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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>



影はかたる

●オープニング

雑然としたままになっているテーブルの上には、五枚のモノクロ写真が並べられていた。
草間武彦は味もしないであろう程に短くなってしまったタバコを、いくぶん乱暴に灰皿へと押し込む。
「子供のいたずらではないんですか?」
「……最初は私もそう思ったんですよ。ですが水をまいて洗っても落ちないんです。お客からも毎日のように気味が悪いと苦情が来てましてね」
溜息混じりに写真を見ていた草間だったが、依頼主が取り出したカバンの中身を見て息を飲んだ。
「これは前金ですが、解決していただけた暁には倍……いえ、三倍お支払いたします」
本来であれば受け付けたくない部類の依頼だ。しかし、目の前にこうも魅力的なものを見せられてしまえば気持ちが揺らいでしまうのもまた事実。
「わかりました。では、明日からお邪魔させていただきますので」
「はい。お願いしますよ、草間さん」
額の汗をしきりに拭いながら、依頼主の男は部屋を後にした。

そう時間が経たないうちに、草間零は男の姿を覗くようにして窓の外を見つめた。
深紅の外車に乗り込んだ男は、容姿にとても似つかわしくないサングラスを取り出すと、気取った手付きで顔へと持っていく。
「派手な方ですね」
「成り上がったような男だろうな、恐らく……。ああ言うタイプは、人の恨みも買いやすいだろうに」
写真を再び手にとった草間は、そこに写る奇妙なものを見つめた。
西ゲート5階113番の駐車スペースにだけ現れる赤みがかった影は、この一ヶ月の間で徐々に大きさを増してきたらしい。
白黒ではただの影のようで、オイルが洩れているくらいにしか見えないのだが。
いずれにせよ問題の場所に出向き、一度状況を確かめる必要があるのは確かなようだった。




●依頼人の素顔

「今回は私も含めて四人での調査になるわ」
シュライン・エマは手元にあった資料を人数分コピー機にかけていた。
「これが依頼人周辺の一通りの資料よ。現場に行く前に一度は目を通しておいてね」
「あ、忘れるところでした。これはその依頼人の写真です。よろしければどうぞ」
シュラインから配られた資料が手元に回ると、モーリス・ラジアルはスーツの胸元から数枚の写真の束を取り出しテーブルに置いた。
「あら、ありがとう。うっかりしていて肝心の本人を写してくるのを忘れてたのよ。助かったわ」
「どういたしまして」
モーリスはにこやかに微笑み、配られた資料に目を向けた。
綾和泉匡乃(あやいずみ・きょうの)は、資料に挟まれた数々の車の写真をめくりながら小さなため息をつく。
「展示会をしているようですね、これ」
ロータス、MG、ランドローバー、ボルボ、ルノー、フェラーリ、メルセデス、BMW、ジャガー。
確認できるだけでもこれだけの車種が写っていたのだ。
「本当に……最悪だったのよ。散々車の自慢話を聞かされてね。確かに魅力的な車だったけれど、正直限界だったわ」
資料を作るために事前に依頼人の元へと出向いていたシュラインは、自慢話の数々を思い出してしまいうんざりとした面持ちになった。
「今回の依頼人は駐車場経営者ですよね? まさかそこに自分の車を置いているんですか?」
倉田堅人(くらた・けんと)もまた写真を見つめながら、薄暗い場所に置かれている車の写真を見つめ、首をかしげる。
「そうなのよ。自慢したいのかなんなのか分からないけれど、普通じゃないわよね」
「なんと! この鉄の駕篭は全てこやつのものだと申されるのか」
シュラインの言葉に対し、突如口調が変わった堅人が答えた。
返事をしたシュラインはもちろんのこと、モーリスも匡乃も弾かれたように資料から目をあげ、一斉に堅人を見遣る。
視線を感じた堅人は幾分得意げに背を張った。
「申し遅れたな。拙者、倉田辰之真(くらた・たつのしん)と申す」
「く、倉田さん?」
声をそろえて驚いている三人の元にお茶を入れ終えた零がやってくると、にっこりと微笑んだ。
「堅人さんは、ご先祖様である辰之真さんの人格を心理遺伝されているそうなんです」
「興味を持ったことになると、抑える間もなく飛び出してきてしまって」
再び元に戻った堅人は、零の言葉を借りながらその場の皆に事情を説明した。
「面白いわね、それ。私も体験してみたいわ」
シュラインは面白そうに堅人を見つめている。
その言葉に堅人は小さく笑い返し、辰之真は豪快に笑っていた。

