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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


太古の記憶を取り戻せ!
〜 アトランティスの王女様 〜

「三下さん」
 仕事を終えての帰り道。
 不意に後ろから声をかけられて、三下はおそるおそる後ろを振り向いた。
 三下を呼び止めたのは、がっしりとした体格の、二メートル近い偉丈夫である。
 しかし、その顔が見知ったものであることに気づいて、三下は安堵のため息をついた。
「ああ、金山さんじゃないですか」
 この大男の名は金山武満(かねやま・たけみつ)。
 東郷大学空手部主将で、三下は以前に何度か顔を合わせたことがあった。
「どうしたんですか、こんなところで?」
 三下が尋ねると、武満は嬉しそうに笑った。
「俺の知り合いに、三下さんに頼みたいことがある、って人がいるんです。
 とりあえず、話だけでも聞いてやってくれませんか」
 久しぶりに早く帰れたのだから、今日くらいはゆっくり休みたい。
 そうは思っていても、それをはっきり言えないのが三下である。
「は、はぁ……」
 その曖昧な返事を、武満が承諾と受け取ったのは言うまでもない。





 武満の言う「知り合い」というのは、ちょうど彼と同じくらいの年齢の若い女性だった。
 一条静香(いちじょう・しずか)と名乗ったその女性は、自己紹介を終えると、真剣な表情でこう切り出した。
「私、ある方に前世の記憶を取り戻していただく術を探してますの。
 正確には、前世の前世、あるいはそのまた前世かも知れませんけど」

 その言葉に、三下は唖然とした。
 前世の記憶云々と言うだけでも相当大変なことは目に見えているというのに、その「思い出してほしい記憶」がいつの記憶なのかも分からない、というのでは話にならない。
「ええと、それって具体的にはいつ頃のことなんでしょうか?」
 三下はそう聞き返したが、返ってきたのはさらにとんでもない答えだった。
「具体的な数字は私にもわかりませんけど、アトランティス文明の最盛期の頃ですわ」
「あ、アトランティス文明……!?」
 予期せぬ展開に、さらに愕然とする三下。
 けれども、静香はそんな三下の反応をむしろ不思議なもののように見ながら淡々と続けた。
「あら、ご存じありませんの?
 古代、アトランティス大陸が存在し、その地に高度な文明があったということはもはや定説ですわよ」





 その後、彼女の語ったところによると。
 彼女はアトランティスに存在する十の王家のうちの一つに生まれた王女であり、本来ならばそのまま平穏な人生を送るはずだった。
 しかし、ある時、彼女は庭師の息子と恋に落ちてしまったのである。
 その身分の差があり過ぎる恋を、当然彼女の両親が認めるはずがない。
 それでも彼女は諦めきれず、新月の晩、こっそり城を抜け出した。

 二人は手に手を取って、懸命に逃げた。
 けれど、いつまでも逃げ切れるものではない……そう悟って、二人は海に身を投げたのだった。





「その時、私たちはこう誓いましたの。
 生まれ変わって、再び巡り会えたら、今度こそ二人で幸せになろうと」
 そこまで言って、静香は小さくため息をつく。
「じゃあ、記憶を取り戻させる相手というのは?」
「ええ、あのお方の生まれ変わりに間違いありませんわ。
 これが、その証拠ですの」
 彼女が差し出したのは、見ていると頭の痛くなりそうな怪しげな色彩の「何か」が写った写真だった。
「こ、これ……絵、ですよね?」
 おそるおそる尋ねる三下に、静香も自信なさげに頷く。
「前衛芸術とのことですけど……私にもわかりかねますわ。
 ですけど、ここと、ここに、王家の紋章と、庭師をあらわす絵文字がありますから、この絵を描いた方が、あの方の生まれ変わりであることは間違いございません」
 そう言われても、その絵文字自体知らないのだから、証拠になるのかどうかさっぱりわからない。
 とはいえ、今ここでそれを言っても始まらないだろう。
 そう考えて、三下は最も肝心なことを聞いてみることにした。
「それで、その人は一体誰なんですか?」

