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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


狂いし王の遺言 =終=

■シュライン・エマ編【オープニング】

 静かに時は進む。
 1人の少年が口にした終止符は、警察をも油断させた。
 本当は――まだ何も、解決していない。
 けれど思いこまされていたのだ。
(事故はもう起きない)
 この階段で。
 もう誰も死なない。
 ――確証など、どこにも存在しないのに。



 三清・絵瑠咲(さんきょう・えるざ)は、階段の果てに立っていた。今はもう剥き出しとなった、ルートの部屋に背を向けて。
 遥か下を、見ていた。
「ねぇ、この世界はあまりにも苦々しいの」
 誰に語るわけでもなく、告げる。
「だからわたしは認めたくなかった。”子供”でありたかったのは、おじい様に愛されたかったからだけじゃない。それを知っていたから、認めたくなかったの」
 その顔に、色はない。
「けれどわたしは今、この世界を快諾するわ。未散さんは変わった。そろそろわたしも、変わらねばならない」
 少しの間をおいて。
「――理想は、潰えた」
 低く呟いた。
 それからゆっくりと振り返り。
「”ならば、すべてにおいて永遠の謎でありたい”」
 続けた言葉は、一体誰の言葉であったのだろう。
「そう願う、おじい様と」
 そっとドアに、触れた。
「親愛なるルートヴィヒ2世のために」
 キスをひとつ。
「この命を捧げます」
 ぐらり身が傾く。
 3人の命を奪った、階段の方へと。
 彼女は廻り出す。
 新しい世界へ向かって。



 この日、すべての三清が死んだ――。



■崩壊した現実【草間興信所:応接コーナー】

 その日は朝から、皆草間興信所を訪れていた。
(心配、だったから)
 もう事件は起こらないと言った、蓮くんの言葉を疑うわけではないけれど。
 不安、だったのだ。
 蓮くんは絵瑠咲さんの部屋に泊まった。絵瑠咲さんはそれを許した。
「――何もなければいいけど」
 零ちゃんの入れてくれたコーヒーを飲みながら、私は呟く。
 皆は微かに頷いた。誰も先に続ける言葉を、持ち合わせていないようだった。
(もうすぐ、時間――)
 何人もの三清が、亡くなった時間。
 皆の視線が黒電話に注がれる。
(どうか鳴らないで)
 強く願っている。
 時計が時を刻む。
 音だけが聞こえればいいと思った。
 ――けれど。
「?!」
 けたたましくベルは鳴る。
 受話器を取る武彦さんの手は、普段が信じられないほど早かった。
「もしもし?!」
 見守る私たちは、息を呑む。
「……なんだって?」
 その武彦さんの反応は、私たちにとって意外なものだった。
(”やっぱり”じゃないの?)
「もう一度、言ってくれないか」
 信じられない。そんな感情を含む声。
「わかった……」
 呟いて受話器を置いた武彦さんは、ゆっくりとこちらを振り返る。
 口元はまだ、動かない。
「何があったんですか?」
 問い掛けたセレスさんの声も、緊張しているのがわかる。
 武彦さんはそれからしばらく経ってからやっと。
「非常に言いにくいのだが……」
 そう切り出した。
「絵瑠咲が階段から落ちたそうだ」
 そこまでは、”もしかしたら”と思っていた。けれど続いた言葉は。
「それだけじゃない。城が――鑑賞城が崩壊した」
「え?!」
「崩壊……?」
 あまりにも予想外な出来事。
 武彦さんはそれ以上語らなかった。それはおそらく、もう引出しがないからだ。
(それなら)
 私たちの行動は決まっていた。
「行ってみましょう!」
 強く告げたみなもちゃんの言葉に、頷く。
「そうね」
「どんなふうに崩れたのかも気になりますしね」
 セレスさんも同意して、私たちは動き出した。
(きっと蓮くんも)
 その場にいたはずだ。
 助かったのだろうか……?
 それも心配だった。そして他の住人たちも。