「それにしても――」
草間と零、そしてシュラインから耳にした依頼人の人物像と渡された資料を踏まえた上で、モーリスは口にする。
「依頼主に少し不審を感じますね」
「そうなのよ。心当たりがないと大金をこういう場所へ落とさない気がするのよね」
「確かに。なにか後ろ暗い心当たりがありそうでござるな」
シュラインと辰之助の言葉が続き、匡乃も首を縦に振った。
「意見は一致していますね」
「おいおい。この影の原因は、依頼人だっていうのか?」
草間は面倒くさそうな声をあげる。
「だって武彦さん、わけありとしか思えないでしょう?」
「そうですよね。なんだか少し……というかかなり、行動に疑問を感じましたし。あのお金といい」
ソファの後ろに立ったままの麗もため息をもらした。
「やはりそうなるか……。しかし誰一人として、依頼人以外に関係ある事件だとは言い出さないんだな」
せっかくの大金がらみの依頼だったが、先行きは怪しくなってきた。
最悪、無料奉仕ということも念頭に置いておかねば……。
草間は憂鬱になる思考に歯止めをかけるため、そして一刻も早く解決してしまうために、書類が山積みになった机の向こう側から告げた。
「俺は用事があって出向けそうにないんだ。悪いが皆で手分けして解決してくれないか?」
「では、私はこの資料で気になったところを調べてから、駐車場へ行きます」
金色の髪を優しく揺らし、モーリスはソファから立ちあがる。
「僕は駐車場のほうを見てみましょう」
匡乃の言葉に続き、堅人も頷く。
「それでは、私も綾和泉クンに同行しようか」
「私は、もう少し依頼人の周辺を洗ってから駐車場に行くわね。武彦さん、いいかしら?」
皆の行動先を告げたところで、シュラインは主である草間の同意を求めた。
「あぁ。頼む」
「皆さん、気をつけてくださいね」
「何かありましたら、各自連絡を」
トレイを持ったまま気遣う声を上げる零。それに続くモーリスの言葉に頷いた皆は、それぞれの場所へと向った。


●巨大駐車場

打ち出しコンクリートの外観を持った駐車場に着いた匡乃と堅人は、問題の駐車スペースにいた。
館内には微かにスムースジャズのピアノ音楽が響き、外側の無機質なイメージとは対照的に、赤をベースに塗りこまれたモダンな印象の内壁。
二人は、シュラインの言葉とモーリスから受け取った写真からはとてもイメージできないような、落ち着いた空間を作り出した依頼人に違和感を覚えてしまう。
「以外と綺麗な場所なんだね。私はもっと暗い場所を想像していたよ」
「そうですね。僕も、もっと薄暗い場所だと思っていました」
――5階、113番。
書類によると依頼人の趣味の一つであるらしいモノクロ写真撮影。
それによって写された場所と同じところに立った堅人は、地面に広がる灰色がかった影を見つめる。
「ここに何かが埋まっているのではござらんか? 見たところ、血の染みのようにも見えるが……」
考え込んでいた堅人の口調が、辰之真のものへと変わった。
「それとも、この場所でなにか事件が起こったのでござろうか」
柱や壁になにか手がかりとなるものが見つからないかと辺りを見回したが、綺麗なままの建物には惨状の片鱗などは全くない。
辰之真は番号が記された箇所にの近くにある影に近づき、指先でそれに触れてみる。
しかし霊感を持ち合わせていない彼には、その場から何かを読み取ることは出来なかった。
「埋まっているのではないでしょうね。それならば、写真を見ただけで念を感じますから」
匡乃もまたその場に膝をつけ、探るように影に手をかざした。
「生者か死者か……どちらでしょうね」
わずかに楽しげな空気を含んだ口調になった匡乃は、影の反応を待つことにした。


