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乙女はぁとバトル
「それでね……」
黄金の豊かな長い髪を長い指で掻き分け、美女は重い息を吐いた。
【美女】。この形容詞がしっくりする程にウィン・ルクセンブルク嬢は美しい。蒼く冴えた切れ長の瞳、端正な鼻梁、形のよい唇、均整とれた体形にふくよかな胸元。
その彼女を前にして、自らを現すにふさわしい形容詞は【チャーミング】だろうと思えるヴィヴィアン・マッカラン嬢は、そのため息をつく姿を目で追いつつ、昼食のサンドイッチに手を伸ばす。
彼女達は同じキャンパスに通う、女子大生だ。
都内にあるミッション系の中堅私大。その文学部日本史学科に揃って所属している上、二人とも揃って異国の籍を持つ身。
知り合った後はすぐに仲良くなり、また、人目を引く二人として学部内でも評判を呼んでいたりした。
「うん、どうしたの? ウィン」
大きな赤い瞳で、見上げるようにしてヴィヴィアンはウィンを見つめた。
ヴィヴィアンは、ゴスロリ調の服のよく似合う目鼻立ちのはっきりとした可愛らしいお嬢さんだ。実は幽霊……あちら風に言うところのバンシーが正体だったりするのだけど……まあ、それはともかく。
「……あのね」
柄にもなく言いよどむウィン。
「うん、なぁに」
ヴィヴィアンはウィンの瞳をじっと見つめる。
母は母国ドイツで、古城ホテルを営むという資産家の令嬢で、頭も良く、美しく。気品もプライドも備えた彼女が……何故か言いにくそうな顔をして、それも少しばかり頬を染めているような。
……気にならないわけがない。
「……えっと……」
「ウィン……教えてちょうだい」
紅玉の瞳が、まっすぐにウィンを見つめる。
どんなことでも聞いてあげるわよ。だって私達友達ですもの。
そんな眼差し。
ウィンは、コホンと咳き込み、それから少し破顔した。
「……あのね、大したことではないの」
「本当?」
信じられるものか。眉間に皺寄せるヴィヴィアンに、ウィンは何度も頷いた。
そして、とっても何でもないことのように……微笑んで、……告げた。
「実は……貴方の彼氏と……ホテルのスイートルームに行くことになったの」
卒倒しなかった事を誉めてあげなければならない。
泡吹いて白目むき、仰向けに転がる自分を想像するだけで、ヴィヴィアンは何とか意識を手放さずに済んだ。
「あの、勿論、仕事よ? 草間さんの……事件で」
「……ええ、ええ、そりゃ仕事でしょうとも」
ヴィヴィアンはくらくらする頭を手首で軽く叩きながら頷いた。
サンドイッチの横のミネラルウォーター入りのペットボトルを手に取り、それからぐっと飲む。
「なんとなく気が引けてしまって、ヴィヴィに話しておきたかったの」
ウィンも紅茶のカップを取り、口に運ぶ。
ウィンに同棲すらしている彼氏がいることを、ヴィヴィアンは知っている。だから、やきもちなんか焼かないし、彼氏の裏切りを心配したりしない。でも。
「……ウィンの彼氏は何にも言わないの?」
「お仕事だって分ってるわ」
「……そうだよねぇ……」
何だろう。この、なんとなく、【出来ればやめてほしいなあ】って思う気持ちは。
それを分りやすく顔に出してしまっていたのか、気がついた時、ウィンはやっぱり苦笑していた。
●
「ホテルのスイートってどんなとこ?」
サンドイッチだけじゃなんとなく満足できないような気がして(いつもなら、これだけでも充分なのに)、新たに購入したホットドッグを齧りながら、ヴィヴィアンはウィンに尋ねてみた。
ウィンに嫌味に聞こえないよう、うんと注意して。
ウィンにやきもちしているわけじゃない。ただ、自分が世界一大好きな人が、親密な人と向かうべき場所に他の人と行くなんて寂しすぎる。
「そうね……」
ウィンはその気持ちを察したのか否か、顎に指をつき、思い起こしながら答えた。
ホテル業を営むおうちに生まれた彼女なのだから、愚問このうえない質問だったかもしれないけれど。
「とても広くて、眺めがよくて、お部屋も上品な趣向がなされているものよ」
「……広くて……眺めがよくて」
ヴィヴィアンはウィンの言葉を繰り返しながら、白くて大きなダブルベッドを思い浮かべてみた。
ふかふかのクッション。飛び乗るとスプリングがきいていて、ぴょんぴょん跳ねられる。
窓の向こうは人気の少ない綺麗なビーチが広がっている。遥かかなたまで広がる青い海にはヨットが浮かび、イルカが跳ねる。
部屋を見回すと豪華だけどさっぱりした上品な調具が揃っている。専用の化粧台の豪華なこと。
やがて。
シャワールームの扉が開き、その人が濡れた髪を白いバスタオルで拭いながら現れた。
そして……
『待たせたね……ヴィヴィ』
なんていっちゃったりして!!
