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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


いつも通りのある日。


 春にはまだ早く、気温はそんなに高くはない。厚手のジャンパーを着ていれば、吹き曝しの公園でも寒くはなかった。
 それはやっぱり心の中に「やる気」という闘志の炎が燃え盛っているからだろうか、と、櫻・疾風(さくら・はやて)は思う。
 仕事に対する意気込みは誰よりも高く、日々精進を怠ったことはない。
 空は高く、雲の流れは速い。
 ベンチに腰掛け、疾風は上空を眺めている。飛行機雲が白く伸びていた。
 いい天気だ。
 本当にいい天気だ。
 この、日が沈み行く時間帯、赤く染まる公園はまるで炎のようだ。
 綺麗な夕焼け。
 疾風のためだけに全てが存在するように。
 炎が周囲を取り巻いているという想像は、疾風の心を高揚させてくれる。
 人はそれを青春と呼ぶのかもしれない。



 ひたすら自分の世界に嵌まり込んでいた疾風の時間が突如切り裂かれた。
「こんにちは、疾風さん。また黄昏中ですか?」
「悠也くん!!」
 買い物袋をぶら下げ、斎・悠也(いつき・ゆうや)が立っていた。悠也がベンチの空いている場所に腰を下ろしたので、疾風は現実に戻ってこざるを得なくなる。
「そういえば、昨日の夜、火事があったみたいですねえ。小火で済むはずが、2棟全焼って聞きましたけど。」
「あああああああああっ!!!」
 疾風は頭を振って、呻いた。
 火事、それは疾風の心を躍らせるもの。
 炎は疾風の闘志を駆り立てる。
 別に放火を行ってスリルを感じるわけではない。
 むしろ逆の立場にある。
 そう、疾風はれっきとした消防士なのである。
 そして、自分の仕事に莫大な誇りを持っている。
 それなのに。
 それなのに。
「また、火事を煽りましたね。」
 ずばりと悠也に言い切られ、疾風はがっくりと沈んだ。
 今まで、周囲の風景から炎を連想していたのも、昨日の夜中の火事が原因だ。
 清々しく青春をしているように見えて、疾風は激しく落ち込んでいたのだった。
「わざとじゃないんだ。わざとじゃないんだ。」
 水を練成する能力者である疾風は、火を消すため、周囲の水を使おうとしたのだ。火事において、水は重要な消火媒体である。あればあるほどいい。
 しかし、疾風が水を奪った場所は干上がり乾燥してしまう。火は元々の威力が大きくない限り、簡単には燃え広がらない。からからに乾いたものは、炎にとっては格好の餌に他ならないのだ。結果的に火事が広がってしまった。
 疾風が良かれと思ってやったことが裏目に出てしまっただけだ。世に言う「小さな親切大きなお世話」だということに本人は気付いていない。
 悠也はきちんとそのことが分かっていた。老婆心ながら忠告を口にしてみる。
「その職業向いてないんじゃないですか?」
「いやっ! 僕は『いつか誰かのヒーロー』になりたいんだっ!!」
「いつか誰かを炎に撒く前に大人しく転職した方が世のためだと思いますけど。」
 少し毒舌過ぎるかな、と思いながら、悠也ははっきりと言ってみた。
 疾風は自分で言った言葉に感激しており、一気に思考が空の彼方へ吹っ飛んでしまっていた。



 「誰かのヒーロー」、なんて素晴らしい響きだろう。
 消防士としての行動原理であり、最終目標となる理想。
 そのために命がけの仕事を必死にこなし、日々頑張っている。
 全ては「いつか誰かのヒーロー」になるために。
 こんなところで負けているわけには行かないのだ。
 今諦めてしまったら、ヒーローを待つ誰かを悲しませてしまうことになる。
 これが踏ん張り時だ。
 負けられない。
 消防士という仕事は、疾風の天職なのだから。
 誰がこの燃え盛る闘志を止めらることができようか。いやできはしない。
 瞳の中で炎が揺らめいている。
 いやいや、これは昨日の夜中に起きた火事が脳裏を過ぎっているだけか。