■ジョーカーを持つ者【鑑賞城:城門前】

 城門前まで着くと、辺りは騒然としていた。
(ほんと、野次馬好きよねぇ)
 崩壊したお城を取り囲んでいる半分以上は、おそらくそれだろう。あとの半分は警視庁のジャケットを着ていたり全身白ずくめだったりで、忙しそうに動き回っていた。
 蓮くんたちを見つけるのに、少しの時間がかかった。
(不安が募る)
 まさか昨日蓮くんが泊まることを許したのは、道連れにするためだったの……?
 そんなことを考えた瞬間、元気な姿の蓮くんが目に飛びこんできた。
「蓮くん! よかった……無事だったのね」
 そして一緒に捜していたみなもちゃんが、蓮くんから少し離れた位置で警察につかまっている2人を見つけた。
「あ、影山さんたちもいますね」
(よかった、皆無事だったのね)
 そう思った私に疑問を投げたのは、後ろからやってきたセレスさんだった。
「――おや、奇里さんの姿が見えないようですが?」
「?!」
 問われた蓮くんは苦笑して。
「影山サンが……もう帰ってこないって」
「それって、死んだってこと? それとも――」
(犯人だってこと?)
 これまでの状況から疑わしすぎて、私は最後まで言えなかった。蓮くんもまだそこまでは聞いていなかったらしく、首を振る。
「あの……こうして立ち話もなんですから、一度皆さんで事務所へ戻りませんか? ゆっくりお話も聞きたいですし」
 会話の隙間を縫って、みなもちゃんが提案した。異存はなかった。私も、ちゃんと皆の話を聞きたい。
 ちょうどここに弁護士の清城さんと、このお城を設計した建築士の東・寅之進さんが来ているということなので、なおさらだった。
 皆もそのみなもちゃんの提案に賛成すると、ゾロゾロと移動を始める。影山さんと松浦さんを警察から借り出すのは大変だったけれど、行き先が興信所であったことと、武彦さんの名前がそれなりに通っていたこと、連絡先を教える条件で許可を得ることができた。
(――いよいよ)
 すべてが解明される。
 崩壊したお城をきっかけに、ばら撒かれていた謎も、崩壊を始める――。



■選ばれた言葉たち【草間興信所:応接コーナー】

「――あ、折角だから孤児院にも行ってみない?」
 そう提案したのは私だった。
(奇里さんのいた孤児院――)
 寄れる場所にはないけれど、少々遠回りをするだけで行ける距離だったのだ。
「孤児院って、奇里さんがいた?」
 問ったのはセレスさん。私は頷いて、説明を始める。
 武彦さんが場所を調べてくれて、訪ねたこと。何故か奇里さんのことを知らないと言った院長。それなのに、警察は確かに話を聞けていた事実。
「それは確かに、おかしいですね……」
「嘘ついてるの、明らかに院長だよね?」
 みなもちゃんと蓮くんが口に出す。
 それに応えたのは、意外にも影山さんだった。
「行く必要はない。――院長に嘘をつくよう頼んだのは、私だ」
「え?!」
 道端の告白。
「一体どうして……」
 続きは持ち越される。
「……着いたらすべてを話そう。警察には言えないが、お前たちになら――知る権利が、あると思う」
 そう言い終わると、1人足を早めたのだった。

     ★

(影山・中世)
 もしかしたら彼も、奇里さんのように。
 ルート氏に名づけられていたのではないかしら。
(影山――忠誠、と)
 そんなことを考えた。
 孤児院へ行って、奇里さんと思われる子供の記録を探ってこようと思った私を、とめた一言。
『院長に嘘をつくよう頼んだのは、私だ』
 それはルート氏への忠誠ゆえの、行動だったのかもしれない。