「……」
はっ。と気付くと、渋い顔をしたウィンがじっとヴィヴィアンを見ていた。
「あ、やだっ。ヴィヴィ、今の口に……」
「物真似含みね♪」
にーっこり微笑むウィン。ヴィヴィアンは耳まで赤くなる。
「……ヴィヴィも行ってみたいなぁ……」
「今度二人で行くといいわ」
「でもっ、でもっ……それって……」
ヴィヴィアンはウィンを真っ赤な顔で見つめ返す。
「愛しあう二人なら恥ずかしくないわ?」
「愛しあう……じゃあ、ウィンさんも彼氏さんと……その……」
「……」
ウィンはちょっと言葉に詰まってしまった。
ウィンが招待すればきっと来てくれるだろうけど。
万年貧乏学生をやっている彼氏の財力ではさすがに難しいかもしれない。
「……あの人のことだから……ね」
『ウィン……今は無理だけど、きっと将来君を僕の稼ぎで招待してあげたい……だから待ってくれないかな?』
「……って言うかも」
もしくは「え〜〜いいの〜!? ウィンちゃ〜ん!?」と喜んだりする可能性も完全には否定できないかな?
「……」
今度はヴィヴィアンがにんまり微笑む番だった。
「のろけ……ですね? ウィンさん」
「そんなつもりじゃないけど……」
頬が熱いのは……何故だろう。ウィンは掌で自分の顔を仰いだ。
「あの人なら……何も言わずに用意してくださるかも。ヴィヴィのこといつもいーちばん解ってくれるし」
両肘をつき、両方の掌を頬にあてた【乙女見上げる】のポーズでヴィヴィアンがはぁとを空気に飛ばし始める。
「まあ、言ってくれるわね」
ウィンは苦笑する。
「いいのよ……私にとってはあの小石川のアパートも、帝国ホテルのスイートルームよりも素敵な場所なの」
あの人がいるから。
大好きな人と二人きりになれる、二人だけの聖域。
それ以上の何を求めるというの。
ヴィヴィアンはうんうん、と瞳を煌かせ頷く。
けれどすぐに「でもでもっ」と口を開いた。
「……でも、思い出も大切よねっ☆ 記念日には素敵なお食事したり……、日曜日には腕を組んでお出かけしたり……。
聞いて聞いて、ウィンさん、こないだのデートの時、ものすごく優しかったのー!例えばねっ♪」
デパートに入る時に、さりげなく先を譲ってくれたとか。
人ごみの中で守ってくれたとか。
食事の時の注文の仕方がかっこよかったとか。
「……そんなのうちの彼氏だって……」
ウィンも腕を組んだり足を組んだりしながら答える。ウィンの彼氏は勤労学生。ゆとりある時間が多くもてるわけがないけれど。
勉強の合間に一緒にお散歩して、降り始めた小雪を見たとき。
喫茶店で疲れてるのか居眠りしちゃった彼氏を、見ながら紅茶を飲んだ夕べ。
「えー。じゃあ、後はですねっ!えっと!!」
ヴィヴィはお祈りのポーズで次のおのろけを考える。
ウィンも受けてたつわよ、って顔してる。
幸せな乙女【おのろけ】バトルは、まだまだ終わりが見えない……ようである。
+++fin+++
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