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<東京怪談ウェブゲーム あやかし荘>


おばあちゃんのおもいで

○綾花ばあちゃん
「どうぢゃった? 綾花(あやか)ばあちゃんの様子は……」
 自室に戻って来た因幡・恵美(いなば・めぐみ)に嬉璃(きり)は心配げに声をかけた。
 上着を丁寧にタンスに戻しつつ、恵美は表情を暗くさせる。
「ずっと意識不明のままみたい……ご家族の方が看病されてるんだけど、全然反応がないそうなの。まるで魂が抜けてしまったような……」
「やはりあの時出ていったものは、そうぢゃったのか……」
 考えこむ嬉璃に恵美は不思議そうに問いかけた。
「出ていったものって……一体何をですか?」
「綾花ばあちゃんの口元から、白い光のような出ていくのが見えたのぢゃ。あれはもしかすると綾花ばあちゃんの魂なのかもしれんの。まだ肉体のほうは生きてるとなると……魂とのつながりはあるようぢゃな。引き戻せばまだ間に合うかもしれん」
「でも、そんなのどうやって……」
「なあに、あやかし荘にはその道のプロがおる。あやつらに任せれば良いぢゃろうて。誰か良い奴がおらぬか探してくるぞ!」
 早速とばかりに嬉璃はあやかし荘の廊下を駆けていった。
 
 カラン……と軽快な音がなり、喫茶「眠りの羊」に少女が入って来た。真っ赤なランドセルを背中に背負い、黄色の帽子を被った愛くるしい姿に店員らしき女性はくすりとほほ笑む。
 この店は常連客が多く、その殆どが老人だった。健康食品をメニューとして取り入れてるため、健康好きのお年寄りが朝から通ってくるのだ。
 雑誌にも紹介されたため、若い女性もたまにはくるのだが……それにしても、彼女のような幼子が一人で来るなど、めったにない。
 少女はまっすぐに窓辺の席に腰かけた。メニューを差し出す店員に、彼女はすぐさま注文を告げる。
「アッサムラプサンスーチョンのミルクティー、あとスコーンをお願いねっ」
「は……はい……」
 驚いた様子の店員をよそに、少女は水を美味しそうに飲みはじめた。
 ふと店員はその胸につけられたバッチに視線を移す。
「……かわむら……あやか……」

■少女との出会い
 細やかな雪が降る2月初旬。一年の中でもっとも冷え込む時期だ。
 積もらずに溶けていく雪に湿ったアスファルトを踏みしめて、巳主神・冴那(みすがみ・さえな)はゆっくりと空を見上げた。
「……本当に寒いわ……」
 雪の降っている間は不思議と風も穏やかで過ごし易い。時折強く吹きおりるビル風が肌に突き刺さるような冷たかったが、ビル街を抜けさえすれば大したこと無い。
 人の波を上手にすり抜けて、冴那は歩き慣れた駅前の階段を下りていく。と、紙袋の底が破れていたのか、タマネギがひとつ転がり落ちた。
「あっ……」
 慌てて追いかける冴那。
 タマネギはころころと転がっていき、やがて街路樹の幹にひっかかり止まった。
 安堵の息を吐き出し、タマネギを拾おうと駆け寄ると、近くにいた少女が先にそれを拾い上げた。
「はい、おねえちゃんのだよね」
 屈託の無い純粋な笑顔で少女は冴那に話しかける。
 礼の言葉を小さく呟き、冴那は少女からタマネギを受け取った。
「どうしたのおねえちゃん……なんか怒ってる?」
 心配げに見つめられ、冴那は目を瞬かせた。どうやらほほ笑み返さない冴那に、少女は不安に思っているようだ。
「いいえ、怒ってなんかいないわ」
「本当に?」
「ええ、本当よ」
 冴那はぎこちなく笑顔を作ろうとする。その様子に気付いたのか「よかった」と、少女は天使の笑顔で微笑みかえした。
「あ、いっけなーいっ! 早くしないと日が落ちちゃうや!」
 いうが早いか、少女はだっと駆け出し階段を上りはじめた。半分ぐらいまであがったところで振り返り、大声で冴那に声をかけた。
「おねえちゃんバイバーイ!」
 小さく手を振り、冴那は少女の後ろ姿を眺めていた。ふと、踵を返し階段を上っていくその姿に、一瞬老婆の姿が重なった。不思議に思い呼び止めようとするも時すでに遅く、駅前のコンコースの中へ少女の姿は消えていた。
 
