コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


『嘆きの天使』
 リンスター財閥日本支部のビル最上階にあるリンスター財閥総帥セレスティ・カーニンガムの部屋がノックされた。
「どうぞ」
 セレスティはノックされてきっちりと3秒後に返事を返す。
「失礼します、総帥」
 部屋に入ってきたのは縁無し眼鏡をかけた冷たい感じの美貌をした秘書だった。しかし気持ちその美貌がいつもよりも冷たく見えたのは、彼女の顔色がいささか悪く見えたからかもしれない。
「どうしましたか?」
 セレスティは机の上に神経質そうに乗せられた書類の束から一枚一枚取った書類を素早く処理しながら声だけを彼女にかける。
「はい。それが少々困った事になりました。我がリンスター財閥系列の美術館で問題が発生しました」
 抑揚の無い声で淡々と言われたのは彼女自身がその事に対して、動揺している現れだろう。
 セレスティは書類から彼女に顔をあげた。
「問題とは?」
「殺人です」
「はぁー」
 セレスティは重い息を吐いて、頬杖つくと、彼女に事件の詳細を求めた。
 殺人事件が起こったのは新宿でリンスター財閥が経営している美術館だ。
 事件の内容は実に陳腐な物であった。それはただの痴話喧嘩の果ての結果なのだ。
 加害者はその美術館で絵の修復をしていた女性。
 被害者はその美術館の学芸員。
 学芸員は結婚しており、二人は不倫の関係であったらしい。
 犯人である女性が逃げているために詳しい事情はわからないのだが、男が彼女に関係の清算を求め、それを嫌がり、それで揉めて・・・もしくはその逆か
 と、いう事らしい。
「それで館長はその二人の関係に気づけなかったのですか?」
 秘書はわずかに身を固くして、セレスティに答えた。
「はい。彼も同僚も二人の関係に気づいてはいなかったようです」
「やれやれ。わかりました。それで彼の通夜は今日なのですか?」
「はい。既に警察から遺体は返されているそうです」
「そうですか。では、私の喪服を用意させておいてください」
 ひとりになったセレスティは大きく溜息を吐いた。

 ******
 人が慕われていたかどうかは葬儀の時の人々の様子を見ればわかると言う。
 それに基づいて見てみるなら彼は多くの人間に慕われていたらしい。
 セレスティは焼香を済ませると、通夜の手伝いをしている美術館の人間と少し話して、そこから帰ろうとした。
 が、その時に彼の肌がぞわり粟立った。
 感じた霊気…いや、妖気に彼はそちらを振り返る。
 泣いている彼の家族。彼らがいる部屋の奥。そこにある棺桶を天井に背を付けて張り付きながら見下ろす女・・・
「犯人だという女性の生霊?」
 いや、違う。
 この妖気は生霊ではない。
 セレスティはじっとほとんど視力の無い目でその女を見据える。
 そしてその視線を感じたのか、棺桶を見下ろしていた女がこちらを向いた。にぃーっと薄く笑って、
 ………次の瞬間に消える。
「あれは何だ?」
 生霊ではない。
 一般的には実は幽霊よりも生霊の方が性質が悪い。
 だが明らかにその生霊よりもあの女の方が暗く危険だ……
「これはただの殺人事件ではないようですね。やれやれ。私のリンスター財閥に悪影響をもたらす要因は排除せねばならない。動かなければいけませんか、私も」

 ******
 殺人現場となった美術館は、警察によってまだ閉鎖されていたが、セレスティはその権力を持って、美術館に入った。
 夜の美術館をたゆたう夜気は触れれば切れそうなぐらいに鋭く冷たい。
 毛穴の一つ一つから体内に染み込んでくる冷気は、うちからセレスティを凍死させるかのようだった。
 こつんこつん、と静かに夜の闇にセレスティの靴が石畳を叩く音だけが静かに響く。
 闇はとても濃密で、セレスティは息苦しさを感じた。
「この私がプレッシャーを受けている?」
 セレスティは微苦笑を浮かべる。
 彼は体の感覚すべてを周りの闇に向けた。
 このプレッシャーはどこから来る?
 セレスティは心の目を開く。
 視線は館内を飲み込む闇を貫き、そしてその周りの闇よりもより濃密な昏く冷たい闇を見た。
 セレスティの心の目の視線を感じたその闇はぶるりと打ち震える。
 周りのどこかよそよそしかった闇はその瞬間に、押し殺してきた感情が爆発したかのように一気にざわめき出した。
「「「「ぎゃぁーーーーーー」」」」
 聞こえた声は警備にあたっていた警察官たちのものだ。闇から湧き出した霊たちに彼らはやられた。
 だがその彼らに気を回す余裕ってのは、セレスティにはない。
 そう、それほどなのだ、それは!
「このプレッシャー。これはあなたですか?」
 セレスティは鋭く声を発する。
 それは美術館の奥の壁にかけられた絵だ。
 