 ゾロゾロと団体でやってきた私たちを見て、さすがの武彦さんも驚いていた。
(普段から)
 色々な理由で人があふれかえっている事務所だけれど。これほど神妙な顔をした集団がやって来たことは、おそらくないだろう。
「――これから、謎解きが始まるのか?」
 武彦さんの問いに、誰も答えない。
(何故なら)
 答えるべき名探偵は、ここには存在しないからだ。
「ソファ、これじゃあ狭いですね。違う椅子も持ってきます〜」
 零ちゃんは椅子を取りに奥の部屋へと向かったので、私が代わりにお茶を用意することにする。
(えーと、何人だっけ)
 武彦さん、零ちゃん、みなもちゃん、セレスさん、蓮くん、影山さん、松浦さん、清城さん、東さん……そして私。全部で10人だ。
 大きなお盆に10人分の湯飲みを載せると、少しずつ注いでいった。
「おまたせ」
 戻ると既に、椅子は届けられていた。ソファに座っているのはお客さんである影山さんと松浦さん。そして清城さんと東さん。空いた場所にみなもちゃんと蓮くんが座っていた。セレスさんは車椅子だし――なるほど、私の分だ。
 席に着くと、皆の視線が影山さんへと集まる。
 影山さんは名探偵ではないけれど、今すべてを明かしてくれるのは、彼以外に考えられなかった。
 影山さんは一度だけ、お茶を口に運んでから。
「――先に言っておこう。結論から言えば、犯人はやはりルートヴィヒ2世であり……ルート様なのだ」
 そんな言葉から始めた。
「本当は10年前のあの日から、この事件が始まるはずだった」
「この事件というと、一連の事故?」
 武彦さんの問いに、影山さんは頷く。
「だが正しく言うならば、事故ではなく”希望”だ」
「………………」
 意味が、わからなかった。
 口を開く。
「どうして……死が希望になるの?」
「それはルート様の希望を叶えるための死であったから。――いや、あるはずだったから」
 過去系に直した影山さん。つまりそれが実行されなかったから、ルート氏の希望は叶えられなかった、ということになる。
「ルート様は三清に告げた。”順番に死んでゆこう。それが私の理想となる”。だがルート様本人以外は、死ねなかった。死の恐怖に打ち勝てず、死ねなかった。それはルート様への裏切り」
「だから? だから皆、閉じこもってしまったんですか? 大好きなルートさんの、願いを叶えてあげられなかったから……。でも、そんなの当たり前だわ! 死ねと言われてすぐに死ねるわけがないもの……」
 みなもちゃんの声が、だんだんとフェイドアウトしていった。
「それでも、その直前までは、皆死ねると思っていたのさ。だがルート様が実際に死んでから、事情が変わった」
「待ってよ。そもそもなんでルートサンは皆で死のうなんて言ったの? 希望とか理想って何?」
 蓮くんが挟んだ言葉は、意外だった。
(絵瑠咲さんから何も聞いていないのかしら?)
 てっきり蓮くんはもう、ある程度のことを知っていると思っていたのに。
 すると影山さんもそう思ったようで。
「おや、蓮。お前は絵瑠咲から何も聞かなかったのか? その瞬間を見ていたんだろう? 何か言っていたはずだ」
 それから蓮くんは、少し考えるように首を傾げて。
「――あ。”すべてにおいて永遠の謎でありたい”?」
「そう、それが答えだ」
 あっさりと告げる。
「つまりルートさんは、謎であろうとした? そのために、不可思議な死を演出しようと……?」
 半信半疑なセレスさんの声。
(当たり前だわ)
 だとしたらそのためにあの城を建てて。
 だとしたらそのためにあの階段を造ったことになる。
 そのためだけに。
「あの階段は……階段には……そんな意味があったのか……」
 呟いたのは、鑑賞城の設計図を完成させた東さんだ。もしかしたら、それをとめなかったことを、後悔しているのかもしれない。