■命を繋ぐ糸
 嬉璃の案内のもと、真名神・慶悟(まながみ・けいご)は綾花の眠る病室へと来ていた。
 病院独特の消毒液の香りが充満した小さな個室に、彼女は安らかな寝顔で横たわっていた。
「それで……意識を失ったのは大体何時頃になるんだ?」
「……先月の中頃になります……丁度、こんな雪の日のことでした。いつも通りに散歩ついでに、とあやかし荘に遊びにいかれて、夕方頃の帰り際に倒れたと管理人さんからご連絡を頂き、心配になって見にいったら……」
 綾花の娘にあたるという女性がぽつり、ぽつりと答えた。
 彼女は付き添いのために毎日通院しているのだという。人形のように意識のない母親を見るのが辛いのか、慶悟と会話をしている間、一度も母親の方へ視線を向けようとはしなかった。
「……あやかし荘の他に、外出の時によく行ってた場所は?」
「ええと、眠りの何とかという喫茶店によく行っていたそうです。あと、浅草観音へお参りにいっているとか……」
「なるほど、大体の目星はついたな」
 慶悟は立ち上がり、眠っている老婆をじっと見つめた。
 なるほど、確かに彼女の首もとから白い糸のような出ている。嬉璃の予測した通り、身体と魂はまだ完全に離れた訳ではない。
「心配なく、今のままならきっと目を覚ますだろう。ただ、ひとつ覚悟していて欲しいのは……下手に扱えば、そのまま還らぬ人となることもあり得る。特に半月も寝たままなら、身体の筋肉がこわばっていて、以前のように過ごすのにはかなりの苦労を強いられるということだ」
「はい、お医者様もこのままでは危険だとおっしゃってました……覚悟は出来ています」
 彼女はぎゅっと拳を握りしめる。その手が細かく震えているのに気付き、無理も無いか……と慶悟は心の中で呟いた。
「あまり期待せずにいてくれよ」
 軽く手を振り、慶悟は純白の扉を静かに開けて出ていった。
 
■願い
「美味しそうね、それ何と言うお菓子かしら?」
 神社の境内前にちょこんと腰掛けていた少女に冴那はさりげなく声をかけた。
「わっ! びっくりしたー。あ、さっきのタマネギのおねえちゃんだね! おねえちゃんもお参りに来たの?」
「ちょっと違うわ、あたしはそこの和菓子屋に用があってきたの」
 と、冴那は境内の向かいにある和菓子屋を指差した。平日の午後だというのに若い女性客で繁盛していることで有名な店だ。
「2月14日にお客と……うちの子達にあげるお菓子を、と思ってね」
「ふぅーん……」
 少女は膝に抱えていた紙袋から揚げまんじゅうを取り出し、冴那に差し出した。
「ね、あげまんじゅうと交換しようよ、これも美味しいよ」
「ええいいけど……なら半分こして一緒に食べましょうか」
 隣に腰を降ろして、冴那は箱に詰められていた生チョコ入りの餅を1つ手渡した。
 お互いのお菓子を同時に口にし、顔を見合わせる。
「うんっ、美味しいね!」
「そうね……」
 満足に食べる少女の横顔を見ながら、冴那はぽつりと呟いた。
「それで、後はどこに行ってみたいのかしら? ……綾花さん」
 少女の手がぴたりと止まる。表情から笑顔を消し、彼女はじっと冴那を見つめた。
「おじいさんといった海へ……横浜の海へ行きたいの」
「……分かったわ。連れていってあげる……」

