらにもう1回みかねの絶叫が聞こえてきたことから、シュラインと汐耶の間ではどうやら楽しんでいるようだという結論に落ち着いたのだった。
●イベントの惨劇【7】
約1時間半後、ようやくイヴ司会・出演によるイベントが開催された。第1部がクイズ&ゲーム大会、第2部が歌という2部構成のステージである。
イベントが始まるというので、一同もプールから上がってメインステージの近くへ来ていた。まあ中には冴那みたく、外側のストリームプールで泳いでいる客も居るのだが。
「皆さぁん、こんにちはぁ〜っ☆」
「こんにちはー!」
中央のメインステージにマイク片手に立ち、呼びかけるイヴ。誰も泳いでいない内側のストリームプールを挟んで居る観客から、たちまち返事が返ってくる。
「う〜ん、ちょぉっとだけ元気が足りないかなぁ? もう1回! 皆さぁん……こぉんにぃちはぁ〜っ☆」
「こんにちはー!!!」
歓声が先程の3倍になった。イヴ恐るべし。
「はぁい、よぉく出来ましたぁ♪ 皆さん、さすが新年。元気ですねぇ?」
「元気でーす!」
主に青少年から声が返ってきた。ひょっとしたらイヴが出るというので、追っかけてきたファンも中には居るのかもしれない。
「今日はこれから、クイズを出してゆきます。成績優秀者には、豪華な賞品が当るかもしれない宝物のくじを取るチャンスがありますから、皆さん頑張ってくださいね♪」
にっこり笑顔で語りかけるイヴ。観客から沸き上がる拍手。
まず、○×クイズで人数を絞り込むことになった。○なら右手を、×なら左手を挙げるという形だ。
問題は『イヴのセカンドシングルのタイトルは?』というオーソドックスな物やら、『新山口駅の以前の駅名は?』というちょっとマニアックな物まで、バラエティに富んでいた。
そして10問ほど出題した所で、残っていた者たちがメインステージに集められた。その中には意気込んでいた雫を筆頭に、らせんや撫子、それからファルナも入っていた。
「よーっし、頑張るぞーっ☆」
気合いを入れる雫。ちょうどこの辺りだろうか、テレビの生放送の中継が始まったのは。今の雫の姿が、しっかりと全国のテレビに映し出されていた。
「今から皆さんには、ストリームプールの中にばら撒かれたクイズの問題を拾って答えていただきます。正解した順に、あそこのプールの中にある宝物のくじを引くことが出来ます。皆さん、頑張ってくださいねっ☆」
メインステージそばのプールを指差し、ルールを説明するイヴ。それからスタートの合図とともに、解答者たちが一斉に散らばってゆく。
「1番乗り〜っ!」
何と、最初に戻ってきたのは雫であった。問題の入った袋をイヴに手渡し、どきどきしながら問題を待つ。しかし――。
「これを何と読みますか?」
問題を雫に見せるイヴ。そこには大きな文字で『ハズレ』と書かれていたのである。爆笑する観客たち。
「ええっ、はずれなんてあるのぉーっ!?」
「もう1度行ってきてくださいねぇ」
すぐにストリームプールへ戻る雫を、イヴが笑顔で見送った。
その後何人かやってきたが、『ハズレ』だったり誤答だったりでなかなか正解者が出ない。そんな中、今度は撫子がやってきた。
問題の入った袋をイヴに手渡し、やや落ち着かない様子で待つ撫子。人の目が多い上、カメラまで居るからだろうか。
「問題です」
「はい」
「1+1は?」
「……はい?」
思わず問題を聞き返す撫子。耳を疑うような問題だったからだ。
「1+1は?」
「2……ですよね?」
狐に摘まれた表情で、撫子が答えた。2進数の演算でなければ、これで正解であるはずだ。
「正解でぇす☆ では、宝物のくじを引いてください♪」
もちろん正解。そしてプールに入り、底に沈んでいたくじを引いた撫子は、何と『あきゅあ』の1日無料飲食券を当てたのである!