 私たちの中ではいちばんルートヴィヒ2世に詳しいみなもちゃんが、その知識を披露する。
「――実際の、ルートヴィヒ2世の死も謎に包まれているんですよね。未だに解決していない」
「そう。だからルート様はそれを超えようとしていた。そのために――も屋を雇った」
「?!」
 ”雇う”という言葉は、私たちにとってとても衝撃的なものだった。
「それが奇里サン?」
 蓮くんに頷く。
「奇里のことは、実は私もよく知らん。ただルート様が奇里をそれに利用するためだけに引き取ったことは、2人の様子から明らかだった。――だが、肝心の事件がルート様の死だけで終わってしまった。その時点で、奇里の存在理由が消失してしまったことになる」
(話は)
 納得できる。
 でもどこか、ずれている気がしていた。
 私は考えをまとめるよう口にする。
「だけど奇里さんはそのままにしておくわけにはいかなかった。だからちょうど10年後のあの日に、もう一度始めた?」
「合図はあの遺言を記した紙さ。皆怯えていた。10年間、怯え続けていた。そして死へと向かう覚悟を、つくっていた」
「………………」
 言葉が出ない。
(死ななければならなかったの?)
 ルート氏の願いを叶えるためだけに。
 本当に死ななければならなかったの?
「――結局、も屋ってのは何なの?」
 誰もが知りたがっていることを、蓮くんは口にした。
「靄屋の略、だと思えばいい。事件・事故そのものに靄をかけ、他殺か自殺かどうかをうやむやにする――それを仕事としている者だ」
「そんなことに、何の意味があるっていうんだ」
 武彦さんが呆れたように告げた。同感だった。
「目的は事件を未解決にすること、だそうだ。奇里が何故そんな仕事をしていたかなんぞ私にはわからんが、そんな奇里にルート様が仕事を持ちかけたのは、奇里が記憶を失う前だった」
「!」
「奇里が記憶を失った理由は、未散が壊れてしまった理由と同じなのさ」
 未散――それは水守さんのことだ。水守さんが情緒不安定になってしまったのは、ルート氏にいたずらをされていたから。そして奇里さんも……?
「おぞましい記憶として、封印されてしまったわけですか。以前の記憶と一緒に」
 誰もが口に出すことをためらった言葉を、あっさりと口にしたのは清城さんだった。
「そうして孤児院に入れられた。それまでどこでどうやって生活していたのか、わからなかったからな。突然戸籍すらもあやしい子供を引き取ったのでは、警察も色々と疑うだろう。ルート様はそう考えて、一旦孤児院に身寄りを預けたのさ」
「それで? どうしてキミは、そんなにも詳しいのです?」
 次々に知ることのなかった真実を披露してゆく影山さん。誰もが昂揚を隠せない中、冷静に問ったのはセレスさんだった。
(確かにそうだわ)
 すると影山さんは苦笑して。
「私も遠い昔、ルート様に拾われた身だからな」
「!」
「だがルート様は、他の2人とは違い、私とは常に距離を置いて接していた。そして私には、絶対に嘘はつかなかった。もしかしたら、私はルート様が正気であることを確認されるための、存在であったのかもしれない」
(そう……よね)
 ルート氏が本当に最初から男色家だったのかなんて、誰にもわからない。もしただ模倣のためだけにそれを犯していたのだとしたら……ルート氏自身の心だって大きく揺れるはずだ。あの2人のように。それをとどめていたものが影山さんの存在だったということは、十分に考えられる話だった。
  ――ピンポーンっ
 そこでチャイムが鳴った。
 皆の視線が一斉に移動する中、零ちゃんが玄関へと向かってゆく。
(予想は、ついていた)
 入ってきたのは2人――戒那さんと水守さんだった。