 タイトルは『嘆きの天使』
 純白の翼を持つ天使は、しかし闇の底に堕ちて、憂鬱そうな顔で、体育座りをして、こちらを見つめている。

 セレスティはその絵の下にかけられた作者の名前が書かれたプレートを見て、状況を飲み込んだ。
「なるほどね。そういう繋がりですか。ですがね、私にはあなたの事情などというのは残念ながら関係無いのですよ」
 クールに微笑みながら、冷たく言い放つ。
 転瞬、闇が悲鳴をあげて、
 そして周りの絵から、影の鬼が這いずり出し、セレスティに肉薄する。
 だが、セレスティの美貌に浮かぶ表情は揺らがない。クールに。
 彼は、口の片端を吊り上げて、右手を天井に向けてあげる。
 それに反応するように部屋の隅に和風テイストを添えるためとかって作られたしし脅しが粉砕し、迸った水がまるで生きているかのようにセレスティの手の平に向けて虚空を流れ、手の平の上で凝縮し、球を成す。
「私を倒すって? こんな低俗なモノどもがァ」
 バレーボール台の水球から、ビー玉ぐらいの水球が発射され、それは影の鬼を倒した。
 絵の中に潜むモノがそれを目の当たりにして、戦慄する。
 だが現時点で圧倒的に優位に立つセレスティだが、しかしその瞳には焦りのようなものがあった。
 なぜ?
(ダメですね。私の予想が当たっているのなら、それならばこいつは倒せない)
 セレスティはそう思考をはじき出すと、あっさりと身を翻した。
 そして出口に向かって、可能な限りに足を早く前に出す。
 背後で闇が震えた。
 こんな時は自分の思い通りに動かないこの足が恨めしい。
 だがセレスティはそういう事を愚痴愚痴と言う人ではない。
 彼は右手の水球を背後に投げた。それは水の壁となって、彼を追っていた影の鬼どもの足を止めるのだった。

 ******
「もしもし、警視総監ですか? 私はリンスター財閥総帥セレスティ・カーニンガムです」
 携帯電話の向こうの警視総監は彼の名を聞いて、身を硬くした。
 そして見え透いたおべんちゃらを口にし出した彼の口を止めて、セレスティは犯人とされる彼女の居場所はまだわからないのかを訊いた。
 そして驚いたことに警視総監はすぐに部下に問い合わせて、彼女の居場所を口にした。彼女は都内のビルで、捜査員に屋上に追い詰められ、そして自殺しようとしているらしい。
「まずいですね。彼女を追い詰めれば、あれは暴れる」
 そう言った瞬間、大気が震えた。
 分厚い雨雲に覆われていた空に雷が走り、
 激しい雨が降り出す。
 そしてそのスコールかのような雨を降らす天に向かって、負のエネルギーの塊が飛び上がったのは、件の美術館の方だ。
「えーい、言わんこっちゃない」
 セレスティの髪を乱暴に虚空に舞わせた風は美術館から、彼女がいる方角に向かって吹いた。