●データベース

リンスター財閥の管理するネットワークデータベースにやってきたモーリスは、花を切り分けるその綺麗な指先でコンソールを操る。
依頼人の犯罪・事故関与履歴にはじまり、所有している車のや台数に車種、あるいは駐車場の建設時における地元の反対などの過去情報を次々と洗い出していった。
もちろんシュラインから受け取った資料にもそれらのことは記されてはいたが、洗い直すことで違った面から事件を見直せるかもしれないと踏んだからだ。
モニタには下から上へと一斉に情報が上がっていき、モーリスは一瞬映し出された文章に対して反射的にボタンを押した。
「ライセンスナンバーの登録抹消手続き?」
そこには一ヵ月半ほど前に陸運局へ提出したとされる、任意の登録抹消手続きに関することが記されている。
オブジェとして飾っておくためだとも思える。そして、税金対策とも。
しかし、自らの運営する駐車場に所有する数々の車を置いているところを見ても、このたった一台の車のみを廃車とするのは不自然なことだ。
その行動に違和感を感じたモーリスは、シュラインへ連絡を取るために携帯電話を取り出した。
同時にモニタに表示されている情報に続きがあることに気付き残りのページを見るためにスクロールをさせると、現れたもう一つの情報に綺麗な口元を歪めた。
「5113……ですか」
何かを確信したであろうモーリスの姿があった。


●情報収集

「外部に漏らしちゃ駄目だよ」
そう言ってシュラインの手元に渡されたのは、依頼人の駐車場近辺で起こった交通死亡事故のリストと、ここ半年間に提出された失踪者届出のファイルだった。
裏が取れないのだ。依頼人の行動に。
新興住宅地に設置された駐車場には、建設に反対があったという情報は一件も無かった。
むしろ誘致されていたほどであり、建設時にあったトラブルとは考え難い。
となると、依頼人自身の身の周りにおけるトラブルを視野に入れるのが妥当な考えだ。
――恨みを抱かれるような行動。
それを当っていくため、刑事の言葉に頷いたシュラインは交通死亡事故のリストをめくった。
恰幅の良い刑事は人の良さそうな笑みを浮かべ、シュラインの座っている椅子の傍に、備えつきの古びたコーヒーメーカーから注いできた薄いコーヒーを置く。
「怪奇がらみの事件かい?」
「まぁ、そんなところかな」
「そうかい。気をつけるんだよ。俺はちょっと出るから、読み終わったらそこに置いておいてくれ」
「わかったわ。ありがとう」
静まり返った資料室に残されたシュラインは一枚一枚資料を確認していくが、交通死亡事故は一件も起こった報告はされていなかった。
もう一方のファイルに手を伸ばしかけたそのとき、けたたましい音を立てて電話が鳴る。
「はい」
「エマさんですか? ラジアルです」
「……なにか、見つけたのね?」
「察しがいいですね」
受話器越しにも分かるモーリスの笑いが、シュラインの耳元に届く。
「一月半ほど前、依頼人が廃車届けを提出しているんです。カーナンバーは……5113」
5、1、1、3……。
聞き覚えのある番号だ。シュラインは記憶の糸を手繰り寄せる。
「まさか!」
奇妙に張られた伏せんの糸が、おぼろげながら繋がった気がした。
「あの、影の場所ね!?」
「はい。5階の113番と、分かり難そうなメッセージではありますが、これは間違いないでしょう。そして恐らく、」
「やっぱり、依頼人が一枚絡んでる……ってわけね」
「はい」
「最悪の展開ね。これって」
シュラインは頭を抱える。
依頼人の要望で影を消す調査をしているにも関わらず、その原因が依頼人そのものにあるというのならばこの依頼は成立しなくなるのだ。
出かける前に草間が項垂れていたのを思い出し、シュラインまで同じように項垂れてしまう。
「私はこれから駐車場のほうに行き、綾和泉さんと倉田さんに合流します」
「えぇ。私は……とりあえずもう少し調べてから、そっちに行くわ」
「わかりました。では、後ほど」
通話の切れた受話器を、シュラインは睨みつけた。
「参ったわね……」