     ★

「――城」
 席についた戒那さんにお茶を手渡すと、戒那さんはそんな言葉から始めた。
「爆薬を仕掛けたのは、あなたですね」
 その目は……東さんに向いている。
(そうなの……?)
「あなたは”その”専門家ではないけれど、いくらでもアドバイスをもらえる立場にはあった。そしてそれを仕掛けることは、なおたやすかった」
 顔に生きた分だけしわを蓄えた東さんは、それでもにこやかに笑っていた。
「じゃがわしがあの城へ行ったのは、最も近くても10年前の改築工事の時じゃぞ?」
「ええ、その時に設置したのです。今時の火薬ならば10年くらいゆうにもちますよ。でなければ大昔に撒いた地雷で人は死なない」
「………………」
 発言すべき葉を、誰もが模索していた。
「それなら……おじいさんが、絵瑠咲さんや自由都さん、強久さんを殺したってことになっちゃうんですか……?」
 そんな中寂しそうな声をあげたのはみなもちゃんだ。戒那さんは笑って。
「それは違うな。あの城を爆破することも、最初に立てられた”謎”の予定に組み込まれていたんだろう?」
「え?!」
 今度は東さんではなく影山さんの方を向いて言葉を紡いだ。多くの戸惑いの視線の中、影山さんはゆっくりと頷く。
「ルートヴィヒ2世は、ノイシュヴァンシュタインに対しこんな遺言を残している。”私が死んだらこの城を爆破してくれ”とな」
 皆が息を呑む。
「でもそのお城って、今もあるんでしょ?」
 蓮くんが確認の言葉を投げた。
(そう)
 彼が死してから100年以上が経過してなお、そのお城は美しい姿を保っていた。
「――それを、超えるために……?」
 セレスさんが呟く。半ば呆れたような声だった。
「ルート様は壊さねばならなかった。――いや、最初から壊すつもりであの城を建てた。東さんにも相当無理を言って頼み込んだのだろう。だから東さんには何の罪もない。それに――」
 影山さんがためらった言葉を、水守さんが口にした。
「起爆スイッチを入れたのは、奇里さん、なんですね」
「未散……」
 2人の視線が、複雑に交差する。



「この事件は、ほとんどが誤導によって構成されていた。だからこそ謎にあふれていた。――だが、その一端を担っていたのは紛れもなく私だ。今さら……と言われるかもしれないが、謝らせてくれ。――すまなかった」
 影山さんはそう告げると、私たちに対し深く頭を下げた。
「最初はな……事故を演出しているのが奇里だとバレないようにと思って、私なりに動いていたのさ。だが途中からは、奇里にこんなことやめさせたいと思って動いていた。それが余計に、周りを混乱させていたように思う」
 ふと、思い出す。
(そういえば……)
 途中から影山さんの態度が、少し変わったような気がしていた。何かきっかけがあったのだろうか。
「鳥栖の事件から話そう。まず10年というインターバルは、おそらくルート様本人によって決められていた。……ルート様は、もしかしたらこうなるかもしれないということを、しっかりと予想なさっていたんだ」
「えー? ホントに? じゃあ結局、ルートサンだって皆を信じてたわけじゃなかったんだね」
 蓮くんの言葉は、的を射ていた。
 しかしそれを否定したのは、水守さんだった。
「それはそうだよ。ルートさんが本当に信じていたものは”現実”にはないもの。ルートヴィヒ2世と一緒でね……」
(なるほど)
 ルートヴィヒ2世を通して見ていたものだけを、信じていたというわけか。
「続けるぞ」
 影山さんは周りを見回してから。
「奇里は間接的に、ルート様から預かっていたあの遺言を記した紙を見せた。それを見た鳥栖は時が来たことを悟り、10年前の計画を実行に移す。そしてさらなる不思議を演出するために、奇里はあえてここに調査を依頼した。警察だけなら、ただの事故で片付けてしまう不安もあったからだろう。――前回がそうであっただけにな」
 事故として片付けられたルート氏の事件。それはも屋としての仕事を頼まれた奇里さんにとって、どんなにか辛いことだっただろう。ましてやその時奇里さんは記憶を失っていて、ルート氏しか頼る者がいなかったのだ。
「次の白鳥の事件。ここに”も屋”という紙を届けたのは私だ。それは奇里に行動をやめさせるためのものだったのだが……残念ながら効果はなかったようだな」
 普通は疑われれば行動を自粛するものだけれど、奇里さんはそうではなかった。最後まで自らの使命をまっとうした。
「鳥栖と白鳥、2人のパソコンを初期状態に戻したのは、それぞれ自分でだ。鳥栖が残した2つの遺言もな。それらの行動が様々な可能性を生む。ルート様はそれを望んでいた」
「なんだかてってーてきねぇ……」
 久々に口を挟んだ松浦さんだったけど、影山さんにじろりと睨まれて口を噤んだ。
「ルート様の部屋の細工は、奇里がやったことだ。”犯人”の存在を印象づけるためだろう。あとはあの紙を仄めかして、混乱を誘った」
 そうだ、あの時の奇里さんの反応も、すべて演技だったのだ。
「石生の事件は実はシンプルなものだ。石生は自分の部屋であの紙を見つけた。置いたのはもちろん奇里だ。行動の時間は決まっていた。悲鳴をあげながら部屋を飛び出ることも決まっていた」
「え?!」
 さすがに驚いて声を出した。
「決まっていたのさ。その方が不自然だろう? 警察は大して気にしていないようだったがな。あんたたちは気になったはずだ」
(こちらの行動まで)
 すべて予測されていた。
「そして私は奇里がいた孤児院の院長に口止めをした。そうすれば余計奇里に疑いがいくと思った」
「どうしてそんなことを……」
 思わず口にした。
(そのおかげで)
 私は酷く混乱したのだ。
「最初に言ったが私は奇里をとめたかった。だが既に、私の手には負えない状況になっていた。だがあんたたちなら……と思ってな」
「………………」
 それでも結局は、誰も彼をとめることはできなかった。その哀しみが、皆を無言にする。
「――奇里さんは、生きているんですか?」
 その静寂を破ったのは、水守さんだった。
 影山さんは少し首を傾けて。
「わからん。わからんが、生きているだろうさ。そうしてまた、”も屋”としての仕事を続けるはずさ。奴にはそれしかなかった。今奴が”も屋”として生活していた頃の記憶を取り戻せているのか――本当に全盲であったのかすら、私にはわからない」
「?!」
「ルート様もわからないと言っていた。だがルート様にとって、そんなことはどうでもよかったのさ。謎と言えばルート様がどうやって”も屋”のことを知ったのかもわからないがな、今思えば、秘密結社か何かと交流があったのかもしれない」
「秘密結社……あり得ますね。ルートヴィヒ2世が生きていた時代には、様々な秘密結社が存在していました。ルートヴィヒ2世自身もコンタクトを取られたことがあるはずです」
 みなもちゃんが説明した。
「そう。もし現代にもそういうものがあって、ルート様と付き合いがあったとしても、私は到底気づくことなどできなかっただろう。だからこその”秘密”結社であるのだしな」
 そう告げると、影山さんは寂しそうに笑った――。