 少しの沈黙の後、静香はかすかに頬を赤らめながら答えた。
「私と同じ大学で前衛芸術部の部長を務めている、笠原和之(かさはら・かずゆき)様という方ですわ」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 前世に関する様々な考察 〜

「成る程。お話はよく分かりました」
 静香の話を聞いて、刃霞璃琉(はがすみ・りる)は小さく頷いてみせた。

 少なくとも、今の話を聞いた限りでは、彼女が嘘をついているようには見えない。
 だが、実際に彼女の言うような「来世までもつながるような強い想い」が実在するかどうかについては、璃琉はどちらかというと懐疑的であった。

 人と人との繋がりなど、所詮は刹那的なものであって、永遠に繋がるものなどない。
 璃琉自身は、どちらかというとそう思っていた。
 しかし、彼女の話が本当だとすれば、「永遠」と言うほどではないにせよ、少なくとも「現世だけでは終わらない」ほどの強い絆があるということになる。
 そんなものが、本当にあるのかどうか――それが知りたくて、璃琉は彼女の手伝いをすることを決めたのだった。

 とはいえ、いざ実際に手伝おうとしてみると、てんでいい案が思いつかない。
 どうしたものかと思いながら、璃琉は他の面々の方に目をやった。

 と、その時。
 隣に座っていた守崎啓斗(もりさき・けいと)が、突然席を立った。
「啓斗さん、何か妙案でも?」
 その問いには答えず、無言で静香に歩み寄って、その額に軽く手を当てる。
 一同が唖然とする中、啓斗はきっぱりと言った。
「熱はないようだな」
 どうやら、彼は静香の話を全く信用していないらしい。
「だとすると、寝不足か? それなら、いい薬があるが」
「おっしゃる意味がわかりかねますわ」
 憮然とした様子の静香に、啓斗は諭すように話し始めた。
「人の言う前世の記憶とやらの九割以上は本人の妄想だ。
 静香さんも、最近その手の本でも読んで影響されたとか、あるいは実生活がうまくいっていないとか……」
 けれども、その言葉は、彼女の神経を逆撫でしただけだった。
「信じていただけないのなら、別にご協力頂かなくても結構です」
 そう言い放つと、きっと啓斗をにらみつける静香。
 そのただならぬ様子を察して、守崎北斗(もりさき・けいと)が、慌てて割って入った。
「まあ、百歩譲ってその話が本当だったとしても、笠原はやめといた方がいいと思うぜ」
「あら、どうしてですの?」
 相変わらずややとげのある口調で応じる静香に、北斗は少し顔をしかめながら答えた。
「問題は、あいつの作品だよ。ただでさえ精神衛生上よくないのに、空間はねじ曲げるわ、変な生き物は召還するわ……とにかく、あいつと関わるとロクなことにならないぜ」
「前世の話は非現実的だという方が、また随分と非現実的なことをおっしゃいますわね」
 静香の言うとおり、北斗の話した内容は「前世からの絆」よりもよほど非現実的に思える。
 だが、彼女に見せられた写真の絵は、どう考えても精神衛生上よくはなさそうだったし、北斗の表情は、本当に嫌なことでも思い出したようにしか見えなかった。
「いや、俺もそう思うんだけど、実際俺たちは二回もそれでとんだ目に遭ってるからな。
 悪いことは言わねぇから、せめてあいつの弟か、それこそ三下あたりで手を打っとけよ、うん」
 冗談めかしてそんなことを言う北斗だが、その顔に浮かんだ笑みは、やはりまだ引きつっている。
(何が本当で何が嘘なのか、さっぱりわからなくなってきましたね)
 急に自分の名前が出てきたことにびっくりしている三下の方を見ながら、璃琉はそんなことを考えた。

