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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


黒い雪

【オープニング】

 窓の外では北風が吹き荒れていて、春が来るのはまだまだ先のように思える。
 昼の編集部は慌ただしく働く人々で活気に溢れていた。
 そんな中、ひとつのテーブルを挟んで女性と青年が話をしている。
 女性はここ、月刊アトラスの編集長である碇麗香。青年は黒スーツに黒縁眼鏡、そして若者らしい茶髪という何だか妙な風貌だ。名前は、浅野龍平。自称宇宙人の変人である。
 「妙な事って?」
 碇は龍平が「お茶受けにどうぞ」などと言いつつ手渡してきた謎の漬け物をテーブルの端に追いやりながら訊ねた。ちなみにそれは妙な香りを発している。
 「黒い雪が降ってくるんです」
 そういう突飛な話題に慣れている碇は手元の手帳にメモしつつ頷き、先を促した。
 「僕はアパートで一人暮らししてるんですが、僕の部屋の周りだけに黒い雪が降るようになってしまって…。あ、もちろん積もった雪が変色した訳ではないですよ。降ってくる所を見てますから。
 溶けるとただの透明な水になるんですが、「玄関前に黒い雪だなんて汚く見えるからどうにかしろ」って大家さんが怒るんですよ〜。これは怪奇現象ですよね!取材…というか、解決してくれると嬉しいです。いちいち掃除するの、面倒なんで」
 龍平もこういう事には慣れているのか、恐れる訳でもなく冷静な態度で言う。
 「取材してみても良さそうね。ウチの優秀な人材を派遣するわ」
 碇はそういうなり首を巡らし、目当ての人物を発見すると、呼びつけた。
 「三下くーん!取材お願いね」
 「あ、浅野さんこんにちは。…ってまた僕ですか?!」

***

 「黒い雪、ですか…」
 さっさと自分のデスクに戻ってしまった碇に代わって龍平の話を聞いた三下は頭を抱えていた。降ってきた雪に塵のような物が付いて変色してしまうならまだ説明がつく。しかし、溶けると透明に戻るとなると…。
 「どーしたの三下。そんな顔して…あーっ、龍平!また何か厄介ごと?!」
 呻く三下の後ろから顔を出したのは銀の髪を持つ愛らしい少女、海原みあおだった。
 「こんにちは、みあおさん」
 好奇心に光る銀の瞳に見つめられながら、龍平はいつもの如くにこやかに挨拶する。
 「また三下くんを困らせてるの?浅野くん」
 「エマさん!」
 青い切れ長の目を持った女性は、既に椅子に座って話を聞く気まんまんのみあおの反対側からやってきた。ちなみ彼女、シュライン・エマの名を先に呼んだのは三下である。彼女にも座るよう促している彼は、「助けが来た」とでも言わんばかりだ。
 「こんにちはーシュラインさん」
 龍平は先程と変わらないテンションで片手を挙げる。
 「シュラインも来たことだし、何が起こってるのか教えてよ」
 みあおの一言で半ば勝手に参加させられたシュラインも、苦笑しつつ椅子に座った。三下はお茶を出すべく立ち上がり、龍平は本日3回目の説明を始めた。

 話を聞き終えたみあおもシュラインも、一様に首を傾げていた。
 「うーん…浅野くん、部屋から変な光とか出してない?」
 シュラインが冗談半分で訊くと龍平は少し考えてから首を振った。
 「いえ。近所の電気屋さんで買った電球とかしか使ってないと思いますけど」
 「そ、そうよね…。光で色が変わって見えるって事もあるかと思ったのよ」
 そんな真面目に答えなくても、と思いつつシュラインは補足する。
 「みあおはね、龍平を追い出したい他の宇宙人の仕業だと思うよ」
 「僕そんな悪い事した覚えないですけど…。そうだとしたら心配ですね」
 真に受けた龍平はまたしても真面目に答え、みあおの発言を加速させた。
 「絶対そうだよ!黒い服を着た人達が夜な夜な龍平の部屋の上に来て、屋根にアンテナとか…色々付けて操作してるんだ。宇宙人の陰謀だよっ!!」
 「えええっ!それはさすがに怖いですねぇ」
 「とりあえず、浅野さんの家に取材に行ってみましょう」
 みあおと龍平の会話に苦笑していた三下はそう言って、了承を得るように龍平を見遣った。
 「わぁ!宇宙人の家なんて、どんな怪しいものがあるんだろ☆」
 頷いた龍平を見てみあおが喜んでいる。そこでふとシュラインが囲んでいたテーブルの端を指差した。
 「ところで、アレは何なの?」
 彼女の指の先には碇が遠ざけた謎の漬け物のビンが置いてある。
 「僕の父がたまにどこからかもらってくる漬け物です」
 龍平の言葉から<普通の漬け物>だと信じた三下がそれの蓋を開ける。
 「う、わっ…」
 それと同時に青臭いような猛烈に塩辛いような香りがあたりに広がった。
 「これ…おいしいんですか?!むしろ食べ物なんですかっ?!」
 失神寸前で蓋を閉めた三下が涙ながらに訊くと、龍平はなんと首を傾げた。
 「さぁ…食べた事ないもので。だってそれ変なにおいするじゃないですか」
 そんな物を人様にあげるな、というツッコミが誰にもできなかったのは、蓋を閉めてもなお残る刺激臭の仕業だろう。