 ******
 セレスティが現場に到着した時にはもうどうしようもなく事態が進んでいた。
 無人のパトカーの周りに転がる骸は冷たい雨に打たれている。
 そしてセレスティは顔をビルの屋上に向けた。心の目で、そこを見る。
 屋上の縁に立つ女性。
 フェンスによじ登って彼女の右手を掴む捜査員。
 その捜査員の頭が夜の虚空を舞い、
 雨に混じった赤い液体がセレスティの顔を打つ。それはそこに到達するまでに冷やされ、冷たくなっていた。
 女性は激しく顔を横に振り、
 そして次の瞬間に、
 夜の虚空に飛んだ。
 それを追って、二つの影も飛ぶ。
 一つは首の無い影。それは、ただ重力に引かれて落ちてくる。
 もう一つは確かな意志を持って、彼女を追う。
「ちぃぃ」
 セレスティは無造作に服の袖で顔を濡らす赤い液体をぬぐって、アスファルトを蹴った。飛翔した彼は跳躍限界点に達した瞬間に右手を屋上に伸ばす。瞬間、降っていた雨は絹糸かのような一本の細い糸になると、一方はフェンスに。
 もう片方はセレスティの右手首に巻きついて、そして彼は縮んでいく水の糸に引っ張られて虚空を舞う。
 落ちる女性を中間点にセレスティと影が迫る。
 わずかに影のほうが早い。
 女性は気を失っているようだ。
 だがセレスティはクールに接する。
 左手を影に伸ばして、でこぴんをするかのように指を弾く。そうすれば人差し指の先が弾いた雨粒が弾丸かのように影を貫いた。
 大きくバランスを崩す。
 セレスティは自分が彼女に到達するまで、それを続けた。
 もはや影は蜂の巣状態。だが、それは死んでいない。激しい敵意を持ってセレスティを睨み、激しく降る雨の音がノイズかのように響く夜に咆哮をあげた。
「がぁぁぁぁぁああああああぁぁぁああああぁぁぁーーーーー」
「言ってろ」
 セレスティは左腕で女性を抱き抱えると、水の糸を切った。女性とセレスティ。二人分の重量によって、落ちるスピードは速い。
 下は冷たく固いアスファルト。
 激突すれば死。
 一足早く落ちた首無し死体がアスファルトに激突して、不恰好な音を奏でた。
 セレスティの腕の温もりが伝わったのか、彼女が眼を覚ました。彼女は暴れる。
「暴れないで。大丈夫。私があなたを守りますよ」
 そうだ。彼女はリンスター財閥の大切な資産だ。
「きゃややあああぁぁぁぁああああぁぁぁあーーーー」
 彼女が悲鳴をあげる。
 迫るアスファルト。
 激突する!
「大丈夫」
 囁くセレスティは、右手をアスファルトに向ける。
 転瞬、アスファルトの上の水が集まって、ウォーターベットを作る。
 どふん。
 ウォーターベットが二人分の衝撃に弾む。
 女性は放心している。
 だがセレスティは、素早く身を起こし、彼女の手を引っ張って無理やり起こし、走らせた。
 車のドアを開けて、彼女を助手席に放り込むと、セレスティ自身は運転席に滑り込んで、エンジンがかかったままの車を急発進させた。

 ******
 激しく雨が降る夜の道を車は猛スピードで走った。
 この車は足が不自由なセレスティのために改造されたものだが、スピードはレーシングカー並に出る。
 アクセルとクラッチだけで彼は車を走らせながら、助手席の彼女に声をかけた。
「気は落ち着きましたか?」
「あ、えっと・・・」
 彼女はものすごい勢いで水が流れるフロントガラスに映るセレスティの顔を見てはっとしたように目を瞠り、そして車の運転をするセレスティの横顔を見た。
「総帥?」
「ええ」
「ど、どうして、総帥が?」
「どうして? そんなのは決まってますよ。私のリンスター財閥を揺るがす災いの芽は早く摘み取るためですよ」
 彼女は顔を俯かせた。
「あなたはあれが何なのかわかってますね?」
「・・・・・・・・・・・・・・はい」
 彼女は頷いた。
「あれはあたしの母親です」
 やはり、と彼は想った。
 彼女の母親は美しい風景画を描く有名な画家だった。
 だが、夫が浮気をし、愛人と共に蒸発したのをきっかけに暗い絵を描くようになった。
「あの美術館に飾られている『嘆きの天使』はあたしをモデルに描いた絵です。だけどあたしを見ながらその絵を描いている母は鬼でした。鬼となった母は絵に自分の魂を…父への恨みを塗り込んでいるようで……」
 そして彼女は突然に顔を両手で覆って、泣き出した。
「あたし、今でも耳に残ってるんです。母の声がぁ・・・」

