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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>



「かごめかごめ」


――オープニング――

 帰宅途中の学生がぽつりぽつりと姿を見せる某インターネットカフェ。その店内をうきうきと歩いていく少女の名前は瀬名雫。
雫は一台のパソコンの前に立つと慣れた手つきでそれを動かし、楽しみにしていたページを開くと同時に、心底楽しそうな笑みを満面に浮かべた。
「今日はどんな話が来てるかなっと」
周りの人影など気にする様子もなく、彼女はうきうきと独り言を言う。
言いながら投稿されていた記事を順に眺め、その中の一つの記事に目を落とした。


「かごめかごめの噂」
春分・夏至・秋分・冬至・大晦日
このどれかの日に8人でかごめかごめをやると、後ろの正面にいる人が消えてしまうという噂。


 記事の内容は簡潔で短く、それだけに雫の興味をひいた。
「いやあん、これ面白そうかも!」
目をキラキラさせてパソコン画面に見入る彼女に、こっそりと近付いてくる影が一つ。
「雫ちゃん。うちがそれ調査してみようか」
パソコン画面を覗きこみながらそう言い、雫と同様に目をキラめかせている少女。
自分の肩越しにある彼女の顔に目を向けながら微笑み返す雫の耳に、もう一人の声が届いた。
「……僕もお手伝いしますよ」
いつのまにか隣の椅子に腰を下ろしている少年。

雫は二人の顔を順番に眺めると嬉しそうに笑い、首を大きく縦に振った。


――1――

「さて、と。調査を引き受けたはいいけど、どこから手をつけようか」
大曽根つばさはそう言ってデスクの椅子に腰を下ろし、体を後ろに反らせて大きく伸びをした。
椅子が小さく軋む音を立てた。二人がいるネットカフェの灯かりが、つばさの髪を明るく照らし出す。
その隣の椅子に腰掛けて、尾神七重は伸びをしているつばさの顔をちらりと見やった。
「……まずは情報収集が基本でしょう」
小さくそう言いながら、七重は慣れた手つきでパソコンのキーを叩き始める。
七重の指先が動くたびにその銀髪が小さく揺れ動く。綺麗な髪やねえ、と感心しているつばさの声に小さく瞬きをしてみせると、
忙しなく動かしていた手を止めて、ある記事を指で示した。
「安易かもしれませんが手始めに失踪などの事件性を考えて調べてみました」
ささやくような口調でそう言う七重に頷いてみせながら、示された部分を覗きこみながらつばさは小さく首をかしげた。
「……都市伝説みたいなもんやしねえ。……でも元凶となった事件とかは特になさげやね」
 表示されてある記事を目で追うつばさの言葉に自分も頷きながら、七重は違う記事を表示させた。
そこにはオカルトページが開かれてあり、歌詞について検証しようという文章が書かれてある。
無言のままで自分を見つめている七重の顔を見やってから、つばさはその文章に目を走らせた。
「へぇ、なんだかいろんな説があるんね。……呪い的なものもあるし……流産の話っていうのはメジャーやんね」
 表示されてある記事に一通り目を通すと、つばさは再び椅子に腰掛けて天井を見上げた。
そして再び椅子を軋ませながらポツリと口を開く。
「うちな、本当はこの歌あんまり好きじゃないねん。なんかこう、目を開けたときに周りにいてた友達が一人もおらんように
なってたらって思うとな」
そう言ってニカッと笑う。くるくる変わるつばさの表情を眺めている七重の目がかすかに細められ、まるでつばさの心の底を見据えているように
鈍く光る。
「……あなたの周りにいる友達は、あなたを放って消えたりはしないと思いますよ」
ぼそりと呟くその言葉につばさは一瞬驚いたような顔を作り、そしてすぐに照れ笑いを浮かべた。
「何言うてんの! さ、こんな調べ物ばかりしててもしゃあないし、実行あるのみ! やね」
大袈裟にガッツポーズをしているつばさを見やって、七重は小さく笑みをこぼす。
「……ですね。折り良く春分の日も近い事ですし。……では、実行は明後日の春分の日ということで」
七重の言葉に大きく頷いて、つばさはもう一度ニカッと笑って見せた。