 なお、「三下あたりで手を打っとけ」という北斗の提案が一蹴されたことは言うまでもない。





 次に口を開いたのは、ウォレス・グランブラッドだった。
「『汝の運命の星は汝の胸中にあり』」
 何気ない様子で呟いたその言葉に、静香がすぐに反応する。
「シラーですわね」
「ええ。
 正直なところ、私には貴女のおっしゃるようなことが本当にあるのかどうかはわかりません。
 ですが、自分の運命の星をかたくなに探そうとする、その気持ちはとてもすばらしいと思います」
 落ち着いた様子でウォレスがそう告げると、静香は急に機嫌を直した。
「わかって下さいます?」
 そのあまりの変わりように、璃琉は心の中で苦笑する。
 どうやら、守崎兄弟の対応のまずさが、ウォレスの対応のよさを引き立てる働きをしたらしい。
「これはあくまで私の推測なのですが、やはり思い出してもらうためには『きっかけ』をたくさん作ることが大事なのではないかと思います」
 ウォレスの話している内容が、はたして本当に前世の記憶を取り戻させるのに有効かどうかはかなり疑わしかったが、少なくとも、彼女が満足できるような指針を示すことくらいはできるのではないか、と璃琉は思った。

「……あの」
 その声で、彼の思考は中断された。
 小さな、しかし、不思議な緊張感のある声。
「どうかなさったんですか?」
 璃琉がそう尋ねてみると、その声の主――葛城雪姫(かつらぎ・ゆき)はぽつりとこう答えた。
「……ちょっと、嫌な予感が……」
 いきなり「嫌な予感」と言われても、それだけではどうしたらいいのかわからない。
「あの、嫌な予感と言うのは……」
 どういうことなのでしょうか、と続けようとした時。
 不意に、後ろでドアの開く音が聞こえた。

 ドアを開けて入ってきたのは、なんと鎧武者だった。
(タイミング的に、これが「嫌な予感」の正体でしょうね)
 頭のどこかで冷静にそう分析しつつも、やはりいきなりの鎧武者の出現には驚かずにはいられない。

 ……が。
 周りをよく見てみると、驚いているのは璃琉だけで、静香を含めた他の面々はさして驚いた様子ですらない。
「……あの、驚かないんですか?」
 その問いに、静香は軽く笑いながら答えた。
「映画部か、介者剣術部か、それとも戦国文化研究会か……いずれにせよ、鎧武者くらい、ここに通っていれば月に二、三度は見かけますわ」
(……どんな大学ですか)
 あまりと言えばあまりの答えに、もはやツッコミを入れる気にもならない。
 と、そんな璃琉に代わって、というわけではなさそうだが、当の鎧武者が口を開いた。
『その中のどれでもござらぬ。拙者は、こちらにおわす雪姫様に仕えし者』
「ってことは、守護霊みたいなもんか?」
 北斗の言葉に、鎧武者は一度首を縦に振ると、おもむろにこう語り始めた。
『お主らにはわからぬかも知れぬが、魂と魂をつなぐ縁というものは確かに存在する。
 拙者も、主君、そして姫君に二度とまみえる事無しと戦場で無念に囚われておったが……こうして再び相まみえた。
 これも神によってかサダメによってかは判らぬが……思し召しというものよ』
 語っているうちに、実際に「再び相まみえた」時のことを思い出したのか、だんだんその語り口に熱が入ってくる。
 一同が半ば呆気にとられつつ耳を傾けていると、鎧武者はそこで一度言葉を切り、やおら静香の方に向き直った。
『心に残した無念は晴らす時が必ず来る。お主の【時】は当に今なのであろう。
 それが真に、誠なる心であり、言葉であるのならば……!』
 熱く語る鎧武者の霊。見ようと思っても、めったに見られるものではない。
 その鎧武者にピンポイントで言葉を向けられた静香は、とそちらに視線を移してみると、驚くどころか、すっかり鎧武者の言葉に感動したらしく、真剣な顔で聞き入っている。
 そうこうしているうちに、鎧武者は再び自分の世界に入ってしまう。
『それにしても……あとらんちすなる場所にて分かたれし命。似ておる……』
 鎧武者の方の事情を知らない璃琉には何がどう似ているのか知る由もないが、一人で何やら合点したらしい鎧武者は、突然刀を抜き放つと、高らかにこう宣言した。
『今再びまみえんとするならば、拙者この破軍にかけて誓おう。
 もし男が拒みし時は、そっ首だけでも連れ帰る次第……!』