●言葉の裏がわ

「どうだい? 何か分かりそう?」
堅人は匡乃の背を覗き込むようにして、かざした手の下の様子を伺っている。
片膝をついていた匡乃は、影の正体が死者ではないとことを付きとめた。
その言葉は、堅人や辰之真が予測していたものとは反対の回答を導き出す。
「生霊? ということは、この場所に恨みを持つ生きている人間かい?」
「そうなりますね」
むしろ死者であったほうが解決しやすかったかもしれない。
匡乃もまた、自らの導き出した答えに対しわずかに顔を曇らせた。
「怨恨の類と言っても、エマさんの資料には特に書かれていなかったはずだが」
スーツケースから取り出した書類に目を通した堅人は、「やっぱり無いな……」と確認をした。
そのときだった。
業務用エレベーターのドアが音と共に開き、先日と同じく似合わぬサングラス姿の依頼人が姿を見せた。
「草間さんのところの方ですな。染みはどうなりましたか? できれば今夜中に片付けて頂きたいのですがね」
行き詰まりかけたところに現れた依頼人に対し、堅人は率直過ぎる言葉を投げかけた。
「失礼なことをお聞きするが……。近頃、人に恨まれるようなことをなされませんでしたか? どうやら、生霊がこの場所に取り憑いているようでね」
堅人の言葉に、男は不愉快そうに表情を歪める。
「本当に失礼だな。君はなにかね? わしが何かをしたのではと言いたいのかね?」
「違いますよ。ただ、“あらゆる”可能性を調べていかなければならないのでね。特にこういう正体が掴めないものは」
「知らんよ。仮に霊だったとしても、君たちならば除霊が出来るんだろう? そのために、草間さんに依頼をしたんだ」
――そのために。
男の言葉には、この影が人為的なものではないと分かっていたから依頼をした。そのような意味合いが込められていた。
生きているものでも死んでいるものでも……“霊”に恨まれる何かをしたことは事実なのだ。
依頼人の言い分は、自らの関与を肯定しているようなものだった。
質問を突きつけた堅人はもとより、霊の波長を追っていた匡乃もまた、自分の考えていたことが正しかったのだと感じた。
そんな張り詰めた緊張感が漂う三人の元にモーリスが訪れたのは、不幸中の幸いであっただろうか。
「こんばんは。こちらにお越しになられていたんですね」
優しく微笑を浮かべて話すモーリスの様子に毒気を抜かれた依頼人は、「あぁ」と小さく返事をする。
「私も少々お聞きしたいことがあったので、助かりました」
その裏に、どういう思惑が隠されているのかも知らぬまま。
「BMW、740iM-Sportのイモラ・レッドにお心当たりはございますよね?」
「何のことだね?」
先ほどと同様に、質問に質問を返すような口調で依頼人はモーリスに向き直った。
「こう言えば分かっていただけますでしょうか。あなたが廃車届けを出した、カーナンバー5113の車」
匡乃は膝の汚れを払い除けながら、そして堅人は影の様子を気にしながら、二人の会話に耳を向ける。
三人には、依頼人が息を飲む音が音楽の響く駐車場内にも関わらずはっきりと分かった。
「乗り飽きたから廃車にしたまでだ。今だってきちんと倉庫に保管してある。別に深い意味などはない」
「乗り飽きて車を次々と替える人間が、そういるはずはないだろう」
堅人は呆れるように依頼人に言い放つ。言い訳をするのであれば、筋の通った真実味のあるものにして欲しいと嘆きながら。
「本当のことを言った方が、あなた自身のためですよ。この影の正体は生霊ですけれど、生霊だって人を呪うことだってできるんですから」
言い諭すかのように、匡乃も言葉を添える。
「君たちもしつこいな! 知らんと言っているのだから知らん!」
依頼人は頑なに知らぬ存ぜぬで通そうとしていた。
そこまで一点張りを貫くのであれば、確固たる証拠を見せて納得させなければならなかった。
モーリスは影の傍にいる匡乃と堅人の間に入り込み、両手を合わせる形を取った。
「では、これならどうでしょうか」
本来のあるべき姿へと戻すため、モーリスはあらゆるものを調律・調和する力を使った。
濃い褐色をした影は徐々に姿を白いものへと変えていき、少し、また少しと大きさも広がっていく。
あるべき姿を取り出した影は、次第に人型へと変化をはじめた。
『――を……。……けて』
それは何かを訴えるように、モーリスや匡乃、堅人に語りかけている。
『む………みつ…て……』
耳を澄ませながら、匡乃は言葉を聞き逃さないよう注意を働かせる。
『むすめ……けて……』
人型は姿を女性へとさらに変化をさせていく。年の頃は、三十代前半と言ったところだろうか。