――2――

 そして迎えた春分の日。七重がネットで募集をかけた事も手伝って、数人の人影が小さな神社に集まっていた。
「すんませーん。じゃあさっそく始めたいと思うのでぇ、集まってもらえまっかー」
 夕暮れ押し迫る時刻。春とはいえ、まだ少し冷気をはらんでいる風がつばさの髪を揺らしていく。
 神社の敷石の上に座っている七重は頬づえをついて、少し離れた場所で人影を見守っている。
 つばさの声に七人の男女がザワザワと話し合いながら集まり、自然な流れで円陣を組んだ。
「ああ、そうだ。すんませんけど、うちを円陣に入れてもらえませんか。誰か真ん中に入る係で」
「――大曽根さん」
七重の声がつばさの動きを止める。
「あなたが後ろに立つつもりですか?」
「だって、もし何かあったら悪いやん。うちだったらどうにか対応出来るしな」
そう応えてニカッと笑う。
 少しの間、いっそさわやかな程のその笑みに目を向けていた七重も、すぐ後に小さく頷いて口を開いた。
「……分かりました。僕は万が一何かあったらすぐに対処出来るよう、円陣の外で見ています」
「うん、分かった! ――しかし逢魔が時とはよく言ったもんやね」
暗くなっていく西日に目を細めつつそう言うつばさに、七重も目を細めて首を傾げる。
「なぜかごめを八人でやるのか、その意味を僕なりに考えてみたんですが」
西日に目を細めていたつばさが七重に目を向ける。ひんやりとした風が、つばさの首元を撫でまわすようにすぎていく。
「中央におかれた者を外せば、その周囲を囲む数は七人。……七という数字は完全な数とも、逆に
魔を示す数字とも言われています。春分は彼岸と此岸を結ぶ日でもあり、今この時刻はあちらとこちらが密接になる時間帯でもあります」
 口許に手をあてて考え事をしながらそう呟く七重に、つばさはやはり明るい笑みを返して言葉を継げた。
「ごちゃごちゃ考えたってしゃあないやん。実践実践。実践あるのみや! いざとなったらうちがこれで何とかしちゃる」
あっけらかんとそう言い、右手を顔の前に持ち上げてみせた。そこにはつばさの念力で創り出される棍が握り締められていた。
「……では始めましょう」
七重の声が、静かな神社の境内にぽつりと響き渡った。

 円陣の中央に少女が座ったのを確認すると、残り七人で手を繋いでグルグル周る。
「かーごめーかーごめー」
小さな神社を取り囲む陰湿めいた木々が、夕暮れの陽射しを浴びて怪しくざわめく。
「かーごのなーかのとーりーはー」
グルグルと周る円陣を、少し離れた場所から七重が見守っている。
腕組みをして立っているその姿はそれだけの動作にも関わらず、イヤミでない程度の品格を感じさせる。
「いーつーいーつーでーやーるー。よーあーけーのばーんーにー」
円陣を組んでいる内の一人が、盛りあがった敷石に足を取られ、わずかに体勢を崩す。
途端に木々をざわめかせていた風が、じっとりと生ぬるい空気を漂わせて辺りを支配した。
「つーるとかーめがすーべったーうしろのしょうめんーだあーれ」

――だぁれ――
 
 全身を撫でまわしていくような風が、ピタリと止んだ。
「――い、今なんか声せえへんかった?」
ちょうど後ろの正面に立つことができたつばさが、そう言いながら周囲を見回した。
しかし周囲にいる他の少年達は眉をひしめて首を横に振る。
「――――大曽根さん」
離れた場所に立っていた七重が、小走りに円陣に近寄って行く。

ズルリ

「きゃああああああ!」
その時、周囲を囲んでいた少年達が恐怖の声を張り上げた。円陣は瞬く間に解かれ、転げまわるようにして走り去っていく。
その場に残ったのはつばさと七重の二人だけ。

ズルリ

 再び静寂に支配された境内に、何かが這うような音がした。
音はつばさのすぐ背後から……。首元にひんやりとした感触を感じ、反射的に振り向いたつばさの目に、朱色の襦袢を着た女の姿が飛びこんできた。
ひんむかれた目は虚ろに空を睨み、不自然なほどに青白いその肌はところどころ腐ってほの白い骨を覗かせている。
 一目でそれと分かる女はボソボソと何かを呟きながらつばさの首に腕を絡みつけ、空を睨みつけていた眼球をギョロリとつばさに向け直した。
「ぎゃああ!」
自分に張り付いている女の形相に声を張り上げながら、つばさは右手の棍を振りかざす。
「消滅させたる!」
しかし体勢が悪く、振り上げた棍は空しく宙を仰ぐばかり。
気ばかりが焦って、ボソボソと何かを呟く女の声をうまく聞き取る事も難しい。
その時、七重の声が静かにつばさの行動を諌めた。
「僕が引き剥がします」
そう言い放ち、七重はゆっくりと手を上げてつばさに張り付いている女を指差した。
途端に女の体はまるで目に見えていない何かに圧しつけられているように、敷石の上に転がった。
 ほっと息をついて七重に礼を言い、改めて女の姿に目を向けたつばさの顔を、女は見つめている。
何かを呟くその口許はひっきりなしに動き、赤く染まった眼球は何かを探し求めているかのようにつばさを見ている。