 ちなみに、物騒な決意を固めた鎧武者を思いとどまらせ、「万一の場合でも武力に訴えない」ということを納得させるのには、三十分ほどの時間がかかった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 パブリック・精神攻撃・アート 〜

 北斗は気が重かった。
 もうすぐ、あの部室棟が見えてくるのだ。
 以前にひどい目に遭わされた、あの「前衛芸術部」の部室のある建物が。

 一歩歩みを進めるたび、あの時の出来事を一つ思い出す。
 鉄砲水に飲まれたこと、羽根つき原色大ガエルにまとわりつかれたこと、いきなり温泉の、しかも女湯の中に落とされたこと……は、まあ、悪い面ばかりではなかったような気もするが、いずれにせよ、思い出したくない出来事がほとんどである。

(今回も、絶対ロクなことにならないだろうなぁ)
 確信にも似た思いを抱きながら、北斗は大きくため息をついた。
 隣では、啓斗も同じようにげっそりした表情を浮かべている。
 二人は顔を見合わせて、もう一度ため息をつくと、ゆっくりと顔を上げて……そのまま硬直した。

 二人の視界に飛び込んできたのは、いくつもの風船だった。
 大きさから見る限り、普通のゴム風船ではなく、カラス除けの目玉風船の類だろう。
 しかし、問題はその大きさではなく、その表面に書かれている模様だった。
 理解不能ながら、理屈を超えて人の負の感情にダイレクトに訴えかけるような模様が、禍々しく、毒々しく、とても正気の沙汰とは思えない色使いで描かれている。
 例えて言うなら、「透明の風船の中に、よくかき混ぜた混沌をいっぱいに詰めて浮かべたようなもの」とでもなるだろうか。
 この「想像以上の代物」を目にして、言葉もなく立ち尽くす一同。
 その横で、北斗は一人頭を抱えた。
(ああ、ちょっと見ねぇうちにますますグレードアップしてるよ……)





「パブリックアートですよ」
 部室にたどり着いた一同に、和之はこともなげにそう言った。
「公共の、開放された空間に作品を置くことにより、わざわざ芸術作品を鑑賞しようと思わないような人にも、普段の生活の中で芸術に触れられる機会を提供しよう、と、簡単に言えばそういうことです」
 確かに、その考え方自体は悪くない。
 考え方自体は悪くないが、和之がそれをやるのは、どちらかというと無差別テロに近いような気がするのは気のせいだろうか?
(やっぱり、これを野放しにしちゃまずいよなあ)
 そう考えて、北斗は正直にそのことを言おうとしたが、それより一瞬早く、璃琉が別の疑問を口にした。
「それで、どうしてカラス除けのバルーンなんですか?」
「せっかくですから、実用的なものを作ろうと思いましてね。
 まずは学内で何か作ってほしいものはないか募集したところ、園芸部から要望がありまして」
 笑顔で答える和之だが、「カラス除けのバルーンくらいしか要望がなかった」ということがどういうことかくらい、少し考えればわかりそうなものである。
(カラスは除けられても、もっと厄介なものが出てきたりしてな)
 そんなことを考えながら。北斗はふと窓の外のバルーンに目をやった。