「あああああああ、僕はいつになったら立派な消防士になれるんだー!!」
「人の話聞いてませんね?」
 悠也は錯乱する疾風を哀れみを込めて見やった。
 疾風のそんな姿はすでに見慣れている。仕事に失敗すると、疾風はいつもこの公園にやってきては、青春しているように見せてかけ、ひたすら落ち込んでいるからだ。
 悠也はすでに同情の無意味さを学んでいた。むしろどんなに現実に叩きのめされても、何度の立ち上がろうとする疾風に感心していたりする。
 ここまで頑固だと、その夢を応援したくなるのが人情というものなのだと思う。「好きこそものの上手なれ」という諺もあることだし、きっと疾風にも明るい未来が待っているだろう。しかし、ものごとは決して単純ではなく、「下手の横好き」という諺もあるのが少々気にかかる。
「そうだ、疾風さん。」
 ごそごそと悠也は買い物袋から買ったばかりの果物を取り出した。
 何か変わったものなのかと思って、疾風はしげしげとそれを眺めるが、普通のスーパーに売っている果物でしかない。
「疾風くん?」
「どうぞ、錬金術を使ってみてください。」
「?」
 悠也の意図が分からないまま、疾風は果物から水を練成する。見る見るうちに果物は干上がり、疾風の手には水が精製される。
 瑞々しかった果物は、水を抜かれて皮がしわしわになり、大きさもぐっと小さくなってしまう。明るい原色だった色も、どこか黒ずんだ色になってしまった。
 悠也はそれを見るのが楽しくて、にこにこと笑顔で次々と果物を渡していく。片手ほどの大きさの果物が、掌にちょこんと乗る大きさになると、荷物が軽くなってラッキーだと考えてのことではない。多分。
「ここまで来ると、いっそ感心してしまいますね。」
 なんと素晴らしいドライフルーツのオンパレード。
 水を抜かれたそこに広がる乾燥ワールド。
 きゅっと引き締まった実は、何の無駄もない。
「商売になりますね。」
「僕はドライフードの店を構えたいわけじゃない。消防で、いつか誰かのヒーローになるんだ!」
「やっぱり転職した方が……。」
「悠也くん!!」
 半泣きになった疾風がさすがに可哀相になって、悠也は口を閉ざした。
 ドライフルーツに成り果ててしまった果物の乾燥具合に、仕事の失敗をまざまざと思い出して落ち込んでいることが分かった。夕日を浴びて、更に哀愁が漂っている。
「疾風さん……。」
 悠也はぽんぽんと疾風の背中を叩いた。
 真っ直ぐに自分の夢を信じて突き進む姿には好感を抱く。転職を勧めてみたりするのは(多少の本気もあれど)、疾風がそれに反発して立ち直ってくれるからだ。
 日々、切磋琢磨。
 何事にも一生懸命。
 効果のほどは窺えないが、諦めない強さを悠也は認めていた。
「大器晩成という言葉もありますしね。」
「そうだよね! 悠也くんは僕の味方だよね!! うん。そうだよ。信じるものは救われるんだ!」
「まあ、ものは言いようですけど。」
「次の出動の時には、絶対に失敗なんてしないぞ!」
「消防士が火事の予定を立ててどうするんですか。」
「今度こそ、火事を消し止めて見せるんだっ!!」
「……頑張ってくださいね。」
 周囲も日が落ちてきており、時計を見るといい時間である。早く帰らないと夕飯の支度に遅れてしまう。
「それでは、そろそろ俺は帰りますね。また。」
 悠也はいまだ力説している疾風を残し、同居人の元へ大量に作られたドライフルーツを土産に持って帰っていくのだった。



 それはいつも通りのある日の出来事。



 * END *