「おめでとうございますっ☆ 今のお気持ちはいかがですかぁ?」
「あの……嬉しいのですが……充実感と言うのか、その……本当にいいんでしょうか?」
撫子は明らかに困惑していた。いいんです、素直にいただいておきましょう。
それからはぽつぽつと正解者も出始め、らせんが正解し、続いてファルナが正解した。ちなみに雫は『ハズレ』ばかり引きまくっていて、半泣き状態でさらなる問題の袋を探していた。
「正解しました〜」
くじの沈むプールへ向かう途中、皆に手を振るファルナ。だがよそ見がいけなかったのだろう。つるんと足を滑らせ、お尻からプールへ飛び込む形になってしまった。
運の悪いことに、ちょうどそこにはらせんが上がろうとしていて――。
「きゃあぁっ!」
ファルナの不可抗力ヒップアタックを喰らい、沈んでゆくらせん。それでも何とかファルナから離れて、くじを握り締めたままプールから上がろうとした。
すると、何故か観客が驚きの歓声を上げているではないか。特に男性の声が大きい。
「え?」
らせんは何気なく胸元に目をやった。何ということか、ビキニのブラがずるんと下にずれてしまっていたのだ。いわゆる『ぽろりもあるよ』状態だ。
「あっ……!」
慌てて胸を隠すらせん。でももう遅い。カメラが今の光景をしっかりと捉えていた。
「大丈夫ですか〜?」
そこへくじを手にしたファルナが上がってきた。観客の声が一際大きくなる。男性は喝采し、女性は悲鳴に似た声で。
「出ちゃダメェ!!」
強化ガラス越しの光景に気付いたイヴは、ファルナに向かって慌てて叫んでいた。
先程の激突の衝撃で水着の結び目が緩んでしまったのだろうか。今のファルナの姿はつまり……生まれたままの姿という訳で……。バスタオルを手にしたスタッフが、慌てて走ってきた。
「カメラ上に上げろ! いいかっ、これ以上映すなよっ!」
生放送の中継担当のディレクターの声だろうか、絶叫していた。レポーターも慌ててスタジオにマイクを返したりしている。
今の光景も、カメラは捉えていた。もう1度言うが、生放送。しかも全国放送、見ている者も多いはずだ。
ともあれこの後のことは、あえて書く必要もないだろう。なお蛇足になるが、中継担当のディレクターは何枚も始末書を書くはめになったという……。
【新春初泳ぎ☆ 了】
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【 整理番号 / PC名(読み)
/ 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
/ 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】70
【 0158 / ファルナ・新宮(ふぁるな・しんぐう)
/ 女 / 16 / ゴーレムテイマー 】14
【 0249 / 志神・みかね(しがみ・みかね)
/ 女 / 15 / 学生 】40
【 0328 / 天薙・撫子(あまなぎ・なでしこ)
/ 女 / 18 / 大学生(巫女) 】21
【 0376 / 巳主神・冴那(みすがみ・さえな)
/ 女 / 妙齢? / ペットショップオーナー 】24
【 0389 / 真名神・慶悟(まながみ・けいご)
/ 男 / 20 / 陰陽師 】61
【 0442 / 美貴神・マリヱ(みきがみ・まりゑ)
/ 女 / 23 / モデル 】6
【 1449 / 綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)
/ 女 / 23 / 都立図書館司書 】3
【 1548 / イヴ・ソマリア(いヴ・そまりあ)
/ 女 / 美少女 / アイドル歌手兼異世界調査員 】2
【 2066 / 銀野・らせん(ぎんの・らせん)
/ 女 / 16 / 高校生(/ドリルガール) 】1
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ ライター通信 ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全8場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変お待たせいたしました。時期はかなりずれていますが、お正月の初泳ぎの様子をお届けいたします。一応本文の後も泳いだり何なりとしているのですが、お話的には本文の所で終わらせていただきました。
・お正月のお話ですので、わいわいとやっている雰囲気を出すため、本来なら分けたりしている所をそのままにしていたりします。
・さて今回出てきた『あきゅあ』ですが、元ネタの施設があります。当然色々と変えてはありますが(元ネタの施設は、ストリームプールが屋外も通ったりするのです)。高原、実際に行ってロケハンやってきました。でもああいう所は、1人で行っても黙々と泳ぐしかないので退屈になりますね。やっぱり今回のお話みたく、大勢で行くのがよいかと思います、はい。
・ともあれこれでようやく、高原的には東京怪談内での年が明けたような気がします。いまさらという感じもありますが、改めまして今年もよろしくお願いいたします。
・シュライン・エマさん、70度目のご参加ありがとうございます。制覇しましたねえ、ウォータースライダー。上級にはちょっとやられてしまいましたけれども。元ネタはその通りです。ただテーマ曲のタイトルがそうだとは知りませんでしたが。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。
|
|
|