『おまえだけは母さんの側にいてね・・・』
『母さんを裏切らないでね』
『ずっとずっと母さんと一緒にいてね』
『母さんを独りにしないで』
『独りぼっちはいやだぁ』

「いつも泣いていた母。あたしは泣きながら母に抱きついて、ずっと一緒にいるよって言って……。だけど母は自殺してしまって・・・でも・・・」
「でも?」
「母は死んでからもあたしの隣にいつもいるんです。母の遺言はずっとあの絵を肌身離さずに持っていてっていうもので・・・死んだ母はあの絵に住み着いて、あたしを見ていて、そしてあたしに近づいてくる人を殺すんです」
 セレスティは彼女の調査書を思い出す。確かに彼女の周りには多くの死があった。
 彼女の話では昨夜、死んだ彼も不倫ではなく、ずっと親身に彼女の相談に乗り、そして昨夜一緒にあの絵(館長に頼み込まれて、美術館に貸していた)を処分しに行ったのだそうだ。だが結果は・・・
「総帥。あたしを、あたしを、下ろしてください。母はあたしを守ろうとしてるんです。このままではあなたも」
 セレスティは鼻を鳴らした。
「守る? これはただの子どもじみた独占欲ですよ。親の愛情ではない。あなたにだって…」
 そこでセレスティの口が止まった。
 突然、車内に衝撃が走り、べこりと屋根がへこみ、そしてフロントガラスの向こうに逆さの女の顔。
「お母さん!」
「ちぃぃ」
 セレスティは振り落とさんと、車のスピードをあげて、蛇行運転するが、しかし、
 母親の顔がにぃーっと笑い、
 その顔が消えた瞬間に、
 フロントガラス越しに見たのはトラックのヘッドライトだ。
「くぅ」
 セレスティはブレーキをかけ、
 車は悲鳴かのような甲高いブレーキ音をあげて、濡れたアスファルトの上をスリップして、
 そしてセレスティの運転する車は民家の壁に激突して、ただクラクションの音を上げ続けた。

 セレスティが気を失っていたのは、ものの数秒だ。そして、助手席を見れば、彼女の姿はその数秒間に無くなっていた。
 激しい雨が降る道を走り去る女の細い背中。
「ちぃぃ。馬鹿な事を」
 セレスティは舌打ちをしつつ、外に出ると、彼女を追った。

 ******
 美術館に転がる警察官の死体に彼女はその場に座り込んで幼い子どもかのように泣きじゃくっていた。
『何を泣いているの? 母さんはかわいいあなたをいじめる奴を殺してやっただけでしょう。そう。そうよ、安心おし。母さんがおまえを守ってあげるから。ね』
 そこにあるのは狂気?
 それとも親の愛?
 彼女にはもうわからない。
 ただわかるのは、このままでいけばこの母はこれからも多くの人を殺すということだ。