 と、その時。
 北斗の見ている前で、バルーンの左右から突然腕のようなものが生えた。
 その腕が、近くを通りかかったカラスをむんずと掴む。
 そして、風船の真ん中に口のようなものが開き……捕まえたカラスを、ひとのみに飲み込んでしまった。
(…………!!!)
 今度こそ何か言うべきだとは思ったが、さすがにこれは予想外の展開だったこともあって、とっさに言葉が出てこない。
 やっと北斗が落ち着いた時には、風船はすでにもとの風船に戻ってしまっていた。
(今のは目の錯覚だよな、きっとそうだよな)
 自分で自分にそう言い聞かせながら、もう一度その風船を見る。
 色と模様は相変わらずだが、手も生えていなければ、口も開いていない。
(風船がカラスを捕って食うなんて、そんなことあるわけないよな)
 北斗はほっと胸を撫で下ろし……風船の下に落ちていた、先ほどまではなかったはずのカラスの羽根に気づいて、再び凍りついたのであった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 薮をつついてオロチをだす 〜

 それから、約一時間後。
 啓斗、北斗、そして和之の三人は、この大学でも最も大きな講義棟の屋上に来ていた。
 目の前には、有志の面々が即席で作り上げたバンジージャンプの設備がある。
「や、やっぱりやるんですか?」
 おそるおそる尋ねる和之に、北斗は満面の笑みを浮かべて答えた。
「協力してくれるって言ったろ? 男に二言はないよな」

 では、どうしてこのようなことになったのか、と言うと。

 話は、一同が和之を探しに前衛芸術部の部室へ向かう前にさかのぼる。
 普通の方法で静香を説得することが不可能だと悟って、守崎兄弟は一計を案じた。
『こうなった以上は、適当に理屈をつけて、何か『もっともらしいこと』でもやってみるか」
 一応やるだけのことはやってみて、それでも和之が何も思い出さなければ、さすがに静香もあきらめるだろう。
 二人は、そう考えたのだ。
 さらに、今回その「何か」をやらせる対象は、一度ならず二度までもひどい目に会わされた因縁の相手である。
(彼女の依頼にかこつけて、少し仕返しをしてやるか)
 そんな思いも、もちろん少なからずあった。
 
 そして、二人は和之を見つけるとすぐにその計画を実行に移した。
 他の面々には「俺たちにいいアイディアがある」と言い、和之には「たまには気分転換した方がいいんじゃないか」と言って、和之を連れ出す。
 その後、頃合いを見計らって、啓斗が事情を――もちろん、静香の依頼の方だけだが――説明し、協力を要請した。
「……というわけで、とりあえず思い出そうとしてみるだけのことはしてみてくれ。
 それでダメなら、彼女もあきらめがつくだろう」
「そういうことでしたら、私も協力しますよ」
 案の定、その申し出を快諾する和之。
 こうなってしまえば、あとはこっちのものだった。
「じゃ、とりあえず校舎の屋上からバンジージャンプ、なんてのはどうだ?
 こういうのは、一度臨死体験をすれば思い出す、とも言うしな」
「でも、海に身を投げたんだったら多分溺れ死にだろ?
 それなら、彼岸が見えてくるまで寒中水泳、ってほうが効果ありそうじゃねぇ?」
 ここぞとばかりにとんでもない提案をする二人。
「ちょ、ちょっと待って下さいよ!
 なんでいきなりそんな過酷な手段をとらなくちゃならないんですか!?」
 当然和之は抗議の声を上げるが、もちろんその程度は計算済みである。
「これくらいしないと前世の記憶なんて戻らないだろ?
 それとも、いっそ後頭部でも一発殴ってみるか?」
「まあ、どれも過酷っちゃ過酷だよな。
 前世の記憶以前に現世の人生までなくされても大変だし、とりあえず一番安全なバンジーで手を打っとくか?」
 ことここに至って、和之も二人の真意に気づいた様子だったが、今さら逃げられるはずもない。
「心配するな。俺も一緒に飛んでやるから」
 啓斗のその優しい(?)言葉が最後の一押しとなって……今に至るのだった。

「はい、準備OKでーす」
 そう言いながら、妙に手慣れた様子の学生数人が、啓斗と和之にロープを装着させる。
 その様子を、北斗は半ば呆れながら見つめていた。
(一体、どこからこれだけ本格的な設備が出てくるんだよ)
 三人の話を聞いていたとされる「諜報部」から「スタント研究会」やら「映画部大道具班」やらに連絡が行き、連絡を受けて急行してきた面々によって設備が設営されるまで、およそ五十分弱。
 設備自体もすごいが、この怪しげな部活動や研究会のラインナップといい、連携の緊密さといい、とにかく全てがいろいろな意味で普通の大学の域を遥かに超えていた。