『 娘 を ―― 見 つ け て 』

ついに完全な人間の姿となった影は、泣き出しそうな表情で訴え続けた。
『娘を、見つけて』
「何があったのですか? あなたの娘さんに」
匡乃は女を刺激しないよう、ことさらゆっくりとした優しい口調で問いかける。
『どこかにいるの。私の娘が……』
うわごとのように呟き続ける女に対し、根気強く付き合おうと匡乃は決め込む。下手に刺激をすると、泣き崩れてしまいそうだったからだ。
『あの男が、知っている……』
告げられた言葉に再び息を飲んだ依頼人の背後から、先ほど警察で資料を探していたシュラインが姿を現した。
「その娘さん、間違いなくこの中にいるわよ」
冷ややかな目つきで依頼人を睨みつけ、シュラインは真っ直ぐに女の元へと向う。
ファイルからコピーをとった三人の少女の写真を女の顔の前で広げた。
「どの子か教えていただけます?」
『――右よ……右の髪の長い子。あぁ……美紀……っ』
女は写真の中の少女を見るなり、力なく崩れ落ちた。
「さて、どういうことかしら。お話して頂ける?」
シュラインは依頼人に向き直ると、形のいい口元をわずかにつりあげた。
「何か勘違いをしているんだろう。第一、わしの依頼はその影を消すことだったはずだ! 正体がその女ならばさっさと除霊でもなんでもしてくれ! 金だって払っているんだからな!!」
依頼人は決して間違ったことを言っているわけではなかった。
今回の依頼は男が、自らの駐車場に現れる影を処理することを目的として持ち込んできたものなのだ。
「確かに、依頼者であるあなたの利を守るのが得策なのでしょう。探偵としてはそうするのが正解なはずです――。ですが……犯罪者の肩を持つのは不愉快ですね」
探偵としてではなく人として。それは、どんなに金を積まれたところで変わることのない信念。
匡乃の言葉に対し、モーリスも堅人もシュラインも同じ考えであった。
「悪いけれど契約破棄よ。草間所長の許可も得ているわ」
胸元から一枚の契約書を取り出したシュラインは、ライターで火をつける。
オレンジ色と青の色が混ざり合いながら、火は瞬く間に紙を灰へと変えていく。。
頼りとしていた人間たちから見離された男は、エレベーターに向って走り出そうとする。
そこで機転を利かせたのは、辰之真だった。
「おぬし、自らが不利だと悟ったら背を向けるとはなにごとでござるか!」
ボンネットに触れた辰之真の手の中に、鮮やかな銀色の光を反射する日本刀が姿を見せた。
「ひっ………!!」
刀を向けられた男は腰を抜かし、おかしいほどに慌てふためいた。
そんな様子の男の元に行ったシュラインは、茶封筒に入った札束を投げ返した。
「洗いざらい話したほうがいいんじゃないかしら」
何よりも味方となる……力となる金を付き返されてしまえば、男にはもはや頼るべきものは何一つない。
力なく肩を落とした男の姿を見つめていた女の嘆き声は、ようやく静まりつつあった。