■電車に揺られて
 魂と身体を結ぶ細い糸をたどっていた慶悟は、気が付けば湘南新宿ラインの電車に乗り込んでいた。
「……これも散歩ルートのひとつなのか……?」
 相手は80を越えたご老人だ。さすがにそれはないだろう。
 通称、新宿ライナーと呼ばれるこの路線は、新宿から横浜へ約30分で到着出来る便利な路線だ。
 観光地である横浜や鎌倉へ電車1本でいけるとあってか、車両の中は観光客が殆どだった。
 ぐるりと乗客を見回していると見慣れた姿を見かけ、慶悟は隣の車両へと向かっていった。
「あら、奇遇ね」
 慶悟が言い出すより早く、冴那が話かけて来た。彼女の隣にちょこんと腰掛けていた子供の視線に気付き、慶悟は冴那の前に佇みながら一言呟いた。
「……お前、何時の間に産んだんだ?」
「いくら蛇でも数日でここまで育たないわよ」
 怒りと言うよりあきれた口調で冴那は言った。
「あやかさん、こちらが慶悟さんです」
「ふーん……よろしくね! 慶悟おにぃちゃん!」
 にこりと、少女は満面の笑顔でほほ笑んだ。
 
■観光都市YOKOHAMA
 横浜駅を降り、駅から南東に位置する横浜港へと3人は歩みを進めていった。
 この辺りは最近になって都市化が更に加速し、大型アウトレットモールやアミューズメントパーク、高層ビル、展示ホールなどが立ち並び、観光地として各情報誌や旅行雑誌に大きく取り上げられている。
 東京の大地震の余波で一時はこの辺りもかなりの被害を受けたのだが、地域住民の協力により、急速な回復と発展が行われたらしい。
 港に並ぶヨット船を見つけると、少女は笑い声をあげて駆け出した。その後を冴那と慶悟がゆっくりと歩いて追いかける。
「あまり走ると危ないわよ」
「おねえちゃーん! みてみてー! お魚が跳ねてる!」
 おせじにも綺麗とは言えない港の海の水面に、時折ぱしゃりという音と共に黒い魚の姿が見えた。
 太陽の光に反射して、魚の背中が美しく輝く。その姿を見つける度に、少女は声をあげて喜んだ。
「……気が済んだか?」
 徐にぽつりと慶悟は言った。
 途端、あやかは表情を暗くさせて、ゆっくりと振り返った。
「悪いがそろそろ身体の方に限界が来ている。これ以上離れていては本当に戻れなくなるぞ……このまま成仏したいのなら、その手伝いをするが、な」
 ちらりと慶悟は彼女の首先から伸びている細い線に視線をうつした。最初に確認した時よりずいぶんと細くなって来ている。そろそろ……限界だ。
「そうね。日も暮れてきたし、寒くならないうちに帰りましょ」
 そっと冴那は少女に手を差し出した。少々ためらいながらも、少女はぎゅっとその真っ白な手を握りしめた。
「おねえちゃん、連れて来てくれて有難う……」
 彼女はじっと冴那を見つめ、にっこりとほほ笑んだ。その姿のまま、少女の身体は夕日の中へと溶けていった。
「……間に合ったかしら?」
「ああ、ぎりぎり何とかな……」
 慶悟は瞑想をやめて、軽く空に印を切る。
「半月も離脱していたから、すぐには心身の疲労回復は出来ないだろう。明日あたりに、早く元気になれるよう術の施しでもしておくさ」
 それでも当分はベッドから身体を起こすのは難しいだろう、と慶悟は言葉を付け加えた。魂の離脱は想像以上に身体に負担をかける。精力が枯れだした老年期の身体ではなおさらだ。
「それより、今日はこのまま帰るのか?」
「何かおごってくれるなら、付き合ってあげてもいいわよ」
「いま、財布に余裕がなくってな……」
「冗談よ。私に食事をおごるとしたら覚悟が必要だもの」
「……ここからだと少し遠いんだが、俺の行きつけの店に行くか?」
「あら素敵ね。丁度、何か飲みたいと思っていた所なのよ」
 ボゥーッと出発を告げる船の汽笛が街の喧噪をかき消すかのように鳴り響いた。
 夕暮れに染まる横浜港の海を白い客船が滑るように流れていく。行く先はどこなのだろうか、オレンジ色の太陽へ向かって静かにすすんでいく様は、無性に儚げで頼りない。
 しばらく船の旅立ちを見つめていたが、冴那は静かに言葉を紡ぎあげた。
「人の生き様は地図を持たずあてもない海をいく旅……」
「別に人とは限らないぜ、生きている者は先の見えない旅路を歩いているようなもんだ。獣も、妖怪もな。まあ、大きく外れてる奴らも中にはいるが……それより早く行くとしよう。ここからだと1時間はかかりそうだからな」
 いつの間にか日は水平線の端へと消えようとしていた。
 少し冷たくなった港の風をまといながら、2人は横浜駅へと戻っていった。
 