***

 至って普通。
 まずそれが、一同の感想だった。なんの変哲もない場所に建っている一件のアパート。黒っぽい屋根、コンクリートの壁、錆びた金属の階段…どれをとっても奇抜ではないし、まして妖しげなアンテナなど存在しそうもなかった。
 龍平の部屋は2階らしく、彼は慣れた様子で階段を上って行く。
 「本当にここなんでしょうか?」
 「ちょっと普通すぎるね…」
 龍平のあとについて階段を上りながらみあおと三下はそんな会話をしている。
 「あっ。そこの部屋ね?」
 シュラインが階段を上って右に2つ目の扉を指し示した。たしかにその扉の前には黒っぽい雪が僅かに残っていた。
 「黒い雪!」
 龍平が何か言う前にみあおは走り出し、溶けたり避けられたりして残り少ない黒い雪を手に取る。すると彼女の手の中で雪は色を失い、透明な水になってコンクリートの上に落ちた。
 「あぁー!本当に黒い!!溶けると色がなくなるっていうのも本当だったんですね!」
 三下は少し興奮気味に雪に触れたり写真を撮ったりしている。みあおは不思議そうに手のひらの水を眺め、おもむろに鞄から懐中電灯を取り出す。それで周りの黒い雪を照らしたりしている所を見ると、<宇宙人の陰謀>だとかを抜きに科学的検証を行っているようだった。
「どう?みあおちゃん」
 シュラインがみあおの小さな背中に問い掛けると、彼女は振り向いて首を振った。
 「単純に光のせいじゃないみたい…。懐中電灯を当ててもあんまり変わらないもん」
 「そう…じゃあやっぱり浅野くんの家の中に何かがあるのかもね」
 後ろから3人を見ていた龍平は、シュラインの言葉に首を傾げながら「どうぞ」と言って家の鍵を開けた。
 「普通!」
 一番乗りで玄関に入ったみあおは思わず声を上げた。狭い玄関は一人暮らしらしくガランとしている。
 「本当に普通ですねぇ。もっとこう…底にバネがついてるような靴とかないんですか?」
 みあおと三下の過剰な期待を裏切り、浅野家の玄関は一般的だった。短い廊下を抜けると居間になっていて、そこも小綺麗にしてある。
 「片付いてるわねぇ」
 シュラインは常に片付かない部屋をいつも見ているからか、少し感心したように部屋を見回した。
 片付いていて一見普通だが、無駄に大きなスピーカーとレコーダーがあったり、いつの時代のどこの国のものかすらわからないレコードが大量に箱に詰まっていたりする。みあおは、それこそ妙な物がたくさん並んでいる棚を覗いていた。海外の物と思われる謎のスナックや、変な人形、見た事もないタイトルの雑誌などが几帳面そうに並べられているのだから面白い。
 その間、三下はベランダから外を眺め、シュラインは部屋の照明などを調べていた。龍平はパソコンの置いてある自分のデスクの椅子に座って窓の近くに下がった鳥かごを眺めている。中では黄色いカナリアが高い声で鳴いていた。
 「ねぇ龍平。本当に心当たりは無いの?黒い雪が降ってくる前に変わった事はなかった?」
 棚の物色に飽きたらしいみあおが、デスクの近くにある黒いソファベッドに座って龍平に訊ねる。
 「うーん…黒い雪が降り始めた頃からピピの機嫌が悪いんですよねぇ」
 龍平は鳥かごの中のカナリアを見て心配げな顔をした。
 「やっぱり何かいるんだ…」
 みあおが確信して呟いた瞬間、三下の悲鳴が上がった。
 「えぇえぇ?!何ですかコレ!!!」