 そんなことを考えている間にも、全ての準備が完了し、いよいよ「その時」がやってくる。
「じゃ、本番行きます。念のため、報道各部と『スクープ映像部』はカメラ回しておいて下さい」
 さっきから現場を仕切っている学生が、さらっととんでもないことを言っているのは気のせいだろうか?
 けれども、そんな不安になるような一言を聞いても、啓斗は全く動揺した様子はない。
「1、2、3で飛ぶぞ。いいな」
 彼はそれだけ言うと、和之の返事も待たずにカウントを開始した。

「1」

「2」

「3っ!」

 その声とともに、二人の身体が宙を舞う。
 見下ろす北斗の前で、二人の姿がどんどん小さくなっていく。

 そして。
 ある程度落ちたところで、無事に、二人の落下は止まった。

「やった!」
「実験成功だ!」
「うまくいったぞ!」
「三度目の正直だ!」
 二人の無事を見届けて、歓声を上げる一同。
 どさくさにまぎれて恐ろしいことを言っている者もいる気がするが、それは努めて聞かなかったことにする。
「……ちっ」
 隅の方で一人だけつまらなさそうな顔をしているのは、例の「スクープ映像部」だろうか。
(……と、そんなことより、今は和之の様子を見にいった方がよさそうだな)
 そう考えて、北斗はすぐに一階へと向かった。





 北斗が到着した時、そこにいたのは和之だけだった。
「あれ? 兄貴は?」
「それが、どうも気分が優れないらしくて。さっき、医務室の方に行きましたよ」
 心配そうな顔で答える和之。
 しかし、啓斗が、たかがバンジージャンプくらいで気分を悪くするだろうか?
 北斗が不思議に思っていると、和之は嬉しそうな顔でこんなことを言いはじめた。
「それより、見て下さいよ。
 さっき、飛んでいる最中に、アイディアが星の数ほどひらめいたんです」
 嫌な予感がする。
(まさか)
 今までのパターンから、何となく今後の展開が予想できる。
(まさか、兄貴が気分悪くなった原因って……!!)

「それを忘れないうちに、いくつか描いてみたんですが、どうでしょうか?」
 その言葉とともに、「嫌な予感」が現実のものとなった。
 目の前に広げられたスケッチブック。
 その中に描かれていたのは……人間の理解どころか、受容すら拒否する、圧倒的な負のインパクトを持つ「何か」だった。

 平面上に描き出されたものでありながら、いつぞやのオブジェをも凌駕する破壊力を持った「それ」の前で、北斗はあまりにも無力だった。

「……悪い。兄貴の様子見てきたいから、医務室どっちか教えてくれねーか?」
 自分たちの迂闊な行動を心の底から後悔しつつ、痛む頭を抑えながら北斗はそう尋ねた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 たとえ何度生まれ変わっても 〜

 静香から連絡があったのは、その翌日だった。

「それで、うまくいきましたか?」
 一同を代表してウォレスが尋ねると、静香は複雑な表情で答えた。
「何か感じるところはあるようですけど、それが私に言われたからそんな気になっているだけなのか、それとも本当に何かを思い出しそうなのかまではわからない、とのことですわ」
「多分、気のせいだろうな」
「啓斗さん!」
 身もふたもないことを言う啓斗を、雪姫があわててたしなめる。
 静香はそんな様子を黙って見つめていたが、やがて深刻そうな顔でこう呟いた。
「実は……私、もう一つ思い出してしまいましたの」