■終【狂いし王の遺言 =終=】



■登場人物【この物語に登場した人物の一覧:先着順】

番号|P C 名
◆◆|性別|年齢|職業
1252|海原・みなも
◆◆|女性|13|中学生
1883|セレスティ・カーニンガム
◆◆|男性|725 |財閥総帥・占い師・水霊使い
0121|羽柴・戒那
◆◆|女性|35|大学助教授
0086|シュライン・エマ
◆◆|女性|26|翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
1790|瀬川・蓮
◆◆|男性|13|ストリートキッド(デビルサモナー)
※NPC:水守・未散(フリーライター。実は超絶若作り(?)の56歳)



■ライター通信【伊塚和水より】

 ≪狂いし王の遺言≫、最後までお付き合いいただきありがとうございました。ここまでこぎつけられたのも、参加して下さったPC様とプレイングのおかげでございます。本当にありがとうございました。
 なんだか思ったよりもさらりと終わってしまって、すべての謎について逐一説明は入れなかったのですが、大体のことは”奇里が事件をうやむやにさせるためにやった”ことと、”影山が奇里がそれをやっていることを隠すためにやった”こと(前半)と、”影山が奇里の行動をとめるためにやった”こと(後半)の3つで構成されています。どれがどの理由から起きた現象だったのかなど、考えながら読み直してみると面白かったり矛盾があったりするかもしれません(笑)。その時はさり気なく流していただければ幸いです……。
 なお、このお城にまつわるお話しはこれでおしまいですが、奇里ことも屋に関係するお話にはまだ続きがあります。≪FFP≫というタイトルでやる予定ですので、奴のことが気になるぜコノヤローという方はよろしければご参加下さいませ。
 それでは、長い間お付き合いいただいてありがとうございました。まだどこかで会えることを楽しみにしています^^

 伊塚和水 拝