***

 「かっっっわいい!!」
 慌てて三下の側に駆け付けた3人が見たのは、図鑑などには絶対に載っていなそうな生物だった。全体的には猿のような体で、白い顔以外の部分は羊のような黒いモコモコした毛で手の先まで覆われている。黒い大きな目を持っていて、体長は20センチ程度。しかもニ足歩行。
 そう、まるでぬいぐるみのような外見なのだ。みあおが騒ぐのも無理はない。
 「絶対…絶対おかしいですよ!黒い雪の原因はこの生き物じゃないんですか?!」
 「多分、そうよねぇ。…それにしても可愛らしいわ。なんでこの子が雪を黒くするのかしら?」
 大人しく、あまり動かないその生き物を三下は恐る恐る写真に納めている。みあおは自分のデジタルカメラで動画を撮っていた。
 「こんなものが家に…。あれっ?!」
 驚きながら謎の生物を眺める龍平は周りを見回して声を上げた。
 「どうしたの?…ん??」
 シュラインもどこかおかしい事に気付いたようだ。龍平は青ざめている。
 「このソファベッド、こんなに黒くなかったですよ。壁も…窓枠も」
 「あれぇ?レンズ曇ったかな??」
 みあおも不思議そうにカメラを眺めている。
 「これはちょっとヤバくないですか…!」
 三下が、被写体である生き物からどんどん<影>が広がっていくのに気付いてそこから離れた。
 「この子は<影>を作るんだわ!しかも絶対的な!あり得ないはずだけれど…早くどうにかしないと!!」
 シュラインが迫ってくる黒から離れながら言う。みあおが何とかしようと力を使おうとしたが、その前に龍平が黒の中に飛び込んだ。
 「えぇ?!」
 驚く3人の前に龍平は黒い生き物を右手で掴んで戻ってきて、
 「原因がわかったので後はこちらでどうにかします!」
 と言うなり玄関から出て、走り去ってしまった。部屋からはだんだんと明るさと白さが戻ってきて、やがて3人は顔を見合わせた。

***

 「まただね…。あいつは勝手に厄介ごと起こして人を巻き込んで、自分で終わらせちゃうんだよー」
 事件から数日後、みあおはアトラスの編集室でジュースを飲みながら三下を相手に愚痴っていた。
 「ねぇどう思う?」
 「困りますね。すごーく」
 みあおは頷くとコップをとん、と置く。みあおの使っていたデジタルカメラには暗闇以外ほとんど何も映っていなかった。それは三下のカメラにしても然り。あの後龍平とも連絡が取れていないし、証拠写真もないという、三下にとって最悪な状況だった。
 「こんにちはー」
 2人が溜め息をついたのと、編集部の扉が開いたのはほぼ同時。入ってきたのは黒いスーツに身を包んだ…
 「僕の親が何とか処理してくれましたよーこの前の」
 髪が前より少し黒っぽく、肌もどことなく焼けたように見える青年、浅野龍平だった。どうやら完全に<影>を追い出しきれていないらしい。
 このあと龍平は三下に証拠代わりと写真を撮りまくられ、「雑誌掲載はやめてくれ、宇宙人狩りの団体に見つかってしまう!」とさんざん頼む事になるのだった。

オワリ

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)    ■
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1415/海原・みあお/女/13/小学生
0086/シュライン・エマ/女/26/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

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■         ライター通信            ■
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 こんにちは。佐々木洋燈です。
 なんだか滅茶苦茶な話になってしまって申し訳ありません!!私的にメインは浅野家お宅訪問だったのでその辺は満足しているのですが…。ストーリーに説得力がないのがなんとも悲しいです。
 龍平の部屋にいる鳥かごの中のピピというのは、もちろんあの時のピピです(覚えているでしょうか…。
 みあおちゃんはもう、かなり大好きです。では、またお会いできる事を願って☆