「思い出したというのは……やはり、前世のことですか?」
 璃琉の問いかけに、静香はこくりと頷き、その「思い出したこと」の内容を語り始めた。
「アトランティスで出会った後、私とあの方とは、別の人生ですでに出会っていましたの。
 そして、その時私たちは結ばれて……つまり、アトランティスでの誓いは、前世においてすでに果たされていたのですわ」
「では、静香さんと和之さんとは、少なくとも三度も出会っている、ということですか?」
 雪姫の言葉に、静香はもう一度首を縦に振る。
 だが、それだけのことにしては、彼女の表情が曇っているのがどうにも気になる。
「それに、何か問題でも? そんなに強い絆があることは、素晴らしいことだと思うのですが」
 璃琉が意を決してその疑問を口にすると、静香は一度小さくため息をついた。
「それが……私とあの方とは、実際一緒になってみると、あまりうまくいかなくて……」





 その後、彼女の語ったところによると。
 彼女の想いは、片時たりとも変わっていないという。
 ところが、前世においては、その想いの強さが逆に相手の重荷になってしまったようで、結果的には不和になってしまった、ということであった。

「前世での悲しい別れの記憶が強すぎて、想いが強すぎるほどに強まってしまったのでしょうかね」
「なるほど。薬も過ぎれば毒となるって言うしな」
 わかったような、わかってないようなことを言うウォレスと北斗。
 そんな二人を横目で見ながら、璃琉は最も肝心なことについて質問した。
「それで、静香さんはこの後どうなさるんですか?」

 しばらくの沈黙の後。
「……例え前世で何があろうと、私の気持ちは変わりません」
 静香は小さな声でそう呟くと、ゆっくりと顔を上げ……そして、とんでもないことを言い出したのだった。
「前世の記憶を取り戻す方法は、もう必要なくなりましたわ。
 そのかわり……絶対に前世の記憶が戻らなくなる方法を教えていただけません?」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 その後 〜

 北斗は、もう一度前衛芸術部の部室前に来ていた。

 風船がカラスを補食する場面を目撃していたのは、幸か不幸か北斗しかいなかった。
 今にして思えば、あまりにも無気味な風船が見せた幻覚、ということも考えられなくはない。
 とはいえ、あれは幻覚にしてはあまりにもリアルすぎたようにも思える。

(はたして、俺が見たのは現実だったのか?)
 それを、北斗は確かめたかったのだ。

 風船は、夕焼けの空をバックに、相変わらず妙な威圧感をただよわせながら浮かんでいる。
 しかし、いつまで待っても、手の生えてくる様子もなければ、口が開く様子もなかった。

(俺の見間違いだったのかな)
 そう結論づけて、北斗がその場を離れようとした時。

 不意に、風船の中から、原色のド派手な鳥が飛び出してきた。
「ガガガガガアアァァア……」
 そんな異様な声で一声鳴くと、鳥は西の空へと飛び去っていく。
 その鳥が、あのカラスの変わり果てた姿であることを、北斗は直感的に悟った。

 風船に視線を戻すと、いつの間にか、風船に大きな口が開いていた。
 あまりのことに、北斗が呆然とその風船を見つめていると、風船は口元をゆがめ、にやりと笑った……。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 0526 / ウォレス・グランブラッド / 男性 / 150 / 自称・英会話学校講師
 0554 /   守崎・啓斗      / 男性 /  17 / 高校生(忍)
 0568 /   守崎・北斗      / 男性 /  17 / 高校生(忍)
 0664 /   葛城・雪姫      / 女性 /  17 / 高校生
 2204 /   刃霞・璃琉      / 男性 /  22 / 大学生

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■         ライター通信          ■
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 撓場秀武です。
 この度は私の依頼にご参加下さいまして誠にありがとうございました。

・このノベルの構成について
 このノベルは全部で六つのパートで構成されております。
 このうち、四つ目のパート及び最終パートにつきましては複数のパターンがございますので、もしよろしければ他の方のノベルにも目を通してみていただけると幸いです。

・個別通信(守崎北斗様)
 今回はご参加ありがとうございました。
 二度あることは三度あるの言葉通り、今回も大変なことになってしまいましたが、いかがでしたでしょうか?
 もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。