 首をさすりながら女の顔を見据え、つばさはふと首を傾げた。
「――なんやろ、何か言いたげやね」
そう言うとゆっくりと膝をおって女のそばに座り、ゆっくりとした口調で女に語りかける。
「あんた、何か探してるんか? ……子供か?」
つばさのすぐ後ろに立って自分も女を見下ろしながら、七重もつばさの言葉に耳を傾けた。
 つばさの問いに女は肩を震わせ、鮮やかに赤い涙を流し始めた。
口は相変わらず動いているが、その声を聞き取ることは出来ない。――それは二人の耳にはただの呻き声にしか聞こえないのだ。
「……遊女をしていたという、かごめさんですか?」
七重が静かに問う。女の顔がわずかに七重に向けられた。
「子供を捜してはるんやね……」
目を細めてそう言うとゆるゆると立ちあがって七重に目を向け、つばさは口を開く。
「なあ、この人もしかして子供を捜してて、それでかごめかごめで遊ぶ人をさらってたんちゃうかな」
チラリとつばさに目を向けて小さく頷き、七重は睫毛を伏せた。
「どうにかして見つけてやれないんかな……」
七重の顔を見やってから再び女に視線を向け直し、なんか可哀想やわと呟く。
女はまるで見定めるようにつばさの顔を見上げ、再び肩を震わせた。
 西日はいよいよ陰りを見せ始め、二人がいる境内にほの暗い空気を漂わせていく。
その場に漂う重い空気を一蹴するように、七重がポツリと口を開いた。
「……あなたの子供は先にあちらに着いて、あなたを待ってますよ」
伏せたままの目が鈍く光る。
「ほんまかいな。ほんならあんたも早く子供のところに行ってやらんと!」
そう言いながら七重を見やってすぐ女に目を落とし、つばさはその顔を覗きこむようにしてニカッと笑った。
 女はやはり赤く染まった眼球から鮮血を流していたが、それでも心なしか穏やかな表情になっているように見える。
 つばさは怖がる様子もなく女に微笑みかけると、そっと手を差し伸べて声をかけた。
そのすぐ後ろに立っている七重の顔には、表情こそ浮かんでいないものの、どこか優しい空気を漂わせている。
「うちらが向こうに送ったる。今日は彼岸で今は逢魔が時や。向こうに通じる道だってきっと開くはずや」
明るくそう言い放つつばさの言葉に、七重も小さく首を縦に振る。
「……さようなら、かごめさん」


――エピローグ――

 満開の桜の下、買ったばかりの肉まんにかぶりつきながらつばさは公園のベンチに座っていた。
かぶりつきながら咲き誇る桜を仰ぎ、うーんと伸びをしてみせる。
「退屈そうですね」
ふいに聞こえたその声は七重のものだった。いつのまにか隣に座ってつばさを眺めている双眸は暗い赤。
相変わらず表情のかけらもないその顔は、ひどく端正ではあるけれど陰気そうでもある。
頬張っていた肉まんを手に持ち、つばさはいつもと変わらない笑みを作ってみせる。
「おかげさまで平和なもんや。あれからな」

 あれから。『かごめ』が光るドアの向こうに消えていってから。
あの女がかごめかごめの噂になった原因であるのかどうか――それは分からない。
 しかし二人の中にある、どこか晴々とした気持ちは確かなものだ。
少なくともあの女はきっと、向こうで子供と巡り会えているに違いない。そう思うと、ひどく心が暖かくなるのだ。

「……それじゃ、僕はこれで。また縁があるようでしたら」
七重はそう言って立ちあがり、上質そうな制服の裾を軽く払うと小さく頭を下げ、つばさに背中を向けた。
「さいならー」
再び肉まんを頬張り、掌をひらひらさせながらつばさは七重を見送った。

 二人がいる場所を見守っている空は、どこまでも高く澄んでいて、時々吹いて流れる風は桜の花びらを巻きこんで
その青空の彼方へと運んでいった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1411 / 大曽根つばさ / 女 / 13 / 中学生、退魔師】
【2557 / 尾神七重 / 男 / 14 / 中学生】


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■         ライター通信          ■
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OMCに登録して、最初の仕事です。
右も左も分からずに書いたものなので、依頼してくださった方のお気に召すかどうか心配です。

面白いくらい対照的な性格の二人でしたが、これがなかなかどうして良いタッグを組んでくれたような感じで、
書いていて私も非常に楽しませていただけました。ありがとうございます。
二人の性格や持ち味を活かし、尚且つホラーっぽい空気を目指し、その上で軽く読めてしまえるような
ものを目指してみました。

楽しんでいただけたら光栄です。
依頼、ありがとうございました。