 そんなのは絶対にいやだぁ・・・

 だから彼女は・・・
「そうだね、母さん。だけどね、母さん、もういいんだよ」
 彼女は枯れた花束をくしゃくしゃにまるめたかのような泣き笑いの表情を浮かべた。
 そして立ち上がって、絵の前に立つ。
「母さん、あたしを母さんのところに連れて行って。そうすればずっと一緒だよ」
 それは哀しい決意。
 もう母に誰も殺させたくない。
 だから自分のすべてを諦める・・・諦める・・・・・・・諦める・・・あ・・・・きら・・・・め・・・る・・・・・・
「諦められるんですか?」
 背後から聞こえたその声に彼女は弾かれたように振り返った。そこにいるのはセレスティだ。
「総帥・・・」
 彼女はショックを受けた顔をする。
 それにかまわずにセレスティは美貌に張り付く濡れた髪を掻きあげながら、
「あなたがこの美術館の採用面接を受けにきた時に、本当はあなたは落とされるはずだった。私があなたの志望動機書に眼を通さなければ、あなたは落ちていたんですよ」
「・・・」
「私はあなたが志望動機書に書いたあなたの夢に胸を打たれた。多くの素晴らしい絵を修復し画家たちが絵に込めた想いを成就させてあげたい、たくさんの綺麗な絵を皆に見せてあげたい・・・だから自分はこの職を希望した、あなたはそう書いていた。その夢は叶えたのですか? いえ、まだでしょう。なのにそれを捨てて、逃げるのですか? その程度だったのですか、この私を揺り動かしたあなたの夢というのは」
 セレスティは静かに言葉を紡ぐ。
 そしてそれは充分に彼女の心を揺さぶった。そう、だから彼女はヒステリックに叫んだ。
「だってしょうがないじゃない!!! こうしないと・・・こうしないと母さんはまた人を殺す」
「だからあなたは逃げるのですか、その現実から。母親が間違いを起こすのが嫌なら、それならその間違いを起こす母親をいさめなさい。その行為はただ逃げてるだけだ。そして一番罪が重い。夢も何もかも捨て自分で自分を殺すのだから。そして母親に娘を殺させようとしているのだから」
 彼女ははっと息を呑んだ。そしてまた大粒の涙を零す。
『こんな奴は無視して、さあ、母さんのところへおいで』
 母親は優しい声で言う。
 だけど、彼女は首を横に振った。
「ごめんね、母さん。ごめんね、母さん。ごめんね。ごめんね」
 そう呟きながら、後ずさり、そしてその彼女をセレスティは力強く後ろから抱きしめる。
「そう、それでいいのです。あなたは生きているのだから」
 そして闇が爆発する。
『きさまがぁぁぁぁぁあああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー』
 絵から憎悪に満ちた天使が抜け出す。
 暗黒の翼を羽ばたかせて、
 弾丸かのようにセレスティに向かう。
 それを見つめるセレスティの瞳にはしかし、怒りがあった。
「この馬鹿親がぁ」
 そしてセレスティは水を操ろうとするが、しかし・・・
「なに?」
 水がこの空間に存在しない。
 そう、ここはこの母親のテリトリー。
 母親の想いが作り出した空間で、
 だから水が存在しないのだ。
「ちぃぃぃ」
 セレスティが悔しげに舌打ちし、
『にぃぃぃ』
 母親は歪に笑う。
 そして母親の貫き手がセレスティの腹部を貫いた。
「総帥ぃ!」
 彼女が悲鳴をあげる。
 母親は笑う。
 そしてセレスティは、
「何を笑っているのです? あなたはもはや笑える立場ではない。そう、絶対的なミスを犯したのだから」
 そう微笑むセレスティ。
 訝しげに歪んだ母親の顔で、血走った目が大きく見開かれた。その訳は・・・
『なぜ?』
 母親の見開かれた目が見るのは、自分の左胸を貫く赤い刃だ。
「血、も液体です」
 セレスティは勝ち誇るでもなくク―ルに言い、そして奇怪なオブジェかのように母親の背から生える血の刃は真っ直ぐに伸びて、絵を刺し貫いた。
 そう、数時間前、この絵を守る闇を構成していた娘の諦めと絶望が消え去ったから、セレスティは剣で、絵を貫く事ができ、
 そしてそれによって、
『うぎゃぁぁぁあああーーーーーーー』
 母親は敗れ去った。

 ******
 ただ死闘が終わった闇には、彼女の泣き声だけが響いていた。
 その彼女にセレスティが声をかける。
「顔をおあげなさい」
 その言葉に彼女が顔をあげたのは、彼女自身も何かを感じていたからか。
 彼女の涙に濡れた目が見る先には母親がいた。とても穏やかな顔で微笑んでいる。
「母さん、母さん、母さん、母さん」
 彼女は母親に向かって身を乗り出し、そしてその震える指先が半透明の母親に触れそうなところで、母親は唇をゆっくりと動かす。

 幸せにおなり

 そして母親はセレスティに頭を下げて消え去った。
 あとには明るい太陽の光が溢れる花園で優しい微笑を浮かべる天使の絵だけが残されていた。
 セレスティは泣きじゃくる彼女と一緒に、その優しく美しい絵を温かい表情で眺めるのだった。


 **ライターより**
 こんにちは、セレスティさま。
 ライターの草摩一護です。
 いつもありがとうございます。
 
 さて、この度はフルアクセルで、これぞ東京怪談、そしてセレスティ・カーニンガムというシチュノベになりました。
 いかがでしたか?
 ドキドキしてもらえ、
 そして母娘の不器用な想いに何かを感じてもらえたのなら、作者冥利に尽きます。

 いや、でも、本当に今回のお話はものすごくクールですね、セレスティさん。
 ここ最近は恋するセレスティさんを書いていた(いや、前回は僕の陰謀ですが^^;)ので、久々のクールでカッコいいセレスティさんを書いているうちにこちらも乗ってしまい、本当にフルアクセルのお話になりました。

 そしてご質問の答えですがイエスです。
 セレスティさんも好きですか?
 僕も大好きで全巻持ってますよ。^^
 でも、もう物語も終わりに近いようですね。残念です。

 しかしセレスティさんの物語はまだまだ彼を主人公にして書きたい物語がたくさんあるので、またよろしければご依頼してくださいね。^^
 それでは失礼します。