■思い出の海に還る頃
 その次の日。
 綾花が長い眠りから目覚めたとの知らせがあやかし荘に届いた。
 周りの人間が心配していたにも関わらず、本人はのんきに「楽しい夢をみていた」とご機嫌に笑っていたという。
 だが、魂を長い間抜け出させていたのが原因なのか、綾花は流行病の風邪をあっというまに悪化させて、静かに息を引き取った。享年82歳だった。

□残された者達のすべきこと
「さーえーなーさーん……」
 あやかし荘の入り口を開けた途端、冴那を迎えたのは目を真っ赤にはらした恵美だった。
「……どうかしたの?」
 そういえばいつもなら駆け寄ってくる、あやかし荘の住民達の姿も見えない。気のせいなのかもしれないが、あやかし荘全体が重苦しい雰囲気につつまれていた。
「……綾花ばあちゃんが亡くなられたんじゃ」
 怪談脇にいた嬉璃がぽつりと呟いた。
 彼女はあやかし荘の住民ではなかったが、良くここにきては嬉璃を代表とする「あやかし荘に住む異形の者達」の話相手になっていた。もう彼女に会えないという寂しさがあやかし荘を包んでいたのだ。
「そう……」
 冴那はのど元にまで出かかった言葉を飲み込んだ。恐らく、数日前に起きたあの事が原因なのだろうと気付いていたが、それをいったところで彼らの心は晴れないだろう。
「ね、バレンタイン用に買っていたお菓子が余ったの。せっかくだから皆で食べようと思って持ってきたのだけど、お茶にする気分になってくれるかしら?」
「お菓子!?」
 ばっとどこからともなく柚葉が飛び出して来た。冴那が下げている紙袋を見つけると、瞳を輝かせてじっと恵美と冴那を交互に見つめた。
「……そうね、いつまでもこんな気分では綾花おばあちゃんも成仏出来ないわね。気分転換に、お茶にしましょうか」
「わーい!」
「さ、立ち話もなんですし、冴那さんも上がってください」
「あまり長居は出来ないけど良いかしら?」
「ええ勿論です。ここは皆さんの憩いの場所、なんですから」
 
 それからしばらくして、横浜港にちょっとした噂話が流れだした。
 夜になると港の岬に小学生らしき男女が現れるのだという。彼らは特に何をするわけでもなく、岬に腰掛け、じっと海辺を眺めているらしい。
 その2人の笑顔がとても幸せそうだったと、彼らを見付けた人は口々にそう言っていた。
 
おわり

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/ PC名  /性別/ 年齢/   職業  】

 0376/巳主神・冴那/ 女/600/ペットショップオーナー
 0389/真名神・慶悟/ 男/ 20/陰陽師

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■         ライター通信          ■
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 大変お待たせ致しました。
 今回は話の展開がなんとなく予測できた内容だったと反省しております。
 うーん、若いお兄ちゃんが小学生の女の子になってた方が良かったのかな(それは問題あるかと)
 
巳主神様:ご参加有難うございました。綾花に付き添い頂き有難うございます。蛇と人間ではいきる長さも違いますし、価値観が違うかもしれません。それでもやりたいことを存分に出来るように配慮頂いたことは綾花にとっても嬉しかったことでしょう。

 最後に浮遊霊? な状態で横浜港で遊んでいるよう描写いたしましたが、ちゃんと成仏しておりますのでご安心下さい。
 
 それではまた別の物語にてお会い致しましょう。
 
 谷口舞拝