酒に酔ったまま車に乗り込んだ男は、駐車場から帰宅する途中で一人の少女を撥ねたという。
小学校もようやく中学年にあがったほどの幼い少女は、意識を完全に失っていない状態であったにも関わらず、依頼人に車へと連れ込まれた。
人身事故を起こしたことに恐怖を覚えた男は、少女の両手両足を縛りあげた上で、海へと投げ入れたのだ。
接触を起こしたときについたへこみや傷を修理に出すと、そこから足がついてしまうことを恐れた依頼人は、車ごと廃車にしてしまうことを思いついたのだ。
影の前に連れてこられた依頼人は、俯きながら自らのした行動を語りだした。
依頼人の言葉を聞いた女は居たたまれない思いからか、再び声を上げて泣き出す。
『あの子は、たった一人で私を見舞い、そしてたった一人で死んでいったのよ……』
あまりにも惨い殺され方をした娘の最期を耳にし、その場にいたシュライン、モーリス、匡乃、堅人も言葉を失った。
『許せなかった。人を殺してもなお、平然としたままでいるあなたが……。だからこそ私は、この方々のような力を持った人に気付いてもらうため、あなたを処罰してもらうためだけに、こうやってメッセージを送りつづけたのよ』
「……娘さんを、もう一度この世に呼び戻しましょうか?」
モーリスは自らの力で、殺された少女を再び甦らせることを提案した。
しかし女は、悲しそうに瞳を伏せて力なく首を振る。
『いいの。あの子はきっと……向こうで待っているだろうから』
ふいに保たれていた人の形は崩れ落ち、地面へと吸い込まれはじめた。
白く光りながら再び褐色へと変わっていき、最期には地面と同化してしまう。
113番の駐車スペースには、影の姿は見えなくなった。


●終焉

数日後――――。

「あの女性、亡くなられたそうよ」
草間探偵事務所へ報告に来ていたモーリス、匡乃、堅人の三人に、シュラインは低い声のトーンで告げた。
「娘さんが亡くなる以前から、意識不明の状態でずっと入院していたみたい」
「だからこそ、霊体として動き回ることができたんですかね」
母として出来る最後のこと……娘を殺した犯人を捕まえるためだけに残りの命を使い果たした母親の強さを知った匡乃は、納得したように頷いた。
「私にも娘がいるが、今回の事件のようなことが起こったらと思うと恐ろしくなってくるよ」
「安全と言われるこの国でさえ、日常的に何が起こるかなど分からないですからね」
女の最期の言葉を思い出したモーリスは、テーブルに置かれた新聞記事を見つめながら悲しそうに呟いた。
皆一様に重たい雰囲気でいる一方で、相変わらずの散らかった机の上でも、力なく下を向いたままで小さく文句を呟いている男がいた。
「兄さん、いい加減に今回のことは諦めてくださいって言っているじゃないですか」
沈む空気に耐え切れなくなった雫が、めずらしく強めの口調で草間を諭している。
「あー、分かってる。分かってるんだ……」
草間の目に、あの駐車場は取り壊され、マンションが建設されることとなったという新聞記事が飛び込んできた。
逮捕さた依頼人には、どれだけの金が入ってくるのか。
そう考えてしまうと、やはり前金だけでも受け取っておくべきだったのではないのか――そんな邪な考えが浮かんでいた。
「兄さんっ!」
雫の声に面倒くさそうな返事をしながら、草間は覇気のない返事をした。
今日も草間興信所は、福の神が訪れることはなさそうだ。





[影はかたる・終]





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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086 / シュライン・エマ / 女 / 27歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1537 / 綾和泉・匡乃 / 男 / 27歳 / 予備校講師】
【2318 / モーリス・ラジアル / 男 / 527歳 / ガードナー・医師・調和者】
【2498/ 倉田・堅人 / 男 / 33歳 / 会社員】

(整理番号順)


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          ライター通信          
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モーリス・ラジアルさま


はじめまして。
今回は「影はかたる」にご参加くださり、どうもありがとうございました。
モーリスさまの色々な一面は、プレイングやキャラクター設定を拝見しているだけで、
とてもユニークで楽しませていただけました。
設定の“恋愛面”の方では、とっても書かせて頂きたいものがあったのですが、
文字数の都合上、省略させて頂きました。
いつかご縁がございましたら、その時に書かせて頂きたいと思います。

この話ですが、私自身、最初に考えていた話よりも大幅に路線が変更となりました。
ひとえに、皆様方の楽しくて奥のあるプレイングのおかげかと思います。
全てを使い切ることはできなかったことを、お詫びいたします。
なお、倉田さま以外、今回のお話は全て同じものとなっております。
ご了承下さいませ。

後半無理矢理に押し込めた感がしてしまう気もしますが。
それでも、少しでも楽しんでいただけたら…そう思います。
またどこかでお目にかかれましたら幸いです。
今回はご利用いただき、本当にありがとうございました。


笹川瑚都